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ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

【い】インディゴ地平線/スピッツ

期せずして夏チョイス。

スピッツのアルバムだと『インディゴ地平線』が一番好きだ。全編を通じてどこかくすんだようなくぐもったような音作りによってもたらされた穏やかなトーンは当時のUSインディなローファイオルタナ感と共振しているし、よりパブリックイメージだろうギターポップのキラキラ感が鳴りを潜めた(そのせいか中古が比較的多い気がするこのアルバム。『ロビンソン』『チェリー』の大ヒット直後にこんなアルバムが出せる辺り冒険的だし、まあミスチルも人気絶頂期に『深海』とか出せてるし、当時のレコード会社の懐の深さというか余裕というかがあるのだろうか)ところにより落ち着いて乾いて曖昧でノスタルジックなアトモスフィアがなんとなく全編を覆っている。彼らのこんな感じのアルバムは他にはない。

その中でも、このタイトル曲はとっておきだ。爽やかに突き抜けていくギターポップの魔法も、彼らのアルバムに時々ある茶目っ気的なハードロック・パワーポップさも、壮大なバラードの気配も、ない。90’USローファイを通過した後期ビートルズ、とでも言えば良いのか(それって最高ってことじゃないか!)な演奏。よくくすんだクランチのリズムギターと、単音やシンプルなアルペジオで遠くに届こうとするリードギター、ゆったりとしながら地を踏みしめて歩くようなドラムの力、結果できた演奏の隙間を埋めすぎないように縫い込めるベースライン。

曲構成も、明らかなサビが無く、とりあえずサビかと最初は思うだろう箇所から2度目の繰り返しでさらにメロディーが発展して、重力を伴ったまま飛翔しては曖昧に着地していく流れなど、いわゆるヒット曲的なものから背を向けた方向でのさらりとした凝り方が光る。その2度目のサビ(?)からゆったり着地した間奏が終わり、リズムがブレイクする箇所などは、歌詞のような「青の果て」みたいなのに不思議のうちに漂着しちゃったような、とてもくすんで曖昧で美しい瞬間だ。

そう青色。海の色、空の色、サイダーの色、といった情景描写から、「青春」から「憂鬱」までの状態・心理描写までに時に鮮やかに、時にくすんでかかってくるこの色。この曲からイメージされる青色がとても好きだ。アルバム中では次曲となる『渚』では空と海が広がり合う光景がイメージされるが、この曲においてそれはひたすらに虚空な感じがする。街の外れの荒野で、街を出て行く方面を眺めたときの、何の意味も無く広がってしまう空の色。死にたくもなりそうなほどからりと青い世界。

でも、そんな虚無めいた世界に向かっていくのは、少なくとも多少けだるげながら意思は力強い、二人だ。
君と地平線まで/遠い記憶の場所へ/溜め息の後の/インディゴ・ブルーの果て
目的は何だ。ノスタルジーの果てを目指すのか。心中か、村上春樹的なやれやれ冒険セックスか。いや違う、少なくとも歌詞上では、それはもっとシンプルで強く少年的だ。
凍りつきそうでも/泡にされようとも/君に見せたいのさ/あのブルー

鮮やかさも鈍さも儚さも辛さも虚しさも全部、もっと言葉にならない色々も全て、この曲の「青」に込められた。その、静かに乱反射するような揺らめきと深みとスケールのブルーのイメージに、いつかあてられてしまって、それからすっと憧れてやまない。