ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『In Colors』ART-SCHOOL

ART-SCHOOLのニューアルバムがリリースされました。

In Colors

In Colors

 

発売されて1週間以上が経ちましたが、今回かなり聴きやすい感じがして、ならばきっと書きやすいだろう、という見立てで、順番すっ飛ばしですが全曲レビューになります。フルアルバムとしては通算で9枚目。今のメンバーになってからでも通算4枚目。いつの間にかキャリア中のフルアルバムの半数近くが今のメンバーじゃないっすか。


ART-SCHOOL「OK & GO」MUSIC VIDEO

 

1. All the light We will see again

 いきなり大味なパワーポップ調イントロでちょっと拍子抜ける。驚くほどシンプルに、オープンハットから入っていくバンドサウンドの「せーの」感は、スマパンとかを例に出すよりも前に、妙に健康的にさえ思えて、なのでそこからAメロでまあ見事に「いつもの」な木下節の緊張して翳ったメロディーが現れてホッとするような。

 その大味なメインリフはそのままサビの伴奏となる。このはっきりと陽性なサビメロが今作のカラーを結構正直に表現しているのかも。ここはボーカルがダブルトラックになり、コーラスも添えられて、これまでの「生々しい」とか形容されてた木下ボーカルの印象とはかなり違う処理になっている。やはり「聴きやすい」。

 ただ、その聴きやすさの上で、3回目サビ終わりからタイトルコール、そしてファルセットが飛翔していく展開はなんだかんだでちょっとばかり感動的なエモさを有している。そう、今作は久々に、ファルセットがアルバムの多くの場面で活用されている。演奏ブレイクからのART-SCHOOL得意の盛り上げる展開も、現在のメンバー構成になってフルアルバムも5枚目となり、既聴感が多少あっても全然平気だと言わんばかりの熟練の演奏が、サビへの流麗でドラマチックな橋渡しをする。

 歌詞は、なんか突如、中村一義の『キャノンボール』みたいなことを言っててまた驚く。ある意味では『SWAN SONG』の「生きてるようで死んでいる」*1みたいな世界観とは真逆な位置にあり、少しばかり寂しくもあり、しかしながら今年で40歳になる木下理樹の何らかの決意表明のようでもある。この辺の妙な力強さで「君」に語りかけてくるスタイルもまた、今作に通底していくテーマのひとつに違いない。

 

2. Touching distance

 いきなりの歌スタートに1曲目以上に驚く。今確認してみたけれど、アートに限らず、木下理樹の作った楽曲でもいきなり歌いだす曲は殆どない*2。アートでは何気に初では*3ラルクの『HONEY』とかみたいだし、ついでにAメロはアルバム『Flora』の『影待ち』の流用っぽくもあるし。

 歌いだしのバッキングはシンプルなギターのブリッジミュート的なプレイだけでこれまた非常にシンプルかつパワーポップ的にも安易に聴こえさえするけれども、しかしバンドサウンドがちゃんと入ってくると、これまた意外とART-SCHOOLの曲っぽくちゃんとなっていくから不思議。

 タイトルコールの箇所のギター二本のサウンドは非常にシンプル。それでもちゃんとフックとして機能するのはリズム隊の適度な重みと突っかかり具合からか。ギターはサビ等でもシンプルなカッティングプレイに務めている*4けれども、2回目サビ前のAメロで突如やたらアートスクール然としたネバネバ感で存在を主張するプレイをするのがアクセントになっていて面白い。

 この曲もどこか陽性な疾走感があまり途切れずに、ブレイクで途切れても十分なタメを見せて展開して、きちんと続いていく曲展開になっていて、とても分かりやすくて良い。単純にやるとのっぺりしそうなのをタイトルコール部のつんのめり方で上手くクリアしてる気がする。特にサビでは爽やかな戸高コーラスが聴けて、ここはバッキングのギターもシンプルだから、ライブでも…と期待できるところ。

 歌詞も、やはり「君」に対して語りかけてくる体裁を取る。「転がっていけよ 一生 荒野の方へ」という歌詞がどことなく木下歌詞っぽくなく聴こえて*5面白いけれど、この辺はむしろ木下自身やバンド自身に対しても呼びかけているように聴こえる(そんなファン的な妄想をする)

 

3. Dreaming Of You

 アルバムリリースに先駆けて公開された曲だけど、単体で聴くよりも、前曲からの流れで聴く方が圧倒的に良い。前曲の陽性のバンドサウンドが余韻短めに収束した直後にこの曲の冒頭のスネアからダーク目な疾走感に鮮やかに切り替わっていく様に、この曲順を決めた人の確信めいた何かが垣間見える。

 そのダーク目な疾走感のこの曲。所謂「高速四つ打ち」的なプレイが全編で活用されるのが最大の特徴*6で、それを軸に『14SOULS』以降出てくる感じのゴスいダークなコード感とギタープレイでアレンジされたサウンドは、ある種のダサさを通り過ぎた感じの質感がある。ある意味、コッテコテのアートスクール節。戸高氏のギターには悪ノリの気配すら感じるけれども、そこや歌詞の不思議な言語感覚がこのマイナー調の曲を妙にユーモラスにしている。

 2本のザックリしたギターサウンドは今作でもとりわけはっきりと左右で分けられ、今作のシンプルなバンドサウンドに回帰した側面を象徴している。その間でベースの存在感は大きい。珍しくAメロの後に間奏を入れ、これまた珍しくはっきりとギターソロが展開されるも、そこはギターマガジンでエフェクター特集に駆り出されがちな戸高氏、アウトロのグリッジ共々エフェクトで変化をつけている。

 歌詞も、男女間のセックスで刹那的で木下理樹的な内容ながら、どこかシュールな部分も。「I fucking you tonight」って貴方…。今作でも最も言葉の響きと雰囲気で突っ切る内容の歌詞と言えるかも。 

 

4. OK & GO

 前曲と同時に先行公開された、こちらはバンドのドリーミングでノスタルジックな側面を強調する楽曲。

 この曲もまた前曲からの繋ぎが美しい。ギターのグリッジノイズの寂寞をこの曲のうゆったりとしてファンタジックな質感が塗りつぶす時の不思議な切なさが堪らない。音的にも、これまで3曲がオーソドックスなバンドサウンドでオーバーダブも最小限な感じだったのに対して、こちらはバンドが年月を経て習熟していった各音のレイヤー感が心地よい。よく聴くとやはりウワモノは左右2本のギターだけっぽいけれども、リバースディレイやトレモロなどのエフェクトを駆使して、お得意の反復フレーズに有効な奥行きを作っている。歌パートを繋ぐギターのフレーズはスピッツ的でとても華やかでポップだし、すっかり定番となったUCARY & THE VALENTINEのコーラスはここでは非常に器楽的に処理されている。

 しかしそれよりも注目したいのがこの曲の構成で、歌パートは3種類あるけれども、そのどれもがサビとまで言えないほどの存在感で成立している。そしてこれらの繰り返しの間に間奏は無い。つまりこの曲は、木下理樹が歌いだしてからは終わるまでずっと、特にオチのないメロディを歌い続けるという、何気にやはりこれまでの彼の楽曲に無かった構成となっている。

 この曲構成がもたらす効果というのがとても重要で、後述する歌詞の際どさと相俟って、ドリーミーでありながらふわふわとして行き先もなく(ハッピーエンディングな感じが一切なく)、淡々とした光景にじりっとした虚無感的なものがあるような雰囲気を思わせるし、とりわけサウンドの引っ込んだタイトルコールの歌パートに、そのじりじりを静かにたたえたエモさが滲みだす。

 歌詞も、木下理樹的な身も蓋もなさ、それも彼が前作まで築いてきた世界観を軽く放り捨てるような投げやりなナイーブさ(そういうのも彼の大きな魅力だと思います)が明確に打ち出されている。「自分に子どもがいたなら」というたわいもない話を今の木下理樹がセンチメンタルに歌うことの、そのリバーブの先の痛々しさについて筆者は他人ごとではない。

 以上、僅か3分足らずの曲だけども、この曲は次曲と並んで、アートのメロウサイドの新しい佳曲と言える。特に素晴らしいのが曲の中盤で「たったそれだけなんだ」と歌う箇所、僅かに声が裏返るところの「木下理樹」としか言いようの無い魅力。今作のボーカル録りは戸高氏がディレクションを取ったらしいけど、この箇所はそのフェティシズムの頂点だと思う。

 

5. スカートの色は青

 メロウでポップな楽曲が続く。ドリーミーでフワフワした前曲があっさり立ち消えて、より地に足ついた質感があるこの曲のコードカッティングが聴こえてくるところにもまたストーリーが感じられて、つくづくいい曲順だと思う。昨年にAppleMUSICにてストリーミング限定(割とすぐ後に他の購入手段も解禁)でリリースされていた。

 この曲の、これまでのアートのメロウでポップな曲との差異を述べるならば、それはやはりこの地に足ついた感覚だろう。最初に聴いた時は実にあっさりした感じにやや物足りなさを感じたけど、この曲の徹底した平穏さ*7に気付くと、この曲の光景が分かってとても身に馴染んだ覚えがある。

 なぜ“平穏な雰囲気”になっているのか。それは前曲に引き続き、サビとそれ以外との境界が曖昧であることがまず作用している。前曲よりもややメリハリのはっきりしたメロディ展開で、歩くペース程度にややテンポを上げたリズムで進行していく楽曲はいい意味でとても平坦で日常的で、そこにカッティングやアルペジオの反復や、特に左側で反復し続けるエフェクトの存在感が、どこまでも平坦で平穏で、それゆえにどこにも届かないようなぼんやりした感覚を想起させる。ここではUCARY & THE VALENTINEの終盤のコーラスはむしろ、平坦さの中のふとした瞬間に何か、永遠か何かを垣間見ちゃったような浮遊感のある時間を楽曲にもたらしている。そこからの回帰も爽やか。

 ソフトな口当たりながら力強くリフるギターはどこかミツメのこのくらいのテンポの曲っぽくもあるし、ブレイク等交えたパターンも豊富だ。ドラムの歌パート跨ぎのフィルインは歌唱力がある。そしてそれらは歌いながらも、木下のボーカルと同じく、決して突き抜けない、饒舌になり過ぎない。この辺りのさじ加減の拘りにこのバンドなりの“大人っぽさ”のようなものを感じたり。

 歌詞は、ノスタルジーさに往事のセクシャルな情景を絡めたもので、言ってみれば『フローズン ガール』とかと同じような内容だけど、しかしこの曲での様々な光景が『スカートの色は青』というタイトルに集約されていくのは鮮やかな手際だと思った。あと2017年邦楽ベストクソ歌詞だと思ってた「幸福とかいいんだって そういうキャラじゃねえ」の部分が歌詞カードだと最後「そういうキャラじゃねー」って書いてあってシュールでクソ笑った。

 

6. Tears

 再びマイナー調全開の楽曲。そしてやはり四つ打ち。

 こちらの方がテンポも比較的落ち着いていてダンス調と言えるのかも。Aメロで左右で余韻気味に鳴らされるギターの揺らぎがちょっとばかりスペイシーで、歌詞の内容もあってマイナー調でも悲痛な感じはせず、意外とディスコティークな感じが。最後のサビ後半で頭打ちのリズムになってサクッと終わり、また3分切りの尺という潔さがある。終盤になるに連れてどんどん大袈裟でノリノリな感じになるギターリフがかなり楽しい。

 歌詞については勢いで書いてそうな部分(マネキンの下りが最後「知らねえ」で終わるのは笑った)も多々あるけど、サビでの「今度から 違う 愛せなきゃ 変わらないだろう」という物言いはやはり、これまでの木下理樹的な世界観からの転換がはっきりと見えて、彼の個人史の中では意外と思い切った歌詞のよう。自分から誰かを愛するような積極的な姿勢は少なくないファンから積極的に望まれている要素ではないと思うけれど、それでもこのように自分の考え方を一歩進める姿勢そのものは刮目できる。

 あと今作で印象的な新多用ワード*8「精霊」がこの曲で初登場。何だよ急に「精霊」って、スピリチュアルかよ、みたいな。

 

7. Shining 夕暮れ

 今作で一番ダウナー気味な、一番グランジ要素のある楽曲で、バンドのグダグダでダメダメなダークさが出ている。というか曲タイトルなんなの…自由かよ。

 やはり歌始まり冒頭からのぶっちゃけすぎた歌詞とそれを歪ませたボーカル処理がこの曲の印象を強く方向付ける。「健康ですか?先生が聞く 食べれてますか?まあ何とか」という診断の光景は、これ木下さんご本人の光景ということでいいんですよね…?身も蓋もない情景描写をダラッと呟く横でコーラス等のエフェクトがふんだんなギターのアルペジオが鳴るのはやはり「グランジのAメロ」感ある。それを思うとサビの勢いは意外とまったり気味。実はサビがグダグダなのがカート・コバーンの作曲の特徴(『Smells Like Teen Spirit』はNirvana全体から見ると珍しい例外だったり)だったりなので、そのオマージュかも。

 グダグダな歌詞の中で「夕暮れ待って 変わろうともがく」とあるのは、今作的な詩作の生々しさがあって、静かに痛々しくて好き。

 

8. evil city / cool kids

 『スカートの色は青』と一緒にAppleMUSICで先行配信された楽曲で、これはまさに「シューゲイザー的なギターを習得したスマパン」みたいなサウンドで楽しい。前2曲のマイナー調からの切り替わりはまだ調整曖昧なAメロ→はっきりとメジャー調なサビというグラデーションな進行で、やはり単体で聴くより曲順どおりで聴いた方が魅力的で、またアルバムの曲順の良さを感じる。

 サウンドを主導するのはポストシューゲイズに歪みきった2本のギター。インタビューによるとこのシューゲ感もギターのダビングは最小限していない*9といい、エフェクター等の使用でこのような轟音感を得ているとのこと。サウンドを牽引するのはまさにスマパン的な、スネアが積極的でマッシヴ気味なドラム。この曲は前述のコード感も余分な陰鬱さや空虚さを感じさせず、素直にサビのメジャー感が、やや地味ながらしみじみと感じられていいです。

 歌詞は、割といつものアートスクールだと先行で聴いたとき思ってたけど、アルバムの流れで歌詞を読むとやっぱこのアルバムの歌だなあ、って感じ。サビとか。「出口なんて何処にも無え ていうか入り口すら無え 人はもう無理だって あんた知ってるんだっけ?」のざっくりして雑な絶望感が好き。あと曲名に「/」が入るのは『real love / slow down』以来。よく考えるとあれもややスマパンチックでしたね。曲名とかサビのドラムとか。

 

9. 光のシャワー

 今作で一番驚いた楽曲はこれでした。アートのドリームポップ路線に静かに新たな彩りを加えることに成功していて、まるで木下曲じゃないみたい(言い過ぎ)。

 この曲が目新しく感じたのは2点。ひとつはメロディやコードにどこかオールディーズ的な感じがあること。いまひとつはポップでメロウな曲なのにフォーキーな質感が殆どないこと。

 一言で言うなら「これはアートスクール流のアンビエントR&Bなのか」ということ*10機械的にゆったり反復するリズム、左右でエフェクタブルに揺らぎ続けるギターの音(バンドという前提がなければシンセとしか思わなさそう)、そして天性のナイーヴさを保ったまま、ファルセットを多用したサビ*11をはじめそのような質感を表現したボーカルに、ただ単にジャングリーなインディーロックだけをメロウな曲としてする訳でもないぞというバンドの心意気が垣間見える。

 『クロエ』以降のファンク路線でも思ったけれど、木下理樹という人は何気に、R&Bをロックバンドのフォーマットにキャッチーに落とし込むのメチャクチャ上手い人なのではないでしょうか。割とこの路線で他の曲も量産していってほしい気さえする。ただ裏声を多用する曲はライブのとき大変そうだなあとか思いますけども。

 

10. In Colors

 アルバムラストのタイトル曲にして、こちらはまさにアートのジャングリーなポップさを総ざらいしたような楽曲。Amazonレビューで「この曲だけ力の入れようが違う」と書かれていたのも少し分かるくらい、この曲はアルバムの他の曲と異質ながら、しかしこのアルバムの締めとして相応しい。

 イントロからバンド全体で鳴らされるサウンドの重厚感。単純に、アルバム中でこの曲だけギターのダビングが多い。そうなれば安心の実績を誇るアートスクールのギターポップサウンド、その各レイヤーはさりげなくも煌めきと温もりがあるフレーズで間違いない。

 しかし、そんな伝統ある系統の楽曲であっても、色々とバンド的に新しいチャレンジが見える。ひとつはAメロでのファルセットでのアクセント付け。まるでミツメの時々裏声に移行する感覚をなぞってるような感じがする*12けれど最初聴いた時はシュールにも感じた*13

 そして一番大きいのは、こういう「名曲・アルバム内の“結論”的な曲」然とした楽曲において軽快なシャッフルビートを採用したこと。これまでも『君は天使だった』『Water』、戸高曲で『Mary Barker』などでこういうビートは使われていたけど、アルバムの締めのアルバムタイトル曲での採用というのは、このバンド的にはかなり思い切った感じがする。特にその思い切りが先走ったのか、Aメロ*14の終盤から突如ビートがゆったりからシャッフルに切り替わるのはなかなかに不自然で「えっそんなことすんの?」って驚く。

 このシャッフルビート、ネタバレになるのでアレですが、特に終盤の使用タイミングと戻るタイミングが絶妙に、この曲のピースフルに開けていこうとする雰囲気を象徴している。この辺りの祝福感*15はそれこそ初見でナチュラルに鳥肌が立ったなあ。いつの間にかアコギもダビングされているし。これまで木下理樹が表現してきた優しさの表現の中でも、最高にソフトでポップで素晴らしく、終わり方もちょっと切なげで、この曲がここにあるからこそのこのアルバムの聴きやすさと充足感が上手く完結しているんだと思う。

 歌詞も、今作の「これまでの詩作から離れよう」モードの木下理樹のスタンスで、ひたすら光があって柔らかな表現が尽くしてある。精霊たちも手を振ったりしてる。「スケートみたいに 少女がすべってる」の部分が「障子がすべってる」に聴こえて珍しく和風だなあと思ったことは秘密だ。やはり唐突気味に挿入された Bメロの箇所の「爆撃の音が止んで〜」以降の戦争的なイメージが、サビのひたすら開けていこうとする言葉の連なりのための陰影となっている。

 

総評:

 コアメンバー木下理樹戸高賢史、サポートメンバーに中尾憲太郎藤田勇の体制になってから早7年前後、サポートの二人はなんでずっとサポートのままなん?と思いながらもなんだかんだで上手く回り続けているラインナップとなっている現行メンバーで、今一度ナチュラルに、チョコチョコ新味も加えた上で、今のバンドの運動神経でサクッと作った、というのが今作なのかなという印象。思えば前作『Hello darkness, my dear friend』はシンセや弦楽器・打ち込み等の導入も多い作品だったので、そこからの反動、と言うほどでもないバンド内の方向性の切り替えがあったんだと思う。

 個人的には、その「サクッと」感こそがこのアルバムに抱いた一番の印象だった。10曲で36分という全体の収録時間は、『Requiem For Innocence』の11曲40分弱を抜いて、彼らのフルレングスでは最短。なのでおそらく、これでは量的に物足りない、というファンも少なからずいるのかもしれない。けれども「尺の短いフルアルバム」というのは洋楽とかでも近年の潮流であって*16*17、それに彼らも乗っかってみたのかなあと思いました。その尺の短さは、確かに物足りないと感じる人もいる一方で、物足りないのでもう1回聴こう、という具合にリピートがしやすくなる要素でもあります。

 そしてその尺の話があった上に、今作の楽曲の“軽さ”がある。それは、全体的に極力ギターの多重録音やシンセ等の導入を控え、シンプルに左右でギター1本ずつという「古典的なロックバンド」スタイルをバンドが強調してみたかったのかもしれないし、また木下の詩作の変化━━従来からの「木下語録」的な修辞・世界観からの脱却━━もそこには多分に影響が出ているのかも。これまでの歴代の“大名曲”と呼びたくなるような曲に本当に肩を並べられるのはタイトル曲だけだとは筆者も思います。

 しかし、そんな軽い・重いで今作を善し悪し言うことにあまり意味を感じない。今作はひたすら「聴きやすい」アルバムで、それこそが今作のキャラクター、今作ならではの価値なんだと思います。現メンバーで7年以上演奏してきたサウンドはどんどんしなやかになり、木下理樹ボーカルもファルセットを多用できるテンションになってきてる。少なくとも、曲順の軽快さは過去最高で、冒頭から『スカートの色は青』までの流れるような継投っぷりは美しささえ感じる。作曲詩作からアレンジに至るまでこの「聴きやすさ」の方を向いて作られているとすれば、その試みは十分に成功しているし、下手をすれば今作はアートで一番気楽に聴ける、“楽しい”アルバムだとさえ言ってしまえるかと思います。

 なお、何気に『YOU』以降の彼らの作品は(配信限定シングルとかを除けば)全てフルアルバムで、かつての「日本音楽界でのミニアルバムの帝王」とさえ呼ばれていた(かどうかは知らない)アートスクールとしては意外な感じというか、ほんの少しばかり寂しい錯覚さえ抱きますが、しかし逆に、今のバンドはそこそこのスパンでミニアルバム以上の曲数を量産できるんだと思えば、今作みたいなミニアルバムにちょっと曲数が増えたみたいな作品は程よい充実感と気楽さのバランスが取れていいのかもしれない。ああそうか、ミニアルバムの延長みたいな尺だからこそミニアルバムと似たような感覚で聴けるからこその、今作の“聴きやすさ”だったのかもしれないなあと、ここまで書いて最後に思いました。

 


ART-SCHOOL「Dreaming Of You」MUSIC VIDEO

mikiki.tokyo.jp

*1:もしかしたら『SWAN SONG』のこの辺の歌詞も『キャノンボール』の逆張り的な意思があったんだろうか…いやないだろうな、と考えました

*2:木下理樹ソロ『GLORIA』『RASPBERRY』がいきなり歌から始まるパターン

*3:『into the void』が割といきなり歌スタートだけれども、こちらはその前にエフェクトが挿入される。逆に言うと、木下理樹は曲のイントロを省くことを殆どしてきていなかったことに気付いて、それはそれで驚く

*4:この辺戸高氏がMONOEYESでプレイしてきたことのフィードバックかも

*5:どことなくアジカンっぽい感じがするという意見をよく見ます

*6:この曲の作曲者に木下理樹の他にドラムの藤田氏がクレジットされている辺り、楽曲の根本のコンセプトとして「高速四つ打ち」があったんじゃないでしょうか知らんけど

*7:この場合の平穏というのは決して満たされた状態を前提としない。何も無い、虚しい気分の時だって“平穏”と言わざるを得ない瞬間はあると思うんです

*8:多用って言ってもこの曲とタイトル曲だけだけど

*9:最後アウトロで中央に沸き出してくるギターソロだけかと

*10:普段アンビエントR&Bを聴きもしない筆者が「アンビエントR&B」って言ってみただけな感じがあることを白状しておきます

*11:サビっぽくないコード感やメロディなのも「アルバムを構成する1曲」という感じがして好き

*12:確か木下理樹twitterでミツメの『怪物』を絶賛してたような

*13:『アイリス』の「ヘッヘーイ」を最初に聴いたときと似たような

*14:このAメロも、コード進行を換えてBメロ的な展開にした上で更に全く新しいBメロに繋ぐ構成は、歴代の木下曲でも最上級に凝ってる気がする

*15:アートスクールの数ある祝福感に満ちた曲の中でも、こういう軽快に明るく満たされるような楽曲は初めてでは

*16:この辺レコード文化の復権だとか何とか色々要因はあるんでしょうけどそれを紹介するサイトのリンクを貼ろうとしたけど検索がクソ下手で見つけきれませんでした…

*17:邦楽でも尺の短いアルバムの風潮はあって、サニーデイの『Dance To You』(9曲38分。まあその後ストリーミングで長いアルバムを2連発してますが)だとか、昨年だとHiGE『すげーすげー』(10曲で何と29分弱。今作より遥かに短え)だとか、この辺りはそういう風潮に間違いなく自覚的。今作もおそらくはそうでしょう。もっともアートの前作『Hello darkness, my dear friend』だって11曲41分ですけども