ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『text』昆虫キッズ

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 東京インディーきってのパワフル・ファンシー・ストレンジ・ロックバンドな昆虫キッズのセカンドフルアルバム。全国流通盤2枚目。正確には豊田道倫 with 昆虫キッズ『ABCD』を挟むけれども。ジャケットのイラストがどことなくナンバーガールっぽさが出てる感じののっぺらぼうっぷり。

 昆虫キッズの作品としては今作から、前作までと異なり全てきっちりとレコーディングスタジオで録音されたものになっている。エンジニアに近藤祥昭(GOK SOUND)、マスタリングに中村宗一郎といった布陣で、収録曲13曲を5日間で一気にレコーディング&3日でミックスダウン。いよいよロックンロールバンドとして纏まりのあるサウンドを鮮烈に響かせる作品になってます。作詞作曲は全て高橋翔。今作が彼らの作品で一番ロックンロールバンドしてるかもしれないな…。

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1. nene(1:38)

 短く、昆虫キッズ的な切なさを切り取って提示するアルバム導入曲。前作と同じくのもとなつよさんのボーカル曲でアルバムが始まるけど、今回は高橋翔作詞作曲。前作の『きらいだよ』と違って、いきなり今作的なギラギラした音の感じが薄ら覗くような楽曲。

 緊張感に満ちた鳴りとリバーブ感のエレキギターつま弾きで始まって、そこにウィスパー気味なのもとボーカルが乗って、不思議にキリキリした雰囲気。そしてそれが4行の短い歌詞を歌い終えると、佐久間裕太ドラムの物凄い連打が曲の最後まで挿入される。物凄い連打の中でヨーロピアンでメランコリックに優美なラインをエレピがなぞっていく。こういう感じのフレーズが昆虫キッズ的な切なさの根底にきっとあって、こういう感じはバンドの最後まで、むしろそれ以降の高橋翔の作品でも引っ張っていく類のもの。寂しい余韻もそこそこに、次の曲の冷徹で鮮烈なイントロに連なっていく。

 歌詞は短くて、ここに書いてしまうならば全文引用しか術がない。でも、何となく端的に「昆虫キッズだなあ」と思わせる類の詩的な雰囲気がある。これをのもとさんのやわらかボーカルで歌われるのは、やっぱり高橋翔の狙いが冴え渡ってる感じがする。

くすねた りんごの味  夜明けに溶かされる

あるべき姿だけ 写した子供のよう

 

2. いつだって(2:48)

 再生した瞬間の鮮烈なドライブ感!今作的なロックンロール具合を象徴するような、潔くて爽快なイントロ。「ギターとドラムがシンプルに演奏してピアノがちょっと味付をしてるだけ」に見えるイントロがどうしてこうも鮮やかに響くのか。しかしよく聴くと、ドラムはただの8ビートではなくて微妙に複雑にシンバルやスネアを叩いて疾走しているし、何よりもギターの音が、『SAPPUKEI』以降のナンバーガール的な、ジャッキジャキな上にスラップディレイでビリビリな感じに異化された鳴りをしている。今作ではこの、高橋翔によると思われるジャキジャキスラップディレイ*1なギターのコード弾きがサウンドで重要な位置を占めている。ギターのギャリギャリなカッティングと変幻自在なドラムでガンガンに展開を作っていく。

 イントロの勢いそのままに歌に入っていく。高橋翔による歌、というよりも、絞り出すか、もしくは叫ぶかのような、歌い上げ感のかなり薄いボーカルに、元々の音程の不安定さも含めて苦手に思う人もいるだろうけれども、しかしこのボーカルの勢いはまさに、この楽曲のドライブ感と完全に一致している。「上手・下手」とかの価値観と全然別の次元で壮絶に響くボーカルの感じに、強烈な記名性を感じさせる。

 サビの3連へのリズムチェンジでドライブ感に強引にブレーキをかけ、歌メロディ共々高くブチ上げるのもまた鮮烈。王道進行的な切なげなコードの上を荒々しい不器用さ全開で駆け上がるボーカルの炸裂する感じに、楽しさとかそういうのを振り切った、清々しい壮絶さを感じる。サビ後の元のリズムに戻る接続の勢いや、名状しがたい情念がこもった不器用にドロッとしたスキャットもまた独特のキャッチーさがある。

 2回目のサビの後にはのもとボーカルに切り替わり、ブレイク的な展開の上をキリキリした切なさでCメロ的に展開し、そして最後の高橋翔Aメロに突き進む。この辺りのキリキリした緊張感と、それでもある種の爽やかさを保ったままある感じは、やはりナンバーガールの趣と似たところがありながらも別種で、昆虫キッズならではという気がする。3回目のサビを実にあっさり終わらせるあたりも、その意表の突き方の鋭さが光る。

  歌詞について。少しのシュールさ、色々な不機嫌さを詩的に転化しながら、突き抜けられない感覚を突き抜けた勢いで歌う高橋翔の勢いはちょっと神々しい。

いつだって悲しいことから逃げれない

カビた言葉で心うるおさぬよう

この、諦めと潔癖さのせめぎ合う感じが本当に絶妙に「男の子」だと思う。そして最終のAメロの歌詞は、冒頭の荒々しさのベクトルが街の人々や聞き手に、彼らしい優しさを添えて向けられる。

レレレ、レモンの匂い嗅いだような顔で起き上がれ

渋谷の海で泳ぐ魚なんていねーよ

ふざけた連中も一人きりしゃがんでら

地味な羽は明日も脅え腐っているけれど

 鮮烈さが売りなアルバムの、その鮮烈さの質感を高々に告げる1曲。

 

3. サマータイマー(3:37)

 前曲の唐突に途切れた勢いをそのまま拾い、ブレスからいきなり演奏も歌も全開で始まるこの曲は、昆虫キッズの代表曲のひとつ。前曲の勢いにさらに優雅なサイケデリアやノスタルジックさが、昆虫キッズ的なシュールさとともに鮮やかに付加された、個人的には彼らの名刺代わりの曲だなあ、と思うような1曲。

 上記のとおりいきなり勢いのあるボーカルと演奏。ただ、ギターは前曲のジャリジャリさゴリ押しに代わって、コーラスでキラキラに揺らいだアルペジオが曲タイトルに合った清涼感や透明感を表現する。ライドシンバルを連打するドラム、そして独自にラインを描いて駆け抜けていくベースも込みで、まるで夏を泳いで渡るような感覚がする。

 そんな感覚は、ブリッジでヘンテコなのもとコーラス*2と、2本のギターがかたや呪文のような単音フレーズに、かたや水を切るようなコードカッティングによって風景を拡大していく。そしてサビのブレイクを挟みながらの演奏の隙間で高音と低音を駆け抜けるボーカルの精一杯の「気取りっぷり」によって、淡く収束していく。あとはひたすら各パートの繰り返しの度に、一部音を抜いてみたり、間奏で美しいギターの掛け合いを見せたりと、バンドが出せるアイディアを全て淡く優美な「夏っぽさ」に捧げていく様の鮮やかさと涼しさが曲の最後まで駆け抜けていく。

 サビの最後でメロディが低音に収束するまでずっと浮き足立ってるような・半分シャウトし続けてるようなボーカルには今作でもとりわけ危うい感覚もあるけれども、その危うささえこの曲ではその淡くすっぱ苦い光景を映し出すために必要なパートだと思う。この曲での高橋翔のギリギリの高音ボーカルに宿る感覚は「優雅で大人な夏」みたいなイメージに対する最高な中指の立て方だし、かつてスピッツ等が作り上げたであろう日本のキラキラして少しサイケデリックな夏のイメージを、彼らは映像喚起力に満ちた演奏と、ボーカルに象徴される精一杯に“キッズ”であろうとするそのアティチュードで、新たな地平を切り開いたようにさえ思う。

 そしてそんな新鮮な夏のイメージを縁取る言葉の数々の、テキトーさと切なさとが絶妙に混濁した具合がまたとても美しい。

3分間で夏を終わらせて サマータイマー サマータイマー

30分で髪を金色に サマータイマー サマータイマー

3年間で学んだ処世術 サマータイマー サマータイマー

3億年でほとぼりは冷める サマータイマー サマータイマー

軽妙で軽薄そうに見える言葉遊びの中にさらりと「ほとぼりは冷めることがない」という意味を差し込むことの鋭さが特に光る。

葉っぱの裏で待ってんだ 照らされぬように張ってんだ

それは君の名前ん中 溺れそうなもの

鉄くずの町、出会った ちぎれた愛とソウル持って

そして僕のゲロとレター 置き去りのまま

そしてサビのこの歌詞の素晴らしさ。初期スピッツ的な根暗さを剽軽さに鮮やかに書き換えて、そして学生的なバカっぽさとだからこそのロマンチズムを差し込むことを忘れない。昆虫キッズの歌詞の中でもとりわけ印象的なもののひとつ。

 今作でも『太陽さん』と並んで代表曲的な存在感がある。実際ライブでは定番な曲のひとつで、ライブではその煌めきのサウンドがより生々しい実態を伴って叩き込まれていた。

 そういえばこの曲は音源ではエレピをスカートの澤部渡が弾いているらしいけどいまいち聞き取れない。演奏に溶け込んでるっていう感じなのか。

www.youtube.comのもとさんの服可愛すぎか…。でかいベースをブンブン振るのかっけえ。

 

4. FLY(4:33)

 再生直後からシャッフルビートな演奏とともに聞こえてくるのもとコーラスのヘンテコで音程が曖昧な感じによって前曲までの緊張感から解放される、今作でもとりわけピースフルな感じが出てる曲。ここから数曲は今作でもまったり目の曲が続く。

 明るいコード進行にシャッフルのビートで、ギターの感じもフォーキーに徹して、実際アコギも録音されている。そしてコード弾きの隙間にちょっとだけフレーズを入れ込む冷牟田敬のピアノワークが、地味目な味付けながらポップなアクセントになっている。今作では彼はギターよりもピアノを弾いていることの方が多く、ピアノの時の彼はギターの時よりも職人的なプレイを見せる。上手いとかよりも、ピンポイントで聴かせる感じというか。

 サビでは曲名のとおりメロディは飛翔し、高橋翔もコーラスののもとなつよもファルセットを交えて高音を歌い、剽軽なリズムチェンジのミドルエイトを抜けた後にサビに戻ると今度は全面シャウト気味な歌唱に徹してエモめな変化を付ける。でも高音のギリギリ感の後すぐにイントロと同じのもとコーラスが繰り返されるので、やっぱりファニーでピースフルな感覚が維持され続ける。

 歌詞も、この曲の日差しの下のような曲調と同じように、優しさが滲んでいる。それは、普段は見えてこないようなみっともないことをさらりと無意味気味に肯定するような、ギリギリの優しさだ。

探そう 優しかった僕を 春に染まるバルコニーで

ランジェリー 燃えるようなサンバを 君と君と 踊る

なぜかFLY おびえていいんだよ 手を離すときがきて

かがやき求めて落ちていく いびつな心へ

特に下段のサビの歌詞なんかは、やっぱりどこかスピッツ的な、価値観のコペルニクス的転回具合がビビットに描かれている。

 

5. ミスターロンリー(4:22)

 いきなりマーチングバンド風なスネアロールが入って、ホイッスルを合図にヘンテコな旋律をアコギとフルートとマンドリンで、そしてやがてのもとさんとゲストたちの女性コーラスで追いかける歌が始まる。バンドでガツガツ演奏する感じから離れた、今作でもとりわけファニーでユーモラスでトリッキーな曲。今作でもとりわけゲスト参加が多くて、東京インディー界隈の賑やかな感じが出てしまってる曲でもある。

 上記のヘンテコな繰り返しがある程度繰り返されて崩壊して、雰囲気を突き破るようにそれまでと全然違うバンド演奏と高橋翔ボーカルのサビセクションが登場する。殆どシャウトじみたボーカルで、特に最高音まで声をしやくり上げる様は本当に必死でかつ一杯一杯な感覚が漲っている。その最高音の直後に女子コーラス隊が入ってくるところはやっぱりピースフルな感じがするけれども。このセクションもアコギと冷牟田ピアノの響きが利いている。

 ヘンテコな曲だけど、ヘンテコなコーラスはやっぱりシュールな言葉遊びの歌詞が付く。でもサビのところの歌詞はどこか自嘲めいた調子で、シュールさを突き破る切実さが覗く。

ハートに火を点けないで 実はもうとうに灰になってんだ

ミスターロンリー 戻れないバカげた旅

www.youtube.com変な曲だけど、変なPVがなぜか作られてるので貼っときます。殆どSound Only的。

  

6. ハネムーン(4:01)

 ピースフルな前2曲からさらにゆったりして、リゾート地でぼんやり夢見心地みたいな雰囲気が充満した曲。高橋翔のポップセンスは時々リゾートっぽい質感が飛び出してくる。まったり具合が極まった曲。

 リバーブが利いたギターの音色は程よくドリーミーで、ふやけたボサノバみたいなふにゃふにゃした優美さが垂れ流される。音響感はUSインディ的なドリームポップ具合なども意識してそうで、そんな音像がずっとループしていく。そんな中で高橋翔のボーカルはナルシスティックな歌い上げ方をしながらも、やはり緊張感(技術的な意味も含む)があって、曲調との間に不思議なギャップを生んでいる。のもとコーラスとピアノの艶やかな響きで優雅さは回復されるけれども。

 この曲の最大の特徴は、歌が終わった後の1分以上にも渡るギターソロパート。モジュレーションを深く掛けられた揺らぎまくりの音は安らかな音響の中を自在に泳いでいき、時にはロングトーンで気だるさを発揮したり、昆虫キッズ的なヨーロピアンさに寄せたラインも描いたりする。このギターソロはTHE NOVEMBERSの小林祐介氏によるもの*3。今作リリースの2010年と同年には『Misstopia』をリリースしシューゲイザーに接近していた彼のプレイはやはり感覚的で、この曲に甘美なアウトロを添えることに成功している。成功しているけれども突如ブツ切りにされてこの曲は終わり、余韻は騒がしい次曲のイントロにかき消される。

 歌詞もメロディのゆったりさに合わせてそんなに文量が多くないけれど、やはり不思議な言葉の連なりで不思議でちょっと切ない世界を作り出す高橋翔のセンスが光る。

肺に空いた穴を見つめあう二人 その穴に挿した一輪のガーベラ

焦げた真っ赤なソファに腰掛けるたび ハネムーンの思い出が甘く香る

 

7. 花とエルボー(2:45)

 今作のまったりの極みだった前曲がブチ切られて、その余韻の一切を消し去る騒がしい演奏がいきなり始まる。昆虫キッズ流ロックンロールが連発される今作アルバム後半の始まり、といった感じで、高橋翔のグチャグチャな破壊力が突っ走っていく曲。

 『いつだって』で掻き鳴らされた例のジャキジャキスラップディレイギターがここでもがむしゃらに掻き鳴らされ、アコギやピアノ、そして獰猛なリズム隊と共にマイナー調で突進していく。高速の3連符で爆走していく楽曲は、のもとコーラスの変なフレーズと高橋翔のほぼ全編シャウトなボーカルがクロスしてドライブしていき、ピアノのプレイもその交差の前後で弾き方を変える。そしてドラムの圧倒的な手数。

 1回だけ登場するBメロはかなりグダグダなメロディになっていて、高橋翔の混沌とした世界観がモロに出てる感じがある。ファルセットも交えたボーカル、さらにその後のブレイクに至るまでの混沌としてダークな演奏の感じはこのバンドのドロッドロな爆発力を如実に示す。

 なんともシュールな曲タイトルさながらに、歌詞もヘンテコ極まりない表現で、どこか寄る辺のない「二人」の姿を描いている。

あじさいのブラインドは)

モナムールボンジュール いま二人は箱の中

(歯磨き粉なにが好き)

カメルーンネムーン いま二人は風の中

あんな混沌とした演奏の中「歯磨き粉なにが好き」とか歌っているワケの分からん感じ、このジャンクさが今作までの昆虫キッズのトレードマークのひとつでもある。

 

8. アメリカ(3:18)

 前曲がギターのスラップディレイの金属的な残響で終わり、そしてこの曲がやはりスラップディレイ残響マシマシなギターのストローク(とベースのユニゾン)で始まる。今作後半での高橋翔のこのギターサウンドの存在感は圧倒的だ。

 楽曲的には前曲からややテンポは落としつつも、やはりゴツゴツとした攻撃性が隠しようもなく充満したロックンロール。マイナー調気味なメロディの後ろの演奏は四つ打ちのリズム。今までオーソドックスなパターンのリズムが殆ど無かったのもあり意外な感じだけども、この四つ打ちもまた刺々しさが強い。また、冷牟田サイドはこの曲もピアノ担当だけど、ギターリフにユニゾンで弾かれるそれはギターリフに別の色とアタック感を付けるような感覚がする。間奏部ではよりピアノ的なメランコリックな旋律を披露するけども。

 サビではより普通にスクエアな8ビートになり、そして高橋翔のメロディがまた高音にギチギチと・ねっとりと抜けていく。伴奏の可憐なピアノを振り切るようなボーカルのフリーキーさに、このバンドの根底のコンセプトとしてありそうな「訳が分からない類のパワーによる暴走」の感じが強く出ている。

 3回目のAメロの後には演奏がブレイクして、突如アカペラでのアメリカ国家のゲストによる合唱が挿入される。特にリード的なスッパマイクロマンチョップの人は音を外し気味で、東京インディー界隈のバカっぽい・悪ノリな部分が結晶化している。それが終わると何事もなかったようにまたAメロが再開するので笑える。

  歌詞は意外にもちゃんと曲タイトルである「アメリカ」をそこそこテーマにしながら進行していく。特にリスナー的な感覚が素直に(?)出た以下の箇所は意外。

アメリカのバンドが好き ベルベットの3rd擦り切れてた

ルー・リードがやりすぎて 24の僕がまたよじれた

まあ、結局は高橋翔の妄想ワールドに飛んでいってしまうけれども。

廻る あなたの機密の一部になれたら 縫い目から飛び出して行ける

Ride On 今かすむ火を思える 振り出しに戻る背中

 

9. 魔王(4:34)

 冒頭からいきなり高橋翔の大絶叫ロングトーンから始まる、破滅的なロックンロールの流れにトドメを刺す楽曲。イントロはつんのめったビートになっているけど、その他は一部のサビを除いて意外とスクエアな8ビートで通している。その分ひたすら高橋翔のボーカルがブッ壊れ続けてるけども。また、本作で珍しいピアノが入ってない(冷牟田サイドがギターのみプレイしている)楽曲でもある。

 やはりギャリギャリしたギターのコードカッティングがこの曲の殺伐さを下支えし、またそこにリードギターもシンプルなフレーズを空間たっぷりに添える。Aメロでは特にスラップディレイギターの金属的な響きが印象に残り、サビと比べると遥かにだらっとした高橋ボーカルとのもとコーラスがストレンジに掛け合う。高橋のファルセットはナルシズム全開の感じで実にキモかっこいい。ここからサビのブッ壊れまでの飛距離がこの曲最大の魅力。何気にベースのプレイも意外とブリブリ動いていていい具合にキモい。また、珍しくギターソロがあり、ややベッタリしたプレイを披露している。フレージングには後の大名曲『裸足の兵隊』にも繋がるようなクセが散見される。

 ブレイク上での最後の大絶叫サビから、さらに別の、実にテンションの低いメロディラインが挿入される。絶叫のラインと二重になっていて、ドラムもこの辺でまた段々とテンションが上がっていくため、メインのラインのテンションの低さの割にかなりやかましい。

 そして、前曲と同じように唐突にブレイクして、アカペラのコーラスパートがまた始まる。ゲストボーカル含む女性コーラス陣の歌ったフレーズの後に突如挿入される「魔王」のセリフ。これらはドラクエ3の大魔王ゾーマのセリフの引用だけど、喋ってるのは誰だよ…。

 歌詞は、Aメロは言葉遊び、というかダジャレめいて延々と進行して結構適当。だけどもサビの大絶叫のところのフレーズなんかは「俺の音楽でお前を刺す」的な要素が入ってたりで意外だしやや恥ずかしいけども鋭さがある。

箱舟なんれ乗れない 啓蒙思想から離れ

アウトサイド?いや、僕インサイド 耳の奥に狙い定めて

そして終盤、コーラスと魔王の掛け合いになる直前の歌詞は妙に投げやりでやるせない。ロマンチックな妄想を剥ぎ取った高橋翔の生々しいダルさが感じられる。

列をなしてふてくされた コンビニ袋ぶら下げて

 

10. アンネ(3:31)

 激しくもカオスなロックンロールが3曲連続で続いた後にこのポップ極まりない楽曲を置く曲順のセンスが好き。同じロックンロールでも、これはもっと軽快にスウィングしていく、パーティー調なポップナンバー。昆虫キッズが4人組になって初めて出した音源であるシングル『アンネ/恋人たち』に収録された曲のリメイク。シンプルでぎこちないシングル版と比べると遥かに演奏が闊達でアレンジも豊富になっている。

 冒頭のギターカッティングは、これまでと同じスラップディレイが掛かっているけれども、それまでのジャキジャキした雰囲気から随分違う、軽快で洒落た感じのカッティングをかましている。こんなんも弾けるんか。スティックのカウント、ベース、ピアノと順番に入って、軽快にシャッフルなビート、そしてサクソフォン(演奏はスカート澤部渡)まで入ってきてとても賑やかで狂騒的でハッピーな雰囲気。歌が始まっても、演奏の抑制をしながらも高橋翔と冷牟田敬の掛け合いが楽しい。どっちも音程が微妙なのも含めて楽しい

 サビのメロディも、派手な抑揚よりも言葉数でガンガン押していくようなその様はともかくパワフルで痛快。そして1回目のサビが終わると即座にブレイクして、ピアノのアルペジオサクソフォンはドリーミーにこだまして、そしてのもとボーカルのキュートなセクションをアクセントに、そのまま2回目のサビに突入していく。もうホントアホで楽しいことしか人生になかったと言わんばかりの演奏とボーカルのテンションで、聴いてるこっちも断然楽しい感じになってしまうから、やはり今作のこの位置にこの曲があることはとても大きい。

 歌詞もとっても可愛らしい。すごく“キッズ”感のあるリリックだと思う。

あなたを花に(例えたいな)そんなことばかり(考えていた)

八月の部屋(夏にうなされ)僕は夢ん中(溺れていった)

やっぱ溺れちゃうんだな、っていうのがやっぱりスピッツ的。そしてサビでは本当に男の子な勢いが留まることを知らないみたいに飛び出していく。

ハローベイビー 君にこの歌が届いたらそれだけでもうブッ飛びそうだよ

センチメンタルに保護された僕もそろそろ羽根が生えるぜ

いつでもどこでも会いに行くよ 運命とその他を追い抜いて

笑ってる顔がビートになって 答えはあの子の胸の中

こんなにハッピーで妙ちくりんにピュアでロマンチックなロックンロールの歌詞、筆者は他に見たことない。涙が出そうなくらいの胸いっぱいの幸せに満ち溢れた、昆虫キッズの貴重な記録だ。

 

11. S.O.R(3:37)

 前曲の狂騒の後にのっそり弾きだすベースラインに沿って、曲自体もどこかのっそりと剽軽に進行していくミドルテンポのロックンロール。タイトルは何の略だったけな…「サケ、オンナ、ロックンロール」だったっけな。

 前曲の大ハシャギを解くようなまったり具合で進行する楽曲はBメロで調子がやや変わり、サビでは高橋節なメランコリックなマイナー調で、今作でもとりわけ優雅なメロディをなぞる。バックで鳴るピアノも単音で切なげなアルペジオを奏でる。冷牟田ピアノはこういう切なさの付加に優れているけど、特にこの曲でのフレーズはAメロの呑気さが一気に変わるようなしなやかさと哀しさを持っている。特に終盤については、歌詞が終わった後の高橋のロングトーンにのもとコーラスも追随して、曲の始まり方が分からなくなるほどにセンチメンタルな雰囲気が形作られる。この方向性は次のフルアルバム『こおったゆめをとかすように』で大きく花びらくけれども、この曲が少し伏線めいた存在になってるかも。

 歌詞も剽軽さと軽妙さのAメロから、悲しげなサビで言葉の選び方が全然違う。昆虫キッズは変なバンドだけど、悲しいメロディに明るい歌詞を載せたりする捻くれ方はしない。

消えてしまった 冷たい指 悟りを開くようなクセ

鏡の中 デヴィッド・ボウイ バンドなんてやめたらボーイ

Aメロはこんなに軽快なのに、Bメロからサビは以下のように一気に踏み込む。

おまたせ 君のこと しなやかに さらいにいく

いかないで 泣かないで まだ見たいものがある

エグいことばかりでも まだ諦めないでいて

妄想のロマンチックと優しさとが、興ざめな現実に対峙しようとする。昆虫キッズの歌詞の男の子には常にそういうタイプの勇敢さを持とうとする心構えがある。

 

12. ふれあい(5:01)

 アルバムでも最長の曲で、ふわりとしたマイナーコードの憂鬱なアルペジオから始まって、次第にテンションが膨張していく。高橋の歌心はマイナー調により思い入れがある感じなのかもしれないと、この曲のAメロのおセンチさを聴いてると思ったりする。のもとコーラスはこのバンド最大の伴奏だなあとか思ったり。この曲も今作で珍しい冷牟田敬ギターのみ演奏の曲で、歌謡曲っぽくもヨーロピアンにも聞こえるフレーズを爪弾く。

 Bメロを挟んで、サビでは曲調がポジティブでドリーミーな感じに転換する。せり上がっていくような演奏の中で高橋翔の強引さが出まくったボーカルが炸裂する。破綻も音節の字余り感も強引にすっ飛ばして声を絞り出す高橋翔。特に2回目のサビ後のタイトルコールについてはのもとコーラスにバトンをタッチして、のもとコーラスのリフレインは次第にシンセみたいに聞こえてきて、演奏もスネアの連打の中で宇宙的な広がりを持って、そして次第にフェードアウトしていく。

  歌詞的には、Aメロのダジャレめいた言葉遊びの中に初期スピッツ的な死生観をちょっとだけ覗かせてみたりする。

ふれあって死と(call you)ぶれない 紅 たましい 落としましたよ

負けないで shit(for you)カミナリ 鳴るなり バスローブで走り去ったよ

  

13. 太陽さん(4:08)

www.nicovideo.jpのもとさんがひたすら可愛いすぎるし、バンドの若さが詰まった、最高にヤングなPV。

 アルバムの最後を飾る、今作でもずば抜けた完成度の楽曲。バンドの暴走的・破壊的なエネルギーをポップな曲に収め切った名曲にして代表曲のひとつ。なのにPVはYouTubeから消えてるしバンド終盤のライブでレパートリーに入ってないし不思議な曲

 ピアノの緊張感に満ちたコードの鳴りから、一気にバンドサウンドが炸裂する。例のジャキジャキスラップディレイギターを掻き毟り倒す高橋翔ギターに、Sonic Youthばりにフィードバックをがむしゃらな情念の向くままに豪快にうねらせる冷牟田ギター、連打されるピアノ、そしてひたすら訳分からない手数でジャングルビートを刻み続けるドラム。今作でもピアノとリードギターが両方とも鳴るのはこの曲だけであるところに、この曲への熱の入れようが分かる。もっともこんなん言わんでもイントロ聴けばそのエネルギーの暴走具合は一発で分かるだろう。

 歌が始まるとともに轟音がある程度パッと開け、ジャリジャリのギターが鳴り続けるのを横目に高橋翔のボーカルはどんくささも音程も顧みずにひたすらに突き抜けていく。Aメロは殆ど全てシャウトして、壮絶さを撒き散らしていく。

 サビでは一転してメロディは低いところをつぶやくような感じになり、代わりにのもとコーラスが儚さ全開でひらひらと対の旋律を描く。息の詰まるような緊張感が、1回目のサビの終わりでピタッと演奏がブレイクして、一呼吸置いたのちに、再び爆発していく。高橋の淡々としたメロディラインは前のサビと共通ながら、最後の最後で今作一のシャウトを炸裂させて、そしてイントロと同じくフィードバックギターが暴れ狂う展開の狂騒さを経て、最後にあっさりとブレイクして冒頭のピアノと同じフレーズが水を打ったような余韻だけ残して、本作は終わる。壮絶な中央突破感がひたすら刹那的にエネルギッシュで、ヒリヒリした感覚を残していく。

 ひたすらストレートにかつ派手に炸裂する楽曲に合わせてか、歌詞の方もタイトルコールを連発したシンプルな作り。今作の他の曲の歌詞よりもかなりシンプルな作りで、もしかしたらその辺が後年この曲があまり演奏されなくなった理由だったりするかも。

真っ黒な空の下 悲しいです 太陽さん

ろっくんろーるあいらぶゆー うるせーボケ 太陽さん

終われないと 思った思った 終わらないと 思った思った

離れないと思った思った 離さないと 思った思った

ロックンロールをバカにしてる風の歌詞を今作でも最も獰猛にロックンロールしたこの曲で歌う。サビの歌詞が、1番では思うだけで、2番では具体的な行動になっていくのは作詞のテクニックが伺える。

 それにしても、筆者がこの曲をバンド解散までにライブで1回も観れなかったのは残念だった。この動画見たいな映像観たら絶対観たくなるでしょ…。

www.youtube.com

 

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総評

 以上全13曲。収録時間は47分46秒。

 曲調は前作に引き続き幅広い、けど、今作はそれよりも圧倒的にロックンロールアルバムでしょ。前作よりも遥かに暴走が進んでパターンも手数も増えまくったドラムと、ジャリジャリでスラップディレイ効きまくりの金属的なギターカッティングの響かせ方、リズム楽器とアルペジオとを往復し続けるピアノ、そして高橋翔が旋律も音程も半ば無視して叫びまくるボーカル。今作は、もしあなたがナンバーガールが好きで、ひょんなことから昆虫キッズを聴こうと思ったのであればまず最初に聴くべき1枚と言える。むしろそういうストレンジなロックンロール性においては、今作こそ昆虫キッズでも最高潮の作品です。

 大切なのは、壮絶な演奏・疾走を繰り広げながらも、楽曲は妙ちくりんなユーモラスさやソリッドなポップさを持ち合わせていること。特に歌詞は、高橋翔の妄想スタイルがより自由になって、彼の持つスピッツART-SCHOOLなんかと共通するようなファンタジックな妄想を「キッズ力」を増幅させたパワーでぶん回しまくる。それをあのがむしゃら唱法で叫び倒したり剽軽に歌ったりするわけで、この吉村秀樹 meets 草野マサムネみたいな感じのボーカルスタイルによって生まれてる勢いは確実に大きい。

 一方で、今作も多くのゲストが参加し、東京インディー界隈の狂騒を記録した非常に賑やかなアルバムであるという側面もある。次作『こおったゆめをとかすように』からはグッとゲスト参加が減って賑やかさも減じていくので、パーティー的な雰囲気やそんな光景がノスタルジックに見えてくるという意味では、そういうのは今作が最後だ。それがやや寂しくもあり、しかし次作以降で一気に花開く孤高のロマンチックさにより魅力を感じたりもしてて、思わずこのアルバムに「過渡期」なんて言葉も浮かんだりして。

 ともかく、ファニーでエネルギッシュで爆発的で殺伐としててロマンチックでちょっと優しいロックンロールがたくさん詰まったアルバムです。エネルギーという意味では今作が最も含有量あったのかもしれません。聴き始めはきっと「うわっ歌が…」と思う人も多いかと思いますが、ここまで自由にロックンロールをぶん回しまくったバンドが自分と同時代にいたことはとっても嬉しいことだったし*4、そんなバンドがもういないという事実が、やっぱりさみしいようにも思えてきたりする。若く、バカみたいにロックンロールし続ける今作を聴いて、素晴らしさよりもノスタルジックさがやや勝ってしまってるように聴こえてしまうのは、ちょっと感傷的に過ぎるかしら。

 

 以上です。次はアルバムの前に、シングル2枚を扱おうと思います。次作アルバムは自分の今のところの人生でも大変大事なアルバムなので、その前にクッション挟んどきたい気持ちです。

*1:間隔の極端に短いディレイを1回だけ掛けることでギターの音に攻撃的な奥行きを出す手法。生々しさが殺される代わりに無機質さ・神経質さが増す感じになる。

*2:テクマクマヤコン」という単語を連呼していくこの部分は今作でもとりわけヘンテコでキャッチーな場面だ。

*3:今作のゲストの中でも少々毛色の違う彼の参加はとても意外だけど、でも彼は昆虫キッズの解散時にメッセージを寄せていて、シーンの中では同志のように思っていた感じがあったらしい。それにしても今のビッグになったTHE NOVEMBERSのことを思うとやっぱり不思議な参加っぷり。

*4:もっとも、筆者が昆虫キッズにハマったのは『BLUE GHOST』の頃からなので、リアルタイムではバンド晩年しか知らないのですが。