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ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『TEENAGE LOST』木下理樹

 何度目なの?って自分でも思うアートスクール関連レビューの書き直し。今回は序盤は前ブログからの使い回し多めでいく。

ティーンネージ・ラストティーンネージ・ラスト
(1999/10/21)
木下理樹

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 いつ見ても何回見ても凄いジャケット…オルタナティブというか無垢というか怖いもの知らずというか。やっぱなんでノースリーブなんだろうこの天使は…?

 木下理樹のミュージシャンとしての出発は宅録ソロアーティストから。今作がその唯一のCD流通音源となる(現在絶賛廃盤中)。明らかにアーティスト一般の平均よりもミニアルバムが多すぎる木下理樹というミュージシャンの原点もやはりミニアルバムだった、という話。後のART-SCHOOLに繋がっていく要素あり、宅録ならでは・ソロならではのサウンドあり、若き日の木下の(加工した…?)ショタ天使ボイスあり。ファンは聴いて損なし。絶賛廃盤中。



1. GLORIA
 いきなり歌から始まるという新感覚オルタナ系SSWとしての堂々たる(?)、そして初聴のARTファンはみんな「なにこのショタボイス!?」と当惑するだろう衝撃の出だし。テンポの速いメロディに次第に打ち込みっぽいドラムとノイジーなギターがかぶさっていく、爽やかパワーポップでこのミニアルバムは幕を開ける。
 アルバム通して言えることだが、全体的にリヴァーブが深く掛かっていて、この曲の場合それとパワフルでプリティなパワーポップ風味が案外独特な風味を醸し出してる。やたらとノイジーで輪郭の曖昧なギターから、ジザメリを可愛く柔らかくしたようなイメージも。
 意外にもAメロBメロサビがきっちりと作られていてメロディ的にもかなり甘いメロディを歌っている。サビのメロディは後に『ジェニファー'88』に使い回されることになるが、この天使ボイスで歌われるとまた新鮮。
 Bメロのスネアを二度打つ感じのドラムといい、パワーポップの可愛らしさを抽出したかのような一曲。好きな人には可愛くて可愛くて堪らないのではないかと。歌詞の「僕はゴミ箱に落ちた」とかスピッツ『バニーガール』からの引用なのか無意識の借用なのかよく分からないポップな憂鬱さ加減も良い。
She is my girl/誰よりも可愛い/左腕の傷跡に/見蕩れた
そして、木下歌詞の中でももしかしたら最頻出かもしれない表現「見蕩れた」が早速登場する。こいついつも見蕩れてんな


2. RASPBERRY
 これを書いている2013年の今リリースすればドリームポップの傑作として取り上げられそうな、この作品中でもとりわけ出色のソングライティングとサウンドが光るミドルテンポの名曲。
 木下は近年のロックミュージシャンの中でも際立って過去の作品(音楽文学映画その他)からの引用が多い作り手と言われる。彼の引用の傾向のひとつに、60,70年代等のいわゆる「渋谷系」が掘り返しまくった時代よりももうちょっと後からの引用(80,90年代か)がメインとなっていること、そして女性シンガーから甘いメロディを引っ張ってくることが挙げられる。ここではBelinda Carlisleの『Heaven is a place on earth』のサビメロを取り入れている。あとBメロも似ている。
(木下はこの曲を特に気に入っているのか、後のアートの名曲『シャーロット』ではAメロを、また『影』ではサビフレーズをイントロに借用している。この曲のメロディを余すところなく借用した形になっている)
 しかし、ただのメロディパクリで終わらないセンスが既に彼にはあった。それは宅録だからこそと言えそうな大胆なリバーブの掛け方(これが結構本当に2013年の今っぽく聴こえるから可笑しい)や、甘く潰れきったデッドな轟音や、打ち込みリズムの単調さの不思議な浮遊感や、今後東芝EMI時代を通じての大きな武器のひとつとなる特徴的なサビ後のファルセット(絶妙に消え入るような声がとても素晴らしい)、最後のサビ前の「あーあー」と虚脱したような甘い下降メロディのコーラスなどであろうか。
 特に、リバーブが深くかかり、また声自体が高音になっている(やっぱ加工してる?)木下ボーカルはこの音源(とさらにずっと希少な他のソロ音源)でしか聴けないところであり、この曲は『Swan Dive』と並んでそれが大変素晴らしい形で活かされたものである。
 この曲、Bメロと「あーあー」のコーラスは後に『LOVERS』(『SWAN SONG』収録)で使い回される。そちらも心地よい浮遊感と甘美な虚無感に満ちた名曲だが、元曲であるこの曲も甲乙つけがたい良さがある。また一部歌詞が『光と身体』(アルバム『FLORA』などに収録)でリサイクルされている(微妙に力強くなった上で)。
少しだけの悲しさを/空高く放り投げた/二人で落書きした/青の色に混ざって
Bメロのこのラインがすごく好きだ。20歳でこう書けてしまうのは流石。初期アートくらいまで見られる可愛らしくも切ない二人の世界みたいなのやっぱ好きだ。

3. RIVERS EDGE
 木下も岡崎京子読んでたのかなーそれとも洋画の方からか?と思わせるタイトル。
 一曲目と似たテンポの疾走パワーポップ。こっちの方がギターのパワーコードがヤケクソな勢いで乱れ打つ感じでカオス。またサビでは飛翔するメロディだがそれ以外は抑えめのメロディを書いており、後のアートでのグランジ系統のメロディの原点みたいなものも少し感じる。歌い方も(加工してないのか)大分低い声を用いており比較的アートっぽい。
さよならいつまでも/笑ってばかりだった/
 もう何も欲しくない/眩しいRIVER'S EDGEへ

と軽く絶望を絡ませて果てへ向かわんとする歌詞の綴られたサビの、メジャー調でキラキラした勢いが特に聴き所か。このサビのメロディは後に『欲望』(アルバム『PARADISE LOST』収録)にマイナー調に変えられて流用されている。個人的にはこの曲のメロディの方が好きだ。
 単調な打ち込みや、チープな歪み方のギターなどは、bootcampやsoundcloudなどのネット環境や各種ソフトにより宅録環境が発達した現在ではより参考にするところが多いのかもしれない。これや一曲目のヘタウマ疾走シューゲイザーサウンドの技術的制約による魅力が、そういった環境の変化でより一般化したかもしれない。もしかしたら木下理樹、時代が追いついてなかったのかもしれない…?

4. SWAN DIVE
 アメリカのポストネオアコユニットSwan Diveの名を冠しまた歌詞にも登場させるこの曲は、アートスクールがアルバム『FLORA』で再演しPVまで作られたことで今作の他の曲より知名度が上がっている。静謐で幻惑的なギターサウンドでしたためられたアートバージョンと比較して、しかしどうして、それにも負けない良アレンジに仕上っている。
 まずソングライティングのレベルからこの曲は特別で、木下曲でも本当に数少ない、明快なサビがない曲構成になっている。甘く牧歌的なメロディの優しは彼のキャリア中でもとりわけ光るものがあり、そこから展開するブリッジ部のやや不安定な響きに変化したメロディからメインメロディに戻っていくところのささやかさなど、地味に鮮やかな筆致だと思う。
 この小さくて優しい感じの楽曲の雰囲気を壊さないよう、全体的に深いリバーブにメロディを沈ませるようなアレンジが施されている。冒頭のチープなドラムからエコーが深く、そこから穏やかにメロディが広がっていくのは独特のドリームポップ的な眩しさがある。同じ曲調で最後まで流れていくので、最後のラララ…のコーラスに至るまで、歌詞と相まって甘くはかない世界をぼんやりとドライブするような感覚を抱かせる。
 歌詞の方は、東芝EMI期までの木下の世界感の中で最も甘美な「二人の逃走」を描いている。この時点でかなり独自の世界感を持った言葉のつながりが十二分に魅力的。
柔らかな指先で/愛のしるしをなぞった
かわいい朝が来るまで/君の唾液に溺れていたい
性の描写も可愛らしく、割とこの時期ならでは。スピッツの歌詞に似た陶酔感。
神様いつも僕等は/やさしさとピストルを求めた
木下理樹の作家性を一行に凝縮したラインと思われる。
 総じて、作者のそれまでのネオアコギターポップの趣向・感覚が特に音となって現れた楽曲と思われる。と同時に、そういうジャンルを煎じ詰めるとドリームポップになるという証明の一曲でもあるかも。

5.LIKE A DAYDREAM
 今作中最も攻撃的で陰鬱なスローなノイズポップ。タイトルの元ネタと思われるRideの同名の名曲とは似ても似つかない。
 延々と続く単調なベースラインに沿って、今作でも特に酷い歪み方をしてコード感も何も無いギターが噴出し、そしてバックでDinosaur Jr.『Don't』のシャウトのサンプリングが流れ続ける(こういう曲で自分ではなく他人に叫ばせるセンスが方法論的にクズですごく好感が持てるw)。
 その単調なベースラインの上には、しかし意外なほどにメロディアスな歌が乗る。この時期から同じコードの循環で異なるキャッチーなメロディを引っ張ってくる才能が発揮されている。サビのメロディは少し後に出る『斜陽』(ART-SCHOOL1stミニアルバム『SONIC DEAD KIDS』収録)のそれと少し似ている。
 歌詞的には、既に「彼女が失う」という木下理樹の基本メソッドが登場し、また同時に「光を求める」系の表現が現れ、今作でもいちばんアートスクールの歌詞世界の根っこに近い部分が出ているように思われる。
つまり すべは無いということ/つまり 壊れ行くもの全て/
 つまり 真心を君だけに注いだ

この、どん詰まりで君だけを求める世界観。この頃からずっとその基本は変わってない。

6.NORTH MARINE DRIVE
 ソングライティングの質、曲の尺、アレンジどれも本作でもとりわけ優れた、おそらく本人もそういう曲で作品を締めようと思って作ったのではと思われる一曲。個人的にもやはりこの作品のベストと思う。
 堅実なミドルテンポに優しいアルペジオ、どこかの洋画のセリフのSE的引用、演奏の曲弱の付け方など、後のアートに引き継がれるそれらの要素が、早速非常に魅力的なレベルで纏まりよく形を成している。また、後のアートでも何度か使われる「一回目のサビは押さえて二回目以降でドラマティックに演奏する」パターン(これが来ると大体名曲な感じある)が使用され、鈍いチェーンソーの起動音みたいな響きで入ってくるディストーションギターの決して豊かでない音がやたらかっこいい。ソロも、謎の歪み方/響き方でうねるソロとも名状しがたい何かが非常にエモーショナルでドラマチックで、失礼ながら本当に本人の演奏なのか、ここだけビリー・コーガンにでも手伝ってもらったんじゃないか、っていう印象を抱く。
 この曲が本作最後に相応しい雰囲気を持っているのは上記のような充実の他にもう一点、この曲のみ今作を象徴する深いリバーブがかかっていないことが作用しているのではと思われる。ドリーミーな世界観と破滅的なノイズの前曲までを経てたどり着いた最終曲の、リバーブなしの生の肌感覚。このストーリーの着地の仕方をはじめから想定して作っていたのかは不明だが、最後に素の声で甘く優しいメロディを歌うこの曲は、勿論単独でも名曲だが、この作品通りの流れで聴くと、割増でぐっとくるものがある。
君を見つめていたい/痛みが夜に溶けるまで/
 神様なんていなくても/僕等は何かを信じてた/
 君を抱きしめてたい/ブルーがグレーに変わるまで/
 誰かに笑われたっていい/それだけを信じていたい

とりわけ澄み渡ったサビのメロディに、とりわけ澄み渡ったこの歌詞。純真さとそれを恐れずに追い求める気持ち。個人的には木下の世界観はどんなに汚れ崩れていっても根っこにはこのテーマがあるように感じる。
 ネオアコの代表的名盤のひとつであるBen Wattのアルバムからタイトルを引用し、その静謐さもオルタナロックと配合させようとした、今作でも『Raspberry』と並んで野心的な曲。タイトルはなぜかアートのメジャー1stアルバムに使い回されそうになった(再録して収録する予定があったのかなあ。結局『Requiem For Innocence』に落ち着く訳だけれど)。ファン人気も高く、たまに木下ソロの弾き語りなどでも聴けるというこの曲、ぼくも一度聴いてみたい…。


 以上六曲。元々「ファンなら聴いて損はまったくない」程度のものと捉えていたが、海外インディーなどでドリームポップが興隆した現在(2014年)の目で見ると、「かえってアートよりもこっちの方がそういうリスナーにアピールできるんじゃねえの?」とさえ思えてしまう(←バカ信者)、そんな作品。深いリバーブもチープな演奏も、それはそれでキャッチーなもので(個人的にはその「それはそれで」系の音がいつの間にか海外インディーの主流になってた…?みたいな印象も無くはない)、そして何よりそんなドンピシャな音で作られた木下関連音源は割とこれだけ(近年そういった方向で作った楽曲がちらほら見られる気もするが)である。
 つまるところ、アートスクールを因数分解したときに見られる要素(楽曲のパターン、引用のセンス、メロディ、歌詞など)と、アートスクールにはない要素とが混ざった作品なのである。前者がアートの謎解き(大げさな言い方すぎる…)的な側面があるのに対して、後者は木下関連音源ではここでしか聴けない。そういった「若い時期の貴重な音源」(ショタ声も貴重なものだと思うけども)というのを越えた価値が、このミニアルバムにある気がしてならない。
 少なくとも、このミニアルバムで夢見るような歌詞を書き、夢見るようなメロディで夢見るようなリバーブの中歌う若き日の木下理樹も、かなり魅力的だということを、この文章は言いたかったんだと思う。

「そんだけ言うんだったらどんなんか聴かせろよクソだったらこのブログ潰すからな〜」
という奇特な方へ。何故か某所でフルで聴けます。てかこのアルバムタイトルで検索すると普通にその動画出てくるし。ていうか本人がまさにその動画で久々に聴いたみたいなことどっかで言ってたような…。