ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

2002年の日本の下北系ロック関係(アルバム等10枚)(前編)

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 日本のロック関係の歴史で、同世代のバンドが一気に出てくる場面は何度かあるかと思います。渋谷系の諸々の中でミスチルスピッツ等が同じ頃に出てきた1990年代初めやら、くるりスーパーカーNumber Girl中村一義やらが一気に出てきた1997年〜1998年の世代やら。そして、2001年〜2003年に一気に出てきた、”下北系”という括り方をよくされる世代も。

 今回はこの、2000年代前半に一気に出てきたこの”下北系ギターロック”な世代の、そのうち2002年に出た作品を10枚選んで見ていく記事になります。10枚と言いつつ、上のサムネ画像には9枚しかないのですが、今回はこの9枚を扱う前半の記事で、そして次の後半の記事でサムネに無い残り1枚を個別に扱います。一体何デターなのか、予想してみてください。

 中には一度解散したバンドや、活動が止まってしまっているバンドや、中心メンバーが亡くなったバンドもありますが、でも、今回取り上げる10組のバンドが、なんだかんだで続いていることは、根強い人気だったり、メンバーの粘り強い活躍だったりを感じられて、何よりも、風化しないぞ、と懸命に立つその姿に、尊敬を覚えます。リアルタイマーではまるでないし、ネットで調べた知識とアルバムを聴いただけの自分に何が書けるのか、とも思いますが、しれっと書いていきたいと思います。

 

 

初めに:下北沢という街と概要めいた何か

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 ”下北系ギターロック”と呼ばれるくらいなので、そんな彼らが最初に登場した舞台はやっぱり下北沢な訳です。東京都世田谷区にあるこの街がなぜそういう場所になったか、さらっと見ておきましょう。

 なお、”東京”というあまりに巨大で、更に日本の文化面的にはより巨大すぎる大都市については、以下の記事で僻みめいた文章も書いています。

ystmokzk.hatenablog.jp

 

サブカルチャーの街・下北沢

 FISHMANSの名作アルバム『宇宙 日本 世田谷』という名前によって世界に存在を示し続けるであろう東京都世田谷区ですが、”世田谷区”という場合には、どちらかというと「高級住宅街」としてのイメージが前面に出てくるイメージがあります。

 そんな世田谷区の中で、新宿駅から伸びる小田急と渋谷駅から伸びる京王井の頭線が交差する下北沢駅周辺の地域が、”若者の街・下北沢”とされる地域です。この街はサブカルチャーの集積する街のひとつではありますが、同時に、狭い路地に店が密集した街路やら、様々な方面に活力に満ちた若者の活躍やらで、どちらかというとゴミゴミした、清潔感とトレードオフな関係にある類の活気に満ちた街となっています。その感じは世田谷区全体の清潔・高級・洗練なイメージとは微妙に食い違っており、むしろ中央線沿線の高円寺・阿佐ヶ谷・荻窪等と似たような雑多さがあります。

 なぜ下北沢が世田谷区の中でそんな異色の街になったのかは、調べる気が無いのでよく分かりません。その大元を辿れば、きっと戦後の闇市とかそういう流れとかが関係するのでしょう。そういうことをちゃんと書いた本か何かがきっとあるはずです。

 ただ、そうやって出来た”盛り場”に、何故だか音楽でいうインディーズ文化がおそらく1990年代以降から段々と根付いていき、一大拠点となっていったことは間違いなく、その辺の歴史は多少拾っておいてもいいかもしれません。

 

有力なライブハウスの存在:「屋根裏」と「シェルター」

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 下北沢のバンド文化を決定づけたのは「屋根裏」と「シェルター」という2つのライブハウスの存在でしょう。残念ながら「屋根裏」の方は2015年に閉店しています。

 元々は1975年に渋谷で開業した屋根裏は、RCサクセションTHE BLUE HEARTSをはじめとした大物アーティストが出演した重要なライブハウスでしたが、1986年に下北沢に移転。そこでは1990年代の時点でインディーズ時代のthee michelle gun elephantゆらゆら帝国といったバンドが活動していて、次第に有名バンドの登竜門として東京の音楽シーンにおける存在感を大きなものにしていきます。

 シェルターの方は、まさに今の2021年10月で30周年を迎えるライブハウスで、やはり1990年代以降の有名バンドが、初めはここでライブをしていたりということで、屋根裏同様非常に存在感の大きいライブハウスになります。こちらは今も存続しており、日本のバンド文化における聖地のひとつである以前に、今でも新人バンド達の登場する舞台となり続けています。

 

レコード店とレコードレーベル

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 音楽の街・下北沢は、ライブという形の発信だけでなく、音楽媒体の流通場所としても重要な街のひとつとなっています。ディスクユニオンやジェットセットといった有力レコード店が点在し、そういったレコード屋は様々な過去の中古レコードだけでなく、現在進行形で活動するアーティストの新譜等をプッシュしたりして、シーンに対して大きな影響力を持っています*1

 そして何より、下北沢はインディーバンドの作品そのものの制作・発信拠点として重要な場所となっています。

 mona recordsだったりROSE RECORDSだったりとギターロックばっかりでもない下北沢のレーベル界隈ですが、日本のインディーギターロックの本拠地めいた存在感を有するのはUK.Projectに他なりません。2000年代初頭当時において”下北沢系”とほぼ同義であった”ハイライン系”なる単語の元であるハイラインレコーズを2002年に子会社化して、また非常に多くのインディーレーベルを傘下に持ち、今回取り扱う10組のバンドの大半にも関係するその様は、この世代以降の日本のギターロックバンド界隈において決して無視できない存在感を放っています。現在においても有力なインディーバンドを輩出し続けるUK.Projectは、もはやインディーとメジャーの垣根が消えつつある現状において、名だたるメジャーレーベルと遜色のない存在なのかもしれません。

 

”青春パンクへのカウンター”としての下北系ギターロック

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 今から紹介する10組のバンドは、ギターがメインのロックバンドである、ということを除くと意外と完全に共通項がある訳ではありません。ありませんが、「当時席巻していた青春パンクよりは拗れた心情を歌う」ということでは共通してると言えそうです。つまり、青春パンクのカウンターとしての意識が、彼らからは少しばかり見え隠れしてきます

 青春パンクは、Hi-STANDARDBRAHMANHUSKING BEEといった日本のメロコアの先駆者たちに強く影響を受けた、屈折の少ない、素直で爽やかな青春模様を歌にして高速のメロコアビートに乗せたバンド群です。これがどれくらい人気だったかといえば、当時今回取り扱うようなバンドを全く知らなかった自分でもテレビ等を通じて彼らの曲を知っていたくらいです。その、背徳の影がまるでチラつかないような、恋とスポーツと真心と希望と応援が全てのような世界観が、中高生とかを中心に大いに持て囃されていたものです。

 青春パンクに比べれば、今回取り上げる10組はずっと屈折していることが感じられます。基本的にネガティブだったり、メンタルが終わってたり、破滅願望があったり、冷徹だったり、恋をしていてもそこには何らかの儚さが多く含まれていたりなど、様々な手管を費やして、彼らは自身のバンドならではの”詩情”を形作ろうとしていました。それはどこかで、画一的な部分がある青春パンクというムーブメントに対抗する意識があったのかもしれません。

 なお、そんな青春パンク勢の中でも、GOING STEADYについてはやや特殊で、2002年にはUK.Project傘下の自主レーベルを設立し、そして解散後立ち上がった実質後継バンドの銀杏BOYSは、青春パンク側から下北沢ギターロックに侵入したような凄絶な活動を繰り広げていきます。

 

本編:アルバム・ミニアルバム9枚

 この記事の本題に入っていきます。順番は単純にA to Z+あいうえお順です。アーティスト名後ろの月は2002年の何月にリリースされたかを示します。

 

1. 『創』ACIDMAN(10月)

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 2002年の音楽をリアルタイムで聴いていた人でバンドをやっていた人達の中で、このバンドの存在感は非常に大きそうな感じがあった。思うに、出自的に少しメロコア方面のストイックでスポーティーな部分を引き継いでいて*2、そういった要素とダークでラディカルな1990年代後半のロックの感じとを融合させたサウンドをしていて、更に洒落たコード等もサイケデリックな音色も使いこなす辺りが支持されてた印象。なんとなくthe band apartあたりと支持されてた層が被るイメージ。

 プレメジャーデビューのシングル3連続リリースを経ての満を辞してのフルアルバムということで、そのキャッチーなシングル3曲をアルバム冒頭に並べる思い切った曲順は、当然ながらキャッチーさ全開で、彼らの深いファンとは到底言えない自分でも、血のどこかが沸るような感覚を覚える。恋愛の絡まない小難しいことを凄い勢いで歌いながらも、オーディエンスが腕を振れるような勢いで突き進むのは彼らならではのキャッチーさだったんだと『造花が笑う』の強烈さに思うし、『赤橙』の静かに高まっていく様は何というか”名曲”然としてるなあと思う。

 インタールード的なインストや、抽象的で宇宙的なサウンドなど、この後しばらくの彼らのアルバムに共通する要素を既にこの時点で兼ね備えている。アルバム後半もシングル群の勢いに負けない楽曲を絞り出そうという気概が垣間見えるが、それよりもこのアルバムより後でより威力を発揮していく静寂の宇宙の広がりを感じさせるサウンドがここでは少し居心地悪そうにしている気がする。アルバム最後にブチ上げ系のファストチューンが入るのは今作が最後で、何だかんだで当時の彼らは血の漲った若手だったんだなあ、とかも思ったりする。

 ACIDMANの場合、楽曲の勢いと深化のバランスが程よい初期3枚のアルバムが当時のレコード会社の都合により全てCCCD*3として扱われていたことは哀れだった。でも、サブスクに全部あるような今の状況ではそういうのはもう昔話なのか、と思わされる。2002年〜2003年の東芝 EMIは凄い作品がひしめいているけど、それらの幾つかがCCCDだったことは不幸だったと思う。

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2. 『Requiem For Innocence』ART-SCHOOL(11月)

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 元々はUK.Project傘下のレーベルで木下ソロ作品及びインディーズ時代の作品をリリースし、2002年に東芝EMIからメジャーデビューして、その後ポニーキャニオンソニー(キューン)とレーベルを渡り歩いて、UK.Projectに帰ってきた、このART-SCHOOLというバンドはもしかして下北系ギターロックの生き字引のような存在ではないか。THE NOVEMBERSだとかきのこ帝国だとかpollyだとかいったART-SCHOOLフォロワー要素のあるバンド群が軒並みUK.Projectに関係してくるところもなんとなく思わせるところある。

 流石に、この作品自体については上記の記事で書きたいことは書き尽くした。少しでも早くこの、2002年の下北系ギターロックバンドの中でも妄想方面にブッ飛び過ぎていた、鮮烈さと悲痛さのレコードがサブスクにて聴けるようになるのを祈ります。そのためにもまずは、木下理樹さんの体調が良くなって、活動が再開することを祈願。

 どうでもいいけど、上のACIDMANと同じ東芝EMIからのリリースでありながら、このアルバムはCCCDではなく普通のCDとして出されてて、そこには木下理樹CCCDへの懸念と反対の意思があったらしい、というのは、後でそういうのを知って素晴らしいな、と思った。これももう昔話か。

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3. 『崩壊アンプリファー』ASIAN-KUNG-FU-GENERATION(11月)

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 後にソニーからメジャーデビューし、この界隈で何組かしかいないお茶の間にまで届く有名バンドになれた彼らだけども、そのメジャーデビューの際にはこの元々はインディーレーベルから出されたミニアルバムをそのままメジャーで再発している。そのタイミングで『遥か彼方』がアニメ『NARUTO』のオープニングテーマになって、今思えばソニーの新人ギターロック系アーティストがアニメ主題歌等を担当する流れの先駆けだったんだろう。

 元々英語詞でパワーポップをやっていたバンドだったけど、今作収録の『粉雪』から日本語詞を書くようになり、今のアジカン的な歌詞世界が幕開けることとなる。今聴くと、分厚いパワーコードギター+後藤正文の不器用さと真面目さが並走するポップなメロディのボーカルのアジカンサウンドは既に大いに完成していて、そのサウンドキャラクターを強く押し出して、その妨げとなる他の音楽性は排除したような雰囲気さえ感じさせる。『ソルファ』まででバンドの重要なキャッチー要素となる4つ打ちのビートすら実は『サンデイ』で既にちょっとだけやってたりするのは気づいた時笑った。ジャケットも長い付き合いとなるイラストレータ中村佑介氏がはじめから担当している*4

 一方で、特に『遥か彼方』の、キャッチーなパワーポップが途中から半ばグダグダ気味に曲調を変えていく様は、このバンドがシンプルなパワーポップだけで完結したいバンドじゃないんだという意思を僅かに覗かせている。メジャーとマイナーを行き来する感じも冒険的な勇ましさがある。あとは最後の曲『12』の、英語っぽいけどすごく日本語的な何言ってるかよく分からない響きに、日本語詞で正解だったな…という思いがする。

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4. 『jupiter』BUMP OF CHICKEN(2月)

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 今回扱う10枚のアルバムで最も売れたのは圧倒的にこれ。当時、青春パンク勢に売上でも中高生からの人気でも対抗できたのはバンプだけだった。2001年のメジャーデビュー後の第2シングル『天体観測』が大ヒットしていて、「ギターロックバンドってロマンチックかも」と多くの将来ある中高生を拐かすことに成功してたんだと思う。「午前2時に家を出て、”君”と星を見にいく」なんて光景のピュアなロマンチックさはナイーヴ寄りの少年少女の大いなる憧れとなって、後世には例えばSupercell君の知らない物語』とかがあの曲の後に続いていくだろう。

 そんなロマンチックさを背負ってた割には、案外地味な光景ばかりを描いたアルバムだなあという印象が当時も、大変久々に聴き返した今回もある。「ヒロイックでロマンチックな物語・寓話みたいなのの名手」としてのバンプはインディーズ時代のアルバム『THE LIVING DEAD*5の方が分かりやすい。”物語の世界”から”普段の日常の光景や、そこでの思いやり”にメジャーデビューで着地したその落ち着き具合には、そういえばスカートのメジャーデビューもこんな感じだったな、って思った。

 ただ、彼らの場合この次のアルバム『ユグドラシル』はもっと寓話的な傷ましさとか勇ましさとか哀愁が漂う作風になっていて*6、『jupiter』の落ち着き払った曲調や歌詞世界は一体何だったんだ…という気にさせられる。そんな中で『天体観測』と同じシングル曲で、下北系ギターロック的な冷ややかさと傷ましさと幻想性を持った『ハルジオン』はかなり異彩を放っていて、今聴いてもこの曲はとてもいいなって、昔と同じままの鮮烈な印象が残っていく。こういう路線が後の『カルマ』とかに繋がるんだなっていう。やっぱり”中二病”という言葉を気にせず突き抜けていくような鮮烈さは、未だに時々胸を打つものがあるのかもしれない。サウンドの基調さえ変えながらいまだにそういう世界に現役で飛び込んでいく彼らの姿は、頭では尊敬しつつもなかなか身体がついていけないけども。

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5. 『自己暗示の日/kageokuri』BURGER NUDS(3月、8月)

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 今回扱う10組の中で、唯一サブスク上に作品が無い*7このバンドは、メジャーに上がらないまま2003年に解散したため元々から音源の入手が微妙に難しかったことも含めて、ある意味で伝説的な存在にもなるし、また語り継がれないと消えていってしまう存在のようにも思える。2014年の再結成後、2017年の新作アルバム発売の際にサブスク解禁すれば良かったろうにと…思ってしまう。

 彼ら、フルアルバムは解散直前の『sympony』のみで、それ以前のリリースはシングルとミニアルバムで占められる。今回取り扱うのは、2003年3月リリースの3曲入りシングル『自己暗示の日』と8月リリースの6曲入りミニアルバム『kageokuri』をコンパイルした2014年の再発リリース。これでいい具合にフルアルバムサイズになっていて収まりのいい具合なのでオススメです。

 3ピースバンドで、繊細でネガティブな曲調と詩情を持った彼らは、身も蓋もないことを言えばsyrup16gと大雑把な印象がかなり被ってて、よりインパクトの強いそっちに持って行かれたまま埋没している感じがする。門田匡陽の声がまた、五十嵐隆藤原基央の中間みたいな声をしていて、やっぱりなんだか被りがひどい。もっと身も蓋もないことを言えば、この手の3ピースバンドは、音のバリエーションとしてはクリーンなコードカッティングと綺麗なアルペジオと激しいディストーションサウンド”のみ”で楽曲を展開しないといけない、なので曲の雰囲気の支配力と、その中で数少ない選択肢をどう駆動させるかで勝負をしなければいけない。そんな中で、syrup16gと曲の方向性が被ってるのは、かなり気の毒な感じがある。

 だけど、方向は似てても、曲を作って歌う人が違うから、演奏するメンバーが違うから、録音環境が違うから、だから案外BURGER NUDSの独自性は全然存在する。それはインディー録音の寒々しさがもたらしたのかもしれない、乾いたスカスカ感だとか、静パートでの少々ダブっぽいアレンジセンス*8だとか、曲がスローテンポな時のそこはかとないスロウコアな感触だとか*9。曲によっては展開を細かく切り替えたりして、3ピースバンド特有の”サウンドの幅を出し辛い”弱点を補おうと努力していて、その様には独特の壮絶さを感じることもある。

 ちょっと憂鬱げな高速ロックチューンは、アジカンのヒット後のソニーがアニメ用に送り出した沢山の”当時新人”ギターロックバンド達の楽曲などのせいで食傷が進みすぎてる。むしろミドル〜スローテンポにこそ彼らの張り裂けそうな魅力が豊かに感じられていい。アコギメインで淡々と進行していく『タネリ』のいい具合に冴え渡った”冴えなさ”や、9分弱を静寂と緊張感と弛緩とで、爆発しすぎないままに埋め尽くしていく『鋼鉄の朝』の雄大な感じこそ、これだけギターロックが溢れすぎてしまった今の日本において、彼らの輝きの独特さが際立つ場面だと思う。

 

死んだふりしようよ 誰にもばれない場所で

狂気のような夢で殴って 救いはない 怯えもない

ただ また 朝

              『鋼鉄の朝』

 

 syrup16gの現実に根ざしすぎた憂鬱でもない、ART-SCHOOLの理想の鮮烈で破滅的な光景を描くような情熱でもない、もう少し曖昧な、でも確実に憂鬱で、しかも少しばかり魅力的に手招きするような”冴えない”詩情が、サブスクに無い、CDを入手し辛いという壁の向こうで待っている。ぜひ見つけに行ってほしい。

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 米津玄師が影響を受けたものの中で挙げているとかいう話も聞きます。そんなもので彼らの音楽の価値自体が増えたり減ったりするものでも無いはずだけども。果たして。

 

 

6. 『ホーム』GOING UNDER GROUND(9月)

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 2001年にメジャーデビューを果たしていたGOING UNDER GROUNDにおいては、この2002年には既に2作目のフルアルバムをリリースできている。「Weezer経由のパワーポップサウンドをキーボードでより煌かせて、そこにスピッツの甘酸っぱい箇所”のみ”を強烈に注入させた音楽」として1stフル『かよわきエナジー』で存在感を示した後のこの2ndアルバムでは、彼らは順当なステップアップを果たしている。ただ、このバンドは常に”順当なステップアップ”をしていくばかりだったために時代に埋もれていかざるを得なくなった印象もある。近年の作品はそこから脱却しようと苦労しているのかなと思う。

 でも、新人バンドが早々に出してくる2ndフルアルバム、としてこの作品は実に的確にフレッシュで、かつしっかりステップアップした作品だと言える。その、”飛躍”としてステップアップした部分はシングル2曲に集約される。マイナー〜4度コード主軸の王道で下北系な響きを、ギターロックの疾走感に大きく舵を切った『ミラージュ』と、そして勇敢で広大なファンタジーを魚のアナロジーで言葉にもメロディにもサウンドにも活かし切った彼らきっての名曲『ランブル』の2曲が、ともすれば2作目にして早くもマンネリに陥りかねない*10彼らのアルバムを劇的に昇華している。大都市の光景をファンタジックに彩りきった『ランブル』の世界観は、彼らだからこそのものだ。

 その2曲の張り裂けんばかりのテンションが3曲目と10曲目にあるからこそ、彼らの典型的な”胸キュン”に失踪するポップナンバーも、アルバム中盤以降のじっくり聴かせたいナンバーも活きてくる。シングルの置き場が実に的確で、本当にこのバンドは順当なことばっかりだって気持ちになる。

 おそらく彼らで一番有名なのは次のアルバムの冒頭に収録された『トワイライト』で、そこで一気にマスに行く予定だったんだと思う。今ひとつそうならなかったのはよく分からない。まさかCCCDの呪いだろうか。逆になんで彼らのアルバムで『ハートビート』*11だけCCCDになってしまったんだろうか。ついでに昔話をすれば、当時は同じビクターに所属するくるりの2004年のアルバム『アンテナ』がCCCDを回避したことで盛り上がってたことがあったんだった。

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7. 『LIGHT, SLIDE, DUMMY』MO'SOME TONEBENDER(10月)

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 この人たちは正直別に全然”下北系ギターロック”っぽくないなあ、とは思いつつも、無視できる作品では到底ないので取り上げる。福岡出身の3ピースバンドである彼らは、もっと極端でハードコアな音楽を参照している彼らは、BURGER NUDSのところで書いた方面の3ピースバンドとしての被りは全然気にする必要が無かった。2001年にメジャーデビューしてそこそこハードコアなメジャー1stアルバムを出して、そしてここでよりハードコアに振り切れたこの2ndアルバムを出して、まあ売れなかったのか、一度インディー落ちする。その後またメジャーに戻ったり、3ピースの限界を感じたのかドラマーがギタリストに転向して4人バンドになったり、かと思ったら元ドラムがいつの間にかART-SCHOOLでドラムを叩いていたりと、色々と不思議な躍動の仕方をしていたりする。GOING UNDER GROUNDは作風が安定しすぎたけど、彼らの場合は作風がハチャメチャすぎで、そのハチャメチャさこそがアイデンティティと自認してる節がある。

 2曲目にはポップなメロディが出てきた前作と違い、冒頭からメロディですらない何かを喚き散らし、その勢いのまま5曲目までメロディを半ば無視したハードコアにハンドの乾いて重たいアタック感ばかりを叩きつけ続けるアルバムが上がってきた時、メジャーレーベルの担当者はどんな気持ちだったろう。6曲目『idiot』が一転、彼らのバンドサウンドの苛烈さが見事にポップさに繋がって爽快に突き抜けていくのを目の当たりした時なんかは「どうしてこういう曲をもっとアルバム前半に持ってきてくれないの…」と嘆いたかもしれない。このアルバム、終盤にポップで抒情的な楽曲が固まってるのもまた、メジャーレーベル担当者からしたら嫌がらせのような曲順をしてる。多分数年後に別のレーベルで出るアルバム『Rockin' Luuula』*12を聴いた時に、「これだよ!こうして欲しかったんだよ…!」と悔しかったろうな。

 ポップさを気にしないのであれば、冒頭『凡人のロックンロール』から『idiot』まで6曲連続で、手を替え品を替え、激しくバーストしたバンドサウンドが叩きつけまくられるのは爽快感に満ちている。むしろこの23分弱の流れの連続性には強い必然性が感じられる。比べて、アルバム後半はもっと熱の無い感じというか、無機質な方向性で狂気を、またはロマンチックさを漂わせる。スリリングさの中にポップさを忍び込ませるのではなく、前半はライブのように激烈に、後半はより深い場所で聴く音楽みたいに並べて見せたのは、別にレーベル担当者への嫌がらせではなく、当時の彼らの、彼らなりの「リスナーが世界観に没入できるように」という心遣いだったように感じられなくもない。でも、やっぱ5曲目までの曲順は攻めすぎ。Number Girlの同じ年の『NUM-HEAVYMETALLIC』でももっとポップな曲順してるぞ、って気になる。いや、でもやっぱモーサムはこれでいい。これがいい。こういうアホな感じを彼らはまた数年後のアルバム『SUPER NICE』*13でやってみせる。その後はより思い切りの良すぎるバカなことをやっていく。

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8. 『初恋に捧ぐ』初恋の嵐(8月)

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 今回取り上げる10組の中でも特殊で、このアルバムのリリースがされた頃にはバンドの中心人物だった西山達郎はもうこの世にいなかった。2002年の3月に彼は亡くなり、制作途中だった楽曲群は、幸い西山の歌は録音されていたものが残っていたのか、残されたメンバーでどうにか制作が続行され、シングル『真夏の夜の事』及び彼の歌で絞められた唯一のフルアルバムである本作がリリースされた。

 サニーデイ・サービスが開いた抒情派路線、メロディアスな歌と楽曲が中心で、バンドの3ピース編成をあまり気にせず音源では様々な音を重ねてトラックを作り込む系譜のバンドとして、まさに直系の存在の筆頭になろうとしていた矢先の逝去だった。まあ言うて、サニーデイ直系なサウンドのダビングが華やかな楽曲は『真夏の夜の事』と『涙の旅路』の2曲で、他は案外隙間の大きい3ピースバンドの演奏を活かして、西山の青臭くも結構泥臭くねっとりしたボーカルの存在感が強い歌の数々になっている。一際バンドのヤンチャさを強調した疾走チューン『NO POWER!』が一番ボーカルトラックの状態が良くないのが露骨に分かるのは痛々しいけど、その他の楽曲においては、彼の声は時に繊細に抜けていき、時にソウルフルさを感じさせもする。

 印象的なバンド名をそのまま貫き通した、冒頭の爽やかに疾走する『初恋に捧ぐ』は、スピッツ直系の爽やかなアルペジオに導かれて快く弾けていく楽曲は、無事リリースされていれば彼らの代表曲として、スピッツサニーデイのポップさを継承し、更新していくその第一歩として邦楽史に記録されていたかもしれない。後にそのスピッツがコンピレーションアルバム『おるたな』にてこの曲のカバーを収録したことは、本当に”故人を悼む”行為そのものだった。

 スピッツサニーデイ・サービスの間にある”ポップさ”へのフォロワーはメレンゲだとかママレイド・ラグだとかをはじめ様々なプレーヤーが現れていく領域だけど、まずは彼らが、初恋の嵐というバンドがいたことは、ずっと心に留めておきたい。 

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9. 『アラカルト』フジファブリック(10月)

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 こっちも、中心人物が故人になってしまった。2009年の逝去まで志村正彦を中心として活動を続けてきたバンド・フジファブリックの最初の正規流通音源であるこのミニアルバムは、最初に組んでいた地元のメンバーが3人抜けた後、新たに3人加入した状態で録音され、リリースまでにうち2人が脱退し、その後志村以外の2人もそれぞれのタイミングで脱退している。現メンバー3人のうち2人が同じ年の12月にようやくサポートで加入し*14、現在のメンバーの中心人物である山内総一郎は2003年の8月からサポートで加入*15している。つまり、この作品を制作した人間は志村も含め全員もうバンドに存在していない。そんな作品はこれだけで、そう思うと不思議な作品だ。

 再生すると、冒頭から”グルーヴィー”と称されるべき、ワウ含むギターのカッティングやベースのうねりの効いたサウンドで、いい具合に”垢抜けない”方向の昭和的なメロディを歌う『線香花火』が聴こえてきて、特にメジャー1stフルアルバムまでに濃厚に感じる”和”な方向の志村節が強く感じられる。他の楽曲も、やたらとテクニカルな演奏で歌謡曲的な雰囲気と妙に奇妙なスタイルの志村メロディが、マイナー調だらけのコード感の中でヘンテコな響き方を繰り返していく。その佇まいはこの国の土着的なメロディの感じも思わせつつ、そこに志村の変な癖と昔のロックに接続したいと急ぐ感覚とが混ざって、複雑なコード進行とサウンドになっていく。メジャー1stの中盤に入っていたポップさをあまり求めてない楽曲と似たような雰囲気が続く。

 ディスコ調のビートが剽軽な響きを生み出した『ダンス2000』で漸く、メジャー以降の彼らの代表曲に連なるノリが感じられる。そして最後は、例外的にメジャー調のメロディと、素直にエモーショナルでポップなメロディを持った名曲『茜色の夕日』が、メジャー以降に再録されたバージョンばかりを聴いてきた耳には新鮮なアレンジで響いていく。隙間を活かしたここでのアレンジの具合も、ワウを活かした間奏をはじめ、これはこれでしみじみとするものが確実にあって、確かにメジャー再録バージョンが決定版かもと思いつつも、かなり拮抗したバージョン違いになっている。

 

僕じゃきっと出来ないな 出来ないな

本音を言うことも出来ないな 出来ないな

無責任でいいな ラララ

そんなことを思ってしまった しまった しまった

 

             『茜色の夕日』

 

 ”下北系ギターロック”から遠く離れた昭和情緒で彩ったサウンドに隠された、志村正彦という人間の弱くて、だからこそ美しい部分は、ここにその原初を見ることができる。1stフルアルバムまではなかなか見えてこなかったこのメロウな要素が、バンドが昭和情緒を捨てて変化していく中で次第に大きくなっていって、終いには”下北系ギターロック”への憧れとこのメロウな弱さでグチャグチャになったアルバム『CHRONICLE』に到達するんだらか不思議なもの。そんな展開をこのミニアルバムの時点で『茜色の夕日』1曲だけで予想できた人なんていないだろうし、そんな彼がそのアルバムの後に死んでしまうことなんて本当に予想さえしなかっただろう。

 フジファブリックは現在も活動を続けるバンドだから、2000年結成のバンドはもう既に志村がいた時期よりもいない時期の方が長いことになる。彼が死んだから、彼のこういう弱さが胸を打つ、ということでは無いはずだ…と、内心穏やかでない気持ちが湧き上がってくる。いつの間にか『若者のすべて』が”日本の名曲”のひとつになったから、きっと彼が忘れ去られることは無いだろう。そしてこれからも多くの人が、彼がいなくなったことに胸を痛めたりし続けるんだろう。そういうのはきっと、こういうタイプの曲なんだ。

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・・・・・・・・・・・・・・・

前編終わりに

 以上で前半の記事は終わりになります。適当に並べただけなのに、故人のいるバンドが2連続になってしまって、書いてて何か申し訳ないことをしている感じがしました。

 勿論、この記事及び次の記事で取り上げる全10組のバンドだけで”下北系ギターロック”の全てを語ることなどできるはずがありません。この2002年だけでも、正直不得意なので外した重要アルバムも何枚かありますし、2002年より後も何年間か、重要なバンドや作品が登場し続けます。なので、あくまでもここでの9枚+次の記事の1枚は、何かの参考・不出来なサンプル程度に考えてもらいたいものです。

 下北系ギターロックの文化というのは、考え方によってはそれはこの国における”ギターロック”の文化をある方面に固定化してしまったとも言えるかもしれません。アルペジオと轟音の繰り返しだとか、薄暗くて透明感のあるコード感覚とか、クランチのギターをかき鳴らして疾走するスタイルだとか。こういった文化が次第に行き詰まって、それに対するオルタナティブが2010年代前後の世代だったり、東京インディーの一群だったりするのかもしれません。

 思うのは、でも、こういったギターロックを改めて聴いて、カッコいいな…って思える自分がまだいることに対する安堵感でした。そしてそこから、えっ?こういうの全部を”ダサい”とか言ってしまうのって無理でしょ、そういうこと言う人がいるんだったら、おれは理解できねえ、って気持ちになりました。

 下北系ギターロックの少ないバンドは、くるりスーパーカーやNmuber Girlや七尾旅人がこの2002年に到達した「日本の日常の光景から遥か遠くの、何か不思議で不安でだけど拓けた光景」には達しなかった気がします。ずっと下北沢の街の光景の悲喜交々だけを書き続けて終わったバンドもいれば、ギターロックのスタイルで同じような遠く離れた世界を目指して、それが成功したようなそうでも無いようなまま終わったバンドもいます。後追いの我々は、そういった様々な運命を辿ったバンドを、遠く隔てた時代の地点から、自分の適当なセンスで好き勝手に称賛したり断罪したりすることが出来てしまいます。

 ぼくは、少なくとも今回取り上げた9枚+次の記事の1枚については、断罪できるものならやってみろよ、というつもりで文章を書いたつもりです。願わくば、ここに取り上げた作品たちが、”昔の、ある時代の作品”ではなく、”今を生きる我々の日常に流れる音楽のひとつ”として生き続けてほしいと、そう本当に思います。こんなことをぼくなんかが願わなくても、作品の方で勝手に生き続けていくんだろうとも思いますが。

 

 以上です。

 後半は、残った1枚のアルバムの全曲レビューになります。なぜそうなるかと言えば、そのアルバムが”下北系ギターロック”の最高傑作候補の1枚であるから*16です。気合を入れて書きます。作品の気迫からして、言及する方もそれなりに気合を要求されてしまう類の作品だと思いますけどね『coup d'Etat』は。お楽しみに。

 

追記:後編書きました。1枚のアルバムだけを扱った記事なのに何故かこの前編よりずっと長い文章になってます…。

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 なお、2002年という年の音楽については、格別の思い入れがあり、過去にこういう記事も書いています。今見ると文体が古い…。サムネ画像もなんか消えてた…。

ystmokzk.hatenablog.jp

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そして、2002年と言わずオールタイムでベストなアルバムの話も書いています。

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*1:レコファンが閉店した、というのは、下北沢に通うような暮らしをしたことのない自分でも驚いた、そして悲しくなった出来事でした。

*2:所謂”AIR JAM”系統なノリか。

*3:コピーコントロールCD。パソコンに取り込むのに制限がかけられたCDで、これは違法コピー対策として行われたものだけど、当時から様々な欠陥が指摘されていた物体で、結局2000年代後半には廃止になって、元々CCCDとしてリリースされたアルバム等の再販が行われた。今では多分こうして書こうともしない限り、時代の徒花に成り果てた概念だなって思う。違法コピー以上に悪質な違法ダウンロードに対して全く無力だっただろうし。

*4:むしろアジカンがきっかけで中村佑介のイラストが有名になっていった順番だったかもしれない。

*5:2000年3月リリース。『K』とか『グングニル』とかのFLASH動画で育った世代に筆者も属している。

*6:思うに、藤原基央syrup16g五十嵐隆と親交があって、そこから得られたネガティブギターロック成分が『乗車券』『ギルド』等の世界観に活かされているんだろうかって思ったりする。

*7:今調べたら、再結成後のアルバムだけApple Musicにあるっぽい。

*8:『OK Computer』の頃のRadiohead由来とかなのかな、と思ってたらコメントで指摘があって、違うらしいです。

*9:まあスロウコアと思って聴くと、アグレッシブな高速ナンバーで「やっぱ違う…」と思ったりはするけども。

*10:それだけ、彼らが『かよわきエナジー』の時点で自分たちのサウンドバリエーションをいきなり高度に完成させていた証拠でもある。

*11:2003年10月リリース。

*12:2005年12月リリース。エネルギッシュで破壊的なロックナンバーと抒情的な楽曲がバランスよく並ぶ様は、Blankey Jet Citythee michelle gun elephant亡き後の日本のロックンロールの理想系の一つだったろうな。『ペチカ』のセンチメントさは全くベンジーに引けを取らないしむしろある面では凌駕してるとさえ言えそう。

*13:2007年2月リリース。ただ、こっちはシングルがブッ飛んでるだけで、曲順は案外ポップで聴きやすい。むしろ同じ年の10月にもう1枚アルバム『Cow』をリリースしてることの方がぶっ飛んでる。

*14:2003年1月に正式加入。

*15:2004年1月に正式加入。

*16:個人的な感情から言えば、それは圧倒的に『LOVE / HATE』なんですが、世間ではそうでも無い感じもあるので。。