ART-SCHOOL関連のリマスター記事の3つ目。バンドの音源として2枚目となる作品で、やはり6曲入りミニアルバム。6曲入りミニアルバムはこのバンドで最も多いリリース形態で、シングルと言いつつ6曲入りな『SWAN SONG』(disk1)を合わせて9枚存在します*1。
前作は楽曲の粒揃い具合はともかく音質の悪さが複雑な印象を抱かせる1枚でしたが、今作では音がグッと抜けが良くなり、幾らかインディー感はありつつも、それが心地よいくらいには普通に聴けると思います。サウンドアレンジが一気に幅広くなり、初期の彼らを代表する曲も複数含まれていて、ついでにまだバンドメンバーの仲も良好な頃で、初期の彼らの最も幸せな時期を記録した1枚なのかもしれません。
音が悪いけど曲は良い前作ミニアルバム『SONIC DEAD KIDS』のレビューのリマスター記事は以下のとおり。
前書き
上記にもあるとおり、初期メンバーで一番安定した時期に録音されたらしい作品。それを期せずして象徴していたのか、ジャケットがメンバー4人の写真となっています。写真の下の方に4人並んでる構図はThe Feelies『Crazy Rhythms』のジャケットのオマージュの可能性があります。ブックレット裏にもメンバーの写真が。
ブックレット中のイラストは主に大山純が担当か。多くの人が行き交う通りを背景も含めてなかなかに洒脱なタッチで描いています。木下理樹もイラストのところにクレジットがありますがそれらしいものが見当たらない…*2。また、本作以降、彼らの作品のブックレットにしばしばライナーノーツが掲載されるようになります。洋楽のCDみたいな感じに演出したい気持ちの表れなのか。何かと面白いのでみんなやれば良いのに*3。今作では澤田太陽氏による文章が掲載されています。
作品としては、「前作からグッと音が良くなった」というのは流石に特徴として挙げづらいところですが、程よくインディーっぽさを残しつつもキラキラ感が出て、声の通りも良くなった、結構いいサウンドだと思います*4。ある程度アマチュアっぽさのある音ではありますが、特別聴きづらいこともないし、もしかしたら作者の意向でハイをひたすら強調されたという『Requiem For Innocence』の時期の音源よりもこっちの気楽にインディーロックした音質の方が聴きやすく感じる時もあるかもしれません。
そして、前作に続き、むしろ前作以上に映画や文学や音楽からの引用の嵐。特に今作は他の洋楽からの引用がかなり多く、これはアレンジのネタが無いからパクる、というよりもむしろ、過去の楽曲のアレンジをどうサンプリングして使用するか、というヒップホップ以降的な作曲手法と、それこそPizzicato Fiveをはじめ渋谷系のアーティストが広くやっていた、過去の楽曲の特徴的なフレーズをどう自分の曲に盛り込むかといったアレンジ手法とが、今作の無邪気な実験精神の中で様々に展開された結果なのかなと思います。時に中心となるリフそのものを引用でやってしまう彼らの姿勢は、批判もあるでしょうけど、でも元ネタ探しも含めて、色々と面白くて楽しいです。
なお、ART-SCHOOLの楽曲の音楽的な元ネタを調べるのには、以下の記事がとても役立ちます*5。
自分の手元には、彼らの楽曲の木下理樹自身が全曲解説したMARQUEE誌のバックナンバーがあり、ここからはこれも参照しながら書きます*6。
本編
1. ガラスの墓標(4:55)
前作と同じく、冒頭には緊張感に満ちたシリアスな曲を置く。淡々と寒々しく進行しつつも、2度目のサビ以降は情熱的にドライブしていく様がロマンチックな楽曲。今作で一番尺が長く、じっくり淡々と展開してから、尺も半ばを過ぎてから溜めたエネルギーを一気に放出していく、という構図を取る。
冒頭から反復し続ける、割れてささくれ立った鉄片のようなギターリフは、いきなり他者からの引用で、Low BarlowのFolk Implosion『(Blank Paper)』のリフをそのまま借用している。パクリどうこう以前に、こんな奇妙なリフをよく自分の曲に乗せようと発想できるな、と思うし、特にバンドサウンドが入ってきて以降でこのリフは確実にこの曲の寒々しい情緒に活かされていて、かつそれは元ネタにはなかった類の属性付けだと思えて、引用の仕方の妙を感じさせる。
展開的には、そのリフと、もう一方のギターも寒々しいアルペジオを弾くAメロの寒々しいスカスカ具合、そしてAメロと同じ反復の中で別のメロディを構築する、BメロというよりA'メロと言いたくなるような展開が続く。長調と短調を曖昧にした透明な質感のコード感はその後の彼らの楽曲でも中心的な存在になっていく。淡々としたビート感の中で、録音がクリアになってゴリゴリとしたアタック感が鮮明になったベースの存在感は前作の比ではないほど上昇している。この同じ反復の中にメロディ変化を生み出していく手法は、ミニマルな展開の中に巧妙にポップさを生み出していく木下理樹の手腕が発揮された一幕。木下理樹の歌も一気に緊迫感を感じさせる張り詰め方をしていて、前作までと大きく様相が異なってきてる。ここから本当にあの鮮烈で残酷で情熱的なオルタナティブロックバンドART-SCHOOLが始まっていく、っていう気持ちになる。
最初のサビはコード進行は変えつつも伴奏はそのまま維持し続けることで平静さを保ち続ける。けれどその後またAメロを挟んだ後のサビでは遂に、それまでの緊張を叩き割って、この曲の勇敢なダイナミックさが姿を表していく。勢いに満ちてラインを描いていく歪んだギターの動きはとても感情的で、ひたすらアルペジオを反復し続けるもう一方のギターとの対比がとても良く効いている。そしてそれらの上で解放されたようにメロディをしゃくり上げては、メロディの最後で同じフレーズを繰り返してシャウトに繋げていく木下理樹の、その譜割の感覚も含めたメロディセンスは、その声質の細くキリキリした感じも含め、彼の憂鬱さと情熱とがない混ぜになった、この時期の彼ならではのエモーショナルさを遺憾なく発揮している。
2度目のサビの後のブレイクの箇所で、この曲に実はピアノ*7も入っていたことが明確に判る。そのまま最後のサビの、シャウトからグチャグチャにトレモロを決めるギターまでエモ全開なまま、最後の冷たいピアノの音に至るまで突き進んでいく。その様の破滅的なような、でも勇敢なような、真に爽やかなような感覚は、この時期のこのバンド特有の、みんな真似したくても何故かできない類のものだ。
歌詞についても、様々な作品からカットアップされてきたフレーズや、どこかの作品の思い出から拾ってきたであろうイメージとが所狭しとひしめいてる。
今朝 僕は体を傷つけた*8 まだ 感情なら残っていた
逃げ出そうって 君を誘った*10
君は胸を焦がすあの虹 私の胸を焦がすあの虹
見捨てられた ガラスの墓標*13 ここは寒すぎるさ
柔らかな陽だまりを 歩く彼女は頬染めた
アラスカの街角*14で 何を失くした?何を失くした?
様々な引用の飛び交う中で、切迫感・取り返しのつかない喪失感・逃避の感じと、今後木下理樹の歌詞で重要となるテーマが多く登場する。これらはみんな真似したがる要素でありながら、冒険のような彷徨のような光景と心情の感じはなかなか模倣が難しい、絶妙なセンスをしていると思う。先人の作品への憧れと妄想で、引用のごった煮の向こうにここまでの世界観を作り上げるセンスの凄さを感じる。
第一期ART-SCHOOLの代表曲に加えてもいいかもしれないくらいの楽曲で、ライブでの演奏頻度もそこそこ高い。ライブでは、元々ミドルテンポくらいだったものが疾走感が出てくるくらい高速になって演奏される。
2. ロリータ キルズ ミー(2:33)
今作きっての代表曲で、これを演奏しないライブの方が少ないくらいの大定番曲。第一期ART-SCHOOLでも5本の指に入るほどの代表曲だろう*15。第一期のそういう代表曲の中でも、この曲はとりわけ明るく勢いよくポップに駆け抜けていく良さがある。
イントロからして、ドラムはまだ本格的に入ってないしアルペジオ主体の抑制した演奏のはずなのに、今にも前回に張り裂けそうなほどのテンションの高まりを感じさせてくる。そのままAメロ、そして同じコード進行のまま、ピアノも含めて派手に縦ノリなリズムが挿入されてA'メロに展開し、そのまま勢いで8ビートなサビに突入していく、という曲構成になっている。なおこの曲展開は完全にWeezer『Surf Wax America』と共通していて、かなりそっくりそのまま引用してきた感じがある。『Surf Wax America』の伴奏でこの曲が歌えてしまうくらいのやつ。小節数とかまで一致してる…*16。コードの感じは元ネタよりもダーク目というか、王道進行的な長短曖昧さだけども。
更にサビのキャッチーなリズム感で抜けていくメロディはアメリカのSSW・Suzanne Vega『No Cheap Thrill』のサビのメロディとかなり共通する。そして最後のサビの後に爽快にハミングする「ラーラーラーラーラーラーラー」のコーラスはWeezerのシングルB面曲『You Gave Your Love To Me Softly』のサビからの借用。歌い終わりのメロディのオチまでこの曲に依拠していて驚く。この曲、音楽的には全編他の楽曲からの引用で成立してる。もはやマッシュアップ的な要素さえある。
けどそんなことは割とどうでもいい。「こうきたら血管の向こうから盛り上がるしかない」的な展開の連発、テンションの高い演奏*17、そして木下の所々不思議なところで区切りを付けながらテンポよく印象的な単語を連ねるうっすら血走った風の歌唱が、楽しくて仕方が無い。2分30秒ちょっとの短めの尺の中*18を無駄無く駆け上がり下がりし、最後の最後まで引用に塗れながらも爽快に歌い晴らしてそしてテンポゆっくりになって完奏する、その一貫性の良さで駆け抜けていく様は、このバンドの数多ある楽曲でも類を見ない。ライブではピアノこそオミットされるものの、イントロの幻想的なアルペジオのオープニングがついた上でよりテンポが上がり、一部歌詞を木下が絶叫するのが定番となっていて、そのパッションの塊になったかのような様子はライブ盤『BOYS DON'T CRY』等でも窺い知れる。
そんな勢いに溢れた楽曲の中に出てくる言葉の数々がまた、様々な引用で彩られながらも、この時期まで特有の暗すぎもせず、方向性はともかく案外素直で前向きな感覚が綴られていくところがまた、爽やかでいい。
僕の心 いつの間に焼け落ちてしまった?
彼の砂漠 震えてるロリータは機械だった((ライブだとここの「機械だった」でシャウトするのが気持ちいい。))
夕日 ポプラ テニスコート*19 私に砂をかませないで*20
憂い 射精 ハツカネズミ*21 こんな残酷な日は
I MISS YOU 白昼夢 カナビス*22が揺れた瞬間に
散弾銃 真空管 美しく生きたいって誓ったんです
誓ったんだ
”美しく生きたい”というテーマは、第一期ART-SCHOOLにおける重要なテーマだ。この曲から話が逸れるけど、この理想主義的なテーマが現実の加速していく状況の悪化などにより段々と救いを求めたり虚無に陥ったりするのと交錯して描かれる微妙な情緒の機微こそが、メジャーデビュー以降の第一期ART-SCHOOLの醍醐味だろう。
曲のタイトルは映画『ロンドン・キルズ・ミー』からインスパイアされたもの。あと2回目Aメロの歌詞「盲目の少女 鼻を赤くして手を振った」は実際に木下が遭遇して、この歌の歌詞のとおり「生きていける気がした」と思ってこういう歌詞になったらしい。
3. ニーナの為に(3:53)
この曲もまた後年までよく演奏され、初期の代表曲のひとつに数えていいだろう人気曲。ゆったりどっしりとしたテンポで、ギターロック王道的なコード進行でもってスケール大きく浮かび上がってくる感じの楽曲。シンプルな構成ゆえに、木下理樹ゆえの不器用さだからこその奇妙な飛躍が感動的に活きる曲なのかなと思う。1曲目の淡々とした直線的な進行、2曲目の情熱迸る疾走感から、ゆったりと熱情が高まっていくこの曲に辿り着く、という曲順もまた感動的なものになっている。
イントロのディレイを利かせたギターのサウンド*23が曲の始まる合図となり、ベースに始まり、ドシャっと演奏が始まる感じは、Pixies以降のオルタナティブロックのあの感じがよく出ている。あえて録音やミックスを団子な感じにして少し遠くで鳴っている風にしているのは、この曲の少しセピア色的な音響というか、不思議なノスタルジックさの理由なのかも。ドカドカと鳴っては小節終わりにハイハットを連打するドラムスタイルはPavement『Summer Babe』を意識したものか。曲のコード進行やギターの雰囲気はWeezer『The World Has Turned And Left Me Here』が近い。この作品、Weezer要素が多い*24。
それでも、上記の要素までならまだ月並なロッカバラードだったかもしれない。そこに乗る木下の言葉のリズムが、大いにこの曲のドラマ性を決定づけている。Aメロでは短い単語をリズミカルに並べて見せて、それはヒップホップ的でもあり、どこか無感情的で鬱屈した風である。そこからBメロで少しメロディの要素が増え、そしてサビでAメロと同じリズムなのに、無理矢理に音数に押し込んだ*25「I love you, I love you, I love you, sweet my Nina」*26の連呼の後に「笑って」の一言が高く飛び出してくる、この切実な祈りの感じこそが、この曲の感情の出口で頂点となる。サビの最後で「笑って」を連呼する様の、その感情の感じの強さこそが、この曲の感動の正体かもしれない。
木下曰く全てカットアップで書いたというこの曲の歌詞の、焦点が定まっていなくて混濁した感じもまた、錯乱しながらも彼女を救いたい男の子の感じを強く浮かび上がらせるのだろうか。
小指 性器 青いシュークリーム*27 注射 白夜*28 地下鉄の夢
君はとても可愛い人で 何故か俺は泣きそうになる
君はとても可愛い人で 何故か俺はそれを失う*31
あの日失くした むしろ僕らは
ボンヤリと ただ淡く 絶望的なその愛で
インディー期の、憧れの赴くままに美しい喪失の物語を描くことのできた木下理樹の傑作のひとつ。ここまで3曲どれも本当に素晴らしいけど、とりわけ物語性がカットアップで散乱した言葉溜まりの中から浮かび上がってくるのは、本当に特殊な感動の感じがしてくる。近年に至るまでライブで演奏され、それでも何だかんだで飽きられずファンが胸打たれてるのも、そういう感じだからなんだろうか。ファン投票のB面集ベスト『Cemetery Gates』にも選出され、アルバムの先頭に収録された。
4. エイジ オブ イノセンス(3:48)
再び疾走曲。第一期ART-SCHOOLに多い、オフの感情の抜けた停滞感とオンの情熱的な直進感の対比が鮮やかなスタイルで疾走する楽曲。順番的にいえばこの曲は彼らのそういう系譜の元祖か*32。
綺麗なアルペジオとドラムのリム打ち、その中を太いベースのうねりが存在感を放ってその上を木下がAメロを歌う、というのは第一期〜第二期序盤までの彼らの鉄壁パターンだろう。この曲では、そこにA'メロとして挿入されるThe Lotus Eaters『The First Picture Of You』のフレーズ*33を経て、1回目のサビまで同じ調子で進行し、その直後にバンドサウンドがオンになることでカタルシスを演出している。2回目のAメロでまたオフになるけど、オンの際の勢いが残ったまま進行し、A'メロに移る段階で半ばオンになる展開もまたパッションの高まりが曲構成に影響してる感じがして、彼ら特有の機能美を感じる。
2回目サビ後の展開は結構凝っていて、ブレイクの際も熱量収まらないといった雰囲気のまますぐオンが再開して、様々に展開してからまた本格的にブレイクする様は、後のもっとシンプルに突き詰められていく構成のことを思うと、まだ色々模索していた頃だったのかなあと感じさせる。木下のボーカルの、溌剌さと舌足らずな感じの妙味は特にサビで発揮される*34。そしてまた「笑った」と連呼してみせる。
上記の特大の引用も込みで、この曲もまたタイトルから歌詞まで様々な引用に彩られている。
この世の果て 僕は一人 恵みの雨 待っていたんだ*35
THE FIRST PICTURE OF YOU
THE FIRST PICTURE OF SUMMER*36
気が狂いそうな 儚さに気づいた
リグレット 疾走 永遠に 陰画の様な真実へ*37
リグレット 君は笑ったんだ 十一月の路地裏で…笑った
曲タイトルはマーティン・スコセッシの映画からか、もしくはSmashing Punpkinsの楽曲からか*38。インディー期初期らしい、メジャー調で理想のままに駆け抜けていく爽やかさのある曲だけど、より殺伐としてダークな『シャーロット.e.p』以降の疾走曲やより元気に溢れた『ロリータ キルズ ミー』の影に隠れてしまってる感じがする、ちょっと不遇を感じないでもない曲でもある。
5. ミーン ストリート(3:29)
インディー期の彼らでも最も特殊な、ヒップホップ的なルーズなループを楽曲の軸にした、彼らからすると異質なダークさを有した楽曲。当時のメンバーではベースの日向秀和がヒップホップを愛好していて、そのテイストを取り入れた楽曲。第一期ART-SCHOOLでは木下以外で音楽性を牽引しているのは彼だったらしい。ART-SCHOOLがヒップホップ的なものに次に挑戦するのはその日向が脱退してから相当先の『革命家は夢を観る』*39になる。
これまでの直線的な演奏と全然違う、しなやかで機械的な乾いたリズム、ダークでダビーなラインを描くベースとファンク気味に定期的に鳴るギターカッティング、不穏なピアノ、といったものでトラックが形成される。この後のART-SCHOOLでもあまり聴けないようなこれらの要素は、日向のヒップホップ趣向をアレンジに活かしたことによるものらしく、後にZAZEN BOYSでヒップホップ的*40要素に接近し、またさらに後には木下とKilling Boyを結成する日向だが、この曲はそれらに連なる要素があるように思えなくもない。
この曲より後、ファンク的な要素は木下楽曲では第2期アートの『クロエ』までほぼ封印され*41、またこの曲のようなダビーな雰囲気の曲はさらにKilling Boyまで待たなければならないと思うと、この曲の異質さ・時期的な浮き具合が分かる。それにしても、この曲ほどダビーなムードの曲は2021年10月現在の木下の他の楽曲にも無いような気がする。程よいテンションの低さがクールな印象。本作中の良いアクセントになっている。
そんなイレギュラーなトラックでも、Aメロには囁くような掠れたような少し怪しいメロディを、サビにはきっちりと舞い上がるメロディを付けている木下理樹のソングライティングはすでに安定感すらある。同じ循環コードでメロディを展開させるのがやっぱり上手い。サビのメロディは後に言葉のリズムを少し変えて『MEMENTO MORI』という曲*42でより悲惨な調子でリサイクルされる。
歌詞の方も、ストリートを観察する様な感じの視点と自虐的な心情とが交互に来る展開になっていて、この程度の自虐的な様子は平常運転という感じなので、総合的にはなんかダウナー寄りのフラットな感覚がしてる。
水色 あのプラットホームを盲目の少女が歩いてる*43
逃げないと変われはしないの?作り笑い上手に浮かべて
うたかた 本当は誰一人 信じれずに生きてきたんだ
ベロニカ 雨に打たれて傷ついた君に見とれた
ベロニカ 救いの雨を待つのが 何故こんなにも空しい?*45
この曲は、ライブで演奏すると変な気まずい雰囲気になって封印されたという気の毒な経緯がある。もしウケてたらその後のバンドの歴史はどうなってたんだ。後に『革命家は夢を観る』をリード曲に出してることを思うと、この曲は登場するのが早すぎたのかもしれない。
6. ダウナー(3:15)
最後は今作でもとりわけジャンクな録音の感じの出た、ミドルテンポでローファイにガチャガチャした感じが賑やかで朗らかなダルくもポップな曲で締め。いい意味で雑な時の木下理樹の感じがとてもナチュラルに生き生きと表現された感じのある、好きな曲。今作はどの曲もとても好きだな。
パワーコード主体で弾けるイントロのアルペジオはPavement『Shady Lane』のそれとフレーズ自体は似てる。けどそこにブッチブチのファズを掛けてケバケバしい音にしてる段階で、この曲は「もっとノイジーで雑な感じにローファイなダルいやつをかましてやるぜ!作品の最後だしいいだろ?」って感じの豪快な雑さの予感を覚えさせる。果たして、バンド演奏が入ってきてからのドッタンバッタンした感じの演奏は、メンバー全員がIQを一時的にゼロにしたみたいな解放感があって、なんだかもう何も考えずにダラーっと身体を横に揺らしていたい感じがする。特にドラムのフロアタムを強烈に打つスタイルがいい大味さを放っている。
こんなグダグダの曲にも、きっちりとサビにスカッと抜けるメロディを書くのが木下理樹。そうじゃないと気持ちよくないんだろうな。特にサビ終わりの声の落とし方の狙い澄ました雑さと、2回目のサビの最後の何気に作中一番のがむしゃらなシャウトを連発する様は、ローファイガレージロックのポイントをしっかり抑え切った名唱。そうでなくっちゃ、って気持ちになる。最後の演奏の終わり方がなんかよく分からなコードで奇妙に終わるところまで含めて、的確に”ローファイ”を演出してみせる*46。
歌詞も、投げやりな自虐っぽい感じで進行する、のかと思うとちょっと洒落た光景なんかも入れ込んできて、ただのジャンクでは終わらせない。そして最後もやっぱり、引用の数々。
海辺のカフェ 花嫁の義手 アンダルシアの犬*47の涙
彼女は笑った 真夏に咲く花は腐った*48
千の天使 バスケットボール 悲しい酔い*49 俺は孤独だった
彼女は笑った 白昼夢の中 狂った
この作品最後の大はしゃぎ、って感じで無邪気さ溢れるいい曲。だけど、彼らもまさか、こんなに楽曲の中で無邪気に大騒ぎできるのがこの曲で最後なんてこと思っていなかっただろうな。そう思うと、自虐を笑い飛ばすかのようなこの曲の雰囲気がなんだか切なくなってくる。
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あとがき
以上6曲、合計時間21分54秒でした。
こうやって改めて聴いて調べて書いてみると、本当に他作品からの引用に塗れまくってる作品で、たった6曲の解説で注釈が40個を超えてることに笑いが出ます。ここまで色んなものを切り取って詰め込むのは、おそらく普通に曲を作って歌詞を書くよりもかえって大変なんじゃないか…とさえ思いますが、この時期の木下理樹は、その全能感を半ば必死に、半ば無邪気に振り回して、ここまでこさえてしまったんだなあ…という風に思います。引用数をPizzicato Fiveとかと争ってんのか…ってくらいのもの。
で、そんな様々な引用によって作品が雑多で取り留めのない感じになっているかというと、全然そんなことはなく、むしろ数々の引用がしっかりとこの作品を通じて感じられる雰囲気に沿うよう、しっかりと丁寧に配置されていることに気付かされます。この後「より切迫した感じの方がよりキャッチーになる」という気付きを次のシングルで得て、無邪気なカットアップ等が段々減っていくので、ことカットアップによって自身の理想とする世界観を的確に描くことについては、本作がART-SCHOOLの全作品でも最高峰の作品になります。上り詰めるのが早すぎる。
でも、こんな痛快で世界観のある作品だけど、売れなかったそうです。それで転換を図って作った『MISS WORLD』がインディーズ市場でスマッシュヒットして、そこから第一期ART-SCHOOLの方向性とあと運命が決まっていく感じになりますが、そう考えると今作は、そんな感じになる前の、彼らがなんか自由にやりたい放題して作品を作ることのできた、最後の時間だったようにも思えてきます。実際、ちょこちょこピアノを入れてみたり、ヒップホップをしてみたり、6曲という大きくないボリュームの中で、メンバーそれぞれが無邪気に、かなり伸び伸びとアイディアを出し合ってる雰囲気があって、それが歌詞の中から感じる冬っぽい感じといい具合のミスマッチをしていて、個人的には、そこから生まれる空気感自体が今作をとても好きな理由なのかな、と思います*50。
以上です。本当に今作でしか味わえない空気感があって、その空気感が好きだなあ、ってなる作品です。『ロリータ キルズ ミー』が聞こえてきたらいつでもはしゃいでしまうような、いつまでもそんな感じでいたいと思います。
追記:次の作品『MISS WORLD』のレビューを書きました。
*1:ART-SCHOOLのミニアルバム群のうち、『スカーレット』『Anesthesia』の2枚のみ7曲入り。なのでミニアルバムはART-SCHOOLで合計11枚。木下理樹関連としてはそのほかにソロの1枚とKilling Boyの2枚もあり、ここまで非常にミニアルバムばっかり出してる人も珍しいと思われます。
*2:もしかして『ガラスの墓標』のページのイラストの背景の街っぽいギザギザを担当してる…?
*3:もし万が一ご用命があれば書きます。
*4:ミックスや録音は岩田純也(トリプルタイムスタジオ)。その後もART-SCHOOLの録音に関わり、他に様々なインディーバンドの録音に携わっている。syrup16gだったりTHE NOVEMBERSだったり、”界隈”が見えてくるようなメンツで面白いです。
*5:この記事でこのブログのART-SCHOOL関連記事も紹介され、恥ずかしいとか何とかよりも、その紹介された記事をまたこのブログで紹介しているという変に循環した構造に奇妙な印象を受けています。
*6:『SONIC DEAD KIDS』の記事では参照するのを忘れてた…。
*7:この曲に限らず、今作のピアノは全てバンドSPORTSの伊藤寛之による演奏。
*8:Nine Inch Nails『Hurt』の歌い出しの引用か。
*9:前作でも出てきた同名映画タイトルのフレーズをここでも引っ張ってくる。よっぽど好きなんだろうし本人もそう言ってる。
*10:破滅を予感させる逃避行は第一期ART-SCHOOLの頻出パターン。むしろ”破滅を予感させる逃避行”こそが第一期の頃の木下の世界観を代表するテーマなのかもしれない。
*11:フランスの小説家ボリス・ヴィアン『醜い奴等は皆殺し』からの引用。
*12:”電気羊”についてはフィリップ・K・ディックのSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』からの引用。後にライブでは”発狂した”の箇所が”優しい眼の”に変えて歌われている。確かに電気羊を発狂させる意味が歌詞の中で特に無いし、悪くない改変だと思う。
*13:セルジュ・ゲンズブールによる退廃的な映画の邦題からの借用。原題は『Cannabis(大麻)』で、邦題は原題に全然関係ない。だけどいいフレーズ。こういうのを拾ってくる木下理樹のセンスって素晴らしいのでは。
*14:アラスカ州はアメリカ大陸の一番北にあるアメリカ合衆国の州で、面積は全ての州の中で最大。かなりの高緯度の地域であり、最大都市のアンカレッジにおいても冬季の冷え込みは激しく、最低気温はマイナス40℃まで落ち込む。
*15:他の4本は『MISS WORLD』『FADE TO BLACK』『サッドマシーン』『UNDER MY SKIN』といったところか。最初『車輪の下』も入れてたら、合計6つの指になってしまうことに気づいて、残念ながら外した。
*16:Weezerの方が2回目のサビの回数が多かったりミドルエイトがあったりと展開は多いけども。
*17:この音源だとライブでは再現されないBメロのピアノ連弾が一番テンション高いかもだけど…。
*18:2回サビが終わった終盤的なブレイクの箇所でまだ1分27秒!Aメロ→A'メロ→サビを2回繰り返してもまだこのくらいしか経ってないなんて。
*19:太宰治の短編『HUMAN LOST』の一節。この小説の時期は太宰が精神的に疲弊して錯乱してる時期で、格別に読みづらい形式も内容も乱れきった文章が特徴的。
*20:またもや太宰治『斜陽』からの引用。短い範囲で2つも太宰からの借用を連発する勢いの良さが好き。どうせするなら1個も2個も変わんないもんねえ。
*21:人家などにも侵入して病原菌等の媒介者になることもあるけれど、ドブネズミやクマネズミほどは有害では無いらしい。野生の場合寿命は4ヶ月程度しかないらしい。
*22:映画『ガラスの墓標』の原題が『Cannabis』。”大麻”を指すが、ここでは植物としての”おおあさ”の方を言っている。
*23:前作と違ってちゃんとエフェクター使ってる!って示してる感じにも思えたりして可笑しい。
*24:パワーポップの王道だから仕方ないですね。同時期のバンドだとGOING UNDER GROUNDとかもWeezer大好きだったし、アジカンとかも含めて、特にWeezer大好きな世代、って感じがする。
*25:最早ちゃんと歌えていないけど、ここではそのちゃんと歌えていないことさえエモく聴こえるんだから、勢いって大事だと思った。
*26:ここの部分の歌詞がブックレットに記載されずただ「ニーナ 笑って」とだけ書かれているのも、なんか、野暮さを避けたかったのかもだけど、良い。
*27:青いお菓子といえばアメリカ。地下鉄のイメージもあって、おそらくNYのイメージか。NYは冬はかなり寒いらしいのでそれも曲の感じに合ってる。
*28:流石にNYで白夜は無いみたい。
*29:空の青、というモチーフは近年に至るまでずっと木下理樹の歌詞に出てくる。
*30:共依存的な禍々しい恋愛模様も第一期ART-SCHOOLでよく出るもの。ただ本格化は『MISS WORLD』以降なのかなと思う。
*31:ずっと「君を失う」歌詞ばかり書き続けていく木下理樹の人生をメタったかのような「何故か」がなんとも不思議な響きを放つ。
*32:『ロリータ キルズ ミー』はオフのセクションでも感情が漲りまくってる。この曲とはちょっとタイプが違うと思う。
*33:この曲のサビのフレーズを歌詞もそのまま引用してくる、その必要性を超えて執拗に引用を混ぜ込もうとする執念が凄いなと思う。引用のために楽曲のセクションを用意する姿勢はほんと渋谷系と何も変わらない。他人のサビのフレーズを自曲のサビ前のダシに使うのは若干どうなんだ…と思わないでもないけど。
*34:ライブでは「疾走」が「しっせい」しか聞こえなかったりする。
*35:「恵みの雨を待つ」という表現はGRAPEVINE『手のひらの上』に登場する。ただそっちでは待つのに倦んでいるけども。初期GRAPEVINEって感じのだるさ。
*36:メロディも歌詞も元ネタと完全一致で、木下の引用の中でもとりわけ大胆としか言いようのない代物。
*37:Flipper's Guitar『星の彼方へ』のサビの歌詞に「陰画の様にくりぬいた真実抱いて」とある。「ように」を「様に」と同じ記載にしてるからやはり引用か。Flipper's Guitar自体様々な引用をしまくってた存在だから「意志は継がれるものな…」って感じもする。
*38:次の曲もスコセッシからだしそっちかなと思うけど、でも曲調的にはスマパンの同名曲は雰囲気が割とそのままって感じもある。
*39:アルバム『YOU』(2014年)に収録。
*40:とも微妙に違うような気がするけど…。
*41:ライブでは第一期のうちでも『モザイク』でのカッティングの追加など、その片鱗は見せていた。でも、木下のファンク要素はPrince由来のものが多いのかなという印象もある。
*42:『SWAN SONG』(disk2)(2003年)に収録。
*43:『ロリータ キルズ ミー』から引き続きのモチーフ。木下はひとつの気に入ったテーマを同じ作品で複数回使用することがある。
*44:言うまでもなくドストエフスキーの有名な小説がある。カットアップなので意味はつながらないと読むのが普通だろうが、もし「『罪と罰』を嘲笑うヤンキー」という意味ならどうだろう。1回しか読み通せたことないからあまり何も言えない。とりあえず大地に接吻してればいいんです。
*45:上の注釈でも書いたGRAPEVINE『手のひらの上』の歌詞とはこっちの方が近い。バインのは「恵みの雨 待つのが 何故 こんなに疲れるのだろう?」
*46:前作『SONIC DEAD KIDS』をローファイに仕立てたけど理解されなかったことで、ここまでわかりやすくローファイしたるわ!みたいな曲に繋がったんだろうか。
*47:フランスの前衛映画『アンダルシアの犬』。眼球を輪切りにするシーン等の衝撃的な映像で知られる。また、オルタナティブロックのアンセムのひとつであるPixies『Debaser』はこの映画を激賞・激推しする歌である。
*48:腐りかけて首をもたげたひまわり畑は見てて不思議な気持ちになる。東京を池袋から北千住まで歩いて移動してる時に大塚駅と巣鴨駅の間くらいの線路沿いの住宅地の中で見た腐りかけたひまわり畑はとてもインプレッションだった。
*49:「千の天使」からここまで、中原中也の詩『宿酔』に出てくる描写。「千の天使がバスケットボールをする/私は目をつむる、かなしい酔いだ」よく読むとなかなかダメダメな光景で、中原中也に親近感が湧いてしまう詩だ。。
*50:今作の空気感と真逆な空気感の作品だと、ミニアルバム『SWAN SONG』になるのかなと思います。あれは、幸せな季節はずいぶん遠くに去ってしまったんだな、というのを噛み締める、その方面に研ぎ澄まされ切った大傑作でもあります。