以下記事からの続きが今からのこの記事の内容になります。前回はEP『Glider』まででした。
あと1枚のEPと2枚のアルバムだけで終わるのですが、2枚のアルバムがまあ非常にヘヴィーなので…。
- 『Tremolo』(EP, 1991年2月)
- 『Loveless』(LP, 1991年11月)
- ”失われた時代”?両アルバム間期のマイブラ
- 『m b v』(LP, 2013年2月)
- その後のマイブラ 〜サブスクは成ったが〜
- 終わりに
『Tremolo』(EP, 1991年2月)
まさに『Loveless』の前哨戦と言えるEP。それでも同じ年のうちに『Loveless』がリリースされるにはここから更に8ヶ月以上かかったわけだけど。幻想的なエフェクトでぼかされた恍惚感で上気した表情が印象的。
実際に『Loveless』に収録された『To Hear Knows When』以外はもう、単にアルバムから漏れただけで、サウンドはしっかりと『Loveless』していて、流石に過渡期的な要素は存在していない。更に、曲間をエフェクトの効いたサイケなギターインストで繋ぐ手法も『Loveless』と同じ。つまり、これは”4曲版『Loveless』”みたいなもの。曲のタイプも4者4様で、焦点を絞った感じのある『Loveless』から外されたのも納得だけどその分多様性の出た曲調や、収録時間的にも取り回しがいいことから、『Loveless』を聴くには重たすぎるような気分の時にちょっと聴けるシューゲイザー音源として重宝する。
むしろ、この作品に納められた非『Loveless』的な楽曲を彼らがもっと量産していって、1990年代のうちにもう1枚アルバム出せていたら…などというifも考えてしまう。けどそれはきっと彼らのフォローワーがすべきことだったんだろうな。
1. To Hear Knows When
ギターノイズで編んだ揺籠。ギターを発明した人が夢にも思わなかったであろう、バグ技中のバグ技を使用して、もはやリラクゼーションミュージックのような音像が作られてしまう。かつてギターノイズを宇宙的に用いようとしたJimi Hendrixは、こういう音楽を夢見たりしてたんだろうか。マイブラを代表するどころか、シューゲイザーというジャンルを代表する楽曲のひとつだろう。
再生後いきなり吹き上がる音を、何も知らない人がこれをギターの音だと思うだろうか。かなり音量の小さいリズムを中心に幾らかサンプラー・シーケンサーの音が入っているにしても、メインとなる幾つもの光の揺らぎのような音は、確かにギターから出力されているらしい。ライブで演奏光景を見ても、今一つ信じられないことだけども。おそらく、ここにはBilinda Butcherのボーカル以外は、Kevin Shieldsの演奏したサウンドしか本当に入っていないんだろうと思う。徹底的に計算された揺らぎ方のループ。緩やかにだけど確実に曲の進行によって移り変わっていくコード感。「『Loveless』では多くの人が思っているよりも録音されたギターの本数はずっと少ない」とはKevin本人の言だが、この曲に至っては1本しか録音してないとさえ言っていて、実際にライブで自分のギター1本*1とキーボードでこの音を再現できているのは、結局どういうギターの出力の仕方をしてるんだろう。
そして、殆ど”歌”の性質を失って”音”に限りなく近く扱われるBilindaのボーカルが、しかしながらこの曲をこの曲たらしめている。何を歌ってるか殆ど分からないようなウィスパーボイスで、特に間奏部のコーラスの軽いハミングの神々しさが、この曲の展開のゴールになっている。特に終盤の、延々とこのハミングが続いていくパートは、永遠に感覚が弛緩していくような、この世のものから外れていくかのような性質の音の快楽がもたらされる。
”この曲の”演奏は終盤次第にフェードアウトして、繋ぎのインストに入る。ここでのインスト部は、意外とそれが確かにギターのストロークでできていることが分かりやすい作りをしている。なお、このEPとアルバムとではこの繋ぎのインストが異なっている。繋がる先の曲が違うからなのかなと思う。
www.youtube.comエフェクティブなPV。
冒頭のシンメトリーな感じはまるでスーパーカー『Futurama』みたい。
あなたのおそれに口づける
赤いボタン 口からおちる
あなたのドレスをぬがせてる
頭の方からね こんなのひさしぶり
上でうごいてみて
そしたらあなたもあのこにとどく
振りむいて また戻っておいで
いつわかるのか聞くために
2. Swallow
結構雰囲気がガラッと変わって、「…どこのケルト音楽?」みたいなバグパイプが鳴り響き、またリズムにはボンゴかコンガかもしくはインドのタブラか何かみたいな音がずっと反復し、急に無国籍音楽風になるのでビックリする。ギターの轟音はそんなに入っておらず歯切れのいいカッティング中心。そういった特性のためか、ボーカルはいかにもシューゲイザー的なウィスパーだけども、他の楽曲ほど密室的な感じがせず、開放的な感じで流れていく。「いかにもシューゲイザー」な曲ばかりの『Loveless』からは外されても仕方がないな…とは思うけど、この軽やかさはこのEPを聴くときの魅力の一つでもある。
尺が5分近くあるけど、うち1分以上は次の曲までの繋ぎ。こちらはギターの音を弄りまくってバグったような音響が反復し続けて、開放的な感じからまたシューゲイザーな雰囲気に引き込まれる。
3. Honey Power
直線的な8ビートに導かれて軽快にドライブしつつシューゲイズしまくる、今作でもとりわけキャッチーで爽快感のある楽曲。『Loveless』でも『When You Sleep』や『What You Want』が同系統の曲になるので、同じタイプの曲が3つもは不要ということでこのEP送りになったものと思われる。
けども、イントロのギターの攻撃的なリフは、同系統の曲でもこの曲が頭ひとつ抜きんでいる。割と短めに終わる歌メロからこの強烈で強引で、激しい反復を調を変えて連発する、ロックギター的な快楽性に満ちたリフに移り変わる箇所のダイナミクスにこそ、この曲の最高さがある。ギターリフの音程すらやや曖昧なまま、ひたすら強引に押し通して打ち鳴らされるこのリフの快楽性。見方によっては、『Loveless』周辺の音楽はギターか否かに関わらず、キャッチーで魅力的なリフが沢山詰まった音楽でもある。この曲はそのことが一番分かりやすいかもしれない。このリフを聴かせるために、歌もリズムギターもノイズもリズムも存在するような。そういえばこのドラムも打ち込みなんだろうか。リフに還るときのスネア連打のフィルインは実にロックンロールだと思う。もはやこの曲とかロックンロール扱いでいいんじゃないだろうか。
この曲自体は3分ちょっとですぐ終わってしまい、ロック的なフィードバックノイズを撒き散らすアウトロから、次の曲へと結ぶ幻想的なインストに移行する。ギターのカッティングとBilindaのハミング、そしてヴァイオリンを歪ませたかのような幽玄なノイズで作り出される雰囲気は、繋ぎ系のものでもとりわけ魅力的で、これ単体で曲にすりゃいいのに…とも思うけど、この安寧感が次の曲への実にいい繋ぎになっているのもまた事実。
4. Moon Song
どこかヨーロッパ映画のエンディング的な雰囲気を感じさせる類のロマンチックさを湛えた、このシューゲイザーの音で無理矢理ボサノヴァをしてるような曲でEPはことのほか優雅に終わる。前曲の繋ぎの安寧感からこの曲の、哀愁ともノスタルジックともつかないような調整のイントロに繋がる様は見事だと思う。
映画のエンディングなら弦楽隊が担当するであろう伴奏は嵐のようなギターノイズとその奥でしっとり鳴るアコギ、そしてボンゴ等のパーカッション類が担う。歌はこのEPでおそらく唯一Kevin自身が担当するが、彼の作曲センスにこういうボサノヴァ的にアンニュイなものも含まれている、というのがまた興味深い。凄いノイズが吹き荒れているのに、どこか優雅でのんびりリゾートっぽい感じもして、なかなか他で聴けなさそうな感傷的な音楽を作り上げている。EP最終曲なので次の曲への繋ぎも無く、最後に輪郭のはっきりしたシャララーンとした音で終わるのは、確かに『Loveless』では出来ないことだなあと思わされる。
このEPもやはりコンピ『EP's 1988-1991』に全曲収録。Disk2の冒頭を勤めているけど、Disk2のこれより後はいわゆるレアトラック集ということで、それはいいんだけどもそのレアトラックが『Isn't Anything』〜『Glider』までくらいの時期のもので、聴いていくときの今作との連続性が微妙なところはある。というか、『Loveless』時期のアウトテイクっていうのは、やっぱ無いのかな。あっても世に出せるほど満足できる出来じゃないのかな。あるなら聴きたいけども。
『Loveless』(LP, 1991年11月)
ご存知『Loveless』。シューゲイザーというジャンルの頂点として崇められ、恐れられ、憧れられ、模倣され、超越しようとされ、もしくは迂回しようとされ、何にせよ、シューゲイザーというものに関わろうとする際に流石に完全に避けて通るのが困難だろうという、ジャンルにとっても、ロックにとっても、いや下手すると録音芸術という世界においてさえも、いわばマイルストーン的作品なのかなと思われる。遠目で見たらなんかピンクい四角なんだけども。このジャケットがあるからこそフェンダー・ジャズマスターという楽器が多くの人に愛されている、ということもあるでしょう。
こうやってマイブラの作品を体系的に聴こうとして気付かされるのは、『Loveless』は『Loveless』的なこと以外をしようとしない、多様さよりもひたすら純度を追い求めた作品なんだなあ、ということ。それは、今作より後に(2021年4月現在で)唯一リリースされたアルバムである『m b v』の「なんか色んなことをやってるなあ」という印象と対比することでより際立つ。
今更言うまでもないけれど、ともかくひたすらギターの本来の鳴らし方から遠く離れた、バグらせて出力されたとしか思えない轟音の数々が鈍く揺らいでいく大嵐の中に、ロックが投げ込まれている、というような作品。この音を満足に録音し、整理し切るまでに彼らは1989年の2月から1991年の半ばごろまでの時間を必要とした。もしJimi Hendrixが長生きしていたら、このアルバムにどんなことを思っていただろうか(それとももっと前に自分でこういう作品を作っただろうか)。又は、今作のひたすらギターから出力されたレイヤーが重なる様を「ギターによるウォールオブサウンド」などと呼ぶことがあるけど、実際のウォールオブサウンドとは似ても似つかないこれを、Phil Spectorはどう思っただろうか。Brian Wilsonは、大瀧詠一は、山下達郎は、どう思っただろうか。まあ、そんなに興味ないかもな。なんかコメントとか残ってないものか。
そういえば、Creationレーベルの作品はその後の資本協力のおかげかソニーから出ているので、同じくソニーから出ている大瀧詠一『A LONG VACATION』等と今作は同じレコード会社の作品と言えなくもない。いや本当に強引なこと言ってるのは分かってるけども*2。
1. Only Shallow
印象的にパツパツと鳴らされる4発のスネアの、その後に猛然と立ち上がってくる轟音ギターで「このアルバムはそういうことなんですよ」とリスナーに教えてくれる楽曲。本当に、そういうことなんだよ。基本的に今作は音量レベル低いので、インパクトを得るためにもぜひ再生装置の音量を上げて聴きましょう。
ある意味では、この猛烈に広がっていくリフこそが、この楽曲の本体だと言えるかもしれない。その後の淡々と流れていく歌は、このリフがまた強烈に響くようにするための時間稼ぎと、極論言ってしまえるかもしれない。明らかに、このリフをどう聴かせるかに焦点を当てて、最終的に作曲・編曲されているとしか思えない。勿論、対比となる歌のパートのBilindaのクールさもそれはそれで素晴らしいけども。アルバムでも最もささくれ立ったコード感で終始突き進んでいく。
どんなに現代技術で少なく見積もっても3本くらいは轟音ギターを重ねないとこうはならなそうなこのリフの強烈なインパクト。コード進行だけ拾うとガレージロックみたいなのを、この、フレーズとか音程とかではなく、”音圧”そのものをリフにする、という発想・方法論が、ここでは高らかに鳴らされている。そういう意味では、Kevin Shieldsという人はThe KinksのRay DavisやLed ZeppelinのJimmy Page以来のギターリフの発明者なのかもしれない。『Loveless』は、ギターリフの概念を塗り替えたアルバムとも言えるのかもしれない。
この曲の圧倒的にささくれたテンションのまま最後まで駆け抜け、最後の一音が叩きつけられた瞬間のダークさは、余韻もそこそこに、今作的な次の曲への繋ぎのセクションに取って代わられる。こういった繋ぎが今作をトータルアルバム的にしつらえて、また今作の曲を含むプレイリストを作るときには、なんか扱いづらい感じにしてくれる。繋ぎなしの『Loveless naked』作ってくれませんかKevin Shields様。。
枕みたいに眠ろう
誰もいやしないよ
そこは彼女が気にもかけないところ
どんなところであれ
枕みたいに柔らかく
彼女に触れる そこで
そこは彼女がもう立ち向かえないところ
そんなどこか
甘美で 芳醇で 柔らかなところ
きみが成育したみたいに感じるよ
2. Loomer
3. Touched
4. To Hear Knows When
もしかしたら少なくない人が「『Loveless』の冒頭衝撃の『Only Shallow』と名曲『To Hear Knows When』の間の曲って、なんか短いし印象薄いよね」と思っているかもしれない。自分も時々、両方ともインストだったかな…などと思う時があるけど、インストは3.だけで、2.はれっきとした歌ものだった。気をつけよう。
『Loomer』は、前曲の激しさを少し受け継いだような、8分音符で連打されるノイジーなリズムが特徴の楽曲。歌メロに沿って展開されるノイジーなギターリフの伸びていく様がロマンチックで結構印象的。ただ、2分半であっさり終わってしまうのもあり、どこかアクセント的な存在感に留まってしまってる。
『Touched』こそ真にインストで、1分に満たない短いトラックだけど、ここではギターノイズを押しのけて、シンセやストリングスによる、映画のサウンドトラックじみた感傷的なメロディが綴られている。その意外にしっとりした様は本作の他の曲の”無情な感じ”と趣を異にしているけども、これは実はKevinではなくドラムのColm Ó Cíosóigが作曲し、かつプロデュースやミックスも全面的に彼が行ったとされている*3。どこかしらKevinの手も入っていないことはないだろうけど、ともかく、そういったこともあってこの曲は非『Loveless』的な異色の曲だけど、短いこともあってアルバムから浮くこともなく、次に来る名曲『To Hear Knows When』のいい具合の前奏曲として収まっている。
『To Hear Knows When』においては、冒頭からの激しい流れがここで落ち着いて、アルバム中で最も静謐で、安らぎに満ちてかつ神々しい場面を作り出している*4。そしてそのことは、乱暴な停滞感でループする繋ぎを経て、次の突破力に満ちた名曲に繋がるときのカタルシスの布石としても機能している。ここの繋ぎと曲順が、個人的には今作で1番好きな流れだ。
5. When You Sleep
今作の曲タイトルは全て、長期のレコーディングに関わらずアルバムが出ないことにイラついたCreationのレーベルオーナーAlan McGeeの「まだか…?いつ出るんだ?」に対するKevin側の”おちょくるような”回答になっているとされている。それにしても「いつだ?」に対して「お前が寝てるときだよ」っていう返しはひどい。
上でも書いたとおり、今作最大のカタルシスはこの曲が始まる瞬間にあると個人的に強く思ってる。安らぎと停滞感に満ちた空気を1発で打ち破る、強烈にして冷徹な突破力を有したイントロでもって、この8ビートのロックンロールであり、またオールディーズのようなメロディさえ有した名曲は幕を開ける。このリフの前半のフレーズはシンセだろうか。だとすれば、複数の楽器でリフを引き継いで演奏する、というのも、彼が編み出した素晴らしい方法論のひとつと言えそう。リフ後半のギターの、トレモロバーを強烈に揺らしている様が浮かぶ音像がまたとても格好いい。
この曲の、早すぎもせず遅すぎもしない、ハネすぎないけど直線的になりすぎもしない、威風堂々としたテンポ感で進行していくドライブ感がとても好きで、歌の伴奏のギターのロック感は実にオルタナティブロック的。KevinはDinosaur Jr.に特に入れ込んでいて、あのドライブ感をここで援用しながら、自分のシューゲの作法と融合させて、ここに最高にノイジーでロマンチックなロックンロールを作り出した。
この曲のボーカルはKevinとBilindaがユニゾンしているように思えるけど、Kevin本人の弁では「自分一人の歌を、回転数を変えて高くしたり低くしたりしたものを重ねている」という、ロマンもクソもないことを言っている。大事なのは、そんな事実も知らずにもしくはそんなもの無視して、この歌に男女ユニゾンのロマンを感じた多くのフォローワーがいて、模倣から素晴らしい楽曲を作ったりしている、ということ。そして、半ばリフとリフの間の時間稼ぎ的に存在しているようにも感じられる今作の楽曲のメロディにおいて、この曲は歌単体でも、素晴らしくロマンチックな形で存在している。そのことはたとえば、この曲を少年ナイフがカバーしたバージョン*5などを聴くと案外分かり易いかもしれない。
「ロマンチックなメロディの楽曲を轟音ギターサウンドで包む」というシューゲイザー好きの思い浮かべるタイプのロマンのうちの幾らかは、極論この曲に収束するんだと思う。ウォームでポップで感傷的な歌と、冷たくも圧倒的なリフとを繰り返す、この実に映像的で、かつ幻想的な表現技法は、もしかしたらロックンロールの最もロマンチックな形態のひとつかもしれない。
楽曲自体は最後に印象的なリフを多数繰り返した後4分程度で終了し、エフェクトそのもの、といった感じの短い繋ぎを経て、次の曲へ繋がる。…この曲は特に、繋ぎ無しで完奏するバージョンが欲しい。なお、この曲のキャッチーさを本人たちもよく自覚していたのか、アルバムリリース時の第1シングルとしてこの曲が選ばれている。もしかしてそっちには繋ぎが入ってないんだろうか。
きみを見てると たまに
現実じゃないみたいになる
ぼくの顔を緩ませるんだ
また明日会おうよ そう遠くないさ
時々は ぼくを落ち込ませてくれたり
どっか行ってしまったりするけど
きみが「誓うよ」って言う時は
ああ きみを信じはしない
忘れられるはずないさ
明日 きみが眠って そう遠くはないさ
たまにはね
きみがぼくを笑わせてくれると
その長いブロンドの髪が振り返るんだ
6. I Only Said
7. Come in Alone
この辺はひたすら『Loveless』的な轟音を浴び尽くす流れって感じ。よりゆったりした、ロックンロールでないビートの上で、うねるようにリフが展開していく様。歌がリフに奉仕している感じ、というか。『Only Shallow』の、音圧で押しつぶしてくる感じではなく、もっと怪しく蠢いたり、キリキリと棚引いたりする。あと、この辺の流れはなぜか繋ぎのトラックは無く、フェードアウトや普通に完奏したりで次の曲に繋がる。
『I Only Said』のリフは3連のリズムで昇降を繰り返し、怪しくも雄弁に駆動する。このリフはなんとなく、New Waveとかにありそうなストレンジ系のリフをシューゲイザー化させてしまったような響きに感じる。ギターなのかシンセなのかわからないけれど、独特の刺々しさがある。このリフの感じは後の、RadioheadとかSunny Day Real Estateとかのサディスティックなリフに影響を与えてそうな感じもする。リフまでの間を調整するかの如く小節を増やす歌メロもシステマチックな感じがするけど、この辺はどこまで感覚でやってるんだろう。
『Come in Alone』はワンコードの中でのリフの断続的に噴き出してくるような感じが、地味に挑戦的。こういうのもリフとして扱えるかどうか、みたいな実験に思える。メロディの感じは今作で一番『Only Shallow』に近いけど、激情が吹き上がるというよりも、もう少しじわじわと、這うような展開の仕方をする。そして、普通に完奏して、その余韻はあっさりと、次の曲の地味な始まり方に回収される。
8. Sometimes
今作の歌もので唯一”メインリフ”的なものが見当たらない、アコギとディストーションギターのコードカッティングを主体に普通にKevinが歌っていく、不思議な立ち位置の楽曲。言うなれば「バンド作品の中で箸休め的に出てくるアコギ弾き語りの曲」みたいなポジションなんだろうか。Kevin本人の弁によると、今作の楽曲は長い録音期間のうち1989年9月までには大枠が出来上がっていたけど、この曲のみ1991年2月という、レコーディング終盤に作り始めたとのこと*6。もしこれがタイトルが最後の”s”がなければ*7、曲タイトルで本作リリース時期に関する問等シリーズにおいて、「…いい加減いつだ?」っていう時期に「いつか」ってタイトルで返すことになって、とてもひどい。本当に完成してリリースされてよかったなあ…。
そのような演奏形態で、ドラムも入っていない形式なため、マイブラの楽曲でもこの曲はとりわけSSW的な楽曲になっている。この曲だけ聴くと、寂しげなメロディのセンスや声の感じがまるでElliott Smithのようにも聴こえる。中盤以降目立ってくるメロウなキーボードの感じなどもどこか似てる。むしろElliott Smith側からこの曲へのオマージュとかがあったのかもしれない。
眼を閉じて 感じているよ
どうやってきみが愛してくれなくなったか
そんなの分かりやしない
きみも分かるだろう 地に足がついてみれば
そういうのを超えて
ぼくは真の愛が育つのこそ望んでると
ああ ぼくのこの感じ方を誤魔化せはしないさ
頭を音の方に向けて
寝そべっていたけど分かりやしない
きみは気づくだろう
愛することは傷つけることと
心配しないで 世界は愛する気持ちに満ちていた
ぼくらもきっと今こそ そのうちに分かるんだ
歌詞がなんかやたら回りくどい。今思うと、この歌詞の感じといい曲の感じといい、22年後の『m b v』に入ってても違和感のないような曲なのかもしれない。
9. Blown a Wish
10. What You Want
11. Soon
『Loveless』の終盤戦。”癒し”の感じの9.→再びマイブラ流ロックンロールの10.と来て、そして最後にインスト繋ぎが復活した後、先行リリースされていた11.のイントロが這い出してくるのに繋がる、という流れも実によく出来てる。
『Blown a Wish』のリフは、今作中でも最も神々しい類のもの。キラキラしたうねりの中をサンプリングと思しきコーラスが定期的に浮かんでくるのは、どこか宗教的な感じもする。歌メロもどこか地に足をつけないようなフワフワした感じがあって、全体的に優しい感じに仕上がっている。前曲のしみじみした感じを大事にした曲順だなあと改めて聴いてて思った。
前曲が完奏してその余韻を『What You Want』の轟音で引っ掻き倒すようなイントロが豪快にかき消す。歌の伴奏としていい具合にドライブしていくギター、展開の切り替わりのたびにやたらとフィルインしたがるドラム、そしてそのフィルインに応えるように再登場するギターリフ、と、やっぱりこういうタイプの曲を聴くと、製作過程はそうじゃなかったにせよ、マイブラはロックバンドなんだなあ、という思いを強くする。こういう曲がライブ映えしないはずがないものな。今作にて、陶酔ではなく爽快感が『When You Sleep』に続いて駆け抜けていく瞬間。特に終盤のギターリフが繰り返されるところの感じがグッとくる。
そんな前曲が終わって、久方ぶりの繋ぎのインストが実にオブスキュアーでエレクトロな感じにループして、その短いフェードアウトとほぼクロスフェードするように、最終曲『Soon』のドラムループが入ってくるのは、少々DJ的な快感がある。そして、強靭なループのリズムと轟音の緩急が掛け合った『Soon』の享楽的なムードでもって、本作は全演奏を終了する。この曲、ビートが強すぎて最後にしか持ってこれなかったんだろうな…という感じと、まさにこれが最後に来てこそ!という感じと、両方ともふんだんに感じ取れる。陶酔の質がこれまでの楽曲と異なる気もするけれど、このアグレッシブさと感傷とが交錯してアルバムが終わってく感じが、いいのかもしれない。
”失われた時代”?両アルバム間期のマイブラ
多くの人が知っているとおり、『Loveless』リリース以降の彼らは長い間リリースが途切れ、何をしているか分かりづらい、何もしてないのではないか…と思われる時期がずっと続いていく。1996年か97年か頃には「ドラムンベースを取り入れた新作」が出ると騒がれたこともあったけど、Kevinが満足しなかったのか、結局出なかった。1995年にはベースとドラムが脱退し、1997年にはBilinda Butcherすらバンドを去っている。
しかしながら、特にKevin Shieldsにおいては、マイブラの新作は出せないにしても、「あの『Loveless』にて誰も出したことのないような音楽を作り上げた、魔法を持ってる男」として広く認知されたこともあり、彼の轟音・ノイズマイスターとしての手腕を見込んでか、結構な数の客演・リミックス等の仕事が彼に舞い込んでくることになる。
ここでは、マイブラ・Kevinそれぞれの、この”両アルバム間期”の作品やら課外活動やらについて幾つか紹介をしておく。
My Bloody Valentine名義のリリース
まず、マイブラ名義で発表された音源。以下に記す4曲しか今の所ありません。
1. We Have All The Time In The World(1993年)
1993年に発表された、当時まだ対立と抗争が続いていた北アイルランドの平和を訴える団体のコンピレーションにこの曲で参加。Louis Armstrongのカバーであるこの曲では、スタンダードなポップスのフォーマットにウィスパーボーカルと微かに聞こえるクランチなギターカッティングとを導入した曲で、シューゲ感は薄く、代わりにどこかソフトロックじみたしっとりとした仕上がりになってる。ドラムは打ち込みなんだろうけど、いちいちバタバタしたドラムフィルを入れてるのがとても好感が持てる。
2. Incidental One & Incidental Peace(1996年)
AIDS撲滅のための慈善団体のコンピレーションに参加したもの。アメリカのSSW・Mark Eitzelとのコラボ。Markのポエトリーリーディングに薄く『Loveless』の繋ぎにありそうな感じのノイズを寄せている『Incidental One』と、それを他者がリミックスした『Incidental Peace』。
3. Map Ref. 41N 93W
これが一連の両アルバム間のマイブラ楽曲の中で一番マイブラ的な要素が感じられるかもしれない。ポストパンクバンド・Wireの楽曲のカバー。1996年にリリースされたWireのトリビュートアルバムの中の1曲。ポップでフューチャー感のあるWireの1979年の楽曲を原曲を尊重しつつ、ギターサウンドとツインボーカルできっちりマイブラ感も表現する良カバー。というか、ノイズ噴き出すまま上手に重ねた『Loveless』の音からすると意外なくらいに、かなりミニマムにギターノイズをコントロールしていて、こういうことも出来るのかよ、こういうタイプのマイブラの曲も聴きたいぞ、って思うくらいの素敵なアレンジだと思う。ちゃんとサビ的な箇所でツインボーカルがユニゾンからハモリに移行するのも、このトラックならではの良さがある。
”Kevin Shields”としての活動
ここからはKevin個人の活動。主だったところを。
・作曲者として
1. 『Lost in Translation』(Soundtrack, 2003年)
Sofia Coppolaによる同名の映画のサントラに、ソロ名義で何と4曲も書き下ろしている。このサントラにはマイブラの『Something』の収録されているし、またThe Jesus and Mary Chain『Just Like Honey』をはじめ多くの「少し洒落てる系」のアーティストの楽曲が多数収められた。サブカル的な感じもするけども。映画が東京を舞台としていることから、はっぴいえんどの『風をあつめて』も収録されてたりする。あざとい。
肝心の楽曲は、『City Girl』は正面切った歌もので驚く。ミドルテンポの淡々としたバンドサウンドにシンプルに歪んだギターのコードカッティングによる演奏と歌で聴かせる様は奇を衒うところが無く*8、それでも囁くような歌い方・声の具合などに彼の歌心の方向が見える感じ。マイブラではしなさそうな哀愁に満ちたコード回しも面白い。シングルも切られた。コッポラの写りまくるPVは知らん…。
後の3曲はインスト。映画のバックに流す音楽なので、静謐で上品で少しメランコリックなアンビエント作品みたいな感じ。『Goodbye』は割と本当に電子音だけで作ったのかなあ?って感じ。マイブラの『Soon』を称賛し後にKevinとコラボするBrian Enoの影がチラつく。『Ikebana』はギターのアルペジオで構成されたインスト。今で言うシマーリバーブ的なエフェクトを活用してるのか神秘的な雰囲気。『Are You Awake?』は本当にこれKevinが作ったの…?って感じの軽快なエレクトロニカ的トラック。揺らぐエフェクトが曲中ずっと鳴り続けることで彼っぽさを出してると言えるかもしれない。
2. 『The Coral Sea』(Patti Smithとの共演, 2008年)
Patti Smithと共演した(!)ライブパフォーマンス2つからの音源を収録した2枚組、合計110分近くという作品。スポークンワードの作品で、Patti Smithは延々と詩を朗読し続ける。Kevinはその裏で様々な幻想的なサウンドを表現する。Wikipediaに「all music is composed by Kevin Shields」と書いてあったからこっちの欄で取り上げたけどこれ作曲か…?とりあえず1曲目5分過ぎたあたりから明確にギターな音が聞こえてきて「おっ!」って思う。しかし流石に長すぎて、かつこういうスポークンワード作品を聴き慣れていないので、たまにそういうちょっと気になる音は聞こえてくるものの、全部聴き通せない…。
・演奏者・編曲者として
1. 『XTRMNTR』Primal Scream(2000年)
演奏者としてのKevinの課外活動として一番インパクトがあるのはやっぱり、一時期のデジタルな方面で吹っ切れたような攻撃性を撒き散らしていたPrimal Screamに参加していたことだろう。『Accelerator』の、トラックの整合性をものともせず酷くブチブチしまくったギターサウンドを展開することのダイナミズム、特に、ギターソロでそれまでのノイズよりもより大きなノイズギターを載せるというアホアホなアレンジには、Bobbie Girespieのアジテートも含めて2000年代のIggy Popという感じがするけども、そういうサウンドに貢献してるところを見るに、Kevinという人間は結構ガレージロックが好きな人なんだなあ、という、『Loveless』からすると意外なところが見えてくる。またこの曲のギターサウンドはどことなく後の『m b v』のいくつかの曲のギターサウンドとも共振してるような。
アルバム『XTRMNTR』では他にもそもそも『MBV Arkestra』と題されたトラックがあったりと、様々な箇所でその意匠込みで活躍している。また、次のアルバム『Evil Heat』にもやはり参加していたり、しばらく後の『More Light』にも参加していたりと、KevinとPrimal Screamの繋がりは色々と多い。
2. 『More Light』J Mascis + The Fog(2000年)
かつてマイブラがオルタナティブな方向に覚醒していく中でKevinが強く憧れていたDinosaur Jr.のJ Mascisとも様々な共演をしている。早いうちではDinosaur Jr.のラストアルバム『Hand It Over』(1997年)ではBilindaとともにボーカルで参加していたり*9、プロデューサーとしてクレジット(!?)されていたりする。
そしてJ Mascis最初のソロアルバムのタイトルトラックにおいて、きっちりとKevin Shields参加!って感じのノイズナンバーを演奏している。ハンマービート気味なリズム+電磁的にヒビ割れたボーカルを、左右の終始うねり続ける轟音ギターが包み続ける様は、別にマイブラ的なギターとは思わないけど「なるほど…」と思わせる豪快さがある。たまたま上のPrimal Screamと同じ年で、この年の彼はこういう荒々しいギターサウンドにハマってたのかも。奇しくもPrimal Screamも『More Light』というアルバムを作りそれにもKevinが参加してたりするので、いつか出るかもしれないマイブラの新作もいっそタイトルを『More Light』にすればいいのでは(適当)。
・リミキサーとして
1. Autumn Sweater / Yo La Tengo(1997年)
Yo La Tengo自体マイブラフォローワーな側面があると思われるが、そんな彼らの代表曲のひとつをKevin Shieldsがリミックスしたもの。同局のシングルのカップリングに収められ、後にベスト盤のボーナストラックに収録された。なかなか正攻法なリミックスで、原曲より過剰にベタベタになってるリズムに、延々と不思議エフェクトを添えていい具合に揺らがせ、バタバタしつつもなかなか心地よいループ感を演出している。
特に、4:45秒くらいで一瞬リズムをモタつかせてからの、淡々と華やかに心地よいエフェクトに回帰する展開は、ワンポイントのキメとしてグッとくる。終盤のゆっくり吹き上がってくるサイケなエフェクト展開もなかなか正統派なリミックスの手際。
2. Mogwai Fear Satan / Mogwai(1998年)
彼のリミックスワークの代表作であろう、Mogwaiの一番有名な楽曲を徹底的に”やってしまった”トラック。このトラックが入ってるMogwaiのリミックスアルバムの、この曲のリミックスが5曲も収録されているうちの1番最後に登場するこれは、ラスボス的な風格さえ漂う。Mogwaiの轟音がナンボのもんじゃ!!!と彼が思ったかは知らないけど、ノイズマイスターとしての彼の才能が、ある意味一番発揮された音源かもしれない。冒頭のアンビエントなノイズで十分に焦らして、1分13秒のバンドサウンドのインから「!?」という不穏な歪ませ方でバンドサウンドが鳴らされる。無軌道にノイズが駆け抜けたり、フィルターがウネったり、3分を過ぎた頃からギター由来っぽいノイズが迫ってきたり、光がまとわりつくかのようなエフェクトが鳴り続けたりする。
一番困惑するのは5分30秒からのブチブチのノイズの音だけになるセクション。後進に対する嫌がらせか…?みたいな実に破滅的でかつ神経質な高音も含んだ露悪的とさえ言えそうなノイズを、9分ごろまでは本当にずっとこのノイズだけを撒き散らし倒す。
しかし9分を過ぎた頃からこのノイズと神々しい電子音とがゆっくりクロスフェードして、そこから先はしばらく、最果ての楽園に到達したかのような静謐で荘厳なアンビエント・ワールドが展開され、そして11分を過ぎた頃にようやく、ハックされ倒したバンドサウンドが帰ってくる。アナログに上昇・下降・減速・加速していくノイズの扱いは実にイマジナリーで、元のMogwaiの轟音とは全然違う方向で彼岸の世界を駆け抜けていく。
合計16分越え。まあ原曲からして似たような尺だけども、他のリミックスがもっと短いことを思うと、ここでの彼のリミックスは実に本気で、轟音インスト界の大名曲である原曲に、どう自分の作法で対峙するかという、そんな気概を強く感じさせる。
『m b v』(LP, 2013年2月)
ようやく最終章。長い時間が経っているので、なるべく簡単に経緯も書きます。
2007年に彼らは再結成し、2008年には日本のフジロックも含むライブを展開、現代の音響機器やエフェクター等の技術を得た彼らのライブは各地で絶賛されるものの、それでもしばらくは音源が出そうで出ない、Kevin本人が「もうほとんど完成してるのでもうすぐ出るよ」って言っても出ない、みたいなのをしばらく続けていた。…でも、そういった時間の裏で、本当に1990年代から止まっていた今作制作の時間もちゃーんとまた動き始めていた、というのが、今作がついに2013年にリリースに漕ぎ着けたことで結果的に分かった。
今作は、本当に1996年〜1997年に録音していた、Kevinが一人でギターを重ねてたりドラムンベースを試したりしていたマテリアルを元に、再結成後にドラムやボーカルといったもののダビングをして、あと1曲だけ新規に作って、遂に完成に漕ぎ着けたものらしい。本当だとしたらえらい物持ち良くないか*10…?とは思うけども。
2012年に『Isn't Anything』『Loveless』のリマスターとEP集『EP's 1988-1991』がリリースされた後の、本作のリリースは非常に唐突に行われた。2000年代に生まれたいわゆる”In Rainbows形式”で、リリースの発表があったその日のうちに聴けるようになってて、当時かなり呆気に取られた。
更には、内容も呆気に取られた。そりゃ『Loveless』の再来を望んでた訳じゃないけど、あそこまで一貫性のありすぎる作品を望んでた訳じゃないけど、とはいえ随分とっ散らかってるな…とは当時思った。数曲終わるごとに、別のアルバムを聴いてるような感じになったりして、特に終盤3曲は「噂のドラムンベースの曲ってこんな感じかあ」ってなった。本人の言を信じるならば、1990年代に作ったマテリアルをようやく形にした作品ということになるので、20213年当時の最新のサウンド、と言うのは難しい部分もあり、かつての歌詞も込みでの”セックスと死”みたいな雰囲気も加齢等により後退しているように感じれる。
でも、逆に言えば『Loveless』的な偏執的な作業とは逆に、特に再結成以降は、結構伸び伸びと作業をして、「『Loveless』を超える…!」的なプレッシャーもそんなに背負わずに、曲順もむしろ「ここからここまでがこういう曲のゾーン、次はこう」みたいな並べ方は変な素直さがあって、どこか可笑しくも分かりやすくて、聴いててこれはこれでいいかも…ってしばらくして思えるようになった気がする。それはどうしても、今作を背後のドキュメンタリー込みで見てしかうからそう思うのかもしれないけども。
でも、どの曲も『Loveless』収録曲のようなキリキリさが無く、『Isn't Anything』収録曲のような不敵な不穏さもなく、1曲としてのバランスの取り方も結構不思議なものがあったりして、そのフリーフォームな感じ、シューゲイザーの元祖、みたいに伝説化された経緯からすらフリーな感じが、今作ならではの良さなのかな…ということを最近は特に思う。整合性とかそういうのに絡め取られ過ぎずに出来上がってる作品なので、曲それぞれの情緒に沿って自由に楽しみたいところ*11。
1. She Found Now
この曲だけ2012年に新規録音された「新曲」で、今作の残りの曲は全て1990年代からすでに録音していたものに追加録音等して作り上げた曲らしい。ということで、さしずめ今作における『Sometimes』ポジションの曲で、今作は幕を開けることとなる。
『Sometimes』と同じように、ドラムレスで、延々Kevinのギター多重録音とボーカルで構成される楽曲となっている。つまり、やはり実質Kevinのソロみたいな構造をしてる曲。『Sometimes』よりはまだギターの音もボーカルの処理もメロディ自体も幻惑性の高いものになっているけれど、それでも大人しめの楽曲ではあることから、そういうので今作を始めてしまう、その格好のつけなさが、何かを象徴しているんだと思う。「パンチのある冒頭でリスナーのハートをキャッチ!」みたいなのはもう気にしないみたいな感じ。
ただ、この曲の穏やかさでもってしっかりとドリーミーさをやりきっていて、特に中盤以降に聞こえてくるたなびくようなギターのラインの夢見心地でロマンチックな感じは、なんというか流石…って感じがする。ひたすら緩やかな快感を享受していく感じ。正座して聴く必要はなく、ゆるーく流していって、いい瞬間を捕まえたいな、っていう雰囲気に溢れてる。
きみが帰ってきて
ぼくがきみを欲してるのを聞く
どうやってきみは見破ったんだろうね
どうやってきみは見破ったんだろうね
きみがそこにいるかもと想像してる
きみは「終わった」なんて嘘つかなかったはず
きみは今「終わった」なんて嘘つかなかったはず
きみが帰ってきて
ぼくが起きたのを見る
どうやってきみは見破ったんだろうね
どうやってきみは見破ったんだろうね
2. Only Tomorrow
3. Who Sees You
1.の幻想的で穏やかで淡い余韻を2.の開始早々歌&ブッチブチのファズギターが蹴破るところでこのアルバム最初の「!?」がやってくる。えっ何この幻想もクソもない、ひたすらブチブチに歪んでかつリバーブやディレイも全然無いギターの音…?っていう驚き。本当にこの辺の音は90年代のマテリアルなのか…?とか色々考えてしまうけど、この『Loveless』と真逆の身も蓋もなく生々しいギターの音が楽しめるかどうかが、この2.と3.を楽しむ上で重要になってくる。どっちもこういう音で、かつ、6分越え。ここでウンザリする人がいたとしても責められない。個人的にはこの2曲こそ最高なんだけども。
しかし、この2曲はドラムもしっかり生で、むしろギターの音の生々しさのおかげもあって、今作でもとりわけバンドとしてのグルーヴが出てきている場面でもある。元々の経緯から行けば、シューゲイザーバンドであるより前にまずオルタナティブロックバンドであった彼らの、そっち側の魅力が十全に発揮される楽曲が2曲続く。個人的に、ここの流れ大好き。『Loveless』っぽさは個人的に全然感じない。こんな泥臭いファズサウンドの轟音と『Loveless』の神懸かったそれとは全然違うものに感じて、そのインディロック然とした泥臭くも案外親しみやすいファズサウンドの轟音が、意外とKevinの”素顔”なのかな、なんて思ってしまう。
『Only Tomorrow』のギターの音の汚さはマイブラ史上でも多分トップ。本当に露骨にブッチブチ鳴るファズの掛かった、しかも空間系エフェクトもほぼ掛かってない生々しいギターでサウンドが埋め尽くされていて、そんな中を少々John LennonっぽいメロディでBilindaのボーカルが優雅に巡っていくところに、何気にマイブラサウンドの新境地っぽさがある。あえてやってるであろう所々のブレイクなど、最初は演奏事故かと思うくらいたどたどしく感じたけど、このローファイさすら感じるダーティーなギターの重ね方、そんなギターサウンドやリズムからも感じさせるアナログな粘着感が、この曲の魅力。変なボーカルラインで展開を引き伸ばしたりするし。中盤以降に出てくるテーマ的なギターフレーズも実に鈍く重くシンプルで、そうだったそうだった、インディロックってむしろこういうのでテンション上がってしまうようなものなんだった、って思ってしまう。
『Who Sees You』はそんなぐだぐだなギターサウンドで『Loveless』っぽいことを無理矢理やろうとしている感じが面白い。ファズファズしてしかしエフェクト感の薄い生々しいギターサウンドを伝家の宝刀グライドギター*12で揺らして揺らして、重たいギターサウンドとリズムのままに重厚な浮遊感を生み出している。イントロのスネア連打からの音圧感で聴かせる様は少し『Loveless』っぽいかも。ただ、この曲にも他の曲にも言えるけど、『Loveless』で聴けるような派手なリフの連発みたいなのはほぼ無い。代わりにこの曲で言えば、感想やアウトロに出てくる、それまでの轟音よりもさらに大きい音量のファズいギターが被さって、ギターソロ的なレイヤーを展開していく様が、今作的なダイナミズムの現れ方をしていると思う。そしてそんな轟音からの終わり方が随分唐突すぎる。『Loveless』的な繋ぎ要素も、今作は全く見られない。
ぼくら 夜にはもう戻らない
きみの心へ ただきみだけだ
明日だけは その愛はこわばらない
ぼくがすべきこと ただきみだけだ
きみの心にあるもの 愛が落ちていく
きみを強く抱く ただそれだけだ
『Only Tomorrow』
4. Is This and Yes
5. If I Am
6. New You
この3曲の並びは、Bilindaボーカルで割と綺麗めな、かつリズムに打ち込みを利用しているような感じの楽曲が並ぶ。両アルバム間期の様々な課外活動で鍛えられた電子音やリズムループの活用をマイブラに持ち込んだ形の楽曲なのかなと。
『Is This and Yes』はまさにそんな、光の筋のような電子音がいくつも束ねられた音像の中をBilindaのウィスパーボーカルが漂い続けるような楽曲。ギターは少なくとも分かりやすい形では登場せず。こういうの聴くとやっぱ97年にすでにこの曲とかのマテリアルを録音してたって本当かよ…という気持ちも。あとこの曲も終わり方が結構投げやりな感じ。
『If I Am』のリズムループっぽいやつは生ドラムっぽくも聞こえて判別がつかない。こちらはギターサウンドでしっかり雰囲気を作ってあって、グライド方式で揺らしたりワウだったりで、空間自体がゆったり歪むような、海の深くに沈んでいくような雰囲気はまさにマイブラ。そこに囁くような、時に吐息のようにさえ感じるBilindaのボーカルが妖しく乗る。特に終盤のリフレインの低音の効いたコーラスは美しい。終わり方のしぼみ具合はやはり今作っぽいけど、終盤の雑にギターサウンドを解除したかと思ったら静かに電子音が立ち上がってくるところは気が利いてる。
『New You』は今作で最もくっきりした音でトラックが形作られ、そのトラック自体もそこに乗るボーカルラインも今作でとりわけポップな楽曲。ループするリズムのインディーロック感に満ちたシンプルさが愛らしいし、そこにファズベースで土台を作り、ウワモノにはトレモロか何かで揺らぎ続ける雰囲気作り担当のギターと、優美なメロディラインを描くオブリ担当のストリングス的なシンセが、実に整然と整理されて、ポップなトラックを形作る。特に、何回かあるブレイクのポイントはキャッチーだし、そしてそもそもこの曲マイブラには珍しいミドルエイト的な楽曲の展開をするので、やっぱりポップさに狙いを澄ましてキッチリと作られた感じがする。リミキサー・DJ方面のKevinのセンスが素直に出ているというか。コーラスのキャッチーな敷き詰め方も含めて、ここまでモロにポップさを全面に押してくるのは、ボーカルは相変わらずいつものBilinda式ウィスパーボイスなのも含めて、こういうこともできるんだよな、って感じがして面白い。
7. In Another Day
8. Nothing is
9. Wonder 2
アルバム最後のこの3曲の並びが、1997年時点でアルバム2枚分あるとか無いとか言われていた、ドラムンベースを使用して製作されたトラック。3曲以外にももっとストックあるんだろうな。。
これがある意味では従来のマイブラサウンドから最も遠くて冒険的ではあるけども、しかしそれにしても習作感が凄くないですか…?ドラムンベースのループの上にひたすらギターとも何ともつかないノイズを乗せまくる手法はやはりリミキサー方面でKevinがこれまでに見せたセンスに近いんだろうけど、不思議とこの3曲は”大成”の感じがまるでない。見方を変えれば、ここまで『Loveless』で作り上げたサウンドを捨て去る覚悟もどこかのタイミングでは持ってたのか、という感じも。というかこの3曲、ベースが録音されてない気がしますけど、ドラムンベースってよく分かんないけどそういうものなんすか…?
冒頭の暴力的なギターノイズで始まる『In Another Day』は、荒々しく躍動するドラムンベースのリズムにギターがメインと思われる様々なノイズとBilindaのボーカルとが飛び交う不思議なスリリングさのある楽曲。ブチブチしたギターノイズが様々な形で行き交っていて、それが間奏等で整理されてメロディックなシンセと並走する様が、ノイズギターでリズムを取ってる様が妙にキュートで悪戯っぽく、しかもどこかケルト音楽的なワールド感のある奥行きを感じさせることも。
『Nothing is』は、3分34秒という別に短くもない尺を、たった一つのジャンクなギターリフとドラムンベースとで、非常に短いサイクルを延々と、歌どころか、展開すら無しに延々と繰り返し続けて埋める。なんだこのゴミトラックは…やりやがった…!という気持ちに最初はなった。同じ延々と繰り返しでも『Glider』はまだロマンチックさやサイケさがあったけど、ここには1980年代のポストパンクを現代技術で暴力的に再現したかのような、なかなかに自棄っぱちなアンダーグラウンド精神が蠢いている。絶対もっとまともな曲ストックあっただろ、って中でこれを選んでくるこのアルバム本当に自由だな。
ドラムンベース最大の聴きどころはやっぱり最後の『Wonder 2』。ここにおける、ひたすら嵐のように吹き荒れるフランジャーサウンドと、やたらと細かく小さい音で遠くでバタバタし続けるドラムンベースと、その嵐の中で妙にドラマチックに突き抜けようとするメロディの伸ばし方をするKevinのへろへろボーカルが行き交い、そして間奏等では突如謎に揺らぎ続けるノイズが挿入されていたりして、音像としては非常に混沌としていて、トラックとしてとっ散らかってる感じにも思えるのに、不思議と狂騒感と爽快感とロマンチックさが少しのもの寂しさとともに鮮烈に通り過ぎていく、とても不思議な名曲。特に間奏のサウンドの噴き出し方はリミックスワーク等で見せた手腕をバンドに逆輸入した、その最良の例だと思う。ノイズの過激な伸びがそのまま楽曲のエモーショナルさに直結していて、整合性とかに囚われずにここまでブッ飛んだものを作れるセンス、『Loveless』的な世界とは全然違う地点で彼が咲かせた大名曲だと思う。
きみの視界をゆっくり動かしてる
どこまでも見渡せるように
そしてきみが生きていけるだけの何かを
ぼくは見つけた
どこかできみは不安に苛まれ とても不運だ
歌ってくれ やってきて手に取るように
きみの視界をゆっくり動かしてる
どこまでも見渡せるように
そしてきみが真正面から生きていけるだけの何かを
ぼくは見つけた
思い出して
きみがかつて明日を覗き込むために
いつも遅刻していたことを
誰だって知ってるんだ
きみが案外こうやってすぐ来ることを
『Wonder 2』
あれ、この曲の歌詞ってもしかしてKevin自身のこと…?
あとこの曲名いかにも”仮タイトルのまま”って感じ。
その後のマイブラ 〜サブスクは成ったが〜
『m b v』リリース後、彼らは2018年に『Isn't Anything』『Loveless』のアナログリマスターのレコード盤をリリースした。逆に言うと、結局今日(2021年4月23日)まで新作は出ていない。ミニアルバムを出すだの、2018年には思いの外イメージが膨らんだのでアルバムを出すだの、2019年中に2枚アルバムを出すかもだの、色々とインタビューで答えているけども、実際は出ていない。またか…。
Kevin Shieldsとしては、2018年にBrian Enoとのコラボ作品『The Weight Of History / Only Once Away My Son』をリリースしている。コラボ相手が言わずと知れたアンビエントの大家なため、Brian Enoのアンビエント作品にどうノイズを付加していくか、といった仕事になっている。静かにノイズの壁を張り巡らせていく様は言われてみればしっかりとKevin Shieldsの仕事かも…って感じる作品。アンビエントというよりダークなエレクトロニカ?
話をマイブラに戻して、一度普通に解禁されていたサブスクも取り下げられ、2021年3月にようやく再開された。その際に、ロンドンの大手インディレーベルのDominoに移籍したことも報じられ、そして、2枚のアルバムを製作していてリリース予定、なんていういつもの感じの話も出てきている。またか…。
しかしここで「2枚」と言っているのが2018年頃に発言していた2枚の話の続きだというのなら、それはとても嬉しいこと。そしてそれが本当に遠くないうちに出るのであれば(少なくとも「今年いっぱいまでレコーディング」なので、そこまで近いうちでもないだろうけど)、それはぜひ、今この段階でどんなものをどんな発想で作って発表するのか、とても気になるところ。そういう少々淡いかもしれない期待で、この彼らの歴史を追っていく流れを締めることとしたい。
・・・・・・・・・・・・・・・
終わりに
以上、EP4枚とアルバム3枚他色々の記事でした。
2018年に彼らのライブを観て凄かった…って記事をそういえばこのブログで書いてました。
今でも、あの時の音圧の凄まじい具合と、そして思いの外、彼らが全力で叩きつけてくるガレージロックバンドだったこととを覚えています。上で挙げたアナログレコード再発も「2枚アルバム出せるから」みたいに言ってたのもBrian Enoとのコラボも2018年で、意外とこの年はめっちゃ働いてたんですね。
思うのはやっぱり、ライブが観たいのと、新作が聴きたい。ライブは世の中がこんなにコロナで絶望的な状況で辛いけど、新作は何とかしても聴きたいので、何とかしてリモートでもいいからぜひ、自由に作っていただきたい。
それまでは、以下に示しますサブスク再解禁で嬉しくって久々に熱が入って一気に作ったプレイリストとか聴いて待ってます。なかなかいいリストなのでぜひ聴いてみてください。前編後編で結構長く成ってしまった記事でしたが、読んでいただいた方は本当にありがとうございました。それではまた。
*1:ライブでこの曲ではBilindaは歌に集中しててギターを弾いていないみたい。そもそも彼女は元々からギタリストだった訳ではないし。
*2:ちなみにマイブラ自身が今作の後Creationから弾き出されて、大手レーベルのIslandと契約して、その後ずっと何も起こらず、『m b v』は自主レーベルから出して、その後今回のサブスク解禁時には今度はDominoと契約して、という状況で、このアルバムの版権も今はDominoが所有している、ということになるんだろうか。
*3:彼はこのレコーディング中に病気に罹り、満足にドラムが叩けない状態に陥ってしまい、それで仕方なくKevinが録音されたドラム音源をサンプラーに移し、打ち込み的にドラムトラックを製作したとのこと。
*4:リフに関して言えば、この曲においてはBilindaのコーラスさえリフとして利用している、と言えるかもしれない。
*5:この曲にオールディーズポップスを感じるのは、このカバーバージョンがすごく印象に残ってるかもしれない。初めて聴いた時は「えーーーっ!?」ってなった。リフをコーラスにしてしまうところとか最高すぎる。
*6:「やっぱりアルバムのバランス的に、1曲くらいリフゴリゴリやなくて普通の歌もの欲しいわ…」とか思ってこの曲を作ったのであれば、意外とそういう普通に人間臭いことKevinもするんだなあって感じがする。
*7:"sometime"で「いつか」という意味になり、"sometimes"だと「たまに」という意味になる。sを付けてなかったらAlan McGeeと殴り合いの喧嘩になってたかもな。
*8:むしろ彼がここまで正面切ってNeil Youngみたいなことやってること自体が奇を衒ってるようにさえ感じなくもない。
*9:冒頭の『I Don't Think』。言われた上でヘッドフォンとかで聴かんと気づかん…。
*10:本作は全てアナログ録音です、と記されていて、ということはアナログテープで、90年代に録音したマテリアルをずっとちゃんと保存してたのか…再結成まで再度録音で使用する目があるか分からんものを…とは思うけど、でもそれで本当に大事に保管してそうなのがこの人でもあるなあ、とも思う。
*11:ところで、このアルバムに対する世間の多くの評価が「良くも悪くも『Loveless』の頃と変わらない、いつものマイブラ」みたいなのが多数を占めてて、そこが色々と理解できない。最初聴いた時は「何だこれは…?」って良くも悪くも色々違和感を覚えたし、こんな良くも悪くもユルユルなアルバムと、先鋭化の緊張感と無情感が半端ない『Loveless』が同じとは、当時も今もあまり賛同できない。