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ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

ゼロ年代前半東芝EMIの10曲(前編)

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 10年くらい前の話を誰が気にするんだろうと思いつつも、書きます。

 10年前の音楽界の話題といえばなんと言ってもコピーコントロールCD!21世紀に入って次第に流行り始めた(今では当たり前となっているような)「パソコンにCDの曲をインポートして、それをiPodなどのポータブルプレーヤーで聴く」というスタイルに真っ向から反抗するこのCCCDなる規格は、当時のリスナーの方々の間で大変な問題として取り上げられ、嫌悪され、罵られまくっていた。
 いつの間にかなくなってしまっていたCCCDだが、特にこれを推進していたレコード会社といえば、エイベックスに、ソニーに(ソニーは微妙に規格の違うCDだったからこれがまた色々面倒だった思い出…)、そして東芝EMI

 そんな東芝EMI。当時好きだったミュージシャンの新譜がCCCDでリリースされハラワタ煮えくり返った人はそこそこ多いはず。「あああ…作品自体は素晴らしいのに…作品自体はかなりいいのに…」

 かなりいいどころではない。この時期の東芝EMIは最高である。
 今回は、当時の東芝EMIからリリースされた10曲を(偏りを承知の上で)取り上げつつ、この時期の作品の素晴らしさを懐古する(といっても筆者はリアルタイムでこの辺りの作品を聴いたわけでは全くないけれど)、ついでにCCCDというすっかり過去の物となった負の遺産に思いを馳せるという、生産性が怪しい企画です。

 長くなりそうなので2回に分けます。


(曲名に貼ったリンクは、本人のPV等がない場合、適当なカバー等を貼っています)

1. 造花が笑う(ACIDMAN)
 この時期の東芝EMIの「やっぱロックだぜ!」的なテンションを最も象徴することといえば、ACIDMANのデビュー周辺の出来事だろう。プレデビューと銘打った3連続300円シングルにてバンドのしなやかさとパワフルさとキャッチーさと詩的さを連発でリスナーに叩き込み、そして満を持して1stフルアルバム『創』をリリースするに至る勢いというのは、ACIDMANが特別好きなわけでもなく、リアルタイムに横目に見てたわけでも全くない筆者にでも、容易に想像できる。今聴き返しても、メロコア的なパワフルさに、ジャズ方面の素養も感じさせる柔軟さと歌詞の「なんかよく分からんけどすげえ」感が、絶妙に硬派なバランスでキャッチーで、そりゃバンドサークルなんかでコピーをたくさん見ることになるな、と思ったり。
 一方、当時の時勢に翻弄されたという意味でも、ACIDMANは当時の東芝EMIを代表するに相応しい。それは、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでリリースにこぎ着けた1stアルバムがCCCDになったことだ。個人的に、数あるアーティストの中でもACIDMANは特にCCCDのイメージが強い。それは、リアルタイムのファンの多くに強い印象を残した、「リリースの度に凄くなっていく」という感じで今でも名作とされる『創』『Loop』『equal』という初期三枚のアルバムがすべてCCCDでリリースされたことに起因している。どんどん音響に拘りを見せるバンドのスタンスからすれば、当時から音質の劣化が指摘されていたCCCDでのリリースを、それもアルバム3枚も容認したのは、とても不思議に思える。リリースに関しては文句は一切認めないとか、そういう相当厳しい契約だったのかもしれない。当時彼らより後発の新人バンドで、公式サイト等で公然とCCCDについて意見を発し、普通のCDでの1stアルバムリリースにこぎ着けたASIAN KUNG-FU GENERATIONのことなんかは、彼らからはどう見えてたんだろうと思ってしまう。CCCDの登場して廃れるまでの時期のこともあり、CCCDで3枚もアルバムをリリースすることになったアーティストがそんなに多くなさそうなことを思うと、彼らはこの規格による被害者でも最も有力な部類かなと思う。
 そんなちょっと時代の影的な感じもありつつも、楽曲は今聴いても本当にパワフルだと思う。実質メジャーデビュー曲となったこの曲の勢い、ソリッドで暗いコードから次第にせり上がるように曲の響きに光が射し、サビで高々と煌めくといった曲構造の妙はどうだ。3ピースバンドでできる派手な見せ方を絶妙に取り入れ、歌詞の晦渋さを青臭いままの勢いでしかし洗練された風に聴かせるセンス。バンドを巡る当時の状況の勢いをそのままアンプに通したような、見事な楽曲。

創
(2008/04/16)
ACIDMAN

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2. 宗教(椎名林檎)
 この企画をしようと思った理由のひとつに、東芝EMIがかなり昔になくなってしまったこと、そして最近知ったけど、EMIミュージック・ジャパンという東芝EMIの残滓もいつの間にかなくなっていた、つまり東芝EMIという会社がほぼなくなってしまったことの衝撃がある。
 世紀の変わり目の前後、東芝EMIという会社は絶好調だったはずである。それは、人気絶頂でかつ本人の実力も強大な、二人の女性アーティストがいたから。一人は、もう今の日本の音楽商売を巡る状況では越えることはまず不可能となった『First Love』売り上げ記録を誇る宇多田ヒカル(彼女の活動休止は、確実に当時のEMIの懐事情にダメージになっただろう)。そしてもう一人が、大きな売り上げと同時に、サブカル世界の(そしてメンヘラの)入り口のひとつとして当時から今に至るまで君臨しているであろう、雰囲気アングラ界(誤解を恐れずに言えば)の女王・椎名林檎である。今でも適当な大学の学祭に石を投げれば『丸の内サディスティック』にぶつかるのは、尋常ではない(最近ご本人もテレビで演奏してましたね)。
 椎名林檎はまた、PVなどで扇情的なアピールを繰り返した。そのスタイルがまた、唯のエロというよりももうちょっと何かしらの文脈に則った、意味ありげなものだったことが、そのインパクトをよりシャープにしていた。しかしその圧倒的な“演技力”はどんどん“サブカルヘンテコ激情女としての椎名林檎”の再生産に繋がり、彼女の最も売れたアルバム『勝訴ストリップ』は色んなものがパツンパツンな印象を受ける。
 そんな彼女だが、結婚→妊娠の流れからの活動休止が功を奏したのか(離婚というオチは気の毒だけど)、それともプロデューサーが変わったからなのか、相変わらずキツメのゴスさはつきまとうもの、今聴くと相当ポップでアイディアも豊富で楽しいカバーアルバム『唄ひ手冥利〜其ノ壱〜』くらいから(まあ活動休止前のシングルもしなやかだけど)、『勝訴』の頃のぱっつんぱっつん感は薄れ、もっと自由にかつアブストラクトに、音楽を作るようになった。そして自意識過剰サブカル感高まる先行シングル等を経てリリースされたのが、かの有名な『加爾基 精液 栗ノ花』。どうしてこんなタイトルになった
 筆者は、椎名林檎の作品ではこれが一番好きだ。自分にまとわりついたアングラなイメージを開き直ったかのように利用し、そこにRadiohead以降的な情報量が増加していってかえって情感は虚無的になっていくような時に暴力的・時に冷徹なサウンドと、自身のルーツでもあっただろうクラシカルなオーケストレーションとを、サブカルこじらせきった旧仮名遣いの唄でもって強引に繋ぎあわせた、サブカル演者椎名林檎最大のフリークショー。膨大なアイディアを込めた色合いのドギついテクスチャー。
 その冒頭に立つこの曲の、まさにRadioheadがオーケストラをバックに演奏するようなシュールさと重たさ、謎の高揚感と沈み感を併せ持ったサウンドは本当にすごいと思う。ひしゃげたバンドサウンドのむき出し感と、そこから過剰に盛り上がっていくオーケストレーションの殆ど力技な接続は、この時期の椎名林檎の想像力と、イメージコントロールの過剰な巧みさがビリビリと感じられる。グランジも、クラシックも、あと終盤取って付けたように挿入され虚無感醸し出すエレクトロ要素も、椎名林檎というアングラ風劇場の上で混沌と整頓の俎上に上げられる。その過剰な破綻と構築のアンバランスなバランスが、しかし天然というよりも彼女の演技センスによって練られている感じが、本当に真骨頂という感じがして最高だ。
 当時の東芝EMIの方針によりCCCDとなってしまった今作も、音響的にかなり拘ってそうなのに、不思議な感じがする。当時割を食った感は相当だと思う。

加爾基 精液 栗ノ花加爾基 精液 栗ノ花
(2008/07/02)
椎名林檎

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3. 俺の道(エレファントカシマシ)
 ↓エレカシのレコード会社遍歴(ご承知のこととは思いますけれども)
・80年代後半(デビュー)〜90年代半ば…エピック(ソニー
・90年代後半(お茶の間にブレイク)…ポニーキャニオン
・プレ世紀末〜00年代中盤…東芝EMI←今回ココ
・00年代後半以降…ユニバーサル
 東芝時代のエレカシは最悪だった。売れなかったことで有名なエピック時代よりも売れなかったという。それも、売れる売れないを気にしないが故の自由奔放で硬派な作風のエピック時代、その後ポップな方面に大成しお茶の間レベルのヒットを飛ばしたポニーキャニオン時代と比べると、東芝時代のエレカシは混迷の度合いも状況のシリアスさも相当に切実なものだった。
 東芝時代一発目のシングル『ガストロンジャー』で見せた“新たな攻撃フェイズのエレファントカシマシ”は旧来のファン等から絶大な支持を受けたが、しかしこの段階では宮本はソロ的な手法で楽曲制作を行い、結果『good morning』『ライフ』という前期東芝時代の2枚のアルバムは実質宮本ソロ的な作品になった。不幸なのは、ソロ的作品になったにもかかわらず、宮本が自己の問題意識をアルバムに十分に注ぎ込むことができなかったことだった。
 作品における自己表現が上手くいかず、かといって芸能人にもなれない彼の人生は停滞、下降に向かった。その苦しみの中で彼が芯を取り戻そうと拠り所にできそうな最後の場所が、バンド・エレファントカシマシだった。ここから後期東芝EMI時代という、バンド史上最も苦難・苦闘が連続する時期が始まる。ミニアルバム『DEAD OR ALIVE』でバンドサウンドにとりあえず回帰した後、彼らは武者修行のごとく、当時人気が出始めていた若手バンド(シロップやバックホーン、ハスキングビー等)との対バン企画『BATTLE ON FRIDAY』を敢行、バンドが軋む程に自分たちの奮起を促し、未完成の曲をライブで演奏する程の性急さ・形振り構わなさを見せ、若手バンドに“連戦連敗”(本人の認識)する日々を繰り返した。このとき彼ら既に30半ば越え
 そんな苦しみの末、ようやく完成したアルバムが『俺の道』。そしてそのリードトラックのひとつが、この曲。まさに上記対バン企画で初っぱなから未完成のまま演奏され、毎回ライブの一曲目を務めた楽曲であり、当時の宮本の捨て鉢ギリギリの熱くも必死な決意表明の曲だ。ともかくサビの熱量、未完成の頃から歌詞がなくスキャットだった部分をそのまま採用した辺りの、焦燥感と爆発力をそのまま音にしたような歌唱に圧倒される。幾ら克己の念を言葉にして並べても魂無ければ意味無しだと思うが、ここではその魂そのものを鳴らしている。そういうことができるボーカリストというのは、本当に希少だと思う。宮本浩次の本骨頂中の本骨頂。
 何気にこの曲の穏やかパートも、使われてるコードの不穏さやコード無視してリフ的に活用されるベースラインなど、オーソドックスなところから外れた、ややオルタナ指向なアンサンブルになっている。
 このアルバム辺り以降の後期東芝時代のエレカシのバンドサウンドは本当に素晴らしい。派手さはなくても、アイディアと集中力とで適度な緊張感とリラックス感のバランスが保たれた演奏が連発されていく。本人達的にも売り上げ的にも、東芝後期時代概ね地獄の季節かもだが、この時期のエレカシこそサウンドも歌詞も歌唱も、目を見張るような表現が多々含まれているように思う。
 そんな快作アルバムも、発売時期が悪くCCCDに。エレカシは『DEAD OR ALIVE』とこの作品がCCCDになった。次作『扉』以降は普通のCD(orCDエクストラという、動画のおまけ等を付けることで容量的にCCCDにできなくなる手法。CCCD時代には回避手段としてこのような手法も取られていた)でリリースされた。どこかでファンから「CCCDはやめてほしい」というメッセージを宮本が見てやめることとなった、みたいな話をどこかで聞いたけど実際どうなんだろ。

俺の道俺の道
(2013/09/11)
エレファントカシマシ

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4. 愛のCoda(キリンジ)
 キリンジ東芝に在籍していたなんて、この企画するまで知らなかった…。何しろ在籍期間が短い。シングルを3枚(そのうち2枚は発売時期が東芝からコロムビアへ移籍する直前だったためにアルバムに収録されず宙ぶらりんになった)とアルバム『For Beautiful Human Life』、あとライブ盤を一枚、これが東芝からのリリースの全て(同時期ベスト盤も出ているがこれは東芝移籍前在籍していたワーナーが販売元なので除外)。それまでとその後がずっと同じ会社に在籍していることから、この東芝時代の短さは際立ってる。どこかで移籍の理由が語られているのかもだけどよく知らない。
 ただ、そのアルバム『For Beautiful Human Life』も、キリンジの歴史全体の中でも、一際孤立した感じの雰囲気がある。それは、AOR/ソウル/ジャズそれにプログレといった大人シティポップ要素をキャリア中でも最も突き詰めたアルバムにこの作品がなっているからかと思う。もの凄く大雑把に言えば、ワーナー時代がカラフルなシティポップで、コロムビア時代はデジポップ風味→次第に牧歌的な方向に向かう、といった感じがする。その流れの中で、東芝時代の作品に感じるのは、他の時期以上に突出したアダルティな感じ、黒っぽい、夜っぽい雰囲気。特に『スウィートソウルep』→『For Beautiful〜』の流れはジャケットも黒く夜っぽいからよりそんな雰囲気がある。
 実際この二作の曲はアダルティなポップスすぎて、ただでさえこういう方面の視野が狭く知識も無い筆者では、他の時期のキリンジも語るのが難しいのに、ますます困難…。ただ、そんな自分でも曲の凄さは多少なりとも分かるわけで、特にこの曲のシティポップスとしての極北な完成度は、ただただ「すげえ…」と溜息が出る。メロディの、各セクションの流麗さとその接続の巧みさ・しなやかなロマンチックさ、言葉の映像美・ストーリー感・日本語でここまで出来るのか…実はスペイン語なんじゃないのか、とさえ思うほど滑らかなリズム、コーラスも含めてビターで適度にウェットでエロ味のある演奏等々々…。
 サビ箇所のリフレインするメロディが、最後ふわっと持ち上がるところはこの路線のキリンジの最も極まった場面ではないか。その瞬間、汗も血も香水のように香るようにさえ思える。
 日本の音楽界が積み上げてきたアダルティな歌謡曲文化の積み重ねを経て、またスティーリーダンだとかもあって、ソウルもジャズもあって、そしてこの曲があるのだろう。Lamp等後続のアーティストは勿論のこと、個人的にはYUKIの『うれしくって抱きあうよ』(曲の方)辺りとも共通するこの質感、そしてしかし、キリンジじゃないとここまでの静かで優雅でかつちょい倒錯した凄みは出ないのでは、と思ってしまう。
 で、アルバム『For Beautiful〜』、なんかCCCDだったような気がしたけど、今回改めて調べたらCDエクストラ規格でCCCD回避をしていたとのこと。そんなとこまでスマートだったのか…この時期の堀込兄弟イケメンすぎる…。どうやらキリンジの作品にCCCDは存在しないらしい。

For Beautiful Human LifeFor Beautiful Human Life
(2013/09/25)
キリンジ

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5. 麝香(小沢健二)
 小沢健二がソロ以降ずっとEMI所属であるということはちょっと意外だった。ポリスターでもポリドールでもコロムビアでもなくEMIフリッパーズギターからソロに移行する段階で、お茶の間まで届くポップスを指向していたがゆえの会社の選択だったりするんだろうか。
 ソロ開始後しばらくして、彼は本当に紅白歌合戦にまで出場してしまう“お茶の間レベル”の歌手になってしまう。君のお母さんも知ってるだろうレベルの。彼は頭も良く器用だから、そのキャラクターについても上述のエレカシ宮本以上に上手に使いこなしていた(らしい。なにせリアルタイムで観ていないから本当にどうだったのか分からんの辛い…)。ずっとそういう“芸能人”として振る舞うことも出来たはずだ。
 しかし、その後の日本の音楽業界からの“離脱”っぷりもまた極端だった。97年の何か決定的な雰囲気のある『ある光』と、老後を夢想する若隠居な『春にして君を想う』をリリースした後、彼はぱたっと全ての(世間が目に出来るレベルの)活動を休止してしまった。
 その後何年かして、マーヴィン・ゲイのトリビュートへの参加を挟んで、本人からのコメント等も希少のまま突如リリースされた『Eclectic』は、そんな“消えてしまった人”からの久々の便りとしては、あまりに変容が大きくまた深過ぎた。王子様的なキラキラポップさは全く影を潜め、終始R&B/ソウル/AORを煮詰めた、ダークでエロティックなシティポップが展開される様は、殆どの彼を好きだった人が予想も期待もしていないことだった。小沢健二の伝説化とともにアーカイブ化が進んだ現在なら、活動休止直前の彼の80年代趣味からの接続をやや強引に見ることも出来なくはないが、それにしてもまだ全然飛距離がありすぎる。『今夜はブギーバック』のリメイクと比較的ポップなこの曲が入ってなければ、彼の帰還を待ってた当時のファンでさえこの作品の掴みようが無かったのではないか。
 比較的ポップ、とは言うものの、この「じゃこう」と読む曲もアルバムの他の曲と同様に、深夜の大都市のホテルのある一室で展開されているようなダークでエロな雰囲気は変わらない。この曲がポップなのは、比較的言葉数が多く歌のリズムが軽やかであること、ダンスチューンとして聞ける程よいテンポを有していること、割と歌メロがパリッと立っていること、そしてぐっと奥行きのあるCメロが用意されていること、辺りだろうか。しかし、“小沢健二”のイメージをひとまず置いてこの曲を聴くとき、これらの要素は確実にポップなスウィートネスを醸し出していて、聴いてて心地よい。ポップ職人としての小沢健二の手腕は、大きく形を変えながらも、ここでは十二分に発揮されている。あまりR&Bを聴かない人でも“あら、R&Bもなかなかいいものねえ”くらいに思えそうな、ギリギリのキャッチーさと、それで捕まった後の不思議な奥深さ(どこか本物の黒人のソウルとは異なる、無機質っぽい感じが個性になっていると思う)。
 と同時に、この曲のメロディや節回しからも、汗や血が香水のように香るような質感がする(…というか、このフレーズはこの曲の曲名から発想したのだけど)。手法や指向に大きな違いはあるかもだが、筆者にとってこの曲は上記のキリンジの曲と同様に“日本人のアダルト・シティポップの名曲”としてカテゴライズされてる。シティポップの文脈でいけばこの作品も、後続に影響を与えた作品ではないかもしれないが、同じ雰囲気を目指した作品群のひとつとして扱うことは可能なはず。いわば“アーバンブルースへの貢献”というか。
 時期的に、東芝CCCDを始める前だったからか、CCCDを回避している。しかし後に出た『刹那』が当たり前のように普通のCDでリリースされたことを考えると、もし時期が違っていてもCCCDは回避していたのだろう。
 ちなみに、後に彼が日本でライブ活動を復活させた時のこの曲は本当に素晴らしい。演奏も歌唱もより地に足着いた感じになっているのがポイント。もし彼がこの作品の後R&Bシンガーとして精力的に活動してたら…なんてことを、少しだけ考えてしまう。

EclecticEclectic
(2002/02/27)
小沢健二

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こうして見ると、この時期の東芝EMI作品のジャケットは黒いのが多かったみたいです(恣意的にそういうのを集めて並べた感もなくはないが)。