ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

“ローファイ”とは結局なんなんだ

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Lo-FiLow-FidelityLo-Fi music)とは、音楽レコーディングの際の録音状態、録音技巧の一つで、極端に高音質なものではない録音環境を志向する価値観。転じて、そうした要素を持った音楽自体を表す言葉。対義語はHi-Fi

             —Wikipedia『Lo-Fi』より

 

 なのだそうだ。

 なのだそうだけれども、どうしてだろう、ある程度インディロックに浸かってしまった私や貴方のような人間が、この定義をそのままそのものとして受け止めて首肯することが、果たしてできますでしょうか…。

 今回は、「ローファイ」なる、本来は音響学的な概念でしかなかったはずのこの単語が、なんだか成り行き等によってどんな意味を持ち合わせるようになってしまったかを整理して、そしてその結果どんな作品が「ローファイ」に含まれるようになってしまったか、まで書いてみようと思います。

 

 

2022年10月30日追記:

 色々とレイアウト変更や作品のサンプルになる動画の追加、そして特に、この記事を投稿した当時では存在すら認識してなかったけどもひょっとしたら今日においてはこっちの方が”ローファイ”として有名かもしれない”ローファイ・ヒップホップ”について大幅に追記しました。

 

 

大体こいつらのせい —Pavementというバンド

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 本稿のトップ写真にもした彼ら、アメリカのインディロックバンド*1にして、「インディロック」という単語が有効である限りこの語の定義のそこそこな部分を作り上げてしまったバンド、とも言えるだろうか。

 元々、「80年代の煌びやかなMTVサウンドに対するカウンター」として簡素なバンド形式での楽曲の演奏をする一群、出自がパンクだったりハードコアだったりのバンドがやがてカレッジチャート受けするポップさを得たことで、所謂“オルタナティブロック”なるジャンルで後にくくられる一群が現れて、その音はカウンター先であるHi-Fiなサウンドのアンチであるため、必然的に“Lo-Fiさ”をある程度有することになった。

 そんな90年代初頭頃に、Pavementというバンドも現れてしまった。彼らの出世作『Summer Babe』。

 

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そのドシャメシャなサウンドと、曲の流れや歌唱や演奏なんかのテキトー具合が謎に噛み合って、脱力感と爽快感を同時に産み出す、という離れ業を彼らはこの曲でさらりと成し遂げました。この曲の勢いのままにリリースされた彼らの1stアルバム『Slanted and Enchanted』は、オルタナティブロックの中にある“ローファイ”という要素を絶妙に摘出し、言語化させてしまった。彼らは「ローファイ」というジャンルの代表選手になった。

 

open.spotify.com

 

 なってしまったばかりに、ここからがややこしくなる。彼らがその次にリリースしたアルバム『Crooked Rain,Crooked Rain』は、1stにあった雑味や投げやりさをある程度引き継ぎながらも、楽曲が一気にポップになり、より多くのファンを得ることとなり、彼らからこの2ndも「ローファイの大名盤」と称されるようになる。

 だがちょっと待ってほしい。このアルバム、結構音よくないすか?


Pavement - Gold Soundz (Official Video)

 

雑味がありながらもキラキラした響きのアルペジオやカッティング。ドラムの音も絶妙にいなたくて、下手するとThe Bandとかに連なるような「うたが歌いやすくなりそうな」ドラムじゃないか。ボーカルも、強引そうな歌い回しで誤摩化しているけど、メロディはとても奇麗で淀みない。

 そう、彼らは正直、この辺りで既に音的にはLo-Fiじゃなくなってる。まだ2ndは曲によりけりな部分が多少あるけども、3rdアルバム以降になると段々「テキトーに演奏してる感」を装ってる風にすらなってくる。終いにはラストアルバムはRadiohead等でお馴染みのナイジェル・ゴドリッジプロデュースの、音響的に美しいとさえ言える作品だ。

 

2022年10月30日追記:

ちなみにそのラストアルバムが2022年についにデラックスエディションでリリースされたので、そのレビューを書いています。興味ある方はよかったら是非。

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 しかしながら、どんなに実際の出音がどう考えても良い*2としても、それでも彼らには「ローファイ」って呼称したくなるような部分がある。フリーキーでノイジーなギターワーク、所々でとぼけた構成を見せる楽曲構成、スティーブン・マルクマスの端正に我が道を行き続けるボーカル…。

 もうお分かりだろう、彼らはローファイという概念を“演奏技法・作曲法”にスライドさせてしまった。つまりは「音がめっちゃ良くてもなんかジャンクにふざけた感じだったらそれはそれでローファイだよね」っていうことにしてしまった。だってこの人たち音源聴く限り演奏上手いもの…。

 

 

ふたつの“ローファイ”の混在、そして多様化へ…

 Pavementがやってしまったことは、後のインディロック界にとても影響を与えることになった。

 まず大前提として「90年代オルタナの中で一番センス良く斜に構えてかついい曲作ってたのは彼らだよね」っていうところから派生する「ローファイ」という概念の伝説化。とても単純化すればつまり、インディロックの世界では「ローファイ」であることが“最高にカッコいいこと”になってしまった。

 その上で、この「ローファイ」にはふたつの意味が同居してしまうことになった。ひとつが「音の良し悪し・きれい汚い」の意味のローファイ。いまひとつがPavementみたいにスリリングでクールにぶっきらぼうな演奏・歌唱及びソングライティングのスタイル」としてのローファイ

 あとはもう、しっちゃかめっちゃかだと思う。音質の方はまだ、カセットレコーダーで録った音、みたいな明らかにローファイと言える基準があると思う。けれども、スタイルとしてのローファイを加えてしまうと、基準はPavementを含む「かっこいいローファイ」とされた先人たちの様々なプレイスタイル等にまで基準が広がってしまう。つまるところ、“おもちゃ箱的であること”もしくは”チープでダルい感じ”なら何でもかんでもローファイになってしまいそうな。ただそれはそれで定義のテキトーさがまたローファイっぽいとも言えそうでなんとも。

 別にこの記事は「これが本当のローファイなんだ」と結論づけるつもりはなく、ただ筆者のこの概念に関する所感を述べてるだけです。だけですが、このローファイという語の何でもあり化によって、インディロックは一時期、良くも悪くも、更に自由になったんだと思います。よく言えばどんなにゴミっぽくても音楽的にピン来るものがあればオーケー。悪く言えば、そもそもの意思の薄弱や技術度合いによるテキトーささえ「ローファイ」の名の下に免罪、どころかむしろ賞賛されるような*3。まさに「ローファイはアテュチュード」となった訳です、どこかのパンクとかいう概念と同じように。

 以下では、そんな百花繚乱と成り果ててしまったのかもしれない、ローファイというタグでくくられるような音楽を、筆者的な部分で何タイプかに系統づけてみようかと思います。勿論、どんな作品も複数の要素を持っていたりするもので*4、「これはこっちの括りでは…?」というのもあるかとは思いますが。あとチョイスはたいして深くないです…。

 

 

音質的ローファイの系統 ー宅録ライクさを中心に

 もともとの意味である「音質が悪い」ことを特に重視した作品群。「家でカセットレコーダーで録音」というのがこの系統の基本かと。そういうスタイルか、又はそんな風情にどれだけ近づけるかが要点になるけれども、天然か計算かも判別しづらいのかも…。

 

 

『Earthbound』King Crimson(1972年)

Earthbound

Earthbound

 

 いきなり反則気味なチョイスになるけども、「ローファイ=音質が悪い=カセットレコーダーで録音」ということであれば、このKing Crimsonの悪夢的なライブ盤さえもローファイレコードと言わざるを得なくなる。こんな超絶技巧のローファイがあるか!とも思うけれども、しかしローファイという概念は懐が深い…。というかなんでこんなもの出したの…?

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『The Freed Man』Sebadoh(1988年)

The Freed Man

The Freed Man

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 まさに「カセット系ローファイ」の王道。当時Dinosaur Jr.にも所属していたLou Barlowが、共作者とともに書きためた沢山の「断片」と言うべきものが作品中にとっ散らかって配置されて、しかし出鱈目なようで微妙にツボをついた歌心もあるトラック群に不思議な魅力が感じられる。

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『Niandra Lades and Usually Just a T-Shirt』John Frusciante(1994年)

NIANDRA LADES AND USUALLY JUST A T-SHIRT [2LP] [Analog]

NIANDRA LADES AND USUALLY JUST A T-SHIRT [2LP] [Analog]

 

 この作品なんか、音の悪さと意識の低さを両立して、それでもなお世間で名盤として通っている。当時のジョンの精神状態がーとか、本来のアーティスティックな素質が図らずもーとか、そういうの言ってもらえるからセンスある人はすごいな。

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『Sonic Dead Kids』Art-School(2000年)

SONIC DEAD KIDS

SONIC DEAD KIDS

 

 インタビューか何かでバンドリーダーの木下理樹が「Pavementの1stを目指した音にしたんだ」等のことを言っていますが、これはどっちかと言えば免罪符的なローファイ用法では…などと思ったりもするけどでも何曲かこの音だからこそ、という曲もあります。でもやはりこの次の作品以降の方が理想的なローファイさだと思います。

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2022年10月30日追記:

このアルバムの全曲レビューは筆者は何度か書いていますが、最新版は以下の記事になります。

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 

感傷的ローファイ ーセピア色な音世界に着目してー

 元々Pavementにも結構センチメンタルな部分があると思うのですが、ローファイという手法を「昔の写真がセピア色に劣化するような」音にするために使ったと思われる作品群です。こうなってくるとかえって手が込んでる気がしますけど、「劣化した音=ローファイ」と考えるとこれもやはりローファイの1形態。要は「いなたい音」ということでは…とも思うけれども、もうちょっとくぐもってるのかな…。

 

 

インディゴ地平線スピッツ(1996年)

インディゴ地平線

インディゴ地平線

 

 日本のスピッツというバンドもローファイをやっていたなんて…!1曲目のテキトーさはある意味Pavement的…というのは半ば冗談だけれど、今作のどこか霞んで、デフォルトで全体的に少し歪んだ感じの音作りは、前作『ハチミツ』がかなりHi-Fiな音であることを考えると、やはり明らかに意図的。『渚』のPVともども、ローファイという概念にノスタルジックさ・ロマンチックさを求めたということか。人気絶頂期にようやったなあと本当に思います。

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2021年8月23日追記:このアルバムの単独記事を書いたので折角なのでこっちにもリンクを貼っておきます。趣旨はやっぱり「日本の抒情系ローファイきっての名盤」。

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 

『MUGEN』サニーデイ・サービス(1999年)

MUGEN

MUGEN

 

 これとか制作行程が全然ローファイじゃない、サニーデイというバンドが曽我部恵一による地獄プロジェクト化した絶頂期の作品。徹底的に統一された世界観のトーン、それは音質もさることながら、楽曲の方向性や、演奏方法の幅、歌い方に至るまで徹底されている。そんな徹底した美学が、聴く人によっては「曲はいいのに音が悪い」とあっさりぶった切られたりするからこういう世界は業が深いなあと思う。

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 今聴くと『スロウライダー』のビートのループ感に若干のヒップホップさも感じたり。

 

 

『Schmilco』Wilco(2016年)

Schmilco

Schmilco

 

 Pavementって結構フォーキーなところもあったりして、その辺アメリカーナ的な、アメリカの大地を感じさせるような要素もあると思うんです。それで、Wilcoのこのクッソ地味な作品も、まあある意味で単にアコースティックにやってみただけ感もあるけれども、でもそれ以上に、このどこかしみったれたアメリカ感がするのは、明らかに手法的だと思う。声にやたらエフェクトかけてたりとか、“等身大のアメリカンロック”から距離を取る気満々な感じがして、彼らの何か意図が垣間見えるというか。

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ゼロ年代USインディ的ローファイ ーガレージ+リバーブ

 ゼロ年代USインディで言われるところのローファイというのは、実はPavement由来じゃないものも結構あったような気がして、それはきっとこういう系統。The Strokes以降のガレージロック回帰をそのまま機材で強引にドリーミーにした感じと言うと身も蓋もないか。所詮PavementThe Strokes「より前」のバンドに過ぎないものね…などといじけてみるくらいには自分は90年代が好きなんだと思う。

 

 

『Crazy for You』Best Coast(2010年)

Crazy for You

Crazy for You

 

 この定義そのものな音!っていうかこのアルバムを入れるために作った系統なのだけど。でも一時期こういう音ホントに流行りましたよね。でもこの系統では彼らが色んな意味で潔い感じがしますね。作品を重ねるにつれ段々ローファイじゃなくなっていくところとかも変なリアリティがあるというか。それにしてもいかにも演奏のインディな頼り無さげなドリームガレージ感の割にボーカル存在感ありまくるよなー。

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『I Will Be』Dum Dum Girls(2010年)

I WILL BE (IMPORT)

I WILL BE (IMPORT)

 

 この人たちも典型的なサウンド。この路線、ぼーっと聴いてると当時のニューゲイザー勢のうちThe Raveonettesあたりともちょっと被るなあー、と思ったとき、あっゼロ年代式ローファイの元ネタはジザメリの『Phycocandy』なんだなぁーと遅い気付きを得たりしました。この辺のチャチなドリーミーさは当時聴いてた人たちのノスタルジーになったとき何かがすごそう。

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『Summertime!』The Drums(2009年)

Summertime!

Summertime!

 

 やはり典型的な(省略)。この人たち(?)は何気に未だに続けてる方がむしろ当時のこの線の細さからしたらとても意外な感じさえする。まあそれでも『Let's Go Surfing』聴くと「ああなつかし。。。」とか思ってしまうけど。映像のどこまでもチープでローファイで、でもだからこその楽しそうな、青春な感じが眩しい。

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2022年追記:チルウェイブとの共振

 このような2010年前後インディーロック組のローファイ感覚は、多分に同時期に現れたWashed Outをはじめとするチルウェイブの流れと共振していた部分があったかもしれません。

 

・Feel it Around / Washed Out(2009年)

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 チルウェイブもまた、主に宅録による、チープなビートの上にドリーミーでノスタルジックなテクスチャーを展開していく音楽で、ローファイの延長線上にある音楽とも言えるでしょう。流石にここまで来るとPavementとは直接は繋がらないが…。

 

 

王道ローファイをアレする系 ーS.Mの祝福、或いは呪い?ー

 まずなんだ“王道ローファイ”って…王道なのにローファイなのか…。ここでは要は「音自体はローファイじゃなくなって以降のPavementっぽさ」がある作品、つまり「演奏・演出手法としてのローファイ」が目立つものを挙げようと思います。タイトルの割にそんなにS.Mに呪われてる感ないのばっかになったな…まあ手法からして、呪われて影響受けまくってると一気にダサくなりそうなところがあるけど。

 

 

『Album』Girls(2009年)

Album

Album

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 2010年前後のUSインディーに突如現れた、The Drumsと並んで実にヘロヘロで、しかしこっちの方が何か真に「きっとどこかに美しい世界はあるんだ」と恍惚としながらも何かもがいているような必死さが感じられる。それは中心となるChristopher Owensの複雑な出自のこともあるんだろうけど、特にこのアルバムの時点で彼がゲイで既に30歳で、色々と惨めな経験を潜り抜けて、いささか古典的であっても「美しさ」を目指してもがいていたことが、その美しさを独特のものにしていると言えるのかもしれない。というか、背景を詳しく知る前と後では聴こえ方が全然変わってしまうタイプの音楽かもしれない。それがいいことなのかそうでないのか、幸せなことかそうでないのか、判別はまるでつかないが。

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『Monomania』Deerhunter(2013年) 

Monomania

Monomania

 

 のっけからDeerhunter。DeerhunterはDeerhunterだろーって気もしますが、でもボーカルの時にフリーキーに振り切れる様や、意外と線の太いバンドサウンドにはどことなくPavementと同種のものがあるような気がする。Pavementって意外とサウンドの線が太いよなあ。その辺ゼロ年代のフォローワーっぽいバンドと違う気がするけども。というかDeerhunterってなんか、サイケデリックなのにどこかアメリカ的な風土の感じがサウンドから感じられて不思議。彼らもPavementも、そのうちアメリカーナとかいう、もっと何でもありなジャンルにタグ付けされてしまうのかもしれない(もうされてる?)。というかこの作品は音が悪い方のローファイでは…?

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『こおったゆめをとかすように』昆虫キッズ(2012年)

こおったゆめをとかすように

こおったゆめをとかすように

 

 ローファイであることの条件のひとつに「音を詰め込みすぎない」というのを加えるのを上で忘れてた気がする。いや音数めっちゃあってローファイというのもあるかもだけど、でもここでいう王道ローファイはPavementだから…。その点、昆虫キッズは色々なフリーキーさも含めて、今思うとなかなかにPavementなバンドだったかもしれない。楽曲のカラフルさと相反する翳ったトーンを持つ今作は、本当に自分がリアルタイムで聴けてなかったのが痛恨すぎる、彼らの『Wowee Zowee』であり、またはある意味で(本稿と関係ないけど)『Yankee Hotel Foxtrot』だったのかも。

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『すげーすげー』HiGE(2017年)

すげーすげー

すげーすげー

 

 HiGEというバンド自体あらゆるUSオルタナパスティーシュ感あるバンドで、元々ツインドラムで、しかも片方が時々前に出て変なことをするスタイルは故意犯的にPavement意識と思われ。このアルバムはそんな当初のツインドラムではなくなってしまってからの作品だけど、バンド初期のムチャクチャさやユーモアを整理して取り戻した感覚は、このバンドが未だにそういうローファイさを大切にしてるからだと思う。デビュー15周年おめでとうございます。最新作はこれから聴きます。

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【2022年追記】ローファイ・ヒップホップについて

 この記事を書いた2018年当時では筆者はそもそも存在を認識していませんでしたが、主にインターネット上を中心に「ローファイ・ヒップホップ」なるジャンルがいつの間にか(具体的には2010年代後半らしい)生まれていて、音楽好きを中心にかなりコアな人気を集めていた状況があったりしました。2022年の時点では今更過ぎる感じがありますが、折角の“ローファイ”繋がりなので何か書いておきます。とはいえ、このジャンルの紹介記事なんてそれこそ結構前にもう大体立派なものが出揃っているかと思いますのでそっちを観た方がいいと思います。

 それにしても、なんでローファイヒップホップは画像がジブリなんだ…?

 

note.com 

 

hypebeast.com

 

 ローファイ・ヒップホップの最大の特徴として「そもそも歌やラップがないことが多くて、メロウなインストが多い」ということが挙げられます。ヒップホップなのにラップが無いのかよ…とも思いますが、これはそれだけヒップホップというジャンルにおける“トラック”の存在感が大きい、ということでもあるのかも。というか「テクノ的なハイテンションさの無い、どこかゆるさのあるドラムビートのループを基調にしている」ことを指して”ヒップホップ”と言っているような*5

 このジャンルの源流としてつとに挙げられるアーティストが、J DillaにせよNujabesにしても、どちらもブーム当時の時点でとっくに故人だったということが、もしかしたらどこかこのジャンルの根本的にメロウでノスタルジックな性質に関わっているかもしれません。こういった元ネタ的な存在や、2010年前後に興隆したチルウェイブ以降のナードな感覚のインターネットカルチャーや、ヒップホップ界隈でもミックステープ文化によってよりインターネットが重視されて、そんな中で半ば自然発生的に生まれてきたのがこのローファイ・ヒップホップなのかもしれません。

 

 

・Last Donut of the Night / J Dilla(2006年)

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 稀代のトラックメイカーとして知られたJ Dillaが、その早過ぎる死に向かいつつあった病室にターンテーブルを持ち込んで製作されたアルバム『Donuts』は、まるで作者の走馬灯であるかのように、様々なレコードのサンプリングによって、どこかよろよろとして曖昧な感触でトラックが形作られていきます。その、一瞬の情感や感傷を掬い取って執拗に、かつ絶妙にズレた切り取り方でリピートする感覚は確かに“ローファイ”であり、そしてどうしようもなくメロウなもの。*6

 2006年、自身の誕生日と『Donuts』のリリースを見届けた後に自宅にて死去。

 

 

・Reflection Eternal / Nujabes(2005年)

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 彼の音楽は別に音質的にローファイじゃない気もしますが、彼は若干21歳で渋谷で自身のレコードショップを開き、インテリア類にさえ美意識を張り巡らせたといいます。おそらくはラフでラグジュアリーな感じだったのかなと、彼の音楽を聴いてると勝手に想像してしまいます。彼の音楽に時に流れる、街角のどこかで何か遠くに思いを馳せるようなメロウさは、確かにローファイ・ヒップホップに共通するものと思われます。

 2010年に交通事故によって死去。

 

 ローファイ・ヒップホップは、YouTubeにおけるプレイリストを延々と流すチャンネルをもとに人気に火がついたジャンルであるため、アーティスト単位で聞かれてる印象は薄いところではあります。インストが多いため余計にアーティスト個別の特徴は前に出ない感じですが、折角なので、幾つか拾っておこうと思います。基本的に歌やラップのない、言葉を介さない音楽だからか、主なシーンがネット上にあることも含めて、英語圏に限られない広い範囲で作品が作られている印象があります*7

 

 

・Gigante / Wun Two(2022年)

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 まさかの今年リリース。ローファイ・ヒップホップを代表するアーティストとされているドイツのWun Twoの楽曲で、確かにこの、全体的にくぐもった、影を感じさせるダルなメロウさはまさに!という感じ。僅か2分弱でササっと通り過ぎていってしまう感じも不思議に感傷的です。

 

 

・secluded / eevee(2019年)

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 オランダの女性ビートメイカーによるもの。モロに日本のアニメーションを用いた映像に、こんな形で国境を超えていくなんてアニメ製作陣は思いもしなかったろうな…などと思いました。当人はどうやら「ローファイ・ヒップホップ」として括られることに抵抗を覚えている様子。

 

 

・Far Away Extended / Tomppabeats(2017年)

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 フィンランド出身のトラックメーカーによる曲。延々とシックなメロウさがループし続けていく感覚に、こういうのもヒップホップの位置側面なんだなあ、浸れるなあ、と感じ入ります。

 

 

 よくよく考えると、Tofubeatsが1990年代アニメっぽいアートワークを多用してるのはこの辺との共振だったりとかもするんですかね。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

あとがき

 以上、ローファイに関するああでもないこうでもない、でした。

 

2022年10月30日追記:

 長らく投稿時のまま安置(放置…?)していたこの記事にも、色々と手を加えてみました。前のままの方がシンプルでサクッと読みやすかった可能性もありますが、何か良くなってる部分もあるだろうことを祈ります。

 特に、ローファイ・ヒップホップの登場はこの記事を書いて以降のローファイ関係で一番重要だったことだろうと思われるので、今回全然素人ながらもこの記事で触れることができて少しホッとしてます*8

 “ローファイ”という語は様々な要素を含むよういつの間にか拡張され続けてきたので、特にローファイが当たり前みたいな宅録環境だと、それが標準装備という状況でどのように自身のローファイさをクールに出していくか(?)が鍵となるのかもしれません。まあ、別に他人と争うようなジャンルでもないのかもしれませんが。

 そのような製作環境の都合で、ローファイと宅録は結構かぶる部分があるので、この記事もローファイの参考になる部分が何かしらあるかもしれません。

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 また、音質要素として”ローファイ”という語を受け取れば、一定の年代よりも前の音は全部“ローファイ”に聞こえる、という人もかなりいると思います。1970年代以降ならともかく、1960年代くらいまでの音質は十分に”ローファイ”的だろうな、と思います。意外と同じような音を再現するのは難しいっぽい感じもありますが。

 ここで追加で紹介できなかった“ローファイ”も多々あります。たとえばThe ShaggsSyd Barrettソロ作品のような「プレ・ローファイ」の存在や、Pavementや今回しれっと追加したSebadoh以外の初期ローファイの重要どころの紹介、あとは2022年のウクライナ侵攻以降であるところの現在ではなんとなく語りづらくなってしまった印象のある「Russian Doomer Music」なる、ニューウェーブサウンドにローファイを見出す決め手になったようなジャンル*9などなど、色々この期に追加を考えましたが、元の記事の1万字に満たないというスリムさをあまりに損なうのもどうかと思われたので、この程度の加筆にしておきます。プレイリストも作るか迷いましたが、やはり収集つかなくなりそうなのでやめておきます。

 それでは、皆様にジャストな感じのローファイライフ(?)があることを祈って。

*1:最終的にメンバーがアメリカの東海岸と西海岸に居住するようになって、本当に「◯◯州出身の〜」とか言えずに「アメリカの〜」と言わざるを得なくなった感じがまた妙に彼ららしくてムカつくけどいいですね

*2:もちろん彼らの人気が「いい音」の概念に与えた影響というのも多大にあるのだと思うけれども

*3:困ったことに、そんなどう考えても意識そのものから雑なはずの作品の中に、たまに本当に良いものなどもあったりするから話が難しくなる

*4:そうなってしまうようにしか分類ができなかった、とも言えるか

*5:別にこれはローファイ・ヒップホップに限られたことでなく、1990年代において「ヒップホップを取り入れたロック」とされたBeckだとかThe Beta BandだとかEelsだとかも、結局のところヒップホップ要素としてはこのビート感覚の部分が大きかったものだから、ひょっとしたらヒップホップについて「ラップよりもビートが大事」と思っている人は世界に結構沢山いるのかも。

*6:そういえば彼もデトロイト出身で、なおかつFuncadelicの元メンバーに見出されたという背景がある。どこかデトロイトテクノ勢とのパラレルを感じさせる。

*7:これはむしろ逆で、他のジャンルだって、ロックだって、多くの日本在住者に見えるのが英語圏ばかりなだけで、実際は英語圏以外の国にも興味深い音楽はロック含めていくらでもあるんだろうな、と思われます。筆者はその辺にまで深くコミットしていける能力がまだ全然ないけれども…。

*8:この記事が弊ブログで最初の大ヒット記事で、Googleで「ローファイ」と検索すると最上位に出てくる日々がしばらく続いていたのですが(恐縮)、いつの日からかローファイ・ヒップホップの方が上に出てくるようになってしまって、そういう意味でも正直ずっと気になってはいました。

*9:というかUKニューウェーブも何気に音質的には結構ローファイだもんな。Joy Divisionとか良さの秘密にそのローファイなバンドサウンドは絶対にあると思うし