ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『テュペロ・ハニー』ART-SCHOOL

テュペロハニー

テュペロハニー

 
その指で

その指で

  • provided courtesy of iTunes

ART-SCHOOLの3曲入りシングル。配信限定シングルとかを除いて、CDとしてきちんと発売されたシングルとしてはこれが最終作である。なんでや!なんでそんな「最低でもミニアルバム」みたいになっていったの…。

この後のフルアルバム『Flora』のリードシングルという立ち位置。ジャケットは美術学校生等からのオーディションにより採用されたもの。

そして、アルバムにも収録された表題曲よりもカップリングの方が遥かに有名になってしまった…。

 

1. テュペロ・ハニー

なぜ急にヴァン・モリソンからタイトル引用したのか分からない表題曲。ニューウェーブなサウンドで貫かれており、ヴァン・モリソン要素は欠片も無いのでそっちの期待は無駄である。

冒頭からコーラスが深めにかかったギターカッティングから始まるこの曲では、遂にギターサウンドが完全にニューウェーブ志向になった。ディストーションギターは殆ど見られず、アートスクール的な陰りあるコード感の中をこのクリーンギターを中心に、直線的に突っ切っていく。クリーンギタージャキジャキならではの神経質さを、所々の細かいキメがブーストする。特にドラムの高機動っぷりに目がいく。

直線的かつシンプルな構成の楽曲ながら幾つか展開に工夫があり、珍しくいきなりサビから始まったり、2回の間奏でそれぞれ違うパターンのギターソロが演奏されたり*1、2回目Aメロのドラムのタム回しパートが格好良かったりする。

ギターソロ以外はカッティングに徹するギターに代わり、ここでは今作及びアルバム『Flora』のプロデューサー・益子樹氏の手によるシンセのオブリガードが所々に挿入される。このリードフレーズが再現しにくいのでライブであんまり演奏されないのでわ…。

いきなりのサビで「Falling down」の連呼にはもはやすでに熟練の感があり、「堕ちていく芸人」木下理樹の悲観的なワードがリズミカルに飛び交う様は「『フリージア』の頃のポジティブさは何だったんだよ…」感がありながら、最後にしれっとややポジティブな1行を入れ込むのを忘れない。

この曲のPVは『Missing』のPVの前日譚となっている。この記事を書いている現在ではYoutube上には見つからないが。

 

2. その指で

今や上記表題曲を完全に食ってしまった感のある、所謂「隠れた名曲群の代表曲」然とした曲。B面集人気投票1位は伊達ではない*2し、かなり前、近年ほど本人たちがライブのセットリストでレア曲コーナーを整備するよりずっと前からライブでゴリ押しされていた*3辺り、本人たちの妙な偏愛さえ感じる不思議な曲。

『クロエ』等のファンク路線の楽曲だが、その中でも最も完成度の高い曲がこれだろう。Prince意識のギターカッティングは『クロエ』の頃の殺伐さと較べると遥かにリッチで「それっぽい」音色になっており、時折ワウも使ったりで、これと益子氏のシンセが絡むと、80年代ブラコン的なのをバンドでやったような、バンドならではのダンディさが満ちている。2010年代のシティポップブーム前後のファンクとAOR感の混ざったバンドサウンドの感覚を、この曲は先駆けていたと言って間違いでもない気さえする。冗談抜きで「別に普段ファンクをやる訳でもないバンドのファンク曲」としては日本でも有数の存在感なのか…?

最後のサビで加速していくのも、この曲をスイートにし切らないような照れ隠しのようにも感じるし、リズムが微妙にハネているし、またここで木下が弾くギターがずっとワンコード抑えっぱなしで妙に透明感あったりで、色々とおもしろい。スパッと終わることもあって尺が意外とコンパクトなのも良い。

木下のボーカルもこの時ばかりは囁くようなスタイルでひたすらエロティックさを狙い込んでいる。歌詞は完全にエロに振り切っていて、猿猿言ってたPARADISE LOST期のエロさの焦燥的で苦しい感じはなく、半ばギャグのような感じさえある。不倫めいた歌詞はしかし所々投げやり気味で、その投げやりな箇所に木下理樹っぽさが妙に滲んでいる。「床でもどこでもいいよ どうだって」は冷静に考えるとヒドい*4

なおこの曲、ファンがアップしたYoutube上のただの静止画の動画がバンド関連の動画で最も再生回数が多かったりする。これにはボカロPの盗作騒動*5なども関係するが(というかほぼそれのせいだろうけど)、この曲の人気があるところの一側面とも言えるかもしれない。

 

3. クオークの庭

2曲目となる戸高作詞作曲ボーカル曲。1曲目『キカ』の飛び道具感と較べるとこちらはかなり正統派のエモロックでアートスクール寄り。

細やかなリフを弾くギターと空間的なギターとの対比が鮮明なAメロから、それらが混濁して水中感・浮遊感のあるサビへ移行していく展開、と書くと意外と構成は『Missing』に近いのかも。こっちはコード感に陰りがある感じでCメロまであるけど。

何気に2回目のAメロからはCメロを挟んで最後のサビまで突き進んでいくので歌がずっと続く。Cメロでちょっとフォーキーさを挿入するのは上手い展開。3回サビある上で3分ちょっとに収まっていたりで、こちらも曲の作りがコンパクトになっていて、そういう美しさを感じる。

あと何気にサビの歌詞がこっちも「Falling down」って言ってて、同じシングルで2曲も似たような感じになってる。作詞者ちがうのに!『キカ』よりも言葉数が単純に多いので、より戸高の歌詞センスの木下とのギャップを楽しめる。しかし上記の被り以外でも、アートの戸高曲の中でもこの曲が一番木下歌詞に近いやつかも。

 

当時このシングルは枚数限定のリリースで、『Flora』より後にアートをちゃんと聴きはじめた自分は最初戸惑ったけど、itunesで普通に買えたのでどうにかなった。ともかく既に『その指で』がファンの間で名曲とされていて、実際ある程度まとまった曲数を演奏するライブであればかなりの確率で演奏されていた。近年ではフェス以外のライブではほぼ確実に演奏している気がするし、下手するとフェスでも演奏してる気がする。

『その指で』以外の2曲はもはや、なんか完全に割を食ってしまってる感じさえある。『クオークの庭』はここでしか聴けないけれど、しかし配信で曲単位での入手も可能なので、東芝EMI期の廃盤シングル等ほどのどうにもならなさはなく、CD盤は完全なコレクターズアイテムになってしまっているのかもしれない。

完全にニューウェーブ方面に振り切った作風、スーパーカーのプロデュース等で名が売れていた益子氏の起用など、色々と転機めいた部分もあるシングル。3曲ともダーク気味な作風で、『フリージア』で見せたポップな広がりとはまた違った方面への広がりを見せた上で、アルバム『Flora』が後にリリースされることとなる。

*1:木下理樹の楽曲でここまではっきりとギターソロがあるのはかなり珍しい。それも2回も!

*2:B面集のセルフライナーで木下や戸高が「我々はシングル曲を選ぶ才能が無いのでは…」と嘆く様子が確認されている

*3:Flora期の楽曲はライブで全然演奏されないけれど、この曲だけは例外で、この時期の各表題曲やアルバム曲を差し置いてこの、いちカップリング曲でしかないはずの曲がひたすらライブで演奏され続けている

*4:後の歌詞でも「青いカーペットの上で跨がる君は最高なんだ」とか「カーペットで僕に跨がった フローズンガール」とか、この人やたら床でしたがってるんですけど…

*5:ジミーサムPLive in Dead』。当時なかなかに炎上事案となり、実際どうなのかは検証動画を聴いてもらうとして、しかし「アート自体パクリが多いのに」ということで2chのアートスレでは爆笑されてた思い出