ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『惑星のかけら』スピッツ(リリース:1992年9月)

惑星のかけら

惑星のかけら

 

 現在のスピッツの新作が発表されました。

natalie.mu全曲レビュー始めたところにタイムリーだなあと思いました。スピッツは新譜を出そうとしてるのにおれは20年数年も前の作品をグチグチ言ってて何なんだおれ…とも思ったり。

 

 今回は彼らの3枚目のフルアルバム。『惑星のかけら』と書いて「ほしのかけら」と読みます。前作ミニアルバム『オーロラになれなかった人のために』とのリリース間隔は僅か5ヶ月…どういうスケジュールなの…。室内楽的要素の強かった前作からの反動で、アグレッシブなバンドサウンドの構築を目指した作品です。ただ他にも色々なトライアルをしている感じも。部族感ある男の子のジャケットが妙にフェティッシュ

 普通は今作までを「初期スピッツ」と呼びます。なので初期スピッツ最終章。

 

 

1. 惑星のかけら(5:25)

 いきなり重厚なギターアンサンブルで幕を開けるタイトル曲。「スピッツ流のハードロック」を目指して制作されたであろうハードナンバーでアルバムは幕を開ける。正直、荒れ狂うワウ含めて“時代の音”だなーって感じで現代的な重厚さが感じられないのが玉に瑕だけど。

 この曲は、ハードロックとして聴くよりもむしろ「スピッツオルタナグランジ」として捉えた方がスッと入る。イントロが終わった後のギターが消えてベードラだけをバックに草野マサムネが歌う場面は結構貴重だし、その後ブリッジミュートのギターが入るのもオルタナ的。1992年の日本において、USオルタナサウンドを自在に鳴らせる存在はまだメジャーシーンには居ないけれども*1、結果的にやや近いことをしてた例として、スピッツの今作を挙げることは可能だと思う。

 この曲でもうひとつ注目したいのは、本来ハードロック的なものを目指していたであろうこの曲の歌が、実に「退屈そうに」聞こえること。この曲の草野ボーカルの気だるさは何なんだ。前作『オーロラ〜』での端正な詩人の表情は剥がされ、非常に気だるげに投げやりに妄想を空に投げかける男の姿が、何となく見て取れる。それはサビの求愛の言葉がざっくりしすぎていてやっぱり投げやりに聞こえるからだろうか。前作の経験を活かして適度にかけられたエコーも声の生々しさを殺してて、より淡白な感じに仕上がっている。

 あと、ギターソロのところでツインギターになって、バックがスカスカになるのはなんか新鮮で好き。この曲は静寂のあり方が、他のバンドではしばしば見かけるけど意外と他のスピッツ曲では見ないような感じの場面が多くあると気づいた。アウトロのグチャグチャな演奏は、今作のコンセプトのひとつであろう「宇宙っぽさ」の演出か。

 そんな、気だるげなまま宇宙遊泳、みたいな感じの歌詞を見てみると、これがまた随分と突拍子もない妄想が広がっていて、こんなところにも『オーロラ〜』からの反動を見たりした。

知らないふりをしていたんだ 君の夢を覗いたのさ

二つめの枕でクジラの背中にワープだ!

ハハハ何言ってんだこいつ。

ベチャベチャのケーキの海で 平和な午後の悪ふざけ

はかなげな笑顔で つま先から溶けそうだよ

変態だー!!!!(甘美な堕落願望を実にキモく描写してます。)

 この後も「君から盗んだスカート 鏡の前で苦笑い」など、大変に混乱しきった歌詞が続いていく。1人称でかつ堕落的・自虐的。この辺こそ、研ぎ澄まされてた『オーロラ〜』からの最大の反動なのかも、とも思ったり。つまるところ、この曲のいちばんの魅力は、こんなみっともないと言ってもいいような歌詞がゴリゴリのハードロックに載ってるということで、つまりやはりこの曲はスピッツ流のグランジなんだなと、アティチュード面からもそう思いました。シアトルへの東京からの回答!みたいな。

 ちなみに、アルバムからの先行シングルでもあった。シングルとアルバム両方ともタイトル一緒って時々起こりますけどややこしそうで、どうなんですかね。

 

2. ハニーハニー(4:40)

 これもまたハードロック意識のマッシブなギターリフが刻まれる曲。今度はビートがシャッフルなのでまたよく分からない猥雑さが出てるなーと思ったけど、よく考えるとパワーポップの大家WEEZERも後年シャッフルのパワーポップをやってるなーと思うと「早い!」とかも考えてみたり。

 草野ボーカルの「ハニーハニー」も実に力が無く、まるでハニーを誘うようには聞こえないところが笑える。一本調子のボーカルはサビとそれ以外でも強弱が無くて、曲を平坦に聞こえさせている。個人的にはこの平坦さが実にスピッツ的だなあと思えて、かえって気に入ってる。サビ裏でひっそりとシンセも使われているのは「おっ」と思った。

 ただ、ギターソロ終わりのミドルエイトだけは、ブレイクしてリフの刻みとボーカルだけになる箇所は、非常にスピッツ的なロマンチックさが表出する。むしろ突然出てくるのでびっくりなくらい。今作の裏コンセプト「宇宙」の要素はむしろ、こういう静寂の中にふっと湧き出してくる。

 そういえば、USオルタナティブロックの雄・Smashing Pumpkinsもまた、かなり後年だけどシャッフル×ハードロックな楽曲を出していることを思い出した。

www.youtube.comビリーのセンスは時々ダサすぎてついていけない…。

 なんか同じノリを感じる…ブレイクしてメロウになるのまで一致してんぞ…。この場合スピッツの方が遥かに先だけども。

 歌詞の方では、スピッツ初の英語歌詞採用などがトピックとしてはあるけど、それはむしろ「ありきたりな表現でラブソングを相対化してる」んじゃないか、くらいまで勘ぐってしまう。

ハニーハニー It's so brilliant!! ハニーハニー 僕らに

ハニーハニー It's so brilliant!! ハニーハニー 天国が

落ちてくる日まで

お前らが天国に行くんじゃないんかい!「むしろ天国が来い」という歌詞に、謎の神経の図太さを感じる*2。同じ初期スピッツとはいえ、この辺の感覚は前作までとかなり違うな、と思った。むしろこの曲の主人公はテンション高い。「月灯り浴びて踊ろうよ 罪の花をばらまきながら」とかも言うし。

 しかしミドルエイトの歌詞は流石にロマンチック。

旅する 二人は旅する 手探り 闇をかきわけて

離れた心のジェルが 流れて 混じり合って はじける夜に

後半はスピッツらしい魂の捉え方だなあと思ったりするけど変態っぽい。それにしても全体的に前向きな感じがするのはやはり、詩作の変化を感じる。

 

3. 僕の天使マリ(3:09)

 ハードロック調が2曲続いた後に突如現れるカントリー&ウエスタン調の楽曲。このアルバムの特徴は、色々とバラバラなこと。この曲からその辺がどんどん広がっていく。カラフルと捉えるか、訳分からんと思うか。でもこの曲の軽快さはスピッツ全史でも珍しいタイプのそれ。

 ラジオ演出から「ジャーン!ジャーン!」って入っていくのが実に爽快。ソングライティングもAメロとかサビとかじゃなしにもっとナチュラルなメロディの組み方をしていて、軽快なカントリー調もあって、他の曲ではなかなか味わえない類の楽しい楽曲になっている。ゼロ年代以降目立つようになったスピッツの音楽的コスプレの、走りの曲がこれなのかもリードギターも実にノリノリなソロを弾いてる。

 ただ、こんな軽快でも歌詞は初期スピッツ。なかなか素直なラブソングにはならないしさせない。

僕の心のブドウ酒を 毒になる前に吸い出しておくれよ

マリ マリ マリ 僕のマリ もうどこへも行かないで

ホントこのアルバムの草野はどうしようもねえなあ。エロさがどんどん下世話になってて、この辺とかイエモンとかと変わらんノリ。ただ、スピッツっぽいエロさもちゃんと(?)用意してある。

夜には背中に生えた羽を見せてくれたマリ

きっとこんな世界じゃ 探し物なんて見つからない

世界への絶望と「君」への没入。かなりギャグ気味に崩しても、その基本軸はブレていない。

 

4. オーバードライブ(3:38)

 このアルバム本当になんなんだよーって困惑する曲。始まりはハードロック調がまた始まった、って感じなのに…どうしてメタルな間奏に突然サンバを挟み込んだの…

 ハードロックな部分については分厚いパワーコードで割とダーク目にゴリゴリやってて、この辺本当に同時代のグランジバンドを横目に見てのアレンジだと思う。ただ、歌が始まるとどことなく南国っぽい、レゲエっぽい、ツェぺリンで言うところの『D'Yer Mak'er』みたいなメロディで、イントロとのコード感のギャップもさることながら、すでにこのメロディ自体がサンバ化の伏線だったのか…という。そして歌の調子は相変わらずとても気だるげ。歌詞も色々と投げやり気味に思えたりするけど、初期すぴっつだなあという感じのフレーズはきっちり挿入されている。

ちゃっかり楽しもうよ 闇のルールで消される前に

歌おう この世界に響くような 獣の声で

 それにしてもこのアルバムの楽曲の主人公たちは全然躊躇せずセックスに向かってくな。そういうゴリゴリアッパー性愛路線が草野さんの中で流行ってたのか。

 サンバについては素養が無いのでコメントしません。不真面目なユニコーンの曲みたいなことになってる…。

 

5. アパート(3:13)

 突如ギターポップ感全開の楽曲が始まるので、前曲のサンバで脳を焼かれた筆者のような人はこの曲をぼんやり聴いてしまうと思う。スピッツ史上でも相当ストレートで端正なギターポップなのに。アルバムの振れ幅〜。この曲が好きなスピッツファンもまた多かろう。

 コーラスのかかった繊細なギターアルペジオ、真っ直ぐなビート、ポップで切ないメロディと歌詞…ブレイク後のスピッツが人気を得たような要素をこの曲はすでに、すべて持っている。UKニューウェーブネオアコの繊細さを日本流に解釈し切った、日本のギターポップの方向性をある程度決定づけたであろう、パイオニア的な楽曲。そんな宝石がサンバの曲と次のサイケな曲の間に無造作に置かれてる、この乱雑さが非常にこのアルバム的。本当に、色んなチャレンジをしたかったんだろうなと思う。

 この曲のギターアルペジオは本当にジョニー・マーみたいで綺麗だ。草野ボーカルもこれまでのくたびれが嘘のように淡く潤んでいる。ハーモニカの間奏もノスタルジックで、またギターポップの雰囲気をギターソロで壊すことも回避されてて、色々と徹底されている。とりあえず試した、ではなく、いきなり完成形だ。Aメロ→サビの繰り返しを避けてAメロで終止する曲展開も含めて、完璧なので、これ以上アレンジや曲構成について特にコメントすることができない。

君のアパートは今はもうない だけど僕は夢から覚めちゃいない

一人きりさ 窓の外は朝だよ 壊れた季節の中で

この歌い出しの歌詞は、ブレイク後の楽曲の数々とさして違いは無い。この曲に関しては初期スピッツ的な要素も殆ど感じられない。この曲くらいの毒なら、ブレイク後の楽曲にも十分ある。本当に、時期だけの問題だと思う。

そう 恋をしてたのは 僕の方だよ

枯れていく花は置き去りにして

ブレイク後となんら変わりない、恋を詩に昇華する草野マサムネがそこにいる。ここにはアルバムの他の曲みたいに下世話にセックスの隠喩を振り回す男はいない。この曲がここに収まっているのは、本当に不思議なことだ。

 

6. シュラフ(5:43)

 アルバムの中心にそびえるサイケデリックな楽曲。この曲の存在で裏コンセプト「宇宙」っぽさをかなり得ているところがある。前曲からのギャップはそこそこ。サンバからの『アパート』ほどではない。

 この曲はソングライティング自体もフォーキーさとかを離れて、初めっからサイケかますつもりで書かれた形跡がある。 終止が曖昧な、掴み所のないメロディで構成されていて、そして1分50秒頃から3分20秒まで、長い尺を取ってインプロを展開する構造になっている。個人的にはむしろ、その後の3分45秒から曲終わりまで、サビのメロディを繰り返して、やがて歌が消えて、そしてフェードアウトしていくセクションの方がよりサイケ濃度が高く感じた。

 この曲のサイケデリアは、これまでのスピッツにあったような甘かったり、爽やかに聞こえたり、おかしかったりするようなサイケさとは趣を異にしている。ドラッギーというか、「快楽のためのサイケ」というよりむしろ「堕ちること自体を目的にしたサイケ」みたいな感じというか。求道的ですらあるこういうタイプのサイケは、むしろプログレっぽさを感じる。こういうサイケ感もまた、他のスピッツの楽曲にはあまり見られない類のもの。ベースは空間を怪しく躍動し、草野ボーカルもアンニュイさの後ろに闇を呼び込もうとするような、ダークなボーカルを披露している。

 この曲ではフルートの音も入ってくる。どこか和楽器っぽさがあるプレイ。特に間奏は尺八みたいなことになっている。この曲のみ『魔女旅に出る』や『オーロラ〜』でアレンジを手掛けた長谷川智樹氏がクレジットに名を連ねている。

 歌詞も、そんなに多く無い文章量の中で、非常にダウナーな言葉ばかり並んでいる。序盤の空元気の反動のようなそれは、アルバム中の1番の闇地帯といった佇まいがある。

疲れ果てた 何もかも滅びて ダークブルーの世界からこぼれた

不思議のシュラフで運ばれて

このアルバムは不思議な移動手段が豊富だ。シュラフで移動なんて、堕落の極みだろう。

 

7. 白い炎(5:00)

 シンプルなパワーポップナンバー。ギターは再びハードロックモードな歪だけど、使われ方はパワーポップ的なそれになっている。曲の作りもシンプルなはずなのに、なぜか演奏時間が5分もあるのが不思議でなんか重い。イントロや間奏の繰り返しが長いからか。ミドルエイトの箇所が長いからか。ギターソロが長いからか。

 ポップなメロディに、サビは頭打ちのビートでより盛り上げようとするアレンジ。なのに、何故か爽快感をあまり感じない。ライブだともっといいのかも、って感じの勢い。ミドルエイト部にはフワフワと鳴り続けるシンセ(?)が挿入され、ちょっとした不思議さを演出している。

 歌詞についても力強い方面を狙った単語が目立つ。サビで「燃えろ!燃えろ!」とか歌ってるし。それにしてもこのアルバムの歌詞は「!」も多用され気味。

宝貝ひとつで 覚醒できるのさ

悟りのエリアから 君に呼びかけてた

宝貝…貝が何の隠喩に使われるかというと…このアルバムの平常モードに戻った草野マサムネ氏。後段はちょっと上から目線で、なんからしくない感じも。

 

8. 波のり(3:05)

 決定的におバカなサーフポップナンバー。何も考えずに楽しげに聴き流せるタイプの楽曲で、重い前2曲からサッとアホに切り替わるのは楽しい*3

 演奏前にスタジオの模様も収録されたこれは、出だしの歌詞からギターリフからビーチ・ボーイズっぽいコーラスワークに至るまで、開き直ったようにバカっぽい。まさにサーフロックのパロディ、って感じの意味では、『僕の天使マリ』に続く「スピッツの音楽的コスプレ」第2弾なのかも。草野ボーカルのみダブルトラックで、冷たい質感を放ってるのが少々不思議。まあでもパワーポップのボーカルはダブルで録るものかも

 おバカな歌詞の数々を見ていきましょう。ここから先は真面目な曲しかないので、曲順で行くと「エロい初期スピッツ」の最後の曲がこれか(笑)

僕のペニスケースは人のとはちょっと違うけど

そんなことはもう いいのさ

ピンクのサーフボードで九十九里浜に沿って飛ぶのさ

君の町まで届くかな

「ペニスケース」のくだりは素直に笑いましょ。これ絶対ギャグでしょ。真面目に考えようもあるけどともかく可笑しいし、次の「九十九里浜に沿って飛ぶのさ」でもう色々考えるのがアホらしくなる。いいぞー飛べースピッツー。「ピンクのサーフボード」も移動手段に追加されました。

迎えに行くから どうか待ってて僕のこと仔犬みたいに

晴れた日の波のりは愉快だな

こんなアホな曲でしかし、「君を迎えに行く」という男の子っぽい力強さが出てきてるのは何気にびっくりする。この曲は単にギャグだからこう言えただけかもだけど、もう数年後には、もっと力強くこういうことを言えるようになる。この草野マサムネの「逞しさ」は、最終的には『8823』で宇宙までブッ飛ぶほどになっていく。同じ宇宙をコンセプトに据えたアルバムでも、1992年の今作と2000年のアルバム『ハヤブサ』は色々と違うという話。

 

9. 日なたの窓に憧れて(6:10)

 初期スピッツ渾身のシングル曲*4*5。この曲は素晴らしい。初期スピッツの精神のまま、マスに飛び込みうるポップな楽曲にして、このアルバムの宇宙のコンセプトも備えている。

 何よりも印象的なのはイントロから鳴り続けるシーケンサーの音だ。The Who『Baba O'Riley』My Bloody Valentine『Soon』などの有名な使用例があるこの手法を、こんなにポップな曲に乗せた実験精神、そしてそれがこの曲の切なさを飛躍的に高めていることが、本当に素晴らしい。ギタープレイはそんなリフレインを邪魔せずに空間を広げるように、シューゲイザー的なロングトーンの演出がメインとなるけど、これもまた、この曲がいい意味でスタジアムロックっぽくなる感じに作用している。そう、この曲はスピッツが、初期スピッツのままでU2に到達したような曲だ

 丁寧に作られたAメロ、Bメロ、サビ。どれもブレイク以降の楽曲と全く遜色ない、どころかそれらよりもポップでさえあるようなこの曲。むしろこの曲で習得した「スピッツ流歌謡曲」のスキルを今後色々と流用していった風にすら思える。草野マサムネのボーカルもセンチメンタルな湿り気とリバーブを得て伸び伸びとポップに駆け回る。

 そしてこの曲の最良の瞬間はミドルエイトで訪れる。間奏が終わって、バンド演奏が途切れて、シーケンサーと薄いパッドシンセと歌だけになる瞬間、この無重力な時間こそ、ポップソングが持ち得る類の「永遠」なんだよな、と。草野マサムネが夢見心地で呟き続ける。

メリーゴーランド メリーゴーランド 二人のメリーゴーランド

 再度強調するけれども、この曲の美しさは、初期スピッツの精神のまま、ポップで幻想的な宇宙を作り出せたこと。つまり、引きこもったまま君と繋がって宇宙に到達するような歌だということ。これがある種の人たちにとってどれだけ甘美に見えるかについては、マンガ・アニメ等のカルチャーや引きこもりというワードが世に広まった今であれば、より分かりやすくなっているはずだ。この曲タイトルだけで血を吐くほど好きな人、絶対いるだろう。

日なたの窓に憧れてたのさ 哀しい恋のうたに揺られて

落書きだらけの夢を見るのさ 風のノイズで削られていくよ

この切実さを「引きこもりのたわ言」だと思って笑う人は好きにそう思えばいい。僕は、この文章の筆者はこの主人公がサビで多幸感に満ちて飛躍する姿が、たとえ全てが嘘であっても、とても美しく思えるんだ。

君に触れたい 君に触れたい 日なたの窓で

漂いながら 絡まりながら

それだけでいい 何もいらない 瞳の奥へ僕を沈めてくれ

「触れて」「絡まって(=セックスをして)」「それだけでいい」と言いながら「瞳の奥へ僕を沈めてくれ」だなんて、言ってることが無茶苦茶だ。だけど、この曲の、この時だけは、そんな理不尽で、情けなくって、行き場のない感情が美しく舞い上がるんだ、なんてことを年甲斐もなく考えてしまっている。

 『プール』は初期スピッツの世界観を端的に美しく示した初期の最高傑作だとすれば、この曲はそんな閉塞感から抜け出したくても抜け出せない、そんな状態のままに、妄想の向こうの「君」と一緒に宇宙にまで到達してしまった、スピッツというバンドの想像力・ファンタジー制作能力の一つの頂点を示す、スピッツ史に燦然と輝く大名曲だ

 演奏が終わり、シーケンスの音がやがて止む時、そこまでがこの曲の幸福な「永遠」の限りなんだなと、少し寂しく思う。

 

10. ローランダー、空へ(4:37)

 前曲での高揚感を引き摺り下ろすべく、この曲のハードさは作用する。地を這うような重量感、ザラザラとした荒野の感じ。そこで空を見上げるような、そんな歌だ。前曲での高揚はやはり夢・幻だったかもしれない。「永遠」は「永遠」に続かないという逆説。眼が醒めれば現実の荒野が待っている。「ローランダー」とは「低地に住む人」とのことだけど、ここでは明らかに「地を這う人」くらいに、つまり「Creep」くらいの意味で使っていると思った方がいい。夢では「君」と飛べるけれども、眼を醒ませば地を這うライフ。土の味はどんなんだ。

 勢いのあるイントロのギターが止むと、ひたすら荒野を思わせるようなスローなペースで、ザラリと歪んだギターのアルペジオが導く楽曲は重く鈍い。サビのギタープレイは息も絶え絶え、という感じ。しかしながら、草野マサムネのボーカルはアルバム前半のような、半分寝てるような気だるさは無い。フラットに覚醒して、サビの方では空を見上げるような弱い力強さを見せる。

 やはりドラマチックなのはミドルエイト部。ドラムが停止して、ザラザラのギターコードをバックに草野マサムネが歌うフレーズは、初期スピッツ最後の祈りのようだ。

白い翼と 白いパナマ帽 渚の風を身体にまとう 夢を見たのさ

飛んでしまったローランダーはおそらくローランダーではなくなる。次作以降やブレイク後のスピッツがローランだーかどうかは視点やスタンスで変わるだろうけども、少なくともこの時点のこの歌は、自分たちに向けて歌っているような悲痛さと健気さを強く感じる。

このまま静かに羊の目をして終わりを待つコメディ

疑うことなど知らずに 何かに追われて時はゆく

急に『オーロラ〜』の頃のような言語センスで、神経質かつ悲観的に観た世界、そこから飛び立つということは、なんという大仕事だろうと、これはきっとそういう歌なんだと思うと、やっぱりこれは、自分たちも含めた、地べたを這いつくばるような暮らしをしている人たちへの、何の根拠も無い、分かりにくい、応援歌のようなものなのかもしれない。「棕櫚の星」が楽園かどうかも分からない。でも、歌は歌う。「君」のこととして歌う。

途中で君は立ち止まり君は 幾度もうなずき 空を見た

飛べ ローランダー

 余談。この曲の重みがかった荒野を懸命に進む感じを、後年もう一度チャレンジしたのが、楽曲の方の『インディゴ地平線』なのかなあと思っています。

 

11. リコシェ号(2:56)

 舞い上がっては地を這ったアルバム終盤で、最後に宇宙船のように鮮やかにサーフしてアルバムを終わらせる、それがこのほぼインストみたいなナンバーの役割だ。

 地から湧き出すような荒いギターアルペジオから始まり、そして一気に加速して、快活に疾走していく。シンセのユーモラスなうねり*6も追随して、リコシェ号は進んでいく。添えられた歌は「Go,Go,Go,リコシェ Oh,Yeah」のみ。そして、演奏が終わって、シンセが宇宙かどこかに消えていき、この混沌としたアルバムが終わる。

 この曲は「おそらくこれでは…」と思い当たる元ネタがある。The Cure『Push』だ。瑞々しく鮮やかな疾走感、ボーカルは掛け声な構造(The Cureの方は掛け声の後歌があるけどな)、キラキラとドライブするギター、っていうかロバート・スミスも「Go!Go!Go!」って言ってるし。結構そのまんまだけども、でもアルバム最終曲ということで、その混沌としたアルバム本編を鮮やかに締める役割を綺麗に果たしたことで、誰もこれについて文句を言わないだろうし、むしろそのチョイスのジャストさが気持ちいい。

 

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総評

 以上全11曲、47分31秒。

 収録時間を見直すと、「何だ、50分行ってないのか…」と意外に思うくらいには、このアルバムはなんか重い。そう感じる原因は色々思うところはあるけれども、こうやって全曲レビューしてて思ったのは、ツッコミどころが多すぎるくらいに何でもかんでもやっていることだろう。つまり、アルバムとしてとっ散らかってる

 考えてもみよう。ハードロックに始まり、カントリー&ウエスタン、突然のサンバ、純正ギターポッププログレ的サイケ、サーフロック、『日なたの窓に憧れて』、『飛べ、ローランダー』そしてThe Cureだ。このアルバム過積載です

 思うに、前作『オーロラ〜』が草野のソングライティングに的を絞った作品であった反動というのは単純なものではなく、様々に習得した技法や、同時代の欧米でのオルタナティブロックの勃興、そして「売れない」ことによるフラストレーション等が重なって、この、どこか投げやりで、やりたい放題で、荒々しくも自由な作品が生まれたんだと思う。丁度、次作『Crispy!』で「売れる」べくアレンジの方向を絞っていくのと好対照を成す。

 「売れる」ということであれば、正直この時点で楽曲単位ではそこそこヒットが狙えそうな『日なたの〜』『アパート』があったし、こういう方向性に的を絞って制作すれば、彼らはもっと早く売れたのかもしれない。しかし、それをしなかったのがスピッツの正史である。分からないけど、ここまで何もかもやってしまった史実がある以上、それを押し殺してポップな作品を作ってたら、バンドは解散してたかもしれない。

 思えば1stアルバムもインディーから上がってきたばかりで、様々な楽曲が混在している感じがあったけど、それと今作の多様さは全然違う話だ。ともかくバンドの可能性に制限をかけたくなかった、一度出し切りたかったんだろうかなあ、とか思ったりする。歌詞もそういう乱脈っぷりに苦労してたのか、妙に荒々しくエロを挟んできたりと、これまでと比べるとどこか不器用な感じがする。一方で『日なたの〜』『アパート』のような完璧な詩作もある。

 この作品の人への勧め方は難しい。「訳分からんよ、聴いて」じゃあ聴いてくれる人は限られるだろう。しかし、『日なたの〜』『アパート』だけを抜き出して聴けばいいかというと、この全編聴き終わった後の疲労感にも、何か意味を与えてあげたくなる。

 参考となるのは、他アーティストとの関係性だ。このアルバムのオルタナティブロック志向は、スピッツ側がハードロックっぽい感じで気付きにくい部分がある。特に、このアルバムの過剰さや、ハードロックに歪んで伸びるギター、そしてスウィートなメロディ等、Smashing Pumpkinsとの類似はちょっと驚くスマパンの1st『Gish』は1991年なので、スピッツ側がこれを踏まえて制作していた可能性は大いにある。

 今やスピッツは「最早どんなサウンドに挑戦してもスピッツになる」くらいの確固たるアイデンティティを確立しきっているけれど、それはたとえばこのアルバムで繰り広げられたような、ヘドを吐きそうな程のトライアルの数々によってそこに至ったんだと、そう思えばこのアルバムは、彼らがあらゆる修行を実践と実験を兼ねて行った、血の滲むようなアルバムだと思える

 なので初めて聴こうとする人には言いましょう、「このアルバム、結構血塗れだから気をつけて楽しんでね〜」って。なんか総評もとっ散らかっちゃったな。

 あと『日なたの窓に憧れて』『飛べ、ローランダー』の流れはガチ。この二曲のそれぞれの良さ、そしてこの二曲がこの順番で並んでいることで産まれた尊さを、上手く言葉にできないけど、この二曲の並びは人を救うと思う

www.youtube.com当時のテレビ出演時の映像。音源と全然アレンジが違う。こっちもしっとりでいいですね。

 

 最後に、まず恒例の参考にさせてもらったブログ紹介、そして幾つかの参考音源の紹介をして終わります。

blueprint.hatenadiary.comいつもありがとうございます。P-MODELの下りは全然知らなかった…。

 

 スマパンは『Gish』から聴き始めるものではないような気もしますが、1992年時点のスピッツが聴けたのはこれだろうから仕方ない。まだサイアミーズもメロンコリーも無い頃。

 

 これはむしろ1994年のアルバムで、少なくともスピッツはこれ聴いてから今作を作った訳じゃない。ただ、むしろ今作とは「ハードロック気味なパワーポップ」という繋がりがある。『波のり』は『Surf Wax America』より2年も早いぜ〜って言っても仕方がないけれども(曲の出来が違いすぎる)

 

 『リコシェ号』の元ネタっぽい曲が入ってるこのアルバムはThe Cure入門編としても非常に優れたいいアルバム。長尺のアルバムが多いからな…The Cureはそもそもスピッツの美意識自体に影響を及ぼしてる可能性が多大にある。関係ないけど今年のフジロックThe Cureを生で見れないのは残念なのでYouTubeの中継に貼り付きます。

 

 元祖・ニッポンの何でもありバンド…はムーンライダーズとかかもだけど、今作リリース当時なら何と言ってもユニコーン。しかしこの円熟期の名盤でも1991年なんですね。あらゆる音楽志向が、あまりギャグに走らずにしみじみと結合した名盤です。

 

 余談ですが、これで、「スピッツが1991年と1992年に4作、1年で2枚のハイペースで作品を作ってた」ことをリスペクトした「2日間で4作のレビュー」が完了しました。疲れた。。

*1:個人的には1994年にdipが『冷たいくらいに乾いたら』でメジャーデビューした事実はとても大きい気がしてます。きっと本人たちは「日本で初めての『Freak Scene』」くらいのつもりで作っただろうし、実際それくらいの曲だと思う。

*2:クジラの背中には二つめの枕からワープしようという甲斐性見せるのに、天国には「落ちてこい」かよ!というバランスの悪さでめっちゃ笑える。

*3:ただ、このアホナンバーの存在によってもう一つの、もっと地に足着いてて涼しげなサーフポップ『マーメイド』がカップリングに流れた、という副作用もあった。まあこのタイプの曲はアルバムに2曲も必要ないか。

*4:アルバムリリース後のリカットシングル(1992年11月発売)だけども。こっちをリードシングルにしたら売れたのでは…?

*5:このシングル、A面がこの曲で、B面がこの曲と全く逆に悲痛でメロウでドリーミーな『コスモス』という曲。『青い車』『楓/スピカ』と並んでスピッツ最強シングル候補。

*6:このシンセの演奏は当時の第2期P-MODELでキーボードを務めたことぶき氏光氏によるもの。