ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

タンバリンを使った楽曲(30選)

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 首輪として使うのはタンバリンの正しい使い方ではありません。

 

 今回は、前回マラカス・シェイカー等でやったのと同じやり方で、タンバリンの使い方について、実際に30曲見ていきながら、その様々な手法を鑑賞しようという記事になります。前回の記事はこちら。

ystmokzk.hatenablog.jp

  タンバリンは、場所によってはカラオケなんかにも置いてあったりして*1、比較的日常で触れる機会の多い楽器かと思います。パーカッション類においても一番メジャーで、様々な楽曲で使用されています。騒がしいものからしっとりしたものまで、その色々を見ていきたいと思います。

 各項目等のフォーマットは完全に前回を踏襲する形でいきます。

 

 

前書き:タンバリンの概要・主な効果

概要

 タンバリンほどのメジャーな楽器に概要いる?と思ったりもしますけど。

 タンバリンは、その器具に取り付けてある小さいシンバル的なものを鳴らすことが使用方法であり使用目的になると思います。それ以外の用法とかあるにしてもニッチにもほどがあるでしょ…。シンバル的でもあり、鈴的でもある、それらの中間くらいの音がします。

 元々は、こういう皮を張ったタイプのものが主流だったと思います。しかしながら最近は見かけない気がします。皮の部分を叩いて鳴らすことになると思うけど、そういえばこのタイプの叩いたことないかも。

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 近年はこっちの、枠がプラスチックで出来てる、中が空洞になってるタイプのものを見かけるのが大体かと思います。

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赤いタンバリンやん。あの歌に出てくるのこんな可愛らしいやつなんかな。

 

 片手で持ってもう片方の手でリズムよく叩いて鳴らすのが基本的なスタイルになるかと思います。片手だけで振らして鳴らすこともできるけど、結構重いし、叩いた方がよりエッジの効いた鳴り方をするようにも思えます。

 またはドラムセットに取り付ける方法もあります。カウベルみたいにそれ単体で固定するか、もしくはハイハットスタンドに取り付けて、ハイハットと同時に鳴らす・足でハイハット開閉と同時に鳴らす、といったスタイルもあります。ハイハットスタンド取付用のパーツが付いてるタンバリンも売られてるので、そこらへんは用途次第かとは思います。多分ドラムの録音で同時にタンバリンも録音するとかは、ミックスが難しくなりそうだし基本しないと思いますけど。

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 あと、タンバリンは打込み音源を使う例も散見されます。打込み音源の平板でペラっとした音質が生のタンバリンとは異なる、硬質な響きになったりするので、楽曲によっては打込みのタンバリンの響きの方が合うこともあるかと思われます。

 

主な効果

 タンバリンもまた様々なジャンルで様々に使われてきた楽器。小さいシンバルを鳴らす、という楽器の機構的に、シンバル類、特にハイハットと近い、近いけどやはり別種な楽器な訳で、その違いからどんな効果が出てくるか、ということがあります。鈴・ベル等にも近い音がするので、クリスマスソングとかでそういったものの代わりにタンバリンでより直接的な賑やかさを出すこともあります。

 そして、タンバリンにおいては1曲のうちに様々に演奏を切り替えてる事例なんかもあります。その場合は、1曲のうちに以下の複数の用法があったりします。

 

①テンポに合わせて鳴らして賑やかさ・華やかさを足す

 基本的な使い方です。大体において楽曲に少し楽しげな方向の響きが加わります。この少し子どもっぽくて可愛らしい響きが、楽曲にキッチュな良さを生じさせたり、またはノスタルジックなポップさを醸し出したりします。

 

②テンポに対し高速で細かく鳴らして疾走感・緊張感を演出

 ミドルテンポよりも早めの楽曲で用いられることが多い手法。おおよそ①の場合の倍くらいのテンポでタンバリンを刻むことで、明るい曲調であれば爽やかな疾走感を、そして面白いのが、暗い曲調だと緊張感・追い立てられるような感覚が生まれます。連打の際は小節のどこかを強く打ってアクセントをつけることを大抵します。

 このような形式で連打するのは、音質を一定にキープするのも結構難しいし、何よりずっとやってると疲れます。録音時であれば、打込み音源を使うとか、録音したタンバリンの音をループさせるとかである程度処置できるかもしれません。ライブでは同機で流すとかしない限りはひたすら人力あるのみです。ですが、ライブで高速でタンバリンを鳴らし続けるのはエモいです。

www.youtube.comこのブログで度々貼られるライブ動画。澤部渡氏のタンバリン連打の姿の凄み。

 

③連打せず単音で鳴らして特定のビート・タイミングを強調

 タンバリンの「ハイハットのクローズより派手に炸裂し、オープンより大人しく響く」ことに着目した用法。スローテンポの楽曲になるとこのパターンで用いられることが多いように感じます*2。スネアの音に被されることが多いのかな、と思います。

 または、小節ひと回しのこのタイミングで定期的に鳴らす、といったパターン。この場合、クラッシュシンバルではうるさすぎる際に、タンバリン程度だと丁度よく気持ちよく響かせることができるのが利点になると思います。反復のサイクルに組み込まれたシンバルとなると音響的な役割にもなってくるので、この用法は下記の⑤とも重なってきます。

 

ハイハットやライドシンバルの代わり的な用法

 楽曲によってはハイハットやライドシンバルが普通務めるような、曲のテンポを刻み続ける役割をタンバリンが担う場合もあります。ハイハットのクローズじゃ少し大人しすぎて華が無い、オープンじゃやかましすぎる、といった際に使われたり。またはハイハットやライドを使いつつも、それとほぼ完全に同機したリズムで連打されるとか。①や②との境界線が分かりにくいというか説明がつけられないので、以下の各楽曲紹介では両方をタグ付けしてることもあります。

⑤ラフな感じを出す

 ダンバリンの音はいい意味でチャチくて雑な感じがして、また雑な扱い方も様になりますので、そういう風な楽曲に合わせて大雑把に鳴らすと、よりラフで鈍臭くて垢抜けない感じ、よく言えばハンドメイドな感じが強調されます。特にアコギと併せて演奏すると、場合によってはアコギの音なのかタンバリンの音なのか響きが混ざって、それはそれでいい具合の響きになったりします。

 

⑥効果音・音響的な使用法

 タンバリンの場合、その出音が軽く明るいため、マラカスみたいな土着的ノイズ感みたいな効果は狙いにくいように思います。むしろ、一度鳴らすとシンバルと鈴の中間くらいに響く、ということに着目して、たとえばタンバリンの音にリバーブを深く掛けるとかいった方法で、印象的な背景音にすることができます。もしくは音数少ない無音の闇の中で少し空気感のあるタンバリンが響くと緊張した音響効果が得られます。

 とはいえ、持続音的に使おうと思わなければ、この用法でも楽曲のテンポや拍子に従って鳴らさないと不格好になるので、一定のタイミングで定期的に発生する音響効果、として活用すると今度は上記の③との境界が曖昧になってきます。

 

本編:30曲のプレイリストとそれぞれの考察

 今までの内容を踏まえて、本編として、今回作成したプレイリストを基に、各楽曲におけるタンバリンの使用方法をチェックしていこうと思います。やはりSpotifyのプレイリストを基にしてるので、今回もSpotifyに楽曲が無かった、まだ配信解禁されていないアーティストの楽曲はありません。いくつか取り上げたかったのもあるんですけども。大瀧詠一とか。

 ちなみに、前回のマラカス・シェイカーのプレイリストと、アーティストが一切被っていません。そうならないように、あっちと同時並行で作成しました*3

 

 

●1960年代

1. Dance, Dance, Dance / The Beach Boys

(1965年・アルバム『Today!』:②)

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 1965年ごろからバンドの中心人物Brian Wilsonはライブツアーに出ずにスタジオに籠って作曲と録音を繰り返すようになるけど、その状態でも静謐な美しい曲だけじゃなくて、楽しくはしゃげるようなタイプの曲も作ってたのは面白いこと。確かにバンドのパブリックイメージはそっちに寄っているけど、そっちサイドの曲であっても手を抜いていない、どころか素晴らしくスカッとするような楽曲を多数残していることは、実際に残った数々の名曲が物語ってる。

 この曲もまさにそのひとつで、もの凄く短いヴァースから一気に爽快なコーラスに駆け上がる様がとても印象的。ヴァースってここまで短くできるのか。アレンジではとりわけ、鈴とタンバリンとを使い分けてることが興味深い。比較的落ち着いたヴァースのセクションではリバーブの掛かった鈴をクリスマス的に鳴らし、コーラスに切り替わった瞬間ドライなタンバリンの乱打がすかさず入ってくる構造。この切り替え方の鮮やかさと、さらにコーラスからタイトルコールに展開する箇所のカスタネット付きでサウンドが膨らむセクションなど、短い尺に様々なものが詰め込まれた、この時期の失踪タイプの曲でも最高の出来だと思う。

 

2. Dedicated Follower of Fashion / The Kinks

(1966年・シングル:⑤)

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 この曲は彼らがThe Kinks“らしい”感じの曲でイギリスNo.1ヒットとなった『Sunny Afternoon』のひとつ前のシングル。同時代のフォークロックにやや影響を受けながらも、この時点でもう大概“あの”The Kinksな楽曲・サウンドになっているのが素晴らしい。Bob Dylan的なのとはまた性質の違う、純イギリス的な野暮ったさ・ぶっきらぼうさがこの曲のリズムやアレンジには溢れている。田舎っぽいわけでもないところが彼らのこういう楽曲のサウンドの不思議なところ。

 まるで酔いどれたロンドン市民たちの合奏みたいな、いい具合に雑なスウィング感。特にコーラスが重なって合唱になる箇所に入ってくる非常に大雑把なタンバリンの音が実に「ノリで雑にはしゃいでる」感じが出てて、Ray Davisの所々なかなかにふざけきってるボーカル共々ひたすらに愉快。注目して聞くと、本当にこのタンバリン雑だ…そしてその雑さがとても楽曲に合ってる。

3. You Can’t Hurry Love / The Supremes

(1966年・シングル:①)

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 60年代でR&B界からトップチャートにポップソングを大量に送り込んだモータウンレーベルは、“モータウンサウンド”というアレンジ方法を確立して名曲を量産した。それはそのまま、ポップソングのための様々な手法となった。縦ノリで高まる頭打ちのビートや、軽快にスウィングするハネたビート、声のリバーブの感じ、専属のソングライター達、そして最大の特徴はタンバリンの華やかな使用とも言われたりする。たとえば以下の、ミシェル・オバマ氏(オバマ元大統領の奥さん)が作ったモータウンのプレイリストをいくつか聴いてみたら、その感じが分かるかも。

open.spotify.com で、そのモータウンから今回は1曲しか選んでないけど、そんな中でおそらく最も有名なこの曲を。イントロの「世界一テンションが上がるベースライン」がそうなのは、一緒にシャラシャラ鳴ってるタンバリンあってのものだと思う。心地よいスウィング感、Diana Rossのパワフルさとフェミニンさのバランスが絶妙なボーカル、そして洗練されて無駄のない、軽やかでかつ激しくなりすぎない絶妙に爽やかなメロディ展開。これらの間ずっと楽しげにスウィングしていくタンバリンは、このプレイリスト中でも最も楽しげなプレイかもしれない。

 

4. I’m Waiting For The Man / The Velvet Underground

(1967年・アルバム『The Velvet Underground & Nico:④⑤)

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 The Velvet Undergroundの実験性が偉大なのは、アバンギャルドなことを無から発明したから、ではなくて、ポップスやロックンロールについて豊かな知識があった上で、演奏方法をアマチュアリズム的発想転換でやり替えて、それが結果的にパンク的・オルタナ的・サイケ的だったりしたところだと思ったりする。となるとやはり、Lou Reedのはにかみ切ったポップセンスがあってこそなユーモラスさだと思ったりする。

 あの有名なバナナのアルバムの2曲目に収められたこれを、たとえばずっとクラシック一本でやってきた人が前知識なく聴いたら、一体どこの学祭バンドだ…と顔を歪ませるかもしれない。だけど、ここで出てくるひたすら拍子どおりにスネアとタムを連打するビートは間違いなく彼らの発明のひとつで、そしてそれはおそらく上記のモータウンの頭打ちビートが前提にあった上での、やや悪ふざけじみた翻案なんだと思う。そしてそこには元ネタへのオマージュかもしくはより悪ふざけでやかましくするためか、タンバリンもひたすら連打で重ねられた。アホな発想だけど、偉大な発明だと本当に思う。

 

5. The Island / The Millennium

(1968年・アルバム『Begin』:③⑥)

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 ソフトロック界の伝説・The Millenniumというグループが実在した感じがしない。それはまるで、このアルバムに収録されるような楽曲を制作するために、たまたまCurt Boetcherに呼ばれた人たちをとりあえず一括りにしてグループという名義にしただけ、のような。なのでなのか、アーティスト写真もあまり見かけない。そもそもリアルタイムではアルバム1枚でご破算になってるし。繊細さを当時最先端の音響で詰め込んだかのアルバムの中心製作者は大概に自信過剰で、それが災いしてかこの後これ以上の有名作が出ないのが歴史の寂しさを感じさせる。

 ピンセットで丁寧に時間をかけて作ったかのような美しい(時々前衛的な)箱庭のアルバムにおいて、そのCurtが作曲した中で最もうっとりする、幻想的でノスタルジックなナイーヴさを持っているのがこの曲。吹けば飛び散ってしまいそうなほどの脆く美しいメロディ。ひたすらリバーブの向こう側の、美しいものだけの世界に想いを馳せてしまうような、繊細さの極限のような曲において、意識が溶け切ってしまわないよう縫い止めるべく、規則的に鳴らされるタンバリン。だけどコーラスが分厚く鳴る箇所ではやはりそれもキラキラサラサラした音に変質していくのが、なんとも儚くて美しい。

 ちなみにこのアルバム、シェイカーの音が入ってる楽曲も結構多いです。正直前回と今回どっちで取り上げるか迷いました。

 

6. Dance To The Music / Sly & The Family Stone

(1968年・アルバム『Dance To The Music』:①)

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 R&Bって、60年代までは確かにロックンロールと同根なんだなっていう軽やかさがあるけど、1970年代に入ると一気にスローテンポになって、ディープでアダルティックな感じに変質しますよね。その点、Sly & the Family Stoneの楽曲の変化はモロにこの変化の流れに沿ってて、分かりやすい感じがする。Slyの1970年代スロウファンクは他のアーティストのそれとは性質が違う気もするけど*4

 1960年代の彼らのナンバーで、とりわけひたすらエンターテイメントに徹してるのはこの曲。モータウン形式をより自分達流にパワフルに推し進めたかのような、圧倒的な縦ノリの感じ。そしてそこにはやはり、タンバリンがきっちり備わっている。アクセントははっきりしつつも結構細かくリズムを刻んでいて、特にこの曲は伴奏がドラムとタンバリンだけになるセクションなどもあるため、そのパワフルな連打っぷりはより印象に残る。そしてこの曲で最も特徴的な、アカペラのセクションでもタンバリンが鳴り続けることが特にインパクト強い。タンバリンは楽しさの象徴だぜ!って感じの使い方。楽しも!

 

●1970年代

7. Caroline Goodbye / Colin Blunstone

(1971年・アルバム『One Year』:④)

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 The Zombiesが、バンド解散後にソフトロックの傑作『Odessey and Oracle』がヒットするという皮肉な状況で終了した後、メインボーカリストの彼はソロアーティストとして活動した。正直、この曲が入ってる1stソロアルバム『One Year』より後の作品をちゃんと聴いたことが無いし、評判もこのアルバムに集中してる気がする。このアルバムも渋谷系ブーム以降ソフトロックの名盤のひとつとされてるし、なんならCD再発時のライナーを小西康陽氏が熱っぽく書いてる*5

 ロックバンドのボーカリストとしてはとりわけ繊細で細い声質を有する彼の柔らかなボーカルは、この曲では序盤の感傷的な弾き語りからバンドサウンド入って以降のよりドラマチックにノスタルジアを掻き立てる展開が魅力。そのバンドサウンド以降についてはずっとタンバリンがハイハット的に並走し続ける。これがなかったら楽曲全体が甘ったるく鳴り過ぎてしまいかねないのを、程よく引き締めている。終盤で一度タンバリンの音量が下がるのは、もしかして曲が終わるタイミングを間違えてしまったんだろうか…。可愛い。

 

8. Telegram Sam / T.Rex

(1972年・シングル:②)

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 この写真、T.REXをそしてグラムロックを代表する写真であるアルバム『The Slider』のジャケット写真は実はあのRingo Starrが撮影した、というのは有名な話。グラムロックというジャンルは、音楽的には自分の中ではほぼイコールT.Rex、くらいの雑な理解しかない。コッテコテにしてなんぼのジャンルだと思うので、その感じだとDavid Bowieとかをグラムロックとあまり思えない。New York Dollsもロックンロールでしょ。

 T.Rexグラムロックの何がコッテコテなのかは、これか『Get It On』を聴けば一発で分かるので分かりやすくていい。「スウィングするブルーズ」という定義だったはずのブギーをいい意味で“腑抜けの音楽”に完全にやりかえてしまったその手法こそが音楽スタイルにおけるグラムロックの王道で、そしてMarc Bolanはさらにだらしないブギーに妙にストレンジなコーラス部を接続する術を持っていた。イントロでシャラシャラしながらもヴァースではすっかり埋もれたタンバリンが、そのストレンジなコーラス部でにわかに勢いづいて気味悪いストリングスの中を突き抜けていくのは気持ちいい。この曲でのナチュラルにだらしなく歪んでるけど、前衛芸術になるほどにはやり過ぎていない、そのバランス感覚こそが自分の思うグラムロックなのかもしれない。

 

9. Distant Lover / Marvin Gaye

(1973年・アルバム『Let's Get It On』:③)

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 Marvin Geyeも元々はモータウン所属のアーティストで、1960年代はよりモータウン的なアップテンポなR&Bを歌っていた。多くの著名なカバーがある彼の1960年代の名曲のひとつ『How Sweet It Is』は1964年の曲で、とても軽やかだ。彼もやはり、1970年代、『What's Going On』以降楽曲のテンポはスロウに、ムードはディープに向かっていった。そして、それ以降のアルバムこそが彼の歴史的名盤となっている。

 R&B音痴な自分にはあまり分かってないことだけど、アルバム『Let's Get It On』はとってもえっちな音楽らしい。タイトル曲が歌詞を今読んで、ひたすら「愛の囁き」を繰り返してたことはやっと分かった。では、音痴な自分でもひたすらムードが甘いことが音を聴いてすぐ分かるこの曲は?自分はこの曲の歌唱にひたすらに性的なムードを感じる。離れた恋人をどうしようもなく求める、性の出口を失った魂の彷徨がそうさせるのか、楽曲もサウンドも輪郭がぼやけそうなほど甘く溶けかかってる。その中でボーカルの唸りはかなり悲痛に響く。溜まってんな。ハイハットにかぶさるタンバリンはせめてそんな中で立っているための杖みたいだ。

 

●1980年代

10. You’ll Start A War / The Pale Fountains

1984年・アルバム『Pacific Street』:①②)

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 Flipper's Guitarからネオアコに入った人が聴いて「こんなのネオアコじゃない!」ってならない一番のネオアコが何か考えて、ひとまず今はThe Pale Fountainsの1stか初期シングル集がいいのではと思ってる。本場イギリスのネオアコとされた人はなぜかみんな声が低くて、しかも下手したらサウンドニューウェーブじゃん、みたいになるけど、その点彼らは全然ギターポップの範疇の割と真ん中の方を素直にやってくれる。ちょっと時代を感じさせるシンセとかホーンとか入るけど、でもダサさよりも爽やかさを感じれる。

 そんな1stアルバムの中でも、真ん中くらいに置かれたこの曲はネオアコど直球ではと思ったりする。意外とゆったりしたテンポだけど、そこはコーラスでにわかに細やかな反復を見せるタンバリンのおかげでいい具合の清涼感が生まれてる。そこにオブリで入るエレキギターが意外とコテコテのブギー調なのは可笑しいけど、そのユーモラスさも楽曲の落ち着いた爽やかさの中ではいいアクセント。間奏のホーンの高まりには別に対して思い入れも思い出もないはずの青春を突如幻視して、そして最後のコーラスがゆっくりフェードアウトしてくとともにその幻想も消えてく。たまにはこういうコテコテなやつで雑に青春トリップするのもいいなとかちょっと思った。

 

11. Absolute / Scritti Politti

(1985年・アルバム『Cupid & Phyche 85』:⑥)

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 1980年代のシンセとゲートリバーブの音楽テクノロジーの時代が生んだ、最も最前線のポップ音楽のひとつがアルバム『Cupid & Phyche 85』の楽曲群なんだろうと思う。今の耳で聴くとチープに思える1980年代式の様々なサウンドを複雑的確に活用して作られた、奇妙にダブやファンクをなぞる楽曲たちは、なるほどここまで来るとダサいとかを遥かに通り過ぎてエキサイティングだぞ、って思わせられる力がある。下手するとこれらの楽曲は1980年代のPrinceみたいなトラックをよりやり過ぎた感じにしたようにも聞こえる。様々な変な音が縦横無尽に飛び交う、その過剰な様は確かにPrinceとか岡村靖幸とかと同系統の詰め込み方だと思う。

 この曲はそのひとつの典型的な、そして素晴らしい、実にフューチャリスティックで奇妙奇怪なファンクトラック。タンバリンの入ってる曲を探してる時にこの曲の、曲のリズムと無関係に飛び交う5連のタンバリンを聴いたときは、散々笑った後に、全然意味が分からなくって、やっぱ可笑しくて笑った。キラキラツヤツヤと飛び交うシンセの音と同じ扱いをこの5連のタンバリンはされている。曲のセクションが進んで少しシリアスでサイケなセクションになると消えてしまって寂しくなり、そしてそのセクションが開けて帰ってくると微笑ましくなる。こういうサウンドコラージュ的に様々な音を飛び交わさせることのできる人の頭の中はどうなってるんだろって思う。

 

12. Bigmouth Strikes Again / The Smiths

(1986年・シングル:②④)

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 The Smithsの、Morrisseyの歌はひとまず置いて、特徴があるようでないようであるサウンド群は様々な分析のしがいがある。単純にJohnny Marr的なギターさえ弾ければ*6The Smithsサウンドになるというものでもない。シンセ全盛の時代に、ベーシックなバンドサウンド(+曲によってストリングス等)で楽曲を量産し続けただけあって、楽曲の構成だけでなく、様々な小技が潜んでいて、ひっそりとサウンドを他の曲と差別化していたりする。『How Soon Is Now』みたいな分かりやすいやつとかだけじゃなくて。

 この有名な曲のバックで密かに反復し続けるタンバリンもその巧妙な仕掛けのひとつで、マイナー調のアコギの展開にMorrisseyのヨーロッパ的すぎるメロディが乗った裏で、この曲のタイトル的な攻撃性と追い立てられる感じに、確実にこのタンバリンが貢献している。右チャンネルでアクセントも緩急もなくひたすら連打されるタンバリンの無機質さはこの曲のヒステリックさを、左チャンネルで同じく連打されるハイハットとともに際立てている。伴奏が無機質でクールであればあるほど、ボーカルとギターのねっとりとした嗜虐性が高まるんだと思う。長年聴いてたのに、やっと気づいた。

 

13. Monkey Gone To Heaven / Pixies

(1989年・アルバム『Doolittle』:③)

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 多分NUMBER GIRL経由で(ぼくの世代はそんな感じの頃だったと思う。もしかしたらthe pillows経由だったかもしれないけど)Pixiesの2ndアルバムである『Doolittle』を聴いた時、(当時入手できたCDの仕様で)音が小さいと思った*7他は、冒頭からちょうどこの曲ぐらいまで、これはもの凄く、殺伐としてるのにキャッチーな曲ばっかりだ!と思った。その時の感覚は今でも大きく変わることはない。オルタナティブロックの整然とした原風景のひとつが、まさにここにあると思う。

 ただ、この謎な緊張感と高揚感のある名曲において、実はタンバリンが使われていたことは、今回該当する曲を探し回ったことでようやく気づいたことだった。そんな長年ずっと気づかなかった要素が重要なことなのか?と思うかもだけど、そもそもこの曲はストリングスが入ったりピアノが鳴ってたりと、スカスカから重力感に飛翔するギターロックのダイナミクスを、他の様々な手法でこっそりデコレートしたものだった。この曲でのタンバリンはスネアと完全に同機していて、空間に響くスネアの音がより印象的になるよう補強している。これらの意外と相当丁寧なアレンジに、彼らも突然変異ではなく、過去からの手法を確実に踏まえながら進んできた人たちなんだとなった。

 

14. Bye Bye Bad Man / The Stone Roses

(1989年・アルバム『(Same Tittle)』:①)

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 The Stone Rosesにとっての最大の幸運はやたらと手数が多くて上手なドラマーがいたことだと思ったりもするけど、でもやっぱ単純に曲がいいということの方が強いかなあ、とか思い悩んだりする。彼らの1stアルバムはギターポップとして本当に素晴らしくて、どうしてこれがマッドチェスターとかと関係するんだろう、と、今でもあのアルバム(追加収録された『Fools Gold』を除く)からマッドチェスターみを一切感じない。むしろFlipper's Guitarでネオアコ入った人は次はこのアルバムがいいんじゃないかとさえ思ったりもする。

 素晴らしいシングル曲の影になってるけど、この曲の素朴なポップさも実にいい。素朴なようで、ギターサウンドがいい具合に滲ませてあったり、リズムチェンジが鮮やかだったりする小技がいい。そして、リズムがハネに切り替わってからのささやかに爽やかで甘い感じはとてもノスタルジックで恍惚とする。ちょっと濃いめに掛けられたリバーブの向こうには、タンバリンのリズミカルで可愛らしい響きも混じってる。特にリズムのキメに合わせてタンバリンも軌道を変える箇所がとてもいじらしくて、タンバリンの子どもらしさってどうしてこう抗えないんだろう、なんて思ったりする。

 

●1990年代

15. From The Edge Of The Deer Green Sea / The Cure

(1992年・アルバム『Wish』:②④)

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 1980年代中頃から安定して名曲を量産し続けた5人体制の最後の作品が1992年のアルバム『Wish』で、ここからは『Friday in Love』や『High』といった彼らのポップサイドを代表する楽曲が生まれてるけど、ある意味彼らの本性であるダークサイドの楽曲についても、特にこのずっとライブで演奏され続けてる名曲が生まれてる。

 The Cureのダークサイドの曲は延々と同じコード進行を同じリズムでループしていく構成が多く、この曲もそのスタイルを取る。焦燥感を煽り立てながらダークに疾走していく8分弱となっていて、そのリズムは特に延々と一定の冷ややかなテンションで反復され続けるタンバリンを伴っている。のちに日本のヴィジュアル系に輸入されるタイプのギターの吹き上がりと、Robert Smith節の原液そのままといった趣にのたうちまくるボーカルが展開していくのを、このタンバリンは本当に冷ややかに見つめ続ける。この8分弱の間は、彼の召喚する闇と悲痛さが世界の全てなんだということを、延々とこのタンバリンとともに体験していくことになる。仲良くしようぜ。

 

16. Heart With No Companion / Ron Sexsmith

(1995年・アルバム『(Same Tittle)』:⑤)

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 今のそこそこ太ましいおじさんとなって以降の彼の姿ばかり見てきたので、今回彼の1stアルバムの曲を選曲して、その時期の画像を探して上の写真みたいなのがいくつか見つかって「へぇっ」ってなってる。新進気鋭の感じがすごい。今の好々爺になりかけの感じも音楽にあってていいけども。この人については、アコースティックな質感に長けた素敵なシンガーソングライターであることと、あとはカナダが素敵なシンガーソングライターの名産地であることを毎回書いてて、他になかなか書く事がない。

 代表曲の『Secret Heart』ならまだしも、この曲なんかまさに地味の極みで、弾き語り+ちょっとした楽器の付け足しで構成された、しかもメロディも同じものを延々と繰り返して、コーラスの付与で展開をギリギリ作ってるようなタイプの楽曲。だけど、こういうしみじみしたやつが実にいい具合の野暮ったさを伴って響くのがこの人の楽曲。キックやタムとともにずっと鳴り続けるタンバリンはこの曲のそんな素朴でささやかな感じの象徴で、途中で現れるアコーディオンの音共々、こういう音楽が鳴る田舎に帰って穏やかな暮らしをしたいなって思う。そんな理想的な田舎おそらくどこにも存在しないのだけども。

 

17. The Boy / The Smashing Pumpkins

(1995年・シングル『1979』B面:④)

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 スマパンに一番求められてるのは『1979』のような荒涼感と哀愁のあるギターロックなのではとか思う事が多々あって、実際どうかはともかく、まさにスマパンのそういう面が好きで他に同系統の曲を探してるのであれば、まさにシングル『1979』のカップリングがそういう感じになっている。シングルなのに6曲も入っていてイハ曲も2曲あって、というかこの時期の彼らのシングルは表題曲と同系統の曲でアルバムに入れない曲を収めてる感じになってて*8、その大盤振る舞いぶりと充実ぶりに、キャリアの超絶絶頂期を感じずにはいられない。

 この曲はそのイハ2曲のうちの1曲。コンパクトにして必要十分で、その必要十分さがかえってエモく感じれさえする、彼の会心のギターロック。この曲ではタンバリンがハイハットのように冒頭からリズムを刻み、曲のBPM以上の疾走感をもたらしている。シンプルな8ビートに乗ったシンプルすぎるギターのコードストロークが、いい具合に哀愁を感じさせる。James Ihaの声は細いけど、ここではそれがかえってこのシンプルだけど妙に浮遊感と勇敢さとファンタジックさのある楽曲に、タイトル的な少年っぽさを付与してる。Billyが同じように歌ってもこうはならん。まさに隠れた名曲、ってずっと言い続けると思う。

 

18. All Mine / Portishead

(1997年・アルバム『(Same Tittle)』:③⑥)

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 トリップポップのダークな音像でもタンバリンが使われてる事があるのを今回発見して、そういうもんか、タンバリン万能だなあ、などと思ったりした。少ない音数による無音の広がりの中で何をどう響かせるかが重要なジャンルなので、各楽器のヒステリックな性質を引き出すジャンルだと思うけど、今回取り上げるこの曲でのタンバリンの響かせ方も、なるほど、と思った。

 トリップポップはヒップホップ的手法をもとに立脚したジャンル*9だけど、この曲なんかはいかにもヒップホップ感のあるホーンの反復が炸裂しながら、ビートのスネア音は濃いリバーブで反響させ、そこにドライなタンバリンを被せることで、ビートに奥行きを持たせる仕組みになっている。そうしてできたトラックに、Beth Gibbonsの悪夢的なボーカルが進行していく。とはいえこの曲はアルバム中ではかなり聴きやすい方で、普段どっぷりとPortisheadを聴くことをしていない自分みたいなのからするとこれくらいが分かりやすいなあとか思ったりもした。

 

19. イッツ・ア・ビューティフル・デイ / Pizzicato Five

(1997年・シングル:②④)

www.youtube.comこのPVのコスプレ感好きなので貼ります。アホさとオシャレが拮抗してる*10

 ことPizzicato Fiveサウンドにおいては最早、ハイハットの代わりにタンバリンは当たり前、タンバリンがあるのが普通、くらいな事態になってくるので、当時小西康陽氏がどれだけ自分たちのサウンドを特異なものにしようとしてたかの一端が窺える。タンバリンのサッパリと余韻短くシャリっと鳴る感じのプラスチックさは確かにグループのコンセプトに全く合致する。ただ、どの辺からタンバリンも打込み化されたかまではよく分からない。

 この曲は多分もうタンバリンは打込みなのでは?そしてこの曲がまさに、ピチカートイディオム100%、小西メソッド100%と言っていいほどの高純度の楽曲。高速ブレイクビート、高速タンバリン、グループ名にあやかってなのか本当にバイオリンのピチカートをメインのオブリに使う、等々、ここまでは幾分手探り気味に順を追って導入してきた要素をともかく全てブチ込んだ、正真正銘純度100%の確信に満ちた小西サウンド。最早そこに面白いもつまらないも無い。なさすぎて逆に面白く感じられさえしてきてる。この曲のタンバリンみたいな具合に叩いてみてって言われたら、無理すぎて泣いてしまうかもしれない。

 

●2000年代

20. Out Of Time / Blur

(2003年・アルバム『Think Tank』:⑥)

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 Graham Coxonの脱退という手痛すぎる状況を経て完成した、彼ら唯一の「グレアム抜きの」アルバム『Think Tank』は、間違いなく完成度で言えば彼らの作品で随一。実に丁寧に細部までアレンジされた楽曲群は同時に、手探り感が殆ど感じられない辺りに、バンドというよりもプロフェッショナルな作品、というある種のドライさを感じて、やっぱこのアルバムは別次元の作品だなと思うと同時に、Demon Albarnって本当はとても暗いメロディを本領とする人だったんだなあと思わされたりもする。その方向性は、仲直り再結成後リリースされた『Magic Whip』にもちょっと残ってる。

 そしてこの曲は、Blurのそれまでの歴史と殆ど連続性を感じさせないけども、とてもジェントルな名曲だ。非常に乾ききったアレンジ・録音が、逆に曲のメロディ等にかすかに残された甘い感じをとても際立たせる。2回目のヴァース以降はさらに曖昧な背景音が増え、定期的に鳴らされるタンバリンも、リズムを補強するというよりもむしろ様々に飛び交う効果音のひとつのように聞こえてくる。そこに興奮の感じは一切なく、苦味のかけらとなって反響する。とても冷徹で適切なアレンジだと思う。

 

21. Mushaboom / Feist

(2004年・アルバム『Let It Die』:④⑤)

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 Feistもカナダ出身の素敵なシンガーソングライターなので、やはりカナダは名産地…と思うわけです。彼女に元々Broken Social Sceneという出自があるにしても。そしてこの人の、特に2000年代の2枚のアルバムの、シックな大人な感じでいくのか結構子どもっぽいおもちゃ箱感を推していくのかややごちゃ混ぜな作品の感じが、人間〜って感じがする。ちなみにおおむね後者の曲が好きです*11

 この曲も実に愛らしい、フォークミュージックをファンタジックなフォークロアに再構成しようという試みのひとつ。やや野暮ったく貧乏くさいアコースティックの編成から、映画音楽風なふわーっとした広がり方をしていくのが巧みな構成・アレンジ。その飛躍と往復が、インディーロックのロマンそのものな感じがする。その中でタンバリンは、野暮ったいパートではズンチャッという野暮ったさをいい具合にブーストするし、ファンタジックなパートではキラキラして楽しげなポテンシャルを発揮する。アメリカーナの想像力はこういう「こんな音楽が昔からあったような気がするし、昔からあったらいいよなあ」みたいな具合に発揮される時が一番好きかもしれない。

 

22. Last Donut Of The Night / J Dilla

(2006年・アルバム『Donuts』:③)

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 どうしてアルバム『Donuts』においては尺の短い曲ばっかでしかも同じ箇所のループばっかりで時折スローモーションにさえなったりするのか、という疑問は、J Dillaが製作時病床にいてこれが遺作になる、というのを知ると大体納得してしまえるのが酷い。どこかで読んだ「おしまいの瞬間に辿り着いてしまうのを少しでも拒もうとし続ける。送らせようとするための機巧」という真偽不確か(確かめようがない)な意見に妙に納得してしまう。こんな見方は純粋に音楽だけを聴いてる感じから離れてしまってこれでいいのか、などと思ったりもするけれども。仕方のないこともある。

 正直、今回のこのプレイリストの1曲としてこの曲をアルバムから抜き出して聴くことになんの意味があるんだろうと思ったりもしてる。ただ、感傷的なストリングスがループで響き続ける「ように」編集されたこのトラックから感じられる哀愁の形はとても独特だ。サンプリング元の思ったより明るい調子を聴くと、何故ここからこの箇所だけを抜き出そうという発想になるのか、そしてそれをどうしてこのように物悲しくセットできるのか、不思議になる。元ネタそのままのタンバリンは、まさにループのつなぎ目と回数とを確認するかのように、毎度同じスネアのタイミングでピシャッと炸裂して、その調子はやっぱりどこか、物悲しい予感ばかりが感じられてしまう。

 

23. Reckoner / Radiohead

(2007年・アルバム『In Rainbows』:④⑥)

www.youtube.com 2007年というインディロック最大の当たり年かもしれない年に起こったとりわけ大きなトピックは、Radioheadがいちインディーロックバンドになったことだと思う。メジャーレーベルを出て独自の、今でいう投げ銭スタイルのリリースを、しかもサプライズ的に実施し、そしてバンドのスタジオライブをYouTubeに投稿する。ここに世界最強のインディーロックバンドが突如誕生したし、超絶スタジオ編集の末に生まれてた気がしてた楽曲が、普通に5人のバンドサウンドでそこそこ忠実に表現されていたことをスタジオライブで見て、本当に彼らも一介のインディーロックバンドなんだ、って思ったりした。インディーロック、というアティチュード、というか。『In Rainbows』も彼らのシュールさと途方にくれるようなサウンドと詩情とがコンパクトに纏まった、ひょっとすると最高傑作かもしれない。

 音楽的実験はスタジオ編集でするものもあるけど、そもそも曲構成と楽器選びで決まる、ということをこの曲ほど感じさせるものもない。この曲におけるタンバリンの存在感は本当に著しいものがある。非常に冷たく響き反復し続けるタンバリンに乗って、あてどないThom Yorkのマイナー調のメロディとギターが紡がれる。上のスタジオライブでは、まさかの5人中3人がパーカッション担当+ドラム1人というすごい形態で演奏が始まる。彼らが極力メンバーだけでやりきろうと懸命になる姿は凄い。そして当たり前のように憂いに満ちたアルペジオを弾きながら歌唱するThom Yorkの演奏能力が凄い。こんなインディーロックバンドに同じ土俵で勝てるわけねえだろ、と匙を投げたくなるような、そんな壮絶なアンサンブルは、しかし実に感傷的で美しい。

 

●2010年代〜2020年

24. Vagabond / Beirut

(2011年・アルバム『The Ripe Tide』:①③)

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 世界を放浪して書きためた曲を無国籍的に演奏する楽団、という印象が強いこのバンドの曲タイトルとして「Vagabond(放浪者)」はもう本当にそのまんまやん!という感じのことを思ったりもする。こういう通常のロックバンドから遥かに離れた形態になってくると自分が音楽的に言えることはどんどんなくなっていく。元からないようなものかもしれないけど。それでもこの曲の入ってるアルバムが一番好きかなあ、くらいは言えるか。頼りないけどその分無限に広がる感じの旅情が溢れまくってる。

 タンバリンが入ってる楽曲も結構ある。特にこの曲は冒頭からずっと入ってきて、どこかの国の民族音楽みたいな楽曲と演奏に、よりその土地の土着の人たちが演奏を添えている感じというか、そんな実感がより湧いてくる気がする。その実感もまたただのファンタジーで現実では無いんだろうけども。この曲におけるタンバリンの健気な感じは、架空の町の架空の人たちが醸し出す架空の暖かさを、より強く感じれる気がしてくる。

 

25. Dogs / Sun Kil Moon

(2014年・アルバム『Benji』:②)

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 タンバリンのリズム細かめな反復が人や感覚を追い詰めていくような響きを時として持つことは、今回こうやって曲を並べて聴いてみて気づいた、個人的にとても意外でかつ重要な作用だと思う。たとえばこの曲を聴いて「タンバリンが可愛らしい、無邪気で楽しい曲だね」などと言ってのける人なんてまずいない。ここまでくるとスロウコアなのか何なのかよく分からない名盤『Benji』もこの辺りから陰鬱さ・メロウさだけでなく、その捩くれ切った攻撃性を帯びてくる。

 陰鬱なマイナーコードのループをバックに、延々とMark Kozelek自身の女性遍歴を語っていくこの楽曲の語り口は、ふざけているようなあざけているような、不思議な毒々しさを持って迫ってくる。荒い弾き語りから始まったそれは途中からドラムを伴い進行して、そして最後にはタンバリンも重ねられる。この楽器の重なっていくにつれて、この楽曲は賑やかになるというよりもむしろ、よりその呪詛性を重くしていく。とりわけこの曲のタンバリンの忙しない連打はこの強迫観念的な感覚をまさに“加速”させる。『Benji』より後の作品でもそうだけど、彼は実は様々な楽器の鳴らし方を実に心得ている。

 

26. Snakeskin / Deerhunter

(2015年・アルバム『Fading Frontier』:④②)

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 Deerhunterは不思議なバンドで、時期的にニューゲイザーに括られもしたけど、他のニューゲイザーのアーティストが打込み等のテクノロジーに寄ってたのに対し、彼らはむしろローテクな手元の楽器のやり繰りとナチュラルに奇妙に歪んだソングライティングでおかしな世界を現出させる。そして気まぐれに変なことに走ったりするから、ネタ切れにもならず現在もコンスタントにいい作品をリリースし続けている。

 アルバムに先駆けてこの曲が出てきたときの、このヘラヘラしてるような脱力してるようなふざけてるような「何これ…?」な感じはまさにらしい掴み所のなさで、それが思いの外ポジティブなアルバムに収まるとやや印象の弱い後半でのフックとしてユニークに機能してるのが可笑しい。ダラダラしたリズムの中では、タンバリンも実にダルそうに、頑張らない感じでスネアに被さる。所々リズムを倍にしてもダルそうな震え方をしてるのが実にこの曲らしい。

 

27. 完全な夜の作り方 / サニーデイ・サービス

(2018年・アルバム『the CITY』:⑥)

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 『Dance To You』で一気に最前線に浮上してきた感のある彼ら、というか、あのアルバムから『the CITY』に到るまでの3部作においては殆ど「サニーデイ・サービス曽我部恵一」という状態だった。ひたすらドラッギーな中に幾つかの素晴らしいポップソングを混ぜ込んでいく彼のこの時期のスタンスのドロドロ感は鬼気迫るもので、澱みが深くなればなるほど透き通り具合も高度になるような、そんな感じもあったりして、後者は特にこの曲において頂点に達した。

 『the CITY』においては、2018年に亡くなったオリジナルドラマー・丸山晴茂氏がドラムを叩いてた『Dance To You』の大量のアウトテイクから採用され加工された曲もある。これもおそらくそれなんだと思う。実にサニーデイ的なおおらかでウェットなメロディは2018年式にプリズマイザーで捻じ曲げられてるけど、それがかえってこの曲の完全に淡い夜の感じを作っている。途中から入ってくるタンバリンの定期的な音は、基本のリズムの配置とズレていてリズムの補強にはならず、存在感としても吹けば飛びそうな頼りなさでひっそりと鳴る。その立ち位置の実に弱々しい感じは、まるで1度目を閉じれば消えてしまいそうな夜空のかすかな星の光を見ているかのようだったりするかもしれない。

 

28. Gone, Gone / Thank You / Tyler The Creator

(2019年・アルバム『IGOR』:①)

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 Tyler The Creatorの作品はこの曲の入ったアルバムしか殆ど聴いてない。PVにてカツラを被ってややキャッチーでメロウな『EARFQUAKE』を熱唱する彼の姿はとてもキャッチーだし、何よりPizzicato Fiveを「発見」したことに興奮してたトラックメイカーとしての彼の姿がとても興味深かった。果たしてアルバム『IGOR』には随所にはっきりと彼の「うたごころ」が強く感じられる。

 そして思うのが、どうしてヒップホップ以降のトラックメイカーががっつりとオールディーズポップスに取り組むとそのノスタルジックなメロウさがこんなに深まるのかということ。この曲はそんなジンクスをまさに象徴するような、素晴らしいレトロ色のポップソングだ。捏造されたモータウンというか。そこにはモータウンなんだから当然、タンバリンも鳴り響く。その快活で楽しい感じが、どうしようもなくこの曲のテーマである類のメロウさをどこまでも淡く縁取る。通り過ぎたことやものだけが美しく感じられるのかもしれない、なんてことも思ったりする。

 

29. タイム / ミツメ

(2019年・アルバム『Ghosts』:①)

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 ミツメもまた、バンドサウンドの「人力である」ということをどうサウンドの面白さに昇華するかに挑み続けてきたという意味で、素晴らしいインディーロックバンドのひとつだと思う。昨年リリースされたアルバム『Ghost』はそんな地味な挑戦と、彼らが持ちながらもなかなか出し渋ってた類の“あざとい”ポップさとが久々に素晴らしく再開した名盤だった。先行リリースの2曲もポップだったけど、アルバム曲もポップなものが並んでいたのはとても良いと思った。

 とりわけこの曲のポップさは素晴らしい。丁寧で的確なソングライティングとアレンジが、彼ら的な平熱の、風のない草原のようなポップさが匂い立つようなポップソングの方向にしっかりと結集している。宅録的だったりポストロック的だったりしがちなリズムの組み方もここでは割とスタンダードで、特にコーラスで実にいじらしくヒラヒラ鳴るタンバリンの音は、彼らのポップポテンシャルが存外に素直に表出されている様を物語る。彼らの曲でこんなに素直に華やかな形でタンバリンが使われているのが、このアルバムを象徴するような局面だったかもしれないと感じてる。

 

30. Cosmonauts / Fiona Apple

(2020年・アルバム『Fetch The Bolt Cutters』:③⑤⑥)

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 今年リリースされたアルバム『Fetch The Bolt Cutters』の世間からの大絶賛や作品の素晴らしさについては上半期ベスト記事で書いた。

ystmokzk.hatenablog.jpこのアルバムにおけるリズム楽器の空気感は不思議で、今作ではとりわけそこに重点が置かれた結果、中には伴奏がほぼリズムだけみたいな歌も幾つかあって、今作のグロテスクな質感が喚起される。

 しかし、今作で一番ものすごいのはやっぱりこの曲の終盤の、何かに取り憑かれたかのように攻撃的に絶叫する彼女と、それに引きずられていくリズムの光景だと思う。どこの次元からこんな声出してるんだろうと思うし、冒頭からスネアのタイムングを強調するように鳴っていたはずのタンバリンも、いつの間にか彼女の歌の勢いによって歪んでいく光景を彩る混沌の中の光ひとつみたいに感じれる。それは実に暴力的で、壮絶で、しかし何か眩しくさえ感じるような、不思議な光景だと思う。

 

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 以上30曲でした。

 例によって、あまりタンバリンの働きに器楽的にしっかり着目できていない情緒的な文章になってしまったかもしれませんが、危篤にも読んでいただいた方のタンバリンライフの何かの足しになれば非常に光栄です。

*1:誰かが歌ってる時に、ドラムとかが消えて静かなセクションでも構わずにそれまでと同じテンションでタンバリンを叩き続ける人とか見てるといたたまれなくなります。

*2:スローテンポの楽曲って大体賑やかさを志向してないので、そんな曲でタンバリンを激しく連打しても概ね妙なことになりそう。

*3:とても大変でした。。

*4:Slyの1970年代諸作は、そのスロウさがアダルティックというよりも、むしろダークで虚無的な方向に向かってるのが、他との大きな違いだと思う。そしてだからこそ、同じくダークで虚無的な雰囲気を求めがちなロックとの親和性がR&Bの中でもとりわけ高いのかなあ、とか思ってる。

*5:かなり丁寧でかつ面白かった気がする。また読みたい

*6:正直これが一番難しいと思うのだけど…。

*7:今出てるリマスターはきちんと音が大きくなっててありがたい。

*8:この時期の最後のシングル『Thirty-Three』だけはそういう縛りなくバランス良い「最後の蔵出し」的内容になってるので、この時期のシングルではこれが一番好きかもしれない。

*9:ダブといいダブステップといい、イギリスって音数を絞った音楽が周期的にブームになるな。

*10:特に打込みならではの平板な高速ビートをジャズ界の超大御所のドラムの人が頑張ってそれっぽく当てフリしてるのが笑える。

*11:なので2017年の『Pleasure』で荒廃しきったフォーク路線になったのはめっちゃ恐怖を感じた。