ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『SONIC DEAD KIDS』ART-SCHOOL

 最初は前ブログの使い回そうと思ってたけど、書き始めると結構新しい視点とかあったりで、結局殆ど書き直しだったりしてこのレビュー。今回はART-SCHOOLの初のCD音源。
(アート及びソロのテープ音源は所持どころか聴いたことさえないので書きません。)

SONIC DEAD KIDSSONIC DEAD KIDS
(2000/09/08)
ART-SCHOOL

商品詳細を見る
 wikiによると、ART=SCHOOLは2000年3月に結成。メンバーは以下の通り。
  木下理樹-vo,gt
  日向秀和-ba
  大山純 -gt
  櫻井雄一-dr
このメンバーでこのミニアルバム〜『LOVE/HATE』(及びライブ盤)までがこのメンバー(俗に言う第一期アート)。このうち二人が現在ストレイテナーに加入していることは有名。

 このミニアルバムのジャケットのイラストは大山によるもの。彼自身のツイートによると(恐らく木下に)その上にアルバムタイトル等を殴り書きされたらしい(笑)
 クレジットではイラストは大山と木下になっているが、ジャケット(と盤面)以外のイラストが木下であることは、ソロのジャケットなどを知っていれば即座に判る。

 ブックレットで他に注目すべきなのはSpecial Thanksの項。半分以上を錚々たるアーティストの名前で飾っている。この怖いもの知らず感。またある意味では「自分の引用元」のネタばらしともとれる。ちなみに名が挙がっているのはダイナソーJr、カート・コバーンレオス・カラックスマーティン・スコセッシランボー中原中也。ミュージシャン、映画監督、文学者から二人ずつ、なんかある意味納得のチョイス。



1. FIONA APPLE GIRL
 グランジバンドとしてのアートスクールを高々に宣言する陰鬱なグランジナンバー。演奏・録音はかなりローファイだが。時系列的に見れば、木下ソロの夢見がちな世界観から一気に離れて一気にダークで切迫した音や詩世界に移行したことが分かる。
 陰鬱で聴こえづらいベースのルート弾きから始まる。しかし今や邦楽を代表するベーシストひなっちこと日向秀和のCD初音源最初のフレーズがこれか…。ギターの音も鈍く重軽い具合で、そして木下のギターが大きく大山のギターが小さい。ローファイ録音とのことだが、アートの他の音源聴いたあとにこのミニアルバム聴くとちょっとびっくりする。それでも静と動を押さえた演奏はグランジの体を成しており、特に終盤の演奏は少しエモくそしてジャンク気味で味がある。
 意外と曲展開に富んだ曲で、「罪‥罪‥」のシャウト(まだソロ時のショタ声が抜けてなくて少し可愛らしい)の部分も含めると4個のメロディがある。特にギターのスタッカート気味なカッティングが入る箇所が印象的(この箇所のメロディはThe Posies『Golden Blunders』からの引用っぽい)。
 歌詞。これも冒頭から、自分たちはこういうバンドだ、と宣言するかのよう。
フィオナ・アップルが鳴り響く地下鉄に/二十一歳の彼女は身を投げる/
 乾き切った唇で/どうか俺を救って欲しい/乾き切ったその唇で/暗い空へ/私は歩く

 この投げやりに憂鬱なシチュエーション、そんな彼女に救いを、暗いエクソダスを求める、初期スピッツの変奏のようなスタンス。
 グランジ、それも切迫したグランジバンドとしての自分たち矜持を見せつける曲である。が、そのAメロのメロディは後に『それは愛じゃない』(『Missing』収録)にてメジャーでポップなコードに変えた上でリサイクルされている。

2. NEGATIVE
 暗めの前曲から打って変わって、(相変わらずローファイだが)メジャー調のシンプルなパワーコードのリフが爽快なポップな曲。アートのメジャー調ポップソングの最初期の例にして、基本的には後々もこの曲のパターンを踏襲する。
 初期アート特有の叩き付けるようなグルーヴ感はまだ未完成といった感じだが、それでもAメロのタムを多用したタメとサビでの開放感の対比は既にここに原型を見ることができる。また、サビのメロディはどこかサビというよりもBメロチックな盛り上がり方をするが、これも木下曲に多い、サビっぽいメロディの後に短い印象的なフレーズでメロディを完結させるというやり方。この曲の場合その短いフレーズはnegativeと掛かっている「願って」になる。終盤の繰り返しは早速この作法が効果的に活かされてる。ちなみに後のライブではこのフレーズはシャウトになり曲自体も速くなりより攻撃的になる。
 歌詞は、初期アート特有の支離滅裂なイメージの列挙(いわゆるカットアップの手法)により、奇妙な世界観が構築されている。
街路樹の猿/汚物にまみれて」「生き急いだ少女/下品な島で澄んでいた
六月の愛撫/ローストビーフみたいに」「吐く息はただ/死にたい位に真っ白さ
セックスを直接的に食肉で表現するのは後になってもいくつか例が見られる。文学/映画等のコラージュでできた、やはりダークなスピッツのような世界観。またこの後も頻出する「救いの雨を待つ」という表現も登場。

3. MARCHEN
 正しい表記はAの上に¨(エーウムラウト)で「メルヒェン」とよく表記されるドイツ語。英語では「メルヘン」。
 恐らく本作でも最もレアな(ライブで観れなさそうという意味)、ミディアムテンポ・メジャー調の叙情的な佳作。Pixies『Gigantic』なコード進行の上をふにゃってる木下の歌と今作でも特にその持ち味を活かしたローファイな演奏が鳴る。まったりなドライブ感が独特の、それこそちょっとメルヘンでテンションの低いロードムービっぽさを演出している(特に迫力が抜かれたスネアドラムの音がとてもいい)。アートでも結構スロウコア寄りな曲か。
 この曲の聴き所はやはり最後の「I just give up」を連呼する箇所。悲しげなコードをしかし、ローファイな演奏をより盛り上げるでも無く淡々と進行していく様は、そのボロボロで虚ろな詩情を表すのに十二分に機能している。急にしぼむような演奏の終わり方も儚げで良い。また、こういった淡々とした演奏と虚ろな詩情は後に『1965』『LOVERS』『君は僕の物だった』等の展開の平坦な曲に繋がっていく
アレン・ギンスバーグ/うたかた/君の子宮へと堕ちる/
 この世界で貴方が汚れた時は/死ぬさ

後々も頻出の「君の子宮へ堕ちる/帰る」という表現や、しばらく後の『MISS WORLD』にも出てくる死生観が登場する。

4. 斜陽
 彼らのベスト盤『Ghosts & Angels』の冒頭に鎮座し、また数々のバンドの節目で演奏される、ART-SCHOOLの『原点』みたいな扱いをされている曲。木下本人もこの曲を指して「ART-SCHOOLそのもの」と語っている。
 そのタイトルの割に本作でも最もしとやかなポップさを有していて、冒頭のギターフレーズから温かで少し儚げな詩情があり、その後のメロディも可憐なサビを中心にとりわけ豊かなものがある。メロディーメーカーとしての木下の才能が素直に表現されている。スネアを引き摺るようなドラムやごわごわしたパワーコードのギターで、荒廃感も少し感じさせて、歌詞と合わせてスケールの大きなオルタナポップを描いている。
 この曲の大きな魅力のひとつがやはり歌詞で、メルヘンさと退廃感が隣り合いないまぜになった世界観が、初期アートの中でも最上級に豊かなイメージで描かれている。
君は砂漠に咲いたユリ/六月/気違いのシェパード/涎を垂らす
おとぎ話と殺人鬼/可愛いさみしがり屋の豚/スカート揺れた
My sun with die/行きつく果てで/君がパラソルを振っていた/
 その眼/その手/その眩しさは/やがて血に染まるラストシーンへ‥

全文引用したくなるような、ストレンジだけど澄み切った歌詞。木下のそれまで摂取してきた作品のイメージを彼の感性でポップかつキャッチーに(それこそ木下が言うところの「映画的・映像的」に)マッシュアップした渾身のペン。支離滅裂なようでいてイノセントな気持ちで一貫しているようにも感じられ、読んでて一番好きなのは、もしかしたらこの曲かもしれない。

5. 汚れた血
 長らく木下曲最長尺の曲(6分41秒)だった。現在(2014年1月)ではKilling Boy『No Love Lost』(こっちはセッション中心だから木下曲とは微妙に違うのか…?7分51秒)、アートの『We're So Beautiful』(6分46秒)の次に長い曲。
 コードの割に重苦しい空気の漂う前半の歌部分と、後半の拍子を三連にしてからのインプロヴィゼーション、というかノイズパートによって成る。
 前半の歌パートはソロの『LIKE A DAYDREAM』と同じような、スローなテンポで絶叫するでも無く憂鬱だが意外と軽やかなメロディで歌う。抑制の利いた演奏はその歌の陰鬱さのサポートの他、後半の爆発の前振りの役割もある。そんな曲調のためか、歌詞の方も本作他の曲と同じ支離滅裂さだが、どこか全体を通じて陰気な感じがする(あと曲名もそうだけどとりわけ他作品からの言葉の引用が多い)。
疲れ果てて/舌はもつれ/呼吸もせずに/失くし続けた/
 夢の中で/くちづけした/パレードの日/地獄の季節/
 バナナフィッシュ/車輪の下へ/望みは何も無い/
 バナナフィッシュ/車輪の下へ/純粋になりたい

二度目のサビで次第に演奏は厚くなり、新しいメロディの展開から後半パートに移る。
 木下の「You give me my name‥」の絶叫(やはりどこか可愛い感じもあるが)から始まる後半パートは、それまで抑制の利いてたギターが一気にエッジの利いた音に変わり、3連符の上をたゆたうようなうねるような演奏をし、そして遂にメロディ無視のノイズをばら撒くに至る。そしてある程度するとそのノイズはさっと消え、穏やかでシンプルなアルペジオが残る。こういったドラマチックな展開に、Sonic YouthMogwaiからの影響を強く感じられる、と同時に、これより後の曲でここまでグチャグチャなノイズ展開する曲はほぼない(ライブでの『IN THE BLUE』『We're So Beautiful』など皆無ではないが)ため、そういった影響が最も色濃く現れたアートの曲であるとも言える。ローファイな録音・演奏なのが惜しい…
 こうした曲構成のため、ライブでは非常にエモーショナルな演奏になり、観る者のアートスクールに対するイメージを変えてしまうポテンシャルすらある。特に『左ききのキキ』のツアーの際は何故かアンコール時の目玉として毎公演演奏され、大迫力の演奏を展開していた。どなたか昔Youtubeに上がってた動画お持ちではないでしょうか…。個人的にはこういう「爆発・崩壊パート」のあるオルタナ全開な曲をアートでもっと聴きたい気もする。

6. SANDY DRIVER
 前曲の爆発→静寂の後の静謐な余韻が、NIRVANA『Drain You』のリフを無邪気に借用した感のある明るく元気のいいパワーポップである本曲で早々に打ち破られる。The Pillowsなんかがよくやる、「アルバムの最後は軽い曲で締め」のパターン。ちなみにアートでは本作の他に次作『MEAN STREET』(『ダウナー』)、そしてメジャー1stフル『Requiem For Innocence』(『乾いた花』これは歌詞的にはやや重いかもだが)などでそういう締め方を採用している。 
 曲自体は自然な感じに90'sUSインディーな雰囲気のバカっぽいジャンクさが活かされたねじれてて快活なポップソング。いい意味で安っぽい投げやりっぽいメロディがバンドのCD第一作目の本作の終わりを茶化すような祝うような感じ。最後はWeezeer『Buddy Holly』サビのフレーズをラーラーラーって歌って楽しげに締める。これほど演奏や歌に無邪気な感じがするアートの曲も無い気がする。
 歌詞的には、サビで突如脈絡無く飛び出す
Do you marry me?/Do you kiss me?
のバカっぽさ(と「kiss me」の歌い方のストレンジさ)が印象的。また冒頭、
サンディ 水の中の小さな太陽は透明
の箇所、正確な元ネタはサガン『冷たい水の中の小さな太陽』だろうが、個人的には岡崎京子『水の中の小さな太陽』(当然これもサガンかそれ原作の同名の映画からの引用)の鮮烈な絵や雰囲気を思い浮かべたりする(そう思うとこの曲は軽すぎるが…)。また「水の中のサンディ」は後に『プール』(『シャーロットep』収録)に名前そのままで使い回される。


 以上六曲。ブックレットの箇所で引用した大山純の回想ツイートに言わせれば「迷盤が完成した。名曲ばかりなのに」とのこと(笑)
 迷盤、というのはおそらく、この作品の演奏・録音のローファイさを指していると思われる。「Pavementの音を標榜した」という本人の発言がPavementに失礼なんじゃないかと思う人もいるんじゃないかとさえ思われそうなドシャメシャなサウンドは、勿論ファンとしてはこれはこれで味はあるんだけど、「今ではUSインディーの主流となったローファイサウンドの先駆的作品!」と声を大きくして言いたくはない感じもする。まず音量のレベルがアートの他のどの音源と比べても圧倒的に低いので、プレイリストを組もうにも音量差が激しくて組みづらい、という欠点がある。
 そういった点を無視すれば、曲の粒は揃っており、歌詞もソロの頃の夢見がち感とこれより後の次第に殺伐さを増していく風情との間でこの作品のみの雰囲気みたいなものを感じる。生活感まったくなしの歌とハイがごっそり抜け落ちたような演奏の丸み・すすけっぷりで、まるで作品全体がどこかのんびりしてシュールなロードムービーみたいな雰囲気がして、それはそれで中々いいもののような気がしてくる。難しいことは考えず、ぼんやーって感じの音とテンポよく吐き出される単語の並びを楽しんでいればいい作品なのかもしれない。