2004年の振り返り年間ベスト記事を書いてる時に、そういえばこのミニアルバムも2004年リリースだから20周年かあ、と気づき、それでこの前ライブを観たらこの作品の表題曲を相変わらず演奏してたりしたこともあって、また弊ブログの当該作品や次の作品の記事は前のブログからのインポートの都合で色々と崩れて見辛くなってたので、ちょっとちゃんと書き直しておこうかなと思ったところ。
ということで今回は、メジャーデビュー後の快進撃が、メンバー4人中2人脱退という致命的な事象でストップした2003年の後、しかしレーベルをインディーに移し*1新メンバーを迎え、活動休止してたとは思えないハイペースでリリースされた復活のミニアルバム作品のレビューし直しになります。
本作の前作となると、リリース的にはライブ盤『BOYS DON'T CRY』になりますが、スタジオ作品となると2003年11月リリースの2ndフルアルバム『LOVE/HATE』となります。弊ブログでのレビューし直したものは以下のとおり。
前置き
空中分解〜活動再開
それにしても本当に、なんであんな手痛すぎる脱退から8ヶ月で新作出せるまで復活したのか…バイタリティがすごい。
2003年のこのバンドの作品から漂う息の詰まるような雰囲気は実にマジなもので、その当然の帰結のようにベースの日向秀和とギターの大山純が脱退し、どうにかドラムの櫻井雄一は残ってくれたものの、しかし当時にしても解散しないのがむしろ不思議なくらいの状況だったのではと思われます*2。
それでも解散しなかったのは、世に出さずに捨てるには勿体無い楽曲がすでにあったことが結構大きかったようで、どうにか持ち堪え、福岡でのライブ時に知り合った戸高賢史をギターに*3、オーディションを経て宇野剛史をベースに加え、かなりハードな状況*4だっただろうにこの年の4月にはフリーライブを行い活動再開し、そしてスタジオでは新曲をものにし、こうやって8月に音源を出すまでになっていることは単純に凄いスピード感。木下理樹という人の「何がなんでも音楽を作って出す」という意地と底力を感じさせます。
…とはいえ、恥ずかしながら筆者は現物を触ったことないです…本作収録の7曲は次作とともにすべて、2006年のコンピレーションアルバム『Missing』に再録されています。なので『SWAN SONG』等と比べて、物体としてはレアアイテム*5だけども、「本作でしか聴けない」といったものはありません*6。
歌詞の作風:「やさぐれたエロス」
音楽性について話す前に、この時期や2005年くらいまでのこのバンドの作風を語る上で外したくないのは、「性欲に狂った猿」と自分を卑下する、それまでよりも露骨に性的な内容を含んだ露悪的な歌詞についてです。
それまでもセックスな描写はないこともないですが、もっと比喩表現だったり文学的表現だったりしたところ。そこに卑下はあっても露悪の感覚は薄かったように思えます。
憂い 射精 ハツカネズミ こんな残酷な日は
『ロリータ キルズ ミー』ART-SCHOOLより一部引用
偽った 偽った 君の翼を汚した 売春婦 レプタイル 11月の祈り
囁いて 舐め合った 傷は癒えないままで
『欲望の翼』ART-SCHOOLより一部引用
クリスマス・イヴに裸足のまま逃げ出そう
上手く刺さらなくて 彼女はただ叫んだっけ
『アパシーズ・ラスト・ナイト』ART-SCHOOLより一部引用
そんな、どこか物語の中、映画のワンシーンめいた性描写に留まってたのが、本作以降のいわゆる“『PARADISE LOST』期”の作品ではこうなります。
I'm waiting for APARTで猿がやる I'm waiting for 本当の俺の歌
『APART』ART-SCHOOLより一部引用
I can't touch you 猿の愛撫 臭いと汗と ガーベラの花
『I CAN'T TOUCH YOU』ART-SCHOOLより一部引用
狂った獣になって 汚した白いシーツ シーツ
恥ずかしい 僕は自分が恥ずかしい 人間なんて
「こんな風に誰かを 愛せるって信じれる?」
たった一度 寝ただけ たった一度 寝ただけ
『イディオット』ART-SCHOOLより一部引用
「口でされるのが好き?」そう彼女云ったんだ
そんな恥ずかしい事を なぜ今も覚えてる?
『Forget the swan』ART-SCHOOLより一部引用
こうやって幾つか並べただけで、本作より前の「美しい物語の中で身体を重ねる僕等」的なものから、より現実的な穢らわしさ的なのを前提にした、ドロドロな関係性がこの時期には特に歌われます。より生活感が前に出てファンタジックさが後退した歌の世界観もあり、また、時折実話を含んでいるという妙にメンヘラ気味な女性の描写などもあり、ともかく厭らしくドロドロとした雰囲気がこの時期の歌詞には散見され、大きな特徴となっています。鬱屈要素がそれまでの映画的な鮮やかな内容から、よりsyrup16g的なビターなダークさに寄った感じとも言えるのかもしれません。
音楽的な傾向:前作からの過渡期と、疾走ギターロック、そしてファンク
ある時期くらいから独自の音色やフレージングを掴んだ感じのある戸高氏*7ですが、この時期は彼の個性をどうこうというよりも、むしろまず“ART-SCHOOL的なギター”を高速で習得しないといけない時期だったかと思われます。そういうこともあってか、いくつかの楽曲は前作にあたる『LOVE/HATE』の雰囲気を少し持ってる部分があり、特にadd9な3音のアルペジオが割とよく出てくるのは前作からの過渡期を強く思わせます*8。
しかし、新メンバーを二人迎えてのバンドの再始動というぎこちなくならざるを得ないであろう状況においても、バンドはいくつかの新境地を獲得することに成功しました。端的に言えばそれは『スカーレット』と『クロエ』で、前者は2000年代を通じて次第になんとなく出来上がってくる“邦楽ギターロック”概念の、パワーコードではなくクランチのコードで疾走ギターロックをする場合の典型にしてルーツのひとつになったような感じがあり、後者はギターロックバンドがPrince的なファンクを取り入れる、そのフォーマットのひとつとなったように思えます。
他にも、前作『Butterfly Kiss』の幻想性を剥いで替わりにノスタルジックな煌めきを注ぎ込んだような『1995』は木下理樹のギターポップ的感覚の新たな一歩となっていたりなど、メンバー交代の混乱の中で作ったとは思えない、様々に光る部分を持った作品です。単純に曲数もこのバンドのいつものミニアルバムだと6曲なのに対して1曲多い7曲だし*9。
なお、この後グランジ並かそれ以上に彼らの重要な参照点となるニューウェーブの要素については、木下本人のコメントほどにはまだガッツリとは入っていないけども、でもグランジからそっちに少し移行しつつある雰囲気は少しある。そしてギターの音色でやたら出てくるコーラスエフェクト。本作以前も多かったけど、それにも増していかにもコーラスな毒々しい煌めきを響かせるのはこの時期以降しばらくの特徴。あと、声のミックスがえらくアンビエンスを切ってはっきりと前に出た感じになっているのもこの時期以降しばらくの特徴。
全曲レビュー
1. スカーレット(4:28)
クランチの音色でリフトもコードともつかないギターをかき鳴らして疾走する、そんな後の“邦楽ロック”的な典型イメージの礎になったかもしれない1曲にして、このバンドのこの路線のいきなり完成系と言えそうな機能美とキャッチーさの備わったバンドの代表曲のひとつ。この後も本当に僅かしかない木下・戸高両名が作曲クレジットになっている曲で、そんな楽曲がライブの定番としてずっと定着し今も演奏され続けてるのは趣深い。
イントロからして最大の特徴なクランチサウンドの歯切れの良いギターのかき鳴らしが聞こえてくる。こういうのは本当に音色一発で誤魔化しが効かないところ、耳に痛くなく心地よい涼しさと歯切れのよさのある音色*10は、ひとつの典型を示せている。はじめはギターだけの伴奏で歌が始まり、それが「過ぎ去った」というフレーズと同時にバンドアンサンブルが入って加速したような感じになるのはエモな効き目がある。一段階強く歪んだギターのドライブ感もより加速を思わせる。この辺のギターリフ的なものを加入直後の戸高が考案しそれに木下が歌を載せたのがこの曲とのことで、正しく共作してる。
間奏やヴァース部のカッティング命な感じと比べると、サビの方では前作までと似たような怪しくうねるようなフレージングのバッキングが主体になったりしていて、ヴァース部などでも前作までと類似する3音アルペジオが重ねられていたりで、新境地的な感じのこの曲も案外過渡期の産物に思える要素がある。木下のボーカルは、前作までの『LOVE/HATE』期の消え入りそうな儚げな感じとまた違って、歌詞の合間のストレンジな掛け合いや、サビのラストでのここぞとばかりにひっくり返る直前まで搾り出す短いシャウトなど、より等身大的に野暮ったくも切なげな雰囲気があるかも。
歌詞は、表題曲だからか他収録曲よりも綺麗なイメージを前に出しつつ、前作までよりもよりみっともなく後悔やらと生々しいセックスのコミュニケーションとが入り混じった様を見せる。
どうして 今 貴方に触れたくて 見えないから 身体を欲しがった
変わったのは 誰かのせいにして そして僕等は 何かを間違って
しまった しまった
ここにあるのは、美しくも残酷な世界で恋人を永遠に失う美しさではなく、みっともなく性を弄びながら二人で袋小路に向かっていく、『PARADISE LOST』期に典型的な物語構造の、その入口だ。その取り返しのつかなげな情感をこの曲のシンプルでシャープな疾走感で駆け抜けてみせるからこその感覚が、聴く人それぞれに、時には変に生々しくも響いたりするんだろう。
そんな業もそこそこ妙な深みのありそうな曲ながら、キャッチーなため、ライブでは非常によく演奏される。こんな切なげな疾走感を思わせる曲でも最後は頭打ちのリズムで激しく混沌じみた演奏になるところは、大概聴き飽きた気がしていてもやはりどこか惹きつけられるところがある。
2. RAIN SONG(4:50)
『LOVE/HATE』期的なテイストを大いに感じさせる、虚無的な静寂と強迫観念めいた獰猛さとが激しくスイッチする楽曲。本作で最も前作要素が残っているのは、これが本作で最初に取り組んだ曲ということもあるんだろう。歌詞は本作以降的な傾向も見えて、本当に過渡期的。
実に前作的な背景エフェクトを伴いながら、しかしドラムはカントリー的なスネアの使い方をしてこれまでの楽曲との変化をつけてくる。それでも、3音のアルペジオとどこかレイヤー的に遠くでポツポツと鳴らされるギターコードの感じはやはり、遠くまで虚しげな景色の広がる『LOVE/HATE』期の感覚と陸続きのものだ。木下の呟くような歌い方にもあの頃の感じが色濃く残り、本作では少し異色の響きになっている。歌やレイヤーの感じはむしろ『SWAN SONG』に収録されていてもおかしくない雰囲気かも。
「イエー!」のコーラスを伴いながら激しくバーストしてみせるサビも、力強さよりもむしろ機械を撃ち振るうような無情さが前に出ていて、サビ終わりのシャウトまでは抑制したタイトルコールで歌を繋いでいくのも虚しげなところ。一方、2回目のサビ以降の強く突き抜けた後に、さらにもう一段階、キャッチーなスキャットを苦しそうに歌いそしてファルセットで抜けていく爆発力は実に木下理樹的な展開の組み方で、その後のブレイクの脱力感も込みで魅力的。
歌詞の魂抜けたような投げやりでぼんやりした感じは、メンバーが2人も脱退した直後の作者の雰囲気なのか。しかしすでに性的欲望の漏れ出るところも多々ある。
ねぇ いつか 悲しみなんて 消し去って
酒飲んで 舐め合って すぐに 冷めちゃってねぇ
ああ 今日は 海が見たいんだ 何となく
愛なんて それより何か 肉食いたいなぁ
「肉食いたいなぁ」というフレーズの、性的なものを匂わせる感じと、もっと単純に天然で言ってそうな感じとが交錯する、曖昧な状態の木下理樹の魅力。
3. クロエ(4:01)
「ギターロックの文脈でPrince的なファンクをする」ということについて、半ば偶然的にひとつのフォーマットを成立させてしまったんじゃないかとさえ思える、彼らのキャリアの中だけで見ても明らかにエポックメイキングな、そしてしっかりとこの時期的な怪しさと耽美さがえせPrinceな雰囲気に漂う楽曲。だからこそだろう、アルバム『PARADISE LOST』にも表題曲を差し置いて再録されることとなる。
本来ならもう書き終わってたはずだったPrinceの1980年代に関する記事の中で書こうとしていたけども、典型的なPrinceサウンドというのは、単調なリズムの上にギターのカッティングとそして妙にチープなシンセが絡まることで生まれる。飜るに、この曲はシンセは使わず、Prince的かどうかはそれなりなギターのカッティングと、あと流石にPrince並と言うには烏滸がましい、しかし気持ち的にはよく分かるしむしろ独特な魅力さえ感じられるファルセットのボーカルをもって、“Prince要素”を担保してみせる。その“Prince要素”は、ちゃんとPrinceを聴くと、言うほどPrinceの元のメロディやサウンドに忠実ではない。だけど、でも“Prince要素”と言われるとそれはそれでなんか分からんくもない感じがする、この辺の匙加減が(半ば偶然かもとはいえ)絶妙なのが、この曲の大きな魅力だと思う*11。
というのも、この曲のメロディも構成も、あくまで木下理樹のソングライティングの範疇であって、そこから手の届く範囲でPrinceしてみよう、という、たとえばガッツリとPrinceばりにシンプルな3コードやワンコード構成でファンクしようとか、そういう気概や執念めいたのがまるでないところこそが、この曲をある種の汎用性に満ちたものにしていると思う。サビに至っては、カッティングしてたギターは一転して実にこのバンド的なアルペジオに転じて、怪しげな楽曲に少し爽やかな風を招き入れてみせる。
しかしそれでも、延々とスネアを入れるのを我慢してキックとハットで4つ打ちを淡々と刻み続けるドラムのミニマルさは徹底していて、またこの曲ではベースもスラップ等は見せないものの、ダビー寄りな音色で硬くバウンドするようなフレージングを見せるところはR&B的な魅力があり、Princeっぽいかはともかく*12この曲の下地を的確に固めていく。間奏で木下が見せるファルセットのスキャットフレーズもキャッチーで、もしかしたらここが一番Princeっぽいかも。
歌詞については、やはり性的欲望を通じてかろうじて世界の中で立ってられる、みたいな本作的な世界観のど真ん中。
身体だけを欲しがる猿みたい 家にいんの 一歩も出ないで
君もきっと知ってたんだろ 多分ずっと知っていた
ちなみに「いつかの海」というフレーズも本作でよく出るモチーフ。解放感のありそうなフレーズの感じとは異なり、本作では閉塞感の中で思い起こされる通り過ぎたイメージに過ぎないところとなっている。
“いつかの海へ”なんて やせた肩抱いて
僕等 きっと馬鹿で 変われない様で
こんな根拠も全て あらかじめ嘘で
僕等 きっと空で 身体だけ繋いで
最近Princeをちゃんとアルバム名から曲名までそこそこ覚えられたくらいに聴き込んでて改めて思うのは「思ってたよりも全然Princeじゃないこと」と、そして「これをPrinceだと言い切ることの乱暴さ、それゆえのインディーロックの胡乱な大勝利」みたいなところ。ギターロックでPrinceをやるにはこうすりゃいいんだ、という、年季の入ったPrinceファンからガチギレされるか黙殺されるか的な乱暴かつ魅力的な解釈が実に呆気なく、しかし見事に詰め込まれてる。勿論このバンドにはこれより後に、この系統の完成系にして、なぜかサブスクで最も再生数を稼ぐことになる『その指で』が待ってはいるけども。
…と、ここまで何回“Prince”って書いてるんだ…と自分でも笑えてきた。ライブでも時折披露され、特に近年のトリプルギター編成では、戸高さえヴァースでギターを弾かずにコーラスしながら踊ってたりするのを観て驚愕したりした。変なところで伸び代があって面白い。
4. TARANTULA(4:19)
本作の“あからさまなグランジ”を担当する、存在自体がグランジからニューウェーブへの移行時期である本作の過渡期さを象徴するところのある、曲名に沿う怪しげなギターリフと、そしてあまりにJoan Osborne『One of Us』すぎるサビを有する楽曲。元々ポストグランジ感のある乾いた情緒が魅力の『One of Us』にウェットさをぶっかけて戻した様な構図か*13。
イントロから早々に聴こえてくるギターリフの、少しエグみのあるコーラスの効いたリフの毒々しさは曲タイトルと直結しているだろうところ。あとは『Smells Like Teen Spirit』方式の、バウンドしてバーストするパートとスクエアなリズムで不穏に抑制されたパートを繰り返す構成となる。2回目のサビ後の間奏までこの調子でリフと静動の重なりの繰り返しで、単調さの中に突き抜けきらない閉塞感がある。そして、その動パートであるサビのメロディが、モロに『One of Us』なので、最初に元ネタを聴いた時はまあ笑ってしまった。
間奏の後のブレイクで聴こえてくるブリッジミュートしたギターの響きが、元のマイナー調全開なコード感とかなり違うのは不思議。そしてそこに乗る3回目のヴァースのボーカルは伴奏に比してボリュームがでかすぎる。最後のサビの後は結構長い尺をこのバンドお馴染みの頭打ち展開で引っ張っていく。
歌詞はこの時期的な閉塞感とセックス。曲調的には本作ではこの曲か『APART』が特に切迫感・焦燥感は強く感じれるだろう。
何気なく季節は変わり 変われない 僕達がいた
虫だって 交尾すんの 知っては いる
身体だけ奪って 永遠とか誓って
いつだって二人で 馬鹿にしていられたのかな?
5. 1995(4:34)
これまでの閉塞感と打って変わって、眩しく開けた光景が追憶の方でバッとイメージされるような、ノスタルジックな煌びやかさとスピッツ的なポップさを有した楽曲。ギターポップ的なテイストは前作以前にも無かったわけじゃないけど、たとえば前作の『BUTTERFLY KISS』とかと比べると、より現実的なノスタルジアを思わせる作りになっているかも。この辺の牧歌的なポップセンスはこれより後の木下作品で時折出てくる楽しみのひとつで、彼のブライトなギターポップに外れなし、とさえ思う。それらが総じてノスタルジーをテーマにしてることからも、この曲の原点っぽさは増す。
一音目から眼前に広がってくる、眩しさで白く濁ったような煌びやかさのアルペジオ。このバンド特有の背後で反復し続ける漠然としたエフェクトがこの煌びやかさに地味にノスタルジックさのフィルターを掛けていると思われる。ドラムの躍動感も大らかで、裏拍で入るライドシンバルの音がまたキラキラしてる。木下の歌うヴァースのメロディも実に感傷的に途切れた連なり方をして、彼のロマンチスト寄りなセンスが実に甘く切ない。
この曲はそんな淡く眩しい輝きに安穏とし続けるのを良しとしないかのように、サビで少しシャウトじみた強い歌唱に切り替わっていく。歪んだ音でドライヴするギターを伴奏にしつつ、しかし曲調的にはヴァースからのアルペジオの煌めきを引き継いでいることもあってか連続性が切れる感じもない。同じ単語を繰り返す歌唱が実に効果的に感傷的。そして少しの激しさを過ぎたサビ後の展開の「I'm lost my name」連呼とその裏で叙情的に滑り込んでいくギターフレーズの対比が実に切なげな美しさ。ここのギターフレーズの感じには後のこのギタリストの流麗で感傷的なフレーズセンスの萌芽がすでに感じられる。
本作で一番「いつか見た海」という単語が眩しく感じられる歌詞の仕上がり。この曲ばかりは身体を奪うとか猿とかそういうのは抜きになっているところに、作者の「美しいものは美しいままにしたい」みたいな祈りを感じれる。
君の眼が好きで ただのそれだけで
あの日 僕達は 裸足で飛び出した
いつか見た海へ やせた肩抱いて
すり減った二人は 何処かそう似てて
あと、この時期の裏テーマにして閉塞感の根幹であろう「変わらない、変われない自分達」というテーマが、この曲ではかつての無邪気な希望の側から照射されるのが印象的。次曲で本作中ピークに達する閉塞感を残酷に照らし出すような。
「変わらないでいられるさ」なんて 云って
身体だけが 繋いでた 様で I'm lost my name
6. APART(4:32)
本作表題曲と似たテンポの疾走感やクランチで掻きむしるスタイルを共有しつつ、しかしはるかに絶望的な閉塞感の中にいる感じが伝わってくる曲展開や歌詞をした楽曲。作者本人はこれを「The Cureをワイルドにした感じ」と称していて、この曲の弛緩しながら引き攣ってしまってるような感覚を思うと言い得て妙かもと思う。
イントロから、ハット連打に導かれたブリッジミュートのギターの時点で、焦燥で血管が詰まりそうな感じがしてくる。であれば、その後のアンサンブル入りの際のコーラス混じりにグチャっと潰れた歪みは、澱んだ血流が一気に危うく開かれるような感覚なのか。その後ヴァースでは『スカーレット』並の歯切れ良いクランチサウンドになるものの、この重々しい疾走感を前提にすると、聴こえ方が全然違う。『スカーレット』がどれだけ爽やかにキャッチーしてるかが逆に分かる。
ぶつぶつと呟くようなヴァースから突如テンション吹き上がるブリッジ、そしてヴァースのメロディをオクターブ上げてシャウトするサビという展開で、この曲におけるボーカルは情緒のブレ方が相当激しい。ダウナーと逆ギレを繰り返す様は実に不健康的で、本作のそういう性質を特に反映しているのかもしれない。そんなテンションに合わせてか間奏で聴こえてくるギターのリードもかなり邪悪なコーラスの掛かり方をしている。また曲展開の変化を強く牽引しまた印象づけるドラムの機動力も強力。
この曲のテンションの頂点は、ブレイク後のブリッジミュートの中を囁く様に歌い、そしてブリッジ展開抜きでいきなりサビに吹き上がるところだろう。ヤケクソ極まり、そしてそれは『LOVE/HATE』期的な捨て鉢具合とはまた異なる切羽詰まり方だ。飛ばしたブリッジを演奏のコーダ部分に持ってくる構成も必死さを最後まで盛り立てるようで、効果的ながらどこかいたたまれない。
本作的な歌詞のやさぐれ・投げやりはこの曲にて極まる。「I'm waiting for」を連呼する時点で別の意味で投げやりなところはあるけど、内容の身も蓋もなさはこの時期ならではのどうにもならなさが漂ってる。
I'm waiting for アルコールその他何?
I'm waiting for 誰かを愛したい
I'm waiting for APARTで猿がやる
I'm waiting for 本当の俺の歌
そう云って 人間じゃ なくなってしまったって
7. 君は僕の物だった(3:58)
情緒不安定な前曲のテンションを鎮める精神安定剤めいた優しくもぼんやりとした曲調、『1965』『LOVERS』等の系統に位置づけられるであろうスタイルで、あらくれた本作をせめて柔らかく締めようとする姿勢が見られる楽曲。この曲が本作で一番尺が短いというのは少々意外な感じ。歌詞を読むとむしろ本作でも随一の生々しいメンタルすり減った厭さの滲む描写もあったりするけど、でも曲調はあくまでもぼんやりと柔らかい。
延々と続くブリッジミュートと時折入る3音のアルペジオを軸に、サビではささやかなコーラスも交えながら、実に淡々と楽曲は進行していく。『1965』*14と構成要素が似てる感じもあるけど、違うのは、こちらの方が全体的にリヴァーブが効いてぼんやりしていること。そしてコーラスのエフェクトが強いこと。特にサビ裏等で聞こえるアルペジオのコーラスの濃さは静かに病んでる感じがあって、『1965』の頃はまだ純粋な感じだったなあと、比較して聴くと思える感じ。
その中でボーカルだけ本作的なくっきり前に出た構図のため、歌い方は囁くような呟くようなスタイルながら、歌詞のこともあって妙に生々しく、なのでドリーミーな感じは意外なくらいにしない。楽曲の終わり方も工夫なく単調なドラムの連打フィルで呆気なく終わらせられるため、結果として“優しい”という形容詞も使いづらい、ただただぼんやりと過ぎていく感じがある。
歌詞は、ともかく2回目のヴァースの内容が実話だというところに本作的なしんどさが、閉塞感が集約される。「美しく完全な君を失う僕」という前作までの構図が完全に崩壊し、「セックスに閉じこもり堕ちていく二人」という関係性がなんとも厭らしく答えもなく虚しい。本作に前向きになれる要素は本当にまるでないんだなあという。
気づいた?5キロ痩せたの
急に 泣かれたって 何か 猿になって しまえば 楽になれたっけ
・・・・・・・・・・・・・・・
おわりに
以上、7曲合計で30分42秒程度の作品のレビューでした。
こうやってちゃんと見返すと色々と面白いところもあるなあと思いつつ、しかしやっぱり『スカーレット』と『クロエ』の2曲が突出してる印象もありつつ。文章量的にも明らかに『クロエ』に多くを割いてるなと…これは個人的なPrince受容が最近一気に進んだがためという感じです。いやでも、日本のインディーロックバンドがギターを細くカチャカチャいわせながら開放感の薄いファンクをやってるのを見ると、もしかしてその源泉は…と思ってしまうくらいには、隠然たる存在感があったりしないかなとか、別にそうでもないかなとか、よく分からないけど思い込んでるところ。
一方で、メンタル疾患にある種のアイデンティティを抱いてしまうような状況の人においては、本作は実に劇薬的なものだなあという思いも改めて抱きました。syrup16gの方がまだシャレの要素があるんじゃないかなってくらい、だらしなく背徳的で、そして、その状況が良くはないことをしっかり認識してる感じがあるのが、なんとも救いようのない世界観というか。次作『LOST IN THE AIR』も投げやりに暗いけども、あっちはもっと独りよがりの暗さだったりもするので、共依存的な邪な引力は、このバンドの中でも本作が一番強いのかもしれません。だって「気づいた?5キロ痩せたの」って言って急に泣き出すんだもの。憩ってほしい。
とりあえずこの調子で、『PARADISE LOST』くらいまで書き直せると区切りも良くていいかなと思ってます。別の事情もあって急いでこれを書いたところもありますが、ここまで読んでいただいた方はうれしいし、特に万に一つ、この記事をきっかけにこの20年前のアルバムですらない作品に触れるような人が現れたりしたら…そんなことを許さない閉じた文章になってる気もしないでもないですが、こういうスタイルでしか書けないなとつくづく思います。
何にせよ、それではまた。
*1:メンバー二人抜ける状況で東芝EMIに在籍し続けるのが契約とか的に無理だったんだろうなと。同じことが再メジャーデビュー後のポニーキャニオンでも2011年頃に。。
*2:しかし確かニルギルスの作品にゲスト参加してたりもしてたはず。
*3:そりゃこの作品が20周年であればこの人の加入20周年にもなるわけだ。
*4:ある程度人間関係の不和で第1期メンバーが空中分解してるので、この第2期のメンバーもそんなすぐに仲良しで上手くいくのも難しく、木下本人曰く「毎日酔っ払ってた記憶しかない」とのこと。
*5:“VeryApeRecords”というNIRVANAの曲名から引用した名前の自主レーベルからの枚数限定リリース。なのでとっくの昔に廃盤。次作も同じ。
*6:『Missing』再録時にリミックスかリマスターがなされているようで、より音がクリアになっているらしく、なので、元の“クリアでない”音でこれらの楽曲を聴くには原作が必要だろうけど、それは流石にニッチが過ぎる。。
*7:個人的にはそれはシングル『フリージア』の頃だと思ってる。
*8:まあadd9のアルペジオ自体はこのバンドのどの時期にもそれなりにある気もするけども。
*9:他に7曲入りミニアルバムとなっているこのバンドの作品は2010年の『Anesthesia』がある。
*10:ライブのMCなどでギタリスト本人よりこの音はバンドに加入して上京直後に買ったエフェクターによるものと言及されている。そのエフェクターって何だろう。
*11:逆に言うと、マジでシンセを使った『その指で』はその点もう少しPrince的なところがあるかもしれない。1980年代Princeのスカスカさと比べるとリッチ過ぎるので、2000年代以降のPrinceフォロワー、もしくはその時期のPrince的な音か。曲自体はそんなにPrinceとは思わんけども。
*12:本当にPrinceっぽくしようと思ったらベースを抜くとかそんな無茶をしないといけなくなる…。
*13:どうでもいいけど最近よりによってPrinceが『One of Us』をカバーしてることを知って、そこでも重なるのか(笑)とウケてしまった。
*14:本作収録の『1995』とは別の曲。シングル『MISS WORLD』収録。記載ミスと思われるのを回避するための注釈。