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ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『LOVE/HATE』ART-SCHOOL

音楽-ART-SCHOOL周辺

 ART-SCHOOLの2ndフルアルバム。重くて暗くて救いようが無いが、一部で最高傑作とも言われる。ついでにバンドの内情も最悪で、この後ライブ盤一枚出してベース日向とギター大山が脱退する(この二人が後にストレイテナーに加入することは、最早そっちの方が有名か)。故に、所謂“第一期アートスクール”において最後のスタジオ録音となる。収録曲数15曲(初回盤のみ)はベスト盤・ライブ盤以外では最大。
 荒野のようなジャケットは実はブックレットではなく六面折り曲げ型。広げると荒野というよりも畑みたいになってる。第一期メンバーの四人が並んで立っている(一人しんどいのかしゃがんでいる)姿が印象的。
 CDエクストラ仕様(そんなのあったなあ…)で、今作に未収録となった『SWAN SONG』『LILY』のPVも収録。これはお得仕様である以上に、当時東芝EMIも含め業界で猛威を振るっていたコピーコントロールCDを回避するためとも言われていた。当時から木下はCCCDはおかしい、といった発言をしていた(はず)。今となってはすっかり昔のことのようにも感じられる。

LOVE/HATE(初回)LOVE/HATE(初回)
(2003/11/12)
ART-SCHOOL

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1. 水の中のナイフ
 パワーコード四つ!重い!シャウト&ディストーション!といった、グランジバンドとしてのアートスクールを先行シングルの次曲とともに強烈にアピールするグランジ曲。前アルバムでの衝動一直線で爽やかさすらあった幕開けとは明らかに違う、キリキリさと鈍重さが交錯するアルバム冒頭となっている。
 メインのリフはモロNirvanaグランジ色全開。ディストーションでブッ潰れきった音色と音圧。そのコードと同じコード進行を持つAメロの部分は、その無骨な進行から絶妙にポップで緊張感のあるメロディを取り出して、もはやLOVE/HATE期の象徴3音のアルペジオとベタ弾きのギターでコード感を曖昧にした上でキラキラ加減と殺伐さを演出している。
 サビの絶叫のようなフレーズは、言葉も相まってグランジ特有の虫ケラ感全開。グチャグチャで不全な感情を吐き捨てるように歌う。バリバリのパワーコードの鳴りの横でよく聴くとリードギターも別のラインを弾いているのが聴こえる。当時のバンド内のパワーバランスを少し感じる。
 サビの後のメインリフには更にとどめのようなフレーズ。途中から入ってくる短いブレイクとシャウトの、とても投げやりなエモーションを絞り出すような演出。ブレイクの度にバンドがたわむような感覚がするのは、ドラムを中心にこのアルバム的な重量感をとりわけ雄弁に表現している。
 歌詞。Aメロ部では荒涼感をささくれた情景描写で展開している。
いつだって雨が、ただ此処に降り注ぐ/むき出しの傷跡に/ひび割れた硝子のびんに
そこからのサビのフレーズは、まさに身も蓋もないような、身を切るような言葉が選ばれている。特に2回目サビのフレーズは、こじらせた系男子には堪える名調子。
そうさ/いつも光の中/君は淡く揺れていた
 そうさ/いつも影の中で/身動きさえも取れやしないんだ

そしてとどめのリフレイン。自らを抉り出す感覚。
I wanna be twisted/Just wanna be twisted
 LOVE/HATE期の曲では『UNDER MY SKIN』に次いでライブでも頻出で、そのせいかシングル曲である次曲を差し置いてベスト盤に収録されている。このアルバムは曲間がないように作られているが、このアルバムのトラックをそのままベスト盤に収録しているのでそっちで聴くと終わり方が唐突に感じる。

2. EVIL
 2012年にグランジ復活!的なノリで『BABY ACID BABY』がリリースされた後でも、グランジ的な濃度はアート全楽曲中トップではないかと思えるこの楽曲。前曲の重さの部分を特に良く引き継ぎ、アルバムの重さが強調される。先行リリース済みなのでレビューはこちら。このアルバム、曲間なしで繋がってるから、このトラック単体で聴くと始まり方がぎこちないので単体で聴く場合やっぱシングル必要か。

3. モザイク
 前アルバムが冒頭から疾走曲の連打だったことを思うと、今作は先頭からこの曲まで連続してグランジナンバーが続くのか…。前曲のカラカラ乾き気味グランジと比べるとこっちはより湿度と空気感が多め。シャウトのヤケクソ加減ではアルバム中最高か。これも先行リリース曲でレビューはこちら

4. BUTTERFLY KISS
 前曲までのグランジ連発の殆ど捨て鉢のような勢いを見事に受け止める、柔らかくて優しいサウンドの楽曲。LOVE/HATE期の象徴のひとつである他の楽器より先に入ってくる終始鳴りっぱなしのSEの柔らかな音と、やはり柔らかいアコギや、サビや間奏のシューゲイズ風味なギターの重なりがとても奇麗。これまでのいかつさと打って変わって滑らかなプレイのドラムなども軽快で心地よい。明るくポップなメロディにもたゆたうような感覚が反映され、その淀みない流れがサビ後の「Tonight」とファルセットで連呼するのに収斂する様はとてもキャッチーでかつ甘くて切ない。
 サビで吹き出してくる多重録音と思われるギターの音の揺れ方は絶品で、ノイズポップ/シューゲイザーの要素がアートの楽曲中でも最上級にキラキラしてフワフワしてファンタジックで、かつサビの歌詞と相まって、ノスタルジーと虚しさがないまぜになったような感覚がある。四つ打ちのドラムもダンスフィールというよりも、夢見心地の轟音サウンドが浮き上がるのを目的としていて、その効果を存分に発揮している。
 歌詞も、曲のキラキラ感を冷たくも暖かい光景で着色する。
氷を砕いて歩こう/何にも話さなくていい
 何より/澄んでいるから/冷たく乾いた朝に

また「彼女は死んだ」という木下歌詞で頻出のフレーズが「美しい人に(人に限った話だろうか)、本当の意味では触れる事ができない」ことの比喩だと明かすような内容の歌詞でもある。
光の中へ君は/触ろうと手を伸ばしたのさ
 僕は思い出すんだ/永遠に触れなかった事を
 Tonight

本作のポップでメロウな部分を担う、穏やかだがとても強力な一曲。

5. イノセント
 今作でもパワーポップ度合いは『ジェニファー'88』と並んで比較的高めな曲だが、よりストレートにポップな『ジェニファー』に比べてより翳り・悲壮さを感じさせる。
 曲間繋ぎも兼ねるエフェクト音をバックにブリッジミュート・揺れの両ギターとせり上がるリズム隊ではち切れんばかりの静パートと、絶叫のようにも感じられるがポップな勢いもあるメロディの飛翔と、このアルバム的に酷く歪みきったディストーションギター、無骨そのものなドラムが印象的なサビの動パートとのコントラストは、全編陽性なコード進行にも関わらずかなりグランジチックに感じるし、Smashing Pumpkins的なロマンチシズムもあるように思える。
 二度目のサビ以降にリフレインする旋回するギターフレーズが特に印象的だが、これはThe Cars『Just What I Needed』のシンセフレーズからの借用。元ネタ曲の最終盤に登場するこのリフを、特にこの曲のアウトロではアートの曲では本当に珍しいフェードアウトの中トコトン使い倒す。元ネタ曲を知らずに映画『Boys Don't Cry』を(おそらくはアートのライブアルバムのタイトル元ということで)観て、エンディングで元ネタ曲が流れた際に「あっこのフレーズ…!?」となる人もそこそこいるのではないか。次曲と続けて、そっくりそのまま借用したフレーズを使い倒す流れ。
 歌詞は、タイトルの通り、イノセンスの喪失について。比較的前作アルバムチックか。サビは、フォーリンダウン芸人的な木下節。
I'll fall down with you/ただ灰になったんだ
 I'll fall down with you/痛みも感じずに

そんな中でも、LOVE/HATE期特有のドラッギーな陶酔感が垣間見える。
街路樹の下/二人は重なって/愛されたいと初めて思うんだ
 静脈管に愛を射つだけ/哀しみさえも透き通って

 なお、この曲のサビのメロディは後にアルバム『Flora』収録の『LUNA』に、またヴァースのブリッジミュートギターのコード感は更に後にKilling Boyの『You And Me,Pills』に、それぞれ流用されている感じがある。

6. アパシーズ・ラスト・ナイト
 Smashing Pumpkinsのレア曲『Apathy's Last Kiss』をシングル『UNDER MY SKIN』収録の『JUNKY'S LAST KISS』と分け合った感じのタイトルの曲で、そしてある種典型的とも言える素晴らしい木下節のサビを持つミドルテンポで重ための楽曲。
 延々とリフレインするアルペジオフレーズと休符を効かせたベースの醸し出す重たい雰囲気が陰気でかつ耽美。アルペジオのフレーズはHouse Of Love『Shine On』の借用で、終始延々鳴り続けてるので、本当に借用したものをとことん使い倒している。それがちょっと可笑しいけれど、フレーズ自体は元ネタ曲とまた違った趣で陰惨に響くところにセンスが出ていると思う。
 サビのメロディの飛翔の仕方。これぞ木下節!と言いたくなる切実なメロディの飛翔、細い声の張り裂け具合がヒリヒリとした美しさを醸し出し、そして歌詞の通り沈んで、間奏の嵐のような轟音の中にファルセットで溶け込んでいく。この一連の流れの、ダウナーなまま浮かび沈むような痛ましさ・虚しさがこの曲最大の魅力。『ウィノナライダー・アンドロイド』や『水の中のナイフ』等のサビと同じコード進行だが、この曲のメロディは出色の出来だと思う。
 グランジニューウェーブの間の子のような轟音も、痛ましければ痛ましい程悲痛な輝きを増すメロディを最大限に活かしている。というか間奏相当ギター重ねてあるな…混沌としたサウンドと、その中を彷徨うようなファルセットの対比も素晴らしい(というか轟音に重ねられる木下のファルセットは、第1期アート最大の魅力のひとつであるとさえ思う)。
 ダウナーで混沌としたサウンドの中を漂う歌詞は、相変わらず逃避をモチーフにしながらも、内容はかなりエロさと惨めさ増している。最後のヴァースのカットアップ的な部分がその痛々しさを得に象徴している。
射精、夢、アパシーズ/噴水、愛、傷跡/二人だけの国で失ってばかりね
エロ要素は、特に第2期以降より露悪的に表現されるが、そこへの過渡期なためか、ロマンチックさとエロとそしてLOVE/HATE期特有の救われなさが絶妙に共存している。
光にさらされ/二人は溶け合って/光を失くして/何処へも飛べずに
 光にさらされ/このまま沈めて/沈めて

 次曲とともに今作の最も虚無的なゾーンをサウンド・歌詞両面から形成する。壊滅的なダークさの印象でもって、次曲の圧倒的な荒廃感を際立たせもする名曲であり、素晴らしい曲順。

7. LOVE/HATE
 今作のタイトル曲。アートスクールの楽曲で最も虚しくも凄惨な、又は虚無に飲み込まれたグランジバンドの辛うじて演奏された最期の一曲、といった風情の(そういう意味で、個人的に設定した「LOVE/HATE期虚無グランジ三部作」の最後にして最悪の楽曲と捉えている)、今作のジャケットの光景が浮かぶような、圧倒的にどうしようもなく荒廃しきった光景を表現しようとバンドがのたうつ曲。
 フィードバックノイズのようなSEが延々と鳴り、目眩を引き起こす光の類みたいな印象がある。これに導かれて入ってくる演奏の、恐ろしい程の覇気のなさ。無骨過ぎるドラム、けだるく下降していくベースラインと、最早演奏者の魂が抜けてしまったような単調なアルペジオ、そして言葉のリズム感も歌い方も息絶え絶えな、まさに這いつくばった歌メロディ。それらが重なって出来るのが、美しさより虚しさばかり感じられる、覚醒できない混濁した意識で見る光景のような、淡く歪んだ響き。
 サビの部分も、ピアノの高音が先のSEと合わさり、意識が溶けていくような雰囲気。ドラムのオープンハイハットばかりが音圧を稼ぎ、飛翔できないしグランジ的に炸裂もしないメロディは諦めに満ちている。そして「もういい」と囁く中やっと登場するグランジ要素、これがまた二本のギターの休符を強く意識したプレイで、曲のささやかな潤いすら断ち切るような、捨て鉢のエモといった鳴り方をする。そして二曲連続となる、演奏の轟音と木下の意識が希薄になっていくようなファルセットの交錯に辿り着く。前曲に比べると演奏も声もより薄く単調になっているが、実にLOVE/HATE期的な3音アルペジオと、同じ音をかき鳴らし続ける方との二本のギタープレイがそれがかえってこの曲の荒涼感をどこまでも引き延ばしていく。
 歌詞。見事に凄絶なダメさ・無力感が描かれる。そこには、アートスクール的世界観といった耽美な痛々しさではなく、当時の年齢の記されたフレーズ(「25歳で花が枯れた」)もある通り、この時期の木下個人が陥った(=結果的に辿り着いた)切実に荒廃した状態が覗かれる。
千の天使が俺の中で/羽根を焼かれた今、眼の前で
かつて『ダウナー』(『MEAN STREET』収録)で現れた中原中也からの借用は、よりずっとダウナーなこの曲において遂に焼かれる憂き目に遭う。
どんな時も/完璧で/誰からも/愛されて
 一度だけ/味あわせて/その気持ちを/それだけでもういい/もういいよ

LOVE/HATE期に散々繰り返された、劣等感や逃避願望に基づく「もっと他の人生を生きたい」という切望の、この時期の最終地点だろう。妄想的・ノスタルジー的なトーンを極力排して、ただ一度一瞬だけでも完璧な実感を受けたいという願望(それもまた妄想なのだけど)。“完璧であること”への願望はSmashing Pumpkinsの歌詞でもよく出てくるのでその影響もあるかもしれない。また、今作より後の作品でもこのテーマは形を変えて登場し、木下の憂鬱な世界観のひとつのバックボーンとなっている。
 サウンド・歌詞ともに当時の木下個人のコアな部分を最も出し切った感じのある楽曲。本人は、ライブ中に歌ってて泣いたのはこの曲だけだ、と話している(MARQUEE vol.56)。大事な曲だからか、今でもライブで時々演奏されることがあり、このスタジオ録音とはまた趣の違った超轟音ナンバーとして演奏される(『汚れた血』とかと同系統の演奏が展開される。こちらも素晴らしい)。

8. ジェニファー’88
 前曲でアルバム中で最も憂鬱になったところから、勢いのあるこの曲で仕切り直し、といったポジション。既発曲だけど、このアルバム中で最もカラッと明るくポップしている(歌詞はともかく)ので、この後も沈み系の曲が続く中でいい息継ぎになっている。レビューはこちら。なんでシングル4曲中3曲もアルバムに入れたのやら…どれもアルバムによくハマってるとは思うけど。

9. BELLS
 前曲の爽やかな勢いから一転、また陰鬱な混迷を感じさせる砂嵐的・フランジャーライクなノイズを延々とバックに流しながら進行するメロウでかつ緊張感と浮遊感が両立した楽曲。
 件のノイズはインタビューによるとJ.Mascisのソロアルバムの最後の曲(『Leaving on a Jet Plane』?)での「ぐぉぉぉぉ」みたいな音を出したくて木下と日向が頑張った末の音だとか(当時はこの二人が音楽的にバンドを牽引していたらしい。今作は日向が弾いたギターもかなり録音されているのかも)(MARQUEE vol.56より)。そのノイズの上で、やはり3音のアルペジオ(今回はフレーズが微妙に変化する)を中心に何本かギターが重ねられ、今作では珍しいピアノのダビングも行われて、この曲ではその轟音が鳴り響いたり適度なタイミングでブレイクしたりといったプレイが曲調を作っている。特に間奏や最終盤のブレイクはどこか『 OUT OF THE BLUE』にも似たざっくりさと寂寥感がある。一番の聴きどころは間奏最後のフィルインが途切れてピアノの音だけ「ピン!」って入るとこ。ドラムも延々と叩き付けるようなつんのめったプレイをしており、これも曲調の行き詰まった浮遊感の演出に効果を果たしている。
 歌メロは淡々としたAメロと辛うじてシャウト気味に歌唱しているサビの繰り返しで、やはり全体的に憂鬱さが目立つ仕上がり。というかAメロは『TEENAGE LAST』の流用っぽく聴こえる。
 歌詞。やはりサビのRunnaway連呼が、当時の逃避願望を直接的に表している。
Runnaway 俺の目には/Runnaway 映るだろうか
 Runnaway 穴があいた/どれだけ誓い交わしたって

あと、歌詞の中で想っている女性の描写の微妙にフェティッシュな感じ。これは次曲にも共通するところだ。
そばかす/レインコート/柔らかい耳の形
 本当は知ってたんだ君が云おうとした事

 ある意味、この曲のアルバム中での最大の効果は、この曲の轟音が薄れた直後に次曲の爽やかなアコギのイントロが入ることかもしれない。

10. SKIRT
 個人的にはこの辺りから『しとやかな獣』までがこのアルバム最大の山場だと思っている。この曲のみっともない呻き、シャウトはこのアルバムでこそ映えると思う。間奏のブレイク以降の展開はこのアルバムの荒涼とした地平を俯瞰し、そのどうしようもなさを歌詞も無しに叫ぶような感じがして最高だ。既発なのでレビューはこちら

11. UNDER MY SKIN
 既発曲を並べただけなのに、前曲からのつながりが最高に良い。前曲の終盤の勢いをそのまま受け継ぐためにこそあったようにさえ思えるフィードバックノイズ、そして例のベースのフレーズからの速いテンポは、開放感と、この曲ならではの空がどこまでも開けてるゆえの閉塞感(?)とが合わさってもの凄くぐっとくる。レビューはこちら

12. プールサイド
 前曲の勢いを一旦ぶった切るように柔らかな3音アルペジオが鳴り響く。このタイトル通りの水中っぽさの中を演奏がオンオフする轟音ナンバーで、個人的には『シャーロット』『IN THE BLUE』等と同じ扱い(つまりアート的な轟音の名曲)。
 アルバム後半の曲の中でも特に静と動の落差が大きい曲、だがその振幅はモロにグランジ的なものではなく、オルタナ/シューゲイザーを通過した故の感覚、つまり上記の他のアートの楽曲にも共通するような「奥行きを感じさせるAパート」と「轟音に沈み込むようなサビパート」の対比とそのある種の感覚の連続性、といったものが、この曲でもよく現れている。
 Aパートの演奏。要素で見るとそれほど多い訳ではない音が、とても有機的に水中っぽさを表現している。3音アルペジオ、同音反復のギターカッティング、曲の下部をふち取るようなタメの効いたベース、内にこもっていくようなSE。そこに潜む木下のボーカルもまた、沈みすぎず浮きすぎず、絶妙な抑揚でメロディを形成する。
 ドラムの相変わらずのスネアフィルから、一気に沸き出すように始まるサビパート。重厚に重ねられたギターノイズの水中をたゆたう感覚と、その中を推進力として強力にかつ機械的に駆動するドラム(第二期以降のアートにも繋がる感覚か)で構成される轟音の心地よさ。この曲ではその叩き付けるような轟音が、全く直線的になったベースの働きもあってか、少し疾走感・焦燥感も帯びているのが特徴か。木下の歌もまさにこの時期の轟音ファルセットボーカル、その最上のものであり、トーゥールル…といったコーラスが轟音に溶け込んでいく様は、本当にこの暗い水槽の中のような轟音を、水槽の中のまま世界のどこまでもいけるんじゃないかと思わせてくれる。
 歌詞。曲順的にそう思うだけかもだが、もはやLOVE/HATE期の、いや第一期アートの総決算のような感じさえしてくる。
影の中/光を壊せば/君はちょっと/嬉しそうだった
 ヘロインと愛/あるいは感情で/抜け出そうと/そう誘ったんだ

曖昧で繊細で可愛らしい表現と、逃避願望と薬物の混濁が平然と並べられたこの最初のヴァースからして、理想・空想と現実的な手段との乖離、その痛々しさが見てとれる。
プールサイド/ただ君に見せたかった場所があるんだ
 プールサイド/水の中で感情を失くして泳ぐ/二人で

子供のように純粋な感情の上部と現実的に虚しさを背負ってばかりの下部で、やはりサビも対比的になっている。かつて『Requiem For Innocence』と謳ってみたところでしかし何も変わらないこのアホみたいな純真さがずっと消えないことが、木下作品の音楽や情緒の底に強くあるんだと思う。
 かつて『プール』という曲を作っていたために同タイトルを避けるべく『プールサイド』というタイトルなのかと穿って見てしまう。その『プール』『レモン』と並べて「第一期アート水の中三部作」(他にも水中の歌詞の曲あったかもだけど)の大トリとも言えるし、『シャーロット』で一旦到達した「得体の知れない感じ」に再び入り込んでいる感じもある(し、全く違うようにも思える)。何はともあれ、第一期アートの中でも最もイマジネーションに富んだ楽曲のひとつだと思う。

13. しとやかな獣
 前曲最後の水中をたゆたうようなSEから、唐突にこの曲の“開けた”音に遭う。今作も最終局面、これまでのキリキリしてどうしようもない世界観の“落としどころ”としての役割を見事に完遂する、陽性コードでジャケットのような荒涼とした光景に夕日が射すような、息も絶え絶えなポップさを発揮する楽曲。
 揺れるギターとアルペジオの対比されたイントロ。ほんの少しR&Bテイストなタイトなリズムが、今作でこれまでになく開けた地平をイメージさせる。コーラスがかかったギターの響き方が、少ないカッティングで澄んだ奥行きを作っているのがいい。木下のメロディも、浮つきを排し地面を確かめるような落ち着きがあり、そこから今作でも最も自然に、飛翔するサビメロディへと連続していく。
 サビの演奏はRadiohead『Black Star』を下敷きにしている(というか、全体的にこの曲の影響下か。イントロの終わり方とか。あと三回目サビ前のギターのミュートカッティングも絶対レディへ意識してる)。下降していくギターリフのリズムがバンド全体ごと揺さぶるようなアンサンブルで、特にドラムがいいバタバタ感を出している。
 サビの回数を重ねる度に、サビメロが長くなっていく。それに合わせギターの重力感・オクターブ弾きなどの装飾も大きく、壮大になっていく。最後のサビの後ララー調でコーラスが入ってくるところはまさに今作の混沌をくぐり抜けて、歌詞の通り地面に足をつけるようなしとやかさがあり、感動的。
 歌詞。他の曲で時折見られたイノセントでファンタジーな要素は皆無で、こちらも今作のあらゆるネガティブさを受け止めるような痛々しさと、そこからのギリギリのポジティブさがある。
うたかた/あえぎ声/注射針/行き着く果てには何も
 死ぬまでギリギリと分かっていた/生まれたことに意味は無いから
 明日も生きれるよ/腐ったアジサイの赤の色
 美しい、しとやかな獣よ/貴方は空っぽのままでいい

真に美しさを持っているなら、空虚で醜くなっていくことこそを肯定する、このもはや居直ったようなギリギリのポジティブさが、この時期の木下の限界のポジティブさであるし、またそれはアートスクールの世界観において唯一追求することができるポジティブさなのかもしれない。
 おそらくはこの曲がアルバムのネガティブを一手に受け止めるために、同じくポジティブなテーマを扱った『SWAN SONG』は収録されなかったのではないか。「裸足で歩きたいんだ」と歌われるラストは中村一義『ERA』のようでもある。裸足で歩いた結果が第二期以降のアートのドロドロの世界観かよ、っていうツッコミも今の地点からなら思わなくもないが、まさにこの時期のバンドの死力を尽くした末にどうにかひねり出せた“おとしまえ”だと思う。

14. SONNET
 アルバムのストーリー的に完結した前曲が終わってその余韻も冷めないうちに、そのままこのネオアコチックな最終曲に流れ込む。エンドロール的な位置づけか。全然形式がソネットじゃないのはご愛嬌。
 ドラムレスで、アコギ弾き語り(風)をベースに、エレキギターやピアノで淡く夢想的な音処理の演奏が加味されている。インタビューにてアコギの演奏は日向によるものであることが明かされていて、もしかしてこの時期のギターのダビングも実はひなっちなんじゃ…と、当時の大山の窮状の極みっぷりを思うと考えてしまうきっかけとなっている。
 曲の基本的な立ち位置は『MEMENTO MORI』や『LUCY』に近い。しかしそれらと違うのが、この曲が徹底的に無感動チックな演奏になっていることだ。延々と同じ3つのコードを繰り返す曲構成や、やはりエンドレスリピート気味なバックのギターフレーズ、そして存在感があるどこかの洋画から引っ張ってきた風の女の子のおしゃべりSEも、徹底して起伏無く繰り返す。サビで申し訳程度にアルペジオを弾くピアノも本当にささやかな程度で、つまりこの曲においてサビとそれ以外を分ける要素は木下の歌しかない。これが、この曲がアルバム最後にして最も孤独感が際立つ理由として大きいのではないか。アートの楽曲中でも特別下手な訳でもない(むしろ上手い方)木下の歌が、かつてなく頼りなく響く。そして今作の象徴のひとつでもあるファルセットはとりわけ長く伸び、消え入るような虚しさを匂わせる。
これさえも出来ないの?/そう云われ育った/感情を切るたびに/あふれる物は
LOVE/HATE期的な劣等感の描写の中でもとりわけ直接的なフレーズ。不全。
人はただ失うから/太陽や指輪、匂い
 僕もまた失うだろう/雪どけにくちづけした気持ちを

第一期アートのイノセントな想像力と喪失感を突き詰めたようなサビの一節。
 演奏が終わって、最後にバックのおしゃべりのパターンが切り替わって「Girls Back Teen!!Girls Back Teen!!」としゃべりだす。曲間をほぼ隙間無く繋げてきたアルバムの最後の音がこれ。前曲で虚無的ながらギリギリの立ち上がりを見せていたところから、もやもやした音のこの曲の最後の最後で、何処までも虚しさに引き込まれる。

15. SEAGULL
 初回盤のみのボーナストラック。前曲と同じトラックにて数分の間を置いた後再生される。LOVE/HATE期の楽曲でもとりわけ力強いドラムに導かれて始まる、カラッとしたミディアムテンポのパワーポップナンバー。ともかく元気でパワフルで、ダウナーなアルバム中で浮くことを考慮されて隔離されたのも分からなくもない。
 『Today』とかの系統のSmashing Pumpkinsの楽曲に近いようなサウンド指向。ゆったりテンポの中で水を得たようにタメを効かせたドラムが、ともかく元気がいい。ここまでパワフルで快活に叩いているのは珍しいのでは。ギターもシンプルなプレイでベタなオルタナロックしていて楽しい。メロディも皮肉っぽくダウナーなAメロから、サビの短いフレーズ連呼で楽しそうな感じ。
 この曲で一番緊張感があるのは二度目サビの後のCメロ的な箇所で、ここで以下のような今作的な憂鬱を開き直ったかのようにシャウトする様はしかしやっぱりパワフル。
一度だけでいいさ/いつか/羽が欲しい/飛べるような
 そんな資格などは無いさ/言い訳がましく/笑われたって
 LIKE A SEAGULL

 テンポがゆったりで明るい、というのがそもそも珍しい。同系統の曲はずっと後になって『ローラーコースター』くらいしかないのでは。アルバム中どころか、第一期アートの楽曲中でも浮いているようにさえ感じる、不思議な曲。ある意味第一期アートでも一番シンプルで直球な曲なのに。


 以上14曲。初回盤は15曲。
 重い。それは、疾走曲が実に7曲も収録されていた前アルバムと比べて、ということもあるが、そもそもの音作りが、かなりヘヴィに作り込まれている。LOVE/HATE期に入りよりクリアな録音が出来るようになったことで、ギターのダビングはより分厚くなった。今作は特に間奏で幾重も嵐のようなノイズを重ねた演奏が散見され、そのサウンドの攻撃性と虚無っぽさの両立が、そのまま今作の個性と言って差し支えないような印象がある。木下パートのパワーコードギターも、キャリアで最もブッ潰れた音を晒していて、自棄なテンションをボーカル共々感じさせる。
 一方で、柔らかい音はより柔らかくなっている。今作で頻発される3音アルペジオはその最たるもので、曲によって多少の音色の違いはありながらも、今作のメロウな感じ・たゆたう感じを要所要所で演出している。ニューウェーブ/シューゲイザー的な音処理も多く見られ、メロウさの幅はぐっと広がった。
 ボーカルにも同じことが言える。自棄っぱちなシャウトは何処までも無理矢理引き出され(そういう曲はしかし意外と既発曲の方に多いけども)、そしてファルセットは木下のキャリアでも最も澄んでいてフレーズもどれもリリカルだ。特にファルセットはライブではあまり顧みられないので、今作はそれをどこまでも楽しむことが出来る。
 一番嬉しいことが、今作以前に大量にリリースがあり、そして今作が既発5曲抜きでも10曲も新曲があるというのに、曲の質が非常に高水準であること。繰り返しを基本とするシンプルな曲構成が多いが、それがかえって余計な小器用さを削ぎ、不器用で不全で乾いた質感を生み出している。
 歌詞も、LOVE/HATE期を通じてこれまでも頻発された自嘲・劣等感・逃避願望が、より幅を広げて各所に詰め込まれた。今作の特徴としては、『Requiem For Innocence』以前に見られたイノセントでファンタジーな、ちょっと可愛らしいセンテンスも、幾らか復活していることで、これが先述の凄惨な詩情および今作で増殖した露悪的・退廃的な表現と壮絶なコントラストを形成し、歌と合わさって非常に痛々しい世界観となっている。
 総合して、重く、やるせなく、どうしようもないアルバムで、だからこそ突き詰めた良さがあちこちにあると思う。本当によくここまでこんな世界観をこのボリュームで結晶化できたものだと、本当に感嘆する。

 当時のバンドの状況の悪さは後のインタビューなどでも度々紹介があるが、一番リアリティがあるのが、当時のギタリスト・大山純twitterでの一連のつぶやきだろう。

ギタリスト・大山純氏の独白。

最近出されたストレイテナーの各メンバーヒストリーについての本にも記載があるが、当時のバンドの行き詰まり方は、メジャーデビューして注目された新人バンドとしてはあまりに痛々しい。そんなところまで本国アメリカオルタナの先人みたいな感じなのか、最早天然なのか、業界的な病理か、とさえ思ってしまうが、そんな笑えない状況下で、スタジオでまともに会話もできないような状態で、どうやってここまで作り込まれた作品を作れたのかは不思議でならない。奇跡的、という言葉もしらじらしく感じられて、最近では日向がかなりの部分で音作りや実際の演奏をしているのではないか、とさえ思うようになった。
 ただ、ポテンシャル的には、木下もバンドも上り調子だったのは確かだろう。特に木下は、キャリアの最初の絶頂とも言える期間を最悪の環境で過ごしたらしく、その人生を思うと幾らかいたたまれない気もするが、しかし作品上ではその能力を最大限に発することが出来ているように思える。しかもその最悪の状況を上手く捉えた上で、アウトプットさせることに成功している。「アーティストは人生が失敗している時こそ傑作を作りうる」という俗説は、しかし人生に失敗し過ぎて作品が完成に至らなければ、その過程で出来た曲がどんなに素晴らしくても、限りなく実りのない事態にしかならない。ここでバンドは、崩壊しながらもシングルを連発し、そしてこの充実した傑作アルバムまでリリースした。それは人生として不幸な時間でも、作り手としては幸いなことだ。無責任なことを言えば、リスナーとしてはもっと。

 個人的に、人生で今のところ一番大切なアルバム。何遍聴いたか。感謝しかない。