ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

レトロスペクティブ:2010年のアルバム15枚

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 10年前に戻りましょう。

 もう2020年ウンザリしすぎませんか…?コロナウイルス、政治的犯罪の連発、BLMの混乱とあっちも深刻な政治不信、香港情勢、最新情報で九州各地の大雨と川の氾濫…もうこの世界終わりなんじゃね?みたいなヤケな気持ちになるので、10年前を振り返ってみましょう。想像してみましょう、10年前の2010年、コロナウイルスどころかまだ東日本大震災も起こっておらず、日本は民主党政権で色々賛否がありながらもとりあえずは今の政権ではなく、アメリカはオバマ大統領の時代が続いていて、中国も時々変なニュースはあっても今の香港みたいなことはなくて、インディーロックはUSインディーが最盛期で、ぼくもあなたも10年分若くて、10年分健康で、10年分バカで、10年分愚かで、10年分呑気で、10年分まだ何かを信じれていて…。

 …などと大げさな前振りはひとまず脇に置いて、回顧記事です。今の自分のiTunesもといMusicアプリのライブラリに入ってる2010年の作品から15作を選んでみました。正直、大半はリアルタイムで聴いてはいなかった気がする作品が並んでしまいましたが…自分史ではなく、あくまで2010年の音楽を今の地点から“回顧”するもしくは“ディグる”というテーマでやっていきます。2010年、こんなアルバムがあったんだなあと改めて思いました。自分もまだ年間ベストとかを書いていなかった頃ですし(書いていなかったんだっけ?よく分からない)。今回は順位を付けて、15位から下っていきます。

 10年前はサブスクとかなかった気がしますので、10年前っぽいやり方で各アルバムのAmazonへのリンクを貼っておきます。Amazonは嫌いになってしまって久しいけども。

 

15. 『Crazy For You』Best Coast

クレイジー・フォー・ユー

クレイジー・フォー・ユー

 

  USインディーのユルい感じ、というと前はPavementとかのローファイ勢のことなんかを言ってたんだと思うけど、この辺の時代はチャチなガレージロックみたいなポップソングにリバーブを深くかけてドリームポップ!と言い張る系のユルさがUSインディーらしさの一部になってた気がする。あとなぜかやたらBeachなんとか、みたいなバンドが多く出てきたり。そう言ったブームの代表作が間違いなくこの作品なんだと思う。

 この手のいい意味でチャチいUSインディーバンドとしては、ボーカルの声の存在感がとても強いと思う。ハスキーでもなくて繊細でもなくて、まっすぐであっけらかんとしてて強い。そしてそんな声でひたすらシンプルにポップなメロディが適度にロールしていくギターやリズムとともに駆け抜けていくのはなんというか、青春の感じがとても濃縮されて詰め込まれすぎている。彼女たちが次作でサッとリバーブ解除したのは、今作が「多くの人々の思い出の中」で特別になっていくのに正解だったのかも。でも本当は、これを郷愁とかじゃなくて常にその景色の中に自分もいる状態として接していたいんだ。

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14. 『ブルーロンド』小島麻由美

BLUE RONDO

BLUE RONDO

  • アーティスト:小島麻由美
  • 発売日: 2010/02/03
  • メディア: CD
 

 小島さんのリリースペースがゆっくりになって「たまに作品出す中堅〜ベテラン」的な一線引いたような余裕あるようなポジションになったのは今作からだと思うけども、母親的な優しさやファンタジックさが際立った後年の『路上』と比べると、こちらはまだかつての「ひりりと冷や汗が流れるような」緊張感もいくらか含まれた作品になってる。『サスペリア』や『アラベスク』で見せる少しレトロにシックで潤んだマイナー調の切れ味はかつてと変わるものではない。

 でも、それにも増して、可愛らしい曲が増えて、そっちの印象が強いアルバム。ドラマーの変更でよりシンプルでロック的になったビートがそんな作風にマッチする。この人ならではのちょっと異国情緒入ったようなポップさは心地よくて、『ペーパームーン』のはしゃいでるようなバタバタ感は魅力的だし、何よりゆったりとスウィングしたビートでふらふらと魅力的な2人の放浪を歌う『大きな地図』のポップでリラックスさと可憐さとが平気で並び立つ美しい光景が、何だろうな聴いててとても憧れてしまう感じがしてる。

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13.『All Kinds of People ~love Burt Bacharach~』V.A.

  日本に軸足を置いたJim O'Rourke的人選でもってかのポップス界の超大御所Burt Bacharachの数々の名曲にチャレンジしていくコンピレーション。Jim O'Rourkeは音響畑の人だけど、同時にアメリカという国の歌心にも大変関心を抱きつづけている人で、個人的には、Judee Sillの生前当時リリースされなかったことが不幸すぎる幻の大傑作3rdアルバムを世に出したこと、そして今作とが、そんな歌心サイドの彼の偉大な業績の両極だと思ってる。

 音数は多くなく、ピアノの響きとドラムのタイトな音が目立ち、そして何よりボーカルの存在感を際立たせるようにどの曲も組まれている*1。というか、冒頭で細野晴臣氏の低音ボイスが実にリリカルに響く『Close To You』の段階で反則だろう、という。さらにその次の曲がThurston Mooreで、彼が実にキビキビとポップなメロディ歌ってるのも珍しくまた魅力的。他も原曲の美しさを品良く引き出した魅力的な歌の数々で、当時話題の人だったはずのやくしまるえつこの存在感が霞む霞む。より昔からウィスパーやってるカヒミ・カリィもここにはいるし。

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12. 『んんん』土井玄臣

open.spotify.com これのみ、その販売形態*2からAmazonリンクを貼ることができなかったのでサブスクのリンクを代わりに。このアルバムは去年くらいにサブスク配信が始まって、むしろリリース当時よりもはるかに聴きやすくはなりました。当時のリリース形態が実に勿体ないほど、彼の音楽は既にここで相当に完成されていて、特にコード進行のパターンなんかはここから今に至るまでそこまで大きな変化ないかも*3

 『The Illuminated Nightingale』以降みたいにエレクトロニカ的に洗練されていないけど、その分彼の楽曲の骨身がゴロッとそこかしこに転がっているような、まるで雨の日の家の中で部屋内の埃の存在感をいつもより強く感じるような、そんな質感がある。初期の七尾旅人に憧れていたという彼の音楽は、かの名盤『ヘヴンリィ・パンク・アダージョ』のナチュラルな深淵感を引き継いで、それを荒み倒していく日常に投げ入れることで“物語”を紡いでいくようなもので、その不毛に儚く美しい世界がまずここで、誰からも気にされないでいいような顔をして咲き狂っている。

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11. 『Transference』Spoon

Transference

Transference

  • アーティスト:Spoon
  • 発売日: 2010/01/19
  • メディア: CD
 

 この前のアルバムが彼らの出世作『Ga Ga Ga Ga Ga』で、あのソリッドなサウンドから今作ではサイケなサウンドの方向に変化した。既にベテラン的地位にあり、かつヒットにより予算もより多く手にして、スタジオワークに凝りに凝り倒した、ということらしい。『The Mystery Zone』の常にディレイで反復するワンコードのギターカッティングは実に象徴的。この曲の奇妙さは彼らのバンド名がCAN由来なことをちょっと思い出させる。

 サイケといっても彼らの場合それでもサウンドをスカスカにさせることは決して忘れない。そのスカスカで無音気味な感じそのものを揺らすような数々の音の演出によってどのような効果を生むのか、それを多数試して取捨選択したような、細かな音響効果の実践ポイントが今作は実に多い。楽曲も彼らにしては長めの尺のものが複数あり、じっくりサウンドの変遷で聴かせようとしたりする。Wilcoでいうとこの『Yankee Hotel Foxtrot』の後の『A Ghost Is Born』と立ち位置がどこか似てる感じがする。終盤、リリカルなサイケさの『Out Go The Lights』から彼ら的なソリッド・ロックンロール『Got Nuffin』に繋がる流れが好き。こんな感じの流れは後の『Hot Thoughts』でも見られる。

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10. 『Shake, Shiver, Moan』22-20s

Shake/Shiver/Moan

Shake/Shiver/Moan

  • アーティスト:22-20s
  • 発売日: 2010/05/19
  • メディア: CD
 

 かのブルーズ界のレジェンドSkip Jamesの『22-20 Blues』から名前を拝借したブルーズロックバンドの彼らが1stアルバムで演奏した青筋走ったブルーズロックは「いかにもUKロック」な感じの、UKロック的な訛りがある仕上がりに思えるけど、その後一度解散して再結成してリリースされたこの2ndアルバムでは更にUKロック的なポップさに大きく開眼してて、その部分がまさに今作を好きな理由になってる。彼らはもう1枚アルバムを残して再度解散するけど、そっちのアルバムはこのポップさが消えてしまう。

 彼らの悲しいくらいにUKロック的な、マイナーコードがはっきりしすぎたブルーズ系の楽曲は、同根の気だるさから生まれているであろうフワッとした煌びやかさと隣り合うことでよりその魅力を増すように思う。そしてそのフワッとしたポップさが放出される楽曲の数々の気持ちよさ。クランチのジャリジャリしたギターの音色だからこそ出せるブライトなポップさというのが確実にあって、彼らはその魅力をここで一旦確実に手にしていた。少しばかり古風なサイケ要素が感じられるのも実にいい。引きずられてかアルバムタイトル曲もサイケ気味なブルーズに仕上がっていて素晴らしい。

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9. 『ファンファーレと熱狂』andymori

ファンファーレと熱狂

ファンファーレと熱狂

  • アーティスト:andymori
  • 発売日: 2010/02/03
  • メディア: CD
 

 そのタイトルの印象もあって、日本のロック界隈で最も「2010年代の始まり」を代表する作品として世間に扱われている感があった、andymoriの2ndアルバム。この時期までの彼らはとりわけ「演奏の勢いこそがソングライティング」を地で行くようなスタイルなため、2分前後で実にあっさりと終わってしまう楽曲も多くて、「何曲かの名曲とその他の勢いに満ちた断章群」みたいな印象があるアルバム*4

 その内訳のうちのいくつかの明らかに丁寧に作られた「名曲」もそれはそれで素晴らしいけれども、やはりこの時期の彼らの疾走感はその断章群にこそ発揮されまくっている。今作を最後にこの2010年のうちに脱退してしまう名ドラマー・後藤大樹氏のテンションの高さは異様で、彼が暴れ倒す場面=このバンド最大の魅力、みたいに感じる瞬間が今作には多々あって、そういう意味では今作一番の聴きどころは2分もない時間を何パターンも暴れ倒す『Transit in Thailand』なのかもと思ったり。もしくは『SAWASDEECLAP YOUR HANDS』のフォーエバー・ヤングな全能感に満ちたテンションの高さ・多弁さ。彼らがこういったすぐにでも失われてしまいそうなものをきちんと記録に残せたことは尊いことだ。

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8. 『Text』昆虫キッズ

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  • アーティスト:昆虫キッズ
  • 発売日: 2010/08/04
  • メディア: CD
 

 上のアルバムに続けて、現代的に変質した「ロックンロール」という言葉の意味を考えてしまう楽曲に満ちたアルバム。ブルーズ進行だとかチャックペリーとかは遠くなって、多少フォーキーであってもそれが暴発的なテンションで疾走しているのあれば、それはロックンロールなんだと、この2010年代のうちに少なくとも日本の一部ではなんかそうなったっぽいなと思うことが時々あって、その時にはいつもこのアルバムのことが頭にちらつく。この2010年代の新しいロックンロールの定式は、まるで彼らのためにあるかのようだもの。

 全曲レビューを過去に書いているので多くを語らないようにしたいけれども、東京インディーという力場の中で高橋翔という人が半ば天然で掴み取ったそれはまるで、無邪気さを信仰するためにバカであり続けようとするような、側から見れば滑稽に映るかもしれないものだけど、『アンネ』の歌詞を読んで何も感じないなら別に言いたいことは何も無い。あの歌詞こそまさに、ある種のロックンロールだと思う。青春にかぶれすぎているのかな。

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7. 『NO ALBUM 無題』bloodthirsty butchers

NO ALBUM 無題

NO ALBUM 無題

 

 思えば、吉村秀樹氏が存命のうちに出せた最後のアルバムだった。「無題」だけで済まさずにわざわざ「NO ALBUM」と添えないと気が済まないところは実に吉村秀樹イズムなんだなと今文字を打ってて思った。『Ragged Glory』の時のNeil Youngばりに平坦で広大な感じのロックを連発するこのアルバムに、ベテランの開き直りに似た覚醒の様を感じたりして、退屈さと清々しさが当たり前のように同居するサウンドと楽曲の力強さがとても頼もしく感じた。その更なる跳躍は彼が他界した後に現世に提出された。

 2本のギターとベースとドラムの4人編成バンドの理想的なロックサウンド、というものを考えたときに、ブッチャーズの今作と次作は偉大なる先行研究だ。特に、この時期のライブでそれを体感できたことは今思えば本当に貴重で、その記憶が薄れることも美化されることもなんだか悲しい感じがする。程よい重量感の伴った強烈なバンドサウンドシンコペーションのたびに全体がグッと引きずられるあの感覚に、これや次作といったスタジオ盤を通じて想いを馳せてみる。

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6. 『シンクロニシティーン』相対性理論

シンクロニシティーン

シンクロニシティーン

  • アーティスト:相対性理論
  • 発売日: 2010/04/07
  • メディア: CD
 

 前作『ハイファイ新書』で一気に加速したやくしまるえつこというサブカルのプラットフォームが最も繁栄を極めたのはおそらくこの年で、アニメへの提供曲として『ヴィーナスとジーザス』『COSMOS vs ALIEN』『神様のいうとおり』とシングルを連発し、また『やくしまるえつこd.v.d.』名義でのアルバムや、コラボも先述のJim O'Rourkeや、鈴木慶一とのコラボなど様々なものが残っている。相対性理論の方でも渋谷慶一郎との『アワーミュージック』に大谷能生との『乱暴と待機』と、共作を連発し、そしてこのフルアルバムのリリースも含まれる。もしこの年の他のリリースの一切が忘れ去られたとしても、オリジナルメンバー4人で作られた最後のオリジナルアルバム*5となった今作の渾身の出来だけで、日本の音楽史に記録され続けてほしいものだけど。

 今作から各曲の作詞作曲者が公表されるなど不穏な要素がありつつも、今作はバンドとしての彼女らのサウンドを強調した楽曲が多く、様々なサウンドへの挑戦やコラボで薄れつつあったバンド感をここでしっかりと取り返し、完成させ、楽曲を量産している。バタバタしたリズムにキラキラしたギター、そして非現実的なガーリーさに満ちたボーカルの妙。ウィスパー的なだけでなく少し強くエモく歌い上げたり、または低音ボーカルなど、その歌唱スタイルも楽曲の多彩さに繋がっている。シュールな脱力感のままひたすらポップな『ペペロンチーノ・キャンディ』と、あえてベタを貫き通して疾走する様が普通にめちゃ格好いい『気になるあの娘』が、この4人で達成した最終地点だったんかなあとか思ったりする。

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5. 『American Ⅵ:Ain't No Grave』Johnny Cash

American VI: Ain't No Grave

American VI: Ain't No Grave

  • アーティスト:Cash, Johnny
  • 発売日: 2010/02/22
  • メディア: CD
 

 アメリカ最大のカントリーシンガーだったJohnny Cashが亡くなったのは2003年のことで、生前最後のアルバムにて発表したNine Inch Nails『Hurt』の痛ましくも美しいカバーは彼の最後の壮絶な名曲となった。しかしながら、彼の死後に2枚、完全な新曲のみで構成されたフルアルバムがリリースされている。彼の死の4ヶ月前に亡くなった彼の妻が生前に「仕事を続けてほしい」と語ったため、そこから彼の死までに実に60曲が録音されたという。1枚が2006年に、そしてもう1枚がこの2010年にリリースされた。彼が晩年にリリースし続けていたAmerican Recordingsシリーズの、それぞれⅤとⅥと銘打たれた。

 死者から届く新しい音源とは不思議なものだけど、今作はとりわけ、彼の晩年にして最盛期と言わんばかりの、ひたすらに皺の深さと煙たさとを感じさせる枯れきった低い声が、物悲しくも和やかな顔をして素晴らしい音楽を奏でている。選曲的にもこのシリーズでもとりわけ重く呪いじみたタイトル曲にて始まり、Sheryl Crowの楽曲をあの世からカバーしたかのような『Redemption Day』に繋がる流れの、この世とあの世の淵で静かに紡がれるかのような厳粛さは息を飲む。その後段々と楽曲に明るいものが現れていって、カントリー音楽のノスタルジックな側面を濃縮したような、セピア色の写真が脆く崩れる瞬間が永遠に続いていくかのような、そんな寂しくものどかな光景が続いていく。

 殆どがカバーであることがむしろ、彼が生き抜いたアメリカの歴史を彼の手で天に返すような、そんな不思議な感慨につながっている。ドラムレスで紡がれていく弦や鍵盤のきらめく音、その周りを取り囲む無音の暗黒。その漆黒を着こなす老いたシンガーの歌は、効き目の強すぎる郷愁で聴くものの肺を満たしてしまう。自分からしたら出所不明の郷愁なのに、いつも胸が痛い。

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3. 『The Courage Of Others』Midlake

Courage of Others

Courage of Others

  • アーティスト:Midlake
  • 発売日: 2010/02/02
  • メディア: CD
 

 USインディーののフォークロックバンドとして世界的に有名でかつより大きい成功を手にしたのはBon IverやFleet Foxesだろうけど、彼らのような「新時代のヒッピーミュージック」でなく、もっと伝統的なフォークロア感でもってフォークロックをしていたのがMidlakeだった。そのフォークロア感はむしろイギリス的・ヨーロッパ的なフォーク感だったのか、彼らはイギリスの方が人気があった。この2010年の3rdアルバムに至ってはUKチャートでは18位まで上がっている。

 それにしてもこのアルバムは暗い。なにせ殆どの楽曲がマイナー調のフォークソングとなっており、前作での「ゼロ年代の『Village Green Preservation Society』」みたいなホッとする感じはほぼ消失し、延々と暗いメロディを侘しくなるようなバンドサウンドで演奏し続ける。ジャケットの怪しげなカルト宗教的なヴィジュアルから予想されるようなサイケデリアは希薄で、ひたすら異国の朽ち果てつつある村々を通り過ぎていくかのような、ひどく寂しい情緒にこのアルバムは取り憑かれている。

 その暗さについて連想したのが、Radioheadが時折発するマイナー調のフォーク要素とここで鳴らされるそれとは同根のものかも、ということ。それらのメロディに共通するのは、ブルーズ誕生〜ロックンロール発明以降のメロディラインとは出自を異にする、ヨーロッパ各地の民間伝承的な“フォーク”の感じが強く出ていること。なんというか、歴史の中で消えていくような哀しみを内在した雰囲気というか。Midlakeというバンドはテキサス州出身で、なのでその作風に不思議な感じがするけれども、このアルバムではその研究が最も深まった結果なのかもしれない。

 全編地味で暗いけれども、唯一メジャー調な『Fortune』*6を挟んだ後半はより暗く、まるでジャケットのような深い森のさらに深くに迷い込んでいくかのよう。『Rulers, Ruling All Things』の実に陰惨なドラムのリズムパターン、3拍子で奏でられるメロディの悲しさがそれこそRadioheadの『How To Disappear Completely』なんかと似てるけれどもより土まみれな感覚がある『Bring Down』、そしてその異国情緒の病みきったフォーク具合をとりわけエレキギターの歪んだ重みとドラムのいなたいグルーヴで表現した『The Horn』辺りの楽曲はひたすら圧倒される。

 この作品の後に、全ての作詞作曲とボーカルを務めていた人物が脱退するというのも、今作の暗さを増している。その後それでも1枚アルバムが出ているけど、ここでの暗黒フォーク要素はかなり後退していて、やはりこの暗さは今作でしか聴けない。ひっそりと大事にしていたい類の暗さだと思う。

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3. 『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』Kanye West

MY BEAUTIFUL DARK TWISTED

MY BEAUTIFUL DARK TWISTED

  • アーティスト:WEST, KANYE
  • 発売日: 2010/11/19
  • メディア: CD
 

 今回のリストの中で一番の歴史的名盤は、間違いなくこれだろう。「俺の美しくも暗黒に満ち捩くれきった幻想」なんていう中二病的な響きに対する嘲笑を様々な彼の過去あるいは未来のゴシップとともに打ち消してしまう、その圧倒的な様相。彼の限りない誇大妄想が聖も邪悪もひどく歪んだまま結合させて、特に多彩な声によるコーラスワークにて非常に毒々しくも華々しいフレーズの連発で圧倒してくる。その手腕はかのKing Crimsonの『20 Century Schizoid Man』サンプリングすら楽曲のキャッチーなガジェットとしてその一部を刈り取って冷酷に配置してみせる。

 不思議と全編に渡って非常にメロウな感覚が伴っていることは、この作品がヒップホップのファンを超えて広い層にリーチすることとなった一番の要因だろう。多彩なゲストも単にクレジットを豪華にして話題性を伸ばすというよりも、非常に的確に、高価な楽器をスポットで使用するのと同じ要領で配置される。前作『808s & Heartbreak』で特に高められた彼の歌心があちこちで残酷な様相で花開いている。それらの多くは実に過剰で刺激的でキャッチーで、時にひどく凄惨で感傷的でリリカルだ。

 特に『Runaway』から先の終盤の展開は、彼のそれまでの音楽性から引き出された要素がものすごい濃度でメロウで華美で破滅的な世界を作り上げていく。『Runaway』の曲自体のメロディアスさも当然ながら、終盤の弦楽隊とノイズになった声とで描かれたゴスペルのようなループは今作の圧倒的な感覚を象徴するもの。また、『Blame Game』の寂寥感に溢れたループが脆く途切れた先にオートチューンが思いっきりかかったBon Iver(Justin Vernon)のボーカルから紡がれる『Lost In The World』の壮大な高揚感、そしてアルバムの締めとなる『Who Will Survive In America』での逝去する前のGil Scott-Heronの客演に至るまでの流れが、とても壮絶にして、このアルバムを聴き終わる際の強烈な印象を決定づける。

 こんな傑作を作ったにも関わらず、その後の様々なゴシップや政治的翻弄や精神疾患に巻き込まれながらも、それでもまだ傑作を作り続けてる彼はタフなんだと思う。本人の混迷が深まっていくのをよそに、2010年は彼のディケイドだったとも言えそうなその業績は壮観だけど、その始まりであるこのアルバムが、2010年という年を代表するアルバムだということにこのブログも異論はない。

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2. 『真昼のストレンジランド』GRAPEVINE

真昼のストレンジランド

真昼のストレンジランド

  • アーティスト:GRAPEVINE
  • 発売日: 2011/01/19
  • メディア: CD
 

 このGRAPEVINE随一の傑作をリアルタイムでスルーしていたことが2010年当時の自分の愚かさのうち致命的なもののひとつだった。このブログでも何度か言及したけれども、そのリリース年は2010年に他ならない。『deracine』辺りから高クオリティながらマンネリの影を感じていたバンドの、とりわけWilcoのバンドサウンドの解体・再構築の術を参照しながら水面下でもがき続けてきていたことの、偉大な達成が今作では全編に溢れている。

 冒頭の『Silverado』で「ここは異郷か?」と低い声で歌われるように、今作では日常の延長の音楽、というよりもむしろ、ずっと異郷を放浪するような具合で楽曲が積み上げられていく。その放浪について、実にどっしりと構築されたバンドサウンドの変幻自在さと威風堂々な具合、特にWilcoの影響感じまくりなギターワークが、その広大で何もない、何もないからこそそこにどんな情緒でも仮託できてしまうような、そんな光景を紡いでいく。多彩な曲調の楽曲が収録されているのはこれまでやこれからの彼らの作品と変わりないのに、不思議と幕の内弁当感がなく一貫したものを感じれて、きちんと最初から最後まで「異郷を放浪」することができるようになっている。

 所々で挿入されるマイナー調の楽曲も、フォーキーで無機質だったりジャジーだったりで、その光景に矛盾することなく、その異郷の世界観の物語とルールとを押し広げていく。しかしやはり今作の魅力はメジャー調の楽曲の開けっ広げな雰囲気だと思う。『This Town』のゆったりした放浪感、『おそれ』『夏の逆襲』のぼんやりしたノスタルジアの表現の手際、『Dry November』のジェントルでダルな情緒の燻らせ具合、そして、最小限の曲構成で実に眩しげなポップさを表出する『真昼の子供たち』や、漂泊の果てを実にイマジナリーに表現した『ピカロ』から大団円な『風の歌』への流れ。

 多分このアルバムの良さについては、いつかもうちょっと細かく楽曲単位でしっかりと触れていないと、自分の実感にうまく繋がらない気がしてる。もし自分の好きな日本のアルバムを順位付けていくなら、余裕で10番以内に入る作品。 

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1. 『Halcyon Digest』Deerhunter

Halcyon Digest [輸入盤CD] (CAD3X38CD)

Halcyon Digest [輸入盤CD] (CAD3X38CD)

 

 これも既に他の記事で触れたことがあったけど、Pitchforkが支配的になって以降の(2000年代以降の?)USインディーが生み出すことのできた数々の名作の中でも最大級に素晴らしいもののひとつ。Deerhunterが生来的に有する、現実のルールそのものをソフトに捻じ曲げるかのような、魔力的な作用の数々が、彼らの出世作『Miclocastle』よりもずっと自然的で映像的で音響的な形で、ここにはしっかりと収められている。

 彼らがここで生み出した、無限に奥行きがあるかのような音響の世界が、しかしちゃんとエレキギターという一般的なガジェットから鳴らされていることが、まず信じられなくて、同時に、バンドをやってる人間からしたら恐ろしいほどに魅力的だった。Bradford Coxが意外とそんなに多くないエフェクター、特にEventideの「Pitch Factor」などで生み出す不思議な残響は、それがたとえShimmerによる効果らしい、などと分かっても、なかなかに再現・援用できないこと、出来たとしても、彼らのこの作品ほどに魅力的に鳴らすことが実に困難であることに、彼らの音楽の世間一般と隔絶した、圧倒的な独自性が感じられる。

 楽曲自体を見ていくと作りは実にシンプルだったりするのが彼らの楽曲ではよくあるけれど、今作も非常にその側面が強く、『Don't Cry』など普通に演奏したらただの地味な曲になってしまいそうなものを、彼らは実に幻惑的で魅力的み演奏することができる。5分に渡ってダラダラと弾き語り的に演奏される『Sailing』も、リヴァーブ処理と、背景で蠢く謎の音の不穏さと、そして次曲『Memory Boy』の突き抜けた感じに繋がる曲順によって、このアルバムに欠かせない“停滞感”としてしまっている。この辺の構成はどこまでが計算されたものなのか、どこまでが成り行きや天然の結果なのかがとても気になるけど、何にせよ素晴らしい作りだ。

 アルバムの山場はまず、その『Memory Boy』のキラキラしたポップさから、よりキラキラしつつも次第にその反復がドロドロしたサイケさに変質していく『Desire Lines』へと接続していく流れ。ここの、とても幻覚的なのに実にポップな作りなのが堪らない。そして今作随一の力作『Helicopter』の、まさに空間がスローモーションで歪んでいくのを眺めているようなサウンドから、ポップな『Fountain Stairs』を経てノータイムで『Coronado』の単純で雑なようで実に豊かなポップさとノスタルジアとが踊る様に繋がっていく流れ。そして作品は最後、今作的な不思議サウンドを沢山詰め込んで非現実的に躍動していく『He Would Have Laughed』が最後しみじみとした土っぽいバンドサウンドに回帰したところで幕を閉じる。アコギが多用され、サイケさの割に土っぽいアメリカンロックさも随所で感じられるところが、このアルバムが「彼らがアメリカーナに接近した作品」と評される所以か。

 何にせよ、Deerhunterにしか表現できない音響感というのがあって、それは彼らのサウンドと楽曲が揃って初めて表出するもので、そして今作にはそれが全編に渡り実に恐ろしい濃度で収録されているということ。次作ではそんな唯一無二の魔力をサッと捨ててしまって別のベクトルに向かうので、それが勿体無いような、でもそんな自由さこそが彼らが今でも途切れることなく活動を続けて入られてる所以だと思うし、USインディーの懐の深い部分だと思うし。でもそんなDeerhunterのどんな時でもカオスで超越的でチャーミングな様とは別に、このアルバムはかけがえのない名盤だということ。

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・・・・・・・・・・・・・・・

 以上、15枚取り上げました。

 やっぱUSインディ全盛期って感じで、かつ日本においてもandymori相対性理論といった当時の新世代が活躍し更には東京インディー勢も存在感を強めつつあった時期ということで、バンド音楽が実に充実した年だったように、今回の回顧では思えました。今回ここに挙げなかったものでも、実に魅力的なバンドサウンドのアルバムが幾つもあります。Foals『Total Life Forever』とかArcade Fire『The Suburbs』とかThe National『High Violet』とかThe Drumsの1stとかMystery Jets『Serotonin』とか、日本だとくるり『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』とかASIAN KUNG-FU GENERATION『マジックディスク』とか、20位までだったらこの辺から5枚近く選んでたと思います。

 しかし、そんなバンド音楽全盛の時代において最も評価されたのはKanye Westのアルバムだったことは、作品の完成度を思えば全然理解できるけどもそれとは別に、とても何か、示唆的なものがあったように、後出し感丸出しのこの2020年の地点からは思えてならないです。2010年代は途中よりバンド音楽の凋落、ヒップホップやR&Bが音楽のメインストリームとなりポップシンガーまでアブストラクトなR&B化したりした時期だった訳で、そのような変化の理由には様々な社会的要因が挙げられるでしょうし、そして現在アメリカ全土で吹き荒れているBlack Lives Matterについてもあのアルバムは陸続きなものな訳で、そう思うと時代の“業”さえ取り込んでしまったあの作品が2010年代のトップのアルバムだという話も理解はできるところ。

 でも、自分としてはただ、バンドによって演奏される美しくて格好良くて凄惨で壮絶でポップな歌を沢山好きでいたくてこのブログをだらだらと続けているようなものなので、この10年間のタイムスリップで改めて素晴らしい作品たちに触れることができて、まずまず満足です。リアルタイムで聴いてた記憶のある作品は3枚くらいしかなかったけど*7…。

 ここまで読んでいただいた方々にとってはどうでしょうか。あの頃は良かったのか、帰りたくなったりするのか、ここ100年でも中々ないレベルで凄惨なディケイドの始まり方をしてる今年を何とか生き延びながら、こうやって回顧することに後ろ向きなこと以外でなんか意味があったのか、世界はこのままどうなってしまうのか、、、様々な観点や煩悶や展望や絶望があるかもですが、でもせめてこの駄文をお読みいただいて何か楽しかったなら幸いです。良い音楽に永遠に幸あれ、と祈り続けていましょう。

*1:Jim自身で歌う曲だけややボーカルが小さいような気がしなくもない。というか重ねたりで像がぼやけてるのか。

*2:メール等でオーダーを受けての完全な受注生産だった。

*3:今年の初めの頃に彼の弾き語りライブを観れて(とても良かった。。)思ったのが、彼は基本的な作曲方法はずっと一貫しているんだな、ということ。楽曲が極限まで核だけになる弾き語り演奏では特にそれが分かりやすかった。その上で、たくさんのパターンの美しいメロディと悲しい話とを積み上げていく、というのが彼の基本スタンスだということが良くわかった。あと、終演後話をして、『チェンソーマン』等の作者藤原タツキのファンだということが分かった。『ファイアパンチ』を読むことを勧められて直後に読んだ。この公演は、隣にいた人とやたら話が弾むな…と思ったら昔からTwitterで相互フォローしてた人だと後で分かったりするなど、色々とホントに愉快だった。また観たい。。

*4:前にもどこかで書いたけど、これに対して最も小山田壮平のソングライティングが高まったのは次作『革命』だと思う。

*5:様々なコラボを含む『正しい相対性理論』をあの4人の最後のアルバムとするには無理があるでしょうから。

*6:これもシングル盤でのバンド演奏されたものでなく、アコギと歌だけで再録され、実に地味な仕上がりになってる。暗い雰囲気を和らげるには至らないようになっている。

*7:この年は自分は就活失敗〜引きこもり〜学校留年となっていく年だったので、あまり音楽をフラットに聴ける状況じゃなかったんです。。今も愚かだけど、この頃はもう遥かに愚かだったなあ。。