ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

【お】おばけのピアノ/スカート

「かな50音」をテーマに曲を選ぶと、当然日本語の曲の中から選ぶことになるため、歌詞は大体日本語で、それも込みで色々グッとくることについて書きたくなるので、それがいいのか悪いのかよく分かりません。英語歌詞だとそれができない語学力や感覚もどうなのって気もするけど…。

たとえば、ライブがあって、バンドは大体は色々な持ち曲をやる訳だけど、その中で登場しただけでそのライブの山場、少なくとも他と違った特別な雰囲気になってしまうような曲というのは、それがバンドの音楽性の本分からは少し外れていても、やはり代表曲となるのだろう。

東京のインディーバンド・スカートの『おばけのピアノ』もまた、彼らの代表曲然としている。スカートの曲の多くがシンプルな構造・ソリッドな尺でさらっとした薄口鮮やかでやや通好みなポップソングだとしたら、この曲はAメロBメロサビが明確にありしかも普通に繰り返す、Cメロもある、そしてその構成の必然性が堂々と感じられる、語弊を恐れずに言えば「どこに出しても恥ずかしくないタイプの名曲」である(別に他の曲が恥ずかしい出来とかそういうことでは全然ないが)。そのうちBank Band辺りがカバーしてしまうかもしれないくらいに。

個人的にはスカート、というよりソングライターとしての澤部渡は結構挑戦的な人だと思うことがある。それはコードの不思議さもそうなのだけれど(この辺りは全く理解が追いついてないです。コードブックをとある人の好意で見せてもらったときの溜め息しか出ない感じ…)、曲構成もかなり非凡な作り方を好んでいる感じがある。AメロBメロしか無い曲で平気でBメロを一回しか使わなかったり、Aメロが最初しか出てこなかったり、ともかく「Aメロ→サビを2回繰り返して間奏してサビ」みたいなある種の定型じみた構成を避ける。その大胆な省略で曲の尺を短くしながらも、省略に違和感を感じさせずスムーズに曲にするセンスが圧倒的なように思う。こういう省略の構成は奥田民生だったりアジカンだったりも得意とする手法だが、スカートのそれはよりシンプルに洗練している。潔さとは似て異なる、魔法じみた手法だと思う。

そんな構成とかいうマニアックな話などしなくても彼の曲は基本メロディが良くて素敵なのですが、ではそういったある種のトリッキー要素を排して、そのセンスを正攻法的に積み上げたらどうなるのか。そういった前提含めて大変にややこしい興味に全力で応えるのがこの『おばけのピアノ』だと言って過言ではない。その「正しさ」こそが、この曲がアルバム『ひみつ』の絶妙なバランスのポップソング群の中でやや浮いてる印象を与え(本当に「やや」の話だけど)、本人もそれを自覚の上でアルバムの先頭に配置することになったのではと邪推する(インタビュー記事参照)。

より細部を見てみよう。イントロのsus4なコードカッティングからして王道も王道、この曲のどこまでも真っ直ぐ威風堂々な雰囲気を感じさせる。そして溢れだすように始まり迸るように上昇するAメロの感情的なメロウさ、バッキングのギターのフェイズエフェクトとピアノの登場でファンタジックでSFな雰囲気を盛り立てるBメロの流れは丁寧で、そして祈るように飛翔し上下するサビの格調高さ(これはクラシカルなピアノメロディが大きい)と青っぽい少年感情の交差具合が、この曲からどうしたって沸き上がる作者の勇敢な熱を端的に物語っている。また、曲構成に沿ってくっきりとしなやかに的確に盛り立てるリズム隊も同様に雄弁だ。

曲は、澤部氏お得意のギターカッティングも交え絶妙にタメるCメロから、吹き出すようにサビの旋律をなぞる間奏のプレイを経て、ブレイクからの3度目のAメロをさらりと流したところで、唐突にしかし感傷的に終わる。これは、展開の多いこの曲を3分半という相対的に短い尺に収めることに直結しているし、アルバム的にも先頭の曲が終わり2曲目にすっと入っていくよう機能している。

結局、この曲は何なのか。ただのお洒落で端正なポップソングだろうか。所謂「東京インディー」シーンを彩る名曲の一つといったところだろうか。そういったこと以上に、ぼくはこの曲にとても羨ましいものを感じる。それはこの曲が根に持ちそして存分にアンプリファイすることに成功した、純真な想像力についてだ。ふわふわした話だけど、この曲に溢れている、まるで童心とノスタルジーとを、埃かぶったおもちゃ箱と夜空(文系感覚的には≒宇宙)とを結びつけたかのような詩情には、澤部渡個人の素養と経験(特に彼の大事な趣味の一つであろうマンガから得たのかもしれないものとか)がキラキラと溶け込んでいる。
眠りのなかじゃ街の地図だってあやしい/気づいたらもうない
 飾った夜のため開け放つ暗い窓/もどってこれるね

彼の描く寂しさのちょっと幻想的な感じが好きだ。それは気の聞いた言葉のように街を飾りもするし、または「君と僕」の世界を、世界全体から切り取るのではなく、二人以外虚無めいた地点から想像力だけで広げていくような切々とした雰囲気もある。
君の声がだんだん重くなっていく
 いつもそうだろ/もう羽根をたたまなきゃね

このCメロの言葉からの、むしろ羽根を広げていくかのような間奏の広がりが、とても眩しくもはかなくて愛おしい。

『おばけのピアノ』は、スカートというバンドの入り口に最適な曲にして、作者の想像力が美しく羽ばたいた、素晴らしい名曲であります。