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ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『ヒバリのこころ』スピッツ

スピッツのインディーズ時代唯一CDでリリースされた音源。未だに超プレミア。

ヒバリのこころヒバリのこころ
(1990/03/21)
スピッツ

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買 っ て み な
ってな額。これでも『花鳥風月』に本作から二曲収録されて値段が下がったということで、昔は十万を軽く越えたとか…。
ジャケットは以下の通り。メジャー以降とは違い、多少のサイケな加工はしてあるけどメンバーが全員映っている。この四人が現在に至るまで変わらずスピッツを続けている。エレカシなんかもそうだけど単純にものすごいことだなと思います。

ヒバリのこころ

いかんせん手元にCDはおろかmp3データすらないため非常にいかんともしがたいけど(ジャ○スとかで借り忘れてた…)、動画サイト等の力を借りてどうにか一曲(若干のバージョン違い含めると二曲)以外は全部試聴できた。
これ以外のスピッツのインディーズの頃の楽曲も数多く、中には無視できないくらい良いのもあるけど、とりあえずインディー時代はこのミニアルバムだけ感想をば。


01.ヒバリのこころ
 スピッツのインディー時代の代表曲のひとつにしてこのミニアルバムのタイトルトラック、そして後にメジャーデビュー曲となる、初期スピッツの代表曲でもある。どうも88年頃からライブでずっと演奏されており、そして今でもなお演奏されている、スピッツにとっても大変大切な曲。
 どっしり進行するドラムと曲名の通り高らかに飛翔する(ヒバリってそんな果てしなく飛んでいくイメージないけど…)ラインを描くエレキギターが象徴的な、力強さと壮大さと前向きなビジョンを持った曲で、代表曲なのも頷ける。ベースはドラムのリズムを補強する形で、複雑に動きまくるベーシスト田村の定石スタイルとはやや異なっているが、特に間奏や終盤のプレイはマッシヴでいい。
 曲自体もメジャー調を基調とする伸びやかなメロディーをおおむね持っている、が、そう単純にも行かない初期スピッツの楽曲。サビの最後、タイトルコールの箇所でマイナー調になるのは、これから飛び立っていくことの厳しさみたいなのを感じられ、しかしその後の飛び上がっていくボーカルが突き抜けるような爽快感を生んでいる。
歌詞について。すでに「降り積もった角砂糖が溶け出してた」とか「レンゲ畑に立っていた」とかのスピッツ的な言い回しや「目をつぶるだけで遠くへ行けたらいいのに」などの情けない感じが存分に発揮されているが、それらの上で「僕らこれから強く生きていこう/行く手を阻む壁がいくつあっても」というくだりに到達するのは、力強い、が、他の同時期の曲を見ると正直、力強すぎじゃないかという気も。実際この曲並みかそれ以上に力強さや純粋な前向きさを持った曲が次に出てくるのはロビンソンのヒットよりもさらに後(『ハヤブサ』以降?)ではなかろうか。…というか、このミニアルバムでこの曲順で聴くと、よりそういった「空元気じゃねえの?」感は強まる。このミニアルバムを最後まで聴くとちょっと分かるけど。初期〜中期辺りまでに特に顕著な変態要素もここでは薄い。
 しかし、そういったことが些事に思えるほどの突き抜けた世界感。特に最後のリフレインが終わってからの後奏は、どんどん上昇していくギターがとにかく爽快で、どう低く見たってこの演奏部分のポジティブさだけは真実だよねって気になる。
 メジャー版との違いは、テンポ(こっちの方がややゆっくり)や一部歌詞(二番ヴァースがメジャーなら「みんなもとに戻っていく」が「すぐにもとに戻っていく」など)などあるが、いちばん印象的なのはピアノの有無だと思う。特に間奏や後奏で目立つが、個人的にはメジャー版でピアノを入れなかったのは正解だと思う(その分メジャー版はギターが重ねてある)。

02.トゲトゲの木
 前曲を「空元気じゃねえの?」と思わせる最大の戦犯にして、スピッツ初のコンピレーション盤『花鳥風月』の最後に収録されある意味同時に収録された『おっぱい』よりも遥かにその異形さが際立っていた、初期スピッツらしい気味悪さがとりわけ全開な怪曲。スピッツには後に『とげまる』というアルバムもあるが、この曲なんかは「トゲトゲ」の上に「まる」の部分がむしろなんか超キモい感じで、初めて聴いたときは正直うえーーーっって思ったが、今では素晴らしいと思ってる。
 まず、シャッフルというよりは民謡(盆踊り?)調、むしろどっかの部族のそれと言った方が似合いそうなリズムからしてストレンジ感ある。中川敬とかそっちの世界に近い。草野はかなり外国のどこそこの民族の生活風習などの情報を仕入れている人間なので、そういう部分がソングライティングで現れているのかもしれない。
(余談:個人的には、そういった外国それも辺境までをカバーした知識がありながらも歌ってることは日本という国に生きてる青年の扱いにも困るようなドロドロの「セックスと死」の世界であるという、インプットの「広さ」とアウトプットの「狭さ」(誤解を承知で言う)こそが、初期スピッツ的なストレンジさを生みだす土壌になっているのではないか、とか思ってたり。そしてそれはとても素晴らしいことだとも)
 そんな変なリズムに合わせるベースも、前曲と違って無駄にメロディアスにウネウネしてキモさを底支えし、ギターもワウか何かで変に濁らせたプレーズを弾いている。楽しげと言えば楽しげではある、けど、この場合上に乗ってる歌が…。
 肝心の歌、これがもう、歌唱スタイルからしてとぼけたような、頭のネジが溶けて腐ってしまったような具合で、ここまでイッてるのは(『花泥棒』とかの極僅かなオフザケ系を除けば)少なくともメジャーに流通してるスピッツ音源ではいちばんだと思う。
 歌詞。これこそもう。冒頭「トゲトゲの木の上でほら/プーリラピーリラ朝寝してる/ちょっとだけ目を開けて/つじつまあわせて」擬音もともかくだけど、「ちょっとだけ目を開けて/つじつまあわせて」の部分がもう最高にクズで、あっさりしてるけどこんなのよく書けるなと(フレーズだけ抜き出せばSyrup16gとかのセンスに近いと思う)。その後もこの歌の「僕」は「白い花びらにくるまってる」(何の隠喩でしょうね…)し、前曲で力強く「歩き出した心」も「くねくねでいいね」っていう。つまり、21世紀的に言えば、どこまでも脱力して引き蘢ってしまっている状態をふざけきった調子で歌っている。
 そんな男だから当然「君」に「嫌いだって言」われてしまうけれども、なぜか君に向かっていく気持ちはあって(この辺歌というものの都合はあるんだろうけど)サビになり「すぐに分けてあげたいな/とどめのプレゼント」とどめって…「箱あけてみなよ/恐くなんかないよ絶対怖いよキモいよ!
 二番はもっとよく分からない。タイトルを連呼したかと思えば、「お日様苦笑いで/ちょうどいいね/洗濯物も乾きそうだね」などと皮肉とも自嘲ともとれることを呟いたかと思うと、「だけど僕がまばたきをしたその瞬間に/もう目の前から君は消えていた」っていう、呑気に歌われる元気でね、とかがもう、すげえ取手つけた感じで、やるせないオチがついて終わる。
 正直何を言いたいのかはまるで分からない。けれど少なくともこの曲には、まるでタイトルのようなキモい木を切ったら出てきそうな気持ち悪い多分緑色とかしてる体液のような、スピッツの「原液」みたいなものが強く感じられて、そういう意味で個人的には、特に初期スピッツの歌詞を読み直すときには必ず読み返す曲のひとつになっている。

03.353号線のうた
 何故かPVが作られている(途中で入ってくる「聴いてください〜」などと書かれた字幕がなんか怪しい)、ミドルテンポで愉快な曲。バンドブーム当時の流行を思わせるマヌケな感じのギターフレーズが曲全体のメインイメージを作り、サビ前数秒のブレイクの箇所で切なさを匂わせてからの、サビの呑気な「ラーラーララーララーラー」の合唱。
 しかし一回目のサビが終わるとブレイクし、そこでギュワギュワ分を溜め込んだギターがドラム再開後広がっていき、そして例のブレイク再びの後にイントロのダサフレーズに被さる辺りは、なんかやけにスケールが大きくなる。
 最後のサビの終わりはコーラスとともにフェードアウトしていくけど、その中でテンションの高いフゥー!みたいな声やピアノの音も入ってきてどんどん楽しげになっていく。
 そんな呑気そうな歌だが、歌詞をよく見ると曲調とは大分トーンが違ってて、「国道353号線(曲名はこれのことらしい)っていうのはこんなにも不気味で所在無さげなとこなの…?」と思うようなダーク目な不思議ワールドが展開されている。歌詞の描写から、登場する「僕ら」は車に乗っていることが分かるが、スピッツの歌詞においては「車…あっ(察し)」なこともあり、それを考慮すると最後のAメロの歌詞は意味深である。「小さくなってく僕ら/なんだかすごくいい気持ち/つまらない悩みごとに/二度と苦しむこともない
「こいつらセックスして心中するんじゃね?」
そう考えると楽しげな曲調が専ら薄ら寒くなる、そんなファンの深読みを誘う歌。そういえばこの人たち海の見える街に行こうとしてるみたいですね…あっ。

04.恋のうた
 このミニアルバムの楽曲の中で、これだけどうも動画を見つけられず、未聴(正確にはダイジェストみたいな動画が生き残っててそれでイントロ一瞬だけ聴けた)。曲自体はメジャー2nd『名前をつけてやる』に再録されて収録されていて、そっちはほんわかふんわかしたカントリータッチのアレンジでエレキギターアルペジオが主だが、こっちはディストーションギターのコードストロークが入っているみたい。とりあえず聴いてみたい…。
 楽曲自体は、牧歌的なほんわかメロディと毒も少なめな素直に子供っぽい恋心を歌ったっぽい曲。サビなしAメロBメロのみの小さめな曲。一回目のBメロが終わったあとの「ミルク色の細い道を/ふり返ることなく歩いてる」だけちょっと「ん?」とつい思ってしまうが、それ以外はおおむね可愛らしさを詰め込んである(もしかしたら「きのうよりもあしたよりも/今の君が恋しいから」のフレーズにも刹那的な残酷さを感じられるかもしれないが)。
 スピッツ史においては、元々パンクバンド然としていた活動に伸び悩みを感じて、路線変更でアコースティックギターを持つようになった草野が初めてアコギで作曲した、重要な曲だとか。フォーク的な音楽性を取り入れた訳だが、その際の参照元ドノヴァンっていうのは、フォーク以上にサイケ色を感じやすいスピッツの音楽性を思うと興味深い。

05.おっぱい
 曲名からして「おっぱい」で、「お、おう…」って気持ちにさせてくれる(インディーズ時代で言えばよりアレな『惑星S・E・Xのテーマ』もあるけれども…)。
 この曲も『トゲトゲの木』とともにコンピ『花鳥風月』に収録されている。曲順的に最後の二曲がこれとトゲトゲ〜なので、コンピアルバム終盤が変な雰囲気になってしまっていてウケる。
 曲調はゆったりとしていてアルペジオも含めて牧歌的。ブルーハーツの影響が出た曲だと言われる(ちゃんと聴いてないから具体的にどの曲っぽいのか分からんが…『青空』とか近いのかなあ)。しかしディストーションギターの鳴りと共に曲は盛り上がり、サビの「君のおっぱいは世界一」という絶頂なリフレインに達する(しかしその割には「明日もここで会えたらいいな」という可愛らしいラインに落ち着く)。
正直これだけなら「小中学生か!」で終わってしまう感もなくはないが、そこはスピッツ、ヒネリ要素はサビ以外の歌詞にある。「痛みのない時間が来て/涙をなめあった/僕は君の身体じゅうに/泥をぬりたくった」という二回目Aメロのラインは、まさにセックスのことを、ドロドロの肌感覚に満ちた言葉で綴っている。
 一回目サビ後のAメロには「誰の言葉も聞こえなくて/ひとり悩んでいた」というラインがあるが、過去形になっているので、彼は多分、君の世界一のおっぱいで、涙舐め合って泥を塗りたくって、立ち直った…という感動的な(?)ストーリーを感じなくもない。

06.死に物狂いのカゲロウを見ていた
 おそらく多くのこのミニアルバム所持者が一番の聴き所と思ってるであろう、この時期のスピッツギターポップとしては『ヒバリのこころ』と双璧、というかこの時代のギターポップでも頭ひとつ抜けてそうな、そして後の「ギターポップ界の代表バンド・スピッツ」に直結する、本作一番の目玉曲。
 イントロのコーラスがかったコードストロークアルペジオなど、まさにUKネオアコ以降の感性のものを軽快なテンポでさらっと流している。そしてこういう爽やかギターポップになると俄然元気を増すベーシスト田村の動きまくりベースライン!この辺の演奏、早くもスピッツギターポップは完成している!と言いたくなるくらいにいい感じ。サビで勢いを幾らか殺してサビメロを叩き付ける構造は『ヒバリのこころ』と共通している。
 この曲が更に面白いのは二回目のサビ以降の展開。三拍子に切り替わってから、エレキギターが次第に饒舌になり、シンセも入ってきて、次第に膨れ上がっていくようなインプロになっていく。最終的には鍵盤のホーンがせり上がってきて、ドラムが抑圧した激しさの頂点に達した瞬間にバーンと長めの余韻を残して終わる。スピッツには珍しい、壮絶な感じのエンディング。
このテンポチェンジしてまでインプロに入り込む技法、おそらくメジャー以降のスピッツの音源では一度もやっていないと思うので、結果的にこの曲限りの演出になってるかもしれない。 曲調や演出がかなりな一方で、歌詞の方も、まさに初期スピッツ!の王道を徃くものに仕上がっている。最初のAメロの四行「流れる水をすべって/夕暮れの冷たい風を切り/ほおずりの思い出が行く/うしろから遅れて僕が行く」これだけで、読んでて思わずうっとりしてしまう。前曲までのどこまでふざけてるのか分からない感が一気に吹き飛ぶ、繊細さと寂寥感とが肌感覚でさっと通り過ぎていく名文。
 この曲の歌詞は、初期スピッツの歌詞の中でも特に研ぎすまされている感がある。上記のラインの後も「輪廻」といった独特の死生観の出た単語や「ピカピカ」「ポタポタ」などの擬音の使用、「殺されないでね/ちゃんと隠れてよ」という儚さのラインなど、初期スピッツの「性と死」の、特に「死」サイドの基本部分がすべて詰まっているように思える。
 そしてサビを締める言葉「ひとりじゃ生きられない」に至る所で聞き手ははじめて気づかされる。ミニアルバム冒頭『ヒバリのこころ』で「僕らこれから強く生きていこう」というのは、そうでもしないと「生きられない」からだと。つまり、生命の明暗において、『ヒバリのこころ』とこの曲は対置されている(んだろうとこのミニアルバム持ってないおれが言う)



以上6曲。
 全体の感じとしては、特に中盤にバンドブームの影響が抜けきらない感じもあるが、それを先述の明暗くっきりな冒頭とラストの二曲が挟む構造となっており、ミニアルバムサイズということもあり纏まりは良さそう。
全体的に初期スピッツの「性と死」の感じに満ちあふれているが、初期スピッツの代名詞2ndフル『名前をつけてやる』を「初期スピッツの完成形」と考えてしまう地点から眺めると、まだサウンドが未完成な部分や(パンク要素、80年代っぽいエコーの利いたスネアの音など。この辺は1stでもまだ残ってる要素ではあるけど)、歌詞について清冽なものとドロリとしすぎたものがごちゃついて未整理な感もある。しかし、今の視点で言えばむしろその、やや未完成でまだのんびりしてる部分(メンバー映りまくりでこれといって意味無さげなジャケットも含めて)こそを楽しむべき、そういう楽曲たちなのかも。インディーズスピッツのまとめと、『ヒバリ〜』『死にもの〜』というメジャーに届くエッジの利いた二曲の入った、過渡期スピッツの重要な記録か。
 時系列的にはこのミニアルバムリリースのほぼ一年後に、1stフル『スピッツ』のリリースとなる。

あと、『死にもの〜』はどっかでちゃんとCD音源として再録してくれよなー頼むよー。