ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『killing Boy』killing Boy(2011年リリース)

 ART-SCHOOLが今年の6月14日に新アルバムを出すということなので、それへの期待なんかもあったりした中で*1、そろそろ昔からやってたアルバム全曲レビューも進めないとなあ…と誰からともなく背中を押されたような感じがしたので、まずはART-sちょおlではないもののその中心人物木下理樹の当時のサイドプロジェクトであるこのユニット…バンド?の最初の音源から、全曲レビューを再開していこうと思います。

 9曲30分というのは流石にミニアルバムとしてはサイズが大きすぎる…フルアルバムみたいなもんと思っていいのかな。

 

songwhip.com

 

 ちなみに木下理樹の活動としての前作はART-SCHOOL『Anesthesia』になるはず。弊ブログで書いた全曲レビューはこちら。これ書いたのもうかなり前になるのか…。

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 

そもそもkilling Boyとは

 元々はソロ作品を作ろうとしてた木下理樹と、ART-SCHOOLからメジャーバンドのキャリアが始まった日向秀和*2の何気ないやりとりから始まり、最初はSparklehorseみたいな作品を目指していたはずだったのに、思いの外楽曲に躍動感が出てきたために、バンドの形式でしっかりと取り組んだ結果がこのバンド、及び今回扱う本作になります。次の年にもう一枚作品をリリースし、その後ART-SCHOOLの活動が再開したためか、明確にそうアナウンスがあった訳でもない気がするけども活動終了しているところ。

 さてこのバンド、この二人を軸に、Nothing's Carved In Stone*3で日向と同僚のドラマー大喜多崇規に、SPARTA LOCALS*4、HINTOのギター伊東真一の4人で構成され、ある種当時の中堅どころのアーティストが集まったスーパーバンド的性質もあるけども、作曲者もバンド名義になっています。曰く、メロディは木下が考えるけども、それもセッションの中で出てきた演奏をベースにメロディを作ってたらしく、「木下理樹の楽曲ありき」なART-SCHOOLとの差別化ポイントとなっているようです。いやそれでもメロディにおける木下節は依然として強烈だけども。

 ただ、このようにリーダー的存在に自在に課外活動されて本隊であるART-SCHOOLメンバーはどんな感情だったんだろうな…とは思います。実際この後音楽性の急激な転換などもあったりTwitterでの場外乱闘的なやり取りもあった上で、メンバーが二人欠けることになります。

 

 

そのサウンド:ベースとギターの突出したポストパンクっぷり

 演奏的にはベースと、そして何よりもギターが非常にアグレッシブで独特な働きを見せ続けて、木下ライクな楽曲を強力に異化し続けるのがART-SCHOOLとの大きな差別化点。各楽曲をリードするのは概ねこの2つの楽器で、特にベースは演奏の軸として、楽曲によってはメインリフとも言えるフレーズを反復し、または後述するR&Bな雰囲気も大切に作り上げます。横ノリを意識したというリズム隊は、パーカッションの多用などもあり、冷徹な響きの割に騒がしいという、どこかThe Pop Group等のポストパンクのバンド群っぽいリズムの多様性・猥雑さを見せています。そもそもバンド名のリスペクト先*5からして、目指している方向性は明確、2008年ごろからART-SCHOOLの方でも傾倒していたポストパンク路線の続きのようでもあり、もっとギターロックの枠を外してルーツ寄りな殺伐さを目指したようでもあり。

 リズム隊に対して上物の楽器は、特に本作においては木下がギターよりもキーボードに回ることが多く、時に不穏な、時にドリーミーなエフェクトを投げかける役になっています。そしてともかくギターの細く神経質な単音・2音程度のフレーズの、その手数の多さがサウンドを決定づけています。これはもっと総合的にギターロックしているART-SCHOOLとの大きな差別化点で、雄大なコード弾きとかシューゲイザーとかそっちに寄らずひたすら細かい単音フレーズを叩き込み続けるのが木下のボーカルと並走するところこそ、このバンドの作品の聴きどころかもと思う。空間系エフェクトも多用され、スカスカな空間を単音の乱打で埋めていく様が「こういう形式のポストパンクの提示」というところまで持っていけてる印象があります。いやあいいギタリストだあ。

 このバンドの作品は2作あるけど、2作目の次作では木下のギターを持つことが多くてよりギャリギャリした攻撃的で機械的サウンドをしているけど、本作はキーボードの割合が多く、キラキラしてドリーミーな場面も少なからずあったり、後述する宅録R&Bな要素も濃かったりで、より興味深い。少なくとも、“元々は木下ソロの予定だった”という前提は本作の方がより感じられる気がします。

 なお、声の状況は『Anesthesia』からさらに悪化していて、この状況はART-SCHOOLの『The Alchemist』まで続きます。その分エフェクトが声にかかる場面が多く、よりサウンド的な声の使い方を模索してる節が見られます。あと歌詞は、相変わらずの木下理樹なワードチョイスに溢れた世界観。サウンドが結構違っててもこれによって「でもそこまでART-SCHOOLとと異なってる感じもしない」ように思えてきます*6。しかしながら、いくつかの歌い回しは後にART-SCHOOLに逆輸入されます。

 

 

ストパンク仕掛けのR&B成分:抑制された作曲手法

 本作の隠れた魅力はこれだと思っていて、幾つかの”騒がしくない、静かに終わってしまう楽曲”で聴ける抑制されたムードと、その中で特に存在感を発揮するベースの硬質さが、他の木下作品にはなかなかない魅力になってるんじゃないかと思います。いくつかの曲は確実にファンク経由のR&Bをポストパンク的な音で組み直してるような、そんな茶目っ気めいたチャレンジ感があります。

 特に重要なのが、こういう曲では木下の作曲自体から派手なサビを用意せず、抑制され切った渋いソングライティングを見せているところ。この辺、地味と捉える向きもあるかもしれないけど、個人的には木下理樹という作曲者のキャリアの視点で本作を見た時に、一番重要なのはこの「明確なサビを書かない楽曲を複数書いた」ことだと思ってて、木下節の楽曲っていうのは概ね「キャッチーなAメロとサビの愚直でスピーディーな繰り返し」によってその独特の魅力が形作られると思うけども、本作のいくつかの楽曲はそこから踏み出して、「ムードさえ保てれば明確なサビを設けなくとも構わない」というところに辿り着いています。これより後の作品において本作ほどにサビがない曲が見当たる木下理樹作品も無い気がするので、そういう意味でこの要素は本作を聴く上での特別さになっている気がします。

 

 

本編

1. Frozen Music(5:12)

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 ベースが延々とアグレッシブながらダークなフレーズをループさせるのを軸として楽曲が進行していく、本作的な内向性と神経切り詰めた攻撃性の典型を示した楽曲で、先頭曲からしてこのメンバーで新しくバンド組んだことの意義を強力に発していく。

 冒頭からして、実に鉄の塊を鳴らしている感じのあるゴリゴリのベースの連打が端的に今回のコラボの意味を浮かび上がらせる。基本的にベースは間奏の箇所以外は同じベースラインを延々と荒々しくループさせ続ける。攻撃的でありつつ、ひたすらループフレーズに身を置き続けることによって、そこには不思議な抑圧感があり、抑圧された領域の中でひたすら暴力的に機械的にのたうち回る様には清々しい不健康さが浮かび上がってくる。時々ループの中でオクターブ上の音を混ぜて変化をつけたり、最初の間奏ギターソロ後のブレイクでフィルターを使って音をうねらせたりと、その演奏手法はベーシストとしての彼の手管を素晴らしく凝縮させた感じもある。

 そんなベースラインの上でこの曲は形作られていく。日向のベースのループの上でメロディを3種類作り上げる木下の構図はまるでどこか『UNDER MY SKIN』の再来じみているし、そのメロディも陰気に囁くAメロからタイトルコールのBを挟んで飛翔の感じのあるサビと的確に木下節している。「木下のミニマルな歌を中心にしつつ演奏を自在に展開させる」というバンドのコンセプトの、歌の部分のかっちり具合があるからこそ、ドラムのそれだけ取り出したっら存外にサンバっぽい類の激しさも、しっかりダークなものとして感じれるし、間奏におけるギターアクションも映える。

 この曲はやはりベースが主軸としての活躍を担う分、ギターはキーボード共々雰囲気の感じを作るべく割と抑制的な動き方をしているように思える。ただし間奏のセクションは完全に例外で、かなりフリーキーで壊れたようなソロを披露する。こういう具合の痙攣的・バグ的なギター奏法が次作の主軸となる。

 木下理樹という人は結構冒頭曲を大事にしている節があり、冒頭曲に他に同系統の曲が無いような楽曲を置いてくることがままある*7けども、この曲はまさにそんな感じで、ここまで内向性と痙攣するかのような攻撃性を高度に並走させた楽曲はこのバンドにおいて他に無い。

 

 

2. Call 4 U(4:07)

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 ART-SCHOOL等でも聴けるタイプのポップさを堅実に宿した、それでも特殊なギターサウンドでいくらか異化された楽曲。実験的に振り切った感じの曲の後にポップな曲を置いとこう、というバランス感覚がどことなく人間臭い*8

 曲全体のメジャー調のメロディの感じは第二期メンバー以降のART-SCHOOLの同系統の楽曲群に近いテイストがあり、特に『1995』とか似たような透明感を持った明るく切なげなメロディをしている。この曲におけるベースも実にART-SCHOOL的な動きの範囲を逸脱しないようコントロールされている。異なるのは、キーボードがもっと積極的にオブリガードを入れるところ(なかなかにキュートで可愛らしい)と、そしてやはりギターの音色ということになる。

 イントロから聴こえてくるギターのトーンには、間違いなくコーラス系統のモジュレーションエフェクトが掛かっている。けど、どうも普通のコーラスの「トーンをどこか冷たい感じにする」という方向ではなく、もっと水っぽい、ぐじゅっとした音色に変化させている。エフェクト自体に広がりがあるというか。それにしても冒頭のギターコード、ルート音を変えてる以外の音は全部変わってなくて、実に木下理樹なコード感だなあと。この曲は流石にセッションで生まれたものではないと言い切れそう。

 さらに、途中から入ってくるギターフレーズについてはもっと普通のギター音から離れて、キーボードめいた音色に変化していく。これはピッチシフターによる変化と思われ、これを積極的に使い倒していくことが特にサビのサウンドを決定づけている気がする。より曖昧な音世界というか、普通のクリーン寄りのギターアルペジオよりも記憶の中で混濁した過去の情景的なフィールになっている感じがある。このサウンド選択は結構思い切ってるというか、相対的にART-SCHOOLのギターの音色が割と保守的なのか…?とさえ思えてしまうかもしれない。

 タイトルの数字やアルファベット1文字で別単語を表現するやつはPrinceマナーな感じ。ただ、ファンク的な要素もある本作ではしかし意外とこれまでART-SCHOOLでやってきたようなPrinceリスペクト的な楽曲はないし、そういう感じのカッティングのギターも聴こえてこない。もっと別のところで勝負をかけてるみたいだ。

 

 

3. cold blue swan(3:00)

 淡々と進行し、ヒステリックさや壮絶さを感じさせるようなサビもなしに、怪しさをいかがわしく燻らせるそれのみで楽曲を完成させた、禁欲的差に宿る大敗感がムーディーな曲。本作でも地味な方だと思うけども、しかし木下曲の中では地味に独自性の塊みたいな感じがある。

 この曲においてもベースが楽曲をリードしているけども、その働きは1曲目とは大きく異なり、こちらは丁寧に、ビターで存在感あるラインをタイトに弾き、密室ファンク的なムードを作り上げていく。所々で挟まれるスラップなんかも非常にその感じを思わせて、コード進行だけなら割とよくありそうなマイナーオルタナ調のこの曲を一気により肉感的なファンクネスに近づけている。

 木下の歌のメロディもヒロイックさではなく、もっと露悪的ないかがわしさを目指して書かれている。この辺はART-SCHOOLでは『14SOULS』くらいから出てきた作風な気がするけども、そういったそこはかとなく邪悪なムードを、本作ではこの曲をはじめとしていくつかの形で深めることに成功している。その極め付けが、低く囁くようなメロディが少し高い音を連ね出して、この後サビに行くかと思わせて行かない、この、人によってはもどかしく感じてしまうかもしれないメロディの簡潔のさせ方だと思う。今までにもこういうのが無かった訳ではないけど、ここまで徹底して低く怪しいテンションで通すのは思い切ってる。シンセの感じがどこかJoy Divisionの2nd終盤の楽曲的なのも面白い。ポストパンクだからこそのR&Bの感覚というか。

 この楽曲ではギターの出番はかなり限定され、溜めて、溜めて、終盤のリズムだけになったブレイクの箇所から先にようやく、優雅なフレーズを楽曲に付け足してくる。この本当に最後の最後まで待って出てくるところもなかなか独特で印象的で、その後キーボードが次第に醜悪なノイズに移り変わって、そのままリズムだけになって静かに曲が途絶える様は、なんか地味ながらもしっかりとやり切った感じがあってとても好感が持てる。こういうビターさは他の木下曲にはなかなかない要素だと思う。

 なお、この曲の歌メロ後半の箇所の節回しは、後にART-SCHOOLの『YOU』のBメロとして再利用されている。次曲といい、あのアルバムは本作からのメロディや節回しの再利用が幾つか散見される。

 

 

4. xu(3:09)

 前曲が静のポストパンR&Bだとすれば、この曲はその独特のファンク入ったダークさをもっと派手に怪しく躍動させた、このバンドコンセプトならではの楽曲、という感じ。ポストパンク的なトライバルさを木下理樹的に継承した曲と言え、本作の中ではまだはしゃいでる方の曲に分類できるだろう。

 冒頭からして、怪しげにラインを描くギターを先頭に、スカスカな音像なのに不思議に狂騒感のあるグルーヴが響く。裏打ちのリズムといえばそうだけど、キックとハットのみで行うそれは音のスカスカさによるムードの鋭角化に寄与するし、サイクルの終わりにギターのフレーズと少しシンクロするのは小気味良い。その演奏の流れのまま始まる歌もいきなりテンションが高く、この時期特有の枯れた声も、エコーの効き具合と相俟って、いい具合の切迫感の味付けになっているようにさえ思える。

 この曲の面白いのはそうやってテンション高めに始まったAメロよりも、トライバルなドラムソロを挟んで展開されるサビの方がずっとメロディが低くなること。この緩急の付け方も、同じ方向性のものがART-SCHOOLで全く無かった訳ではないけども、でもこういうポストパンクタイプの曲では無かっただろうし、エグ味を含んだ優雅さをたたえたギターフレーズが反復する中でこの低めに囁くようなサビフレーズは、「you know」の繰り返しがどことなくヘンテコなのはさておき、彼のソングライティングに新しい側面をもたらしてたと思う。この低さだからこそ、Aメロほどには上がりきらないメロディで「飛べやしないんだ」と連呼する終盤の展開も歌詞と歌の雰囲気がシンクロして効果が出る*9

 

 

5. Perfect Lovers(3:02)

 正直に書けば「あれっこういう曲『14SOULS』になかったっけ?」って思ってしまったような具合の、下流の6/8拍子バラッドの、このバンドらしくもっと演奏スカスカな具合に展開していくのが特徴の楽曲

 『14SOULS』収録の同系統の6/8バラッド曲『HEAVEN'S SIGN』ではもっとギターのカッティングの音色で持っていく感じだったけど、それに対してこちらの曲のイントロはこのバンドのシンボルである細く鋭い音色のギターがまさに単音でダンスするようなフレージングで彩られる。実に「歌ってる」ギターのラインで、この音の細かさは特筆に値する。他の伴奏が曖昧に出入りするシンセとリズム隊のスカスカ具合だからこそ、このギターの歌い具合もその孤独さで映える。

 しかし、サビではフレージングとエコー成分により、それなりに轟音感のあるギターサウンドに移行する。このセクションはまあART-SCHOOLとそんなに変わりないかなあと思う。思うに、この曲はソロとしてこのバンド結成前より準備してたものなんじゃないか。サビの切実そうに強引に叫びともつかない気負いで押し通す様は実に安定した木下節。

 

 

6. 1989(3:44)

 ポストパンクを合言葉にしたはずのアルバムに突如現れる、まるでPostal Serviceみたいなエレポップ的透明感と勇敢に突き抜けていくようなポップさを持った楽曲。正直作品内で浮いてるとは思うけども、しかし本作で一番いい曲はこれじゃないかなとも思ったりもする。木下理樹のハイテンポのポップソングに外れなしかも。曲名もポップさとメロウさを有した“年数シリーズ”だし*10

 冒頭から連なっていく上手い具合にフィルターの効いたスペーシーなシンセの迸りは、本作のキーボードでもベストプレイだろう。基本的にバンド演奏なこの曲が打ち込みのPostal Serviceっぽく聴こえるのはこの冒頭をはじめとして大きな存在感のあるシンセと、あと冒頭の遠くでなる打ち込みっぽく加工されたドラムの音のせいだろう。いや実際のバンド演奏に切り替わった時の、次第に上昇していくギターフレーズも、楽器から全然違うのにどこか不思議とPostal Serviceみを感じてしまう。真っ直ぐなビートで突き進んでいく様もPostal Service的なリズムとそう遠くない。うんPostal Service最高。

 で、そんなポップなメロディに対して、どこか吐き捨てるような歌い方と、マジで吐き捨てるようなクソみたいな歌詞が載る。あーあ、実に木下理樹だなあ、ってまじまじと思えて、最高だなって感じる瞬間。

 

水死体 すぐしたい 出来しだい したい 死体

溺死体 出来しだい すぐしたい したい 死体

1989 僕らは 羽根を無くし

彷徨い 漂い 地上に 堕ちた時に気づく

 

スピッツから連綿と受け継がれた「性と死」の歌ではあるけど、あまりに身も蓋もない歌詞、それももはやダジャレじゃん…みたいな、そんなみっともないような歌詞が、このように爽快感のあるメロディに乗ることで、なんだか可笑しくてたまらないような、そんな奇跡じみた気持ちになる。

 サビにおいても実に間違いのないポップなメロディの紡ぎ方。この曲もまたAメロよりサビの方がメロディが全体的に低い仕掛けだけど、そこにどこか歌詞の割にホッとするような、不思議にドリーミーな感覚が生まれてる。コーラスワークの追加も的確で、脇を固める実に本作的なギターフレーズもファニーな具合にキラキラしてて素晴らしい。2回目のサビでサビを繰り返してそのままイントロに戻り、思いの外軽い演奏の終わらせ方とそれでも残り続けるシンセエフェクトに、キュートさと少しばかりのもの寂しさが余韻として残る。

 

 

7. black pussies(3:24)

 また本作的な曲調に戻る。マイナー調のファンクを、やはりサビの箇所が曖昧になるような曲構成等によってシックでロマンチックに纏め上げた楽曲。3曲目よりも躍動していて4曲目よりも大人っぽい感じというか。

 色々とパーカッションを纏ったドラムのソロから始まり、アンサンブルが始まると、やはり本作的な明快なラインを描いていくギターフレーズと、そして実に1980年代風味のあるチープなシンセのオブリが入る。このシンセの実にわかりやすく効果的な様は本作で2番目に良いキーボードかも。もしかして木下流Michael Jacksonサウンドなのかこの曲は。高音でスラップ等も効かせたエッジのあるベースラインが蠱惑的で楽しい。

 この曲も最初のメロディが高く、その後が低くなっている。そして、3曲目に続き、Aメロとサビの関係性ではなく、もっと連続している風なメロディの組み方は彼のソングライティングの中でも珍しい作りで、間違いなくこれがこの曲のシックさに一番寄与している。メロディが分かれていないということは、演奏が切り替わる必要もないということで、この曲は本作中でも特に歌メロとそれ以外で伴奏の切り替わる感じが薄く、なのでムード感がずっと続いていく。むしろAメロとサビの鋭い切り替え方で初期の頃のART-SCHOOLは成り上がったと思うので、そういう人がこういう曲をやっているのは面白い進展だったと思う。

 その演奏の連続性が、間奏部分のドラムだけ残したブレイクで途切れて、そこでキーが上がって演奏と歌が再開するのもまた、この作曲者があまりやらないタイプの面白い仕掛け。メロディが高くなり歌のテンションが上がり、それだけに歌ってる内容の虚しさとその後の演奏の反復の無情さが強調され、そして呆気なく終わる演奏でとどめを刺す。

 個人的に本作のファンク路線の曲ではこれが一番好き。タイトルがちょっと今だとポリコレ的にどうなんかなあっていうのが玉に瑕*11

 

 

8. Confusion(1:46)

 終盤になって突如現れる、2分に満たない尺をただ勢いのみで突っ切ってみせるハードコア志向の楽曲。これといい『1989』といい、全編をポストロック・ブラックコンテンポラリーのフィールで済まそうとせずに積極的に違うの投げ込んでくるのは、「いいのか…?」という気持ちと「いいぞもっとやれ」という気持ちが聴いててせめぎ合う。

 冒頭から、やっぱシンセとは違うなあと思わされる、暴発的なギターのフィードバックノイズで始まり、ドラムもこれまでのパーカッションを伴ったトライバルな躍動感はどっか行って、ひたすら愚直な直進性で突き進んでいく。この曲ばかりは木下の方もギターを弾き、これまでのART-SCHOOL以上にグズグズな歪みを効かせてバッキングをしている。マイナー調の楽曲だけど、ギターフレーズは意外とどこか明るい。ある意味的確にアホっぽい感じか。

 歌はもうわかりやすく、Aメロで何かを喚いて、サビでタイトル連呼。もう実に分かりやすく「ハードコアってこんな感じだよな」っていうのを差し出してくる。終盤のタイトルコールはもちろん本作でここまで封印してきた頭打ちのビートになり強烈な縦ノリ。『1989』以上に「このバンドでは横ノリを〜」みたいなのの甚だしい例外だけど、まあ勢いがあって楽しいし、いいや、って感じ。

 

シーレが描く少女の裸は何か澄んでいて

死にたい時そんなことを考えたりするよ

 

「本当かよ…?」って気持ちと「なんで…?」って気持ちがないまぜになる歌詞。でもこの変な飛躍が木下理樹的な世界観だと思うし、こういう意識で救われてる人もいくらかいるんじゃないかとも思う。

 

 

9. Sweet Sixteen(2:48)

 木下理樹という人は最終曲を穏やかなもので終わらせるパターンが多い人だけど、本作もそんなふわっとして穏やかでポップな楽曲でしんみりと終わる。どこか丸みのあるギターの反復やベース、メロトロン、そしてThe Cure『Friday I'm in Love』よろしくな“曜日ネタ”な歌詞を有した楽曲

 イントロからして、まるでシンセなくらいコーラスを効かせたギターのループに、本作でもとりわけハイを落として丸みを帯びたベース、そして変則的なドラムといった、緩んだ空気感が流れてくる。ギターの水っぽい音のせいかどこかグジュッとしていて、声もエコーを押さえてあるためか妙な生々しさがあり、逆にいうとART-SCHOOL最終曲にしばしばある「夢見心地で儚い感じ」は的確に削がれ、やるせない日常の感じだけ残ったような情緒がこの曲にはあるかもしれない。少なくとも「ドリーミーになりすぎないこと」はこの演奏で目指されている気がする*12The Cure譲りの歌詞のやるせなさは、まあ元ネタもどうにもならない感じだけど、実に木下理樹的などうしようもなさが溢れる。

 

月曜は死にたいと思った 火曜なんて覚えてもいなくて

水曜は何か全部グレーで 木曜はクソみたいな気分で

 

こういう「どうしようもない各曜日の色々」な歌詞は、2022年のART-SCHOOL再開時のリード曲『Just Kids』に流用されている。

 サビのメロディもそれまでのギターの反復が続く中なため特別浮かび上がりもせず、ダウナーなコーラスがまた絶妙なけだるさ・やるせなさを転嫁してくる。その後のギターフレーズは夢の中みたいな可愛らしさがあるけども、どうせまたすぐやるせないAメロに戻るんだ。2回目のAメロでギターが消えてメロトロンめいた音に取って変わるけども、これも幻想的になりすぎず、そしてまたスッとサビになり、何か特別劇的なことが起こるでもなく、スーッと終わっていく。この作品だとこのそっけない感じが合ってる感じがする。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

終わりに

 以上9曲で30分程度の作品のレビューでした。久々に木下理樹作品のレビューをしたので前の書き方を忘れました。思いの外時間が掛かったので新作アルバム出るまでにそんなに進めなさそう。

 この作品は声の状態のことやART-SCHOOL本隊のグダグダな状況のこともあってか、リアルタイムの際にファンにさほど快く受け入れられてない印象があったけど、でも筆者はリリース当時からかなり好きで、特に、ソロの延長で軽くR&B風味になったってのがいいと思いました。世の中、「本物っぽい」やつじゃなく、もっとチープなR&Bが色々とあってもいいもんだと常日頃から思います。本作は結構そういうのになれてる感じがします。作中の半数の楽曲は別にR&Bでも何でもない気もしますが。それに、本作で1番好きなのが『1989』なので、R&Bがどうこうとか全然関係ねえ、って話ですが。

 ギターのサウンドも実にスリリングで、木下理樹楽曲にまた違った妙味を的確に叩き込んでくるのが愉快な作品だったと思います。次作ではもっとバグった感じのノイジーなフレーズやサウンドが多いですが、本作のそれはあくまで“優雅さ”重視という感じがあって、そこが個人的に合うなって感じてました。

 思えば、第二期ART-SCHOOLになってから割とひっそりと取り入れられたR&B要素と、『ILLMATIC BABY』くらいから急にメインになってきた*13ストパンクのサウンドとが両方注がれた地点がこの作品だったんだなと。killing Boy次作ではR&B成分はオミットされるので、この二つがふんだんに注ぎ込まれた木下理樹作品はこれが唯一となる訳で、そう思うとこれ結構貴重な作品なんじゃ無いかと思うんですがどうなのか。

 という感じでした。それではまた。

*1:Twitter経由で会って話したことある人が公式でレビュー書いてさえいる。

*2:『LOVE/HATE』の頃にズタボロのバンド状況の中で脱退したけど、その後も親交が復活・継続していた。

*3:当時長い活動休止中だったELLEGARDENリードギター生形真一が結成したバンド。2022年のELLEGARDENの再結成のため活動休止中。

*4:当時は解散中。2016年に再結成。

*5:これは言わずもがな、ポストパンクバンドKilling Jokeを参照していると思われる。

*6:まあバンドによって歌詞を使い分けるなんていう妙に器用そうなことを彼にしてほしくも無い気もする。

*7:『LOST IN THE AIR』とか『Waltz』とか『ILLMATIC BABY』とか『Helpless』とか『革命家は夢を観る』とか。「1回やってみたくて1回やって満足した」パターンも結構あるような気もするけども。

*8:ART-SCHOOLでも冒頭に実験的な楽曲を持ってきた後にはポップな曲を置くことが殆どで、この辺は良し悪しとかじゃなくて、そういう性分なのかな、と思う。

*9:というか「飛べやしないんだ」というフレーズを高音でシャウトするかファルセットするかすると「飛んどるやないかい!」というツッコミどころになってしまうので、この曲のように力なく歌うのが正解だろう。

*10:これより前に『1965』『1995』が該当する。年数を曲タイトルにしてしまうのはやっぱSmashing Pumpkins由来か。

*11:The Rolling Stonesとかでも「黒人女性は一晩中ファッ●したがる」みたいな歌詞がもう今の時代にそぐわないよねとなっている今日この頃。改めて考えりゃそりゃそうだなってことだけども。

*12:でないとドラムがバタバタとしすぎて中途半端に慌ただしいことになる。

*13:この時期かその後あたりから急に木下理樹Ian Curtisに言及するようになったりしてた。かつてのKurt CobainのポジションがIan Curtisに置き換わったみたいな。