ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

マラカス・シェイカーを使った楽曲(30選)

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 マラカスとシェイカーの違いってよく分からないですよね。形としてはよく分かるけど、たとえば音だけ聴かされて「今のはマラカスかシェイカーか?」って言われても正直おそらく分からないと思いますし、音を聴くだけであれば別に違いが分からなくたって別に構わないんじゃないかと勝手に思ったりしてます。

 

 それで、今回はマラカス・シェイカーの音が入った楽曲を30曲分見ていって、こういった楽器が楽曲においてどんな効果を発揮するか、逆に、マラカス・シェイカーをどう使うといい具合になるか、というのを調べてみたくて、時間をかけて30曲分のプレイリストを作成しました。

 

 マラカス・シェイカーといえば踊りたくなるような・ラテンで陽気な感じがするものですが、実際使われてる例を見るとそういうのばっかりじゃないなーむしろそういうのは少数かもしれないな…という並びになってしまいましたが、とりあえず見ていきたいと思います。

 

 

前書き:マラカス・シェイカーの概要・主な効果

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 とりあえず最初に、今回扱う二つの楽器の概要と、使用することで大体どんな効果があるかを簡単に書いておこうと思います。

 

概要

 まず「振ると音がするタイプの打楽器」としてシェイカーという大きなくくりがあります。振ると音がするという点ではタンバリンやハンドベル等と同じですが、中に砂とか小石とかが入って振ると「シャッ」と鳴るようなやつを大体シェイカーとしているようです。

 で、そのシェイカーという大きなくくりの中にマラカスという一大ジャンルがある、ということになります。マラカス以外のそういう個別の楽器名もいくつかあるみたいですが、やはりメジャーなのはマラカス、そしてその他の手に握って振るタイプのシェイカーになると、少なくとも日本の楽器市場ではそうなってると思います。

 マラカスは何故か2本で1組として両手で振るようになっており、対して手で握って使うタイプのシェイカーはひとつを片手で振るスタイルが基本となります。なのでこの辺の違いによって音としての聞こえ方は実際には異なってくるはずですが、その違いを音だけで判別するのは難しいというか、そもそも録音をダビングすればシェイカーでもマラカスみたいな2重の音になるし、少なくとも録音物を聴くにおいては、両者の違いを意識する必要はさして無いんじゃないか、と思っています。ものぐさですいません。

 

使用による効果

 ここから先は「マラカス等」の楽器がどのような効果を発するか、すごく大雑把に大別しておこうと思います。これは何かの教科書を参照したとかでもなく、個人的な大雑把な感想なので、実際の学術的な使用分類とは全然異なっている可能性が大いにあります。そういうのを知ってる人は「何も物を知らない、これから知る気もないバカが」と思って読んでいただければと思います。あと当ブログの音楽趣向上、どうしてもロック中心の感覚になってしまってることもご了承ください。

①ビートにサラサラした響きを加える

 基本的にまずこの効果があるわけです。8ビートなり16ビートなりシャッフルなりのビートに沿ってマラカス等を震わせる事で、ハイハットやライドシンバルとは異なるサラサラした質感の音を付与して、どちらかといえば涼しげで爽やかな効果を醸し出します。

 この効果については、似た効果をハイハットの足での開閉や、もしくはブラシを使ったカントリータッチのスネアロール等で得ることができます。ただ、前者は足での開閉はBPM的にどこかで限界がある上にドラムの人が大変だと思われますし、後者はブラシなためシンバル類の使用・サウンド等が制約されます。

 

②楽曲に勢い・疾走感を付与する

 たとえば8ビートの曲で、それまではハイハットを4分で刻んで大雑把で長閑なビート感を出してたところに、8ビートでマラカス等を入れると、ビートが加速したような印象を受けることがあります。このようにして、楽曲の一部のセクションにマラカス等を入れることで、そのセクションの勢いや疾走感を増加させる働きがあります。ジャングリーなギターコードカッティングやゴーストノート・シンコペーションを効かせたリズムなどと組み合わせるとよりそれっぽい賑やかさが出てくると思います。

 これが意味するのは、こういったマラカス等のサウンドの出し入れでもって楽曲のセクション間の切り替わりを演出することができるということです。勿論、楽曲全体にこういう効果のマラカス等を重ねることもありますが。

 

③主に8ビートを平板で乾いた響きに聴かせる

 ②とまるで逆な内容ですが、マラカス等にはこのような用法もあるように思います。本来音の付け足しで賑やかさを増すためにありそうなマラカス等の音を、平板な8ビート等のドラムにきっちりと合わせて均一に鳴らすことで、乾いてて冷たい感じの、少々ダサい言い方をすればシックでクールな質感のビート感を醸し出せます。

 この効果を狙ってマラカス等が使われた楽曲は割と音がスカスカなものが多いように思われて、その中でマラカス等の冷たい響きが前面に押し出されることが、このダークなマラカスの響きを生み出しているような気がします。また、こういう無機質な響きなら打ち込みのマラカス音でもいいように思えますが、でもバンドサウンドに合わせるならなんか生のものをマイクで録った方が感じが出る気がします。マラカス等の打ち込みって、タンバリンのそれほどにはメジャーじゃない気がします。

 

④いい具合に粗雑・猥雑なビート感を生み出す

 マラカスを丁寧に使えば①の効果が出ると思いますが、そこをより乱暴に、乱暴な楽曲のテンションに合わせて乱暴に響かせることで、その楽曲の殺伐さ・猥雑さ・混沌さを引き出す効果が見込めます。場合によってはボンゴ・コンガ等他のパーカッション楽器とも組み合わせて、複雑で狂騒的なリズムが生み出されることも。

 ②の勢いを出す、と似た用法にも思えますが、②は爽やかさが出る用法で、こっちはよりぶっきらぼうさ・ダークさが演出される用法です。まあどの辺にこれらの境界線があるかは任意、って感じですけど。

 

⑤特定のビートの音を強調する

 これはパーカッション楽器に共通する点だと思いますが、特定のキックもしくはスネアに合わせてピンポイントでマラカス等を鳴らすことで、その短音を強調する効果が得られます。

 正直、マラカス等をビートに合わせてずっと反復させ続けるのは、どの効果であれ一定のやかましさは出てくるので、静寂さが重要な楽曲には向かないところ。しかしこの用法であれば、そういう緊張感の中にマラカス等を挿入できます。

 ただ、この用法はむしろタンバリンでよく見かける気がします。

 

⑥リズムを補強・または構築する

 基本的なドラムのリズムパターンと異なるパターンにてマラカス等を鳴らすことでリズムを複雑に組み上げる手法、もしくはそもそもマラカス等をメインのリズムキープ楽器に用いる、といったパターンです。どっちも相当思い切った発想で、正直ソングライティングのはじめの時点でこうするぞ、と思わないとそうはならないのでは…とか思ったりもします。が、巧みな人は本当に巧みなんだなあと思わされます。

 

⑦効果音・ノイズ的な使用方法

 マラカス等の乱暴にやかましい感じを利用した、主に間奏等で一気に振り鳴らすことでノイズ的な効果を発揮する奏法です。もうアバンギャルドにテンション任せで!っていう感じに思えますが、しかしその振り方が基本のリズムから外れすぎてしまうと、不協和音に似たような下手したらもっと不快な響きになってしまうので、意外と冷静に興奮して振らないといけないのが面白いところ。

 

本編:30曲のプレイリストとそれぞれの考察

 ここからようやく本編です。上記にもあるとおり、当ブログの趣味傾向によりロックに偏ってしまってることをご了承ください。Spotify上で作成したプレイリストは以下のとおりです。

 

 

 なお、リリース年と収録音源と上記の類型のどれに当たるかを付記しています。リリース年および収録音源は初出のものを挙げてるつもりです。また、各アーティストの画像も貼ってますが、それもその曲リリース時に近い時期の写真を極力挙げるようにしています。

 

●1950〜1960年代

1. Bo Diddley / Bo Diddley

(1955年・シングル:④)

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 偉大なロックンロールのパイオニアの一人・Bo Diddleyをベスト盤とかで聴くと、多分年代順で曲が収録されているけど、特に初期の頃はやたらとマラカス等を多用してるのが、数曲聴くだけで分かる。デビューシングルとなったこの曲も、カップリング曲の『I'm A Man』にしてもそうで、後の代表曲となる『Mona』までいくとトレードマークとなったボ・ディドリー・ビートと呼ばれる強烈なジャングルビートを前面に出してマラカスの存在感は薄くなるけど、それまではマラカスのサウンドで、ビートに猥雑感を付与していたみたい。

 なので、彼の典型的なサウンドはこの曲では完成していないにしても、それに代わる試行錯誤の感じが生々しい楽曲になってる。それにしてもデビュー曲で自身と同じタイトルの楽曲名というのがなんか現代から見るとすごい。あと後年のライブではこの曲の演奏であってもマラカスを省くことが結構あるみたいで残念。

 

2. You’ll Never Get To Heaven / Dionne Warwick

(1964年・シングル:①)

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 Dionne Warwickということはつまり大体はBurt Bacharachということ。彼が残した偉大なる名曲のうちのひとつ。非常に穏やかなメロディの起伏と洗練されたソフトなサウンドが特徴で、彼の名曲群の中ではやや地味ながらも、非常に完成度の高い上品なポップスに仕上がってる。マラカス等はステレオミックスだと右チャンネル方面に置かれて非常に上品に鳴らされて、この曲のさらっとしたムードを演出する。むしろトライアングル類が意外とやかましい。

 それにしても、幾ら音楽の性質がロックと異なるとはいえ、各楽器の録音がとてもクリアで落ち着いていて、1964年の録音とは全然思えないのに驚く*1。この時代的なオールディーズ的リバーブ感マシマシという感じも抑え目、というか彼女の声の強さがリバーブ感を破ってくるというか。そして当時リリースのアルバムだと曲順的にこの曲の次がかの名曲『Walk On By』と続くということで、更にアルバム3曲目にはThe Carpentersで有名になる『Close To You』も既に収録されていて、そのアルバムが彼女と彼が最初にタッグを組んだ作品だけど、いきなり全開!という感じで圧倒される。

 

3. The Word / The Beatles

(1965年・アルバム『Rubber Soul』③)

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 アルバム『Rubber Soul』の頃のThe Beatlesのスカスカで怪しさとクールに徹した楽曲群は彼らのキャリアでも独特の性質がある気がする。その後のスタジオでの様々な、録音テープ自体を弄り回すような大規模な実験の数々と比べると、このアルバムでの実験は、身の回りにある今まで使ってなかった楽器を使ってみたり、使ってた楽器もどうシュールな音が出せるか、みたいな、割と手元でどうにかする感じのある手法による。そしてそれらとシュールな作曲とだけで、彼らはしっかりと「このアルバム」な世界観を表現して、そのトータル性等にThe Beach BoysBrian Wilsonはじめ様々な人たちが衝撃と影響を受けた。

 この曲は存在としては地味だけど、確実にこのアルバムのシックで薄暗い感じを支える楽曲のひとつ。古くからのブルーズ形式に基づくロックンロールから一切のスウィング感と興奮要素とを抜き去り、代わりにダークなコード感と奇妙にイコライズされたオルガンとJohn Lennon由来の気だるいリズムチェンジと、そしてこの乾燥した空気を固定させるがごとくのマラカスの反復とが加えられた。個人的には、この曲におけるまるで熱の無いマラカスの使用方法が③の使用方法の開祖なのではないか、と思ってる。間奏ではバックビートを強調する形で鳴らされてみたり、ここで彼らが示した様々なマラカスのアイディアはとても興味深い。

 

4. Voodoo Child(Slight Return) / Jimi Hendrix Experience

(1968年・アルバム『Electric Ladyland』:④)

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 かのジミヘンの代表曲であるところのこの曲においては、延々とテンションの高いマラカスが鳴らされ続けている。彼のスタジオ作品の不思議なのは、スタジオ操作でギターの定位をいじってサイケな感覚を出すことには腐心するけど、意外とギターのダビングは最小限にしようとしている父子が見受けられること。ギターを爆音で鳴らしたに変なエフェクトを掛けたりはするけど、それを何本も足して音の壁サイケデリック!みたいにするのは、おそらく彼の流儀や世界観に反していたらしい。

 なのでこの曲も基本的には3ピースバンドの音だけでサウンドが構成されているけど、その例外として、左チャンネルで延々と力強くマラカスが音圧を稼いでる様がスタジオ録音版ではとても印象的。ブルーズ出自の彼が3ピース形態でそのスタイルを爆発させた、情熱がひたすら闇の中をのたうち回るような壮絶さのある名唱・名演だけど、そのテンションに張り合うかのように、ここでのマラカスも実に必死に振り回されている。その鳴り具合は、本来もっと聞こえていたであろうドラムのシンバル音を喰ってしまってるほど。このギター並みに激しいマラカスに、彼はどんな意味や効果を見いだしてたんだろう。

 

5. Don’t Go Breaking My Heart / Roger Nichols & The Small Circle of Friends

(1968年・アルバム『(Same Title)』:⑤)

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 やっぱりユニット名が長すぎる。日本では「ロジャニコ」などと略されて、特に渋谷系の界隈では神様のような、オリジンとしてのような扱いをされるこの繊細でタイニーで感傷的にポップな音楽は、その渋谷系による再評価以降は「ソフトロック」というジャンルの象徴のひとつとして愛されている。彼ら(ロジャニコ)がBurt Bacharachを様々にオマージュしていたためにBacharachまでソフトロックに扱われる「逆流」的な減少すらある。
 実際この曲もBurt Bacharach作曲Dionne Warwick歌唱でリリース済みな曲のカバー。ただ、Bacharachだと普通に上質で上品なポップスになってしまうところを、より手作りでキッチュなアンティーク感溢れるサウンドに仕上げたのがソフトロック的な彼らの手法。よりボサノバ感が強調され、そしてソフトなビートにはシェイカーによるアクセントがそっと付され、特にシェイカーはずっと同じリズムと調子で鳴り続けて、この曲が醸し出す世界観を「小さいもの」に抑え込む作用を果たしている…と書くと流石にこのシェイカーを過大評価しすぎか。でも、1箇所だけシェイカーが消える箇所のメロディーの伸び方を思うと、そういう効果が割と本当にあるような気がしてくる。

 

6. Sympathy For the Devil / The Rolling Stones

(1968年・アルバム『Beggars Banquet』:④)

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 マラカスのサウンドが時に邪悪なものに感じられることがあるとすれば、この曲による印象はその原因の最たるものだろうと思われる。彼らがカントリーロックに活路を見出した転換期のアルバム『Beggars Banquet』において冒頭に置かれたこの曲は、そのような彼らの実は割と真摯だったカントリーロック信仰を疑いたくなるくらいにスキャンダラスで、かつ黒人文化剽窃者としての白人の存在感が悪魔的なテンションに昇華された*2、良くも悪くもとても邪悪な曲。

 最初に聴いたときはそれでも地味に聴こえた。特にギターがソロでしか鳴らないのはとても意外だった*3。ボンゴ類とマラカスに導かれた、イントロから延々と続いていくリズムループは慣れてくると非常に蠱惑的で、そこにやたら明るい調子のピアノや緩急の効いた勢いで発される扇情的なボーカルが乗り、とてもヘラヘラしながらも危うい狂騒感が生み出される。サンバ調のリズムで反復され続けるマラカスは左右に配置され、それぞれの響きの反復が妙に野蛮な雰囲気と、幻惑的な効果とを醸し出している。個人的には、一時期はアルバムの方向性のこともあって「こういうのをスワンプロックっていうのか」と勘違いしてたことがある。Primal ScreamのBobby Gilespieが一時期追い求めまくったフィーリングのど真ん中の曲でもある。

 

●1970年代

7. If I Were Only a Child Again / Curtis Mayfield

(1973年・アルバム『Back to the World』:②)

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 1970年代に入って以降ソウルミュージックは次第にテンポを落とした、ゆったりとしてネットリとした性質を持つ音楽に熟成していった、という凄く雑な理解が個人的にはあるけど、サウンドがそうなってくると音の間合いというか、リズムをタイトで音数少なめに抑え、それで生まれる音の隙間にどう情緒を匂わせるかがポイントな気がして、そうなると必然的に騒がしいリズムになりがちなアレンジは避けられる。特にマラカス等の性質は、ディープなソウルの楽曲では避けられる楽器のひとつなのかなと、今回リストを作るために曲を探してて思った*4

 この曲も、アルバムの他の落ち着いたテンポのディープな楽曲と比べると遥かにテンポが速くて快活でポップな、アルバムの清涼剤みたいな存在感の曲に思えた。でもソウルミュージックにはこういう楽しさ方面にショーアップされた音楽でもあるから、この曲のひたすら手数も多くてマラカス等も小気味良く鳴るサウンドの感じはひたすら楽しい。楽しいファンク。ホーン共々、サンバ的なお祭り騒ぎ感が付与されるからなのか。Curtis特有のファルセットボーカルもここではひたすらキャッチーで爽快。

 

8. Mexico / James Tayler

(1975年・アルバム『Gorilla』:①)

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 『Gorilla』というアルバムの冒頭に置かれた曲。アルバムタイトルが『Gorilla』でその冒頭の曲が『Mexico』ってなんかアホみたいな感じがするけど、実際ここでの彼はそれまでの暗く苦戦した感じから抜けて開放感と余裕に満ちたサウンドを自然とリリースできた流れなので、「なんでゴリラでメキシコなの…?」という疑問はとりあえずその辺に投げ捨てて、楽しく伸び伸びと聴いていたい作品。

 アコギのメロディアスで軽やかなイントロからスッと立ち上がる無理なく明るいメロディのリラックスした感じは、割と殺伐した感じの方が多い1970年代のSSWのシーンにあって異色な存在感。ふらっとメキシコに行ったよ良かったよ〜、みたいな平和なサウンドに、小気味良く涼しげに鳴るシェイカーも貢献している。なんでも、歌詞の最後の方で「実は行ったことないけど」みたいにも歌われるらしくて、ひたすら罪なく楽しめるナイスな楽曲だと思った。

 

9. Hateful / The Clash

(1979年・アルバム『London Calling』:②)

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 言わずと知れたパンクの代表的バンドの代表的作品、という前提を頭に入れて最初に『London Calling』を聴いたときの「???」な感じが少し懐かしい。パンク的な破壊的なノリがそんなにない。その後スカだとかダブだとか後付けの知識も入ってくるけれど、今のところ自分の中であのアルバムは「ハンドメイドで丁寧だけどぶっきらぼうさもあるポップソング集」というあたりで今のところ落ち着いてる。だってこの曲とか『Train in Vain』の楽しさ・ポップさはすごく清々しい。まあどっちもタイトルが妙にネガティブだけども。ちなみにどっちもマラカス等が入ってる。

 楽しげなシャッフルなビート、イントロに出てくる謎なシンセ(?)、歌が始まってからのぶっきらぼうな掛け合いとキャッチーでとぼけた展開*5において、マラカスもまた掛け合いみたいに、ボーカルが消えては現れたりしてユニークに使われてる。この現れては消える感じが、楽曲のセクションの変わり目を強調し、そして最後のサビでは遂に今までは出てこなかった位置で延々と鳴らされるあたり、彼らはアンサンブルのエンターテイメント性を実に的確に表現してたんだなあと、今回こうやって聴き返して気付いて改めて思わされた次第。

 

●1980年代

10. Sommadub / A Certine Ratio

(1982年・シングル『Abracadubra』B面:⑦)

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 正直今回のこのプレイリストは、ニューウェーブ系のアーティストが全然見つからなくて苦労した。そもそもみんなサウンドをスカスカにしたがるから、基本的なドラムセット以上のパーカッションをあまり入れたがらない傾向にあるのかもしれない。どうにかこの曲を見つけて、そういえばダブの方では結構マラカスも使われてそうだけど…と思ったら今度は個人的にダブの知識が全然無くて、困った。この曲もシングルのカップリングでインスト曲だけど、まあ、いいや。

 A Certine Ratioはかのファクトリーレーベルで最初にシングルを出したのが実は彼らというくらいのファクトリー系アーティストで、様々なジャンルをポストパンク的暗黒に混ぜ込んで表現したバンド。特にファンクなリズムへの拘り方が最大の特徴だと思うけども、この曲においてはその勢いのままダブに雪崩れ込み、ダビーな闇空間を7分間存分に響かせる。その中においてマラカス等の音は規則的に登場するけれど、それはずっと鳴らされリズムの機長となるのでは無く、むしろ怪しげな装飾として現れては消える。ここにおいて彼らはペラいトランペットみたいなシンセと同列にこのマラカス等の音を扱ってるんだな、というのがよく分かり、こういう使い方もあるんだ、と思わされた。

 ちなみに彼ら、この2020年に実に12年ぶりとなる新作EPをリリースしてたりもする。こっちも存分に格好いい。New Orderの新曲なんかも出てますが、こっちもどうでしょうか。収録曲の『Yo Yo Gi』は冒頭の山手線のアナウンスを聞くに本当にあの代々木のことのようです。

 

11. Raspberry Beret / Prince & The Revolutions

(1985年・アルバム『Around The World In A Day』:⑤)

www.youtube.com この曲はPVも面白いからPVを貼ります。イントロで遊んでるセクション面白いし、80年代的なまだまだ技術的にボロボロな合成技術がなんだか面白いし、そして何より、なんで「サージェント・ペパーズの頃のThe Beatlesのマネをしようと思ったの…?」な感じ全開なPrinceの格好が面白い。この楽曲もPrinceから見たThe Beatles的サイケサウンドの再現と思うと、色々と興味深いところが沢山ある。その分曲としては全然ファンクじゃないけども。

 このピースフルでポップな楽曲において、マラカスも曲の雰囲気を突き破らないよう、実に躍動感なく、淡々とキックとスネアのリズムに合わせて4分気味のリズムで鳴らされ続ける。でも、このポツポツとシャカシャカした感じがやっぱりこの曲的な賑やかさには合ってる気がする。フェードアウトが始まる直前に1箇所だけ4連で振ってみたりするとこはお茶目。というかこの曲もしかしてPrinceで最も普通にポップソングしてるんじゃないか…?あとこの曲名はそのうちスタンド名になると思います。同じアルバムから「ペイズリー・パーク」も出たし。

 

12. Graceland / Paul Simon

(1986年・アルバム『Graceland』:⑥)

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 今回のリストの中でPaul Simonは一番「普段聴いてこなかった」アーティストなので、今回の曲探しの中で改めてちゃんと聴いたアルバム『Graceland』の不思議なサウンドとその良さに、自分の不明を恥じたりしてるところ。なんでSimon & Garfunkelの片方の人がこんなヘンテコな音楽を作ってるんだろ、と不思議になりながらも、面白い。南アフリカ共和国のアーティストとの共作とのことで当時アパルトヘイトへの加担だとか文化的搾取とか言われたりがあったと聞くけど、前者は色褪せ、後者もここまでニューウェーブ的に珍奇な80年代ファンク調って具合に転換されていればもはや何がなんだかという気がする。

 この曲は、そんなヘンテコニューウェーブサウンドの中で、打ち込みっぽいリズムでツービートで駆け抜けていく。メロディとテンポだけ抜き出せば爽やかそうなのにサウンド総体としてユーモラスで妙にチャチくて可愛らしい仕上がりをしてるのは本人の意図するところか。そしてボンゴ等の音に混じったシェイカーのサウンドもリズムに並走する。ハイハット的な刻みを全てシェイカーで代用することで、いかにも打ち込みなベタッとしたリズムがちゃんと疾走感があってそして妙に可愛らしく感じられるから不思議な感じ。

 

13. Vegetable / 岡村靖幸

(1989年・アルバム『靖幸』:④)

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 今では黒縁メガネの似合う案外シャイで気さくなナイスミドル、みたいな人物像になってる岡村ちゃんこと岡村靖幸の、若かりし当時の、バブル経済時代の恋も悩みも全部俺が背負ってセクシーに解決するぜ!みたいな謎のテンションとそれに見合うだけの、バブル崩壊のタイミングで頂点を迎える超絶クオリティは今聴いても物凄い。特にアルバム『靖幸』と『家庭教師』の2枚は和製Princeとしての能力を十全に発揮した上で、Princeではここまで必死に何か言おうとしないだろうところにその身一つで突っ込んでいく危うさとがあって、いろんな意味で格好いい。むちゃくちゃ男の子だよなあ。

 『靖幸』の冒頭に置かれたこの曲も、いきなりポテンシャル全開のソリッドなトラックになってる。不思議なのは、この曲だけドラムの音が1980年代的なリバーブでウェットな感じから完全に解放されてて、他のサウンド共々実に1990年代半ば以降なカラッとしたドライさを持っていること。Princeも行なったブルーズ形式の進行を用いながらキャッチーなサビも余裕で付け加え、そして飛び交う様々な楽器の勢いを密かにずっと同じ調子で反復するマラカスの音が、意外なほどに支えてる。このひたすら粋で全開なロックンロールのファンク的解釈が、彼の一人演奏という事実にいつも驚かされてる。軽々と超絶な、ユーモラスでおバカでちょっとエッチなロックンロール。

 

●1990年代

14. Beatles And Stones / The House Of Love

(1990年・『(Same Title)』:①)

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 この、右半分が1stアルバムのジャケットにも使われたアーティスト写真によって「ボーカルの人がめっちゃ眼力の強いバンド」と個人的に思い込んでる節のある彼らは、クリエイションレーベルを代表するギターロックバンドと期待されていた有力バンド。代表曲『Shine On』のメインリフをART-SCHOOLがそのままパクったりと、微妙なエピソードも転がってるし、1stと2ndが同じバンド名と同名のタイトルのせいで実に紛らわしいけど、やはりART-SCHOOLにパクられた疑惑のある蝶ジャケットの2ndは名盤。U2的なスケール感もちょっとあって、いいギターロックを聴きたい人はぜひ。なんかシェイカーを使った曲も多いので、そういうアレンジを研究したい人にも実に向いてます。

 その2ndアルバムに収録されたこの曲。タイトルにあるアレとアレはそのままアレとアレなのがイントロのSEでネタばらしされ妙に生真面目だけど、楽曲の方は柔らかなアコギと反復するシェイカーのリズムに導かれた、晴れやかで雄大なスケール感のある楽曲になってる。ここではカントリータッチのスネアワークとシェイカーが併用されていて、サウンドの静かにサイケな高まりの中でも安定して反復し続けるそれらがこの曲の安心要素になってる。それにしても、途中何回か入るフワーッとした音がまるで後のシマーリバーブみたいな響きをしてて、そんなところでも魅力のある曲。

 

15. Bull In The Heather / Sonic Youth

(1994年・アルバム『Experimental Jet Set, Trash, And No Star』:③)

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 Sonic Youthというオルタナティブロック界でも随一の「なんか分かりにくい」ビッグネームについて、最近その価値や良さを再検証する素晴らしい試みが始められたので、続きをとても期待してます。Sonic Youthを聴き込んでいきたい人にはきっとこれから始まる一連の記事が良い指標になると思いますので、改めてここで語ることはよすこととしたい。

 そんな分かりにくいSYでもとりわけ「なんかこじんまりしてて、突き抜けたもんが無くて、貧乏くさくて、よく分かんねえ」になりがちなアルバムの2曲目に収録されたこの曲は、でもこれはもう良さバリバリっしょ、と言いたくなる。SYが持つ「不穏さをそこそこポップな形式で、ややエクスペリメンタル入りかけなギタープレイとともにお届けする」スタイルが、この曲ではKim Gordonボーカルなのに(失礼)きちんと表現されてる。不穏でだらしなく暴発気味なギターの間を縫っていくのがこの曲の延々と淡々と禁いつに反復されるマラカス。このマラカスの冷ややかなストップアンドゴーの格好よさは、SY的な格好よさがギター以外の形で分かりやすく出た一例では、と思う。

 そしてあとこの曲についてはPVでのKim Gordon先生のゴスな服装とかも見どころ。というかこのPVでやってるようなマラカス振りながらドラム叩く、って本当に出来るもんなのかな。世の作曲者たちはドラマーにこの超絶技巧を当たり前に求めてはいけないと思う。

www.youtube.com

 

16. レオナルド / Carnation

(1997年・アルバム『booby』:⑥)

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 1990年代のCarnationがメンバー5人体制でどんどん自在なサウンドになっていく中で、アルバム『booby』の頃は本人たち的に少し伸び悩みがあったらしい。その次のアルバム『Parakeet & Ghost』でそれは一気に豪快壮絶に打ち破られるけど。そこで一気にメロディメーカーとして開花するドラムス・矢部浩志氏の作曲能力が、その芽を見せるのがこの曲。それ以前も氏はバンドの2人目のソングライターだったけど、この曲以降メロディの精度が一気に飛翔する。

 中期〜後期The Beatles的なジェントルなポップソングを目指したと思しきこの曲は、しかし何故か録音形式も1960年代ステレオ録音的な、ドラムをセンターに置かないスタイルで録音されてて、耳に痛くないミックスにはなってるけどヘンテコ。そんな中で、左チャンネルのドラムに対置された右チャンネルのマラカスは結構存在感がある。特にミドルエイトで一旦消えて、終了後戻ってくるところは安定感が帰ってきたような質感がして、特にアウトロではややミックスの音量も大きくなり、この曲のいなたい・リンゴスター的な野暮ったいリズム感に大きく貢献してる。

 

17. ロマンチック / thee michelle gun elephant

(1997年・アルバム『Chiken Zombies』:⑦)

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 チバのTシャツのミッ●ーのモザイク面白すぎる。

 彼らがアルバム『Chiken Zombies』くらいまでのラフでライトなスタンスをその後も続けてたらどうだったろう、というのにずっと捕らわれている自分のような奴がたまにいる。思ったところでどうにもならないのに。流石に『Chiken Zombies』までくるとその次の『ギヤ・ブルーズ』に繋がりうる要素もあったりするけど、でもこの曲みたいな、「バンドの身体能力とあとは悪ノリで1曲できちゃいました〜!」みたいなのも入ってたりして、少しセンチな気持ちでこれを聴いたりしてしまう。そんなセンチな気持ちで聴くようなちゃんとした曲じゃないでしょ、とも思う。

 「マラカスの音止まない」と延々と歌うわりには歌のバックには出てこないマラカスが、ひとたび間奏のジャムセッションに入ると突如湧き出して、全開でデタラメ気味なシェイクで存在感をアピールしまくる様が可愛らしい。こういう「訳わかんないけど騒がしくて楽しい〜」みたいなキラキラした狂乱の感じを全て削いだ地点から始まるのが、日本随一のロックンロールバンドTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTの歴史だというのも分かるんだけども。この曲に代表されるような「まだなんでもして良い時期だから色々やってみた」的なノリはThe Rolling Stonesの『Aftermath』の頃みたいなキッチュさがあって、それは時々眩しい。

 

●2000年代

18. ¿Quién? / Juana Molina

(2000年・アルバム『Segund』:③)

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 「アルゼンチン音響派の歌姫」と書かれると「す、すげえ…(アルゼンチン音響派って何だ…?)」ってなるけど、「2015年には日本の代官山で相対性理論と対バン」って書かれると急に可愛く感じられてくる。実際のところ彼女の魅力も、少女っぽさと魔女っぽさとを往復するような生命力少なめな少しフワッとした歌唱とそしてハイコンテクストなサウンドの組み合わせにあると思われる。

 アコースティックな楽器と歌の辺境チックなフォークロア感にエレクトロ・ドローン的なサウンドを接合した彼女の楽曲は、そもそも歌詞がスペイン語で何歌ってるかは分からないけど、その「少なくとも欧米ではない」ふわっとした異国感が、絶妙に“世界の果て”をぼんやり覗き込んでる気分のような類のポップさを呼び込む。柔らかなアコギ弾き語りで始まりいつの間にか反復するシェイカーと打ち込みのリズムが交わりゆるふわエレクトロニカ化してしまうこの曲はその典型。気力ごと世界の果てに吸い込まれていくかのような類の心地よさ。シェイカーの反復し続ける響きは延々と続く小麦畑か何かのよう。

 なお、本当は彼女のもう少し後年のアルバムに収録された『Eras』をリストに入れたかったけどSpotifyに無かった。よりシェイカーが効果的に使われてていい具合にソフトに魔女ってて怪しいのでオススメです。参考までに、相対性理論と対バンしたのはこっちのアルバムリリース後のこと。

www.youtube.com

 

19. Cherry Chapstick / Yo La Tengo

(2000年・アルバム『And Then Nothing Turned Itself Inside-Out』:②)

www.youtube.com この曲は大名曲!幾つか(幾つも?)あるYo La Tengoの大名曲の中でも、凛々しげなイントロが聞こえた瞬間に血液が震え上がり、マラカスのリズムが入ってきたところで血液が煮えたぎり、ドラムが入ってギターフレーズが落ち着いたのに変化した段階で血液が蒸発して大勝利する、興奮剤としての作用が恐ろしいほど必殺してくる、ギターロック界でも有数の大名曲。ジャケットにて明らかな「夜」のイメージをまとった静寂で涼しげな楽曲がずっと続いて、彼らのベタなイメージなギターロックが大概恋しくなってきたところに全力で投げ出される、このど真ん中の豪速球。

 今更この曲におけるマラカスの音が鳴った瞬間の麻薬的な作用に何かを解説する気にもならない。この曲のBPMの数字からは想像もつかないほどの清々しい疾走感を、体感して、身体で理解したなら、ずっと張り付き続けるこのスタジオ音源のマラカスの愛しさもまた、身体で理解できているだろうから。パーカッションは重要な楽器だって嫌という程分かる。ライブバージョンは誰かマラカス振り続ける人もいれて演奏してほしいって思う。

 なお、アルバム『And Then…』については他にも『Sunday』ではシェイカー等の効果音的な活用が図られているし、大人気曲『You Can Have It All』においてもシェイカーのさりげない反復がピースフルさを底上げしてたりする。今回のテーマからずれるけど『Let's Save Tony Orlando's House』では美しいタンバリンの反復が聴ける。リズムセクションに何か足す、ということを考える際に参考になることが非常に多いアルバムのひとつだと思う。

 

20. Heavy Metal Drummer / Wilco

(2002年・アルバム『Yankee Hotel Foxtrot』:②)

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 この辺プレイリスト作ってて名曲が続くなあと思った。このブログにおいては最早言うまでもない大名盤中の大名盤YHFにおいて、最もポップポテンシャルの高いこの曲もまた、非常に巧みにシェイカーのサウンドを利用したサウンドになっている。

ystmokzk.hatenablog.jpあのアルバムの録音から加入した敏腕ドラマーGlenn Kotcheがもたらしたのはテクニカルで表現力豊かなフィルインをはじめとしたドラムキットのプレイだけではなく、むしろ様々なパーカッション類の効果的な挿入を彼がバンドに持ち込んだことが、あのアルバムの空間的・立体的なサウンドを構築する重要な要素のひとつとなった。

 この曲はそれが『I Am Trying To Break Your Heart』に次いでよく分かるトラック。冒頭の印象的なフィルを随所に挟みながら軽快に躍動するドラムを横目に、ちょこちょこと出たり入ったりするシェイカーの響きが、それがあるセクションにおいてはとても効果的なオブリガードにさえなってるという形。特に歌が途切れるセクションにおいては存在感が増し、このアルバム的なノイズと同じくらいにものを言う。振り方も実は色々パターンがあって、様々な思いつきが実に効果的に配置されてることがよく聴くとよく分かる。

 上記の以前書いた記事ではそこまで聴き込んでなかったけど、今思うとこの曲のシェイカーのプレイはとてもユニークで挑戦的で面白い。今回の記事の発端はこの曲のシェイカーをよく聴きこもうと思ったところからだった。

 

21. RECREATION / SUPERCAR

(2003年・シングル:②)

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 「この曲もシェイカー使っとるやん!」と気付いた時が今回のプレイリストで一番興奮したときかもしれない。後期スーパーカーも後期、フルカワミキがなんか歌わなくなってくる、彼らの最後の時期の幕開けを飾る名曲。エレクトロ化した以降の彼らのサウンド的なキャラクターを今一度バンドサウンドに落としこもうという、中村弘二スーパーカーにおける最後の挑戦の時期は、個人的にこのバンドで一番好きな時期だということを前にどこかで書いた。

 一個一個を抜き出したらショボそうなギターのアルペジオのループを上手に重ね合わせて、ポストロック的に躍動するドラムとバックのホワホワした効果音で膨らませて、そして延々と反復し続けるシェイカーの響きによってドライブさせていくのが、この曲の、この曲以外で彼らが表現しなかった類の、不思議な浮遊感と高揚感と疾走感の秘密だったのかなあと今更思った。特にリズムがブレイクしてからシェイカーの音が残るところは、こんなテンション低い風な楽曲なのに、聴いてて妙に血液が吹き溜まる感じがする。曲が終わる直前リズムがブレイクする箇所でシェイカーも消えてしまうのが、なぜだか妙に寂しくて、この曲にこんなに思い入れがあったのかおれは、と、今回そんなことに気づいたりした。

 

22. Country Girl / Primal Scream

(2006年・アルバム『Riot City Blues』:④)

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 Bobby Gilespieがロックンロールに抱く「大好き」要素だけをメガ盛りにしたようなアホすぎる、あまりにアホすぎる大名曲。冒頭のギターとマラカスが全力で鳴ってる段階で「Bobbyあんたホンマにアホや…最高や」ってなるこの感じ。正直収録アルバムの他の曲のことはやや印象弱いけど、でもこの曲1曲でもの凄いエネルギッシュでヤケクソなテンションを得れるから、やっぱBobbyのロックンロールフェチは本物なんだって思う。

 要はサザンロック期のストーンズ。『Come Together』だって『Movin' On Up』だって『Rocks』だって、結局はずっとそれを自分でやってみたかっただけのこと。そこにたまたまマッドチェスターとかがくっ付いて来たようなもの。その点、テクノロジーな作品が続いた後のここでの唐突すぎるロックンロールはもう、付加される状況が何もなく、ただ突然ロックンロールが吹き上がっただけ。イモい具合を全力でエモさに変換して、ただひたすらマラカスを雑に振り倒して、単純なブルーズ形式を援用して、ひたすらヤケクソな爽快感に向かっていく。強烈なフック、豪快なリリック、「続けていく」こと。Bobbyのロックンロール濃度が暴発したようなこのクソッたれな勢いは、いつだって永遠に推せる。

 

23. Silently / Blonde Redhead

(2007年・アルバム『23』:③)

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 2007年って本当にロック周辺がものすごく充実してた年だったんだなあということを、最近こういう感じのプレイリスト記事のために手持ちのライブラリを探すたびに思ったりする。Radioheadがインディーに降りて来たことが象徴的なように、とにかくインディロックの充実具合が素晴らしい。このころのインディロックバンドの人たちは「ロックは何もかもやり終えてしまった」「ロックは死んだ」みたいなことちっとも思わなかったんじゃないかなと思う。様々なアイディアや面白いことが飛び交う。彼女らの『23』もまた、キモいアルバムジャケットの裏側で実に幻惑的で狂騒的なサウンドの楽曲の連打が繰り広げられる。

 アルバム中盤に置かれたこの曲は、前半の狂騒から少し落ち着いた地点でしみじみとポップさを束ねたような、優しくも幻惑的な楽曲。冒頭からぼんやり伸びるシンセと並走するマラカスの音が印象的で、所々ドラムキットやタンバリンとその地位を入れ替えながらも、絶妙にナイーヴなメロディ展開をするこの曲の構成を支える。ギターやボーカルのぼんやりリバーブに滲む音やその後ろのシンセの曖昧さは、くっきりしたこれらリズム関係の音といい具合にミックスされ、アルバム中でも最も爽やかで穏やかな雰囲気が丁寧に形作られている。

 

24. Don’t You Ever / Spoon

(2007年・アルバム『Ga Ga Ga Ga Ga』:③)

www.youtube.com この曲はこのスタジオライブ動画を貼らないといけない。ドラム叩きながら空いてる手でマラカスを安定したリズムで振る、って、本当に出来るんだ…とこの動画を見て思った。思い切った音の削り方をすることで独特の音響感覚を得る彼らならではのドラムアレンジだからこそ両立できるものでもあるけど、それにしたって凄い。世の作曲者たちはドラマーにこの超絶技巧を当たり前に求めてはいけないと思う(2回目)。

 それにしてもこの曲がカバーだというのが信じられない。アレンジのスカスカさを徹底したあたりで完全にSpoonの楽曲になってるんだと思うけども。ドラムとベースと、そしてひたすら平坦に反復するマラカスだけの音の中をボーカルが進行していく構図の格好よさ。そこにギターやキーボードが増えても指して賑やかさが変わらないところが、この曲の徹底的にクールに抑制されたループの強靭さを物語るし、だからこそそれを一度だけ打ち破るギターの大きなミックスが際立つ。終盤にはタンバリンも登場して、どこまでもリズムに着目した、密かに彼らの実験精神が結実した名演。ロックンロールはこの辺くらいまで全然解体できるんだなあ、ということでもある。

 

25. あえて抵抗しない / ゆらゆら帝国

(2007年・アルバム『空洞です』:⑦)

www.youtube.com やはり、この動画を貼らないといけない。強烈なギターサウンドでストレンジな楽曲群を一貫して演奏できる素晴らしいライブバンドの最終形態が、まさかギターを置いてマラカスを振るスタイルだなんて。当時リアルタイムでこのライブ映像を観たときは「アホか」と思いながらも戦慄した。ベースとドラムと声とマラカスだけで、しっかりと曲が成立し、むしろ原曲にもあったゾッとする感じは、ギターが消えてこの極限なバンド編成で演奏されることで、そのエグみを最大限に発揮していた。ここまでやった上での「もうやれることがなくなった」上での解散なので、誰も何も言えない。

 ライブの極限的な状況と比べるとスタジオ音源は安定してる感じ。安定してずっと不安定なムードが続いていく。ドラムのリズムは何気にとても変則的につんのめっている状態でずっと安定して反復されていて、トレモロで音がボロボロになったギターはひたすら不気味な生温さを保ち、歌はひたすら「中身が無い」ことを歌い続けて、そして間奏に入ってくるマラカスの、ノイズ的でもありながら蠱惑的にも聞こえてくる響きが、ワンコードの演奏も相まって非常に危うく、歌に戻ることで少しホッとしさえする。スタジオ版では終盤に他の奇妙で不快なパーカッションの音も重ねられ、この曲の静かに混沌とした様は極まる。

 個人的には、先のSpoonからこの曲に繋がったところで、このプレイリストなかなかいいな…って思えて少し嬉しかった。

 

●2010年代〜2020年

26. See What She Seeing / Dirty Projectors

(2012年・アルバム『Swing Lo Magellan』:⑥)

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 この後Dave Longstreth以外全員脱退するのか…と思うと切なくなる。

 技巧派USインディの雄として知られるDirty Projectorsは、個人的にはこの曲の入ってるアルバム以降の方が歌のメロディが飛躍的にロマンチックになって好き、というのも過去に何回か書いたか言ったかした内容。色々リズムを弄り倒しまくる彼らが、その上でメロディがロマンチックになるのはとてもいい変化だったと思う。この曲みたいなトラックの作り込みがもはやエレクトロ的に分解されたものでも歌がしっとりとメロディアスであることで、そのバックのバタバタにも詩情が感じれて聴きやすい。

 この曲においては本来のリズムはもはやリズムとしての機能を失っており、左右のチャンネル内を自由に転げ回るエフェクトとしてしか機能していない。代わりにせめてものリズムキープをするのがなんとシェイカー。流石実験根性が思い切ってるなあと思い、そんな混沌としたトラックでも割とすんなり聴けるのは、返す返すも歌が強くなったからだなあと思ったりする。なかなかこのリズムの主と従の逆転は、思いついても実際にやろうとは思わない。バンドでドラマーがこれ演奏してみてって言われたら絶句すると思うし。

 

27. You’re Not Good Enough / Blood Orange

(2013年・アルバム『Cupid Deluxe』:②)

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 イギリスで気を吐き続けるソングライターDev HynesのR&BユニットであるところのBlood Orangeは、一度サマソニでライブを見たことがあって、そのしっかりライブ向けにショウアップされながらも、一方でどこか宅録由来っぽいナイーヴさが見え隠れするところがチャーミングに思えた。アメリカの本場R&Bのどっぷりした雰囲気とは異なる、どこか無菌室的な都市の感じがするイギリス的なR&B感が、さっき今更国を確認して初めて知ったことで、なんか腑に落ちた。サウンドがどこかツルッとしてて、なのでR&B音痴な自分でもやや聴きやすいのかも。

 この曲はアルバム2曲目で、キャッチーな「いい意味でチープな」ファンク感がやや速めのテンポで展開される。ちゃんと2曲目にこうやってキャッチーな曲を置くのも親切な感じ。シンセのじんわりした広がりをバックに隙間の多いリズムの間で、シェイカーはこの曲の勢いを決定づけている。実際、シェイカーが消えたセクションはブレイクの箇所のみで、このプラスチックなファンク感に「それがどうした」という具合の爽やかな風味を的確に添えている。単純に、はしゃいで踊れる程度のライトなリズム感が心地よくて楽しい。

 

28. Ya Hey / Vampire Weekend

(2013年:アルバム『Modern Vampires of the City』:⑥)

www.youtube.com バンドの主軸を「面白いリズム」にこそ置いたUSインディバンドだった彼らの、そのキャリアの頂点として、またこれ以降これを超える具合のUSインディの作品は出てこない、といった「時代の分水嶺」としての役割さえ何故か背負わされたアルバムとして、『Modern Vampires of the City』は存在してしまっている。最初は、何がそんなに、急に彼らを「アメリカを代表するインディーロックバンド」にするほどだったんだろう、とよく分からなかった。最初からこの曲の上記クリップを見れば良かったんだと気付いたのは相当後になってからのこと。

 アルバムタイトル的に「現代アメリカ」に対峙したテーマであることは分かる*6。彼らはいかにも「華奢なインテリ」なキャラクターで、そこから描かれるアメリカ社会の歌というのを、変な色眼鏡で見てたと思う。学生的なはしゃぎ感はアルバムにまだ幾らか残しつつも、幾つかのトラックでは彼らは本当に生真面目に、スケールの大きいものと対峙して音を鳴らそうとしていた。たとえば、この曲とかで。

 短いドラムフィルからいきなり歌が始まり、その短くも迫るようなリバーブ感を纏って紡がれるメロディの切実さが、重くのたうつリズムと、それをほつれないように結ぶシェイカーの音とで支えられる。そりゃこんなことを歌ってるわけだから、その足取りは神聖な鈍重さを帯びるわけで。

 

主よ アメリカは貴方を愛さない

だから僕も貴方を愛せない 貴方こそが全てだというのに

 

バンドの中心人物Ezra Koenigがユダヤ人だということでこの曲の音楽的価値が上がるようなことは、本当に器楽的な作用だけを評価する観点から行けば、それはあってはならないことかもしれないけど、でも彼がここで壮絶な具合の信仰告白の歌を、完全なサウンドで作り上げたことは、この、最初は『A-Punk』の「なんじゃそりゃ」なユーモアから始まったバンドとしては不思議なほどに、何か極まってしまった感じがあった。

 なんかマラカス等の話からずれてきてるな。仕方がない。この曲においてはマラカスだけを取り出して語ることに意味があまり感じられないし。

 

29. Two Hands / Big Thief

(2019年・アルバム『Two Hands』:⑥)

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 2019年は久々にUSインディが面白い局面が多くあった年だった。その中心はやっぱり、4DA移籍からの2枚の傑作アルバムを2019年のうちに成し遂げた彼女たちになる。『Two Hands』がリリースされて以降ようやく知ることとなった自分の不明を久々に本当にだらしなく思った。フォーク的であり、楽曲の構造等様々な思い切ったアイディアを形にする野心家であり、時にスロウコア的であり、そして必殺のNeil Young的激情オルタナロックさえ『Jenni』『Not』といった名曲を有する彼女たちは、自分の趣味にあまりにピッタリ過ぎて、最初意味が分からなかった。

 この曲はそんな2枚のアルバムの2枚目の方のタイトルトラック。まさに、落ち葉の散らばる森の中を彷徨うようなそのサウンドの的確に情景喚起的なサウンドは、サラッとしているようで実に巧妙に形作られている。この曲におけるポイントはまさにシャカシャカと鳴らされ続けるシェイカーの音の質感で、これは機長となるリズムであると同時に、ギターの響きと合わさって実にイマジナリーな効果がにじみ出ている。一体シェイカーをいくつ重ねてあるんだろう。3つ?それで誰でも簡単にこういう効果が出せるのなら苦労しないし、やはり相当に様々な手法を実践・習熟し、そしてそれらを用いるにふさわしい想像力とソングライティングを有した、本当に素晴らしいバンドなんだなと、こういう何かニッチなテーマ設定のプレイリストを作る際に大体彼女らの曲も加えることができることなどを通じて、日に日に実感が強く湧いてくる。延期され続けてる日本公演はどうにかして観たい。日本政府はお願いだから真面目にコロナ対策してください。

 

30. Under The Concrete / Joshua Burnside

(2020年:アルバム『Into the Depth of Hell』:①) 

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 最後に今年の、最近リリースされたものの中から。このアーティスト自体このアルバムで初めて知ったけど、この作品はもの凄いアルバムで、アイリッシュフォークを軸にしながらも、様々な音響派的アプローチをあらゆる角度から取り入れて、その結果かえって「19世紀とかそういうレベルのかなり昔、かつてもしかしたらこういう音楽があったかも」みたいな不思議なノスタルジックさを獲得してしまっている。この辺の感覚はBig Thiefとも似てるところがあるけど、こちらの手法はよりドラスティックで、そしてアルバムタイトルにあるとおり、こちらの方がより毒々しく影が深い。このアルバムは本当に凄い、今の所今年ではこのアルバムが一番かもとさえ。

 この曲はその中で2曲目に収録されている。1曲目がまさに音響的アプローチが詰め込まれまくった出だしで、そこに続くこちらはやや超然的な感じを抑えた、より素朴なサウンド勝負のアンサンブルになっている。それでもミックスのされ方が実に現代的な、不自然なほどに整然とした具合だけども。その中でシェイカーもまた、この不自然なほど自然に敷き詰められた「かつてあったかもしれないフォークロア」の一部として、実にしんみりと楽曲の大きなうねりの一部として機能する。村のみんなの合奏の中でタイミングよくシェイカーを振る担当のCさん、みたいな聴き手の妄想上の人物に思いを馳せたくなるような、そんな思いをいちいち、この確実に2020年の曲であるはずの楽曲の様々なところに感じたりする。そんな村、きっとどこにもなかったろうに、どうしてこういう「無」へのノスタルジーはこんなに胸に来るんだろう。ずっと分からないし、それでいいのかもしれない。憧れが死ぬまで終わらずに済むかもしれない。

 

 

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 以上、30曲でした。今回は結構ニッチだった気がしますが、個人的な感情がやっぱり勝ち過ぎて、全然マラカス等の器楽的な機能とかの話になっていない気がして、何の為に一生懸命リスト作って書いたんだ…とここにきて脱力してます。

 でも、まあいいや。特に2000年代の曲の並びは個人的にとても良くできてる気がするので、単にいちプレイリストとして聴いてもらっても、そこそこ楽しめるのかもしれません。

 シェイカーやマラカスは、特に宅録をする人は、ちょっと添えると場合によって実にそれっぽい感じが出たりもして、場合によってはアンサンブルやエフェクトに凝ったりするよりもスルッと楽曲のブレイクスルーになるかもしれないので、持ってて損はないと思います。そもそも、聴いてる曲に合わせて振るだけで、なんか楽しいことさえありますし。安いシェイカーなら数百円で売ってますし。カラオケでマラカスを振るのが結構楽しいとかいう人にもオススメです。

 

 近いうちに、今回のプレイリストと同時並行で作ったタンバリン版のプレイリストを用いて、今回のと同じような(代わり映えのしないような)記事を書く予定です。そちらも奇特な方はおたのしみにしていただければと思います。それではまた。

*1:まあ現代こうして聴ける音源は相当しっかりとリマスター・リミックスされてるのかな…とも思うけれども、でも原曲の録音状況が悪ければそれも困難なわけで、やはり当時の録音がとてもいいんだなあと思う。

*2:ストーンズはこういう、伝統的な音楽要素をつまみ食いして邪悪な音楽に転化するのが天才的に上手い、という側面がある。それは文化の剽窃として批判もされかねない要素でもあり、彼らの音楽に宿る業の深さを時に思ったりする。

*3:Keith Richardsの存在感が全然ない!と最初は思ったりするけど、実はこの曲のベースは全部Keithが弾いてたりする。

*4:スロウなソウルミュージックはキックとハイハットが勝負、という気がして、場合によってはタンバリンすら邪魔なんだろうな、と思った。それでもまだタンバリンは使われてるな、という印象を受けた。

*5:こんなキャッチーでユーモラスな楽曲なのに薬物中毒についての歌だったりするので、やっぱThe Clashなんだなあ、とか思ったりする。

*6:それでも、2013年当時よりもアフタートランプの今の方が遥かに状況は荒廃しきってるよな、とは思ったりもするけど。