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ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『ロング・グッドバイ』きのこ帝国

 きのこ帝国の2013年末に届けられたこのEPがとてもとても良いのでシューゲってやっぱいいなって思いました。

ロンググッドバイロンググッドバイ
(2013/12/04)
きのこ帝国

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今年初頭に出た彼女らの1stフルアルバム『eureka』が黒く塗りつぶすのを基調としたおどろおどろしいジャケットだったのに対して、今作はシンプルでテクスチャー的(というか本作三曲目『パラノイドパレード』歌詞中に出てくる「青い花柄のワンピース」の柄らしい)。混沌とした前作から一気に洗練、というか混沌を抜けて見晴らしがパッと開けたようなイメージは、楽曲とも共通するところ。

 5曲入りと言いつつ最後の曲が1分ちょっとのインスト的なものなので実質四曲。そう考えたら殆どシングルやん、って思うけど、でもよく新興のバンドなんかで「1stアルバム出した後に出るシングルは名盤になる」みたいなパターンってあると思うんです(具体的にはOasisとかThe Libertinesとかその他色々)けど、この盤は完全にそれだなと。脂がのりまくってる!

 曲名の並びからして、「喪失と虚無を危ういほどに美しく追求するギターロック」臭がものすごいことになってしまっている。そういう方面の人ならこの文字の並びだけでイッてしまうんじゃなかろうか。
 そして、その文字配列のインパクトに負けない、イメージを越えていく、充実した楽曲が並んでいる。



1. ロンググッドバイ
 イントロからシューゲイザーバンドを高々に宣言するようなフィードバックノイズ鳴らす、This is shoegazer!な一曲目。分厚いギターの壁はメジャーともマイナーともつかないコード感を維持し続ける。キラキラしたリフとリバーブかかったボーカルが埋もれかかった調子で流れていく様がまさに!という具合。そして、その上を流れるコーラス、これが非常にキャッチー。今作ではとりわけこのコーラスがサウンドにおいて重要な役割を担っているが、それを象徴するような存在感がある。
 曲としては、同じメロディーを繰り返し続けるパターン。一回だけ訪れるサビのようなフレーズもさしてメロディは変わらず、むしろ謎フレーズが日本語でないもっと曖昧な言語に聴こえサウンドに溶けるようになっている。最後の轟音が解けてぽつんと終わるところは次曲へのつながりを意識した作りか。
 歌詞について。この曲に限らず今作では、それまでのきのこ帝国が持ってた攻撃性やら怠惰さやら苛立ちやらの歌を離れて、「喪失をモチーフとした繊細で鮮烈で甘美な何か」を歌おうとしている。タイトルからして明らかなこの曲もまさにそういった立ち位置にある。特に最後のフレーズが利いている。
噂で聞いたよ/意外と平気さ/いとおしい日々だけ/ねえたまに思い出してね/
 さよなら/ありがとう/幸せになってね

こういった歌詞がこの後の曲も続くが、それらをメンヘラ女のありがちフレーズと取るか、シューゲイズの雰囲気に飲まれて甘味を得るかでこのミニアルバムの評価も幾らか違ってくる。個人的には、積極的に雰囲気に飲み込まれたいところ。
 それにしてもサビらしき箇所のフレーズ、本当に何言ってんのかよくわからん。それに歌詞にUSインディって出てくるけど、そんな感じでもないような今作…(USインディのシューゲイザーはもっとメジャーコード感あるイメージ)

2. 海と花束
 間違いなくきのこ帝国の代表曲になるであろう、本作でもとりわけ突き抜けた一曲。何がそんなに突き抜けているのか。
 ひとつにソングライティング。基本3連のリズムで同じ歌メロディを繰り返すだけの構成だが、そのメロディが圧倒的に抜けがいい。きのこ帝国のこれまでの楽曲の中でも口ずさみやすさは最高級で、そのリリカルでキレのいいメロディが後述の歌詞と合わさって、非常にキャッチーな曲になっている。特に楽曲中盤のコーラスが、演奏の高まりとともに相当キャッチーなアクセントを加えている。3分ちょっとでざっくりと終わるところも歯切れの良さが出ている。
 ひとつに演奏の一貫性。静と動を極端すぎずしかし鮮やかに演奏の強弱、特に衝動感とライド的ギターポップさを行き来するギターが利いている。力強いリズムの上で鳴るひんやりしてキラキラしたギター(かなりライドっぽい!)の風通しがものすごくいい。極力キメ(全部の楽器が短くブレイクするアレ)などを用いず、二回のブレイクで静動をコントロールするアートスクール的(起源を主張する気はないが)手法も鮮やかに決まっている。
 ひとつに言葉。短い歌詞の中に、そういう雰囲気好きな人ならどこまでも景色を想像できそうなエッセンスが凝縮されている。
伝えたいことなど/とっくのとうに無い/錯覚起こして/ただそれだけなんだよ
花束抱えて/海へと向かった/最初で最後の約束をしよう/きっともう会えないから
僕達はいつも叶わないものから/順番に愛してしまう/ごめんね/これでもう/最後さ
「海と花束」というタイトルに収束される、途方に暮れる思いと死ねるほどに美しさを求める気持ちが「錯覚」によって接続される、このやるせない感じ。
 PVもこの曲で作られ、またこの曲の魅力を取りこぼさずに、激しさと眩しさと淋しさ(これらどれもそもそものきのこ帝国の要素ではあったろうが)にこれまで以上の広がりというかスケール感というかが付加されたような出来。途方に暮れてどこかを見上げるような『WHIRLPOOL』からこっち、力強さとロマンチックさで一気に飛翔したような、新しい彼女らの名刺的楽曲か。

3. パラノイドパレード
 きのこ帝国についてのどこかの記事で「…また、フィッシュマンズからの影響も指摘されており、本人も認めるところである」と書いてあり、そうなのかーどの辺だろ浮遊する感じとか?とぼんやり思ってたが、この曲を数回聴いて「あっ」となった。
 曲としては、前二曲よりもテンポを落とし、コーラスと轟音が交差して湧き立つような浮遊感・覚醒感を抱かせる楽曲。この曲もパラッパ〜のコーラスがキャッチーで、このミニアルバム全体で楽曲のフックが以前にも増してポップになっていることが見て取れる。そのコーラスの後ろで常に鳴ってる同期するかのようなギタープレーズもいい。
 そのパラッパ〜のコーラスもそれっぽいが(というか割と楽曲全体でもそんな感じはするが)、特に最初二回繰り返される分しか出てこないAメロが、非常にフィッシュマンズっぽい感性でメロディや歌い方が形作られている。イェーという力の抜けきった高音が特に故佐藤伸治を思わせる(きのこ帝国も「佐藤」なのは偶然だろうけど)。
 冒頭から出てくるアクセントの不思議なメロディは、特に中盤以降の激しい演奏の中で聴くと、その寄る辺の無い風な旋律が轟音の中で浮かび上がるようで、この感覚は確かに、フィッシュマンズを轟音化したような感覚なのかもしれないと思った。
 歌詞について。どこかのインタビューでこの曲の歌詞は、彼女らの知り合いの人がある日の夜泥酔してふらふらしてたことを歌にした、と読んだが、そんな程度のことなのか!?と訝しくなるほど幻想的な雰囲気。
青い花柄のワンピース/脱げかけた黄色いサンダル/
 飲み過ぎた道すがら/誰もがきみをけなしながらも/認めている

このイメージ、というか元となった人の着ていたワンピースの柄が、そのままこのミニアルバムのジャケットになっているとのこと。タイトル曲が一曲目、PVのあるリードトラックが二曲目、ジャケットが三曲目と、不思議と各曲が明確に楽曲そのもの以上の役割を持っているのがなんか作りとして面白い。

4. FLOWER GIRL
 7分越えの楽曲で、このミニアルバムのディープサイドの役割を担うスローな曲。いわゆるスロウコア/サッドコアの領域に属性を持つ曲か。
 ここに至ってはもう、完全にThe Cureの世界ですね…。幽玄な音世界を自分のものにしてしまってる。曖昧にたゆたう歌メロ・ギター、抑制されたリズムが作り出す奥行きは、このミニアルバムより前のきのこ帝国のサウンドに近いと佐藤本人も語っているが、この澄み切ってるのか光で淀んでいるのか分からなくなるような音世界でもって確実にキュアーのあの感覚を追い求めている。
 5分過ぎ辺りからこの曲は、そのキュアースタイルから一転、シューゲイザー/エモ的な激しさに自らを沈めていく。特にリズムと演奏が同期する6分過ぎ以降の張りつめた感覚と、それでもずっと同じフレーズを殆ど変わらない調子で繰り返すボーカルの対比がサイケデリックな高揚感を生み出している。
 歌詞について。今作の特徴である攻撃性・倦怠感・焦燥感離れ、喪失モチーフという感覚が、この曲では特に耽美なフレーズと直接的な希求の言葉で落とし込まれている。
端に咲いた花は枯れ/君は裂いた/愛しい人/
 夢に抱いた花は散り/君は抱いた/狂った赤い花

行かないで/ここにいて/あの時に言えてたら/違ったかな/変わったかな/
 あの時に/戻れたらいいのに

女のメンヘラ道一直線!このようなフレーズからたどり着くタイトルコールは、沈むのか浮かぶのかよく分からない、締念の花束を抱いてオブスキュアーな空間を漂う感覚を追体験させる。

5. MAKE L
 前曲終盤の情念渦巻くシューゲイズサウンドを抜けて、メジャー調のポップなサウンドと、そしてもはや今作の象徴なキャッチーなコーラスが展開する。それはまるで、さらにもう一段階抜けた先の果てしない風景のようで、壮大な楽曲のイントロのようでもあって、そんな期待を抱かせたところで唐突に途切れる、そんな1分17秒のインスト的楽曲。
 個人的には次のアルバムなりでこのフレーズ再利用してほしい気もするが、この曲がまた今作の一曲目のイントロみたいになって繰り返し聴ける、とも考えられる(メンバーはそういうイメージらしい)。どちらにせよ、きのこ帝国のポテンシャルを歌詞抜きにしてダイレクトに伝えるトラック。


 以上5曲、収録時間20分ほど。しかし、これまでのもっと曲数の多い音源よりもより濃いものになっている(ように感じる)。
 本作に特徴的なのは、よりスケールの大きなシューゲイズに開かれていくサウンドと、それに反比例するように沈み込んでいく詩情か。
 特に今作は今までの音源にあったロキノン的ギタージャキジャキ疾走ソングが一曲も入っていないので、全編シューゲイズギターまみれなところが、よりそういったもの好きにハートキャッチな内容となっている。演奏についてもライド感がより増したような、適度なブライトさが特にギターにあり、より陶酔しさすい危うさをたたえている。また、各曲で多用されたコーラスは、どれも存在感がこれまで以上にあり、まるでリードギターの代わりかのように振る舞う。それらがまたシューゲイザー的に相当キャッチーである。
 そして歌詞は、繰り返しになるがこれまでの攻撃性・怠惰さ・焦燥感などはトーンダウンし、そして見事に喪失しまくっている。佐藤氏のインタビューだとそういった出来事が色々あり、そういった要素が強くなっているとのことだが、そういった事実を捨象したときに出てくるのはまさに、こういった陶酔形ギターロックにふさわしすぎるフレーズの連続、ということ。むしろそういうの好きな層に媚びてるだけじゃないのか?と訝しがりのひとつも抱きかねないほど、今作の歌詞の「シューゲイザーとしての」純度が高い、高すぎる。次の作品はどういう歌をこのひとは歌わんといかんのだろう、と変な心配をしたくなるほど。
 つまるところこのミニアルバムはここ数年で見てもいやもっと長いスパンで見ても、どう考えても日本語シューゲイザーの名盤なのだと思う。どうしてここまでこのジャンルを音も言葉も突き詰めようと思ったのか、それはよく分からない(天然か?)けれど、何にせよ、日本でシューゲっていったらスーパーカーでもディーパーズでもルミナスオレンジでもdipでもましてやアートスクールでもなく、きのこ帝国のこの作品!って思うようになりそうな、そんなシューゲイザー純度をもつ、バンドというよりもむしろ日本のシューゲ渾身の一枚(言い過ぎかな…)


『海と花束』PV
ちなみにぼくはさとうさんのくちもとのほくろがだいすきです。