- アーティスト: ART-SCHOOL,木下理樹,戸高賢史
- 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
- 発売日: 2006/04/19
- メディア: CD
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ART-SCHOOLの歴史において珍しいシングル。シングルでは通算4枚目*1。4曲入りの本作から次のフルアルバム『Flora』に1曲収録されていたり、また音の傾向から、今作から『Flora』までを所謂「Flora期」と呼称することもある。その名のとおり、豊穣な時期です。
秋冬の楽曲が多い中で大変珍しく春の曲であるこの曲を、冬の今頃にこうやってレビューするのはいかがなものか。
1. フリージア
感動的な大名曲だと思う。シングルにしては地味という声もあるけれど…。これまでのART-SCHOOLの歴史の色々、特に直前の『PARADISE LOST』で蓄えた要素を比較的長尺でどっしりしたポップソングに落とし込み、そしてこれまでデッドエンド感の強かったバンドの世界観に新しい光を投げ入れている。
これまでもメジャー調の楽曲はアートで幾らでもあるけれど、この5分を超える楽曲における穏やかさ・日なたの感じはこれまで決してなかったもの。強いて近いものを挙げるならば『SWAN SONG』になるかもだけど、あっちがギリギリのポジティヴィティであったのに対し、こちらの朗らかさは不思議と平穏でとてもナチュラル。ギターのアルペジオやフレーズの優しく潤んだ響きや、『LOST IN THE AIR』以降的な機械的フィルインのループなのに緊張感よりも安心感を感じさせるドラムを中心に、キーボード類や鉄琴も含めて、演奏もこれまでの緊張感とは別種の温もりをどことなく感じさせる。
この曲最大の特徴として、2回目サビの後にさらりと登場するCメロの存在が上げられる。サビ後に別のフレーズに発展する展開はこれまでもあったが、このようにはっきりと王道的で“J-POP的”とさえ言えそうなCメロが木下曲に登場するのはここが初めて*2。サビの祝福的轟音からふっと移行した後に、程よく抑制されたメロディとにわかに疾走感を帯びるギターのラインが、その後の劇的なブレイクへと連なっていく。このブレイクの、光の溢れる中に放り出されるかのような恍惚感と、そこから演奏が段階を踏んで戻っていき最後のサビへ向かっていく光景は、とても感動的だと思う。
歌詞についても、これまでの「悲しくも美しい世界に埋没していく」色彩の具合とは大きく毛色の違う、ある意味でポジティブとさえ言えるものになっている。いるけれども、そのポジティブさとの折り合いの点け方が非常に木下理樹的(で素晴らしい)。全文書き出したい程に好きだけど、特に最高な部分を。
Ah この憎しみが胸にひとつ残ればいい
Ah それで飛べるから 生まれたままの世界へ
裸のままの君を 裸のままで汚したい
奇麗なままじゃきっと 見えないものがあるのさ
人が背負う“負の感情”とか呼ばれる類のものを排除せず、それでこそ届くものがあるのだと高らかに歌う、ここでの木下理樹の姿は本当に感動的で、彼の世界観の変遷的にもドロドロした冬を抜けて春の日差しがすっと訪れたような雰囲気がある。次曲共々、ART-SCHOOL世界が一旦ここで大団円を迎えたかのような、美しくもなんか暖かい世界だと思う*3。
シングル表題曲でありながら、この後のアルバム『Flora』には未収録となり*4、次曲が収録された。この曲の明るすぎる感じや歌詞の結論めいた感じがアルバムのカラーに合わないの判断されたものと思われる。アルバムのカラーどころか、アートスクールの歴史の上でも浮いている気さえするけれど、それだけ突出した、感動的な曲だと思う。
なおこの曲はPVも出来が素晴らしい。女の子2人の光景はそれこそ『SWAN SONG』のPVを彷彿とさせるし、またホームレスに扮した各メンバーの小芝居も面白い*5。Flora期からPVのユーモア具合も一段上がった感じがある。
2. 光と身体
1曲目に続いてまたスケールの大きな曲。こちらも尺が余裕の5分越え。こちらは陰りのあるコード感で、かつ彼らのこのコード感の曲ではかつてないほどにどっしりした演奏*6で、荒涼としながらも力強い楽曲になっている*7。
フォーキーなアコギとコーラス厚めでメランコリックなアルペジオ、それに間奏等ではスライドギターも絡む演奏は、土っぽさと潤った感覚とが自然に同居していて*8、やや変則的でタメの利いたドラムも力強い。楽曲はこちらも珍しくAメロ・Bメロ・サビの区別がくっきりしており、ABでの沈んで淀んだように囁かれるメロディがサビで一気に荒涼感の中に解き放たれていく様は、木下のボーカルの性質と相まって独特な、線が細いまま力強いような、そんな性質を有している。ファルセットの透明感もこの演奏の中では格別のもの、U2的な快感がある。
そしてこの曲もまた、歌詞にある種の力強さ、ポジティブさが染み付いていて、胸を打たれる内容となっている。曲展開とリンクするように、AメロBメロではやはりどこかもどかしいような虚しいような内容ながら、サビでそれは一気に飛躍をしていく。
空には青 君には孤独と痛みを
あの光は今 遠ざかって ねえ行くから
手を繋いで 手を繋いでいよう
手を繋いで 手を繋いで ねえ いようぜ
まるで美しさのうちに心中するべく「美しいものを見に行く」ことを誘っていた頃から較べると、この歌詞の力強さ、孤独や痛みをシェアして、立ち向かっていくとまでは言わずともそこに立っていようとする姿勢に、男の子的な凛々しさが滲み出ている。
以上のとおり、こちらもアートスクールの世界観をいったん大団円させてしまう感じの「結論」めいた歌詞になっていて、そしてアルバム『Flora』には前曲ではなくこっちが収録された。ラスト前という収録位置に、あのアルバムの他の楽曲の情緒を総て受け止めるだけのキャパがあるこの曲の力強さの程が伺われる。そしてやはり前曲と同じく、力強すぎてキャリアの中で浮いてる感じもある曲ではある。
3. キカ
初の木下以外作詞作曲・ボーカル曲で、ギターの戸高賢史がそれらを行っている。戸高氏はアート加入前はサブライムというバンドで作詞作曲及びギターボーカルをしており、そのセンスが直接的にアートスクールで発揮されることとなった。圧倒的に木下理樹の世界観で形作られて来たこのバンドの楽曲群に他の作曲者のものが入り込んでいくのは、それだけこの時期にバンドの考え方に変化があったということなのか。この後もしばらくはコンスタントにアートスクールにおいて戸高曲が作られていく。
前作『PARADISE LOST』の空気感、北欧的で、冷たくも柔らかな感覚を結果的に今作で最も引き継いだ、三拍子のスローなエモ・ポストロック的なナンバー。これも5分越え。バックのキラキラしたSEや右チャンネルの浮遊感のあるオルガン、サビのアコギなどの醸し出す空気感の枯れ具合はやはり海外のそういったジャンルを明確に志向している(し、それらと同じくとても儚げで奇麗だ)。ドラムは木下が叩いていて、ゆるめのリズム感がフィットしてそうなったとのことだけど、確かにやや拙げなバタバタ感が曲調に非常に合っている。歌詞は木下節と比較するとより耽美志向。木下と似たような破滅的・虚無的な表現でも、単語選びが違うと(そして歌う人が違うと)かなり印象が違ってて面白い。戸高ボーカルも木下ボーカルでは感じられないタイプの荒涼感がある。
戸高曲、三拍子、木下ドラム…この曲もまた、アートの他の曲で見ない程に特殊な楽曲になっているけれど、こういうのがスッと出てきて一定の良さを発揮できている辺りに、彼らが前作アルバムで得た経験や感覚、そしてそれを経たバンドの仕上がり具合の良さが伺える。
4. LOVERS LOVER
結果的にこのシングルで唯一の5分未満の楽曲となった、それでも4分半のミドルテンポで、ダークなU2というか、妖艶さの代わりに木下ボーカルを得たThe Cureというか、といったポップソング。そう、これがまた素晴らしい楽曲!永らくシングルB面の名曲として一定以上のファンに親しまれ、2017年リリースの所謂“B面集”な『Cemetery Cates』に収録も当然。
陰りのあるコード感でちょっと浮遊感がある、フォーキーな感じ、ということで、前前作の『カノン』と近い曲調ではあるけれど、こちらはそこからもっと発展して、その涼しく翳った情緒のままに高揚感さえ感じさせる作りになった。その決め手はやはりギターとドラムで、アルペジオを弾かせるとよりThe Cure感が徹底されたコーラスな響き、サビ・間奏になると軽やかに疾走感のあるラインを、それも2種類用意して展開させるギターに、ハイハットの連打パターンの使い分けで楽曲のパート切り替わりを完全に演出し切るドラムの強力さは楽曲の強力な推進力になっている。
木下の作曲も冴え渡り、Aメロ・サビのシンプルな構成かつサビはシンプルに同じフレーズの繰り返しながら、ダウナーなまま突き抜けていくような抑揚のラインは、サビの疾走感・高揚感に満ちた演奏に絶妙な奥行きを与えている。今作では珍しく自棄気味で鬱屈し切った(笑)歌詞もこの高揚感の中ではとてもキュートで鮮やかに聞こえるから不思議だ。当時のツアーTシャツにはこの曲のサビの「I wanna drown in you」のフレーズが書かれていたとか。
鬱屈を抱えたまま、それをそのまま楽曲の輝きに転化させる、という作用をある種のロックは持っていると思われるけれど、この曲はその最良の部類のひとつ。『Flora』期は他の時期と較べても高揚感のある楽曲が多い時期だけど、この曲におけるそれは本当に格別。最近はB面集の発売によりライブでも時折演奏されているらしく、観てみたい。
後に「豊穣」を半ば自称することとなるこの「Flora期」の冒頭であるところの本作はいきなり大傑作。4曲中3曲が名曲と言えるものであり、もう1曲もチャレンジ感と曲調の調和が取れており隙がない。楽曲の平均的なクオリティはアート全作中で最も高い部類だと思う*9。4曲とも彼らに珍しく長めの曲(3曲が5分越え、残り1曲も4分半)であり、4曲とはいえ収録時間的にも彼らの他のミニアルバムとそれほど遜色ないところもウケる。
趣味趣向で変わる部分もあると思うけど、自分はこの、明暗2つの大曲の後に静寂の三曲目と来て最後に高揚感のある曲で締めるこのシングルの曲順もとても好きで、何気に最高傑作候補の一角では、とさえ思ってる。
楽曲がポップでゆるいテンポに開けていくことで、演奏にも変化が見られて*10、特にギターは本人も認めるブレイクスルー的なポイントであり、この辺りからThe Cure meets エモ的なプレイを自在なものとして、ギタリスト戸高賢史の真骨頂という感じがする。ドラムも機械的でかつ人力的な強靭さが特にハイハットのプレイを中心に感じられて強烈で、またベースも本文では触れなかったけど、ルート弾き以外のパターンが所々に見られるようになる。キーボード等の使用も『PARADISE LOST』の経験を経てぐっとサウンドに馴染んでいる。
Flora期のバンドは歴代でもとりわけポップな方面に、厭な言い方をすれば月並みな“J-ROCK”的な方向に(特にサウンドが)変化していった時期ではある。しかし結局のところその最終系の肝心の『Flora』がやはりART-SCHOOL以外の何者でもない*11出来であり、そしてその後またダーク方面への揺り戻しが発生していく(『左ききのキキ』〜『Anesthesia』の流れ)辺りで、この方針は結果としてバンドの曲調やサウンドを程よく広げる効果を残していったこととなった。
なので今作のポップで開けた地平にグッと踏み込んだバンドを、我々は純粋な新鮮さと祝福とをもって聴くことができる。ベスト盤で『フリージア』を聴いて「なんか浮いてるな…」と思った人はこのシングルを聴けばいい。意外と他の音源のどこにも寄る辺のなさそうな、立派な4曲をまとめて聴けます。
*1:ミニアルバムが多すぎるからこの数字本当に意味が薄い
*2:この後は『Beautiful Monster』『君はいま光の中に』『CATHOLIC BOY』『RocknRoll Radio』『Supernova』などで、コンスタントにこの類のCメロを書いており、なかなかのCメロメイカーっぷりを発揮している
*3:結局その後も救われないまま混濁した世界観に戻っていく訳だけども。年が経つにつれ段々とノスタルジックな側面が強まってる気もしますが
*4:『SWAN SONG』といい、彼らのシングル表題曲で明るいものはいささかアルバム収録から漏れがち
*5:キノコの丸焼き…
*6:この時期の彼らはそれこそOasisとかの、ブリットポップに対する志向があったらしい
*7:正直GRAPEVINEっぽく感じる。スライドギターのフレーズとか完全にバイン。当時はレーベルメイトでした
*8:やっぱりバインだ!
*9:まあ、大曲が4つ並んでいるような形なので、胸焼け気味になる人もいるとも考えられる
*10:ただ、どうもこの時期辺りから特に、木下の中で自分の思い描くサウンドと実際にバンド各メンバーが出す音のギャップが気になり始めたらしいことは、その後のバンドの変遷にもかかることだし特記しておこう。幾つかのインタビューでそのもどかしさを少しずつ表明している。
*11:何故そうなったのかは当該アルバムのレビュー時に考察しますが、大雑把に言えば「作詞作曲者が木下理樹」「洋楽志向」の2点だと思います