ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『Just Kids.ep』ART-SCHOOL(2022年7月リリース)

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 帰ってきた。お帰りなさい。アルバム『In Colors』から4年ぶりとなる、長い活動休止から復活の4曲入りシングル。

 復帰作、ということもあってだろうか、軽やかに駆け抜けて行く4曲。エンジニアは過去にアルバム『Flora』やミニアルバム『The Alchemist』等を録音した益子樹、PVは第一期の頃をはじめ多くのこのバンドのPVを撮影してきたモリカツ(森克彦)、そして演奏陣は活動休止前と変わらず、アルバム『BABY ACID BABY』以来ずっと続いている4人。

 今回はもう早速各曲レビューに入ります。ART-SCHOOLな雰囲気を実にサッと感じれる、爽やかな作品です。

 ちなみに本作の前の作品となる、2018年のアルバム『In Colors』についての全曲レビューも弊ブログで書いてました。以下の記事です。

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 

1. Just Kids(2:58)

 これでもかという程にシンプルさを極めた結果演奏時間も3分を切るという、最早潔さしか詰まっていないような楽曲。これをリード曲にしたところに彼らの開き直った時の強みみたいなのが現れてる。『あと10秒で』並にシンプルに徹しまくった楽曲ですよこれは。

 冒頭、『SWAN SONG』みたいな雰囲気のエフェクトが柔らかく広がって、穏やかな楽曲なのか、と思わせておいて、その後に聞こえてくるのはこのバンドらしすぎる直球ルート弾きの太いベースラインとアルペジオ。このイントロだけで、あ、この曲は間違いなくART-SCHOOLの楽曲なんだな、と思わせられる説得力がある。愚直すぎるくらいの展開の、しかしコード感が晴れやかな様は意外と新鮮味もあって*1、『車輪の下』のイントロをもっと朗らかで角が取れた感じにやってる風でもある。

 スネアのリム刻みの代わりにハットで細かく刻むドラムプレイの上で、木下理樹のボーカルが始まる。かなりクリアな声質で、しかしどこか音程が微妙にずれているような、でもそんなことどうでもいいくらい声の感じとメロディがART-SCHOOLしまくってるような、実に木下理樹なボーカルに、歌詞のシンプルさ共々「帰ってきた」の実感が大いに湧くところ。

 そしてドラムの軽やかなロールからサビに駆け出して行くところの爽やかさ、タイトルを連呼するメロディのシンプルすぎる具合、キラキラしたアルペジオを弾き続けるギターの流れ。そしてこのバンドの曲に特有の、サビ後の間奏部分にも歌メロディが続いてるような展開の仕方。ここでそれまでアルペジオに徹していたリードギターが急に切り替えてくるフレーズは少しばかり刺々しい煌めきがあり、しかしその分生命力が吹き上がってくるかのようでもある*2。そこに並走する木下のボーカルはいい具合に角が取れてるけども。もはや可愛らしい。よく聞くと途中から2回目以降のサビはコーラスが付随して、キラキラしたレイヤーをもう一枚重ねている。

 間奏展開もそこそこにブレイクして最後のAメロ、の展開をすぐに始めて、最後まで疾走感の途切れないまま3分弱で終わる様は見事で、特に最終盤、ここだけリズムが頭打ちになるのと木下のファルセットボーカルまで混ぜ込んでくるところには、最後の僅か20秒程度に本気を注ぎ込む、このバンドの“意地”みたいなのが垣間見える。

 月曜日から日曜日までを順番に述べていく、The Cure『Friday I'm in Love』形式の歌詞手法*3は、木下理樹はKilling Boyで一度使用している*4けども、ここでもいい具合に彼流の「どうにもならなさ」を、実にART-SCHOOLな世界観で盛り込んでくる。2回ある各曜日の歌詞のうち両方とも何故か水曜だけ調子がいいのが謎。それにしてもやっぱThe Cure大好きですよねこの人たち。

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2. レディバード(3:32)

 本作の曲目を最初に見た時に、なんか急に曲タイトルが浅井健一っぽくなったなあと思わされたその一番の理由はおそらくこの曲のタイトルのせい。検索すると2017年のアメリカの青春映画が出てくるけどそこから引用したの…?単語の意味としては「てんとう虫」。

 曲としては、マイナー寄りのメロディの際のこのバンド的な勇敢さ、荒涼感の上をダークさとロマンチックさを上手いこと盛り込む手法が鮮やかに・端的に表現されていて、実に好感が持てる。急に英語詞になるサビはともかく、この曲が一番本作で好きかも。

 イントロの陰りのあるアルペジオから、ハード気味に躍動する演奏が入って、荒々しさの中を鳥が飛ぶようなギターフレーズに変化するところがいきなりキャッチーで、このシンプルなフレーズで効果的にロマンチックさを引き当てるのは戸高賢文加入以降のこのバンドの強みだと思う。第二期以降、彼のギターサウンドの幅が時にバンドの表現力の幅に直結する側面が多々あり、その腕前はこの曲でも八面六臂の活躍を見せている。2回目のAメロでワウにしてみたり。

 Aメロの木下理樹のメロディの、低い音程で実に奇妙な昇降を見せる様がまた、とても彼らしい、やっぱ彼にしか描けないメロディってあるなあと思わせる。基本低いところから、時々ぶっきらぼうに音程を持ち上げる、そのセンス。サビ前でスッとメロディを消して、その途切れさせ方の少しもの寂しい感じも込みで、やっぱりこの人のメロディの書き方が好きだなあと思わされる。

 サビで急に英語詩になるのはともかく、サビでファズか何かで重く歪んだギターが重力めいて響くのがとてもいい。このギターがあることで、リズム隊の躍動感も歌のメロディもコーラスも全て、重力に対抗するような勇敢さを帯びてくる。こういう重圧的なギターだからこそ導き出せる類の浮遊感ってのがギターロックにはある。

 サビ終わりのメロディの歌詞が「fall in down」なのはまるでノルマ消化かのような木下節。でも1回目の繰り返しの最後や2回目サビの際の、微妙に引っ掛かるような歌い回しには彼ならではの色っぽさがあって、こういうヘナいけどキャッチーな歌い回しも彼はいくつも持ってたなとなるところ。

 サビ2回であっさりと終わってしまって、好きな世界観なのでもう少し展開してくれてもいいのに…とも思わんでもないけど、でも最後のイントロ回帰からより低い地点に重くめり込むように進行する終わり方の、程よく予定調和を崩す感じも面白い。

 歌詞の世界観が、やっぱりどこか心に影を宿した女性が出てくるのが、やっぱりそうなのか、って感じがある。この辺、『In Colors』とかでは様子が違っていたりしていたけど、その後木下理樹が結婚→離婚してたりで、それを挟んでるけども、むしろ昔の歌詞っぽさもある。

 

空な目をした君と いっそ裸足で歩き出そう

力尽きるまで レディバード いってみたいと 君が笑う

 

 

3. ミスター・ロンリー(3:41)

 この曲も映画タイトルからの引用か、もしくは1964年の“往年の名曲”からの借用か。『レディバード』共々、たまたまメロディの音数に合った単語だった、ということもあるだろうけども。

 楽曲的には、本作で最もエフェクティブでU2してるギターサウンドを背景にしつつ、空間的なAメロと一気にギターのドライブ感を効かせるサビの対比で聴かせるナンバーになっている。エンジニアが共通する『Flora』と最も共通する雰囲気はこの曲に見出せるだろう。そう思うとメロディ展開なんかもそう聞こえてくるから不思議。

 冒頭、U2的なディレイの効かせ方が施されたギターの反復の後に入ってくるバンドサウンドも、ドラムのリズムの組み方が変則的で、どことなくニューウェーブの感じが本作で最も漂う。Aメロにおいてもこのエフェクティブで柔らかげなギターが支配的な存在感があり、特に所々でサブドミナントマイナー的な響きのトーンを挿入してくるのはいいアクセントになっている。木下のメロディはかなり過去にどこかで同じようなのを聞いた覚えがあるけどこの際そんなのはどうでもいい。

 サビで一気にギターがディストーションなモードに入って、パワーコード的なリフで曲展開をガツガツとドライブさせるのは爽快感がある。ベタだと分かっていてもこういうのにはやっぱり抗い難い魅力がある。こんな展開でも相変わらずリズムの組み方がAメロから引き続いているところは、曲の勢いの性質が連続することに役立っている気もする*5

 この曲は本作でも珍しく間奏っぽい展開がある。だけどもサビメロディが引き続いてたりもしてあまり間奏という感じもしない。そのまま最後のサビに突入した後、間奏で出たフレーズと同じもの一発の飛翔であっさり終わってしまう。そのあっさり感にも美学を感じる。

 歌詞の世界観はやっぱり木下理樹的な喪失と感傷の物語だけど、一部にどこか、結婚や家庭への憧憬じみた情緒を感じさせるフレーズがある。

 

3才になった子供達が描くレモン

その記憶さえも 俺はいつか失くすだろう

貴方が泣いた あの夜を覚えてる

小さな声で 何か云おうとして

 

そしてやっぱり「言う」ではなく「云う」の方の漢字を使うんだなあ。

 

 

4. 柔らかい君の音(3:43)

 あまりにThe La's『There She Goes』っぽすぎるエヴァーグリーンなイントロに少々ズッコケる*6も、そのエヴァーグリーンさの方向性としては確かに共通するものを持ちつつ、しかししっかりと木下理樹ソロ以来の「男の子のロマン」みたいな方向性をさらりと誂えた、穏やかなポップさでずっと進行していく楽曲。本作の締めとして、とてもピースフルで少しばかり感傷的になりつつ、でもどこかナチュラルに前向きな気持ちにもなれる良い曲。

 基本的にコード感がマイナー側に陰ることはなく、ずっとメジャー調をキープしながら進行して行く。サビのメロディもキーのコードから順次展開していく穏やかさがあり、その柔らかな雰囲気には、木下ソロ時代の『SWAN DIVE』や『NORTH MARINE DRIVE』のような邪気の無さがそのまま成長したかのような面持ちが感じられる。

 似たようなコード感でありつつも、きちんとサビではサビらしいメロディの穏やかな飛翔がある。その本当に穏やかな様に、サイケすぎない煌めきを有したギターが優しくアレンジを施して行く光景は、極端な絶望も欲望も願望も排した、ただ控えめな願望だけを綴った、病気療養から復帰した現在の木下理樹が穏やかな時にナチュラルに見える世界観をそのまま出力したかのような、そんな少し物悲しくも愛らしい平穏さが流れている。

 サビの終わりの箇所で少しばかり頭打ちのリズムが入るのは、そんな穏やかさにほんのちょっとだけ反抗するかのような、子供っぽい可愛らしい反骨精神じみたアレンジになっている。特に2回目サビ終わりの、ギターフレーズと伴って高揚するときの感覚は、その裏で歌われているのが「ただ歩くんだ」というささやかなものであることも含めて、なんだか感動的な感じがする。

 歌詞についても、案外「ART-SCHOOL的な物語」ではなく現実の歌い手の状況を踏まえてるのがこの曲なのかもしれないと思わされる。穏やかな音と言葉の中に時折差し込む、経緯を知ってると聞こえ方が少し違ってくる言葉の色々。

 

柔らかい 日々の音が 新しい 日々の音が

聞こえてくるよ すぐに 叶わない 夢の後に

 

そして、サビの歌詞のフレーズは本当に穏やかにささやかに、願いで溢れている。

 

海を観に行こう 揺めきながら 僕等は

お茶をしに行こう 満たされない想いのまま

歩き続けよう よろめきながら 素足で

たまに抱き合おう 彷徨い続ける 僕等は

いつだって 今だって そうさきっと 光の方へ…

 

ここには「全てを達観できて包容できるような立派な大人」になれなかった人の、それでもせめて何か前向きに生きていこうとする意志があり、かつ同じようにみっともなくしか生きてこれなかった人たちにちょっとばかり手を差し伸べるような頼もしさがある。ずっと満たされないまま彷徨い続ける歌ばっかり書いてきた彼だからこそ示せるものが、ここには確かにある。

 

 

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おわりに

ART-SCHOOL

 以上4曲、14分弱の作品でした。それにしても上の最近のメンバー写真、藤田勇がまるで高橋幸宏みたいになってるのはちょっと面白い。

 これまでこのバンドはなんか律儀というか、活動再開時には結構それなりのボリュームの作品を出そうとするところがあって、第二期はじめのミニアルバム『スカーレット』は7曲入り、今のメンバーで復帰する際は12曲のフルアルバム『BABY ACID BABY』で、その後の自主レーベル立ち上げ後の活動再開も11曲のフルアルバム『Hello darkness, my dear friend』だったりと、かなり頑張ってる感じがあったけど、今回はそこまでそっちの方向で根を詰めて頑張りすぎず、4曲に絞ってサラッとした作品になったことが、結果としてとても良かったように思いました。療養から復帰後の作品ということで色々大変だった事情もあるようですが、曲が少ない分、純粋にポジティブな方面の生命力を感じさせる楽曲がサラリとテンポ良く並んでいて、1枚の作品としての方向性に一貫性を感じます。基本的なバンドの音楽性を中心的に意識しつつ、そこにどう今回的な味付けをするか、ということについても、無理なくそのようなアレンジに仕上がっているように思います*7

 様々な事情については以下のインタビューを。活動休止や療養期間についてのインタビュー記事はnoteの有料記事だけども。有料の方読むと、そりゃおかしくなるわ…という事態だったんだなあと分かります。

spice.eplus.jp

 メンバー写真を見ても何となく分かるとおり、彼らはもう結構大御所なんだよなあ。でも、そんな彼らが、というか木下理樹が、木下理樹のままでバンドをまた続け始めたことはとても嬉しいし、なんか励まされることだと思います。思い詰めてアディクトにならなくていいくらいのペースで、ずっとずっと活動を続けて行って欲しいなと思いました。そのサンプルとして、今回の4曲の「さりげない」感じはとても丁度良いように思えます。

 それではまた。全曲レビューの更新もぼちぼち再開しないとかもな…。

*1:そもそも中尾憲太郎がベースになってから、ここまでストレートに爽やかにベース始まりの曲も今まで無かったか。

*2:どちらかというとKilling Boyのリードギターを思わせるフレーズにも思えるところが少し面白い。

*3:前にこのブログのどこかの記事でも述べたとおり、この歌詞手法にしても少なくともムーンライダーズ『青空のマリー』の方が早い。きっともっと早くからこの手の手法の歌詞はあるんだろうと思うけど、でも一番有名な曲ってなるとやっぱりThe Cureかなあ、という事になる。

*4:1stアルバム収録の『Sweet Sixteen』という曲。

*5:曲展開でリズムの組み方を変えることは、曲展開の変化の強調という意味では効果が大きい反面、ノリの一貫性という意味ではその変化によって損なわれるものがないわけでもないな、という所感がある。

*6:でも絶対そういうツッコミ待ちでこのイントロにしてると思う

*7:逆に、かなり“ART-SCHOOLらしくない”アレンジが多々見られたアルバム『In Colors』は、案外もしかして色々と「これまでにない方向に行ってみたい」と無理をしまくってたアルバムだったのかもしれない、とも、本作のナチュラルさを機に思い当たった。同じ明るい曲調でも、曲の方の『In Colors』と本作の『柔らかい君の音』を比べると、後者の方がずっと無理なくスッと出てきてる印象を受ける。無理をしてはいけない、ということではないけども。ただこの辺の「安住か冒険か」みたいな問題は、こと複数人による共同体であるバンドというものが続いていく上ではなかなか避けて通れない部分で、バンドの持続可能性、という意味でも、本作やこれから先の彼らはまた一つの大きなモデルケースになるかもしれないと実は思ってたりしてる。