ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

Deerhunterのディスコグラフィーの大体(※2022年末現在)

 なんか4ADの記事前半からのCocteau Twinsに流れた時と似たような要領で、4ADの記事後半が一旦書き終わった段階でDeerhunterについてもある程度まとまったことを書いておこうと思ったので、それが今回の記事になります。一応、この記事の後に弊ブログで何度も取り上げてきた大好きなアルバム『Halcyon Digest』の単独記事を書いて、それで一連の4AD関係記事は完結、という予定です。

 

 Deerhunterも出てくる4AD記事の後半は以下のものになります。

 

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 この記事と似たような流れでできているCocteau Twinsの記事はこちら。というかこっち記事のDeerhunter版がこの記事なんですけども。

 

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 なんで年の瀬も迫って来てるのにDeerhunterなのか。書いてるこっちも成り行きすぎて全然わかりません。

 

 

Deerhunterというバンドに関する概要説明

 あのDeerhunterやぞみんなご存知だろうし今更要らんだろ…と思いつつも一応。

 

結成からの来歴

 アメリジョージア州の州都アトランタにて2001年に結成。結成以来バンドの中心であるBradford Coxと、そして今もバンドのドラムを務めているMoses Archuletaの二人によって結成されつつも、そのバンド名はバンドの最初期のドラマーが付けたもので、どっちかというとBradford Coxもその名前自体はそんな好きじゃないらしいです。以下のインタビューでもそんなことをBradford Coxが言ってます。

 

www.cdjournal.com

 

ディアハンターってバンド名は大嫌いなんだ。一番最初のドラマーがつけたんだ。

 

 2004年に初代ベーシストであったJustin Bosworthがスケートボードの事故で死去。2005年にリリースされたバンド最初のアルバム『Turn It Up Faggot』は彼に捧げられています。このリリースの後にBradford Coxに次ぐ重要メンバーとなるLockett Pundtがバンドに参加します*1

 2007年にリリースされた『Cryptograms』でにわかに注目を集めたバンドは、そして次の年の次作『Microcastle』にてその絶大な人気と独特のバンドの存在感を確立しました。Bradford Coxのソロ的活動であるAtlas SoundやLockett PundtのLotus Plazaもまた大いに脚光を浴び、一躍USインディー界でのヒーローの一角になります。

 2010年の『Halcyon Digest』でバンドへの注目や評価は絶頂に達した感がありますが、しかしその後2代目ベーシストのJosh Fauverが、次作アルバムのレコーディング直前に脱退したり*2、2014年末にBradford Coxが交通事故に遭ったり、そもそもBradford Coxという強烈な個性が非常に不安定なバランスで成立していることもあり、様々な危機を迎えたりしつつも、しかしながら意外にも粘り強い活動をしており、現在まで継続しています。

 

バンドの音の特徴

 基本的には「あまりカテゴライズされたくない」性分だろうと思われますが、しかしながら特に『Microcastle』で大いに示された典型的な特徴というのは、その後のバンドの作品にもある程度共通するところだろうと思われます。

 

www.youtube.com

まあ、代表曲であろうこれは意外にもLockett Pundtの曲なんだけども。

 

 Bradford Coxの歌の、クセのありまくるメロディの載せ方。児戯めいた曲構造から突如暗黒が覗くような世界観。サイケデリックシューゲイザーとその他色々を自在にかつ耽美に行き来するギターサウンド。やたらと多用されるモータウンビート。暗黒物語めいた歌詞世界。等々。

 はっきり言って魅力の塊であり、それぞれの要素を断片化して語らっても仕方がなく、それらが纏まって鳴った“Deerhunterの音楽”というバランスそのものに魅力があるので、彼らのそういう魅力を言葉にしていくのはどうにも困難です。また、作品によっても結構移り変わりがあるバンドなので、それぞれの魅力はそれぞれの作品を聴いて行ってやっと見つけることが出来るでしょう。当たり前の話か…。

 

 

メンバー紹介

 主要なメンバーのみ紹介していきます。ちょっとの時期しか居なかった人とかについては細かく紹介しませんが、結構このバンドそういうのが多くて、近年でも1年だけしか在籍しなかったパーカッショニストとか居ます。

 

 

Bradford Cox:ギター・ボーカル・その他色々

 それなりに理解をしていてもそれでも「Deerhunter=Bradford Cox」と思ってしまう時がやっぱりあるくらいには、彼の存在感は絶大です。楽曲をメインで書き歌うんだからまあ普通でも大きくなるものだけど、彼の場合はそれが極端に大きいかと思います。言うなればDeerhunterは、彼の特異さが音楽に結びついたその幸福と不幸とがバーストするのを聴いて楽しんだり盛り上がったりメロウになったりするバンドだと言い切っても、何割かは外れていないでしょう。

 もちろんギターサウンドやアンサンブルというのは複数人のバンド演奏によって生まれるのですが、このバンドの場合やはり彼の意向はなんだかんだで大きいのかなと思われます。幻想的なギターサウンドのバンドは数あれど、同時代のバンドはたとえば、Dirty ProjectorsにしてもVampire WeekendにしてもGrizzly Bearにしても、もっとインテリな感じがしますが、彼の作る音楽はもっと本能的というか、まるで本能から自分の皮を抉り出して神経を取り出して音を鳴らしているかのような、そんな気味悪さと緊張感と悲しさがあります*3。また、Deerhunterより後に出始めたBest CoastやWavves等のサーフポップや、Beach House等のドリームポップと比較しても、エコーの存在感は同じでも、彼らの音楽はずっと深刻に病んでいて、何か呪われていて、汚染されていて、そこが間違いなく特別な部分でした。

 彼はマルファン症候群を持って生まれ、また親の離婚の関係で文字どおり「家に子供一人で住む」こととなり、友達も出来ず、音楽や映画などに一人で没入する青春時代を送りました。そうした中で彼は「郊外的サイケデリックな牧歌的なもの」にのみ興味を抱くようになり、それは逃避的な感覚を生みました。彼もまた時にチルウェイブの影響元に数えられることがあるのはその辺が関係するかもしれません。

 一時期の彼はともかく多作で、その勢いはバンドひとつには収まらなかったのか、ソロ活動も活発に行なっています。Atlas Sound名義によるソロ活動でも素晴らしい作品をアルバム3枚残していて、人によってはそっちの方が彼の割と都会的寄りな部分などを気にいる場合があるように思われます。Atlas Soundはベッドルームポップのはしりであるかもしれません。実際に弊ブログの以下の記事でもアルバムを1つ紹介しています。

 

ystmokzk.hatenablog.jp

 

Lockett Pundt:ギター・ボーカル・その他

 学生時代のBradford Coxの親友にして、共同作曲者としてバンドに呼ばれたのが彼で、実際にDeerhunterで曲を書くし、自作曲では歌いもするし、そしてギター2人もしくは時期によって3人による独特なギターアンサンブルを構築するしと、バンドでは2番手の顔役と言っていい存在です。『Agoraphobia』を書いただけでも貢献度は相当なものでしょう。

 2ndアルバムから作品に参加し自作曲も発表しますが、彼の書く曲は『Monomania』くらいまではアルバムで一番ポップな存在になることが多く、Bradford Coxほど極端でクセがあったりしないところがそういうポップなアウトプットに繋がっているのか。

 彼もまた一時期はソロワークも盛んで、Lotus Plaza名義でリリースされた作品は、ある意味ではDeerhunterよりも純粋にドリームポップと言える音楽でしょうし、こっちの方がDeerhunterより好きになる人もいるんじゃないかと思います。

 

 

Moses Archuleta:ドラム・キーボード・その他

 やけに「その他」が多いけど実際みんないろんな楽器を演奏するから…。

 曲作りに関わるとかそういうことはそこまで多く無いけども、しかしながら彼は何せBradford Coxと同じくオリジナルメンバーで、バンドは二人から始まりました。色々と神経質なところもあるBradford Coxがずっと信頼を寄せていて、それもあってかずっとバンドメンバーにラインナップされています。

 彼のあまり16分とかに行かない、あくまでエイトビートで勝負するスタイルこそがDeerhunterの楽曲の基礎、という感じがします。バタバタと回すフィルインなんかは特にシューゲイザーバンド的な趣が出てくるところ。あと、やたらとモータウンビートを多用するドラマーでもあります。彼の趣味なのかとも思ったけど、でもAtlas Soundでもモータウンビートが多いからやっぱBradford Coxの趣味か。

 

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 

Josh Fauver:ベース(2003年〜2013年)

 現在メンバーではないし、というか存命でさえないけど、触れておきたいと思います。初代ベーシストが死去した後にバンドに入った2代目にして、そのどこか愛嬌のあるワイルドな風貌とよく聴くとかなりアグレッシブなところのあるベースでバンドを支える重要な要素になっていたメンバーです。Bradford Cox曰く「ジョシュは常に僕の決断に異論を唱えていて、僕は徐々にその価値を感じるようになった」とのこと。

 彼はバンドとは別にレーベル経営などもしていて、そっちとの時間の折り合いがつかなくなったのかそれとももっと人間関係的なものかそれとも「本当にそれやるのか…」と思ったからか、『Monomania』レコーディング直前に脱退をメールでBradford Coxに伝え、それを観た彼は相当取り乱したとの話があります。その後、2018年に僅か39歳で亡くなりました。

 彼の実はアグレッシブで存在感のあるベースは、特にアルバム『Cryptograms』や、そして彼が作曲に関わった人気曲『Nothing Ever Happened』でよく分かります。

 

 

本編:全アルバム+拾えるだけのEP等(※2022年末現在)

 ようやく本編です。とはいえ、サブスクには1st以外の“ちゃんとした”スタジオアルバムと幾つかのEP・シングルしかありません。というか1stはサブスクないのか…。このバンドの場合、どうも突発的にカセットテープのみの作品集とか作ったりしているようで、流石にその辺はなかなか聴けてないしそれにインストとかも多いので以下のリストからは抜けています。ご了承ください。

 代わりというわけではないですが、そんなに数も多くなかったので、Atlas SoundとLotus Plazaのアルバム等についてもここで触れたいと思います。ちょうどどちらも3作ずつあります(※2022年末現在で)。

 

1. 『Turn It Up Faggot』(2005年6月リリース)

 上述のとおり、ベーシストの死があった後に制作されリリースされた、そして彼らの主だったアルバムの中でサブスクに存在していない*4作品。上記ジャケットには代わりに全曲聴けるYouTube動画のリンクを貼っています。

 『Microcastle』以降の“いわゆる”な感じのDeerhunterに慣れていると少々たじろぐぐらいには、ここでバンドが聴かせるサウンドは異なっている。ギターのサイケデリックサウンドエフェクトなど見られず、むしろポストパンク〜ノーウェーブ的なダークなテンションの中で、ギターをジャリジャリと鳴らして怪しげに蠢き続けてみせる。羊頭の代わりに鹿頭*5を被ったジャケット*6から想起されるサバトな感じが案外音の感じを表している。

 意外とディスコパンク的なビートの躍動感のやけっぱちさには後の姿と共通するようなソリッドさを感じなくもないけども、しかし流石に別ものな感じが凄い。歌にメロディめいたものはあまり見られず、どこかアジテート的な感じに聞こえるようにも思える。なんなら時折叫んでさえいてちょっとビックリする。そして音がとっても未整理でローファイ。手作りな感じが実に伝わってくる中で、時折奇妙に掛けられたエコー等にももしかしたら後の姿の片鱗を見ることができるかもしれない。

 ジャンクな感じ漂うトラックの中でも、ビデオクリップが作られた『Oceans』において聴かれる逆再生エフェクトの感覚は、割とそれなりに未来の彼らの姿の予告になっているようにも感じられなくもない。歌い方も現世にこびり付く亡霊めいた囁くような感じで、これは『Microcastle』以降でもまだあり得る感じかもしれない。その次のはっきりメロディがあってそれが実にその後と同じ感じの『Basement』の方がよっぽど予告的だけど。音は奇妙だけど、Bradford Cox的なメロディと歌の編み出し方の最初期の形はこの辺に見出すことができそう。

 『Microcastle』以降に彼らを知り好きになった人たちからすればなかなか奇妙に映る作品だと思われるけども、逆にこの作品こそを好きになってしまった人にとっては、本作以外に同じような感じのDeerhunterの作品が無いというのがまた救いがない。

 

www.youtube.com

 

時間の海

時間の海は繋がって 各々で死に向かう

死の海

 

         Oceans / Deerhunter 全文訳

 

ちょっと歌詞を覗いてみると、やっぱり死がどうのこうのと歌っている。いくら曲の形式やサウンドが大きく違っても、曲や詞を書いてるのはBradford Coxなんだなと。最後の曲のタイトル『Death Drag』だし。そういえば本作は、主要アルバムの中でも唯一彼一人で全部作詞作曲しているものになる。次作以降はLockett Pundtが参加して曲を書くようにもなるし。

 

 

 なお、この作品の後にシングルが1枚あるっぽいけども、サブスクにもYouTubeにもなさそうなので飛ばします。『Deerhunter 7"』が2006年のシングル。『Grayscale』という冒頭の曲は動画がありました。ドラムの裏打ちは残ってるけど、一気にメロウなサイケデリアを手にしたインストになっていて、次作アルバムへの予兆を感じさせる。

 

www.youtube.com

 

 あと、実は2005年のうちに2枚目のアルバム制作がスタートしていたらしく、それはなんでもBradford Coxの体調不良や神経衰弱が理由で頓挫したらしい。その“幻の2枚目アルバム”なるものはなんでも彼の家のベッドの下にある傷だらけのCD-Rの中に入っているとかなんとか。これどこまで本当の話なんだ…?

 

 

2. 『Cryptograms』(2007年1月リリース)

 錯視なジャケットにも現れた「幻覚的なサウンドと楽曲をしたインディーロックバンド」としてのDeerhunterの歴史はここから始まったと言ってしまっても過言じゃないだろう。ここから彼らは一気に注目されていく。インディーレーベルの雄の一角であるKrankyからのリリース*7

 特徴的なのはアルバム前半と後半でまるで別作品かのように楽曲のフォーマット自体が違っていることだろう*8神経症的なコラージュな冒頭曲からして怪しく、続くアルバムタイトル曲等幾つかの曲こそ前作の流れを整理したアブストラクトな歌ものになっている*9けど、目立つのはアンビエント的なインストの『White Ink』や『Red Ink』といった楽曲かもしれない。ここで示される、アンビエント的でありつつもその世界に浸りに行ったら帰って来れなさそうな危うい夢見心地具合は、『Microcastle』以降主義者からすれば「別のエレクトロニカ作品の楽曲が混じってるのか?」とも思えるけども、たまに見せる確かにこれがギターから出力されているエフェクトだと気付ける感じやら何やらには、確かにDeerhunterという異様な世界観のバンドから発される音楽だという実感が宿っている。また、時折官能的になったりメロウになったりノスタルジアが覗いたりする感覚には、彼らがAriel Pinkなどとともに後のチルウェイブの影響元であったことも頷ける。

 そして後半、具体的には『Spring Hall Convert』以降こそ、奇妙ながら妙にポップな歌心を彼岸との境界が曖昧になるようなサイケデリックなギターサウンドに浸した、所謂“Deerhunter”なサウンドの光景が展開されていく。アルバム前半の感覚に歌を通すとこうなるんだぞという凄みが、もう早速縦横無尽に根を伸ばし始めている。さりげなくアルバム中で一番ポップな楽曲であろう『Strange Lights』をモノにするLockett Pundtなんかもいたりして、この後半5曲*10の流れはそのまま『Microcastle』と陸続きだ。

 それにしても、これだけの楽曲が前半・後半それぞれ1日ずつの合計たった2日で録音されているのは驚異に思える。この辺からバンド及びBradford Cox・Lockett Pundt両名の楽曲大量量産体制が始まる。本作は友人をドラッグ中毒で喪った経験も、Bradford Cox自身のマルファン症候群に関するあれこれ等と併せて反映されているというけども、そのような現実的な傷ましさをまどろませて、怪しくも静かに激烈でそしてポップなものとしてさりげに力強く再構築してみせる強力な機巧が、遂にこの世に生まれ落ちた。それはもうすぐ、インディーロック界の台風の目となっていく。

 

www.youtube.com

 

どの方向を選ぶべきかな

ぼくらは道に迷って まだ混乱してる

ぼくは太陽の中へと歩く ただ一人の貴方と

 

道理を誰が承知したのか

時間は日々に変わる 週は月日に変わる

ぼくら 太陽の中へと歩く

 

ガイドがいるのは嬉しいね 旅の寂しさが減る

あと この車は上がっていくべきだ

少なくとも ぼくは友達と一緒にいる

 

宇宙では全てが遅い

スピーカーも飛んで音が出ない

静寂がシーンに合ってる 王子様は今や王様

 

ぼくら太陽の中へと歩く 歩くけど走れはしない

だって歩くのは楽しみ半分だからね

ぼくら太陽の中へと歩く

 

ネオンで視界がぼやける 奇妙な光に導かれて

ぼくは混乱して ぼーっとしているよ

太陽の中へと歩くときは

 

        Strange Lights / Deerhunter 全文訳

 

 

EP1. 『Fluorescent Grey』 (2007年5月リリース)

 まるで才能の泉の猛りをそのまま示すかのような勢いで制作・リリースされた4曲入りのEP。なんでも、『Cryptograms』のミックス中にこの4曲の録音が済んでしまったらしくその、同アルバムの特に後半で栓が抜かれた“Deerhunter式サイケデリックポップ”の勢いの止まらなさが、この4曲で如実に示される。

 4曲とも、前作アルバムで発明されたフォーマットをどんどん探究していくことの楽しさにバンドが目覚めたかのような、四者四様の気の利いたポップソングとしてなかなかのサイケデリックさとキャッチーさを有している。

 キーボードとギターのアルペジオが導くミニマルな展開がいつの間にか轟音でシューゲイザー的な宇宙な奥行きにまで拡張していくタイトル曲、キーボードを主軸にしてよりしなやかでシュールに展開していく『Dr. Glass』、Lockett作で4曲の中ではやはり少しばかりポップさがはっきり際立つ『Like New』、そしてパンク的な暴発感を所々の展開やギターの音に感じさせながらクラウトロックでパンクをするような面白さがある『Wash Off』と、彼らは自身が発明したフォーマットに自信を感じ、自在に操ろうと楽しんでいる。こういったフォーマットのさらなる探究の上澄みを綺麗に取り纏めたものが次作アルバム『Microcastle』なんだなあ、という思いが強くなる。あのアルバムは生まれるべくして生まれたんだなあと。

 

 

Atlas Sound1. 『Let the Blind Lead Those Who Can See but Cannot Feel』(2008年2月リリース)

 2008年から2011年までに出されたAtlas Soundの3作は、この時期のBradford Coxがもはや自身の才能の栓の閉じ方が分からなくなってるんじゃないかと思えるくらいの多作っぷりと冴え渡り具合とを示している。ついでにタイトルもやたら長い。

 3作のうちの最初であるこれは、いきなり14曲50分が収録され、本作は3作の中で最も彼による宅録で完結した作品となっている。サウンドコラージュ的なトラックあり、それなりに整理された歌ものもありつつ、バンドの時よりもエレクトロ側に寄ったトラックもあったりと、その才能のバグりっぷりを自在に発揮している。尚且つ、そんなにスカムな感じでも無く、どの曲もしっかりと聴けるサウンドに丁寧にしつらえてあり、彼の集中力の高さを思わせる。最後に構えるタイトル曲は、穏やかなアンビエントと金属的なギターのノイズが並走していく奇妙な作品。

 さらにヨーロッパ版には6曲入りのボーナスディスクが付く。恐ろしいくらいの創作意欲。何より恐ろしいのが、これだけ沢山の、しかも別に手を抜いている感じでもない楽曲群を制作しておきながら、なおも上澄みな楽曲群をDeerhunterの来る大傑作に残していたこと。残していたというか、バンドで作ってたら出来たのか?何にせよ、随一の完成度を誇る『Microcastle』の前に出た作品としてはクオリティが怖いくらいに高すぎる。

 

 

3. 『Microcastle』(2008年8月リリース)

 大絶賛を受けた3枚目のフルアルバム。これが最高傑作だと考えるファンも多いだろうし、実際実に典型的にDeerhunterなDeerhunterの姿が、特に冒頭3曲に凝縮されまくっているし、ダウンロード開始の8月から2ヶ月後のCDリリース時には下記のもう1枚のアルバムも付属したダブルアルバムになってしまったし、ともかくバンドのポテンシャルが実にキャッチーな形で大爆発した1枚であることは間違いない。この作品から4ADが絡んでくるけども、この段階ではアメリカ国内はKranky、国外が4ADという状況。

 冒頭『Cover Me (Slowly)』から『Agoraphobia』へとつらなぬらがれのインパクトの大きさは強烈で、微妙にズレた『Cover Me』の轟音の入り方が実にケレン味に満ちていて、そして上述のとおり“典型的なDeerhunter”を全て説明しうる要素を持ちつつ実に怪しくも耽美なポップさを発揮する『Agoraphobia』へ展開していくことは、前者が後者から発展したと思われるコード進行を持つことも含めて実に完璧で、実質これらは1曲扱いでいいだろう。実際にライブでもセットで演奏されるし、実はスタジオ音源では『Agoraphobia』の歌は作曲者と同じLockett Pundtだけど、ライブでは実に当たり前のようにBradford Coxが歌う。

 

www.youtube.com

 

『Agoraphobia』は歌詞においても、Deerhunterとは、Bradford Coxとは、について完璧に典型的なものを示す*11

 

慰めて ぼくを包み込む 慰めて 慰めて

包み込んで 包み込んで 慰めて 慰めて

 

もうもはや自由を喪うのを夢見る

コンクリート製の四方を囲む壁だけ見ていたい

6×6で囲って ぼくのことビデオで見てね ああ

1日2食をぼくに食べさせて もう消えちまいたい

 

包み込んで 包み込んで 慰めて 慰めて

包み込んで 包み込んで 慰めて 慰めて

 

そしてしばらく後に失明するって分かるよ

でも “見る”というのは視覚を眼に縛るばかりだ

ぼくは声を失うだろう 分かるんだ

しかし 言うことも別に残ってはいない

(祈ることは残っていない)

この空間には何も響かない

 

       Agoraphobia / Deerhunter 全文訳

 

 『Agoraphobia』までのメジャーセブンスな響きが澄んだシリアスさを表現したと思ったら、続く『Never Stops』で一気にファニーなメジャー調に連れていかれる。個人的にはこっちの奇妙に明るいコード感の単純な反復の方にBradford Coxというソングライターの異様さを感じる。この児戯めいた曲調に巧みにフィードバックノイズを絡ませていき、そしてやがてⅠ→Ⅳの単純な反復をモータウンビートで轟音でやってしまう、この単純すぎるが故に強烈で、しかもギターノイズが賑やかに拡散していく展開は、彼らがニューゲイザーと呼ばれた一群の中でもとりわけ異様に奇妙な存在感を有していたことを如実に示している。というかこの辺からBradford Coxの作る曲に頻繁にモータウンビートが出てくるようになる気が。

 アルバム中盤はビート感の薄い楽曲が続き、アルバムのサイケデリアを深める働きをしているし、アンビエントしていた前作前半の名残を感じさせる。そしてアルバム終盤では、作曲クレジットにリズム隊両名も記された『Nothing Ever Happened』が非常にメリハリの付く形で置かれて存在感を放っている。「今まで何も起きていない」っていう、ネガティブさ直球のタイトルも含めて、この不思議にアグレッシブなトラックはバンドのユニークさと有機的な機動力を表現しきっている。終盤2曲両方がLockett PundtとBradford Coxそれぞれによる6/8拍子楽曲となっているのも印象的で、2人のソングライターのバランス感覚の違いが良いコントラストと、そして破滅的なアルバムの終わり方に繋がっている。この作品間違いなく4ADだな(笑)って存分に感じられる瞬間。この2曲の並び(か『Halcyon Digest』のどこかの箇所)がバンドの4AD体現具合の瞬間最大風速を記録しているかもしれない。

 本当はこちらも全曲きちんと見ていくべきであろう、それだけの価値がある大傑作。“こういうのがDeerhunterなんです”というものそのものを過不足なく過剰に注ぎ込んである、まるで何かの原液じみた作品*12

 

www.youtube.com

この曲のアグレッシブなベースは、2013年に脱退し2018年に死去したこのベーシストのバンドにおける最も派手な貢献のひとつだっただろう。実際作曲にも名を連ねてるし。

 

ぼくが行き止まりの夢を見るときだけ

きみは話し方や叫び方を学ぶ

そこにあるはずのない深さに焦点を当てよう

繕えないものは排除したまえ

 

今まで何も僕には起きてない

何も起きてない 何も起きてない

人生はただ過ぎ去り その輝きはぼくをかすめてく

 

冬はずっと眠り 春に起きて

視点を時流に合わせてみて

そこにあるはずのない深さに焦点を当てよう

簡単なことも 真っ当なことも 何もない

 

今まで何も僕には起きてない

何も起きてない 何も起きてない

人生はただ過ぎ去り その輝きはぼくをかすめてく

 

やって来るとこなんて見たことない

無から来る何かを待っている

やって来るとこなんて見たことない

無から来る何かを待っている

 

   Nothing Ever Happened / Deerhunter 全文訳

 

それにしても実にネガティブ!誰かに寄り掛かりたい感じのネガティブさじゃないところが特になにかしらのポイントが高い。その割に曲のテンションはアルバム一高いのなんなんだ。ネガティブでアグレッシブなこの曲を彼らの曲で一番好いている人も結構いることだろう。

 

 

3.5?. 『Weird Era Cont.』(2008年10月リリース?)

 少し昔話をすれば、2000年代はまだサブスクというものはメジャーではなく、インターネット配信というリリース形式は広がりつつあったけれど、同時にリリース日前に謎にリークされるという危険が出てき始めた時代だった。『Microcastle』もまた本来のリリース日より前に謎の流出をしてしまい、2008年8月よりiTunesで購入可能となったもののフィジカルのリリースは2ヶ月後となり、その間にバンドはフィジカルでの購入を待っている人たちに報いるべく、急造でこの13曲42分の、『Microcastle』本編(40分)よりも尺の長いボーナスディスクを制作した。それがこの『Wired Era Cont.』。なおこのボーナスディスクもまた正規リリース前に流出の憂き目に遭い、なんならそれがBradford Cox自らのミスっぽい何か*13も原因となり発生したことでまた一悶着あったりしている。

 内容はもう、「急造のボーナスディスクになる」ということを逆手に取ったかのような、メタクソにローファイな作品集になっている。全体的にドシャメシャで安っぽく籠った音質で、ボーカルが演奏に被りまくり埋もれまくりだったり、ドラムのミックスに全く気を使ってないから演奏に埋もれまくったりなど、ある意味「低レベルな宅録あるある」を徹底的に見せつけられる感じもあって、低レベルな宅録をしたことある人なら笑いながらもなんだか辛い気持ちになってしまうかもしれない。Lockett Pundt曰くこの音質は狙って作られたらしく、「古めかしくて亡霊めいた雰囲気を持たせたかった」からこうなったけども、同時に「多分もう2度とこういうのはしないね」とも言ってて笑える。

 曲調も音質も演奏もやりたい放題で、このとっ散らかったローファイ具合をむしろ本編より気にいる人もたまにいるだろうな、程度の魅力は確かに持っている。一度フェードアウトしたかと思ったらリフレインを邪悪に歪ませてまた浮上してくる冒頭曲からしてもう好き放題だし、所々にかつてのアンビエントしてた頃の雰囲気を忍ばせてくるし、実にベタにThe Ronnettes『Be My Baby』みたいな感じのトラックに延々と語りを載せるし、タイトル曲はノイズが惨めな具合に暴れ倒すだけのトラックだし、実に自由。

 ただ、幾つか真面目に制作していればアルバム本編に混ざることも可能だったかもしれない楽曲もあって案外侮れないのもこの作品。中々爽快な疾走感を有する『Vox Celeste』はここでは全体的なミックスの酷さ*14で台無しになっているけども、後のSub Pop用シングルでリメイクされている。『VHS Dream』や『Focus Group』も、これをもっと洗練させたらそれぞれ『Agoraphobia』『Never Stop』になるかも、と思えるポテンシャルがある。変テコなパーカッションの反復の中でアコギ的なギターがシャカシャカするインストの『Slow Swords』はユーモラスなアンビエントになっているし、そして最終曲『Calvary Scars II/Aux. Out』はやたらガチのぼんやりしたサイケデリアを冒頭から放っており、段々と曲の勢いが加速していき、どんどん壮大になっていく10分越えの楽曲で、4分超え以降はひたすら同じ演奏を7分半くらいまで延々と繰り返すが、これが不思議に覚醒感があって、その後の演奏が途切れた後のアンビエントな展開もまた、この謎の音源の締め方として実にいい具合にケムに巻いてくれる。「あれっ結構いい作品だった…?」と、積極的にこちらも騙されていきたい所存。

 

 

Lotus Plaza1. 『The Floodlight Collective』(2009年3月リリース)

 Deerhunter一派の快進撃は止まるところを知らない。2009年に最初に届けられたのはBradford Coxの強烈な個性の陰でしれっと端正な楽曲を繰り出してくるギタリストのLockett Pundtによるソロワーク・Lotus Plazaの最初のアルバムで、これがまた素晴らしいのだから、彼らをリアルタイムで追ってたファンは頭がおかしくなりそうだっただろう。

 流石にBradford Cox的な毒々しい存在感はここには無く、Lockett Pundtという何方かと言えば穏やかでしかし端正な才能がここでは早速十全に輝き続けている。より悪夢的な感じのあるBradford Cox作品に対して、彼のサイケデリアはもっと快楽的な夢見心地の具合で響き渡るため、「(ある意味)ドリームポップ」なAtlas Soundよりもこっちの方が純粋に幸福感に満ちてドリームポップ的なのかもしれない*15

 そしてそこには、ギターによって出力されるドリームポップが故のフォーキーな牧歌的感覚が、各曲の深いリバーブの向こう側に見えてくる。夢、ノスタルジア、逃避、季節感、そんな単語が浮かんでくる。…まあそういうのばかりだとどうかと本人が気にしたのか、中には『Sunday Night』のように反復するギターがブライトな存在感を持つ楽曲も含まれている。

 

 

Ep2. 『Rainwater Cassette Exchange』(2009年5月リリース)

 バンドでのツアーが続いていた2009年のバンド最初のリリースはこの5曲入りEP。ジャケットの謎なダサさに目を奪われるけども、3曲が2分台、あとは3分台と5分台の曲という程よいサイズ感で、Deerhunter流のポップソングをテンポよく吐き出していく様には“好調”という感じがありありと浮かぶ。

 冒頭のタイトル曲がまた、どこかのオールディーズを彼ら流の音響でリメイクしたかのような妙ないかがわしさを放っている。オールディーズって変に弄るといかがわしくなるものなんだな。メンバー4人が作曲にクレジットされた『Disappearning Ink』はクラウトロック的なビートの上で『Microcastle』以降的なポップさを展開させたような楽曲で、最後の最後にリズムが縦ノリになるのがやけっぱち感があって良い。CoxとベーシストのJosh Fauverの共作『Game of Diamonds』にはサイケデリックな音響の中で程よく弛緩したアンニュイなムードが優雅に花開いていて、これは本作5曲の中では最も2年後の次なる大傑作を予感させる楽曲に結果的になっている。前のEPと同じく最後の曲はどこかやけっぱち感あるパンクな疾走感を持つ曲だけど、こちらは歌の作り方がもう完全に『Microcastle』後って感じがある。終盤のサウンドコラージュ具合はむしろAtlas Sound向きな気もする。まあ何でもありか。

 

 

Single 『Vox Celeste 5』(2009年8月リリース)

 なんで4AD所属の彼らがSub Popでシングル出してるの…?となったけども、なんか多分Sub Popレーベルになんかそういうレーベル外のアーティストにシングルだけ出してもらうシリーズみたいなのがある感じなのか。ともかく2曲入りシングル。サブスクにはなさそうなので、タイトル曲はジャケットに、もう1曲は以下の曲名のところに聴けるリンクを貼ってます。

 上述のとおり、ここにおいて元の音源ではメタメタだった『Vox Celeste』がリメイクされ、『Vox Celeste "5"』となった。絶対特に意味ないだろこの5は。イントロにもったいぶった感じの洒落たピアノのイントロが付けられたけど、本編が始まったら、やっぱりローファイではあるけど、そうだよこの程度のローファイさでこの曲を聴きたかったんだよ、というものが鳴っている(笑)ファンのニーズをよく分かってる。結構音は曖昧な感じのはずなのに、それと相反するような爽やかささえ感じられる。

 もう1曲の『Microcastle Mellow 3』は打って変わって、アコギと、そして全体的にエコー成分の少ない演奏で組み立てられた、少しジャズっぽい感じのインスト。というかこれ、歌を入れる予定がもしかしてあったのかな。全然歌を載せられそうだし、載せたらそのまま『Halcyon Digest』に入れても悪くなさそうないい具合に気だるいポテンシャルがある。いやむしろ同じ年のAtlas Soundの方に親和性があるか?

 

 

Atlas Sound2. 『Logos』(2009年10月リリース)

 いやだから何でバンドの作品も結構なハイペースで出し続けてる中でこう突然力作のソロ活動のアルバムが出て来るのか。面白いのは、この作品のミックス前の状態のものはすでに2008年中に存在していて、これがまた例によって流出騒ぎが起こり(またか)、例によってBradford Coxが激怒し一度は制作が放棄されたけどもやっぱり水面下で取り組んでて、そこそこの時間を経て満を辞してリリースされたものだということ。このエピソードには実にBradford Cox的なチャーミングさが爆発しているけども、えっこれだけの楽曲を2008年中に録音終わってたの…?という別の恐怖が浮かんでくる。絶好調にも程がある。

 Animal CollectiveStereolabのメンバーがゲスト参加するなどの華やかな話題もありつつ、しかし冒頭と2曲目で連続してアコースティックギターを中心とした楽曲が現れたりしていて、Atlas Soundでの彼の一層のSSW化が進んだ作品と見ることもできるかもしれない。その2曲はアコギとサイケデリックな諸サウンドの彼らしい折り合いの付け方をまどろむような楽曲とともに披露するし、『Attic Lights』ではいよいよエコーやエフェクトが減って、サウンドだけならかなり普通にSSW的乾きのあるものになったために、逆に彼の実に気怠げな歌心の核のようなものがむき出しになったような面白さがある。その後に程よい歯切れの良さがあるギターナンバー『Shelia』が続く流れは実に小気味良い。

 一方、エコードリームの担い手としての彼も本作では十分に発揮されていて、より歌が音と化しているAnimal Collectiveメンバー参加曲『Walkabout』や終盤3曲などで、バンドに囚われない場合の彼の自在なトラック制作の手際が見える。

 たったこれっぽっちの文量で本作を十分に話せているとは到底思わないが、とはいえこの記事はあくまでDeerhunterの記事なので…お許しください。

 

 

4. 『Halcyon Digest』(2010年9月リリース)

 次回の記事でこのアルバムを単独で扱うのでここで細かいどうこうは書かないけども、このようにリリース順で見ていくことで分かることもある。何で『Logos』から1年も経たないうちにこんな大傑作が出て来るんじゃあ。本当、この辺の展開をリアルタイムに体験してなかった自分は実に勿体ないことをしてた…。

 こうやって順を追っていくと、『Microcastle』でひとつのピークに達してたバンドのソングライティング能力が、本作でさらにシュールでアンニュイな方向に広がりを見せ、かつてない充実を見せているんだな、ということ。この大傑作アルバムもまた、様々な活動を経て、生まれるべくして生まれたんだなと、この記事をここまで書いてきて初めて理解した次第。

 …そして、こうした才能爆発の一連の流れの最終的な帰結がここなのか、それとも次の年に出されるAtlas Sound三部作の最終作なのかもまた、意見の分かれるところか。自分は『Parallax』よりも『Halcyon Digest』の方がかなり好きだけど、逆の人だっていくらでもいるだろうな。

 音源網羅的なことを書いておくならば、このアルバムに先駆けて7月に『Rivival』が、アルバムリリース後の2011年4月に『Memory Boy』がシングルで切られている。両シングルともカップリングはアルバム未収録曲で、どちらも“歯切れの良すぎる”ギターロックだったために、もっとダルな要素が優先されたアルバム本編から漏れた香りがする。『Rivival』カップリングの『Primitive 3-D』はどういう訳かPitchforkが制作したPVまである。Pitchforkノリノリだなあ。そして多分これ3Dメガネで見ると浮き出るやつだ…。

 

www.youtube.com

 

 『Memory Boy』のカップリング『Nosebleed』はこのシングルがサブスクにあるおかげでサブスクで聴ける。実に爽やかなギターロックナンバーで、Bradford Coxの歌がなければDinosaur Jr.の未発表曲と思ったかもしれない。何なら歌メロまでDinosaur Jr.っぽくないかこの曲。

 

(2022年12月31日追記)

単独記事を書きました。全曲レビュー+全歌詞訳+その他色々です。

 

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 

Atlas Sound3. 『Parallax』(2011年11月リリース)

 こっちももう4AD記事後半で大概書いたからそんなに付け足すことない。何で約1年スパンで『Halcyon Digest』からこれが出て来るんだよ、という気持ちがこれを書いている今は一番強い。おかしいだろそんなん…。

 正直、『Halcyon Digest』にも「(スタジオ音源だけ聴くと)何でこれがAtlas Soundの方じゃねえんだよ」な『Helicopter』はじめ幾つかのトラックがあるし、ここに至ってDeerhunterとAtlas Soundのサウンド自体の差は限りなく少なくなっている。

 それにしても、これだけの作品を作ってAtlas Soundの作品がこの後出なくなって、相当に本作に満足したんだろうなとも思えるけども、しかしながら『Monomania』期のインタビューにおいては、以下のような証言も出てきている。

 

www.ele-king.net

 

だがブラッドフォードのロックに「ご機嫌」はありえない。それがやすやすと手に入れられていたならディアハンターが生まれる理由もなかった。なにしろ墓なのだ。アトラス・サウンドの『パララックス』が出たころ、彼の目にはつめたい、不毛の光景が見えていたという

(強調は弊ブログ筆者による)

 

そうなのか*16…まあそもそも『Monomania』の時期のBradford Cox自体が彼がのちに振り返った際に最も精神がおかしかった時期だと証言しているけども。

 

 

Lotus Plaza2. 『Spooky Action at a Distance』(2012年4月リリース)

 Bradford Coxソロの次の年にはLockett Pundtソロが出てくる。仲良しか。彼らが作品を出しまくってた時期はここまで引き延ばせるかもしれない。

 Lotus Plazaの2枚あるアルバムのうち、作品としての充実度はやはりこっちに分があるかなと思ったりする。本人がライブでの演奏のしやすさを視野に入れ、その結果エフェクトやエコーがぐっと減り、彼が全部の楽器を演奏したことによる彼のギターオーケストレーションの巧みさや、ポップな楽曲を書く彼のソングライティング能力がより分かりやすい形で作品に表れている。

 楽曲のアイディアも、テープの変速操作の感じを人力で演奏をだんだん遅くしていくことで再現してみせた*17『Starngers』が実質先頭曲で、彼らしいシューゲイザーサウンドもあったりしつつ、アコースティックな楽曲も増えていて、彼らしい穏やかさがもっとエコー/ノスタルジアのフィルター無しに味わえる。中にはLockett PundtによるひとりDeerhunterじみた『White Galactic One』みたいな曲もあってユニークで彩り的にも賑やかだ。

 聴いてて思ったのが、幾つかの疾走感ある楽曲はCaptured Tracksレーベルのバンドのサウンドに大きな影響を与えてそうだなあ、ということ。実際どうなのか調べてないし知らんけども。

 

 

5. 『Monomania』(2013年5月リリース)

 USインディーが段々陳腐化していって、というかメインストリームがいつの間にかガッツリとR&Bになりつつあって、Pitchforkがまるで昔からR&B大好きでしたインディーロックはそこそこです、みたいな振る舞いをするようになって、すでにKanye Westの作品に参加していたBon Iverを先頭に、Dirty ProjectorsのDave LongstrethやVampire Weekendの2大メンバーなどが段々とR&Bに接近していくような時代の中でBradford Coxは…ワンピースを着てドシャメシャなロックンロールを演奏してた。ああこの天然さ、貴方はそのものがもう芸術作品だ。

 

なんだこの…他メンバー全体的に嫌そうな表情を隠せてないんですけど…。

 

 しかしながら、こういうことで笑って済ますには『Monomania』は何かと深刻すぎる部分があるレコードだ。様々な状況があったんだろうけど、それらに加えてレコーディング前に、かなり頼りにしていた節があるベーシストのJosh Fauverが脱退し、このバンドのフロントマンは相当にダメージを受けたらしい。他ならぬ本人が後年のインタビューでこう言っている。

 

rollingstonejapan.com

 

パンドは、2013年のグラムパンクの衝撃作『Monomania』がターニングポイントだと言う。「あの頃は本当に激しかった。僕は『なあ、この空気は持ちこたえられないよ』って感じで。みんな、それに気づいていたと思う」と(この頃に神経衰弱を経験したと話したことがある、コックスの当時の自分に対する評価はさらに辛辣だ。この日の夕方に『Monomania』について尋ねたとき、「ああ、あの頃の僕は精神を病んでいて、完全に正気を失っていたね」と答えていた)。

(強調は弊ブログ筆者による)

 

 『Monomania』は難しいアルバムだ。まるで「Back to Mono」みたいなノリでオールディーズ・ロックンロールへの回帰をしているみたいに感じさせるこのアルバムタイトルは、実際は単一の感情・思考のみしか持てなくなる精神疾患のことを指している。そしてその語のとおりロックンロールに没入しまくっているかというと別にそうでもなく、そこには不思議なバランス感覚が成立している。

 というか、冒頭2曲で演奏されるロックンロールもまた、Deerhunter液に浸しすぎてドロッドロのヘロッヘロになったロックンロールという風体で、そもそもかなりローファイでノイジーで、耽美のベールが掛かっていた『Microcastle』や『Halcyon Digest』の主の、そのベールを剥がしたらこんな様子だよ、と、その狂乱っぷりにはちょっとドン引きしかねないものがある。勿論、聴いてる人がドン引きするようなサウンド的な強調等が塗れていて、これはこれで高度にコントロールされている気はするけども。タイトル曲の異様にラフに強調され倒したノイジーさはその病んだ具合がよく表れている。病んでいるのだから視界も思考もクリアなはずかなく、だから音もクリアにならず妙なローファイさになる。このアルバムの音はある意味実に論理的な帰結かもしれない。勿論、それまで柄でもなかったような、ロックンローラーっぽくなるよう喉を押し潰した風に声を歪ませて歌う彼の姿は痛快ではあるけども。

 冒頭2曲のあられもなさの後にスッとLockett Pundt曲『Missing』の“割とクリアなDeerhunter”が出て来る構成はタチの悪い漫才じみている。Bradford Coxのロックンロール芸がポップさを持って割と爽やかに剽軽に響く『Dream Captain』『Back to the Middle』辺りのナンバーは個人的にいい塩加減で、ともすればマンネリに陥りかねなかったバンドの作風を救ってすらいると思う。中盤の本作でもとりわけ大人しい『Blue Agent』『T.H.M.』『Sleepwalking』の3曲も、従来的な楽曲に本作的なローファイさがいい具合に作用し「典型的なDeerhunterサウンド」の範囲をさりげなく拡張していると思う。

 Bradford Coxは何がしたかったのか。“メンタルヘルスとドラッギーな悲劇のロックンロールヒーローの戯画化”?“凍り付くような内面をロックンロールでアンビバレンツに突破しようとする挑戦”?そんなの外部の勝手な分析だ。彼は本作で“これ”がしたかったんだろう。余計なことは考えず、もっと素直に「コイツマジかよ(笑)」ってゲラゲラ笑って聴くのが案外いいのかも。

 

www.youtube.com

何でこの曲でクリップ作ったん…?そしてこの音MADじみたものは何…?

 

真ん中に戻ろう

ここはぼくが愛に置き去りにされた場所

それは終わらないサイクル どうか奪わないで

 

そしてぼくを見て ほら髪が抜けてる

きみは2×4で ぼくに疑いを残した

 

真ん中に戻ろう 皆今やきみの名を知ってるよ

こんなの全く予想外

きみの愛はとっても病的なゲームじみてるよ

 

一体どうやって彼は…?

きみがぼくに用いた基本的な方法

どうしてそんなに残忍じゃないといけないの?

 

真ん中に戻ろう

なんか星とか見える場所に連れてってよ

きみのキャビンに連れてって

何度も約束したように

 

きみとぼく きみは自由になった

きみはぼくをぶっ壊した

こういう小さな破片を残していった

 

    Back to the Middle / Deerhunter 全文訳

 

 

Lotus Plaza3. 『Overnight Motorcycle Music』(2014年3月リリース)

 Lotus Plazaの現在のところ最新作はこの2曲入りEP。2曲入りと言っても、1曲目は実に14分近くあるインストだし、2曲目も10分弱のインストと、2曲のインストで25分程度ある。なるほどだからシングルじゃなくてEPなのか…っていうか中庸さを尊んでいたように思えたLockett Pundtにしてはかなり思い切ったリリースだなこれ。

 『Indian Paintbrush』は延々と3音を反復していく音の点が段々と変化しながら14分弱を通り過ぎていく、そんな曲だ。このドローンとも異なるしアンビエント的でもない、病んだ現代音楽的なトラックをなぜ彼は作ったのか…ずっとサイケなロックンロールばっかり作ってたし、そういうのをしてみたくなったんだろうな。もう1曲の方である『Gemini, Pt. 1』は、こちらはドローン的なノイズに乗って光が集まったり屈折したりしていくような楽曲。

 ちなみに、この作品より後にはどうやらBradford CoxもLockett Pundtも、目立つようなソロ作品を出していないようだ。2019年ごろのインタビューでCoxの方がAtlas Soundの新作を作ろうかなー、という話をしていたけども、とりあえず2022年末時点では出ていない。

 

 

6. 『Fading Frontier』(2015年10月リリース)

 2014年12月、Bradford Coxは車に轢かれた。なかなかの怪我を負いながら、同時にそれは彼の「見通しを与える衝撃」をも与えたらしく、「事故が全ての幻想を消し去った」と彼は言い、大きなターニングポイントになったとしている。…そんな状況説明の後に出てきた最初の曲が『Snakeskin』なのはなかなか困惑が深く、いきなり『Living My Life』ではないあたり流石に捻くれ慣れてるな…と思わせるものがある。

 

www.youtube.com

裸オーバーオールでニヤニヤ笑いながら歌うBradford Cox。変な曲といい、何を見せられているんだ…?

 

 なぜかPVが3つも作られて、それらの発表ののちにリリースされたアルバムは、晴れ晴れとした彼の心境を音で表すようなクリアなアルバムに…言うほどならなかった(笑)この辺のバランス感覚もまたDeerhunter。何なら割とどのアルバムでもクリアでポップな曲を書いてたLockett Pundt曲が本作は優雅に濁った『Ad Astra』で「あれっ」ってなるし、というか割と後半が地味でグダグダ気味かもこのアルバム。前に書いた2015年の年間ベストでも書いてたけど、そんな後半に奇妙極まりない『Snakeskin』はむしろ必要。あと最終曲『Carrion』のDeerhunter版The Bandみたいな泥臭さい風情は地味にいいな。前作で培った叫ぶボーカルもいい感じに活かされてる。

 しかし、このアルバムは前半5曲の並びだけなら歴代最高のスムーズさとポップさとサイケさの塩梅で進行していく。そもそもアルバム全体で歴代でもトップにハイファイな音をしているけども、そんなクリアな音で聴くと従来的なDeerhunter感のある冒頭曲の『All the Same』もタイトルに反してなかなか新鮮に聴こえる。そして本作の山場であろう『Living My Life』が早々に現れる。本作の音のクリアさが本当に作用し、この曲に限っては本当に、実に晴れ晴れとした、太陽光の透明感が生の眩しさを感じさせるようなサウンドと歌になっている。というか、リズムが打ち込みなことといい、これってもしかしてDeerhunter流のチルウェイブなのでは?最大のカタルシスは終盤のバンドサウンドの起動の瞬間だろうけど。そして、そこに乗る言葉は上記のエピソードをそのままなぞるような内容だ。

 

www.youtube.com

映像までクリアになってる!所々の青空が眩しい映像は曲に実に合ってる。

 

人生を生きる 自分の人生を生きてるんだ

 

ぼくはグリッドから外れてるし 範囲外だ

穀物畑の琥珀色の波はまた灰色になっていく

暗くなった舞台 無限に続く路地

距離が運命を変えうる ぼくは範囲外だが

そしてぼくは自分の人生を生きているんだ

自分の人生を

 

もし分かったなら教えておくれ

この全ての恐怖心をどう征服するのかを

ぼくは消えゆく境界線で時間を費やしすぎてきた

もし分かったなら教えておくれ

失った年月をどうやって取り戻すのかを

ぼくは時間全てを費やしてきたんだ

消えゆく境界線を追いかけていくことに

 

♡繰り返し

☆繰り返し

♡繰り返し

 

      Living My Life / Deerhunter 全文訳

 

不安、後悔、そしてそれを覆い尽くすような生の実感。もしかしたらこれは「病んだ環境に病んだ状況で育ってきたBradford Cox少年の物語」の最終章かもしれない。

 そんな物語なぞ知らん、と言わんばかりに、続く『Breaker』では得意のサイケデリアをより現代的なクリアなサウンドで実現し、どこか煙に包まれたような情緒を生み出し、その後の『Duplex Planet』では霧が冷たく晴れるようなしっとりした耽美さが、間奏のハープシコードなども効果的に使われつつ編み出される。

 

www.youtube.com

 

 正直アルバム中のストーリーは5曲目の『Take Care』でなんだか良かったな…てな具合に完結してしまう。それくらい『Take Care』で見せる穏やかさもまた美しくて、これはLockett Pundt曲じゃないのか、と思ったけどBradford Cox曲だった。

 

気をつけてね

ガードを上げたら見えて来るかも

人生の場所 希望を見つけた場所を

 

ドライアイスの燃焼で出た霧以上のものではないよ

死体は回っている

 

気をつけてね

ガードを上げて 孤独にならないように

もう長すぎる もう長すぎるんだ

不自由な手を空に向かって挙げて

手を振ってバイバイさ 手を振ってバイバイ

 

手をよく振るんだよ

分からないんだ それが最後に見るものになる

最後にするゲームになる

救いのなさ 呼んでおくれ「はい、はい」

探し求めているものは何なんだい

ああ ちょっとそこには立たないでおくれ

ああ…ああ

 

       Take Care / Deerhunter 全文訳

 

Deerhunterという波乱万丈の“物語”の終わり。まるで過去の自分に話しかけてるようではあるから、どこまでも一人相撲にも見えるのが面白いところ。

 ということでなんかDeerhunter完結、という感じにも思えるけども、漫画やドラマや映画と違って、バンドは別に物語めいたものがいい具合に落ち着いても、続けていって何も構わない機構だ。だけど次の作品までは少々時間が掛かったみたいだ。

 

 

7. 『Why Hasn't Everything Already Disappeared?』(2019年1月リリース)

 「なぜ、すべてがすでに消滅しなかったのか」という不思議で長いタイトルは、こういう流れで見ていくとまるで前作で“物語”が完結したバンドに向けられてるみたいに思えるけどもそうではなく、フランスの哲学者Jean Baudrillardの遺稿集のタイトルから取られたもの。ポスト構造主義の哲学者として、シミュラークルとシミュレーション、などの話で知られる。昔だれかの本で間接的に内容を見た気がするけどもう忘れた。これについてBradford Coxは「本の内容よりも、文化の消失を予測することに全キャリアを費やし、死の床でそれが完全に起こっていないことに気付く哲学者のこの考えに惹かれた」と語っている。

 そして、彼が「現在についてのSF」だと表現するこのアルバムは、冒頭からハープシコードやピアノが鳴るサウンドに象徴される、よりヨーロピアンな優雅さやゴシックさをどこか意識したような作品となっている。先行シングルからそのまま冒頭曲になった『Death in Midsummer』からして、これまでのまるで彼自身の体臭から発されていたかのような“死と耽美の世界”に取って変わって、確かにどこか西洋のSF物語めいたファンタジーさに、この曲だけでなく他の曲も浸っている感じがする。子供が読むメルヘン物語みたいなリフレインを経てしかし実にDeerhunter的な轟音に接続してしまう『No One's Sleeping』の児戯がそのまま変な世界に接続してしまう感じは『Never Stops』の再来に思えた。終盤のぐわんぐわんする轟音が最高にチャーミング。『Element』のどこかアラビアンな感じもユニークで、謎の回転音をライブではBradford Coxが謎のリールを回して再現してた。それ楽器なんか…?

 謎なインスト2曲もSFな雰囲気を形作る。今度は『Agoraphobia』っぽいコード感だけどもっと森の音楽めいたシュールさで抜けていく『Futurism』や、今作唯一のLockett Pundt曲でやっぱり森の奥のメルヘンめいた『Tarnung』、やけに陽気でダンサブルでお前頭打ったのか?って感じがキュートな『Plains』と続いて、最後に今にも壊れそうなロボットのように弱々しく音を途切れさせ声の帯域を削ぎ落とし、次第に優雅でドラマチックな崩壊へ向かっていく『Nocturne』の締めは素晴らしい完成度で、『Microcastle』〜『Halcyon Digest』のようなブラックホール的な魅力とはまた異なった、地味ではあるけどもこれはこれで鮮やかな、そして後味の程よく苦い具合が、彼らの“成熟”を感じさせる。キザなことを言えば、本作でBradford Coxは語られるべき“主人公”から“語り部”の方へ上手にシフトしたのかもしれない。

 それは別にそんなに寂しがることではなく、むしろこれからも作品を作り続けられる世界観をいくらでも生み出せるだろうと思えるような余裕さえ感じさせてくれる。そしてバンドが続けば、ライブをするだろうから、それを観てぶっ飛ばされることが出来るわけだ。キーボードがどうこう言っても、ライブだと小手先を吹き飛ばすほどの轟音が炸裂しまくって、とても格好良かった、ということをそういえば過去に書いてたな、と思ったけど書いてなかった。この作品のリリースツアーでようやくDeerhunterのライブ観れたんです自分。最高だったなあ。また観たい。

 

www.youtube.com

 

あの雲から降りておいで

そして恐れをその辺に捨てて

貴方達は皆あちこちにいて 内側には何も無い

神の御旨が成就しますように この毒塗れの丘で

そして 悪魔が自分の尻尾と袂を分ちますように

 

ぼくを呼ぶ声がした ぼくを焼く光があった

 

おいで そして確かめよう

道を切り開かないようにしよう

きみの友達は死んじゃった

彼らの人生 もうただ消えて行っちゃった

丘で働く人もいたし 工場で働く人もいた

自分の人生をはぜれて働き抜いて

そしてやがて きみも観てしまうでしょう

自分の人生が消えていくのを

 

戻る時間とかなかった 戻る時間なんてなかったね

 

丘にいて 工場にいて そして今は墓にいる

その身に負債を抱えていて そして何?

それって今 報われてるものなの?

 

ぼくは歩き回って それがどう消えてくか感じてる

歩き回って 何が消えていくか見てる

歩き回れば どう消えていくか見れるよ

歩き回れば 何が色褪せてしまったか見れるよ

 

    Death in Midsummer / Deerhunter 全文訳

 

  

Single『Timebends』(2019年11月リリース)

 今のところ最新作はこの1曲12分半超え+その短縮版のシングルになる。

 のどかなピアノのリフレインにいかにもな猛り方をしたディストーションギターが絡みつくこれは、タイムスリップ的なのを想定したプログレ的な楽曲。それも結構Pink Floydに忠実な感じの、少しばかりブルーズなフィーリングのある長い間奏が特徴。まさかDeerhunterでブルーズなんて思うとは。2コード反復の長いインプロは実に1970年代的なものを想起させる。そこからいつの間にか切り替わって、気がつけばクラビネットが軽やかに跳ねる展開に移り変わっていて、何だこれは…?と困惑すること請け合い。そして10分に近づく頃にはさらに変化して、スカスカな演奏からの最初の展開に戻る。最後の金属的なギターの反復で急に神経質になって、そう言えばこれDeerhunterか、と思い出せる。

 …まさかDeerhunterの次のアルバムは4曲や5曲で40分超えとか、そんなアルバムにならないよな、という不安を抱きつつも、しかしもう何でもありなんだな。ならどんどんやってくれ、という気持ちで次の作品を待っている。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

あとがき

 以上です。まあ『Halcyon Digest』は次の記事でちゃんと書きますが。

 こうやって流れで見ていくと、ともかく2007年〜2011年までの作品量が異様だなあと気付かされます。これでもライブ会場のみ配布のカセット等は排除*18しているので、それを合わせればもっと増えます。創作意欲絶頂期の彼らはとんでもなかったんだなということと、しかしそれは特にBradford Coxには「自分には音楽の他に寄り添える場所が無い」という恐怖からだったと思うと、今のリリースの感覚の空き具合はそれくらい彼が音楽に極度に依存しなくても生きていけるようになったしるしかもしれないと思えて、どうこういう気がなくなります。

 彼らもまた、ソングライティング自体に非常に強い個性というか、替えの効かなさがあるため、なのでこちらとしてはもうどんな作品でも作ってくれ、どうせBradford Coxが曲を書いて歌えば大体DeerhunterかAtlas Soundになるんだから、という、先方の才気の状態に依存しすぎずに済む安心した作品待ちができます。そして作品を出して、ライブしに日本に来てくれればとても嬉しい。勿論作品を出さずとも日本に来てくれても最高に嬉しい。またライブが観たいなあとつとに思います。

 本当は“あの”ギターサウンドを出すためにどういうセッティングをすればいいかの研究結果なんかも載せたかったんですが、そもそも研究できなかったので載せられませんでした。残念。再現したい人はみんなそこそこのお金を出してEventideのPitch Factorを買いましょう。Deerhunterから影響を受けたバンドが誰か、とかも書けなかったな。こっちもよく分からない。日本でもTHE NOVEMBERSとかシャムキャッツとか昆虫キッズとかあの辺の世代が特に直撃だったみたいで、3者3様で色々とオマージュしてる節が感じられます。

 ここまで延々と続く文章を読んでいた出した方々はありがとうございました。貴方のDeerhunterライフに何か役立つものがあれば幸いだしむしろ筆者に役立つものを下さい。それでは、おそらく次か、それか次の次くらいになる『Halcyon Digest』の記事もお楽しみに。それが終われば、2022年末に突如始まった4AD祭りな弊ブログの状況も一旦おしまいです。

 

(2022年12月31日追記)

そしてこれがその終わりの記事です。

 

ystmokzk.hatenablog.jp

*1:二人は高校時代の親友の間柄だったとのこと。

*2:なおJosh Fauverは2018年に死亡。享年39。死因は発表されていません。

*3:思うに、彼がニューヨーク生まれでブルックリン育ち、とかだと、他の同時代ブルックリン勢と似たようなインテリな感じになっていたかもしれませんが、アトランタという、そういう場所じゃないところで生まれ育ったのも、彼が独自の世界観の音楽を一人でどんどん深めていくことに影響したかもしれません。彼は『Spring Hall Convert』(『Cryptograms』収録)を16歳の時に初めて録音し、その時のメロディや歌詞がそのままDeerhunterの同曲に流用されています。

*4:リリース元のレーベルがサブスクに対応できないくらい少々マイナー過ぎた…?

*5:まさかバンド名が“Deer”hunterだから鹿頭ジャケ…ってコト?

*6:Bradford Coxが手がけたものらしい。

*7:というか、元々LowやGodspeed You! Black Emperorの作品等が有名なこの割とマイナーなレーベルの名を一気にメジャーにしたのがDeerhunter一派の作品なのはある程度はまあそうだろう。

*8:録音時期も前半と後半で違っているらしい。

*9:これらも、無機的な鳴り方をするベースが先導する実に怪しいクラウトロックに仕上がっている。

*10:まあうち1曲は短いアンビエントなインスト楽曲だけど。

*11:この曲はクレジット見る限り、作曲はLockett Pundtだけど作詞はBradford Coxのようです。

*12:実際はその原液めいたものを抽出するために大いに技術や手間がかけられていることが、CD付属のもう一枚のアルバムやかなり無茶に冒険しまくった『Monomania』等から感じられるだろう。

*13:当時バンドのブログで様々な音源をアップしており、それ自体はインターネット時代以降のインディーバンドの自由な活動スタンスとして良さげながら、その中で誤ってこのアルバムのデータも一時流出し、それを見つけた誰かがP2P上にアップした、というもの。気づいたBradford Coxは激怒したらしいけども、のちに反省文をアップすることになった。ずっと後の年になって見ると、なんかいちいち可愛らしい事件な感じにも思えるな。

*14:ボーカルを中心に笑えるくらい籠っている。

*15:Deerhunterではここまで純粋に幸福感に浸れる感じの楽曲が少ないことを思うと、Bradford Coxという存在は相当に劇薬的に思える。

*16:別のインタビュー記事では本人がこう語っている。「その頃、他のメンバーがバンドの外のことに興味を持っていたなかで、僕には絶望的に音楽しかなくて、そこにアイデンティティを求めていたんだ。必ずしも僕だけのことではなくて、世界中の様々なことに共通して言えることだと思うけどね」

*17:再現になっていないところがむしろ面白い要素。

*18:その気になればYouTubeに動画が上がってた気がする。