ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

My Bloody Valentineの(サブスクにある)全作品:前編

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 やはり最近サブスクが”再”解禁されて嬉しいところな、シューゲイザーという一大ジャンルのオリジネイターにして伝説なバンドMy Bloody Valentine。早速プレイリストを作って楽しんだりして、久々に聴き返すと色々また気付くしそれに楽しい美しい。。

 よく考えると今回解禁された音源はアルバム4枚だけで、仮にも歴史の長いバンドとしては多くない作品数だけど、1枚はEPとかをかき集めたコンピレーションなので、それぞれを見ていけばアルバム3枚+EP4枚でそこそこの分量になるので、今回こうやって「サブスクにある限りの」全作品を見ていきます。一応「前史」や「長い沈黙期間」などにもある程度触れる形で書こうと思います。

 しかし、書いてて段々、作品評というよりも全曲レビューに近くなってきたので、記事を前編と後編に分けることにしました。今回は前史〜EP『Glider』までです。

 それにしても、隠者っぷりといいウォールオブサウンド的要素といい、妙なところでこの前まで書いてた大瀧詠一と被る…。

 

 

 今回はもう今更マイブラのココがすごい!みたいなのは書きません。

 

前史:”覚醒前”のマイブラ

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初期メンバー。誰…!?誰が誰…?

 後にシューゲイザーの教祖として、バンドそのものの存在として君臨することになるKevin Shieldsと、マイブラのトローンとしてそうなイメージに反して実にシャープで手数の多いドラムを叩きまくるColm Ó Cíosóigは1979年、南ダブリンで行われたカラテ大会(!)で出会って友情を育み、それがこのバンド結成に繋がっていく。1983年にボーカルにDavid Conwayを迎え、彼の沢山の発案の中から、カナダのB級ホラームービーの題から借用した「My Bloody Valentine」がバンド名になった。初期メンバーはその3人と、様々なメンバーの入れ替わりがあって、あとDavidの彼女のTina Durkinがキーボードで加入、この状態で録音・リリースされた彼らの最初のミニアルバム作品『This Is My Bloody Valentine(1985年)は、この時点ですでにギターのノイジーな使用は見られるものの、むしろボーカルのJim Morrisonっぽさが目立つ、ゴスでジャンクでサイコビリーなインディーのThe Doors、といった装いで、ここに今のバンドの原点を求めることは相当難しい。このリリースの頃は何故かベルリンで活動していたり、地味になかなか不思議な状況になっている。

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 1985年にはThe Jesus and Mary Chainが『Phycho Candy』をリリースし、ノイジーさとポップなロックンロールが雑にかつ魅力的に融合することが証明された。彼らも最初は結構モロに影響を受け、そういう”雑な”ノイズとThe Doorsの融合といった趣のEPGeek!』(1985年)、ジザメリなノイジーさはそのままに楽曲がギターポップ的になってくるEP『The New Record By My Bloody Valentine(1986年)*1、より爽やかなパンキッシュさでノイジーギターポップするシングル『Sunny Sundae Smile』(1987年)と作品を重ねていき、かつ一気にギターポップ的な甘いメロディを獲得していく。この時期にベースにDebbie Googeが加入し、彼女は近年でもマイブラのライブでやたらとガッツのある姿勢でベースを弾き続けている。この時期はロンドンを活動の舞台としている。

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 しかし、1987年のうちにボーカルのDavid Conwayが脱退。ボーカルを失ったバンドはボーカリストを求め、「悲惨で耐え難かった」(Kevin談)とされるオーディションの末、後にマイブラの、ひいてはシューゲイザーというジャンルのアイコンに冴えなることになるBilinda Butcherがバンドに加入、ここで遂にこの後の”伝説”を築き上げていくメンバーが揃った。しかし当初は、ノイジーさが結構後退した男女混声のUKギターポップなシングル『Strawberry Wine』、ミニアルバム『Ecstacy』を立て続けに1987年末頃にリリース。この時期が最も楽曲に中庸なポップさがあった時期か。しかし、爽やかなリード曲等以外の場所ではギターポップな楽曲にやや無茶気味なノイジーギターを重ねる試みを何度かしており、結果的に今後の”始まり”の布石となった。

www.youtube.com流石に当時はまだライブだとペラッペラって感じ。これはこれで可愛らしくもあるけど。

 

 この後1988年に入ってAlan McGee率いるCreationレーベルに誘われて、遂にようやく”オルタナティブロックバンド””シューゲイザーバンド”My Bloody Valentineの歴史が幕を開ける…という風に公式でなっているのか、それより前の、今まで触れてきた作品については今回のサブスクで解禁されず、そもそもCD等の入手もこれ以降の作品よりずっと難しくなっている。サブスク非解禁はレーベルの違い等のこともあるだろうと思うし、この中で一番”公式の”作品に近い『Ecstasy』辺りは当時のレーベルとの確執など*2もあり、別の次元で色々と難しい感じがする。

 でも、この時期の作品の中にも、拾い上げておきたい曲が幾つかある。特に前史終盤の『Ecstasy and Wine』に収められた楽曲は、「これはこれでかなり好き」「むしろこっちの方が好き」という人も少なからずいるかもと思う。純ギターポップな曲も一般的なマイブラのイメージに大きく反しまくるキラキラさが面白いけど、やっぱり過渡期的な、彼ららしいノイジーさが顔を覗かせ始めたギターロックな楽曲が良い。初期スーパーカージザメリからの影響が間違いなく大きいだろうけど、でも男女混声ボーカルという意味ではこの時期の彼らのノイズポップ的な楽曲にも近いものを幾らか感じられたりする。

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勢い全開の男女混声ノイジーギターロック。これはこれでこっちの方向に突き抜けた彼らの姿を幻視したくなるような感じもする。

 

www.youtube.com"前史”では一際不穏なノイジーさを見せる楽曲。歌が入るとまだまだギターポップ的な感じがするのに、間奏になると一気に不穏なノイズの渦に沈み込んでいくような展開をする。デタラメに弾いてるヴァイオリンみたいな音も混沌としていて、この曲だけは1988年のEPに忍び込んでも違和感無いかも。

 

『You Made Me Realize』(EP, 1988年8月)

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 ジャケットについてはマイブラでも一際人気があるかもしれない*3このEPにて、遂に彼らの”歴史”が始まる。

 Creationレーベルに移籍後、彼らは急速に自らの音楽性を先鋭化させる。その背景にはかたやUSインディの勃興、特にSonic Youthのソリッドさやノイズ志向、Dinosaur Jr.の”音の壁”的なディストーションギターサウンド等に影響され、一方では、Kevinがリバースリバーブという、実はファズやディストーション以上に彼のサウンドのトレードマークである機材の使用方法に覚醒したことがとても大きい。バンドは本作を1週間で録音を終え、これまでの何処か牧歌的な佇まいから一気に豹変したそのサウンドに周囲の評価は急速に高まった。

 

1. You Made Me Realize

 冒頭のタイトル曲は、Alan Mcgee曰く「初めはKevinがSonic Youthへの冗談めいたオマージュとして捨て曲気味に作ってて、でもすごくカッコ良かったからバンド側の提示した曲よりもこっちをタイトル曲に強く推したんだ」とのこと。その後この曲が彼らのライブの一番最後に長時間のノイズ垂れ流しとともに演奏されるのが定番となったことを思うと、彼らはこの時のAlan McGeeの強い推しに感謝していいかも。

 まさにSonic Youth式のガレージロックをよりガリガリにソリッドにして、またノイズをより”アンコントローラブル”にぶち撒けて、歌詞も混沌と退廃のイメージをこれでもかと詰め込んで、このノイジーなガレージロックは形作られた。パワーコードの無機質さがモロに出たコード感の中では、これまで牧歌的に弾けていたColmの性急なドラミングはむしろ逆により楽曲の神経質さを高める働きをしていて、これまでとの対比が面白い。殺伐とした勢いとコード感の中を時に混ざり合い時に離れて旋律を紡ぐ男女のボーカルは、スリリングさと官能的なフィーリングを明確に並行させている。

 とはいえ、スタジオ録音よりも、間奏のノイズパートを果てしなく引き伸ばしてしまうライブでの方が、この曲はその真価を発揮してるのかもしれない。

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きみの中で何か死んだ

ああ 違う 違う ぼくのせいじゃない

きみの知らない酷いことしよう

首絞めなんてしないで済むね

分かんないこと聞かないで

恐ろしい瞳 この目醒めはきみのせいだ

 

2. Slow

3. Thorn

 タイトル曲以外は、実は意外とギターポップ的なモードを引き摺っていたりする。

 『Slow』は、サウンド自体は不穏で怪しく揺らぐイントロのサウンドレイヤーに、ファズベースが牽引して重く進行するリズムセクションに後のアルバムへの予兆を感じさせつつも、そこに乗るメロディはかなり『Ecstasy and Wine』のそれに近くて、その過渡期ならではの取り合わせが面白い。

 『Thorn』に至っては、完全に前作までのモードの楽曲で、コード進行もポップならメロディもポップで爽やかに駆け抜けていき、Colmのドラムもひたすらキラキラした勢い任せに疾走する。激しく振動しながら緩やかに昇降するギターサウンドが僅かに今作収録曲であることを主張する他は、マイブラ最後のギターポップがささやかに花開いている、といった風情。

 

4. Cigarette In Your Bed

 バンド側がEPのリードトラックに当初推していたのはこれだったらしい。インパクトは断然『You Made〜』ではあるけど、この曲の静かに覚醒していき混沌に飲み込まれていく様はより奥深いものがあるように思えて、素晴らしい。

 特に、歌のパート以上に間奏の混沌に曲のピークが行くような、後の彼らの基本スタイルとなる曲構成の萌芽がここにある。この曲では終盤の、まさかのギターポップ要素のハミング疾走のパートの鮮やかさの方が目立つけども。この、不穏さからパッと抜けて駆け出してしまう様はまさに過渡期ならではで、唖然となりつつもこのギリギリの折衷さが愛おしい。

 何気に、歌パートの裏で鳴っているアコギやら、タム回しを多用したトライバルなリズムなど、彼らの作り上げてきた不思議サウンドの中でも少しレアな魅力を持った伴奏が面白い。アルバムに直結するサウンドのようで、曲構成の切り替わり具合共々ここまで明確に不穏さが楽曲のポップさに繋がる例は、彼らの数ある楽曲でも希少。

 

落ちてくよ

きみを見るの好き

這い回る

 

腕ほどいて

笑顔でもって きみの眼引っ掻いて

 

変な眼をして

きみの心の内に残ってた刃で

締め殺されて

 

過ぎてくね

君のベッドにタバコ落として

 

5. Drive It All Over Me

 今作で一番エヴァーグリーンなポップさがあるのはこの曲かも。リズムが疾走8ビートではなくてゆったりしてるからそう思うのか。イントロ等を中心にⅠ→Ⅳ繰り返しのコード進行が多数出てくる楽曲の朗らかな作りと、ポップでありつつも何処か儚げなメロディラインや、僅かにイノセンスの香りがするようなBilindaの可憐なボーカルがそう思わせるのかもしれない。むしろポップさのエヴァーグリーンな方向性ということであればマイブラでこの曲が一番かもとさえ時に思ったり。

 この曲におけるノイズの、本当にポップでささやかな楽曲をちょっと装飾してみただけですよ、っていう佇まいが、これはこれでとても好きで、”カレッジロック”という曖昧そうな概念に寄せてしまう類の微妙なロマンチックさが、この曲のポップさとアレンジからは実に多く感じられる。まさにこの過渡期の時期だからこそ可能となった、しれっと存在する隠れた名曲。

 

歓びの時にようこそ

ここはとっても幸せだね

不安もなくて 目隠ししちゃってるのかも

ここで一緒に寝ていられるし

あなたも降りてきて混じれるよ

そんなの大歓迎だよ

たとえ耳が痛くったって

でも みんな真実じゃないのかもだしね

 

逃げて逃げて逃げようよ

だって話すことなんて残ってないから

誰もと話せないんだ

置き去りにして 今日ここで死なせて

逃げて逃げて逃げようねえ

だって話すこと残ってないでしょ

あー いっつも旅に捕らわれて

車に乗って どんなとこでも連れ出してよ

 

なお、この曲の歌詞はBilindaによるものらしい。

 

『Feed Me With Your Kiss』(EP, 1988年10月)

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 ジャケットの人気は前作に大きく差をつけられているだろう…。

 Creationに移籍してUSインディからもインプットしてさあいっちょやるか、的な前作に対して、こちらは次の月には彼らの1stフルアルバムがリリースされることから、そのアルバムの先行シングル的なカラーが色濃い。実際、表題曲はアルバムにも収録された訳だし。表題曲以外の3曲も、過渡期だった前作にはまだ残っていたギターポップの残り香がほぼ消滅し、自在に不穏なサイケデリアをガレージロック的なコード感の楽曲の中に展開している。

 

1. Feed Me With Your Kiss

 前作表題曲で半ば冗談的に始まった彼ら式のガレージロック的手法が完成したことを示す、圧倒的に艶かしく、ルーズでデカダンでブルータルな楽曲。Sonic Youthのシャープさとは完全に趣を異にした、粘着くように粗暴に垂れ流されるノイジーなギターは、より粗暴にかつヤケクソ気味に音符を重ねて反復を繰り返すドラムに葡萄の蔓のように絡み、この曲の、かつての爽やかさから遥か遠く離れた、退廃的な光景を現出させる。このダラダラグダグダな展開が、かつてからの性急さでロールするColmのフィルインでほどける様がいいアクセントになってる。間奏も全てこのダラダラグダグダな展開のみで埋め尽くし、しまいには叩きつけの回数を4回から始めて10回目で呆気なく強制終了するアウトロで終わる辺り、徹底して絶妙なラインでダラダラしていて、牧歌的な要素を欠片も残さない。

 そんなインスト部と殆ど独立するかのように展開される歌のあるセクションは、かつての疾走感の成れの果てのような性急な死骸のようなグルーヴの中、ひどくギリギリ甘美でポップにだらけ切ったボーカルメロディが素晴らしい。Bilinda→Kevin→両方という登場順も、両方重なる際のメロディの切り替わり方も、そのメロディのオチとしての身も蓋もない堕落と停滞も、何もかもピントが的確にかつ過激に定まっている。当時恋人の関係であったとされる二人の、ひどく理想的に爛れきった雰囲気が、いつまでも危うく淀んだロマンチシズムを垂れ流し続けてる。そして、暴力的なインスト部にまた落ちていく。

 この曲の不穏さと不確かさの合間をドロドロの性と死で駆け抜けていく様は、1stアルバムの雰囲気を最も典型的に象徴していて、これよりメロディがポップな曲もアルバムにはあるけど、今にも腐り落ちそうな雰囲気といい衝撃度といい、まさにあのアルバムのリードトラックとして相応しい名曲。

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ええ 貴方は見たままを手に入れる

でも見えないものは無理なんだよね

 

ああ ぼくに覆い被さるのは何だい?

きみはそう耐えたんだ きみはそう耐えたんだね

 

だってなすがままにしかなりはしないもの

貴方がずっと遠くに行ってしまいそうで

だから 貴方の口づけで塞いでいて

 

歌詞がもうバリバリにセックスだ。。。

 

2. I Believe

3. Emptiness Inside

4. I Need No Trust

 このEPの残り3曲も、前作ではまだ残っていたギターポップ要素が本当に一切払拭されて、ひたすらどろどろでネバネバしたディストーションギターとエフェクトで彩られたガレージロック、もといオルタナティブロックに全面的に移行したことが十分に感じられる。

 『I Believe』は叩きつけるようなビートで怪しく高揚するセクションとブレイクして停滞する箇所とがくっきりと分けられながらも、その間を粘着質なギターサウンドが違和感なく接着する。動のパートにおける、リズム楽器的に鳴らされビートを強化するピアノと、気怠げなコーラスとが印象的。

 『Emptiness Inside』はこの時期のギターサウンドとノンリバーブなボーカルとで『Loveless』期の楽曲をダウナーに演奏してるような趣が少しある。控えめに被せられるBilindaのコーラスも、ひたすら分厚く響くディストーションギターも、途中でやたらロールしまくるドラムも、この時期ならではの彼らの演奏バランスを感じさせる。

 そして奇怪な狂騒を終えた後の幕引きのような静寂さを、やはり不可逆的な倒錯したギターサウンドの膜で表現する『I Need No Trust』でEPは締められる。タムだけを使用したドラムの無機的な様が甘く爛れたKevinのボーカルメロディを上手く静寂に埋没させる。静寂に巧みに不穏さを忍ばせる音響の感じにはCocteau Twins等からの影響も感じさせる。

 

今は深く眠ろう とにかく落ちていこう

愛 愛 きみの愛が欲しい

欲望 欲望 信頼なんて必要ないんだよ

        『I Need No Trust』

 

 なお、1988年のこの2枚のEPは『EP's 1988-1991 and Rare Tracks』に全て収録されている。このコンピに入る前は”非常に重要性の高いレア音源”として価格が高騰していたものだった。今やサブスクで聴けてさえしまう。

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『Isn't Anything』(LP, 1988年11月)

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 1988年、突如覚醒をしてから猛スピードで作品を重ねていった彼らの終着点にして、バンド開始からようやく届けられた1stフルレングス*4。かつて所属していたレーベルが後に勝手にEP等をコンパイルして製作した『Things Left Behind』や『Ecstasy and Wine』などは公式アルバム扱いされていないことに注意。

 意外と多用されるアコギの乾いたコードカッティングや、ノンエフェクトでシングルトラックなボーカルの掛け合わせなど、「楽器自体にエフェクトを掛けて」といった具合のサイケ手法を意外と取っておらず、楽器や歌の演奏方法や重ね合わせ方でサイケさやファンタジックさを表現している。それらはいわゆるシューゲイザー的なサウンドとはまた別の趣を生み出している。案外のちのDeerhunterあたりのサウンドに一番近いマイブラの作品がこれなのかもしれない。

 

1. Soft as Snow (But Warm Inside)

 爽快にギターポップしていた頃は本当に遥かに遠くなり、断続的に行き交う奇妙な揺らぎのギターと無感動に連打されるドラムサウンド機械的にうねるベースの中をボーカルが彷徨う様は、恐怖映画のサウンドトラックのよう。粘着くような甘美さも無くかなりインダストリアルな方向に舵を切ったこの冒頭曲には、『Loveless』等の典型的なシューゲイザーのレコードから辿って今作を聴くリスナーをいつまでも困惑させる。ただ、この音とこの楽曲は確かに”オルタナティブロック”の原義に相応しい奇妙さを有していて、かつ、追従する者もさほど多くないことから、相対的にマイブラの楽曲群でも屈指の”オルタナ”さをいまだに保っている。

 

雪みたいに柔らかくて なのに内側は温かい

突き刺して 隠れられないよ

無限の喪失を感じていて きみを本当に求めてる

闇を 真実を 感じていて

これが今まで知ってる全てなんだ

皮肌みたいに柔らかくて 囁く「きみは」

 

もっと強く覆い被さって

沈み果てて 幸せそうだよ?

秘密はずっと秘密のまま わたしを丸裸にし続ける

内に来て 温かいよ

恐れが消えて具合がいいよ

波に攫われてきみはどこへ行ってしまうの?

  

2. Lose My Breath

5. No More Sorry

6. All I Need

 この辺りの楽曲のオブスキュアーな音像は、直接『Loveless』のサウンドに繋がりそうでそうでもない、この時期特有の乾いた質感がとても独特で魅力的。この時期ならではの妖艶さが確かにあって、特にBilindaのウィスパー気味のボーカルが映える2.と5.は今作の静サイドの要の楽曲。

 『Lose My Breath』の、ヴァースのゴスさとコーラス部のメジャーセブンス的なコード感・コーラスワークとはいい対比になっていて、特に校舎には早くも『Loveless』的な官能のセンスが顔を覗かせている。そのセンスをこうやってアコギに不穏なエフェクトが薄く被さったフォーキーな形で表現されると、『Loveless』の官能表現の種明かしをされているかのよう。

 『No More Sorry』はこっちサイドで今作で最もエクストリームな楽曲。定期的にブレイクしながらも曖昧で宗教的なダークさの中を漂う様は、『Loveless』にも『m b v』にも類例を求めることの出来ない、実に希少なもの。この、神経がこわばったまま曖昧さに落ちるような情緒の楽曲から『All I Need』のもう少し享楽的なフィードバックノイズの渦に移行する箇所は、今作の聴きどころでも最も情緒的なシーンだ。

 

そして何が起こったの?

そしてまた 後にまた またまた

暗く蒼く わたしを愛した

もう悔やまないでいて

 

肉と骨

一人じゃない 貴方は一人じゃない

電話の側で待っていて

何をしようとも パパに電話しないで

私の頭の中で そしてどこでだって

そしてどこでだって そしてどこでだって

あなたの指紋 50歳のパパ

 

        『No More Sorry』

 

4. (When You Wake)You're Still in a Dream

7. Feed Me With Your Kiss

8. Sueisfine

10. You Never Should

11. Nothing Much to Lose

 これらの楽曲が今作の動サイド。つまり、バンドが元来から持っていた躍動感をガレージロック的に使用した楽曲群になる。こちらサイドの楽曲はパンキッシュな勢いも多々見られて、時にギターポップ時代のセンスがちょっとだけ紛れ込むことさえある。流石に7.などはその辺徹底してた訳だけども。

 ガレージロックと化した今のバンドと作曲法によって疾走感を形にした『(When You Wake)〜』のイントロのパワーコード感はベタにハードコア的なオルタナロックしている感じがして、同時代性を感じさせる。あとこの曲序盤から終盤で曲のBPMが加速しまくってる。

 『Sueisfine』はもっとシンプルに爽やかなギターロック感が感じられる。曲名の意味は不明だけど、曲中でタイトルコールされる時は「スイサイド」と歌ってるようにも聞こえる。この曲のみドラムのColmとの共作で、彼の今作で最も勢い任せに溌剌としたドラムが聴ける。ベースも高音をゴリゴリ鳴らし、演奏が全体的にパンキッシュな爽快感を纏ってる。

 『You Never Should』は今作で最もメロディのフックが強い曲。ノイズギターのグダグダ感を『Feed Me〜』より下げて演奏も全体的にチャチくして、代わりにKevinのボーカルが自在に飛翔していく。薄く掛かる非常にダウナーなBilindaのコーラスに、間奏でガムシャラに放出されるノイズギターの自由な感じなど、『You Made Me〜』をもっとだらしなくかつポップに発展させた形とも言えるかもしれない。

 『Nothing Much to Lose』は動サイドで最もハードコアなロックをしてる曲。いきなり始まるスネアの連打がこの曲のトレードマークで、案外落ち着いたメロディを紡ぐ歌のセクションの、彼らに珍しいモータウンビートな展開を突如このスネアロールで破壊するという曲展開に、自由で心地よいヤケっぱちさが感じられる。

 

連れてってよ

きみを思い出すだろう

長くて黒い髪

失うものは何も無い

 

助けよう 這って 這って 這って

ああ 総て観てたいんだ

眼で尋ねた どうして?どうして?どうして?

もう遅すぎるさ

       『Nothing Much to Lose』

 

3. Cupid Come

9. Several Girls Galore

12. I Can See It (But I Can't Feel It)

 静サイドと動サイドの間にある、ミディアムテンポの楽曲たち。静動両サイドの楽曲が目立つので比較的地味な感じはするけれど、3.と9.はアルバムの中で堅実的な立ち位置を確保している。12.はこの時期だからのフォーキーさと幻想性を両立した良質なアルバムクローサー役。

 『Cupid Come』のイントロや間奏は今作的なノイジーさが立ち込めるけども、歌が入ると意外と整然としたトラックの中をクランチギターのストローク感とともにKevinのメロディセンスが伸び伸びと彷徨っている。普通にNeil Young的なオルタナロックというか。バンドサウンドの同時代性を感じさせる。

 『Several Girls Galore』は最も『Soft as Snow』に近いギターの使用法をまぶされながらも、結構普通にかっちりと進行していく。ベースが入っていないのか、キックのベタベタした音が強調され、旋回するギターノイズと対比される。

 『I Can See It』の、フォーキーなんだけどノイジーな、でもって歌も今作中で最もしっかりとロマンチックに組まれた感じのサウンドは、オルタナティブロックとシューゲイザーの中間くらいのポジションで、心地よいグルーヴになっている。トレモロバーで揺らされるノイジーなギターを取っ払ったら、普通にいい具合のフォークロックソングが現れそうだ。勿論、このピッチベンドで揺らされるギターがキーなのだけども。こういうロックのロードムービー感に、豊かな奥行きを与えている。この曲だけ開放感があるのはアルバムの終わりとしてもいい具合で、狙ってこう配置されたのかな。

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 なお、初回限定盤には2曲のインストを収録したシングル盤も同封されたらしいけども、それらは『EP's 1988-1991』にて両方とも聴ける。ガレージロック風な楽曲に歌が乗ってないだけ、といった感じの『Instrumental No 1』と、打ち込みのビートを軸に不穏なエフェクトを燻らせるインダストリアルな『Instrumental No 2』の2曲。

 

『Glider』(EP, 1990年4月)

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 『Isn't Anything』を超えた後の試行錯誤の日々。Kevin Shieldsの独壇場となりバンドとしての生命力が後退していく中で最初に届けられた成果物がこのEP。何も知らずに見たら何の模様だろう、と思うけれど、気付いてしまったらどうにも官能的なこの騙し絵的なジャケットのサイケな具合が、この後の展開を幾らか暗示しつつ、しかしこの段階ではまだ『Loveless』完成までにはしばらく隔たりがあるようにも思わせられる。

 『Soon』という既に完成されたトラックを冒頭に置きつつも、また過渡期的な性質を纏った作品に仕上がっている。そしてやはりその、”過渡期だからこそ”な折衷的なサウンド等に、この作品ならではの魅力が詰まっている。

 

1. Soon

 後に彼らの代表作『Loveless』の末尾に収録されることになる楽曲の原型。おそらくイントロのクロスフェードと多少ミックスをいじったのみでそのまま『Loveless』に収録されているので、この時点でこの曲についてはもう完成してしまっている。このシングル版の方がややエフェクト処理がライトで、音がクリアな印象か。

 冒頭から同じようなリズムがずっと反復していくのは打ち込みによるビートなため。タンバリンも添えられて同時代のマッドチェスター風味もあるこの強靭なビートがこの曲にダンストラック的なフィーリングを持ち込んでいるけども、同時にあの人間臭い性急なビート感とフィルインとを持つColmというドラマーがここには不在となっていて、着実にこれまでのバンドを超えるための「何か」が進行してしまっていることが伺える。

 楽曲の構成も完全に『Loveless』の作法・モードになっている。すなわち「間奏等にキーとなるコードを置き、歌が始まるセクションはキー以外のコードから始まり、歌のある間はキーにあまり帰着せず不安定なままで居続けること」と「歌のセクションよりも間奏にテンションのピークを持ってくること」この曲はその最初の典型例と言え、不安定にフラフラ囁かれるメロディとその背景のコード感が、間奏で一気に解き放たれることに強くも淡いカタルシスが生じる。不安定な歌パートはとりわけ、壁のように張り巡らされたギターサウンドが微妙なピッチベンドを伴って揺らいでいて、シューゲイザーとはこういうドライブ感を伴う音楽だったなあ、と思わされる。間奏等でひたすら反復されるのはキーボードだろうか。そういう、ギター以外のサウンドがメインフレーズを担うのも『Loveless』期の特徴だ。その下でせわしく蠢くベースラインも密かに官能的だ。

 歌パートと間奏との緩急、そして延々と反復され続ける強靭なリズムによって、この曲はシューゲイザー最初の秀逸なダンストラックとなった。この路線はマイブラよりもむしろ後陣のバンド等に引き継がれていく。

www.youtube.comBilindaとピッチベンドし続けるジャズマスターマイブラの2枚看板。

 

目を覚まして 恐れないで

きみを愛してたい

ああ 痛ましきお人形さん

きみのものになりたいよ

ええ ええ

 

戻ってきて ぼくを怖がらないで

すぐに きみをダメにしてみせよう

きみの眼は青い 青い宝石

ええ ええ

 

2. Glider

 一応このEPのタイトルトラックだけど、ひたすら『Loveless』期的なギターのうねりが延々と3分以上連なっていくインストで、ドラムレスにひたすら繰り返され、途中でストリングスのようなラインなどが追加されるこの具合は、実にサイケがキマってる具合のもの。よくよく考えると、『Loveless』等の曲間に挟まっているインストは、こういったトラックが挿入されているようなものなのか。

 ちなみに『EP's 1988-1991』にはこれの10分間バージョンも収録されている。流石に10分間は長い…。

 

3. Don't Ask Why

4. Off Your Face

 この2曲がまさに、このEPを聴く際の魅力。まだ『Loveless』になりきらない具合の、なりきらないからこその親しさと愛らしさがここにはある。

 『Don't Ask Why』はまさにノイジーなギターのエフェクトだけを抜き出して、そこに歌とタンバリンだけで楽曲を成立させてしまった、というような力技のような楽曲。だけどこれが絶妙に魅力的な”小さい世界”を作り出していて、Bilindaのコーラスの切なげな具合といい、実に儚げなサイケ感が綴られる。終盤、ピッチベンドで揺らぐギターが大音量で入ってくるところは、この安らかな世界の終わりを感じさせ、そしてそれまで存在してなかったドラムのフィルで楽曲が打ち切られる際の無情感がえも言えない。

 『Off Your Face』の疾走感はまさにギターロックという感じで、この曲のサイケ要素は間奏等でエフェクト加工されたボーカルが主に担っていて、この曲のギターは意外と乾いたクランチサウンドで、アコギとエレキ両方で小気味良いドライブ感を生み出している。実は『Loveless』でもこの曲と同じくらいのテンポのギターロック曲が複数収録されているけども、それらのギターサウンドを剥がすとこの曲みたいな感じになる、と思うと、これもやはり後天的に、種明かしみたいな性質を持つこととなった。それ以上に、メロディのロマンチックさと、Bilindaのボーカルの儚さを心地よく味わえる良曲。

 

きらいだよ

きみを崇めれるよう繕って

きらいだよ

ぼくに何をさせるの きみ自身のために

 

泣き虫の赤ちゃん 恥じらい

愛に浸るきみ ゲームとともに

その痛みを飲み込んで

何もかも残りはしないの

          『Off Your Face』

  

 やはりコンピ『EP's 1988-1991』の中に全曲収録。また、同じ時期に他のバンドとのスプリットシングル形式でリリースされた『Sugar』もこのコンピに収録されている。打ち込みのビートが強い『Sugar』は、そのバタバタと反復されるビートの上で『Loveless』前夜なメロディアスな楽曲とギターサウンドが展開される。ファルセットボーカルの遠い具合がなかなかにファンタジックな佳曲。

 

 そういえば、やはりコンピ『EP's 1988-1991』に未発表曲として収録された3曲は、どの時期の録音なんだろう。遅くとも『Glider』くらいまでの時期までと思うけれど果たして。ガレージロック感の強い『Good For You』や『How Do You Do It』は『Isn't Anything』周辺の時期かなあと思うけど、『Angel』はボーカルの処理やサウンドの近似性的に『Glider』前後だろうか。この時期にしては実に可愛らしいギターポップ的な楽曲を核にしていて、バタバタのフィルインも息詰まらせるブレイクも実にいじらしいこの曲が、未発表曲3曲でもとりわけ素晴らしい。『Loveless』の音でギターポップ、というのはインディーロッカーの少ない数が憧れるものだろうし。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 ひとまずここまでを前半とします。後半もお楽しみに。

 

(2021年4月23日追記)

 後編書きました。

ystmokzk.hatenablog.jp

*1:この頃からひたすら高速なビートの中でセクションの終わりにはフィルインをねじ込まないと気が済まないColmのドラムスタイルが地味に確立されている。

*2:バンドにフルサイズのアルバムリリースを求めていたレーベルは、彼らが既にCreationで1stフルをリリースした後の1989年に、バンドに無断で『Strawberry Wine』『Ecstasy』の2作をくっ付けてアルバムにでっち上げた『Ecstasy and Wine』をリリースした。

*3:このどこか毒々しいものを感じさせる病んだ恍惚感、草木の妙にグロテスクな感じ。いつ見ても惚れ惚れする世界観で、素晴らしいジャケット。

*4:この時期のリリースの高速感によってレーベルオーナーのAlan McGeeはその後目測を見誤り、『Loveless』に至るまでの「…まだ?」「もうすぐだよ♡(すぐじゃない)」といった具合の混沌に付き合わされる羽目になる。