ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『PARADISE LOST』ART-SCHOOL

PARADISE LOST

PARADISE LOST

 

ART-SCHOOL、通算3枚目のフルアルバム。木下・戸高・宇野・櫻井の第2期アートにおいて初のフルアルバム。なんかすごく青いジャケット(前作が赤一色だったのでギャップ甚だしい)は歴代ジャケでもファンの評価高め。明らかに異邦感のある絵柄にグラスゴーレコーディングという事実が透けて見える感も。

初回盤はボーナスCD(2曲入り)付き。そちらも触れます。

1. Waltz

アート史上でも最も静かな導入。グラスゴー録音という雰囲気が今作で最も典型的に出ている曲かも。そして、アルバム曲に通底するどこか幻想的な雰囲気を代表している。

曲名のワルツに偽りはなく、楽曲は3拍子のゆったりとしたリズムで進行していく*1。はじめは柔らかなアルペジオやギター、逆再生にコーラスで空間が彩られ、そしてドラムが入ってきてからもサウンドレイヤーは一定の静寂さをはみ出さない。モグワイとかシガーロスとか的なポストロックで北欧っぽい幻想感が志向されていて、実際モグワイデルガドズのメンバーがキーボードやコーラスで参加している。そのためかトラックの作り込まれ方がこれまでよりずっと優雅で幽玄な感じである中、木下のボーカルはずっとノーエフェクトを貫き、そこだけ生々しさがある。

バンドサウンドの制約を超えて、趣向に合わせてスタジオワークを施していく、そういった側面はこれまでのアートにもあったけれど、この曲は特にその程度が進んだ曲で、なのでライブ時に基本キーボードを入れず4人のバンドサウンドでこなす彼らがこの曲をやる際はSEの同機が必須となる*2。これ以降作品を重ねていくに連れて、ある時期までそのような傾向は続いていく。そしてこういう系統の曲のライブでの再現が手間なので、シンプルに4人で演奏できて勢いもある初期の曲がライブで重用されることにもなる。

また歌詞的にも、今作のこれまでと異なる方向性をさらっと示す要素が含まれる。「獣の匂いがする 貴方」の辺りは第2期開始以降の“猿・性欲”な雰囲気を含んでいるが、サビのフレーズが「Save me today」から、最後の部分のみ「Save you today」に変わる。そもそものAメロでの「For you」の繰り返しといい、ここでは悲哀・空虚な世界観もありながら、明確に「君」を救いにかかっている。この志向の変質が、ちょうどこのアルバムの前半から特に終盤への歌詞の移り変わりにそのまま反映されていき、また音の質感的にも、湿度のある優しくも幻想的な奥行きの中に、ある種の優しさめいた何かが演出されるようになる。

 

2. BLACK SUNSHINE(PV

幻想的な冒頭からオルタナなバンドサウンドへの揺り戻しという機能をアルバム中で発揮するために置かれているかのような楽曲。アルバムのリードトラックとしてPVも作成されている。

ミドルテンポでギターのリフが印象的な曲。構成はシンプルであり、また第1期の頃のようなはっきりグランジ的な重さも見せずに割とするりと曲が進行していく。派手さを抑えた分、シンプルなスタジオワークながらアルバムカラーへの納まりが良い。サウンドの聞き所は2本のギターのソリッドなカッティングの掛け合いか。ライブでは2人で向き合って演奏されるためより印象的。なお、曲のコード進行は木下的なメジャー・マイナー曖昧調だが、これは実は『サッドマシーン』と同じで、カラオケ等でこれらの歌を取り替えて歌えるらしい。

アルバム2曲目が疾走曲でも重い曲でもなく、この割と落ち着いた盛り上がりのこの曲であることに、アルバムのトータル性に対する目配りが見える。ぶっちゃげ地味だとは思うけれども…。

 

3. ダニー・ボーイ

1曲目とともにアルバム前半においてアルバムのカラーを色濃く反映した感のある、しっとりとした情感の起伏が感じられる曲。

なんと言っても特徴的なのはアコギのコードストローク。以前でもなかった訳ではないけれども、たとえば第1期の『SKIRT』の荒涼感と比べても、明らかにこちらのアコギの響きには湿度が、ややひんやりとした湿度がある。ある意味キーボード類以上に、このバンドの音的な指向性の遷移がはっきりと出た局面のように思うし、録音はUSではなくUKのしかもグラスゴーなんだな、って思う*3。このアコギの響きの滑らかさはアート史上でも際立っている。他に、サビで挿入されるシンセの柔らかなメロウさも印象的。

前曲と同様派手すぎない起伏でメロディを纏めているが、ここでは2回目サビ後にAメロをオクターブを上げて再利用することと、最後のサビ後に新たなラインを用意することで、曲構成としてはやや凝ったものになっている。

そのような、総じて柔らかなサウンドの中で歌詞は第2期開始以来の性的な描写が滲んでいるが、これ以前(特にインディーリリース2枚)の曲と比べてもその視線はより引いたものとなっている。このアルバム前半を象徴する、嫌らしいやるせなさが端的に感じられる。

 

4. Forget the swan

しっとりした前曲までの流れから、ようやくこの曲でエネルギッシュなバンドサウンドが現れる。しかしその魅せ方も、後述のように仕掛けが施されている。

メジャーなコード進行による疾走曲で、アーミングで揺れるギターサウンドやサビでのコーラスなど、アート流サーフロック的な瑞々しい表現が為されている。つんのめり気味のビートは性急で、パンキッシュで可愛らしい。這うようなAメロから一気に高揚するサビメロの作りは木下式パワーポップの王道的な爽快感がある。

それら以上に特徴的なのが、この曲全体の音質の“軽さ”。ここではギターの音もドラムの音も、どこかヘヴィさを欠いた、ややスカスカ気味な録音になっている。3回目Aメロのフィルターめいたブレイクポイント*4も踏まえると、この音作りは明らかに意図されたもので、ガチャガチャしてモコモコ籠ったバンドサウンドという意味のローファイではなく、プリティでノスタルジックなサウンドを求める手法としてのローファイサウンドに仕立てられている。

つまり、パンキッシュなサウンドでありながら、この曲もアルバムのけだるげで穏やかなトーンを決して逸脱していない(と思う)。歌詞は本作でもとりわけ猿でセックスな内容であり混沌としているけれども、この爽快な曲の中だと、まるでヤケになった初期スピッツのような清々しさすら感じられる。そして木下氏は口でされるのが好きすぎる。バンドサウンドだけで十分再現できる曲だし、ライブでもっとやってくれてもいいのに、と思う曲のひとつ。

 

5. クロエ

本作は前3枚のミニアルバムから1曲ずつ収録されていて、これは『スカーレット』からの選曲。この後のアルバムでもしばらくは1曲くらい「ファンク枠」的な楽曲があるけれど、ここでは直接既発音減を(リミックスして)収録。

曲順的には、アコースティック→パワーポップ→ファンクと、バンドの彩りを演出する流れになっている。けれども思うに、幾らリミックスをしてもこの曲はこのアルバムの音“ではない”という気が若干する。元がインディー制作だから仕方ないけれど、音が生々しく神経質で、アルバムの雰囲気であるまろやかな性質と趣を異にし、個人的にはここで一旦アルバムの流れが少々切れてしまうように感じる。いい曲なのは間違いないし、収録したくなる気持ちも大変理解できるのでアレだけれども。

 

6. あと10秒で

前曲と同じく、ミニアルバム『あと10秒で』からの収録。そもそもこのミニアルバム自体アルバムからの先行シングル的な側面がある訳で、収録は必然だっただろうとも思うけれども、しかしこの曲もまたアルバムからは浮いている。この曲の場合は前曲とは逆に音質・アレンジがキラキラし過ぎていて、同じ勢いのある曲でも、はじめからアルバム用で録音(作曲も?)されたであろう4曲目と比べると、録音時期の違い(グラスゴーにに行く直前か後か)によって音の質感が違ってしまうことに想いを巡らせてしまう。

むしろ、逆にこの曲がバッチリハマるアルバムってあるか?そんなものアートスクールが作るか?作れるか?という気もするので、この曲は案外アートでも異端な曲なのかも。代表曲なのに。

また、ミニアルバムの1曲目から微妙にミックスが変更になってもいる。はっきりとそれが判るのが3回目のAメロ、ボーカルにフィルターがかからない。

それと、4曲目からこの曲まではバックのSEでトラックが微妙に繋がっており、なので1曲を取り出して聴くと微妙に余韻が切れたりSEの切れ端が入ってしまうのがややもどかしい*5

 

7. 欲望

曲数的にはこの曲で丁度半数だけども、前曲が派手にブチ上がるせいか、なんとなくここからがアルバムの後半というイメージがしてしまう、そんな質感のする曲。

今作のヘヴィネス分を担う楽曲。コード感は普段の曖昧さよりもマイナー寄りで、さらりと重たいリズムといい、『LILY』辺りに近い荒涼感を放っている。つまりLOVE/HATE期っぽい雰囲気のある曲だけれども、音の質感的には今作の一貫性が保たれている。Aメロの柔らかいギターフレーズや逆再生の挿入によるものか。サビのメロディは木下ソロ『RIVER'S EDGE』からの流用だが、メジャー調なソロの感じからするとこちらはコード感含め悲痛な感じが強い。

メロディもサウンドも、今作中では最もハードながら、しかしLOVE/HATE期と比べると自棄っぱちさが薄いというか、どこかしっとりした雰囲気がある。歌詞も性的な雰囲気がありながらも、猿全開な一群からは少し引いた位置にある。そして、サウンド的には90年代半ばくらいまでの全盛期オルタナ感というよりは、その後のエモバンド勢っぽい雰囲気なのかも。そしてそれは今作に共通する傾向でもある。

 

8. 刺青

ミニアルバム『LOST IN THE AIR』からの収録。ミニアルバム3曲の中では、1番アルバムの色と遠くない感じがする。それでも音色やメロディの組み方、やるせなさや神経質さの性質に微妙に違いを感じてしまう(のは、自分が神経質なだけでは…?)。しかし、今作で最もメロディが高く強く飛躍するのはこの曲のサビかもしれない。

ただ、この曲は曲名の並びが、2曲連続で漢字2文字なので、個人的には曲名の並びとしてはイマイチに感じる。なんか並びの中でこの2曲だけ文字列がへっこんでしまっているというか。

ちなみに、今作の楽曲で一番演奏時間が長い(4分46秒)。*6

 

9. LOVE LETTER BOX

4曲目以上に典型的なパワーポップナンバー。同タイトルの曲がThe Posiesにあるくらいなのでこれは確信犯(正確には故意犯?)的。

透明感薄め・メジャー感強めな3音アルペジオからパワーコードなリフとバンド展開を繰り返すこの曲の基本軸がとてもエモ・パワーポップ的。それも、キリキリした緊張感こそ醍醐味といったタイプのエモではなく、もっと楽天的で暖かみのあるエモバンドっぽささというか、下手したらこれポップパンクじゃねえか、というか。

でも、穏やかな間奏からスッと音が引いてトレモロギターのフレーズだけになって以降の終盤の展開は幻想的で劇的で、このアルバムの優しい質感が溢れている。勢いを解放したサビのフレーズで「生きれそうさ」と連呼する辺りは生命力に満ちたエモさがある。

この曲は音もさることながら、歌詞が、可愛らしくもポジティブ気味というか、今作までの性的猿的な要素が一切なく、そして「君」の生をささやかに祝福するような、暖かいトーンで貫かれている。今作冒頭『Waltz』に忍ばせてあった要素が、この曲で遂に前面に出てくる。今作の歌詞の「猿的な」傾向と異なる、もうひとつの系統を象徴する歌詞で、これはむしろ今作より後の数作に繋がってくる方向性。『しとやかな獣』の開き直りのようなギリギリのポジティブさから、より包容力が増した感じというか。この曲辺りから(再び露骨に性的な次曲はともかくとして)アルバムの世界観も包み込むような雰囲気に変貌していき、“『PARADAISE LOST』の終盤”として印象的なものになっていく。

 

10. PERFECT KISS

“このアルバム後半のファンクな曲”という印象が強烈な曲。前半の『クロエ』と対、というか、対比が中々面白い。

フェードインしていく演奏、ボンゴ等パーカッション類の連打、多重コーラス等、アートの他の曲では聴けない要素が多い*7。この手の曲で木下本人が言うところの“プリンスの影響”については、この曲が一番それらしく出ている。ギターのファンクなカッティングも『クロエ』の刺々しさと比べるとよりスムーズで、ワウの活用などもありノリのいいものになっている*8。リズムも一定のスタイルをずっと反復し続け、曲の展開をソングライティングのみに託した、トラックとしてのストイックな良さに振り切ったものに仕上がっている。アートの楽曲で最も伝統的なブラックなファンクネスに迫ろうとした曲だろう*9

演奏がずっとパターンの反復な分、曲展開はボーカルに負うところが大きく、またこの曲も明確にAメロ・サビを持った構成にはなっているが、こちらも常時ファルセットのコーラスが添えられ、サビになれば更にバックコーラスまで。そのサビのコーラスフレーズに、今作までの歌詞の作風を示す“猿”の語が忍ばせてあり*10、ダルくロウで奇妙なファンキーさを醸し出す。歌詞も明確に「猿」してる曲としてはこれが最後か。

 

11. PARADISE LOST

今作のタイトル曲にして、今作で最も緊張感に満ちた演奏・ソングライティングとなっている。

何と言ってもその導入から響いてくる、硬質で直線的でギクシャクした、ポストパンク的な演奏*11が、サビでリズムが緩やかになるとともに一気に幻想的な音使いに展開するという曲構成が印象的。サビの方は今作の録音の真骨頂的な、キーボードやグロッケンも含む神秘的な作りだが、そのパートと硬質な演奏のパートとのギャップが凄まじい。パートの切り替わりの度に剃刀的なプレイを利かせるギターも緊張感あるが、特にドラムの、重さと神経質さを兼ね備えた演奏がひたすらにかっこいい。パワー型ドラマーな櫻井氏の、オルタナグランジ的な曲の破壊力とはまた違った炸裂感というか。特にハイハットのオープンショットの強烈さは持ち味だと思う。

曲展開も、特に2回目のサビから、それまで淡々とキリキリしていたAメロの歌フレーズが持ち上がり伴奏もキーボード込みで不穏な浮遊感に包まれる箇所は、木下のソングライティング史上でも珍しい展開の仕方で非常に印象的。そしてそこから音が減っていってあっけなく終わる(ドラムの音が強調され尚更かっこいい)箇所はキレッキレだと思う。

歌詞は、今作でも比較的ストーリー性が薄く、単語の連続からくるイメージを連打する方式で、個人的には木下の歌詞スタイルの真骨頂だと思っているタイプ。ここでもやはり、イメージの混濁の中で「君」がささやかでも救われるような何かを見いだそうとする姿勢が出ている。それだけにバッサリとした曲の終わり方と次曲のイントロが尚更印象に残る。

 

12. 僕が君だったら

前曲のあっけなさすぎる終わり方を受けて始まる静謐な楽曲。この曲も今作の録音環境の良さがモロに出た曲。

メロトロンやドローン的シンセ、サビのピアノ等のキーボード類による幻想的で寂しげな演奏が印象的だが、ギターのアルペジオのフレーズや歌詞・曲の雰囲気的には、意外とミニアルバム『あと10秒で』の秋冬めいた楽曲群と似た感覚がある。それこそあのミニアルバムの最終曲に収まったらかなりしっくりくる気がする。木下的な路上のリリシズムと北欧的な幻想感が実にマッチしてる。特に最後の「跪くよ」とファルセットで繰り返す辺りの打ち拉がれ具合は何故か、まさにアートスクールだなって思う。

更に何故か分からないけれど、個人的にこの曲はミニアルバム『スカーレット』における『君は僕のものだった』*12や『LOST IN THE AIR』における『PERFECT』と共通するような雰囲気があるように感じてる。どこか淡々としながら張り裂けそうな、そのまま倒れ込みそうな感じ、というか。はじめて今作を聴いたときはこの曲の後にまだ曲があるのに気付いてびっくりしたことを覚えてる。同じテンポやテンション・アレンジで後年に出た『Loved』という曲が収録作の最終曲となってたりもするし。

 

13. 影

アルバム終盤を彩る可憐なパワーポップナンバー。何気に今作パワーポップ色が強い気がする(該当するの3曲だけなのに)。

ノスタルジックなシンセのフレーズに導かれて始まる楽曲は力強い頭打ちのリズムで、どこかのオールディーズポップスみたいなギターフレーズがささやかな祝福感を演出する。このフレーズは木下作品では通算4度目くらいの登場となるBelinda Carlisle『Heaven Is A Place On Earth』からの影響を感じさせる*13彼にとってこの曲、捨てるところがない。

サビでゆったりしたリズムに変化しスケール感をつける。実はこのパターン、アルバム後半では『LOVE LETTER BOX』『PARADISE LOST』も同じパターンで、1曲おきに同じ展開の仕方をしているので、ここに来てやや食傷気味ではある。

この曲の見せ所は2回目のサビ後の、結構長さがありかつノイジーなギターソロからパッと演奏が引いてイントロのシンセフレーズが遠方に小さく聞こえる辺り。ここの郷愁感が、このアルバムのここまで背負って来たテーマ性や風景を受け止め、その後の最後の盛り上がりはどこか映画のエンディングのような風情がある。楽しいけれど寂しいような。最初の性的な1行以外は意外とノスタルジックな歌詞もまた、そのようなアルバムのストーリー性みたいな雰囲気を醸し出す。

そして演奏は意外とバッサリと終わる。この曲の明るく楽しげでノスタルジックなアウトロのフェードアウトでアルバムを締めるのも美しい気がするけれど、彼らはそれをしなかった。彼らはしっとりと、じっくりと、今作を終わらせることにした。

 

14. 天使が見た夢

12曲目よりさらに静謐、寝息のような、微睡みのような、夢見のような、彼岸のような、ともかく覚醒ではない状態での精神をなぞるような雰囲気の楽曲でアルバムは閉じられる。曲名どおりなんだろう*14

淡く反響するエレピの音、ソフトに遠くでなるドラムセット、時折挿入されては時間を引き延ばすように鳴るドローン的なオルガン等々、今作の幻想志向をダウナーな方向に突き詰めたサウンドは、北欧のエレクトロニカ・ポストロック辺りに近い印象となった。その中を、やはりリバーブ・ディレイで輪郭のぼけた木下のボーカル、そして天使性を妖しく発揮する女性コーラスが挿入される。特に、最後のちょっとポップなコーラスが静寂の中に消えていくところで、このアルバムの余韻を寂寥の色に染め上げていく。

その中で、歌詞においては、愛を失い虚無的な「君」に語りかける。笑顔・許し・光、これらを「君」に見いだす。それは木下理樹が自分の虚無的に作り込んだ世界観の中で、辛うじての救いとして求めうる・与えうる対象である。しかしながら、ここではその救いの気付きは、まるでお迎えの直前のような微睡みのサウンドと、それと最後のAメロの「下らないぜ こんな人生は」という歌詞によって、曖昧さの中に埋もれていく。それが今作のやるせなさの最終到達点である*15

 

バンドにとって初の海外録音・プロデューサー付き録音となった本作、色んな意味でバンドにとって転換点となっている。作風的には、メンバー交代直後のインディー期の露悪的・退廃的な質感から、少なくとも音においてはより救いや安らぎを求めるような傾向の曲が増え、それに呼応してかアレンジや録音でも、はじめからバンドサウンドだけで完結しない想定で作られていそうなものが幾つか*16。プロデューサーにBell & Sebastianなどのプロデュースで知られるトニー・ドゥーガンが就いたことが、この比較的ソフトな作風への傾倒に多大な役割があったことは間違いない。

特にキーボード・SEの類の充実は今作以前と比べても飛躍的で、今作の神秘的な印象に大きく寄与している。結構な部分でMogwaiのメンバーであるバリー・バーンズがプレイしているが、彼がいなかったら作風が違っていたんだろうか、と思うと不思議な感じもする。

主に収録曲や歌詞の傾向等の関係から、ミニアルバム『スカーレット』から本作までを「PALADISE LOST期」と便宜的に呼称してきたけれど、しかしこのアルバムは実際、1個前の『あと10秒で』とも曲や音の雰囲気が違う。これがトニーのプロデュースが卓越すぎたためか、曲を作るバンドの意識がさらに変わったためなのかは分からないけれど、その隔絶は意外とある(と、聴き返していて思った)。そのため、ミニアルバムから収録の3曲は、曲自体はアルバム曲よりも下手すると水準高い気もするのに(だからこそ?)、アルバムの雰囲気からやや突出してしまった印象もある。

これは今作、というかこのバンドに限った話ではなく、00年代まではある程度残存していた、シングル曲とアルバムとの関係における普遍的な問題でもある。アルバムがバラエティ豊かな、幕の内弁当的なノリであれば、別にどんなに音質の違うシングルをアルバムに放り投げても気にしないだろう。しかし誰かが拘って、そのアルバム特有の雰囲気を、質感を求めてしまうと、そしてその拘りが深ければ深いほど、アルバムと制作が別であったシングル曲はそこに溶け込みづらくなってしまう。

10年代に入って以降、音楽業界は本当に厳しくなってきたのか、「アルバムに収録される予定の、制作時期が別のシングル」という文化は急速に下火になっていく。我らがART-SCHOOLも、アルバム『Flora』より後は収録曲が重複しないアルバムとミニアルバムしかリリースしていない*17

妄想になるけれど、もしこの2017年の音楽業界的な状況で、先行シングル抜きにこのアルバムがリリースされていれば(例の3曲なし)どうなるだろう、と考える。うーん、全体の雰囲気の統一感は結構いい気がするけれど、しかしリードトラックが思いつかない…。地味、なのか。そう考えるとやはり『あと10秒で』は今作にないといけないものなんだろう*18

しかしそれでも、アルバム前半から後半への詩情・サウンドの移り変わりや、特に最後3曲による静謐な締めも含め、トータル性も志向して丁寧に作られた作品であることは間違いない。今作を最高傑作として挙げるファンもかなり多く、(何の根拠もない印象だけど)『Love / Hate』とこれがよく挙がる2大巨頭という感じも。

他のアルバムと比較すると、以前よりも遥かに曲調の幅が拡がり、特にエモやポストロックへの振れ方が目立つ。ただ、これ以降のアルバムと比べると、よりポップ志向でしっとりとした『Flora』や混沌としたダークさを強調した『14SOULS』、同じ海外録音でより録音レベルで統一感の出た『BABY ACID BABY』などと比べると、ややアルバムのカラーは過渡期的な部分がある。それはこの録音でバンドのサウンドにおける選択肢が急激に増え、実際に半ば手探り気味なところもあったのかもしれない*19

しかし今作でもってバンドがサウンド的に一気に“器用”でかつ“身軽”になったことは間違いなく、今作がブレイクスルーとなって彼らは「(意外と)何でも出来るインディーロックバンド」になっていく。とりわけこの意味で、今作は重大な転機だった。

 

最後に初回盤のボーナスCDの2曲を。どちらもアルバムのifを垣間見させる、気の利いたボートラになっている。

 

1. Waltz (Dave Fridmann mix)

本作は当初トニー・ドゥーガンのスコットランドではなく、デイヴ・フリッドマンのスタジオで録音が行われる予定だった*20。結局デイヴの多忙により実現しなかったが、ここにはそのデイヴによる本作冒頭曲の別ミックスが収められた。特別にさすがデイヴ・フリッドマンだ!って思わせるような極端なミックスにはなっていないけれども。

この曲の女性コーラス(元The Delgatosのエマ・ポロック)の録音はレコーディング最終日に行われたらしいが、その関係なのか女性コーラスが入っておらず*21、またギターのフレーズもオミットされているので、特にピアノのフレーズが強調されていて、よく聴くとこんな反復フレーズだったのかとか、コーラス等除くと北欧よりももっと南のヨーロピアンな感じがするとか、発見がある。

 

2. LOST IN THE AIR (Tony Doogan mix)

同名ミニアルバムのタイトル曲であるこの曲をアルバムに入れる予定もあったようで、トニーによるリミックスまで作られていたという。Aメロ部分で原曲だと埋もれがちだったピアノの反復リフがここでは強調されており(その分ギターリフの音量が↘︎)、またブレイクの箇所もディレイがかかっているのが大きな違い。キーボードが多用されるアルバム内での雰囲気の調整を図った箇所がよく聴くと所々で見られる。大曲なので扱いづらそうで外されたのもなんとなく分かる*22けれども、個人的にはどん底ぶっちぎりな歌詞のこの曲がアルバムに入って妙な深みを作るのも良さそうに思う。収録するとしたら『クロエ』の位置がいい気がする。

*1:次のアルバムにもっとワルツな曲が収録されるけれども

*2:もっとも、それも『あと10秒で』や『LOST IN THE AIR』などの例が先にあるようだけれども

*3:最も、元々今作はデイヴ・フリッドマンのスタジオ(ニューヨーク州郊外)で録音される予定であり、そうなると思いっきりUSなのだけれども

*4:抑制の中のタム連打がPale Saints『Time Thief』の終盤みたいでかっこいい!

*5:特に今作で初出で最後のフィードバックの余韻がブチ切られる『Forget the swan』が影響大きい

*6:それにしても、ミニアルバムからの収録3曲のうち2曲が表題曲じゃないという。『Love / Hate』で『SWAN SONG』を収録しなかったときもそうだけど、選曲のセンスがひねくれてるというか。でも実際今作に『スカーレット』収録はメチャクチャ浮くのが想像できるし、ミニアルバムから収録する前提であれば、本作の選曲はいいラインなのかも…。

*7:そしてそれらの要素が悉くライブ再現困難そうという

*8:『クロエ』のそれを悪く言ってる訳ではなく、むしろそのより刺々しく、どこかギクシャクした感じのカッティングに表れる荒廃した雰囲気こそが『クロエ』の醍醐味である

*9:このファンク路線は後に『その指で』で大成するけれど、あれはその意味ではむしろブラコンやAOR的な部分もあったりで、ジェームズ・ブラウン的なファンクマナーにより忠実なのはこっちだろう

*10:歌詞上は「YOU MAKE ME SMILE」になっているけどどう聴いても「モンキースマイル」としか聞こえない

*11:ニューウェーブ的な演奏」となると、特に第2期以降The Cure的なコーラスたっぷりのギターサウンドが聴けてかなりそれっぽいのですが、しかしゴリッゴリのポストパンク調(というかポストパンクという語がゴリッゴリかゴスッゴス前提みたいなところありませんか?)となると、アートがそっちに傾倒するのはBloc Partyの影響を色濃く受けた『ILLMATIC BABY』以降になるが、この曲はその先駆けとも言えそう

*12:というかこの辺曲名ややこしいですね…時期も遠くないし

*13:メロディの借用部分から言えば、木下ソロ『Raspberry』のメロの再利用と言えなくもない

*14:タイトル自体はフランス映画からの引用らしい

*15:であるし、またこの「死ぬ直前に救われたかも」エンドよりももっと力強く「虚無だけど続いていく人生」を志向するのは、次作以降、つまり所謂「Flora」期に入ってからのこととなる

*16:この手の楽曲が以前にもなかった訳ではないけれども、しかしそれらはシングルB面に収録されることが殆どで、今作のようにフルアルバム冒頭と末尾を占めたことはなかった。彼らの作品作りの趣向が変わってきたことを示している

*17:ベスト盤等コンピやライブ盤は除く。また配信限定シングルの場合、少なくともアートでは、アルバム制作後に収録曲の1部をカットしていることが殆どなので、ここで書いている問題は原理的に起こらない

*18:実際、次作フルアルバム『Flora』はそれこそ『あと10秒で』レベルにキャッチーな曲がないために全体として地味な印象を抱かれがちでファンから人気がない、とかそういう感じだったりするんだろうか…。

*19:歌詞的にも、(これまでのアルバムの曲順により半ば無理矢理導かれた訳でもなく)救いを見いだした曲が散見される。しかし今作においてその傾向はラスト曲の微睡みとも死ともつかない静寂に消えていくものだから、その救いは映画のエンディングじみた結末を迎える。以後の『光と身体』や『We're So Beautiful』『Hate Songs』のような現実に即した肯定感を放つ各アルバム締め曲を思うと、今作の過渡期さを感じる。そこが好きな人にとってはたまらないのだとも思うけれども。…というか、毎回アルバムの締めにきっちりと結論・結末めいた曲を用意するこのバンドも結構真面目だよなあ

*20:Mercury Revのメンバーとして、またThe Flaming Lips等のプロデュースで知られるデイヴだが、それ以上に木下がデイヴの下で録音しようと考えたのはNUMBER GIRLの諸録音のせいだろうか。メンバー持ってかれたのに本当に好きなんだなあ

*21:終盤で一部入っているから、やっぱりよく分からない

*22:同じような感じでアルバム『Flora』における『フリージア』も収録されなかったのかなとか思うけど、でもあっちは代わりに『光と身体』が収録されているのでまた不思議な感じ