ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

“メロンコリー期”Smashing Pumpkinsの隠れた名曲集(25曲)

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 1995年のアルバム『Mellon Collie and the Infinete Sadness』は、その2枚組28曲という圧倒的なボリュームと、そしてそこで展開された様々な音楽性、ヘヴィさもロマンチックさもファンタジックさも静謐さもゴスさも何もかもな楽曲の充実具合によって、シカゴ出身のいちオルタナグランジバンドと多くの人に思われていたであろうこのSmashing Pumpkinsというバンドを一気に「大いなる野望と実力を備えたビッグなバンド」に変えました。

 それで、このアルバムのレコーディングにおいては、夥しい数の楽曲が作曲・録音され、2枚組28曲だけでも物凄いボリュームなのに、特にアルバムリリース後の1996年に順次シングルカットされていった楽曲のカップリングとして、その大量のデッドストックがリリースされていきました。後にこれらのシングルはアルバムの先行シングル共々纏められ、更なる追加楽曲も含んだボックスセット『The Aeroplane Flies High』として1996年にリリースされました。更には、彼らが一度解散・再結成してしばらく経った2012年にはアルバム『Mellon Collie〜』の、翌年の2013年には『The Aeroplane〜』のそれぞれデラックスエディションがリリースされ、そこにはやはり本当に大量の、とても全部聴く時間なんか取れそうに無いほどのボーナストラックが追加されました。

 今回はそんな“メロンコリー期”のアルバム外の楽曲から、特に好きな楽曲25曲のプレイリストを作ったので、1曲ずつ紹介していく記事になります。幸いこれら含む上記両作品のデラックスエディションはサブスクで聴けるので*1、以下プレイリストも貼っておきます。

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“メロンコリー期”各シングル等の簡単な紹介

 を、本編に入る前にしておきます。特に『1979』以降のシングルでアルバムのデッドストックが多く発表されていきますが、それぞれのシングルで楽曲の方向性が統一されている節があるのが面白いし、また彼らのデッドストックの層の厚さを感じさせます。

 

1. 『Bullet With Butterfly Wings』(1995年10月)

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 あの巨大なアルバムの前にリリースされたシングルは実はこれだけ。当時は収録曲も表題曲とカップリング1曲のみの、標準的なサイズのシングルになっていて、この2曲だけであのアルバムの全貌を予想することなんて到底無理なものになっています。それでも、あの様々な音楽性と名曲でひしめくアルバムから、あえて最もキャッチーに静と動のグランジロックをしてみせる、自意識過剰さに満ちた表題曲を先行リリースに持ってきたのには、Billy Corganの並々ならぬ気迫が感じられるような気がします。

 1996年、このシングルがボックスセット『The Aeroplane〜』に収められる時、ここに5曲ものカバー曲が追加されました。彼らは幅広い年代の楽曲をカバーしているバンドであったりもします*2が、ここでは1980年代の楽曲が集中して取り上げられていて、バンド形式ではなく打込みにより製作されたものも複数あって、彼ら(Billy?)の1980年代に対する憧憬が窺われ*3、また、後の彼らのアルバム『Adore』の伏線のようにも感じられます。

 

 

2. 『1979』(1996年1月)

1979 - SPCodex

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 ここから先がアルバムリリース後のシングルカット群で、そして膨大なデッドストックを吐き出し始めるようになります。Billy Corganのルックスもスキンヘッドに変わっています*4

 表題曲はそれまでの彼ら的なオルタナティブロックさではなく、打ち込みのループとそして感傷的で印象的なギターのカッティングを用いた、穏やかかつ鮮やかにノスタルジックなリリシズムが通り過ぎていく名曲で、Billyの最も成功した楽曲のひとつとなりました。

 そのシングルに収められたのは、「ヘヴィでなく、アコースティックでもない感じのバンドサウンドの楽曲」といったところ*5サウンドの爆発を見ないままダークに過ぎ去っていくBillyの『Ugly』『Cherry』と、James Ihaによるアコースティックと弦楽隊の結びついた優雅な『Believe』が当初収録され、そしてボックスセット『The Aeroplane〜』ではここに更にBillyの『Set the Ray to Jerry』とJames Ihaの『The Boy』が追加され、結果としてJames Iha作曲・ボーカルが2曲という珍しい1枚になりました。

 

 

3. 『Zero』(1996年4月)

The Smashing Pumpkins – Zero (1996, CD) - Discogs

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 いよいよBilly Corganのゴスさが全開になった楽曲であるところの『Zero』を表題曲に据えた、PVもジャケットもゴスさに満ち溢れたシングル、というか7曲入りEP。この辺のゴスなヴィジュアルは、1995年後半ごろからBillyの恋人となっていたウクライナ出身の写真家Yelena Yemchukによるもの。後のSmashing Pumpkins作品で様々に登場するゴスな演出は彼女の関わるところが多く、Billyの作風自体も次第にそっちに寄っていくようになった感じがします。二人の関係は2004年まで続き、その別れは彼のソロアルバムの作風に影響したようです。

 初めから7曲入りでリリースされたこのシングルのコンセプトは「リフの効いたヘヴィな楽曲」ということ。とはいえ、アルバム本編だって様々なリフでゴリゴリした楽曲が含まれていて、アルバム収録曲の様々な工夫具合を思うと、アルバムから外れたのも分からなくも無いかな…というひたすらベタベタにゴリゴリにヘヴィロックに傾倒した楽曲が目立ちます。

 圧巻なのは最後に収められた23分の『Pastichio Medley』。アルバムレコーディング中の大量の「途中まで録音したボツ曲」のリフを10秒〜20秒程度切り貼りして紡ぎ上げた23分となっています。正直「こんなかっこいいリフを死ぬほどボツにしたんだぞ〜」とアピールしたげなBillyがうざったく感じられなくもないですが、ハードロック苦手な自分でもたまに耳を惹かれるリフがあったりして侮れない、というか、それのリリースできる全体版無いの…?って思ったりしてました。そしたら、2012年と2013年のデラックスエディションにて、このメドレーに入ってる楽曲の一部が大放出されました。ちゃんと歌が入ってるのはごく僅かで、トラックは出来てても歌が入ってないものが沢山あったことが判明しました*6。残念…*7

 

 

4. 『Tonight, Tonight』(1996年5月)

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 アルバムの実質1曲目として派手なオーケストレーションと壮大にしてスウィートな歌詞が乗った、やはり彼らの代表曲のひとつであろう楽曲を表題としたシングル…のジャケットがこれで良かったのか…というテキトーさ。上記のPVは物凄く凝りまくっている*8のに。

 このシングルにおけるコンセプトは「アコースティックなアルペジオ弾き語りスタイルの楽曲」というところ。ド派手な表題曲からしたら意外なくらい静かで穏やかで、物語の中みたいなファンタジックな楽曲が並びます。リリース当初のものには『Meladori Magpie』『Rotten Apples』『Medellia of the Gray Skies』の3曲が収録され、ボックスセットの方には更に『Jupiter's Lament』『Blank』そして表題曲のアコギ弾き語りな『Tonite Reprise』が追加収録されました。全てBilly Corganの楽曲。

 

 

5. 『Thirty-Three』(1996年11月)

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 7月にサポートメンバーがヘロインの過剰摂取で死亡し、同じ場所でヘロインを摂取していたJimmy Chanbarlinが逮捕されバンドを解雇されるなどの困難を経てリリースされたこのシングルで『Mellon Collie〜』からのシングルカットは終了します。同じ月のうちにリリースされたボックスセット『The Aeroplane〜』のことを思うと、どちらかといえばそのボックスセットの先行シングル的な側面があるのかもしれません。

 元々はアルバム中の『Muzzle』という曲が最後のシングルになる予定だった、との噂がありつつも、とても穏やかで妖精の世界を描いたようにファンタジックな『Thirty-Three』が結局シングル表題曲になりました。そして、カップリング曲のコンセプトは「最後の蔵出しだから、ノーコンセプト」って感じのようです*9。イギリスでは2形態のシングルがリリースされ、アメリカと共通の『The Last Song』『The Aeroplane Flies High (Turns Left, Looks Right)』『Transformer』のバージョンと、CD2としてJames Ihaの『The Bells』とカバーの『My Blue Heaven』収録のバージョンとがリリースされました。そしてボックスセットにはこの二つをコンプリートした形で収録されました。曲調も、ロマンチックな楽曲ありバリっとしたソリッドなロックありハードなリフが重く響く長大曲あり優雅なカバー曲あり、と統一感は全然無く、「本当に最後の蔵出しなんだな」って具合が見えてくる内容になっています。

 なお、2012年・2013年のデラックスエディションでも大量の蔵出しはありましたが、きっちり歌まで入って完成したトラックは、ボートラの総数に比して相当少なくて、完成楽曲の蔵出しとしては結構しっかりとこのシングルで吐き出し切っていたことが伺えます。

 

 

その他のデッドストック中の完成楽曲(主に2012年リリース)

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 とはいえ、2012年の『Mellon Collie〜』デラックスエディションの中には、幾つかのきちんと歌まで入って「完成している」未発表曲が含まれていました。「アルバム本編含めて5枚組92曲」とかいう馬鹿げたボリュームのうち、アルバムにも上記シングルにも含まれなかったこれらのトラックを列挙すると、デモとなっているけども歌はちゃんと入ってて完成品として聴けるのが『Methusela』『Autumn Nocturne』の2曲、ホームでもっぽい弾き語りだけど単体歌ものとして聴ける『Lover』*10『Wishing You Were Real』の2曲、ライブでの弾き語り音源『Towers of Rabble』、そして、何も注記が無く、どう聴いてもただの未発表の完成品な『Speed』『Isolation』*11『One and Two』*12の3曲。合計で8曲の「純然たる歌もの未発表曲」が、大量のボーナストラックの中にひっそり眠っています。

 なお、2013年の『The Aeroplane〜』の方は歌入りの未発表曲は殆どありません。強いて挙げるなら『Star Song』*13と、あとライブ音源での『I Just Wanna Make Love to You』*14くらいのものです。流石にもう残ってないよ…って感じがします。

 

 

本編

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 ここからようやく、今回のプレイリストの楽曲の全曲レビューです。何の作品に収録されている曲かも記しますが、ボックスセットのみの収録の場合は「(in『TAFH』)」と表記します。あと『Bullet With Butterfly Wings』『Tonight, Tonight』『Thirty-Three』って何回も打つのが面倒なのでそれぞれ『BWBW』『T,T』『T-T』って略します。あと、特にオススメな曲はタイトルを赤くしてます

 ところで、文章中に出てくるBillyのインタビューというのは全部Geniusに書いてあったものからの引用です。

 

1. Tonite Riprise(2:41)(from『T,T (in『TAFH』)』)

 『Tonight, Tonight』の弾き語り短縮バージョン。本当は初出はシングルではなく、『Mellon Collie〜』の3枚組アナログ盤。

 このアコギ演奏を聴くと、ド派手で夢に満ちたオーケストレーションと歌詞のあの曲も、元々はこういうギター爪弾きから生まれたのかな…っていう気持ちになる。僅かに5弦のルート音を変えるだけであとは開放弦を弾いてるだけの3音アルペジオで、しかしよくまあこれだけのドラマチックなメロディを引き出したなあ、って感じが、この弾き語りバージョンだとより強まる。それにしても、この弾き語りでもメロディの良さが圧倒的に突出していて、ある種の名曲ってこういうもんなんだなあ、と思う。シングルではどうにも表題曲が突出して派手すぎて他の曲の存在感は霞みまくってるけど、最後のこの曲もやっぱり他の曲より持ってる輝きが大きいなっていう。

 最後の畳みかけるボーカルラインが、バンド版よりも少ないのが特徴的。でも最後のラインはやっぱり「Believe in me as I Believe in you, tonight」で終わる。こんなフレーズずるいよ。So Brightすぎるよ。

 

 

2. Pennies(2:28)(from『Zero』)

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 いきなりだけど、この曲のことを書きたくてこの記事を書いた。本当に大好きな曲。いかついハードロックなリフだらけのマッチョでゴスなシングル『Zero』の最後の方にひっそりと収められたこの2分半に満たない可愛らしい楽曲の、その位置関係も、音楽も、歌詞の内容も、何もかもがささやかで、可憐で、甘く物悲しい。“隠れた名曲”としての条件が揃いすぎている。

 クランチなギターサウンドによるアルペジオ気味なギターリフの、可憐ではあるけど完全にアルペジオではない分歯切れのいいドライブ感が生まれてるこの音の感じが、まずとても最高で、『1979』とかそっち系統の良さに連なるものがある。けど音としてはもっとブライトで、暖かなノスタルジックさが滲む。バタバタしたドラムのフィルインも可愛らしく印象的で、このドラムは左チャンネルのギターリフに対してチャンネル右側に定位してる。ドラムは普通センターに置くものだけど、この曲の軽やかなドラムは右側にあってもそこまで違和感は無い。

 Billy Corganが時々書く、サビとそれ以外の境が曖昧な、でもスッと通るメロディセンスがこの曲ではまさに華麗にかつ自然に花開いていて、特別すごく盛り上がるわけでも無いけれども、爽やかで少しだけメロウな日常の感じが軽やかに通り過ぎていく。Billyの歌も、特別猫撫で声でも特別ヘヴィでもなく、すごく自然体で、スマパンという感情表現が極端になりがちなバンドにおいてそういうのはレアケースだけども、そのように歌う際の方が、彼の声質の独特さ、不器用な声質と言いたくなるようなそれが甘く響くものなのかもって思う。『1979』や『Perfect』とかもそんな感じ。

 こんなささやかで可愛らしい楽曲の割に、歌詞がまた見事に「別れた恋人を想う情けない感じの男」のストーリーになっていて、これは思うに、彼は実生活で1993年に結婚していた女性と1955年後半に別居している(後に離婚)けれども、その関係性の変化を元に書かれた歌なんじゃないか。

 

そしてぼくはきみに躓いた

きみがぼくに躓いたように

きみは言ったね

「私達が投げ込まれた運命って残酷だね」

いつだってきみをとても愛してた

特にきみが去ったときとか

 

世界みんな知らなければならない

ぼくがきみをとても愛していたって

 

離れてしまうのは悲しいことだ

ふられちゃったのは残念なんだ

でも 新しい恋人がいるんだ

かなりきみに似てるんだよ 親愛なる人

でも 誰も似れやしないよ 親愛なる人

 

世界みんな知らなければならない

ぼくがきみをとても愛していたって

特にきみが去ったときとか

特にきみが去ったときとか

特にきみが去って ぼくをここに置き去りにして

去って ぼくをひとりにしてしまったときとか

 

小銭は売っちゃおう 小銭は売っちゃおうね

小銭は売っちゃおう 小銭は売っちゃおうね

 

 もしかして、アルバムに入れるにはあまりに個人的すぎる歌だったのかな。それで、こっそりEPの目立たない場所に隠したんだとしたら、その恥じらいは何だかとてもいじらしくて愛しい。

 とはいえ、Billy本人も結構気に入ってる楽曲のようで、「家でつい口ずさむことがある」とインタビューで発言してるらしい。2012年の『Mellon Collie〜』のデラックスエディションには幾つかのシングルカップリング曲がボーナストラックに収録されているけれど、この曲もそのようにされている。

 

 

3. …Said Sadly(3:12)(from『BWBW』)

 Billyの過剰にダークだったりファンタジーだったりな世界観とは全然別の、中庸でアコースティックで牧歌的なフォーク・カントリー指向をJames Ihaは持っていて、それは数年後の1998年に彼の最初のソロアルバム『Let It Come Down』で結実する。実はその前哨戦として、彼は自分で書いて自分で歌う楽曲をこの時期のスマパンの中で多数残していて*15、この曲はそれらの中でも最初に世に出た1曲だ。こんなささやかで穏やかな楽曲があの自意識過剰神経過敏なグランジロック名曲『Bullet With Butterfly Wings』のカップリング曲だという事実がちょっと可笑しい。でも、二人のソングライターの異なる特性が極端に端的に詰まったシングルでもあったんだ、とも思える。

 本当にシングルA面の荒涼とした情景とは全然別世界の、穏やかなカントリーソングになっていて、そういうテイストのスライドギターも見事に備わっている。柔らかな太陽の下で奏でられる音楽のような雰囲気のスライドギターは、Billy Corganの世界観ではあり得なさそうな具合の輝き方をしている。シカゴの同胞バンドVeruca SaltのNina Gordonがボーカルでデュエットしていて、尚のことピースフルなフォーキーさに包まれる。この曲のドラムもJimmy Chanberlinなんだろうけど、ブラシでプレイしたりもするんだなあって、なんか珍しそうだなあって思えた。基本バカテクドラマーだから何でもできるんだろうけども。

 

 

4. God(3:09)(from『Zero』)

 スマパンらしさ、Billy Corganらしさの詰まった、極端なオフから極端なオンへと移行するダークで破壊的なグランジ曲。そのオンとオフの強弱の激しさは、フロアタム等を多用した静パートのドラムのドロドロしたプレイも含めて『Bullet With Butterfly Wings』に近いテイストがある*16。両方とも“神”という概念に言及している、という共通点もある。っていうかこっちはタイトルが“God”だし。

 楽曲はオフのパートではひたすらタム回しで進行するドラムと低いベース、そして神経質気味に響くボーカルによって構成され、ギターは徹底的に出てこない。ボーカルはラジオ放送みたいな加工で所々右から差し込まれ、怪しさを醸し出す。

 そしてオンになる瞬間に、ブチブチに歪んだギターが噴出してくる。まさにスマパンの歪み!Billyの声も一気に醜く歪み、このバンドでしか味わえない類の強烈さが駆け抜けていく。この曲ではその強烈さの駆け抜け方が案外に軽やかなのがシャープで良い。Jimmy Chaberlinの、重量級ドラマーなのにスネアの音が軽いのが、ここではその爽快感の演出に繋がってる気がする。おそらく中盤以降全体的にテンポが走っていて、それがむしろ楽曲にどうしようもなく破滅的な勢いをつけさせている。特に間奏直後の新しいメロディが出てくるところの、叫び方の強烈さ共々な勢いは素晴らしい。

 歌詞の方も、神に自分の窮地を訴えるかのような、やはり彼らしい自意識過剰さの突っ走る作風。

 

神は知る 俺が自身について何も話せない無能だと

神もまた俺と等しく無能だ ネガティブに掴まれる

我々は皆 好き勝手にしてしまっている 誤送信の渦

神よ 俺の数々の罪を許してくれ

 

それは貴様が望んだもの 結果も知らないまま

それは貴様に必要なもの クソみたいに血を流して

うんざりし果てていく

 

神様のことも自分と同じように「helpless」だと歌いきるBilly。『Bullet With〜』もそうだけど、この時期のこの人の、自分は神に等しい、みたいなスタンスはどこから来るんだろう。

 

 

5. Set the Ray to Jerry(4:09)(from『1979 (in『TAFH』)』)

 かなり不思議な雰囲気の曲で、基本は細かく躍動するドラムとゴリゴリ響くベースが軸で、そこに空間系エフェクトがかなり濃く掛かった輪郭の曖昧なギターのアルペジオが鳴ったり鳴らなかったりで、そしてBillyの囁くようなボーカル。演奏は抑制が効いていて何らかの爆発を予期したもののようでもあるのに、しかし決して爆発はせず、そのもどかしげなサイケデリアを最後まで抱えてゆったりと駆け抜けていく。何よりも、曲調が基本的にメジャー調で、不思議に落ち着いた質感があるのがヘンテコで実験的。

 ドラムの手数が多いまま安定したプレイはこの曲の軸で、ベースと合わさった重厚な浮遊感のようなものがありつつ、しかしギターと歌はずっと夢見心地みたいな、不思議な演奏の乖離感が、この曲のポイントなんだろう。まるで地に足がつかないまま彷徨っているかのような、死後の魂が世界を浮遊して回ってるかのような感覚が、この曲の全てなんだと思う。そう思うと、一度演奏がブレイクして歌だけ残る箇所は、一瞬目が覚めてしまうかのような、不思議な哀しみがある。

 曲はGishツアーの頃からあったらしく、Billyのお気に入りでもあり、解散後のベストアルバムに付属したレアトラック集にも収録された。

 

こっちに来て まだ抱きしめさせて

とても疲れたんだ きみも疲れたように

ぼく以外の誰かとしてぼくを見て

きみの感じる全ては真実になり得ないよ

 

ああ きみが欲しい ねえ きみが要るんだ

きみは全て真新しい ねえ きみが必要なんだ

 

 

6. Ugly(2:49)(from『1979』)

 これもまた不思議な曲で、マイナー調のスマパングランジ曲から静と動の激しさをすっかり抜き取ってしまって、代わりに延々とギターのブリッジミュートで進行させて、不穏さの爆発する出口を塞いだために、ずっと不穏な雰囲気だけが連なっていく、という形式を取る。バンド演奏によるカタルシスを拒絶し切ったアレンジに、当時のバンドが本当に様々なアレンジを試そうとしていたことが見て取れる。

 ミドルエイトのメロディの箇所で、Joy DivisionNew Orderみたいな高音で空間系エフェクトを効かせたベースがメロディアスな旋律を響かせ、ボーカルもオブリガードが重ねられて、本当に少しだけ華やかに展開する。ここの本当に少ししか華やかにならない具合のストイックさが、この曲の信条だろう。

 とはいえ、Billy曰く、これは4パターンぐらいあったアレンジのうちのひとつらしい。実際、『The Aeroplane〜』のデラックスエディションには、ベタなグランジ的オンオフ展開をするアレンジのこの曲のバックトラックが収録されている。ひとつの曲に様々なアレンジを試し、結局それがアルバムではなくその後のシングルB面曲にしかならない、という、その困難さには敬礼の念が生じる。

 

 

7. One and Two(3:44)(from『Mellon Collie…(Delux)』)

 James Ihaが“メロンコリー期”にSSWとしての資質を確立させる作品を数多く残していたことは1990年代にスマパンの中からリリースされた楽曲からも十分に分かるけれども、彼の最初のソロアルバム『Let It Come Down』に収録された楽曲の原曲が2021年の『Mellon Collie』デラックス版のボートラに収録されていたのは、彼が本当に、自身の作風に自信を持って作品を作っていたことが窺える話だと思う。

 同じく彼の同時期の楽曲『Believe』と似たような、アコースティックなバラードにソフトなバンド演奏とストリングスが優雅に乗っていくタイプの楽曲で、そしてもしかして、こっちの方が『Believe』よりも出来が良いのでは…とさえ思える完成度を誇る。ストリングスがフッと消える箇所の情感や、終盤のファルセットボーカルの絶妙にチャーミングな弱々しさは見事な世界観。彼の繊細さが美しく羽根を広げていく。はっきり言ってこの時期のIha曲で一番いいのでは。

 というか、ここまで完成していた曲をボツにしたのか、カップリングにも入れなかったのか…と唖然となる。それともソロ作品を予期して、作者本人が“封印”したんだろうか。そう思えるくらい、ソロアルバムでのこの曲はここでのアレンジをそのまま引き継いでいる。D'arcyのコーラスが入るのも一緒で、もしかしてソロの音源ってスマパンのこのデッドストックの使い回し…?

 

 

8. Isolation(4:04)(from『Mellon Collie…(Delux)』)

 これも何故1990年代のうちにリリースしなかったのか首を傾げてしまう、Billyの重要なルーツのひとつであろうJoy Divisionの2nd『Closer』収録楽曲のエレポップ風味のカバー。別にボックスセット化の際にこれも入れちゃえば良かったじゃん…としか思えないけど、なんで外したんだろう。

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 よく考えると原曲の時点で、あのアルバムの中ではとりわけ可愛らしい方のトラックだったけど、ここでのカバーアレンジはもっとユーモラスなエレポップに仕上げてあって、ここまで可愛らしいのは後の『Adore』とかにも収録できないだろうな、この時期だからこその自由さだな、って感じがする。D'arcyか誰かのコーラスがサビのリフレインに薄く被ってるのもキュートな仕上がり。音質的にもアレンジ的にもしっかり作り込んであって、習作感は全然ない。

 もしかして、元々ダークなバンドのダークなアルバムからの曲をここまでユニークにアレンジしたことをアレンジした当の本人が気にして、収録を見送ったりしたんだろうか。だとしたら、なんだかあまりにBilly Corganらしい感じがする。

 

 

9. Autumn Nocturne(1:30)(from『Mellon Collie…(Delux)』)

 プレイリストを作った際に、特に何も考えてなかったのに、この辺の曲順に『Mellon Collie〜』ボートラ曲が集まってしまった。この曲は1分半程度の、転げ回るピアノとソフトなシンセと歌とで構成される、可愛らしい小品。思うに、『Thirty-Three』とか『We Only Come out at Night』とか『Lily』とかの、アルバムdisk2で目立つ「アメリカの民謡」みたいなところを目指した楽曲群のひとつなのかなって感じ。

 1分半であっさり終わってしまうこれはまさに習作って感じにも思えるけど、でもそのスパッと終わってしまう中にもちゃんとメロディの展開があって、さらに後半はBillyの「ヒステリックに戯けてみせる」というレアな感じのボーカルも聴けたりで、様々な小粋さが詰まった、結構楽しいトラック。大作思考に取り憑かれがちな彼*17だけど、実は何気なく作った小品にサラッと彼独自のウィットが乗ったりすることが結構ある*18。なので、“メロンコリー”本編から外れたトラックは、そういう彼の偉大なる落穂を収集する最適な場なんだと思う。

 

 

10. Speed(3:25)(from『Mellon Collie…(Delux)』)

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 これも2012年のデラックスエディションに収録された、デモでも何でもない、純然たる“完成品”として出てきた未発表曲。1990年代当時出し惜しみした理由がやっぱり分からない*19

 楽曲的には、『Siamese Dream』の頃と地続きな感じの、パワフルでキュートなオルタナロック曲。手数の多いドラム、一気に吹き出すブチブチのパワーコードのファズギター、勢いのままに炸裂していくBillyのボーカルと、『Siamese〜』のバンドのシグネイチャーサウンドを爽快感に焦点をあてて端的にまとめたような楽曲で、オルタナ方面のこのバンドの良さが自然に出ていて、ポップソングとしても非常に高機動な出来で、せめてちゃんとカップリングなりでリリースされていれば当時から隠れた名曲とされていただろうな、と思う。やっぱり封印理由が分からない。ポップロック過ぎる、とでも思ったのかな。この曲のこの軽やかなヘヴィさは、“メロンコリー期”ではとても貴重だと思った。大好きだなこれ。

 

 

11. Methusela(4:08)(from『Mellon Collie…(Delux)』)

 センチなマイナー調を演るときのBillyの手癖的なメロディとアレンジが典型的に表現されたデモトラック。完成まで行かなかったものの、このデモでもその独特のゴスさが滲み出たナルシスティックな雰囲気は十分に表現されている。これも別にこのままシングル『Tonight, Tonight』辺りに放り込んでしまっても良かったのでは。

 えらくシャキシャキした音質のギター(アコギ?)とピアノとパッドシンセで彩られたサウンドは、むしろ次のアルバムである『Adore』以降の作風に近い感じもする。再結成以降の、ちょっと歌謡曲的なメロディの曲なんかとも親和性がある感じがする。メロディが切り替わって印象的になる箇所で演奏を薄くする、という引き算のアレンジがさりげなくセンスいいなって思う。

 

 

12. Believe(3:13)(from『1979』)

 同じマイナー調でもBilly CorganJames Ihaじゃ全然違ってくるんだな、って思える、優美なオーケストレーションの備わったフォークバラッド。確かに、イントロの3音のアルペジオといい、上記の『One and Two』とは色々丸かぶりなので*20、当時世に出すのはどっちかだけ、って話になったのかもしれない。

 当時James Ihaが後のソロに繋がる作風をどれだけしっかり固めてたか、ということがよく窺い知れる、彼の凛とした繊細さが室内楽的なストリングスとよく絡んだ良曲。特に2分前くらいからの少しだけエモーショナルになる演出は、スマパンの楽曲としても十分に”らしさ”を感じさせるところがある。もっとアルバム本編にIha曲を収録すれば良かったろうに。せめて1枚に2曲ずつくらいとか。

 それにしても『1979』はいい曲やアレンジの面白い曲が並ぶ。アルバムの内容をいい方向から補完する、いいシングルだ。この曲は後のベストアルバム付属のレアトラック集にも収録された。

 

 

13. Meladori Magpie(2:41)(from『T,T』)

 やらた大きな音のキックの反復を中心にアコギのアルペジオ爪弾きと左右でひたすら気怠げに鳴らされるスライドギター、そして丁寧モードのBillyの歌で構成される、森の中にでも迷い込んだような雰囲気の曲。ところで「Meladori」って単語は何?検索したらこの曲が出てくる。

 アルペジオの感じは少しホワイトアルバムの頃のJohn Lennon風味というか、ナチュラルにサイケな雰囲気が出てくるフレージング。そこに適当そうで適当でもなさそうに被ってくる気だるいスライドギターは、落ち葉や空気が腐っていくような感じがする。だけど歌自体はかなり透き通った作りだから、そこに不思議な感じがある。インタビューを読む限りだと、どうやらBillyのホームレコーディングで作られた、彼のソロみたいな曲。

 

 

14. A Night Like This(3:37)(from『BWBW (in『TAFH』)』)

 『Bullet With〜』のシングルに追加されたカバー曲の中でも一番しっとりとバンドサウンド中心で丁寧に作られた感じのある、The Cureの名曲のカバー。ボーカルは意外にもJames Iha。BillyもThe Cureに薫陶を受けた人物だから、よくここで自分で歌うの我慢して譲ったな、ってまず思った。

 それにしても、この時期のJames Ihaボーカル曲はストリングスが入ってくることが多い。この曲も、いきなり歌から入ってくるけど同時にストリングスも入って、次第にそのストリングスが雄大に広がって盛り上がる構図になっている。というか、歌い出しからしばらくのボーカルがえらく低くて、本当にこれJames Ihaなの…?って思える。その低い歌がどことなくいい意味でぎこちないダークさを産んでて、その分途中からの普段のキー*21に戻ってからの歌にとても開放感がある。

 サウンドのメインになるのは長く音を伸ばしていくストリングスとアコギのアタック感、そして濃い目のコーラスが掛かった右チャンネルのギターサウンド。終盤に出てくるフィードバックの効いたロングトーンのギターは原曲意識もありつつとても格好良く、ストリングスの優雅さといい対比を作り出していて、歌のラインが途切れるとあっさり終わるのも込みで、原曲の夜な優雅さをいい具合に1990年代ナイズドしている。原曲が大好きなのもあるけど、アレンジもボーカルもいい具合にハマった、素晴らしいカバーだと思う。

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15. My Blue Heaven(3:23)(from『T-T』)

 Billyによるアメリカの昔の音楽探究シリーズのひとつと思われる、1920年代のヒット曲のカバー。アルバム本編の『Lily』等共々、現代の用語を用いれば「Billy Corganによるアメリカーナ音楽の探究」シリーズと言えそう。

 極力当時と同じアレンジにしようと努めた節があり、ピアノもストリングスも、まるで1920年代にタイムスリップして、現場でスローバージョンを聴かされているかのような風情で鳴らされる。Billyの歌も、自分の声質のストレンジな部分を極力抑えて、ジェントルな部分だけを出そうと努めている風。そのまま、と言えばそうだけど、スマパンというバンドからこういうものが出てくるというのが面白くて、当時のBillyのなんでもやってやる精神がよく分かる小粋なカバー。

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16. The Boy(3:03)(from『1979 (in『TAFH』)』)

 James Iha作曲・ボーカルの、クランチトーンのギターロック。『1979』と同じ感じの心地よいクランチなギターのシンプルなコードカッティングで、彼のポップセンスの中のまさに“男の子”な部分を取り出して演奏したかのようなその楽曲の感じは、シンプルにしてとても素晴らしい。

 彼は『Siamese Dream』の名曲『Mayonaise』等でBilly Corganと共作して素晴らしいギターロックを残しているが、こと自分で歌う曲については、この時期にしても1998年のソロアルバムにしても殆ど残していない。アコースティックでオーガニックな色が強い彼の作風からすると例外的に、ここで直球なギターロックをやっているのが実にいい*22。弾くコードにいちいちちょっとした透明感を付加する音が加えられており、特にメインとなるコード進行のうち3つ目のEmのところでの1弦2フレットのちょっと冷たい感じが実に効いてる。ひたすら連打されるタンバリンの様子もなんだか可愛らしい。そして歌詞の男の子っぷり。

 

止まれない 息できない 考えれない また恋に落ちてる

欲しくない 食べない 眠らない また恋に落ちてる

 

ああ きみの吐息を聞くたびに 溜息が出てしまう

ああ きみが血を流すのを見るたび 涙してしまう

恋って歌みたいなもので

そしてきみが歌うなら ぼくを必要としてくれるなら

ぼくはしばらくそこにいるよ

 

 少し俯瞰的でニヒルな視点で描き出されるノスタルジーが魅力の『1979』に対して、まるで青春の当事者の目線で歌ってるようなこの曲はいい対比になっていると思う。つくづく、『1979』はいい曲ばっかりなシングルだなって思う。作曲者本人のインタビューによると、当時のプロデューサーは気に入ってたけど、アルバムに置く位置が見当たらなくてカップリング扱いになったらしい。確かに、スマパンの曲としては「青すぎる」感じがして、そしてそれこそがこの曲の価値そのものだ。そして、こういうのを世に出せるのがシングルカップリング曲という文化のいいところだとも久々に思ったりする。

 

 

17. The Last Song(3:54)(from『T-T』)

 これもBillyのノスタルジックロマン路線に含まれそうな楽曲。ピアノを大きくフューチャーしたバンドサウンドを聴かせる楽曲で、ミドルテンポの優雅さをピアノとアコギとソフトでメロウに寄せた歌で感傷的に表現して、バタンドタンと入ってくるドラムとシンセっぽいストリングで楽曲の光景がどんどん展開していく。

 特に2分20秒くらいから始まる、それまでのメロディをよりドラマチックなコード進行をバックに繰り返していく箇所は、しっとりしたメロウさがエモーショナルかつ壮大に駆け抜けていく。この辺りから渋いギターソロが伴奏に入ってくるけど、これはBiilyの父親によるプレイ。父親もミュージシャンで、Billyは彼のことを「麻薬取引をし、銃を持った、音楽家で、そして狂った男」と表現したこともあるけれど、でも音楽家としての父親に対するリスペクトもあり、ここでの流麗なギターソロについては大変に誇りに思っているらしい。彼が自分以外にギターソロを任せるのは、おそらくそんなに多くはなさそうなことだろう。

 インタビューによると、この曲はどうやらこの一連の“メロンコリー期”の楽曲で、アルバム完成後にゼロから作られた唯一の楽曲らしい。後にとっておくことも考えたらしいけど、『Adore』期のゴスな感じの楽曲群とは合わないだろうから、ここで『Thirty-Three』のシングルに忍ばせられたのは結果的に良かったんだと思う。

 

 

18. Marquis in Spades(3:14)(from『Zero』)

 「Fucker…」の呟きで始まる、ブチ切れBilly Corganの炸裂っぷりが拝める、バンドのハードロックサイドを象徴する楽曲。ゴリゴリのギターリフが沢山収録されたシングル『Zero』の中でもとりわけ重量級のサウンドと、そしてテンションが振り切れてるBillyのボーカルが聴ける。

 ミドルテンポでひたすら重量感のあるハードロック演奏自体は、正直個人的には苦手な領域だけど、でもそれ以上にひたすら自身の声のフリークスさを全開に振りまわし続けるBillyのテンションの、痛々しいまでの壮絶さで聴けてしまう。アルバム中の同タイプの攻撃的な楽曲は割とどれもテンポ速めなものばかりなので、ここまでドロドロとしたヘヴィネスがとぐろをまくハードロックは、意外とこの時期では特殊な存在だったりする。特に終盤の絶叫の連発が凄い。やっぱり最後にまた「Fuck You」って叫んでるし。

 

そして 俺に見えるのは空洞だけ 今や凡人の一人だから

なので憧れた

インポテンツのスリンク 金には余裕があるという

お前が誰でどこに住んでるか 我々には分かってるんだ

お前の純真はお前が与えうる全てなのか

 

やあ なあ 俺はお前を壊すに足る存在だったか?

 

 ひたすら醜悪さと虚無をハードなリフで引き回す、スマパンのロック道の王道のような楽曲。Billyもお気に入りなんだろう、解散後のベストアルバムのレアトラック集に収録され、そして2012年の『Mellon Collie〜』デラックスエディションにも収録された。

 

 

19. Cherry(4:01)(from『1979』)

 シングル『1979』収録のBilly曲らしい、実に煮え切らない雰囲気こそを信条としてアレンジされたであろう楽曲のひとつ。アルバム本編だと『To Forgive』辺りが同系統の楽曲か。

 同シングルの『Ugly』と同じく、ポストグランジ的なマイナー調のコード進行を淡々と進行していく。こちらはギターの暗く低いアルペジオと根詰まりしたようなシンセの音、そして静寂なプレイを徹底するドラムによって怪しく彩られる。Billyのボーカルもささやきが中心で、叫びこそしないものの、それに近いような呻き声を上げる様は、彼独特の美醜の入り乱れたナルシズムがよく出ている。

 ただ、『Ugly』と違って、ここではその呻き声の後に、ちょっとばかり明るいコード感のサビに移行するのが特徴。ここのささやかに光景が開ける感じは、グランジと同時にニューウェーブも得意とする彼らしいアレンジの妙だろう。そしてそれがすぐに元のグランジなコード進行に回収されてしまうところに、この曲ならではの寂しさがある。そして、この曲はその煮え切らないコード進行と歌のままフェードアウトしてしまう。何気にこの時期の彼らの曲でフェードアウトは珍しい。

 

 

20. Rotten Apple(3:01) (from『T,T』)

 アコギの暗い弾き語りにストリングス等が備わり、暗い童謡の世界へ誘うような室内楽となっている楽曲。ドラムレスで、ひたすら同じメロディを繰り返していく様は、こじんまりとした、閉じて、薄暗いファンタジー世界みたいな雰囲気を醸し出す。

 この曲においては、Billyも自分の声の気色悪い部分・神経質な部分を効果的に配置して歌い、歌い方によってはもっと眠くなるくらい上品なものに仕上がりそうなところを少しばかり心地よく汚して見せる。何せこの曲のタイトルは「腐った林檎」な訳だから、ボーカルのダーティさにも納得できる。

 なぜか後の解散後のベストアルバムのタイトルに抜擢され、でも曲自体はそのベストアルバムにもその付属品のレアトラック集にも収録されなかった。一体何なんだ。でもベスト盤に「腐った林檎」って名付けるセンスはまごうことなきBilly Corgan

 

 

21. Transformer(3:25)(from『T-T』)

 数あるスマパンのロック曲でも、最もシャープで直線的に進行する、最早ニューウェーブ的にさえ感じられる、不思議な立ち位置の楽曲。ハードロック的というよりももっとシャープなギターのリフはどこかパンク的だし、そしてオブリガードのギターの音は様々にエディットされて楽曲中を飛び交う。普段のスマパンロック曲の有機的なグルーヴ感に比すると、ここでのそれはやたらと機械的で、そして機械的だからこその淡々とした暴力性がこの曲の売りだろう。終盤のブチブチにグリッチされる音なんかいかにもな感じ。

 この曲や『Bullet With〜』みたいにリフの合間に歌を入れるスタイルのBilly Corganの歌を聴くと、何だか意外にもThe Rolling Stonesっぽさが感じられる瞬間がある。つまりそれは、メロディとは離れた“扇情”のボーカルスタイルになっているということ。これがしっかり様になっているから、彼はやっぱりロックスターなんだなってことを、身を壊さんばかりに激しくシャウトする曲以上に感じる。

 

 

22. Destination Unknown(4:15)(from『BWBW (in『TAFH』)』)

 いかにもな1980年代エレポップテイストで送られる、原曲もやはりそういうの直球な感じの、Missing Personsというバンドの1980年の楽曲のカバー。以下の原曲のPVを見ると、ああ、1980年なんだなあ、って感じの奇抜さが感じられる。

 基本いかにもなエレポップながら幾らかバンド要素が入る原曲に対して、ここでBillyが取ったアレンジは、原曲から小骨を取り除くように、バンド要素を丁寧に全て剥ぎ取って、完全に打ち込みポップス化してしまうスタイル。なんでこれをこの時期のスマパンで…?とは思うけど、散々一連のレコーディングでトックをやり尽くして飽きてしまってた、のでこういう方向に行った、とインタビューで話している。もしかしてドラムの脱退がなくても『Adore』の方向に向かってたんだろうか。

 それにしても、Billyが歌うこういういかにもな、良くも悪くも「人工甘味料いっぱいのポップソング」みたいなのは、“人工甘味料”の毒気とBillyのボーカルの毒気が中和し合って不思議な調和が生まれてる気がする。

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23. The Bells(2:16)(from『T-T』)

 “メロンコリー期”最後のシングルにねじ込まれたJames Ihaの楽曲。やはりこの時期の彼の「繊細でアコースティックな歌もの+ストリングス」のパターンの、こじんまりとした尺と展開の楽曲。メインのメロディとちょっとしたブリッジのみで構成される楽曲は、『Believe』や『One and Two』で見せるようなドラマチックな勇敢さは無く、代わりに、天から降ってきたみたいなふんわりした天国感が短い尺の間ずっと感じられる。3連っぽく仕立てたリズムの感じもあるんだろう。地に足が着くことが無いような浮遊感は、ドラムレスなことも関係するんだろう。おそらくD'arcyと思われるコーラスも付いてくるけど、この人の声って結構低いので、Ihaの声と高低が逆転してる感じがちょっと面白い。

 

 

24. The Aeroplane Flies High(Turns Left, Looks Right)(8:31)(from『T-T』)

 8分31秒という長尺を重く機械的なギターリフトスローテンポで延々押し潰すように進行していく、この時期の楽曲でも独特の単調さと重苦しさが全体を貫いていく、ボックスセットのタイトルにするほどの、Billy入魂の1曲。

 彼らにおける長尺曲は『Mellon Collie〜』収録曲までは「ロマンチックな要素とハードロックとを行き来する、展開の多い組曲的な楽曲」が主体だったけれど、この曲については終始ずっと冒頭から繰り返される重苦しい循環コードのリフで延々と8分31秒をやり切ってしまうところに最大の特徴がある。これも『Transformer』と同じく、従来の有機的でパワフルなバンド演奏とは趣を大きく異にする、ヘヴィネスを機械的に躍動させたスタイルがひたすらにクールで格好良く、彼らの長尺曲ではこれが圧倒的に好きだ。

 まさにリフ一点突破、重く無情に沈み続けていくような、その感覚が素晴らしく、そこで躍動するドラムのフィルインとかギターの張り裂けるようなディストーションも、全て何らかの無情なる「機械仕掛けの神」に回収されていくような、そんな絶望的な感覚が、時間感覚をおかしくしていく。爆発しているパートでのBillyの歌唱も、彼が時々揶揄されるような「潰されたヒキガエル」の声そのものな、そんなどうにもならないような虚しさが感じられて、まるで緊張しないところが無い。ずっと魂が機械にすり潰され続けていくかのようなそのアトラクションは、7分を超えて新しいメロディが出てきた後にようやくその沈没を終える。その後の、音質の悪い中でのアコギ弾き語りみたいなコーダ部は、事故現場に残されたテープのように虚しく響く。

 

また きみに与えることができたのは欲望だけだ

そして きみがぼくから取り出せたのも欲望だけだ

漆黒の羽根がぼくを超高空に運ぶ 空で会おうじゃないか

 

ぼくはきみの笑顔で断絶される 100万マイルを断絶する

そして きみがぼくに誓ったこと

きみが解き放たれるよう祈ってるよ

きみの笑顔で断絶される

 

きみが本物と思えたらいいのに

信じることができたらいいのに

秘密は墓まで持っていくだろう

波の下において安静なままに

いつだって解っていた ぼくがきみを救えないことを

 

 『Siamese Dream』以前の有機的でパワフルなバンドサウンドと、『Adore』以降の無機的でバンドサウンドですらない機械仕掛けのサウンドとの狭間の、ほんの僅かな偶然みたいな形で生まれた『Transformer』とこの曲の貴重さ、バンドの歴史における特殊さは特筆に値する。『Machina』の頃みたいなハイファイさでもない、こういう、ニッチな具合にメカメカしいバンドサウンドの楽曲をもっと聴いてみたかった。でも、この曲以上にはならないのかもしれない。タイトルと裏腹に、これだけどんどん崩壊して沈んでいくようなイメージを想起させる楽曲だというのが、ちょっと可笑しい。

 上記のとおり、ボックスセットのタイトルにもなり、ベスト盤付属のレアトラック集にも収録された、Billyのお気に入り。しかしながら、元は『Disconnected』という破片的な曲で、そのリフは『Pastichio Medley』の中で聴ける。そこから作成者本人も当初意図しなかったほどにここまで拡張されて、ここに彼の残酷な世界観のひとつの極北のような大曲が完成した。その偶然に敬礼する。

 

 

25. Dreaming(5:11)(from『BWBW (in『TAFH』)』)

 このリストの最後に持ってきたのは、『Bullet With〜』追加収録組のうちの1曲で、1979年にBlondieがリリースしヒットさせた楽曲のカバー。はじめにスマパンのカバーを聴いてたから、後で以下のPVにあるBlondieのバージョンを聴いて、そのパワフルでキューティーパワーポップっぷりに大いに驚いた。

 ここでBillyが取ったのは、原曲の元気さ・有機的な要素を全て取り除いて、今にも止まってしまいそうな機械仕掛けのリズム、調子外れのシンセサウンド、そして不健康そうで低いD'arcyのボーカルを据えて、実に退廃的な、ファンタジーとSFを行き来するような楽曲に作り替えてしまうこと。螺子が降り注ぎそうな機械の羽根でどうにか優雅に夜空を舞っているかのような、そんな破綻のファンタジーを描く。ほとんど別曲。

 今聴くと、この曲のリズムの音はそのまま後の『Ava Adore』に引き続き採用されているような気もする。メインフレーズのシンセ(もしかしてギター?)の音はおそらくリングモジュレーターで著しく弄られており、音程が狂って音色が死んでしまっている。他のシンセもふわふわと輪郭のない音を出していて、そこにD'arcyのダークで疲れ切ったような声が入ってくると、原曲の威勢の良さが嘘のような、全て滅び去っていくような雰囲気が現前する。途中でBillyのボーカルに差し代わってちょっと安心するくらいに、この雰囲気の“病んだファンタジー”っぷりは素晴らしい。終盤のボーカルではBillyがメインを、D'arcyがハモリを歌うけれど、そのハモリの存在感がまた、この曲の音程の感覚を狂わせて、世界が歪んでいくような感じがする。

 歌のメロディ自体は3分を過ぎてしばらくしたら終わってしまい、そこから5分を過ぎていくまで、長いアウトロが続いていく。やはり壊れたシンセやら機械やらの音が様々に出入りしていくような、奇妙な世界の終わりゆく様を見せつけられているような感覚が、段々リズムを残して楽器が減っていくことでも演出される。そして、ループの途中で、小節の途中でフッと強制終了してしまう。この、オチを見せずに消え去ってしまうかのような呆気なさ。

 この曲のアレンジはもう完全に『Adore』の世界観な感じがするけど、でもカバーということもあって『Adore』ほどゴスくもないし、Billyの優雅でドリーミーな想像力と退廃的なセンスとが、打ち込みというフィールドにおいて奇跡的に交わった、そんな1曲のように感じる。とても愛らしいトラックだ。

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終わりに

 以上25曲、1時間29分のプレイリストでした。

 Rolling Stone誌のあるライターはボックスセットのことを「Smashing Pumpkinsの『Anthology 1』*23だ」と書いたそうで、ボックスセットはバージョン違いが収められていた訳じゃないからちょっと違うような気もするけど、そう言いたくなる気持ちも分からなくもないくらい、アルバム後のシングルやボックスセットで彼らが行った“蔵出し”は、価値のあるものでした。アルバムを本命としてそれ以外を裏街道とすると、どうしてもアルバムに気合を入れた曲ばかりを入れたくなって、比較的気合の少なかった楽曲はアルバムの外に出てしまうけれど、でも結構、気合が比較的少ないことっていうのは、それによる良さなんかが出たりもするところがあって、“隠れた名曲”の温床になるものだと思います。特に『1979』『Zero』のシングルは、その辺の妙が強く効いてるように思いました。

 また、James Ihaファンにおいては、彼がスマパンにおいて書いて歌った楽曲のその大半がこの時期に集中することから、やはり外すわけにはいかない楽曲群がこの時期に眠っていることになります。アルバム収録曲を含めて全部集めてもアルバム1枚と呼ぶにはちょっと足りない曲数ではありますが、それらの楽曲からは1998年の彼のファーストアルバムがしっかりと見えてくるようになっていて、それは今回これを書いていて気づいて、面白いなって思いました。

 正直『Mellon Collie〜』本編だって28曲という超大ボリュームで、通して聴きかえすことなんて滅多にありませんが、でもあれも物凄い作品で、そこから漏れたかけらをこうやって集めても素晴らしいプレイリストが出来てしまうんだから、当時の彼らの無敵っぷりが窺われるところです。

 ともかくやたらたくさん楽曲があるこの時期のスマパンですが、この記事が何かの参考になればとても幸いです。

 それではまた。

 

*1:他のアルバムもデラックスエディションがサブスクで聴ける中、どうして『Siamese Dream』だけボートラ無しのものしかサブスクで聴けないんだろう。

*2:既に『Siamese Dream』の時期のシングル等でFleetwood Mac『Landslide』のカバー等をリリースしてる。

*3:1990年代の当時、ニューウェーブやら産業ロックやらの1980年代は振り返らざるべきものとして扱われたとも言われるけど、彼らはそんな風潮に反発したかったのかもしれない。

*4:1995年11月のテレビ出演時からずっとこのスキンヘッドで通しているらしい。

*5:『Believe』はアコースティックだけども。。

*6:これら歌なしトラックは特に『The Aeroplane〜』の『Bullet With〜』のディスクに何故か収められました。中にはJames Iha作曲になっている「ヘヴィなリフ」トラックもあって、ちょっと意外…。『The Groover』がそれ。

*7:特に『New Waver』は『1979』の変奏のようなクランチカッティングのドライブ感とブチブチのギターが響くサビの対比が格好いいトラックで、これに歌が付かなかったのは本当に残念。

*8:世界初のSF映画とされている『月世界旅行』の全面的なオマージュとなっている。

*9:一応、カバーの『My Blue Heaven』を除くと「全ての楽曲の頭文字がTで始まる」というどうでもいい共通点はあることにはある。

*10:James Iha曲。ソロアルバムに収録される『Lover, Lover』の元となる曲。

*11:Joy Divisionのカバー。

*12:James Iha曲。後のソロアルバムに収録される。スマパン名義としては“未発表曲”ということになるのかな。

*13:Vocla Roughと書いてあるくせに全然ボーカル出てこねえ…と思ったら最後の方に本当にちょっとだけ出てきます。ちなみにJames Iha曲らしい。Iha曲、ボツになりすぎ…?

*14:Willie Dixonの1954年のブルーズ曲のハードロックなカバー。

*15:実際結局ボツになった2曲をソロに転用してるし。

*16:何処かのインタビューでBilly自身、『Bullet With〜』に近すぎるためにアルバムに収録できなかった的なことを話している。

*17:この意味でも、なんとなくスマパンってThe Whoと通じるところがあると思った。エネルギッシュなバンド演奏、やたら手数の多いドラム、コンプレックスを爆発させるソングライター、2枚組のアルバムがある、等々。

*18:近年は彼自身自分のそういう資質こそを見つめているのか、小粋なアレンジの効いた楽曲を職人的に作ってる部分が結構ある気がしてる。『Cyr』は、まあ…。

*19:でも『Zero』の作風からは外れるポップさだし、他のシングルにも収めにくい感じだったのかな。『Thirty-Three』にもう1曲入れても良かったのでは。

*20:兄弟曲みたいなものか。

*21:より少し高い?

*22:なお、Ihaが自分の歌うスマパンの曲で他にギターロックしてるのは『Go』くらいのもの。そもそもこの時期以外でIhaボーカル曲が少な過ぎるんだけども。

*23:The Beatlesが1995年にリリースした過去のレア音源集。そういえばこれのリリースって『Mellon Collie〜』と同じ年なのか。