ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『eye』ミツメ

 ミツメの2枚目。8曲というまたフルアルバムともミニとも言いがたい曲数。
だけどすごくいいアルバム!ミツメの音楽的ポテンシャルの奥深さが感じられる。

eyeeye
(2012/09/22)
ミツメ

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1. 春の日
 いきなり前作のギターポップ感からかなり離れたカオティックな音像で驚く。サウンド・音楽性の変化を強烈に印象づけるアルバムの出だし。
 要素としては、まずダブ的なものが根底にありそう。ぐっとBPMを抑えられたビートには時折リバーブが掛けられ、ダビーなベースとともに空間的な響き方をする。よく聞くとベースのたどっているコード自体はそれほどダークでもないが、それでも全体の雰囲気としては圧倒的に重い。
 そして、曲の雰囲気を決定づけているのが、エフェクトがバリバリのギター(シンセ?)の破滅的なフレーズ。イントロの楽器の反響からヌッと現れるこのメインフレーズの悪夢的な響き方が、このミツメ第二作目の印象を一気にダークで宇宙的で途方もない方向に染め上げる。
 川辺氏の歌も、うっすらハモリのコーラスを掛けられて輪郭を不確かなものにしている。メロディは曲の中心というよりも演奏の添え物的な位置に着き、ソングライティングは一気に構成を削ぎ落とされ、演奏サイドの雰囲気に身を任せている。「まずポップな曲ありき」だった感じの前作からの根本的な変化を強烈に感じさせられる。
 コーダ部で、一度フェードアウトしてからまた戻ってくるところがまたなんとも悪夢的なサイケデリア。真夜中に騒ぎ倒してる遊園地のような夢見心地。
 歌詞について。同じ歌詞を二回繰り返すため、歌詞自体の量はぐっと少なくなっている。気を抜くと全文引用しそうで怖いが、ここでは前作とある程度共通する「過去への想い」を、しかしもう「君」という具体的な焦点を消失した、ずっと客観的な視点で歌っている。
意味の無い/無性に愉快な時は/余計に空白を僕に残して/埋められないでいる
どちらかといえば純文学的な、硬質で抽象的な筆致。この感覚で、カオティックなサウンドに飲み込まれていく。それはこのアルバム以降のミツメの作風を象徴するような光景にも思える。

2. fly me to the mars
 カセット販売という当時のUSインディーのトレンドを無邪気に踏襲した形(勿論タナソーからの引用)で先行リリースされた曲のうちのひとつ、同時に、音楽性の急激な変化もファンに印象づけた、所謂このアルバムのキラートラックのひとつか。
 まず第一に、最早前作的なギター二本、ベースにドラム、みたいなバンド演奏が全く消滅していることに驚かされる、イントロからしてまるでマザー2のボス戦突入時みたいなホワワワーなシンセの音に始まり、そして歌に入ってからは完全に宇宙感。分厚いシンセサウンドと打ち込みのリズムが反響する様は、まさにタイトル通りのサウンド。ベースシンセの広がり感とリードシンセのすこしとぼけたような可愛らしくも霊的な響き方のする音が形作るのは、当時流行のチルウェイブに急接近した夢見心地でちょっと不思議な感触。
 そんなサウンドに対して、しかしこの曲においては今作の他の曲と比べても、『煙突』と並んで「歌」の強い曲だと言える。時にはAメロBメロサビみたいなのがあった前作に比べると曲構成はシンプルになったが、それでもこの曲はよりリバーブの深くなった川辺氏の声が描くリリカルなメロディ、及びドゥーワップ的でサーフロック的な数々のコーラス(そういえば割と近い時期にシャムキャッツも『渚』で似たようなコーラスを披露している)が、曲をしっかり形作っている、全然「歌もの」してる曲である。なのでチルウェイブにいまいち馴染めなかった自分でも聴いてすぐに、この曲のロマンチックな感覚が好きになったし、その独特の曖昧なロマンチックさにミツメの個性を十分に感じられた。
 シンプルとはいえ、この曲は曲構成がとてもいい。二度目のAメロのあと宇宙を直進していくような感覚の中Bメロに入り、そこからシンセが雰囲気をぐにゃーっとさせた後にまたBメロに入ってから、ポップなコーラスの後静かにAメロに帰着し、そしてコーダでまた舞い上がる流れ、とてもロマンチックなものになっていて、シンセの最後の一音までうっとりしっぱなしになる。
 その不思議なロマンチックさを形作る大きな要素の一つとして、サウンドの割に聞き取りやすい歌詞が挙げられる。今作では例外的にそこそこの文章量のある中で、なんとも不思議で夢見がちで少し寂しげな光景が広がっている。
次に住むなら/火星の近くが良いわ/ここじゃなんだか/夏が暑過ぎるもの
 波のない日には/砂浜に二人で絵を描いて/消えるまでそこで笑ってほしいよ

こんなフレーズから始まる、妄想のような世界。女性視点から歌われる歌詞世界は、町田洋『惑星9の休日』みたいな絵柄でさらっとマンガ書いて欲しくなるような、そんな素敵な儚さがある。そんな方面にも繋がる、今作で共通する感覚をさくっと表した切なげなキーフレーズが以下のBメロの部分。
子供のままで/すぐ時が過ぎて/忘れた頃に/また旅に出るの
ミツメのリリースされた楽曲の中でも最も不思議にロマンチックしてる楽曲のひとつ。

3. cider cider
 前曲の不思議さをさらりと受け止める、爽やかな青空ファンク(?)ナンバー。タイトル的な甘酸っぱさ・切なさを一切の無理無くファンク気味なサウンドに流し込み、そして不思議宇宙な感覚も維持している、なんともジャンル不明な非常に面白い楽曲。
 まず印象的なのが、プリンス的(というよりもインディーバンドが「プリンス風」にプレイするとき的な、って感じもする)なギターの単音カッティング。これが二本のギターで別々の音を交互に鳴らされて雰囲気を形作る様はまさにインディーバンド、って感じもする。リズム隊もタイトな動きを見せ、特にベースは淡々と進行する歌パートとそれ以外のゴリゴリファンク感との間でクールなプレイを見せる。
 しかしこの曲の主役はギターではない。途中から入ってくるシンセが、前曲に続いて大活躍するところこそ、この曲の醍醐味だと思う。ギターカッティングの裏でまだファンク的な要素を残してフレーズを弾くかと思うと、曲展開に合わせて次第にエフェクト的・SE的な方面に広がっていき、歌が終わった後の長いアウトロの展開ではファンクフレーズからまた宇宙的なエフェクトにまで膨れ上がっていく。この音の移り変わり、膨れたり萎んだりノイズみたいになったりといったシンセの八面六臂な活躍が聴いてて楽しい。ライブでもこの曲でギターを背中に回して大竹雅生がシンセをプレイするが、このシンセプレイの編集的感覚が、大竹雅生を優秀なギタープレイヤー以上のサウンドクリエイター的な存在感に押し上げている。
 この曲はそのギターカッティングやシンセの荒ぶり、タイトなリズムで構成されるが、それらが多様な展開を見せるところが非常に面白い。ソングライティング的には、特に歌の部分はかなりシンプルに作られているが、一カ所だけ歌詞の一部を他の展開に乗っけてたりなど、微妙に不思議な組み方をしているのがフック的。というか、この曲ではもはや歌は展開的には演奏の盛り上がりの合間に挿入される「抑え」のパートでしか無く、上ものがなくなってベースがエコーを響かせるパートなんかと同等の感覚になっている。
 特に、歌が終わってしまってからの1分40秒程度の演奏の、基本的には同じ演奏をしているが、シンセのプレイによって一気に音の世界観が膨れ上がる辺りは「しっかりした歌よりも演奏の自由度を採るソングライティング」によって得られた部分がある。
 そんな歌の部分だが、しかしそれでも印象に残るのは、さりげなく良いけだるさを持ったメロディであることもあるが、歌詞もフックが効いている。この曲も歌詞は多くないが、3回の繰り返しのうち2回は、液的な単語が含まれている。
甘い汁の/空き瓶を覗けば/子供だけの/季節が来る
「サイダー」という単語から引き出されるノスタルジーな部分を1回目で歌う。描写は簡潔にして十分に光景が浮かぶようになっている。
君が唾を/飲み込む音に/胸が高鳴る/ついさっきから
「サイダー」という単語の甘味から連想される仄かなエロスを二回目で歌う。特に最後の部分が先述の通り次のパートに食い込んでいるのがフックになっている。
 しかし、ある程度の盛り上がりの間奏を挟んだ3回目は、急に「乾き」を感じさせる言葉に変わってしまう。
皺の増えた/瞳から覗けば/今のままで/見えると思うの
この微妙な感傷の感覚は、今作を通じて何度も顔を見せる表現のひとつ。どんどんじゅくじゅくに盛り上がっていくいたずらっぽくも鮮烈な演奏も、この表現があるために、どこか言い知れない虚しさをたたえているように感じられてしまう。
 この曲は、数少ない言葉と多様な演奏によって、ミツメが持ち前の寂しさの表現を存分に発揮した、最も不思議にロマンチックしてる楽曲のひとつである。

4. towers
 今作でも最も演奏の割合が歌に比べてずっと高い、かなりサウンド指向な曲。NWなサウンドで軽くプログレしてるような曲。
 少なくない部分でユニゾンする二本のギターの音はかなり硬質で、前作的な水っぽさはもはや残ってない。短いリフを重ねる手法のメインフレーズはかなりメタリックだし、ブリッジミュートした演奏も一定のリズムでせわしなくメロディを動かす。全体的にカクカクしたミニマルなフレーズを時折大竹雅生の歪みギターが滑らかにライドするスタイル。リズムもやはりタイトでミニマルなプレイに徹している。
 もはや完全に「歌もの」してない歌はコーラスフレーズを含めてもせいぜい曲の半分くらいまでで、そこから先は二本のギターによる寄り添って離れてのトライアルが繰り広げられる。じりじりと二段階くらいフレーズを変えて盛り上がっていき、二本のギターが暴力的に歪んで鳴るのは終盤の25秒くらい。それもでたらめ気味な暴走ではなく、ドラムはかなり荒ぶっていてそっちで盛り上がるが、その上を決まったラインに沿い反復するタイプで、徹底的にミニマルさを維持し、やがて元の感じに戻って終わる。
 NW的なファンク、という趣からは、次作シングル『うつろ』のカップリング曲〜次作アルバム『ささやき』に至るまでのストイック路線の先駆けのようにも感じられる。それらと比べると、こっちの方が前曲までの熱があるせいか、フレーズの雰囲気のせいか、変なところに飛ばされるような奇天烈な感じがする。
 もう演奏の添え物という感じもしてしまう歌だが、その歌詞の内容はというと、やはり前曲までとムードを共有したものになっていて、やはりサウンドにそんな具合の意味をうっすらと添えてしまう。
軌道は二人を/離していく/不意に思って/届かなくなるほど
前作までの体験から来る追憶とは本当に意味合いの異なる、抽象的な物言い。「軌道」という単語には、運命論的な諦観の念も見え隠れする。
熱を次第に失っても/同じ顔でなぞって/いられるといいけど
『cider cider』の最終ヴァースと同じようなことを歌っているが分かるが、こちらの方が不安げというか諦めムードがあるというか。

5. hotel
 完全にオブスキュアーなアプローチでもってアレンジされた曲。目立つフックも無く、非常に落ち着いてまどろみきったチルウェイブな雰囲気をアルバム中に作り出している。
 アコギとエレキのギターとベース、あとは重ねられた歌だけで構築されたサウンドはどれも輪郭をぼやかした音作りになっている。メインとなるアコギは同一の一連のプレイを反復し、そこに完全にとろけきった夢の中のような歌メロディが、多重に重ねられてぼんやりしたまま響く。若干のアクセント的なコーラスや、終盤さりげなくサイケなまどろみ感を補充するノイズが強いて言えば目立つ。
 サウンドアプローチのため、聴いててもまるで歌詞が入ってこないが、改めて歌詞カードを読んでみると、どことなくアルバム『ささやき』諸楽曲と近い、明瞭な意味を持たないよう抽象的につぎはぎされた言葉が並んでいることに気づく。
こじつけて考え出すと/色も無いことを知るの/
 開けずに過ごした/ドアに手をかけてみて

全体的に虚ろな感覚が見え隠れするのは、このアルバムに入っているからか、そもそものバンドのキャラか。

6. Disco
 今作でも最もシンプルなバンドサウンドを見せる、というかシンプル過ぎるバンドサウンドで見せるタイプの曲。サウンド的には今作の楽曲の中で最も前作に近いかもだが、その分本質的な部分での差異も際立っている気がする。
 角がやや丸めの軽いクランチなギター二本+オーソドックスなベース・ドラムというバンドサウンド構成はまさに前作までのそれとあまり変わらない。ただ、この曲には本当にそれだけしかない。例えば前作なら所々で大竹雅生のディストーションギターが噴出して曲の盛り上がりどころを形作っていた。この曲も演奏の見せ場は曲全体の三分の一程度を占めるコーダ部分の盛り上がりにあるけれど、そこでの大竹雅生のギターはずっと音が細いままだ。細い音で細かい動きをたくさん行い、ドラムのシンバルの強弱などにやや寄り添って微妙に演奏のテンションを上下させる、この曲で彼はずっとそういうプレイに徹している。対する川辺素のギターもブーストを踏む気配はまるでなく、ひたすら軽めの音でコードカッティングを繰り返す。ヘナヘナのままやり通すプレイは、恐らく一部の人に「これこそがミツメのベストギターワークスだ!」と言われそうなくらいに「ミツメらしさ」のようなものがある。
 ギターのミニマルなプレイの次にこの曲を聴いてて気づくのが、曲のテンションが終止平坦であること。それもそのはず、この曲はスリーコードである。たった今コピーしたところ、E→C#m→A、この三つのコードだけを延々と繰り返している。歌メロで微妙に変化を付けているとはいえ、そりゃ当然平坦に聞こえる訳で。更にそこにサビ的な箇所と最終盤以外終止殆どテンションの変わらないリズム帯。歌もメロディに強い抑揚は無く、歌い方も実にけだるく、更に重ねられていて輪郭もぼけている。途中に入ってくるファニーなコーラスが僅かに花を添えるような形。
 サウンド的には前作と変わらないこの曲が、しかし演奏や曲構造の面で圧倒的に前作と異なっている。ぼくは特にここに、今作におけるミツメの冷ややかな情熱を感じてやまない。これだけ情感を削り落として、軽やかに流れていく彼らの演奏は、しかし聴いてて不思議と心地よい。ダンス感のある曲でもないのに、ドラムのスネア二度打ちに合わせて小さく身体を揺すりたくなるような、そんな微弱なディスコフィールが、この曲には確かにある。
 そんな流れるような曲に乗る流れるような歌詞。こちらも今作の抽象化の作風モロといった風情で、よく聴くと不思議な感じがするという塩梅。
日が昇るのが早くなるね/穴の中から出て/行かなきゃなあ
この辺はまだいくらかファニーな感じもする。この箇所のコーラスのおかげか。
聴いたことのあるような/響きの中/止めないままで/続いてくな
これも『cider cider』や『towers』での内容と近いか。今作のミツメは意外と現状を否定しない姿勢を持っている(肯定する、と言っちゃうと違うような微妙さだけど)。

7. 煙突
 『fly me to the mars』と一緒にカセットにて先行リリースされた楽曲にして、今作のサウンド的挑戦とソングライティングが絶妙に絡み合った、今作でも最高の楽曲。バンド自身この曲順にこの曲の大きさを認めている風である。
 『fly〜』の世界が妄想の中の宇宙だったのに対して、こちらは夜の郊外の街、そこを車で走る、その一幕の切なさ、直面して折れてしまうような多大なる悲しみとかではなく、ふとしたときにひゅっと入り込んできては全身に染み込み抜けて行くような寂寥感を、言葉と音でミツメ的に見事に描ききっている。
 サウンド自体は落ち着いたBPMの中、音数少なめで始まる。今作でもとりわけリリカルで雄弁で無力気なメロディは、次第にギターやシンセのレイヤーをバックにして同じメロディを繰り返す。機械的に反復するシンセのメロディ、途中から噴出しだすシューゲイズなギターサウンドは、穏やかながらドラマチックに曲の光景を描き出す。抑制されてはいるが、フレーズとフレーズの間で少し荒々しさを加えたギターは少しばかり前作の大竹雅生のプレイを思い出させる。
 メロディアスなAメロと流れて行くようなBメロの繰り返し、という点ではこの曲は『fly〜』と同じである。違うところは、『fly〜』は終止夢見心地なサウンドだったが、こちらは一カ所だけ、二回目のAメロ後の穏やかだが深遠な間奏が終わった後に、圧倒的な浮遊感と寂寥感に包まれる瞬間があること。
 タナソーのコメントを引用すれば「陽の光を浴びた砂流がさらさらときらめくようなシューゲイズ・ノイズに乗せて、1stヴァースをまんま繰り返す、2分47秒から1分以上にわたる長い長いヴォーカル・ブレイク」ここに、今作でミツメがたどり着いた抽象的でどうしようもない寂寥感のイメージする全てが詰まっている。シンセのあの世的な音の中をけだるく頼りなく歌う川辺素のボーカリゼーションは、ミツメが最も「ミツメ」している瞬間ではなかろうかとさえ思う。そしてその後の再びのシューゲイズギターとシンセ、そこに今度は川辺のコーラスも交えたサウンドの広がりは、まさに歌詞にある「夜明けに追いつく」光景を強烈にイメージさせて、切なげな多幸感をまき散らし、そしてあっさり終わってしまう。このあっけない、素っ気ない終わり方で過剰な余韻はカットされ、最終曲に軽やかに回収されてしまう。
 『fly〜』と並んで、この曲も歌詞の量は多めで、そしてしっかりと「歌もの」としての存在感のあるメロディの中、奇妙な具体性と絶妙な陰影をたたえている。歌詞中の登場人物としての主観を取り戻した、冒頭の歌詞はこう。
オイルにまみれて泥だらけ/君が整備したマシンで/街をゆく/夜明けに追いつく
 白煙をあげる煙突が/急に光をさえぎって/二人しか見えなくなってた

この不思議さとロマンチックさはどうだ。そしてBメロでこう続く。
陸橋に差し掛かった時/ミラーに映ったのは/髪の長かった頃の君だったような
このアルバムの寂寥感がここで頂点に達する。The Beach Boys『Caroline No』に通ずる、この永遠の【喪失】のモチーフが、ここでは実にミツメ的に曖昧な形で、絶妙に感傷的に表現されている。夜の世界は、そのミラー一点に収束していく。映画のとても美しく寂しいワンシーンを切り取ったような詩情は、川辺素が描いた光景の中でも最上にロマンチックでセンチメンタルなものだ。
 最も不思議にロマンチックしてる楽曲のひとつ、というか今のところ頂点だろうか。日常性と最果ての感覚が奇跡的に同居する瞬間を音と言葉でしっかりと捉え尽くした、ミツメの真骨頂。

8. 20
 前曲の壮大で神秘的でその割にあっけない終わりを受けて、軽やかにこの曲のイントロが始まるとき、この曲は今作のエンドロール的な感じがするなーって思う。タイトルの意味は全く分からないけど。
 ワウギターも軽やかな陽性で軽快、ちょっとファンクなグルーヴに対し、ボーカルは終始3重のコーラスワークによって輪郭を極端に失ったスタイルで、やっぱりどこか曖昧なポップさをキープしたまま、流れるように過ぎて行く2分半。二回し目の歌が終わった後各楽器がポリリズム的に展開する辺りでまた掴めない印象を与えたままアルバムが終わる。
 その本当にあっさりとよく分からないまま流れて行ってしまう様は、それ自体を目的とした風にも思えるし、実際アルバムの曲順通りに聴くと、前曲の余韻を少し漂わせたままさらりと過ぎて行くこと自体にどことなく切なさを覚えてしまうように出来ている(気がする)。
 歌詞。多重ボーカルで輪郭がぼやけ曲もさらっと流れるので頭に残りにくいけれど、最後まで徹底してアルバムの雰囲気を保つような、微妙に曖昧で抽象的でしかしどこかざっくりした諦観と力強さを見せる。
手に触れたら/ハリボテと気づいて/日にさらされていくのを
忘れる程/瞬きのはやさで/季節は/過ぎてゆくのよ
このあたりの空虚感・寂寥感はアルバムに通底するものだった。しかしそれらの言葉は、少し意外なこんな言葉で締められる。
急いで/ずっと(orいつも)/ここにいると
いつもずっといるんだったら急ぐ必要ないんじゃないの?そんなやんわりした疑問も曲の軽やかさにあっけなく融解して、不思議な感覚でアルバムを聴き終えるようになっている。


 以上八曲。
 何気に強烈なアルバムである。インタビューなどで本人たちが「二回目のデビューアルバムみたい」と言ってたのも頷けるような、そんな圧倒的にミツメな世界観が展開している。
 要素に分解していけば、ダブだとかファンクだとかチルウェイブだとかいう単語は出てくる、出てくるがそれは結果的にそうなっただけでそれらそれぞれを目的として行った感じは薄い(『fly〜』のアレンジは若干そうか?)。むしろ、曲をアレンジする上で思いついた色々を躊躇無く徹底的に入れ込み、そしてしっかり編集した、といった感覚か。そのためか、本作はどの曲もアレンジがバラバラで、様々な曲調が次々と現れて面白い。中には『cider cider』のように凝りに凝った曲構成で一曲の中に多くのフェーズを含むものや、『煙突』のように情感の山谷をきっちりロマンチックに設定したものまである。しかしそれらの楽曲がアルバムとしてあまりバラバラに聞こえないのは、全体的にダブっぽくてオブスキュアーで、それでいて吹けば飛びそうな不思議さにサウンドや雰囲気が満ちているためか。
 このアルバムは「ハイファイ、SF、ニューウェーブ」などを合い言葉に作られた部分があるということだが、それらはサウンドを聴けばすぐに理解できる。この、「日常に暮らしている中で、ふとした瞬間に宇宙的な雰囲気に包まれて、そして寂寥感が残る」みたいな感覚の徹底した追及は、そのサウンドとそして言葉と、双方のアプローチから徹底的に為されている。昔の「君」を思い出して途方に暮れる前作の主人公像は遠方になり、ここではその「過ぎ去っていくこと」自体を、音と言葉で貪欲なまでに究明しようとするバンドの姿がある。
 …などと書くと、意味が勝ちすぎて、読み返していやらしい文章ではあるけど、そんな寂しくも不思議な雰囲気も、単純に聴いてて幻想的で心地よい楽曲に繋がっている。前作の爽やかギターポップもあれはあれでとても楽しくも鮮烈な印象だったけど、今作の日常感覚のまま不思議宇宙に沈み込んでいくような感覚も素晴らしい。

 大胆な音楽性の変遷は、やはり前作に引き続きくるりや、タナソーのインタビューでも前作を語るのにちょっと出てたようにRadioheadなんかも連想してしまう。しかし、方法論の少しばかりの類似で、それらと一緒くたに扱う必要は無い。今作の曖昧さ、不思議さ、寂寥感は、ミツメが各々の感覚で何となく作り上げた、からこそミツメでしかない感じ、そんな自信を感じさせる。「安心な僕らは旅に出ようぜ」から約十年後のこのアルバムで「忘れた頃にまた旅に出るの」というのはちょっとよく出来すぎてるようにも思うけれど。