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ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

2002年のアルバム20枚(前編)

この前、何に気もなしにこんなことをツイートしました。

折角選んだので、ここで発表します。

ちなみに2002年頃は自分はまだ音楽を聴くようにはなっていなかったような気がします。どうだったかなあ。ツタヤとかで邦楽のメジャーどころのCDとかを借りて聴くようにはなっていたっけな?確か2004年頃にはブライアン・ウイルソンの『Smile』をそのバックグラウンドをある程度理解した上で新譜として買ってたので、洋楽含めて広く聴こうとし始めたのはこの年か次の年かもしれない。

何にせよ、今から挙げる2002年の20枚は、決して当時の自分が聴いていた20枚ではなく、今、今日の自分の立場からテキトーに選んだ20枚だということです。最近知ったものさえある。ただ、当時聴いていたものも無い訳ではないし、また案外人間の記憶やその把握能力はテキトーなもので、後追いでその年の作品を聴いて「この年は確かにそんな年だったのだなあ」なんてことを思ったりするかもしれない。

まあ何はともかく、何の意味があるかはともかく、以下が最近好きな2002年リリースのアルバム20枚です。順番はとりあえずのランキング的なやつ。気楽に読み散してください。思いのほか長くなりすぎて前編・後編に分割するハメになったけど。

 

 20. 『Sea Change』Beck

End of the Day

End of the Day

いきなり当時のSnoozer誌で年間1位のアルバムなので、なんだかアレですが。どうも自分の中ではBeckは「何が何でも好きなアーティスト」 とまでは言えないところがあって、何故なのか判らん。

それでも、このアルバムにて展開される、フォーキーと言うか、カントリーと言うか、もしかしたら最近のタームでは“アメリカーナ”などと言ったりするのかもなサウンドの、圧倒的に荒涼として空白感のある佇まいは、多分この年の雰囲気を如実に表したものなのかもしれないし、個人的にとても好みなサウンド・歌になっている。ナイジェル・ゴドリッジプロデュースによるものなのか、ギターともシンセともつかないような不思議サウンドが淡々としたフォークサウンドの中で可憐なメロディを描いていく光景が、なんとも2002年の世界なのかなと。

この後の残りの19枚でも、こういうぼやーんとしたアルバムがちょくちょくあるので、きっと個人的には2002年ってそういう年なんだろうなと思ってます。

 

19. 『LIGHT,SLIDE,DUMMY』MO'SOME TONEBENDER

Idiot

Idiot

 2002年という年は所謂ロキノン系バンド史的には結構重要な年なのではと思っていて、それはひとつには所謂“97年世代”(くるりナンバガスーパーカー中村一義辺り)が何故かみんな揃ってリリースをしていることであり(この辺は後述)、そしていまひとつは、その次の世代とでも言うべきバンドがこぞってメジャーレーベルよりアルバムをリリースしていることがある。ACIDMANART-SCHOOLLost in timeSyrup16g初恋の嵐といったバンドがこの年メジャー1stフルアルバムをリリースし、またTHE BACK HORNGOING UNDER GROUNDが2枚目のアルバムをリリースしてたり、インディーズではDOPING PANDAASIAN KUNG-FU GENERATIONが後の人気に繋がるような作品をリリースしていたり、なんとなく「その辺の世代」って感じのバンドがともかくリリースしているみたい。

モーサムも、今作はメジャー2枚目となるフルアルバム。アルバム冒頭からノイズ〜グチャグチャのヘヴィなロックに突入する様は彼らの真骨頂。メジャーからのリリースなのに彼らのキャリアでも屈指のブチギレゴリゴリグランジな側面を代表する突き抜けた作品となっている。その一方で、ポップな歌心のセンスも上記『Idiot』やアルバム終盤などに見られ、より楽曲の幅が広がっていく気配を見せながらもしかし今作の後一度インディー落ち。この音楽性・ジャケ・意味深なタイトルでメジャーレーベルというのが凄いか。いい時代だったのかもしれません。CCCDとかが出始めてた時期でもあるけど。

 

18. 『This River Only Brings Poison』Dakota Suite

Boats In a Sunken Ocean

Boats In a Sunken Ocean

スロウコア・サッドコアと呼ばれるところの音楽性を持つイギリスの グループ・Dakota Suite。今作は彼らの、6枚目?くらいのアルバム。

彼らのサイトでディスコグラフィーを見ると、どの作品も大体モノクロのジャケットとなっていて、その一貫した志向が伺える。なんとなく枯れた風の音なのかな、と思いそうなジャケットの色合いから、実にそんな感じの、ゆるく黄昏れた秋冬な時にフォーキーで時にカントリーなアコギ主体のバンドサウンドが聴こえてくる。所々に配置されたピアノ主体のインストトラックは、このアルバムより後にピアノインスト作品なども出す彼らの作風の先駆になっているし、またアコギとピアノによるサウンドの質感の違いにはっとなる。

ちょっと面白いのが、今作の地味な(彼らの方ではこれで派手な方?)サウンドの感じが、上で述べた『Sea Change』とかこの後述べるいくつかの作品のような、ややフォークトロニカチックで黄昏的な雰囲気を共有してしまってること。少なくともぼくの中では、2002年の音というとこういうぼんやりと枯れたフォーキーな音になってるのだと思う。

 

17. 『Eclectic』小沢健二

Eclectic

Eclectic

 

 iTunes Storeになかったからアマゾン貼ります。iTunesの方はアルバムの好きな曲を貼ってますが、このアルバムで今回1曲選ぶならやっぱ『麝香』が言葉の選び方もリズム感も、メロディの立ち方も展開も頭抜けてる。ただ、最近は他の曲の地味に沈んだ感じもとても馴染んできて、その対比で『麝香』や『ブギーバック』のキラキラ感がより魅力を増してきてる。

最近も今作収録のブギーバック再録について触れた記事書いたりしてるので、そこで今作について言いたいことは割と言えた感じがしてます。

最近知り合いとどういうことかこのアルバムの話になって褒めてるのか貶してるのかよく分からない激賞をしてました。どんだけ肉感的な音を追求しても結局それを歌うのは“とてもいい意味で”所詮小沢健二なんだよなあ、という類の良さ。ブラックミュージック入門にこれを聴いてしまうとどうなるんだろう。全体的になんかラテンっぽい要素もかなりあるし、そもそもこれブラックミュージックとしての純度もどうなの…ううん、ブラックミュージックはおれの鬼門のひとつだから、下手なことは言うまい。ファンタジックR&Bとか言ってしまうのは失礼かしら。ブラックミュージックがちょっと苦手な上手く大人になれないぼくたちは、もっとこのアルバムに甘えてもいいのかもしれません。このアルバムを通じてディアンジェロとかも聴いてサマッソーサマッソー、エーエッエッエッエエッエッエーしましょ。職場のカラオケで『Family Affair』とか入れましょ。

 

16. 『Kyu-Box.』大正九年

KYU-BOX.

KYU-BOX.

 

電波ソング」という単語でググると、どうもアニソン系ばかりがヒットし、この単語の市民権はやっぱそっちにあるみたい。ただ、テクノポップエレクトロニカ系の楽曲が多いという分析はあるようで、確かに自分が電波ソングと言われて真っ先に思いつくのも『ネコミミモード』の最早暴力的な浮遊感・脱力感なので(ちなみにおれは『月詠』ちゃんと観たことないけど…)。シャフトが一番ブッ込みまくってた時代の幕開けなんだなあ。っていうか今聴きかえして改めて『ネコミミモード』のバックトラック超いいな…。あと歌詞だけ文章で読むとクソいかれとる。

話が逸れすぎ。そんな突き抜けてソフィスティケーテッドな『ネコミミモード』のリリースも今調べたら2004年だったわけで、アニソンとはまた別のアンダーグラウンドなミュージックシーンには大正九年がいたと。本作は彼女のメジャーデビューアルバムで、というか自分はこの人のインディーの頃の作品を聴いたことがまだ無い…。レビューを見る限りだと、インディーの頃の方がふざけてて可愛らしい感じで、メジャー行って音がガッチリになったとか。そういうものかも。

余談とかが長くなって結論を急げば、このアルバムにはその後ゼロ年代が進みアニソンが、そして10年代でアイドルという形でまた発展していく電波ソングという概念が、ひとりの自作自演ミュージシャンによって未分類の混沌のままに鳴らされている。ここにあるのは不思議ガール的世界観であり、電気グルーヴマナーが混じった当時としてもオールドスクールテクノサウンドであり、というかその電気グルーヴや今作最後に収録された特撮などの元となるナゴムの血清の臭いである。80年代サブカルチャーゼロ年代電波ガーリーソングスを繋ぐミッシングリンク、などと言うと知った風な顔になって嫌な奴みたいなので言わないが。

でもそんな位置づけ・価値付けをしなくたって、この混沌として意外と洗練・整頓されたトラックは楽しいし面白いでしょ。それが「レトロで面白い」というところに片足突っ込んでいたとしても(『星空グラデーション』とか『三つの世界』とか、逆に一周して新鮮では?)、それはそれでとてもいいものだと思うのだけど。

 

15. 『Are You Passionate?』Neil Young

Mr. Disappointment

Mr. Disappointment

2002年の音楽を語るときにどうしても避けがたいのは、前年2001年のことである。即ち、所謂911のこと。まあ、9月に起こったことのリアクション作品を2001年中に制作しリリースまでするスケジュールは中々に無理だし、その辺が2002年に持ち越しとなったことがこの年の音楽の動向に影響しているのは間違いないし避けがたい。

ただ、リリースはともかく、すぐに行動したミュージシャンは沢山いた。その中でも、歌詞の様々な点を過剰に考慮されて(せざるを得ない側のことも分かるけれど)放送自粛されてた『Imagine』をいち早く追悼番組で歌ったニール・ヤングもそのひとりだった。このときの動画はもう、音楽の域を超えて歴史の1ページと化してる感すらある。

その彼が911に“捧げることとなってしまった”本作は、しかしながら彼の他の作品と比べてもずっと、何故かずっと軽快なサウンドで満ちている。94年に彼が例によってカート・コバーンに“捧げることとなってしまった”アルバム『Sleeps With Angels』と同じく、本作も大部分は911より前から制作されていたもの。ほぼ全編ブッカーT&ザ・MGsとの競演によるソウルテイストなサウンドは、普段のニールヤング的な重厚さとは異なるし同時代のソウル・ブラックミュージックとも距離のある、古き良きモータウンな感じ。それに伴い彼の歌もギターもいい意味でどこかふわふわウキウキした、特殊な質感を持っている(それでも十分に彼っぽい鈍重な響き方をしてるのだけれど)。

作品としては、60分越えで少々長い(まあこの後の『Greendale』や、最近だと『Psychedelic Pill』2枚組とかあるけど)。そして911により急遽本作に投入された『Let's Roll』という不穏な楽曲もある。決して完璧なアルバムではない(近年だと『The Monsanto Years』は意外とその辺かなりバランスいい作品ですね)。しかしそんなことどうだっていいでしょ。この音のニールヤングはこの作品でしか聴けない。メロウなロックンローラたるニールヤングの素質を普段と異なった形で抽出できた作品として、上記『Sleeps With Angels』などと同じく、「いつもの感じとは違うニールヤング」が聴きたいときに手に取ってはしっくりくる良いアルバム。

 

14. 『IT'S A WONDERFUL WORLD』Mr. Children

It’s a wonderful world

It’s a wonderful world

 

この作品だけは、2002年当時でも聴いてたかもしれない。いや、新品じゃなくて中古で買ってて、何年か前に中古で売ろうとしたら値段がつかなくて、それでまだ手元にある。そのおかげで歌詞カードをすぐ手に取れてこの文章を書けるのだから偶然とは不思議なもの。

ぼくが音楽聴き始めた頃は、やはりオリコンという指標でもって聴くものを選んでいた。そのうちの多くは、今は聴かなくなってしまったけれど、でもミスチルは、やっぱりなんだかんだ言っても聴いてて心地よいし、音楽的にも大好きな部分が沢山ある。特にアルバムで言うと『Q』〜今作〜『シフクノオト』はとても大好きで、ミスチルの音楽的な全盛期だとさえ思ってしまう。

ビッグでウェルメイドなコバタケ・プロダクションと、軽妙で時に意外と投げやりなソングライティングのバランスの絶妙さが、この3作くらいの好きなところだと、今テキトーにそれっぽく思いついたけど果たして。今作で言うと、彼らが途中からなんか背負うことになってたU2的なビッグさ・透明感が完全に結晶化した彼らでも有数の名曲『蘇生』から、“はっちゃけた時の桜井和寿”感全開の最高なポップス『one two three』、キリンジもかくやの超しっとりシティポップ『渇いたKiss』ときてそしてクッソ熱くてやっぱちょっとエロい『youthful days』に至る流れは“完璧なポップアルバム”のフォルムをしていると思う。メロディーもサウンドも自由自在でかつ“ポップであること”に対して強靭な態度を示している。

このアルバムを好きになってよく聴いてたことが、音楽を聴くことが自分の暮らしで大きなウェイトを占めるようになった原因のひとつであることは否定できない。そういう意味では、頭を下げないといけないのかそれとも“なんてことをしてくれたんだ…”と憤るべきか…。ともかく、自分の経験と切り離して語りたくない、でも作品単体で語っても(沢山聴きすぎてるから)いくらでも話すことの尽きないアルバムのひとつ。アルバム後半がやや弱いことさえ愛しいほど。

 

13. 『100s中村一義

上からの続きで自分語りを続けると、2002、2003年頃の自分はインターネットを(実家のリビングに置いてあるパソコンとはいえ)手に入れて、それで音楽を聴き始めて、じゃあインターネットを使って他にいい音楽を探してみよう、と思った時期だったと思う。そういう経緯を経て知ったのが、くるりだとかナンバガだとかだったり、シロップだとかアートだとかだったり。ちなみにART-SCHOOLは当時見てたサイトでは軒並み叩かれてた(笑)歌が下手はともかく、曲がワンパターンってのは、うーん、どうかね?(ちなみに2002年リリースのアート1stアルバムは今回選外です。2003年だとアレなのでゆるしてください)

中村一義も、確かその流れで知った。最初に知った曲が多分『キャノンボール』だった。当時のネットでの今作の評価は「今回もなかなか!」って感じで、というのは前作『ERA』がまさに当時の大正義アルバムだったからで。今のぼくとしてはしっとり系・重い系の曲は『ERA』より今作の方が好きだなあ。『セブンスター』『スノーキング』『ZEN』と段々重くなってからの『メキシコ』『新世界』でバーン!と広がる感じはいつ聴いても勇敢でサイコーだと思う。

あと、中村一義に関して言えば、2000年の『ERA』、2002年の今作と、どんどん音がハイファイになってるのが、時代感というか、当時の「今が新しい時代なんだ!」感が強く出てると思う。以降も以前のローファイさになかなか戻れない不可逆感はともかく。以前もどこかで書いたことあるけど、97年世代のくるりスーパーカーナンバガ中村一義はみんな2000年、2002年そして2004年にアルバム出してるんですね(2004年はナンバガというよりザゼンだけど)。その辺まで、最先端かどうかはともかく、彼らの“時代”だったんだなと、何故だか強く思うことがある。

 

12. 『coup d'Etat』syrup16g

coup d'Etat【reissue】

coup d'Etat【reissue】

 

 当時の大正義アルバムが続きます。これまた正義も正義。もしかして“ロキノン系”“下北系”とか言われるバンドのアルバムで最高の作品なんじゃないすかこれ(個人的に『HELL-SEE』は音の感じ的に典型的ロキノン感がやや薄い気が。“典型的ロキノン感”って何だ)。

syrup16g出世作が『Copy』だとして、今作はその人気をよりブーストさせ確かなものにした感じか。『Copy』よりもより荒々しくラウドになった録音や、ヤケクソな攻撃性とよりしっとりした性質とを深めた楽曲の並び方がすごい。録音された楽器が意外と3ピースバンドの範疇を超えない(ギターのオーバーダブ(複数のフレーズが入るとか)が少ない)辺りもポイント高い。彼らが2007年に一度解散したときに事務所の横暴がどうこうといった文書が出回り、その中で「事務所は彼らを“次のブランキージェットシティー”にしたかった」とか書かれていたけれど、確かに今作で聴かせるバンドサウンドの強烈さはブランキーにもひけを取らないと思う。

ともかく、身も蓋もないことを歌詞にしてあられもなく叫ぶ男・五十嵐隆としての魅力がこれでもかと詰め込まれたアルバム。君も成り行きかもしくは趣味でメンヘラしたいんだったら何を棄ててでもこれと『HELL-SEE』だけは悪いこと言わないから聴いておきなさいな。「人生辛いっちゃつらいけどでも死にたいからって実際死ねる訳でもねえし、どうしようもないからなんか投げやりにとりあえず生きよう」という部分も含めて、彼らの音楽は辛い生活をなんかいい具合にファッションにしてくれるだけの力と良さがあるんだから。

 

11. 『Jesse's Box』Jesse Harris & The Ferdinandos

Jesse’s box

Jesse’s box

 

上で憂鬱だーぐちゃぐちゃだーって感じのアルバムを扱っておいて口の端が乾かぬうちにこのオシャレ音楽ついて書くという。実はこの一連の文章は結構書くのに時間がかかっているんだけども、ミスチル辺りからここまでは一気に書けている。やっぱこう、ライブ感というか、勢いがないとなかなか書けないですよ文章ってのは。それがたとえ後で読んで赤面のた打つものであったとしても。

Jesse HarrisはアメリカのSSW。彼の経歴を見てみよう。

1969年、ニューヨークに生まれる。母親はテレビドラマ(ソープ・オペラ)に出演する女優である。10歳の頃、父親にピアノを習うことを勧められ、17歳でギターを始める。きっかけは、母親から、貸していたアパートのクローゼットに置き忘れられていたギターをもらったこと。大学生の頃は作家志望だった。

なんだーッこのイケ好かねェ野郎はーッ!?逃げろジャイロォォォォオオオオ!!!これはスタンド攻撃だァーーーーッ!かのノラ・ジョーンズの出世曲『Don't Know Why』を書いたのはこの人です。オシャレ人間の窮極かよ。カフェでMac Book開いてる奴らはそんな暇があったらその辺のジャズっぽい女性歌手に名曲提供してグラミー穫りにいきなさい。っていうかついでに調べた結果ノラ・ジョーンズラヴィ・シャンカールの娘であることを知ったのがいちばんびっくりした…。

…などと某地下室っぽい文章を書いてみたけれど、しかし音楽自体は、これがもうぐうの音もでないほどのいい音楽。カントリー的なフィーリングを現代的でポップに軽快にリリカルにロールするバンドサウンドは小気味よい。ブライトな曲は程よいデニムに砂感があるし、メロウな曲はどこまでもスウィートでしかも乾いた質感がある。多分ホロウボディ系のギターによる弦の鳴りがとても心地よい。

こんなオシャレなアーティスト、自分では滅多なことでは辿り着けなくて、なんで知ったかというと、木下理樹Twitterで本作収録の『Sand And Glass』の動画を貼っていたから。この曲がとてもメロウで寂しげなカントリーロックで、洒落たニールヤングみたいで最高だった。音源を探したらこの、ミニアルバムを複数集めたコンピレーション盤が見つかった。こういう音楽の知り方も当然あるんだなあ、と思った。あのときの感謝の気持ちなども込めてリンクを貼ろうと思ったけど消えてるのか見つからない。今時はそういうものかも。

 

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ひとまず前編はここまで。後編もきっと近いうちに。