ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『My Final Fantasy』昆虫キッズ

MY FINAL FANTASY

MY FINAL FANTASY

 

 一見して「おしゃれポップブーム」みたいに後年の人たちから思われそうな「東京インディー」と言うムーブメントのド真ん中にあって、2010年代でも最強に“ぶっ壊れた”ロックンロール等を連発していたバンド・昆虫キッズについて、これから取り上げていきます。フルアルバム4枚、プラス若干のシングル等でやっていく予定です。

 まずはこの、ちゃんとしたバンド編成ではデビュー作となりそうなこのファーストフルレングスから*1。実際の今作の制作風景はかなりの部分宅録だったっぽいですけども。ナチュラルなストレンジさでシティポップもスピッツペイヴメントスーパーカーナンバーガールもアートスクールもディアハンターも飲み込んで訳わからんけどロマンチックな楽曲に仕上げる最高な集団の、少々拙くも華々しく若々しいファーストアルバムです。リリース10周年には間に合いませんでした…。

 なお、なぜかSpotifyには今作がなかったので貼ってません。

 あと、今作についてはリリース当時より昆虫キッズをリアルタイムでバックアップされてた方の以下のレビューが、とても愛に溢れていて素晴らしいです。何回もこれを読んでは、「なんていい人たちなんだ…」と勝手に思いを巡らせていました。

kamekitix.exblog.jp

 

 

1. きらいだよ(4:20)

 ややちぐはぐだけど瑞々しい、そんなリゾートランドのような音楽で始まる今作。この曲だけ聴いて昆虫キッズを聴くのを終わってしまう人がいたら「昆虫キッズはセンチメンタルで瑞々しい感覚の、女の子ボーカルのバンド」で終わってしまうのか、と思うと可笑しくて可笑しくて仕方がない(けど勿体ない)。

 リバーブたっぷりのアコギの煌めくようなたゆたうような響きの後には、ベーシスト・のもとなつよ氏のとてもガーリーなボーカルが、エフェクトもありさらに細かく定位も変えながら聞こえてくる。ビートもトロピカルなパーカッションメインで(その後ろでシンバルがやたらシャーンシャーンと鳴っているけども)、まったりと蕩けるようなセンチメンタル・ポップワールドが展開される。アルバムでも随一に練られた感じのあるメロディは、サビで声が裏返る感じも含めて非常に可憐でメロウ。

 昆虫キッズの中でもこの曲だけ作詞・作曲者がのもと氏らしく、これより後の曲とはかなり違う質感やメロディはその辺によるものかもしれない。しかしこのかなりソフトな楽曲を先頭に置く感じ「あわよくばこの1曲だけを聴いてCD買え」的なバンドの狙いが見え隠れしてやっぱり可笑しい。

 ただ、どういう訳か歌詞のべらんめえな感じは意外と昆虫キッズっぽいからなんか面白い。

ものすごく悪い人 君は いま会ったらぶっとばしたい

それでも眠れない夜があったのさ アハハハ

 あと、情景描写がちょっと不思議でしっかり鮮やかなのも昆虫キッズ的。以下の一節とか読み直してその綺麗さに驚いた。

夜の海で一人 君の嫌いなところを104個

呟いて砂浜を歩く まだ熱があるね 夜の砂

灯台あかり 8秒周期 私の顔を真っ赤に染める

羽を閉じ眠るのはカモメ 遠くには遊覧船

 本当に、この曲だけ聴いた人は「なんかいい感じの叙情系バンドだなぁ」なんて思ってしまうんだろうな、そして次の曲で「えっ…」ってなるんだろうな、って思うと、なんていたずらっぽい曲順なんだろうと笑えて仕方ない。けども、曲単体としてとても美しいし、そしてその美しさは昆虫キッズと矛盾しない感じのそれだ。

 なお、この曲はバンドの解散間際ごろに、作曲者本人によるピアノ弾き語りで再演されました。

soundcloud.com

 

2. ブルーブルー(2:17)

 前曲のセンチメンタルな余韻をイントロの不穏なリズム隊の鳴り一発で打ち消す、ブルータルな高速ロックンロール。いよいよ悪ガキ・昆虫キッズの開幕。

 ギターが入った瞬間に、そのコード感がやや曖昧でジャリジャリした音の感じが耳に残る。後ろで鳴ってる風のホーンっぽい音は何なんだろうギターなんだろうか…。直線的なドラムのフィルインは速い。そしてついに東京インディーきってのフリーキーな歌い手・高橋翔氏の登場になる。短いメロディが連続するAメロではあまり感じないが、ブリッジでの伸び方の不安定さ、そしてサビ的な箇所での傍若無人なメロディの撮り方が圧倒的。しかしドラムをはじめとした勢いが凄くて、むしろこのボーカルの破壊力が疾走感に奇妙に良く絡んで清々しい。インディーミュージックという以前にパンクであること、あとナンバーガールのフォローワーであることを破滅的に示して、ギターソロとかも無いままサクッと終わる2分ちょっと。

 歌詞もここから高橋翔の言葉になっていく。前後の脈絡が無い言葉の連ね方は果たして「カットアップ的」と呼んでいいのかどうか。そんな鮮やかでお洒落なものではなく、もっと何か、取り止めがないくせに妙にドロッとした妄想のような感じがする。

南へ向かう風 穏やかでいたいのさ

マルチーズいっそ飼うか 爪を齧るスチューデント

 そしてサビのところの感じは絶妙に気持ち悪い妄想じみたロマンチックさでぶっ飛ばしていく。

あわてんぼうのサンタクロース トンネルは僕の真上よ

自意識過剰の女の子 倒れるまで僕を楽しんで

 雑に気の狂ったスピッツのような勢いで言葉を撒き散らしてロックンロールする男、それが高橋翔であり、そして昆虫キッズなんだ。

 

3. まちのひかり(5:00)

 今作最大にキャッチーなリードトラックにして、このバンドが形式的な“ロックンロール”の概念に全然縛られずにポップソングを作れることを端的に示した初期昆虫キッズの随一の名曲。洒落たトラック、変なワードの群れ、そして圧倒的にぶん回すボーカル…。

 滑らかなフィルインの後に入ってくるフルートの鮮やかさ。爽やかなアコギ、エレピの優しい音。さっきギラギラした演奏を繰り広げたのと同じバンドかよ!というこの急なお洒落ポップは、しかし高橋翔のボーカルの登場で一気に色が変わっていく。少しセクシー“そうな感じ”に歌うボーカルは、メロディ終わりの音程がやや揺れているけども、しかしかえって不思議な奇妙さを生んでいるし、メロディは気が利いていて優美。サビになるとよりメロディラインはポップで鮮やかな昇降を繰り返し、そしてボーカルのピッチはそこに微妙に乗れずにズレていく。それにしてもドラムが細かく入れてくるフィルがことごとく小気味好い。

 2回目サビ後のブレイクしてヘンテコなコーラスとチェレスタになる展開はチャーミングで、そこからドラムのフィルから一気にフルートソロの間奏に入っていくのは小気味好いし、1回だけのキメも爽快感がある。けれどもその後、最後にして最強のサビが始まる。高橋翔のボーカルは特に、歌詞が終わって「ラララ〜」の歌い方に変わってからは、もはや誰にも追随できない不安定さを…というか音痴っす。でも、この音程の取り方でこんなポップなラインを歌ってもいいんだ、という破壊力においては、この時点で日本有数のレベルにある。なんか褒めてるのか貶してるのか分からなくなってきた。

 この曲がキャッチーなのは、歌詞の奇妙極まるワードセンスも大きく働いている。テキトーそうな英語を交えたAメロの奇妙さもキャッチーなら、サビの学生っぽいヘンテコさとその中のある種の爽やかさもまたとんでもなくキャッチー。

トゥナイトウィズボーイ 明けましてアイニージュー

ブレイクマイハート 小籠包食べようぜ

この英語の適当さ!実際には繰り返して歌われて、よりしょうもなくて素晴らしい。

恋の予感 薄目で見るゾンビの映画のように何度も何度も覗いてる

誰もいない埋立地であなたとエロいことしたいのよ何度も何度でも

この微妙な殺風景さとしょうもなさが奇妙に掛け合う感じ!しかし、別の箇所では以下のとおりセンチメンタルさも忘れないから、こういうヘンテコさがまた旨味を増す。

恋のサテライト 100年周期 宵の蛍より儚く二人を照らしてる

まちのあかり この駅に来るたび面影を照らして何度も何度でも

 初期からずっとライブで歌われてきた彼らの代表曲のひとつ。ライブだとフルートが無いのでよりソリッドで、ギタリストでもあった冷牟田敬氏の弾くピアノがこの曲の推進力を強力にグリップしてて格好いいし高橋翔の歌はどんどん上手くなって、そしてヘンなこぶしが入ってくる。でも「ラララ〜」の箇所を「ひかり」を連呼する歌い方に変えたのはとても格好いい。

 

4. わいわいワールド(3:58)

 ファミコンのゲーム『コナミワイワイワールド』から取られたと思われる楽曲タイトルからして「変なところから引っ張ってくるなあ」という感じを出していくスタンス。前の曲でも「かけますよベホイミ」とかいう歌詞もあったし、前期昆虫キッズ(次のアルバム『Text』まで)はゲームからの引用がちょこちょこ入ってくる。

 楽曲的にはちょっとリゾート感のある曲調。アコギの繊細で洒落たフレーズからは南米的な、ややボサノバテイストな感じも。このバンドの音楽的飛距離の広さ、ひいては東京インディーの多様さを思わせるし、高橋翔も今後こういうタイプの優雅さのある曲を時折書く。けれどもやはり昆虫キッズだ、結局は高橋翔ワールドだから大丈夫だ

 少しアンニュイ気味なボーカルがBメロでファルセットするときの際どさ、そして一気にメロディが上昇するサビでの、それまでの洒落た感じを打ち破って炸裂させないと気が済まない高橋翔のロマンチズムと、それにギリギリのところで付いて離れてするボーカルのスリリングさが楽しい。特に終盤のコーラスとの掛け合いは「フォーエバ」と「もうええわ」で韻を踏むしょうもなさやドラムの圧倒的に楽曲のセクションを構成していくフィルインの巧みさなど、この曲のアクティブな魅力が詰まっている。そこから一気に鄙びたリゾート地っぽさに戻っていく、その感じこそがある種のエモさだよなっていう。

 歌詞も、もう妄想が連発しまくり、みたいな。

 真夏のブレザー汗ばんで リボンの騎士も年老いて

カナヅチだったマーメイド 波打ち際で泣いていた

 エロいのか虚無的なのか優しいのか、ともかく感覚が快くとっ散らかってる。

幻のエンディング 砂の城で朝食をどうぞ

バイバイワールド 星の数くらいの欲望

投げやりなようなそうでもないような。若さがドロドロのエネルギーに乱反射するような感じ。

 

5. シンデレラ(2:59)

 シンプルでキャッチーなギターカッティングに導かれた軽快な、リズムの取り方が独特なポップな楽曲。この曲はギター・キーボード担当の冷牟田敬氏の楽曲で歌唱も彼。“冷牟田敬”って名前めっちゃかっこいいですよね…。

 高橋翔のやや中域がドロッとした声質と比べると冷牟田敬の声はやや甲高くて細い。ちょっと若い頃のNeil Youngっぽさがあるというか。彼がこの曲で書いたメロディのシンプルで無駄がない感じは、高橋翔とはまた違ったポップセンスがある。よりストレートな感じというか。高橋翔はこの曲でリードギターを弾き、シンプルというかややヘタウマかもな感じながら、エフェクトも含めてキャッチーなオブリを全編的に聴かせている。やや相対性理論っぽい音色。

 それにしても、この曲のリズムパターンは中々に普通の8ビートから離れている。カリプソとかサンバとかそっちっぽくも感じるし、逆にニューウェーブ的なソリッドなトライバルさも感じられる。終始こんなリズムでフィルインでセクションごとの強弱を付ける、この強靭なドラマーの名前は佐久間裕太氏。彼のプレイはどんどん激しくもなんかすげえ領域に進んでいって、昆虫キッズのメンバー4人から生み出されるとは思えないほど何でもありな音楽性を何でも成立させてしまうのは彼の色々幅がありながらもひたすらにパンクで手数が多くてフィルインのネタが幅広いドラミングに依るところが非常に大きい。

 この曲でも、短い感想の後にコーラスの掛け合いが入る。そこではのもとボーカルが可愛らしく先導し、それに男どもが追随していく、まるでサッカーのコールみたいな掛け合いが展開される。ここの唐突になんでこうなるの?感と、それをはるかに超えていくアホっぽくも煌めきのあるピースフルさがとても眩しい。

 歌詞も冷牟田敬によるペンなので、やはり高橋曲とは傾向の違いを感じる。豊田道倫のファンで、後に豊田道倫bandのメンバーにもなる彼の言語センスには、豊田的な「街のみすぼらしい側面」に目線を充てるようなところが垣間見える。

夜明けの新宿 貧血の太陽 始発を待ってる 年老いたシンデレラ

「年老いたシンデレラ」というのが何とも、惨めな想像力を喚起するフレーズ。でもこの曲はタイトルからしてロマンチックだから、サビではヘンテコなロマンチックさで解決させてみせる。

明け方、あの娘は機械の腕の中

そして、あの娘の魔法溶けなかった

 シンプルでキャッチーでそしてボーカルも交代するため、この曲もライブの定番曲だった。昆虫キッズに残した冷牟田曲で間違いなく一番演奏されてるしキャッチー。ライブで掛け合いコーラスの光景を見てそれに飛び込んでいくのはとてもラブリーな空間だった。

 

6. 27歳(2:12)

 ドロドロで奇怪でヒステリックな側面の昆虫キッズを代表するような曲。でもこの曲も実は冷牟田敬のペンなんだよなあ。ボーカルが高橋翔で歌詞とかもそれっぽい雰囲気だから勘違いしがち。

 楽曲的にはダブの影響が露骨な作り。全体的にエコーの効いた作りの中で、バックビートを刻むギターのリズムに対して思いの外スクエアで刻むドラムが面白い。そして最初の展開が終われば早々に8ビートでロールし始め、そしてどんどん勢いが増して疾走していく。後述の絶叫セクションでは非常に機動力の高いドラムを展開し圧倒していく。リードギターはディレイの効いた単音フレーズで延々と楽曲の周囲を縁取っていく。このギタースタイルが昆虫キッズにおける冷牟田ギターの基本。

 この曲の山場はやはり絶叫セクション。加速していくドラムの上で、メンバー4人が27歳で死去したロックスターの名前を叫び倒す。高橋の「ブライアンジョーンズ!!!」の絶叫で笑ってしまう。お前どっから声だしてんだ。ただこの、芳醇な音楽センスを打ち破ってくるこの捨て鉢さこそが、昆虫キッズのときの高橋翔の最大の魅力なのかもと思ったりすることも。ちなみに他の3人は冷牟田敬がジム・モリスン、のもとなつよがジャニス・ジョプリン、佐久間裕太がジミ・ヘンドリックス担当。

 歌詞はやはりシュールさが極まっている。すごく高橋翔っぽく見えるんだけどなあ。

心に張り付くタニシ それを見つめてる女の子の子

ただ、中には少しどきりとする表現もある。

返信ポーズ ロマンチックチックチック

くす玉割れぬまま27*2

 ちなみにこの曲は後年、よりディープなサイケトラックとしてライブで演奏されるようになる。疾走は無くなり、ゆったりしたリズムの中をギターのディレイが膨張していくようなサウンドに変貌していた。音源とはかなりテイストが違って深みを感じるけど、そんな中で「心に張り付くタニシ」と艶めかしく歌うのはやっぱりシュールだ。

 

7. かわうそのワルツ(4:01)

 ちょこちょこ可愛らしい感じを入れてくる昆虫キッズ。前曲最後の絶叫セクションの直後にこの、すごーくのんびりした曲が始まるのでガクッとなる。そういう外しが連発されるアルバムではある。

 かなりゆったりした3拍子のチープなリズムと柔らかいアコギつま弾きの上を、とてもゆーったりしたボーカルとそれに追いついて追い越してしまうコーラスの対比で楽曲は進行していく。後発のコーラスに追い抜かれるという、ある意味実験的なことをしてるけども、とてもシュール。でも、間奏にて鳴らされるギターとエレピのフレーズは重ね方が絶妙でほんわかした美しさがある。この曲少し民謡っぽいのかもしれない。後半は別メロディに展開して、昆虫キッズの歴史が進むにつれ広がっていく高橋翔的なロマンチズムが出てる。

 歌詞は、上記のとおりのまったり具合なので言葉数が少ない。後半の高橋翔セクションに、彼的な優しさと感傷具合がさらっと表現される。

白鳥の湖に溺れてる猫を助けてあげたんだ どうだ

雨降りのフォルクローレ どうしてこんなに胸が痛むの

 

8. 茜の国(3:23)

 まったりしまくった前の曲をまたブチ破る、ブルータルなロックンロール再びな曲。ワンコード気味に突っ走って暴走するイントロからの冷牟田ボーカルは、こちらもなかなかの危うさ。リズムチェンジするところで高橋翔にチェンジして、カオスさが増していく。間奏のギターソロも無茶苦茶に演奏されている。そしてドラムのフィルインはひたすら鬼のように、深いところまで連打される。

 後半ではさらにリズムチェンジして、叩きつけるような展開の中でボーカルが奇妙に浮遊するし、その後は急にブレイクして、ギターのディレイを叙情的に響かせるようになる。この曲、短い尺に色々突っ込んで闇鍋みたいになってるな。

 歌詞は、この曲の方が冷牟田曲っぽい気がするんだよなあ、とか思ったり。タイトルの「茜」は人名っぽく使われている。でも、最終フレーズの語感の妙なシュールさは高橋翔っぽくも思える。

三つ編みの少女が野原で元気にカンタービレ

 

9. 恋人たち(6:08)

 今作に収録されたもうひとつの代表曲。今作でも随一のパーティーチューンで、ゲストのガヤガヤした感じや、スカートの澤部渡によるボンゴ等の演奏など、荒い音質ながらも非常に賑やかな感じがして、在りし日の東京インディーの狂騒っぷりが伺える(東京インディーの本格的な興隆は本作よりもう少し後な気もするけども)。

 イントロのボンゴの後のピアノからしてすでにややジャズめいた、洒落た風情がある。このピアノリフを軸に楽曲は展開していく。他の曲に比べると安定した感じのある高橋翔のボーカルがややアンニュイげな歌い方でポップな旋律を描く。音質自体がバタバタしているドラムが入ってくるといよいよ賑やかになって、クールなピアノに対してギターはなんかヘンテコなフレーズをダビングしてあったりもする。そして、同じメロディの繰り返しの中をドラムがフィルインとブレイクでひたすら展開を作っていく。ゲストのやっぱりヘンテコでユーモラスなコーラスもまた、この曲の「学生のパーティー会場」みたいなヘナチョコな楽しさと多幸感を醸し出している。

 最後のサビが終わった後はもうひたすらパーティー会場のような、楽しげなコーラスの掛け合いが始まっていく。「I've goota feeling, baby」の繰り返しに乗っかってくる高橋翔が歌うのは「Life is comin' back!」って小沢健二『ラブリー』じゃんか。この辺の高橋翔のやけっぱちさと祈りとその場のノリみたいなのが渾然一体となった狂乱具合は本当に「人生の貴重な一瞬」みたいな感じがして、ちょっと切ない。

 歌詞は、他の曲に比べたらシュールさが減って「僕たちの音楽」みたいなテーマになってる。それでも、以下の感じなのでやっぱり昆虫キッズだけども。

湿度が上がってピアノは溶けて 僕らの神経が紡ぎ出す音楽

 この昆虫キッズでも最大にダンサブルでアッパーでチャラいノリな曲はやはりライブで重用された。解散ライブでは1回目のアンコールの最後に選曲されて、やはりとってもバカで清々しい光景を作っていた。

 

10. いつか誰とも会わない日々を(6:32)

 狂乱のパーティー会場みたいな前の曲からこのタイトルの曲に繋がるのは間違いなく確信犯的。今作でも一番高橋翔のプライベートな感覚に踏み込んだ、繊細さと炸裂と崩壊がないまぜになった楽曲。

 最初は高橋翔の弾き語り形式で始まる。非常にしっとりした循環コードに乗る歌はナイーブで内省的。シュールなコーラスで少し引き戻されるけども。サビを経て、バンド演奏が本格的に入ってきたときの、なんか壊れそうな雰囲気はエモい。やがてサビメロはのもとボーカルに切り替わり、切なさが舞い上がる中で、その切なさを打ち破らんばかりに大音量でミックスされて挿入される高橋翔のボーカル!幻惑的なギターとのもとコーラスの中を、力の限りのたうち回る高橋翔。タイトルコールはほとんど歌として崩壊しきった無様な姿で叫び尽くしていく。こじれきった憂鬱のエネルギーの出口のない爆発に、昆虫キッズの爆発力の根源が見える気がした。

 歌詞も今作でとりわけナイーブで切ない。ユーモラスで妄想溢れるワルガキ・高橋翔とは違うようで、そのユーモアと表裏一体のようなセンチメンタルさが胸を打つ。

おはよう 声をかけてくれ 言葉ならなんでも構わないさ

おやすみ 灯りを消してくれ 眩しい光はちょっと苦手なんだ

 

11. 胸が痛い(3:13)

 前曲でユーモアと裏表な憂鬱がのたうち回った後、最後はひたすらアッパーで、音質が最低で、そして最高にロマンチックなロックンロールで締め。

 ともかく、演奏が始まった瞬間に音の悪さに笑う。なんて出来の悪いドクター・フィールグッドだろう、みたいな。しかしそんな音が少しノスタルジックに感じてしまうなら、きっとそれは昆虫キッズの思う壺だろう。ひたすら連打されるスネア、高橋翔の再び大変に自由で不自由なボーカル、そしてサビでの「胸が痛い」の連呼が、高速で過ぎ去っていく光景の様が、なんでこんなにノスタルジックに響くのか。嫌だなあ。

 2回目のサビの直前に盛大なブレイク。そしてのもとボーカルの切なげなフレーズに、次第にそれを全く台無しにする演奏が入って、最後のサビでひたすらバンドごと転げ回る。なんてアホで、クソで、ロマンチックなロックンロールなんだろうと思う。

 この曲の歌詞はもう、上記の印象をダメ押しする、最高な内容だ。尺の割にやたら言葉数が多い。サビの歌詞を挙げる。

胸が痛いから 本当のことを僕に話して

悲しみが好きなんだもん だってずっと僕ら友達だろ

胸が痛いから ファンタジーもっと君たちにあげる

スイートガールスイートホームオールアローン

憧れってやつを抱きしめて

こんなに痛々しく青春の残像みたいなのを突っ走る歌詞があったんだと、この曲をはじめて聴いてしばらく経って、歌詞カードを改めて読んでびっくりしたことがある。だってこんないい内容をグチャグチャにするくらい音も演奏も歌も酷いんだもん。それって最高じゃんか…。

 

・・・・・・・・・・

総評

 以上11局。収録時間43分56秒。

 全体的に音が悪い。なにせ半ば宅録で、ミックスも高橋翔が自ら行なっている(マスタリングは中村宗一郎氏が担当)。またパッケージングや流通についても彼がほぼ取り仕切って行なったらしく、ここで一度全てをそうしたことで、これ以降の様々に自由な音楽的発展につながっていく。

 でも、楽曲自体を見ていくと既に色々とセンスの良さ・楽曲の幅の広さが存分に発揮されてることがわかる。音の悪さも「音が悪いって言っても別に聞かせたいところは十分に聞こえるだろーがよー何が悪いんだよ」的な感じの十分さはあったりして、インディーチック・宅録チックな良さがある。『いつか誰とも会わない日々を』の絶叫なんかは本作だからこそできた感じもする。

 それにしても、本当に感覚があらゆる方面にとっ散らかっている。日々の楽しさだとか、もしくは鬱憤だったりフラストレーションだったり不安だったりが色々と渦巻いているのは局所では分かるけれども、でもそれらを大概は、高橋翔の不思議フィルターを通された上で発出されるから、なんともジャンクでブロークンなドリームランドが出来上がっている。この辺り一杯に様々なおもちゃが残骸含め散らばってるような感じは、次作以降からはだんだん稀薄になっていくものだから、そういう感覚が愛おしくなると、このアルバムを再生したり、または逆にこのアルバムを再生して、そんなフィーリングが降ってきてうっとりする羽目になんかなる。

 ジャンクでぶっ壊れたロマンチックなロックンロールを部屋で鳴らすファーストアルバム。今作はさしずめそんなものかと。こんなノスタルジックさが忍び込んでくるようになってしまうロックンロールはいやだな、つい甘えてしまいたくなる。ずっとこんな感じで楽しくグワァーッってやってられたらいいのになんて。

 

www.youtube.com

 

 以上です。次も頑張ります。

 それにしても「昆虫キッズを思い出にしたくない!」みたいな気持ちで始めたのに、なんかかえってノスタルジックな気持ちになってしまったかも。

 

*1:正確にはシングル『アンネ/恋人たち』が4人体制の彼らの最初の作品かも。まあいいや。

*2:確かにこの部分を考えると、当時27歳だったのは冷牟田さんだけなのかなあ(彼がメンバーで最年長)と思えるので、やっぱこの曲は冷牟田さんのペンかなあとか思った。