ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

【随時更新】辞典

随時更新する辞典です。思いつきで随時更新されます(します)。

こういうの続けられないからなー自分。頑張ろう…。

(最終更新:2019.9.29 23:58)

新着更新項目:維持、改正、ジュブナイル、純粋さ、錠剤

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

【あ】

・青空

一体いつごろから青空を見て憂鬱とか不安とかをぼんやりした感覚の中に見つけるようになったんだろう。でも、青空を「空虚なもの」として見ているときにすごくよく合うタイプの音楽っていうのが世の中にはけっこうあって、そういうのがよく理解できたという意味では、青空を見て空虚さを見出してしまう感覚も悪いことばっかりじゃないよって思う。

 

・アートスクール

ART-SCHOOL(日本のバンド)を英語でちゃんと書くのが恥ずかしい・もしくは面倒くさいときに用いられる記載方法。急にあちこちの駅前レベルの親しみやすさとどうでもよさが現出し心安いが、検索や、もしくは検索避けに使うには適さない印象。

 

アメリカーナ

数ある音楽ジャンルの中でもとりわけなんというか、演者ではなく聴く方や評論家の都合によって作り出された感じのするくくり方。いわく「アメリカの伝統的なフォーク・カントリー等ルーツミュージックの要素があって、かつ商業主義的ではないもの」という感じの音楽なら何でも、何でもこれに当てはめることが出来る。「アメリカーナはアメリカ音楽の知性であり、良心である」ともかく、このジャンルを評価する側にとって徹底的に都合よく作られており、要素があればどんなアーティストでもこのジャンルに引き込むことができて、しかもフォークとかカントリーとかブルースとかバーパンクとかそういう言葉を並べ立てなくてもこの一言である種のサウンドを表せなくもないから使い勝手がそこそこいいこともまたタチがわるい。何かの機会にちゃんと考えてみたいものです。。。

 

アネモネ

メンヘラ植物界のメジャーどころ。見た目のどギツさ、毒性を有すること、そして圧倒的な花言葉の数々(誰が付けたのやら)で常にキング(クイーン?)オブメンヘラフラワーの座を保ち続けてそうな貫禄があるがWikipediaを読むと由来は意外にもギリシアの美少年だったりする。

 

 華々しい花言葉の数々:

 「はかない恋」「恋の苦しみ」

 「見捨てられた」「見放された」

 「薄れゆく希望」「嫉妬のための無実の犠牲」

 色ごとにも定められている

 白・・・・・真実・期待・希望

 ピンク ・・待望

 赤・・・・・君を愛す

 青・・・・・信じて待つ

 紫・・・・・あなたを信じて待つ

 

油そば
これほどラー油を美味しく食べれる料理があるだろうか。昼食したいときに店が目に入れば、そこの土地柄の食べ物など関係なしに優先順位が一気に繰り上がる。もっと全国的に普及してほしいですねこの文化は。

 

奇子(あやこ)

手塚治虫のダークサイドの代表作のひとつ。筆者は小5でこれを間違って読みトラウマになってしまい、田舎の炭坑跡とかそういう穴に入ったら必ず崩壊・みんな死ぬエンドになると思い込んでいる。西郷隆盛も最後洞窟に籠ったらしいので死因はきっと洞窟崩壊による圧死。あとチンコ岩のシーンは小5当時読んで意味が分からなかったけど今では読むたびに爆笑する。

 

・粗挽きサーフライド

略すと「粗サー」となりブログ作成当時の状況と掛けていたけれど実際に30直前になるとビビって今のブログを作り直したという、筆者の前ブログ。記事は全部こっちに持って来れた(と思う)。

(→2019.7.13追記:こっちのブログは削除しました。ハナっから全記事持ってきてたんだから早く消しとくべきだったかもしれません。。)

 

アルカロイド

「ヒトをダメにする有機化合物No.1」の座をおそらく人間滅亡までずっと維持し続ける有機化合物界のダークヒーロー。大体のドラッグはこんな化合物が自然界に存在しているせい(これが無くても別の方法を人類は見つけていたかもだけども)。

しかしながら、コーヒーのカフェインにさえ含まれているものだから、ちょっとコーヒーを飲んだだけのことでやれ「コーヒーをキメた」だの「コーヒーを一気に飲んでドープになった」だの「コーヒーで疲れや眠気を吹き飛ばした」だのと言うことになる。私は体調が悪い時にコーヒー飲むと吐き気を催してしまうタイプのおそらく比較的コーヒーに強く無い人間なのかもしれない。

 

アルテマ

ファイナルファンタジーは10までしかやったことないけど、初登場の2では伝説のガッカリ魔法(2はダメージ計算方法が特殊)だし、次に登場する6以降では大体物理の多段攻撃が登場するし、裏ボスクラスは大体単体なので全体魔法は微妙だし、総じて不憫な立ち位置。9の演出で使われる程度が一番いいのかもしれない。

転じて、長らく期待して満を持して期待してたけど肩すかしだったときのこと。

(例:○○○○(お好みのアーティスト)の1×年ぶりの新作マジアルテマだったわ…)

 

【い】

・維持(2019年9月29日追加)

この概念を色々なことに当てはめて考えだすと、どんなことであってもひたすらに悲観的な気持ちになってしまう。今住んでる街はあと何10年今みたいな感じで維持できるだろうか、ぼくの地元はあと数年経つとどれくらい空き家が増えるだろうか、翻って自分の今の暮らし方だってどのくらい持つだろうか、今のままじゃ体調著しく崩したら詰むんじゃないのか、仕事だって一杯一杯な日々でいつか維持できず破綻するんじゃないか、あのアーティストが冴えているのも、あの人が綺麗なのも、いつか全部維持できなくなって終わってしまう、その辺はまだしょうがない事だけど、でも維持できないことは悲しいことに思えてしまう、あの雑草まみれになった公園、あの中身が補充されてるように思えない錆びた自販機、あのまだ人は住んでるみたいだけど次の台風とかでバラバラに破れてしまいそうな家屋etc…。

常にあらゆる種類の「維持できない」妄想に苛まれていて、ぼくが抱く恐怖の相当な割合はこの「維持できないこと」なんじゃないか、ってなるけれども、しかしながら時々の休日の行った事ない田舎へのドライブは、そんな「維持できない妄想」のフィールドを広げてしまうだけのようにも思うのに、どうしてやめられないんだろう。

日々を維持に捧げてる人たち、維持ができている人たちのことをもっと尊敬できるようにならないといけない。もはや自分の何か維持できてるかできてないかさえ判然としない身では、せめてリスペクトの気持ちだけは持っときたい気がする。

 

・祈り

特に「自分以外の他人の幸せ」とか「遠く離れた誰かの暮らし」とか「社会」とか「世界」とかに対して祈ったりするのはどうにもキザだとか、また何の元手もかからずに気軽にできる行為じゃないか、ただのポーズじゃないか、等々で自分や他人からのツッコミが入る恐れがあるので、最近はなるべく使わずに他の表現に逃げようと思ったりはしてるけど、でも時々、この単語をつかわざるをえない、この表現をあえて使わないといけない、一切のやっかみを無視してでも使うべき瞬間というのは、何らかの形であると思う。

 

・インディーロック

「学生がハマるような、大体はそこまで大人数でない、シンプルな演奏でさらっとしたポップな曲をやるような感じのジャンル」とか書いてしまうと揶揄が過ぎるか。本来は本来的な意味の“オルタナティブロック”の上に成り立つ自由さとユーモア感覚を持つことが重要視されたジャンル、なんだろうか。大体グランジとかエモとかハードコアとかはまだ音楽的だけど、インディーロック概念は音楽性は何でも含まれてしまう。そういう意味ではアティチュード的概念だったんだろうけれども、それについても近年のシーンにおける立場(?)の弱り切ってることはやたらと言われることがあったり。

酷くて、ブルジョワ的になっているのは僕なのか、それとも24世紀の半ばにおけるインディー・ロックの状態なんだろうか? 酷いというのは本来の意味で、つまり音楽的につまらなく、成文化されたサウンドの形式を真似て、重要なことを発見したり、僕らが今経験している世界を反映するというよりも、相続しているに過ぎず……またサルトルの言う自己欺瞞のように、表面上は期限の切れた、僕らが心の中では無意味だとわかっている規範に従順だということ、そしてその言葉の持つ悪い意味でブルジョワ的:上品で生気がなく、生きた経験を伴う雨粒や、雨除けからうまく隔離されている?

         Dave Longstreth(from Dirty Projectors)の2年近く前のインスタより

果たしてインディーロックとはこれを書いてる2018年現在で、上記デイヴ的な意味でも有効な手段なんでしょうか。そもそも有効じゃないといけないのか、という問題もまたあり。それについて思うところが筆者にも探せば何かしらありそうだけれども、それを書くにはこの辞典の一項目だけでは余白が足りません。。。

 

【う】

ウクレレ

マンドリンとは違う楽器だと認識してるけど、正直目を瞑って聴き比べられるか自信はない。ジョージ・ハリスンの遺作『Brainwashed』で聴けるウクレレは老境チックな楽観と諦観と枯れと飄々さが合わさってとてもせつなくて好き。

 

・鬱屈

それをすてるなんてとんでもない!

 

・憂さ晴らし

どうすれば憂さが晴れるのか30年くらい生きてるのに全然わからない。。。

 

・嘘
(これは2019年1月31日に書かれた項目です)
ポストトゥルースだとかオルタナファクトだとかフェイクニュースだとかいうこの世の中においては、もはや嘘を嘘だと見抜く必要もなく、むしろ全部嘘だと思っておくくらいの方がいいのかもしれない。それはとても、頼りないことのようにも思えるけれども。

 

・うんち

何かを貶すときに、この表記はあまり使われるのを見たことない辺り、愛嬌のある呼称なのかもしれない。

 

【え】

エイトビート

自分の狭い洋楽観の中では、このビートは白人ロックなりテクノなりでよく使われるびーとなのかなと感じてる。元々はロックンロールの生まれとともに黒人が産んだビートのはずなのに。個人的には、パンク・ニューウェーブを白人が「発明」したことでこのビートが白人属性の強いものになったのかなと思ったりしてる

 

・エレベーター

思うに、世間には2種類のエレベーターがあって、「実質的に1階と各階とだけを行き来するタイプのエレベーター」と「1階以外の各階間でも行き来することが結構あるタイプのエレベーター」の2種類ある(と思う)。後者はデパートとかショッピングモールとか、もしくはいろんな機能が集積したオフィスビルとか、そういう施設が多いのかなと思う。

世の中のエレベーターは、圧倒的に前者が多いと思う。2階や3階から直接地上に移動する、またはその逆のことができる能力が備わっていない人間という生き物のやむを得ないところだけども、1階と各階だけをひたすら往復するというエレベーターの一生のことを思うと、なんだかその機能の殺風景さに、なぜだか寂しさのようなのを覚える。Radiohead『Lift』のPVではエレベーターが各階に止まるたびに、色んな光景が広がり、そして色んな人達が乗り降りする不思議な光景が広がっているけれども、世の中の大抵のエレベーターはこんなに不思議で寓話的な機能も光景も持ち合わせていない、ただただ日々、人間が地上に出る/地上から上に上がることだけの仕事をこなしていることを、その単調な価値こそを十分に分からねば、と自分に言い聞かせているところ。

 

・エンジョイ&エキサイティング

ベルセルクで蝕の直前に出てくる残虐非道なコメディリリーフ・ワイアルドさんの名言。こいつや蝕の間のコッコッコッいってる使徒辺りが三浦建太郎氏のぶっ壊れたユーモアセンスの頂点かもしれん。

 

【お】

オルタナティブ

こと音楽においては、元々の単語どおりの意味を失ってスタイルと化した感のある概念のひとつ。90年代USインディーロックみたいな、いわゆるディストーションギターで割と直線的にガーってやるやつとか。Dinosaur Jr.とか典型例な感じの。

しかしながら時々思い出したように、何らかの折衷とかで凝ったサウンドに対して「これこそ真のオルタナティブ」とか使われたりもする。大事なのは「真」じゃないオルタナティブサウンドもいいものだよ・好きだよってこと。

 

・温泉

温泉を人並に十分に満期することが出来ないのが自分の人生の負い目のひとつで、長風呂ができないとかサウナの良さが分からないとか、考えつく原因は色々あるけれども、最近、家の風呂の方が温泉や銭湯よりも全然いいなと思って、それは風呂に入った状態で自由に歌ったりできるからかなあと気づいた。

 

【か】

・改正(2019年9月29日追加)

「改正」という語が「正しくする」という意味で必ずしも使われているか不安になることがある。本来「改定」と言うべきこと、たとえば電車とかの運賃の値上げとか、消費税の値上げとか、保険の適用範囲の後退とか、そういう、本当にその変更が「正しくすること」なのか怪しくても「改正」という語を充てて、正しかったことにしてしまうような、そんな嫌らしさをこの語に感じてて、目に入ったら身構えるようになっている。疑い深い人間になってしまったのか…と非難される妄想にも苛まれたりするけど、でも、騙されたくはない気もしている。

 

・下降カテゴリ

いわゆるネガティブな作用の単語は日本語にも色々ある。しかしながら、それらの持つニュアンスなんかは微妙に違うわけで、例えば「腐敗」と「風化」は、同じ滅びゆく様でも、まず湿度の違いがあって、そこからニュアンス自体も全然違うものになっていく。結果として「腐敗」と「風化」はそれぞれが代替不可能な概念となっている。

それで、今考えているのが、こういった下降感のある単語を集めて、別カテゴリ扱いでそれ専用の辞典ページを作ろうかな、ということ。当然ネガティブな単語だらけになるので、見てて気持ちのいいものにはきっとならないだろうな、とすぐに直感できるから作成自体は躊躇われるけど、でもある程度整理できたら後々なんか役に立ちそうなんだけどなーと思う今日この頃。

 

・数える

我々は色んなものを数える。単にタイミングを測るために「1、2、3、4」とカウントを取ることも「数える」ならば、統計情報としてある災害によって亡くなった人達それぞれを単に「1」という数字にして量的に換算することも「数える」、死んだ息子やら娘やらが生きていればいま何歳だろうかと考えることも「数える」、借金を負わせた人に吹っかけるべく利子をきっちり上乗せするための計算をすることもある意味では「数える」etc…。

「数える」という概念を知らずに、「数える」という行為をせずに一生を終えることは可能だろうか、ということを考えてたことがある。大昔の人なんかはそういうことをせずとも暮らしていけたんだろうか。それでも、狩をして暮らしていたとして、食料は残りこれくらいしかないからぼちぼちまた狩に行かなくちゃ、という行為で「数える」ことをしている気がする。犬や猫は数えるということをしないんだろうか。巣に餌をひたすら運び入れる蟻や蜂のような虫はどうだろうか。

少なくとも、悲しくなるような「数える」行為はしたくないなあと思う。

 

カップまぜそば

ここ最近コンビニ限定的なカップまぜそばがめっちゃ増えてありがたい限り。油そばが手軽に食えるのは嬉しいし、逆になんで「お湯を捨てる」という発想がしばらく前まではカップ焼きそばやパスタにしかなかったんだろうか。

 

・悲しい歌

英語にすれば「サッド・ソング」。「悲しい」と書くけれども、実際には「誰かと別れた」「誰かが死んだ」とかの“悲しい出来事”だけでなく、「何となく憂鬱」とか「ダルくて死にたい」とか「貧しくて苦しい」とか「病がしんどい」とか「人生がなんか虚しい」とかいった、人生におけるプラスには考えにくいようなことを歌っている歌は概ね「悲しい歌」と呼んでいい気はしてる。

どうすれば「悲しい歌」と呼ばれたようなものになるかは色んなアプローチがあると思うけれども、叙事詩とかも含めれば、ずっと昔から悲しい歌は溢れんばかりにあるわけで、ただ、昔の叙事詩とかの「悲しい歌」は、単語の連ね方の響きや脚韻等でその装いを美しく整えてあるわけで、また近現代に存在する悲しい歌の多くも、美しいメロディやら、儚い美しさを盛り立てる楽器のアプローチやらが施されていることが多数。

思うに、「悲しい歌」の重要な機能というのは、「悲しい」ということをどうにかして「美しさ」に変換し、せめて聴いてる人たちに何らかの恍惚やら、感慨やら、エモみやらを抱かせることなんだろうなと。「悲しい歌」からしか得られない類の美しさ、うっとりする感じというのも確かにあると、多少生きてきてよく思うので、自分は他人の悲しい様子が好きなんだろうか…と時々不安な気持ちになったりもする。そういう不安もまた、ひとつの恍惚の形なのかなとか思ったりもしながら。

 

・カルチベート

 

勉強して、それから、けろりと忘れてもいいんだ。
覚えるということが大事なのではなくて、大事なのは、カルチベートされるということなんだ。
カルチュアというのは、公式や単語をたくさん暗記している事でなくて、心を広く持つという事なんだ。
つまり、愛するという事を知る事だ。

      『正義と微笑』太宰治より引用

この小説でしかこの単語を見たことがないし、多分「カルチャー」の動詞形なんだろうなーくらいの理解しかないけれど、この小説自体も太宰の作品の中ではそんなに好きでもないけど、でもこのとおりなのだと思うし、すべからくこういうことなんだと思って生きている。そう思って生きていくより他ない。今日の苦労も体調不良もカルチベート、明日の不安もカルチベート、昨日より今日の自分の方が愛を知ってるぜ、って、信じきること。 杖のような思想のひとつ。

 

【き】

・キック

ドラムセットのうちバスドラムの別称。真ん中の一番デカい樽みたいなやつ。足でペダルを踏んで叩いて、ドラムセットで一番低いドンという音を鳴らす。ジャンルによってはこの音が一番大事だったりもする(そういうジャンルは概ね生ドラムよりもリズムマシンとかっぽい気もするけども)。ことロックの分野においては、この音を固くするかもわっとした鈍い感じにするかでジャンル感が出る。ある程度のミュートはした上で、都会的な音楽なら固く、田舎的な音楽なら鈍くするのがセオリーなんかな。リンゴ・スターの時代から中に毛布を入れたりしてどうこうというロジックが研究されてきた。

 

金属疲労
普通の疲労が、蓄積したり減ったりを繰り返す程度のものというイメージがある一方で、金属疲労と言うとひたすらに疲労は蓄積していき回復することはなく、そしていつか寿命を迎えてポッキリと折れてしまうという。自分の疲労の仕方が金属疲労的な性質じゃないことをひたすら祈るばかりだけど、やがては金属疲労的な疲労の強迫観念に飲まれてしまうものなのか。それとも既にそうなのか。

 

【く】

・靴紐(2019.9.15追加)

靴紐はどうして解けるのだろう、ということを物理学とかではなくてもっとファンシーな哲学的に考えてて、物質が必ず最後は壊れるのと同じように、物事の結び目はいつかなんらかの形で必ず解けてしまうようにできていて、靴紐はそれを象徴していて、我々にそのような宿命を水面下で知らしめているんじゃないか、という結論になった。

そんなことよりも、キック力増強シューズとかよりも、靴を履くときは履きやすいようになってくれて、履いてるときはクッと脱げにくくなってくれるような靴の方が必要だしまだ発明されたり流通してたりしないもんかな、とか思った。自分の靴紐踏んでコケるのはウンザリなんだ。

 

・クラッシュシンバル

ドラムセットのうち一番派手に鳴らせる、一般の人たちがいちばん馴染みのあるだろうシンバル。普通に叩けばシャーン!って鳴る。うるさいので普通連発せずに小節の頭とかで鳴らすが、ともかく連打しまくるキース・ムーンみたいなドラマーがいたり、または器用にライドシンバルのバリエーションのように静かに、金属質なさざ波のように鳴らし続けられる人もいる。また、シャーン!と鳴らしたのを録音して逆再生させるとかなりいいSF感が出るガジェットと化す。逆再生シンバルはとてもかっこいい反面、ライブで再現するのがギターの逆再生とかに較べてより困難なのが悩ましいところ。それ用のサンプラーが欲しいところ。

 

クラビネット

鍵盤でなんか電気的にネチネチした感じの音を出す楽器、くらいの認識しかない。正直苦手な方の楽器。筆者はスティーヴィー・ワンダーとかのソウルミュージックをちゃんと聴いてこなかったのだ。大体、ただコードを弾くだけではサマにならず、なんか指をネチョネチョ動かしてファンキーなノリでプレイしないとかっこ良くならないとか、いけすかないじゃないか(圧倒的偏見)。

使用例で思い浮かぶのがソウルミュージックが殆どなため、都会的なイメージの強い楽器という印象もある。だれか田舎くさい、フォークやカントリーに合うクラビネットの使用例とか知ってたら教えてください。

 

【け】

・幻想

幻想の見方もどんどん歳をとって疲れ切っていくなあと。少なくとも自分に似合わないタイプの華やか過ぎたり甘過ぎたりするような幻想はもう全然どうでもよくなった。代わりに抱くようになってきた幻想の世界は、どうにも錆びてて寂れてて華やかじゃなくてみじめで、でもどこか安定してぼんやりと日常してる光景なんだけども、そういうのをどうにかしてアウトプットしたい、というのが今の気持ち。

 

【こ】

・幸福

そんなもの求めなくても生きていけるんだよ、と言いたいけれども、そもそも何が幸福なのか、その認識自体が最近はもうまるで分からなくなってきた。世の中で言うところの各種幸せの形が色々と理解できなくなってきてるまずい。

 

・コーヒー

旅行先の都市におけるコーヒーショップというのは荷物を抱えて歩いて疲れたり眠くなったりしたときの避難先として真っ先に挙がるところであるけれども、しかし、休憩&眠気覚まし・元気付けのために飲んだつもりのコーヒーで気分が悪くなることがしばしばある。原因は体調不良とかストレスとかによりコーヒーの成分が過剰に反応してなんかこう胃液とか覚醒効果とかがドバドバ出て却って良くない、みたいなやつらしいのだけど、つまりコーヒーによってその日の体調を測ることが出来るということ。そして測り終えた後、悪い結果のときは後悔しながらまた街を彷徨うことになる。

なので、カフェでオシャレで〜みたいなイメージでコーヒーを、コーヒーショップを捉えるのはやや正確ではない。その裏側では医学・人生観・生死が蠢いているし、そしてたとえカフェでMacBookを開いていても、案外その人は体調の悪い日で、気分の悪いままにタイプをしているかもしれない、この項目をタリーズで打ってる筆者のように(なお、レモンティーを嚥下中)。

実際、カフェにMacBookでやる気が多少でも出るのなら、躊躇わずにするべきなんだ。

 

コシヒカリ

たとえばコンビニのおにぎりとかに「魚沼産最高級コシヒカリ使用」などと書いてあると、世間ってそんなに最高級コシヒカリが流通してるものなのかよ、そんなものがこれだけ世に溢れてたら最高級もクソもないでしょ、とか思ったりもするけれども、しかし仮に「魚沼産最高級コシヒカリ使用」と書かれたコンビニおにぎりとそうでないコンビニおにぎりを食べ比べて、自分が前者の方がより美味しく感じないと、言い切れるだけの自信は無い…。

ただ、家でご飯を炊く限り、しかも何のこだわりもなくただおかずと一緒に雑に食べる為にご飯を炊く限りでは、コシヒカリもそれ以外の米も、それで味が変わったりするのかな、と思う。それらの違いを認識できない自分が悪いのか、認識できるように本来あるべき姿で調理できない自分が悪いのか。そんな違いを認識できないことは、たとえばこだわりを持って生産している農家の方々に対する罪なのか。ごくたまにそんなことを考えたりもするけれども、大体は何も考えなくてもお米は美味しい。


・5分
自分が思うところの「この尺を超えた曲は大曲だなあ」となるライン。ただ、ベテランアーティストになると尺とか細かいことを考えないのか、平気で長居曲を連発し、むしろ5分は短い方だったりしだすから困る。あと自分はプログレはそんなに聴かないけど、スロウコアはそこそこ聴いて、やはり長い曲が多いので、このラインは近いうちにもっと後退していくかもしれない。 

 

【さ】

サウンドハウス

地方で音楽をしている人たちにとっての生命線にもなりうる、ネット楽器店の雄。まずは欲しいものがここにあるか調べる、もしくはたとえば追加したいエフェクターのジャンルで調べて、出てきた一覧の中でなんだこれ?ってなったやつについて検索して調べてみて楽しむなど。ここに無かったものについてはデジマート等を見てみるとかネットオークションとか。ネットショップはしかし試奏が出来ないのが最大のネックだけど、それもVR技術が進歩したら解決したりするんだろうか(そうなると店舗は非常に厳しくなりそうだけど)。


Sunny Day Real Estate(サニー・デイ・リアル・エステイト)
エモの始祖バンドのひとつと言われるが、それ以上に、メンバーの強力な信仰によって音楽性が飛躍的に進化したという非常に希有なバンド。しかし『Killed By The Angel』なんていう凄絶な楽曲をつくるに至るような宗教ってなんだろう。あとこの曲の凶悪な使徒感ある感じ、エヴァか?ベルセルクか?日本のサニーデイ・サービスとは、活動時期が割と被っていることなどもあり混同されることも。まあ曽我部さんも時々エモやし(ライブでの『セツナ』とか)。
3枚目、4枚目のアルバムは本当に、これらでしか味わえない荒涼とした景色が広がっている。「絶対これは買い」の“絶対”にあたる。

 

・三大欲求
視聴に関わる娯楽の全てがインターネットで完結するようになって実店舗が全て滅びた場合の未来でも、スーパーマーケットや食堂なんかは生き残るんだろう。ホテルや旅館は形態は増えるだろうけど生き残るんだろう。性風俗も結局はお肌の触れ合いのことがあるから生き残るんだろう。三大欲求に関わるものはやっぱ強い。あとはスポーツ施設とか、温泉とか、そういうのは残るのかもしれないけど。
そう思うと、見たり聴いたりする文化に、どことなく根本的な切なさを覚えてみたりする。

 

・3分
“3分間のポップソング”というのはそれだけで素晴らしいと思ってしまう。60年代なんかは3分超えると長いと言われていて、でも現代自分が曲を作ろうとすると、3分を切ることはよほど狙ってやらないと難しい辺り、昔と今とでは尺に対する感覚が全然違うのかもと思う。自分の満足のいく展開を詰め込んだ上で4分を切って3分台に収まる曲ができたときはとても嬉しい。ので、適当に作ったときに尺が4分ちょっとの場合は、まず3分台に収めるための工夫から考える。現代での“3分間のポップソング”の名手としては、日本では草野マサムネ山中さわお木下理樹澤部渡などが自分の中ではまず挙がる。洋楽だと、Wilcoなんかはそのサウンドのゆったりさにも関わらずこの辺りの意識が高いような気がする。

 

【し】

・The Jesus & Marry Chain(ジーザスアンドメリーチェイン、ジザメリ

Ⅰ→Ⅳ繰り返しのコード進行に全てを賭けろ!というメッセージを永遠に放ち続けるインディーロック界の神様。来いよインディーロッカー、凝ったテンションコードなんか捨ててかかってこい!!

 

・失望
失望の蓄積はまるで荒野が広がっていくような感じがして、病みと気だるさの中間くらいの皮膚感覚ばかりが残っていく。

 

島村楽器

とても近しい知り合いが店員になって以降、悪口は言わなくなった。別に元からそんなに言った覚えもないし、また一時期ネットで「島村の店員お客さんに声かけ過ぎw」を忖度したのか、最近はそれほどでもない気がする。そもそも島村は品揃えも特別悪い訳でもないし、結構あちこちの街にちゃんとあるし、偉いと思うのです。

ただ、楽器については、インターネットで可能になってしまう部分があまりに大きすぎるんだと思う。。。

 

ジャズマスター

フェンダー社が発明したギターのひとつにして最高傑作。何よりもルックスがかっこいい。尖り具合と丸みが絶妙に調和したデザインはどことなく神経質で破滅的そうな音が出そうな雰囲気があり、実際にそういう風に使う人が特に90年代オルタナ以降増えたため、インディロックっ子の多くの人が使うようになって、今ではジャズマス使ってるとファッション扱いされることさえあるまでの存在感をシーンに持つようになった。いやーでもやっぱジャズマスやジャガーから出るビッグマフとかの音とかを視覚的に見てると、やっぱこれこそがオルタナですよ!って言いたくなる欲求に駆られちゃうのは、一体どこで刷り込まれた感性なのか…。

実際、特徴的で悪質なイモ螺子ブリッジを解決するだけで、尖りがありながらもかなりバランスいいギターになる気がする。なんかストラトみたいなのは嫌だって気持ちが刷り込まれてしまった筆者のような人間にとっては、これこそがバランスのいいトーンな気がするし、というか筆者の中で絶対視されるところまで行ってるので、ジャズマス以外のギターを買う気が全然起きないまである。壁にぶつけてもアンプを殴ってもジャック部分が陥没してもかっこいいギター。

なぜかボーカルギターの人に使われがち。一応サステインのなさがコードカッティングに向いてるとか言われるけど、単に偉大なジャズマスの先人にギタボが多いからかも。

 

・シャッフル(リズム)

3連符の2拍目を抜いたリズム、なんて言葉で書こうとすると妙に難しく、意識して聴けばなるほどと思うリズム。一定以上の速いテンポに出来ない・符割りをある程度以上細かく出来ない・フィルインがかなり限定されるなどの制約(?)を遥かに超えた個性が曲につく。曲に寄ってすげえ野暮ったくもなるしオシャレにもなる。アメリカ人の伝統的なリズムなのか昔のジャグからブルースからポップスから色々聴けるけれど、特にビーチボーイズが時々ブライアン・ウィルソンが取り憑かれたようにこのリズムの曲を量産しだすので特徴的だと思ってる。やっぱアメリカのバンドなんやなって。

 

・車内(2019.9.15追加)

車生活になってこの「車内」という概念を得たことは色々ぼんやりと新鮮で(しかし2年も経てば流石にかなり飽きてきたけど)、この「自分の部屋」でもあり「移動式の風景写真鑑賞室」でもあり「何もできない時の時間つぶし」でもある空間のなんともなあり方について、色々考えては考えがまとまらない。

ひとつだけ思うのは、車内にいて運転すればどこかの場所の近くには行けるけれども、でも車内にいる限りは決してそのどこかの場所にはたどり着かない、ということ。これは車で大都市の中心街を走るときに特に思うことで、車を置く場所とか機会とかがなければ、大都市の華やかな街角も田舎の殺風景な場所も、平等にただ通り過ぎていくのみだなあという、そういう、色んな場所を通り過ぎていくのに車という道具はとても適性があるなという。車内は空調が効き音楽も聴けるしどこかに停まって休むこともできる。ただ、車内にいる限りは決して、その光景に直に触れることはない。でもそもそも、どんな光景であっても、それに触れることなんてぼくにできるだろうか、とも思ってる。

 

・充電(2019.9.15追加)

電源を繋げずに使う場合のPCや、またはスマホの充電が少なくなると感じるタイプの切迫感って何かに似ているような気がずっとしてたけど、これはもしかしてRPGゲームのMP(マジックポイント)概念に感覚が近いような気がする。確かによく考えればPCやスマホによって可能となる数々のことは魔法みたいなところがあるかもしれないから、そういうデバイスは現代の魔法の杖かもしれないし、そうなると電力はそのまま魔力に相当する。魔法と違って使用中は常に垂れ流しではあるけれども。

それにしても、電気じゃない方の、もっとこう本来的に、この肉体なり精神なりに宿る方のMPのいい回復方法は無いものかなあと日頃ホントに思う。一時期はHPを削ってMPにできるような気もしてたけど、最近はそういうのも難しくなって、常にMPすっからかんで何も考えられないよ…みたいな状態ばっかでやってられねえ。誰かエーテルターボをくれないか…。

 

ジュブナイル(2019年9月29日追加)

今思うと自分は満足にジュブナイル小説とかを読んでこなかった人間なので、そういうのを十分に読んだ上で大人になった人から見える世界というのはどんななんだろう、とか思ったけど、数少ない読んだことあるそれっぽい小説の記憶を辿ってみると、『十五少年漂流記』はハッピーエンドだった気がするけど、『蝿の王』はなんか胸糞悪くなる感じだった気がするし、ジュブナイル小説読んだからって真っ直ぐな心が育つとは限らないのかもしれない、と思い直した。まあ、ジャンプ漫画とかは読んでたからそういうのもある種のジュブナイルでしょ、という。

あと現代だとラノベジュブナイル扱いされたりするんだろうけど、どの辺がジュブナイルかそうじゃないかの境界線になるんだろ。戯言シリーズとかでも十分ジュブナイルの範疇なのかな。

 

・殉
この漢字が使われる時のファナティックな感覚は何なんだろう。「殉死」にしても「殉職」にしても「〇〇に殉じた」とかにしても、どこかこう、何かその対象のために純粋な気持ちで命を捧げました、みたいな“美しさ”が強調されて、その死を取り巻く“死んだ本人の純粋な気持ち”以外の原因を全て見えなくしようとする力が働く。まるで何の理不尽も過酷さも抑圧も無く、本人の真っ直ぐな想いの果てにやむなく死去したような、そんなそら寒さがこの語に漂っている、と言い切ってしまったら言葉狩りだろうか。でも少なくとも、この漢字を使うような事態は避けないといけないような気がしてる。

 

・純粋さ(2019年9月29日追加)

「純粋さを失った人間が純粋な人たちの営みの光景とかを見て眩しく、羨ましく感じる」みたいな光景というのは何度も何度も、行政から企業から色んな社会の日常まで何度も何度も何度も再生産され続けてる。けれど、正直そんな風に感じるかなあ…と思うことが結構ある。

たとえば、世の中の難儀さや純粋じゃなさを十分に知った上で、純粋さの尊さを信じて、純粋さを大事にして振舞うことのできる人というのはいると思う。また、日々の営みの中で純粋さとか言ってられないくらいに疲れて、やさぐれて、朦朧として、アンコントローラブルに日々をやり過ごす人もいる。社会的にはきっと皆、前者を目指すべきなんだろうけれど、でも正直、話したいのは後者の人だったりして。

もっと言えば、純粋さというのは政治的正しさによる圧迫や、金儲けや、あるいは欲望のコントロールに使われてる気がしてならなくて、最近は純粋さから距離を置きたい気持ちすらある。純粋さ自体には罪は無いだろうに色々悪用されて…と思うと、純粋さの不憫さが可哀想になってくる。

 

・JC120

日本が誇る汎用型コンボアンプの名機。とりあえずこれとシングルコイルのギターとブルースドライバーがあればそこそこのクランチの音出せるでしょ(ハムは知らん)、っていう安心感がある。どこのスタジオにもライブハウスにもあるし状態も大差ない(大差が出ない?)ので安心するけど、でもライブハウスでJC2台あるところとかってなるとどうだろう。バンドのギター2人ともJCを使おうとすると難しく、結局どっちかがマーシャルとかツインリバーブとかで弾いてもらうことになるかと。

コーラスモードのとき、横のノブを幾ら回しても設定が変わらないというのは割と最近まで知らなかった…(ギタマガのJC特集で認知)。

 

・錠剤(2019年9月29日追加)

色々考えるとナイーヴな話になりそうだしそれは置いといて、ただひとつだけ。おそらく錠剤は噛み砕くもんじゃないよな…そのまま飲めるように、飲みやすいように包装してある訳だし。でも何故だろう、錠剤を噛み砕くという動作に、変な格好よさを感じてしまっているのは…今度試しに、錠剤、噛み砕いてみようかな。。

 

・シンギュラリティ

2045年問題などと言うけれどその頃まだ自分生きてるかもしれんのかー。東京オリンピック並みに信じられんなー。

 

・信じる

結局のところ、何かを信じている自分を信じる力が弱まると揺らぐもの。

 

・新東名自動車道

この前車で鹿児島から東京まで行ったとき帰りに使ったけど、めちゃくちゃ走りやすいですね!制限速度上限が大きいし、車線ゆったりだし、カーブ少ないし。サービスエリアの形はちょっとキモかったけどでもコンセプトはちょっとコロニー的でわかる。日本全国ああだといいのに…。

 

【す】

・スクーラー

アートスクールの同好の士のこと。概ねバンドや木下理樹のことをネタにしてしまうし、ファンじゃない人に強く勧めたりしない(できない)が、何故か概ね全ての楽曲(廃盤等で入手困難なものまで)を把握していることが多く、なんらかのレベルが異常に高い。お世話になっています。

 

・Skeleton Liar(スケルトン・ライアー)

筆者がthe pillowsで好きな曲ベスト1の曲。10年くらいガチで。ピロウズの淡々としたメジャー調いいよね…→サビの突破力で最強。『ハイブリッド・レインボウ』の最高の焼き直しとも言われる(呼んでる)。

 

ストレイテナー

2004年より1/3アートスクール。2008年より1/2アートスクールであることは有名。この辺の世代で長く続けていて人気も高いのはすごい。意外と幅広い層から人気があって「えっお前も好きなの?」状態になることしばしば。

 

・スーサイド

スーサイドするのはポエムか妄想かブログかツイッターだけにしときなさい。現実、あとSNSでもFacebookとかではやめときなさい。

 

・スネア

ドラムセットの中の太鼓のひとつ。いくつかある太鼓の中で一番高くハリのある音がする。個人的には、これの使い方及び音の質感がドラムの中で特に重要だと思う。ロックの分野では2拍目・4拍目にスネアを入れるのが定番で、定番過ぎるために逆に忌避されたり、かと思えば普通に使われてなんか安心感が出たりする*1。上記定番パターンに軽くゴーストノート入れてもいいし、小節の終わりにフィルインを入れるのもいい。材質や構造、及びチューニングで音の鳴り方が大きく変わり、スチュアート・コープランド(The Police)のようにパンパンに貼って高い音を出す人もいれば、チューニングを緩めて更にミュートして"死んだ木"っぽい鈍さを出すリンゴ・スターやリヴォン・ヘルムのような人もいる(個人的には後者がめっちゃ好き)。多くのジャンルでドラムセットの中でも華のあるパーツだけど、リズムマシンR&BHIPHOPをする時とかはハンドクラップに地位を奪われたりもする。

 

スリジャヤワルダナプラコッテ

実は世界一長い首都名ではないらしい。昔はそう習った(気がする)のに!ちなみにこの項目名は何も見ずに書けました。名称の由来は、「スリ(聖なる)・ジャヤワルダナ(第2代大統領名)・プラ(街)・コッテ(元々の街の名前)」らしく、「そこで切るのか…」の宝庫。

 

・スロウコア・サッドコア

パンクなどと同様、音楽ジャンルに留まらず生活様式にまでかかってくる概念なのではないか。“ポストロックな人生”は意味が分からないが“スロウコアな人生”はなんとなく判る。ただ、前途有望な高校生とかが「生涯スロウコアだよねー」とか言い出したら、哀しすぎる悟りを開いてしまったかただ調子乗ってるだけか判断つきがたい。

 

【せ】

・世界はさみしさでできている

Kalan Ya Heidiというユニットに書かせてもらった拙作の曲名のひとつ。この言葉以上に言いたいことを自分は今のところ持ち合わせていないので、貧しい創作もずっとこの辺のことの変奏にしかならないんだと思う。

あと、この曲の歌詞は自分が書いたものの中でもトップクラスに好きです。

 

・セピア色
セピア色に意味を何にも感じないようには、人間の感情は出来ていないんじゃないか、と思ったけど、いやでもセピア色の写真とかに何らかのセンチメンタルさを感じてしまうのも、おそらく何らかの文化的な成長過程による作用に過ぎないのかな、と思うと大したことでもないように思える。だけども自分はそういう過程を過ごし過ぎたのか、セピア色を全く無意味に認識することが難しい人間になってしまっている。

 

【そ】

・早退

みんなの夢。いつだって可笑しいほど誰もがいつも早退したくて生きるのさ。早退性理論。ホーミー早退。

 

ソニカ

軽自動車でお馴染みのダイハツが、タントがバカ売れした後に出した車。生活の道具として特化したタントと真逆に、走りに特化した仕様が当時の世間に全然受けず、3年弱で生産停止になったという薄幸さに惹かれた。ターボしか設定が無かったり、シートがセルシオと同じ?とかで、確かにかなり走れる軽。自分も青いソニカを中古で買って乗ってます。鹿児島から東京まで往復してもどうにかなった。今のところまだ輪廻の果てに飛び降りる予定はありません。。。

 

・Song 2(ソング2)

イギリスのバンド、ブラーの有名曲。アメリカでめっちゃ売れたらしい。「自分のバンドはUSインディー、まあグランジとかに影響受けててー」とか言ってるバンドの曲がどっちかというとむしろこの曲に似てる場合は何かしらの注意が必要な気がする。むしろ当時のデーモン・アルバーンとかがグランジを研究し尽くして作った「最小構成要素グランジ」なので似てしまうのは仕方ないのかもしれない。

 

【た】

・大根

私の自炊の時の食べ方は大根おろしオンリー。おでんの大根とか美味しいのにすごく好きなのに、なんでずっとこんな状態なんだ…。

 

タクラマカン砂漠

語感がいい。名前的に、中国領土内にあるとは思いにくいところがあり、領土の広さを感じる。

 

・ダス・ゲマイネ

太宰治の初期の作品にして最高傑作候補。青春のテキトーで軽薄な疾走感と破滅が直結し、キメッキメの比喩や自滅の底でたゆたう芸術観、ひたすら笑えるキャラ同士のやり取りや時代性を超越しすぎたメタい仕掛け、そしてそのすべてを最後ピタッと黙らせる締め方など、完璧すぎる小説。この時期の太宰作品の割に形式的な破綻が少なくするっと読めるが、しかし細部を見ると破綻の種がドロドロ脈打っているのも大きな魅力。太宰が始まったばかりの芥川賞を逃した直後の作品だが、(『道化の華』はともかく)『逆行』なんかよりも絶対こっちだろ、これに取らせろよ!って思う作品。

 

・タム

ドラムセットの太鼓のうち、ボンとかポンとか鳴る部分。スネアほど高くなくキックほど低くない。一番低い音のする、スネアと同じ感じで置くタムはフロアタムという。ロックに関して言えば、まずこれをハイハットやライドのように連打するかしないかで大きく分かれ、更にフィルインの時に使用するかどうかで分かれる。連打するスタイルだとサウンドの重心がグッと下がりワイルドな感じが出る。ワイルドさも、ルーズな感じにするかスピーディーで高機動な感じにするかでまた変わってくる。フィルインの場合はこれをどれだけ美味しく入れ込めるかにセンスが出る。リンゴ・スターはタムを加えたフィルインの天才で、彼の得意なバタバタモタり気味なフィルインは超多くの方々に親しまれ、時折モロにそれっぽさが出てるフィルインを見つけては、これは狙ってやってるんだろうかそれとも王道だからたまたまなのか…などと考えたりすることがある。

 

・誰も知らぬ

太宰治の中期の短編小説のひとつで、こっちは太宰という作家の主観とは遠く離れた、大正時代の良家のお嬢さんのちょっとした事件を描いた作品。太宰的な破綻要素がストーリー的にも形式的にも少ないが、ひとつだけ、ある少女の小さな破綻(しかも結局破綻しない)を目的地に徐々に、終いには文字どおり“疾走”していくストーリーは大正ロマンとしてあまりに甘酸っぱく完璧で、しかもそれを語る視点の存在がまた時間軸をどうしようもなく感じさせてくゥーってなるのでおすすめ。

 

【ち】

・チルアウト

この概念がいまいち実感できないのは、人生が常時スロウコア・サッドコア気味だからかもしれない。

 

・ちんぽ

英語の「dick」と日本語の「ちんぽ」の間の性質の差異を考えると、両国の根源的な性質が見えてくるのではないだろうか。

 

【つ】

・疲れ

色々なものを阻んでしまうもの。体力的な性質のものと精神的な性質のものとがあり、体力的なものは寝れば幾らか回復するかもだけど時々起きた時から疲れてたりする。精神的なものは何かに熱中するとかで一時的に忘れることとかが重要。時にこの辺が曖昧になってくると、何をどうすればこの身体にへばりついた疲れが取れるんだろうかと分からなくなって、手がつけられなくなる。特にそんな休日は嫌だなあ。

 

・つて

つてがほしい…何についても、何でもいいからつてがほしい…このブログは孤独だよ…。

 

【て】

・テープエコー

ギターを弾いてエフェクターに興味がある人は人生のどこかで高確率で、ビンテージなデカいテープエコーに憧れを抱く。けれども多くの人は、きっと本当はそんな実機なんて必要としていないんだ、ベリンガーとかでも全然問題ないんだろうな、とどこかで憧れを諦めてしまう。そうではない人こそが、巨大なああいうのを買い、管理に四苦八苦したりして、そのうちの幾らかの人がそこから本当に素晴らしいものを作ったりするんだろうな。

しかしこういう昔のデカいエフェクターに付き物のバッファ絡みの話、「繋ぐだけで音が良くなる」みたいなのはどこまで本当なんだろ。仮に本当として、どこまで自分みたいなやつがその違いを理解できたり、価値を尊重できたりするんだろう。

 

【と】

・トンネル
THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの「GT400』の歌詞にある「トンネルは続くのさ」の部分を「憂鬱は無くならない」みたいな意味に捉えるというどこかで読んだ文章に引っ張られ過ぎていたのか、それとも漫画『ドラゴンヘッド』あたりの影響か、自分はずっとトンネルを憂鬱さの比喩だと捉えていたけど、しかし自分で車を運転して田舎の方とかを走ったりしていると、トンネルがあることでどれだけ通行が容易になり、どれだけそこに住む人やそこを通る人の生活が改善されるか、ということを色々考えるようになり、トンネルという概念に対して暗いイメージばかりを持っていたのが申し訳なく思えてきた。トンネルが無いとまともに走りたくもない場所はたくさんある。鹿児島から熊本や福岡へ行く場合とか。

 

【な】

・無い

「無い」という言葉は、普通は何かがある状態がまず仮定されて、その何かが無い、という形で使われる。一方で「無」となると、何も無い空間とか、転じて虚無だとか、そういった風に使われる。どっちもどこか悲しげな概念だけど、よく考えると微妙にニュアンスが違う気がするな。その違いをどうにかして活かそう、という話にはなかなかならないのだけど。

 

【に】

西鉄大牟田

福岡市天神〜大牟田市を結ぶ私鉄の路線。この電車で行く方法が最も福岡市天神の大都会感を味わえる。福岡市に入ってから、大橋辺りから駅が天神に近づくに連れて周りの建物が大きくなっていく具合、薬院駅まできて「この後まださらに駅が…?」からの天神駅でソラリアビルに吸い込まれていく感覚は、大都会天神が最も大都会として輝く瞬間である。

 

【ぬ】

・抜け道

何らかの成功をした人について「どんな抜け道を使ったんだろう」とか思ってしまうことがあるけども、そういう人はその抜け道を掘るために相当努力してるんだよ、と常に自分に言い聞かせては自分の努力不足が恥ずくなる。ところでこの意味だと「抜け道=break through」という意味になるのか。

 

【ね】

・ねこ

「ねこ」ってひらがなで書くと「猫」とはなんか違う生き物のような感触が生まれる気がしませんか…?

ねこはいい。どこに行ってもいて、どこに行っても自由そうで、だるそうで、なんか染み込んでくるように可愛い。車で走っててねこの死骸を見かけてしまうのは、すぐ忘れてはしまうけれどもちょっとばかり物悲しい。生きていく上でこれから何匹のねこの死骸を見かけるのかと思うと気が遠くなります。

 

・年金

日本のこの世の不幸と不毛と理不尽とが詰め込まれた概念のひとつ。ちゃんと考えようとすると胸や頭が苦しくなって身動きできなくなりそうだからなるべく考えないようにしているけどでもそれって政治から逃げてるんじゃないのかって言われたらまあどうなんか知らんけどでも世の中の人はむしろこの概念について苦しみを覚えるくらい考え込んでしまったりしないもんなのか世の中の人はみんなサバサバしてるもんなのか???

 

【の】

・能動的(2019.7.16追加)

時折、果たして今の自分が能動的に行えることって何が残ってるだろう、と考えるとちょっとさみしくなってくる。もしかして両手で数えられるんじゃないか、とかよぎって、流石に数えるのは怖くてできないが。何かを能動的にしよう、これって意外と能動的に取り組めるんじゃない?ってものを常に探さないと、おれはエントロピーに対して弱すぎるんじゃないかなと。

 

・野ばら(2019.7.16追加)

ばらの花ってそもそもそんなその辺の雑草とかに混じって咲いてるもんじゃなかろうし、そりゃ昔は野に咲いてたかもしれんけど、今やそんな時代じゃなかろう、想像上の存在じゃろう、とか思っていたけど、そもそも「ノイバラ」とかそういう品種として存在してるんですね…。

ja.wikipedia.org…なんか、なんか思ってた「野ばら」と違う気がする。花言葉は「純朴な愛」と「孤独」だそうです。

 

【は】

・パーカー
防寒着。うちの一番暖かい服装は昆虫キッズのパーカーです。

 

・廃墟(2019.9.15追加)

廃墟とは未来に対するノスタルジーだ、なんて格言があるのかないのか知らないけれども、実際の廃墟が混じる町の光景、たとえば田舎なんだったりを車で通り過ぎてると、その光景を「これから滅んでいくところ」として認識してしまって、甘く気が塞がるような感覚がする。しかしながら、マンガとかのディストピアものではむしろ都市が廃墟になってる例のが多くて(『週末少女旅行』とか)、そう思うと都市というのも「より遠い未来には滅んでいくところ」として見れなくもなくって、その差は単に滅ぶスピードだけかもしれない。

そう思うと、田舎も都会も関係ないのだ、と思うことはある。それが本心なのか、都会から離れた暮らしからの僻みやら自分への言い聞かせなのかが判然としない。

 

ハイハット

ドラムセットのひとつでシンバルの一種。2枚を重ねてあって、足で閉じたり開いたりできて、開いてるとシャーンと鳴って、閉じてるとチキチキと鳴って、オープンで鳴らして閉じるとシャッて鳴る。ロックの世界では8分か16分かはともかく使用している間は叩き続けるのがオーソドックスだけど、ここの記事によると2017年現在でそのように使用するというのはどうも現代のR&B等に目配りできていない、よろしくない行為となるらしい。しゃらくせえ。実際ハイハットの使い方で楽曲のリズムの取り方が大きく変わってきたりもするから、大切な楽器のひとつ。スネアとキック合わせて3点とか言ったりもする。たまにはハイハットを一切叩かない曲なんかも面白いと思うけどそういうのって滅多に見かけない。あとクローズハイハットにエコーをかけると時々感動的な響きがして感動する。

 

・How To Go(はう・とぅー・ごー)

くるりの楽曲〔要出典〕。【Between Days】を参照。

 

・Happy Valley Rice Shower

北海道は旭川に本拠を置く、たびけんさんと彼を慕うっぽい人たちによって構成されたギターロック/シューゲイザーバンド。本当にバンドになって活動してるのがとても嬉しいし土日に札幌でライブするようだったら多少の休みをとって観に行きたい。何気に彼の作るトラックは全部彼の曲だなー、って感じが強くて、ギターロックでそれってとても強みなんで羨ましい。フリーダウンロードな楽曲はこちらから。HVRSはいいぞ。

 

・鼻息

鼻息荒い状態には常になりたくないけれども、しかしながら鼻息が死んでるような奴にもなりたいわけでもないし、また寝息の荒い状態も寝息が全然無い状態も嫌なので、安定した鼻息ができるようになりたいのでそうなると人には穏やかな暮らしが必要なのか。。。

 

・ハモる

数ある音楽に関する用語の中でも、なんかこれだけ俗語感めっちゃありますよね。ちゃんと言うなら「ハーモニーを付ける」とかになるのかなと思うけど、いちいちそう言ってたらクドくもなりそうだし、あまりに取り回しがいいから、俗語出身だけども正式な用語の身にまで上り詰めた感じなのか。

それにしても、適当にハモると大体合ってないの、自分の音感がなさすぎてがっかりする。。

 

・針
何かの端末とかで、針か何かで押せば製品出荷時に復旧できるような場合があるけれど、人体にもそういうのついてないかな。

 

ハンターハンターをネカフェで読み返す行為

こう書いて「最上級の時間の浪費」と読みます。ヨークシン編以降の話の組み方の複雑さと世界観と、それらを処理し解決するネーム力がホントハンパないから何度読んでも溜息出るし結果ネカフェに払う額が増える増える…。

 

【ひ】

・ビッグマフ

 その昔、ドイツ出身のイギリス貴族にヴォルフガング・ビッグマフ伯爵という人物がおり、彼は海洋帝国となりつつある当時のイギリスにおいて屈指の冒険家・侵略者として名を挙げた。彼自身はニューヨーク近海にて戦艦の大砲の暴発に巻き込まれてその波乱に満ちた人生の最期を迎えることとなったが、その後彼の莫大な資産がニューヨーク市に寄贈され、その一部を利用してエレクトロ・ハーモニクス社が作られたことは有名である。
       民明書房刊『銃・病原菌・ファズ』より

 元々ファズという楽器はトランペットの音をギターで再現するために作られたが、ビッグマフは強烈な音の壁を作り出す道具としてしばしば用いられる。その用途を考えるに、これはATフィールドを先取りした画期的な発明であり、マイク・マシューズはエヴァンゲリオンの重要な元ネタのひとつとされるし、実際にエヴァンゲリオンには標準装備されている。
 その由来からか効果からか、ギタリスト諸兄からはロマンの結晶のように見られており、たとえ普通にマーシャルアンプとかで歪ませた方が絶対にいい場面でも、ビッグマフを踏まずにはやってられない・気分が入らない、というギタリストも多い。ビッグマフを踏んでいるときだけが青春だったというギタリスト諸兄に敬礼を。
 また、その長い歴史の中で公式的にも様々なバリエーションがあり(ラムズヘッドやシヴィルウォーなどが特に有名か)、エレクトロ・ハーモニクス社以外のメーカーもビッグマフタイプのファズを多く出している。世界にどれだけの種類のビッグマフやその亜種があるか筆者は知らないが、それらの中でもナインボルト・ペダルズの『FISHING IS AS FUN AS FUZZ』はその値段と音のコスパがかなり最高だと思われる(最近買った。7,800円!やすい!)。

・ビッグママ
日本のバンド。聴いたことがないからよく分からないが、大いなる母を求めていることがそのバンド名から伺われ、転じてバブみの単位を表すときに使われる。

・ビッグマン
焼酎。また近年ではパーカッション楽器としても知られる。著名な演奏者はZAZEN BOYS吉兼聡氏。参考動画

・ビックリカメラ
このような単語を検索してもそれらしいものは出てこない。おそらく、ビックカメラ、もしくはドッキリカメラの誤記ではないかと思われる。

びっくりドンキー
ハンバーグ屋さん。ドンキホーテとは特に資本関係はないらしい。また、運営する会社は株式会社アレフというが、これまた某宗教団体とは関係がない。プレートにプチトマトがつく辺りが筆者にとってネックとなっている。

 

・Between Days

Red House Paintersの名曲。重厚感のある枯れたバンドサウンドは最高だけど、でもこの曲RHPでも、マーク・コズレックの歴史全体で見てもなんか浮いてないですか?浮いてるもんだから収録アルバムの『Old Ramon』はこの曲が終わると山場終わった感がしちゃうし、またリリースの数年後にくるりに『How To Go』でまんま持っていかれる。

 

Beyoncé(ビヨンセ

この世界に「やーいお前の母ちゃんビヨンセー」とか「お前の母ちゃん元デスチャー」とか言われる可能性のある子どもがいると思うと面白いですね。

 

【ふ】

フォネティックコード

いわゆる日本語で言うところの「“あ”は朝日のあ」みたいなのの英語版があるという話。特に聞き間違えが大損害に繋がる軍事関係で使用されるとかで、そういう映画やゲームとかに愛着ある人は結構普通に知ってるのかも。しかし自分みたいにWilcoの『Yankee Hotel Foxtrot』経由で知った人もそこそこの数いるはずだ…。

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Sが「Sierra」とか全然経緯がわからん。いくらでもSの単語あったやろうに。っていうかこうして見るとやけに人名が多いっすね。

 

・腹痛(2019.9.15追加)

程よい腹痛は物事に緊張感とスピーディーさを与える、なんて思えるときはきっと幸せで、結構な割合の腹痛はそれを感じてるときは他のことなんも考えられなくなるよ…ということ。冷えたものをグッと飲んで頭がクールに冴えてくれれば進捗もいい具合になっていいのに、どうしてそっちは全然効かずに腹ばっかり悪くしようとするんだおれの身体は。。

 

・不健康

不健康であることを裏返しの自己肯定にすり替えて生きていくのも限界があるんだなということを、三島由紀夫とかそういう歴史的な話とかではなく自分の実感としてよく分かってきている。少なくとも、鼻水がやたらと出続けるだけでまともに何か作業できる状態じゃなくなるもの。

 

・ブラックアウト

2018年の北海道地震において発生した停電のことを何故か今回急にこういう風に言い出したことにより、日本で広く言葉狩りされつつある単語。配慮というのは難しいですね。BlackoutじゃなくてComaならいいんですかね。

ちなみに「ステイション・ブラックアウト」というどことなくデヴィッド・ボウイを感じさせるようなよりカッコいい語句もあるらしいけど、こっちはもっとシャレにならんかったので流石に使う気になれないですね…病名といい、どうして問題ごとの英単語にはかっこいい響きのものが多いんだろう*2

 

・BD-2(ブルースドライバー)

ことギターの世界においてはRPGでいうところのどうのつるぎやミスリルソードで最後まで戦っていけることを身を以て証明するエフェクターのひとつ。どこでも買えるくせにそれっぽいジャキッとした歪みになる。むしろ所謂ロキノン界ではこれのモディファイ辺りが最強装備になりかねないし、モディファイもどことなくFF7のバハムートがどんどん強くなる感じに似ている。曲名に使うほどthe pillowsゲキ押しのはずなのに山中さわおはわざわざLine6の重そうな歪みマルチのTube Driveなるものをメインの歪みにしていて何がしたいのかよく分からない。

 

・プレイリスト

iTunesがくれた楽しみのとても大事なもののひとつは、ストックした音楽で簡単にプレイリストを作れることだった。プレイリストを作り続けることはいろんな目線を教えてくれる。楽曲の並びの先頭がどんな曲だとどんな具合にキャッチーになるか。2曲目や3曲目への連続性への目配せ。こういうアウトロの後にこういうイントロが来たら景色がパッと鮮やかに切り替わっていいなとか。楽曲群の中でここで山場を作って、その後テンションを少し下げていくといいチル感が出るとか。最後の山場をこういう風にして、最後にさらっとした曲でうっすら寂寥感残して終わろうとか。

プレイリストを作ることは作品集を作ることの始まりだし、プレイリストについて色々と考えを巡らすことは作品集の構造についてあれこれ妄想し出すことに直結しうる。何よりも、いい感じに大好きな感じの曲が続いていい雰囲気が続いていくのは、もしくはそうなるように曲を並べていくのは、それでしか得られない楽しさがある。DJ的であるとかとは別に、プレイリスト的な想像力とかもあるよなって思う。

 

・文章力
本当に文章力ある人は読んだ人が感心したり納得したり感情移入したりする言葉の並べ方ができると思うけど、そうでない人で「自分は文章力がある」と思ってる人は時にその絶望的な言語センスでクソの山を築き上げる。ちょうどこの辞典、このブログのように。

実際「文章を書けば書くだけクソを生み出し続けているんじゃなかろうか」という不安は常にあります。。

 

【へ】

・ペシミスティック

今更自分がペシミスティックであることを否定する気は無いけれど、その上で常に気をつけないといけないのは、ペシミスティックでありすぎるあまり、他者に対して攻撃的にならないようにすること。悲観や厭世の気持ちを剣にして他人に向けてはいけない。切っていいのは常に自分の腹とか首とか手首とかだけだということを肝に命じておく。

 

・Pet Sounds(ペット・サウンズ)

ビーチボーイズの1966年のアルバムにして世界一美しいかもしれないアルバム。このアルバムを美しいと思っちゃった時点で貴方の所謂体育会系方面な人生の発展は無理ではないだろうか。『You Still Believe In Me』の「I wanna cry」のところとその後の展開でグッとこない人はもうアレだよって時々疲れてるとき思ってしまうくらいすばらしい。これに限らずビーチボーイズ聴いてるとリバーブ感って超大事だなーと思う。

 

【ほ】

・放蕩息子の迷走

筆者がやってた前の前の前くらいのブログ。書いてた記事数は一番多いのか。学生の頃だったので時間がたっぷりあった模様。今読み返すと恥ずかしくて死ねる部分が多々あるけれどもしかし意外と検索で出てくることがあるのでこわい。やってること自体は今と大して変わっていないかもしれないけども。

 

・放蕩息子の迷走part2

筆者がやっていた前の前くらいのブログ。すぐにやめた。なんだったんだろう…どこのプロバイダだったかさえ忘れた…。

 

【ま】

・まかない飯

どこかのブログの文章でとあるミュージシャンズミュージシャンの音楽のことを「まかない飯的」という言葉で紹介してあった。つまり、お客さんに出すというよりは、同業者同士で楽しむような性質のことを言っているようで、なるほどなって思ったと同時に「まかない飯」という概念を覚えて、また「まかない飯」に対するバイアスが生まれた気もした。

ところで、まかない飯のつもりで作って、同好の方々にもまるで見向きもされない作品とかそういうものは一体どうなってしまうんだろう。

 

松屋
出先で朝食を摂るときまず挙がる選択肢のひとつ。
400円でソーセージ定食(ソーセージ、サラダ、目玉焼きに牛皿)が食べれることは非常に、非常に大きい。ご飯がお替わりできるとはいえ同価格帯のやよい軒の朝食メニューをおかずの豊富さ(あと調味料の多さ)で圧倒している。

甘いものが食べたいときの一番の候補はミスタードーナツ

 

マンドリン

ウクレレとは違う楽器だと認識してるけど、正直目を瞑って聴き比べられるか自信はない。あと調べてたら190万のマンドリンとかもあるようで、マンドリンで車が買える!

 

【み】

ミスタードーナツ
出先で朝食を摂るときにまず挙がる選択肢のひとつ。
  ・朝に甘いもの食べてコーヒー飲んでパソコンとか開いて作業したい。
 →・ベローチェがベストだが店が多くないのと人が多すぎ。
 →・ドトールは甘い方面のパンがない。
 →・スタバは行かないし高い。他のコーヒー屋は知らない。
 ⇒ミスドだ!
塩気のものが食べたいときの一番の候補は松屋

 

【む】

・報い

他の人から良くしてもらったらことにはできる限り報いるようにしたいけれども、自分が頑張ったことについて、それで自分が報われることを目的に頑張ってるわけじゃない、頑張っていることそのものが目的であり情熱なんだと思い続けてきた。けども、頑張ったうちのある程度は報われないと、どこまで頑張っても工夫しても熱中しても、その先に何も無い、ひたすら虚無な光景しか無いような状態になってしまう。それが全然気にならないくらい集中して何かに向かっていければ、それはそれで凄いものができる気はするけど、でもしかしながら、報われ欲しさに冷静に自分の手法とかを見直し、ある程度報われやすくすることは、結果的により良い結果に結びつくかもしれないし、それである程度報いを回収できれば、精神状態もいくらか取り返しがついてくれる。

一番困るのは、ある程度報われやすくなるよう改善しても、さらに改善しても、一向に報われが見えてこないような状態のことだ。

 

【め】

・メモ帳

自分が移動中とかに文章を書き溜めるときは殆どiPhoneのメモ帳機能を使ってる。こういうのが広がると、「メモ帳」という概念も、たとえばメモ帳の形をしたアイコンとかも、今の若い人たちで電話が「どうして📞なマークが電話なのか分からない」みたいなことをこと言う人がいるとかいないとかだけど、それと同じ感じになっていくんだろうなって思った。

 

【も】

・目次(2019.7.16追加)

最近このブログを見る人が少しでも取り回ししやすくなるよう、目次をつけるようにしてるけど、そもそも大見出し・中見出し・小見出しみたいな3段階を活用しようと思ったら記事を書く前の構想の段階から調整しとくべきだろうし、基本そういう調整が苦手というかそもそもあまり考えたことすらないので、うまく使いこなせているか甚だ怪しい。

 

・持ち腐れ(2019.7.16追加)

たとえば自分が死んだら、ここまで自分が蓄えてきた知識とか、それ以上に何かに対する「思い入れ」とかは一緒に土の下とかに消える訳で、それは結果的に宝(かどうか疑問はあるにせよ)の持ち腐れなのかなあ、と思うと、せめて死ぬより前に、そういう幾らかでも価値のある「思い入れ」は、自分というHDがクラッシュしても大丈夫なようにアウトプットしておきたい、とか思ったりしませんか。このブログもそういう感じの気持ちで運営してます、と言うと流石に大げさすぎるのかな。

 

【や】

・やめどき

色々と分からないことが多い。スパッと切り替えて生きていける人たちのこともよく分からない。色々あるんだろうなあということだけ思う。

 

・Yankee Hotel Foxtrot(ヤンキーホテルフォックストロット)

Wilcoの2002年リリースのアルバムにしてもしかしたら世界一素晴らしいかもしれないアルバム。どのくらい寄与したのかよく分からんけどジム・オルークは今作に関わったというだけで超絶にアレ。これをオルタナカントリーの入り口にしてしまうと本来そう呼ばれる作品を聴いたときに「これただのカントリーやん…」ってなってしまい困る。ポストロックとも、スロウコアとも、オルタナフォークとも被るようでそれらのどれかではない、絶妙に形容しがたい立ち位置と、隙あらば空間から滲み出してくるノイズがダークカントリーの妙味を放ちまくってる。

 

【ゆ】

雪風

スピッツの『雪風』リリースを「卑劣!艦これ人気に便乗!苦情殺到、待ったナシ!!!」って思ってたら思いのほか歌詞が近年に無く生死の狭間ってる素晴らしい歌詞で、そこに艦これのげっ歯類の史実とオーバーラップした絶妙な儚さが乗ってなんかすげえ物悲しくも愛しい世界観が醸造されてしまった。

 

【よ】

・夜風(2019.7.16追加)

夏は恋しく、冬は疎ましい。でも、冬に夜風を感じると、ただでさえ透き通ってる感じのする冬の空気が最上に澄んでいく気がして、そう思うと好きなんだけどでも寒いもんは寒いですよね。まあでも夜風は基本好き。なんかかっこいい。都心で受ける夜風も、海ばたで受ける夜風も、山の方で受ける夜風も、家の近所の夜風も、なんか理由も根拠もなく透き通って感じたり。

 

【ら】

・ライドシンバル

ドラムセットのうちリンリンリンって鳴らす部分。シンバルを刻む場合、概ねハイハットかこれのどちらかを連打することになるけれど、これの重要なところは、ハイハットで刻む箇所とライドシンバルで刻む箇所で、楽曲の構成がガチッと左右されるところ。ハイハットとこれの切り替えが鮮やかに決まるかは曲構成の組み方に懸かってくるので、個人的にはバンド一般の中で、ドラムは曲構成に一番影響のあるパートだと思ってる。ライドシンバルを16分で連打するのはハイハットと較べて開放感がある感じがするので、ハイハットと印象が全然異なる。


・懶惰の歌留多(らんだのかるた)
太宰治によって、彼の初期と中期の間頃に書かれた小説。タイトルのとおり、いろはの順番でそれぞれの小話というか作者の妄想というかが綴られていく様は基本的にユニークで、そこにさっと鮮やかな酷薄さを忍ばせる手腕は、彼のどん底期においてもその力量を存分に表している。
この辞書も、じつはこの小説とおなじ形式で、各項目ごとにちょっとした小話を挟む形で書こうかと当初思ったりもしたのだけれど、そうすると絶対に挫折すると思われてやめることにした。

 

【り】

リズムギター

リードギターじゃない方のギター、コードカッティングやリフ等でリズムを担うギター、というのが元々の意味だろうけれど、ボーカル兼ギターの人は大体多かれ少なかれこの役割を担うことになると思う(歌いながらリードフレーズ弾くとか変態的だしやこわい…)。

世の中のギター情報はかなりリードギター用に偏っていて、エフェクター選び等でもリードギターに較べて何が必要か明確じゃない感じがする。勿論何を使ってどんなことするかで必要な音は違うけども、ややジャキっとしたクランチな音でコードカッティングするだけならブルースドライバー1個あればひとまずはできる気もする(ブルースドライバーの有用性はボリュームの追従性とか何とかよりもむしろここだと思う)。あとは単にコード弾くだけの動作でどんな音を出すのかは弾き手のイメージ次第。このときハッタリかませられるエフェクターには飛び道具的要素が求められたりもする。

リードギターに単音弾かせるなら必然的に面的な音はリズムギターが負う訳だし、そうなるとかなり大事な気もしてくる。

 

・RT(リツイート(2019.7.16追加)

このブログのPVが伸びるべく、常に待ち望んでるもの。特に著名人の皆様のRTは効きが違うので何卒よろしくお願いしますと卑しいことを考えてしまう今日この頃。ただ、ちゃんとリツイートしてもらえるよう、常にブログの内容はちゃんとしないとなあ、と、常に不安なテキストの数々を思い返しながら、一回死んでやり直したほうがいいんじゃないかと自身の文章(とも呼べるか怪しいぐちゃぐちゃの塊)を呪いながら、でも精進していきます。

 

・リバースリバーブ

ある種のシューゲイザーサウンドの正体。多くの人がきっとファズやディストーションを色々探した末に「こっちかよおおおお」みたいになってそうな感じがする。元々はレアだったけど今はマルチストンプでダウンロード入手とかできるから、音自体は意外と出しやすい。ただ使い所がね…。

 

・リバーブ

所謂デッドな状態の音をもっと馴染ませる方向のアンビエンス的なリバーブも特にミックス時をはじめ非常に重要かとは思うのですが、しかしながらギターのエフェクター的にはむしろギターの音をギター的な音とは違うものに変質させる働きとしての側面が大きくなってる気がする。それがシューゲイザーというジャンルの功績のひとつだったのか、シマーリバーブがその流れを加速させたのか、どうなのか、よく分かりません。

ひとまず最近分かったのは、リバーブにディレイがかかるかもしくはディレイにリバーブがかかるかするようになるとなんかぶんわあああって音が鳴るんだなあということ。

 

・リバーブ

こういう言い回しをするときのリバーブっていうのはアンビエンスの話が大半な気がする。しかもすごく特徴的でいい感じのリバーブ感に限って、スタジオの構造自体がいいリバーブ感持ってる、みたいな、小手先の機材では根本的にどうにもならない感じのことが結構あるので、そういう意味では田舎に家買って音鳴らしたいなあ特にドラムの録音とかいい感じでしたいなあとか思ったりする。

ドラムがいい感じのアンビエンス感だなあと思った作品は、たとえば2018年のPinegrove『Skylight』とか。録音風景の動画を見てその圧倒的施設リバーブに私は絶望しました。

 

【る】

・ルーズリーフ

思えば大学生および就職浪人のときにしか使わなかった記録ツールだった。仕事では支給品のノートを使うし、仕事以外ではiPhoneのメモ帳とかをメイン使用してる。おそらく仕事で取るノートは後でそんなに見返すことないからとかそういう理由で、ルーズリーフの「編集のしやすさ」を全然必要としてないからか。それにしても、なぜだかルーズリーフには大学生的なノスタルジーさを強く感じる。何故なんだろう。

 

【れ】

・レモンティー

レモンティーのことを、この世で一番美味しい飲み物だとずっと思ってきたのだけれど、最近気付いたのが、それが午後の紅茶とかリプトンとか、そういうのを指してたっていうこと。

それはもう結構にびっくりして、あーそういえばちゃんと淹れたレモンティーって飲んだことないな、自分人生狭い範囲でしか生きれてないな…と深い溜息を人知れず密かに吐いたのですが、それももう昔の話。今ではコーヒーショップで長時間居座るときに、体調が悪くてコーヒーが飲めない(コーヒーの項を参照)ときに代わりに飲むものとしてアイスレモンティーは定着している。レモンと紅茶のダブルでクリーンな感じが爽やかにクールに身体を駆け抜けていき、そして打ち拉がれていた身体が少し軽くなったところで、また都会の喧噪とかそういうのに飛び込んでいくのである。

それにしても、手軽に買える飲み物として、午後ティーやリプトンのレモンティーは最高の存在だと思っているのですが。

 

【ろ】

ロードノイズ

自転車に乗りながら音楽を聴くことが世間一般的に厳しくなった現在、自動車は移動しながら音楽を聴く手段としては最良のものだなと、特に自由に気の向くままそれっぽい場所に道路の続く限り自由に行けて音楽が聴けるのは、音楽から見えてくる光景にも著しい変化を与えるものだし。

しかしながら、ことリスニング環境としては、ロードノイズが流れてくる音楽の一定の帯域をかなり聞こえにくくするため、そこはマイナス要素。特に高速道路走行時なんてベースラインとかよっぽど高音弾いてないと聞こえん。

おそらく、車移動が超絶当たり前であろうアメリカでこの問題が検討されていないはずがなく、向こうの国ではそんなロードノイズがあることを前提として、ミキシングの対策とかそういうものがあったりするんじゃないかと思ったりするんですが実際どうなんでしょうか。

 

【わ】

・#私を構成する9枚

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「9枚だけで構成されてる訳ないだろ」とか「お前を構成してるんは水と肉と血と自意識だろカス」とか思ったりしますが、ひとまずは上の9枚です(2017.2.13並感)。

 

思いついたときに随時更新。。。

*1:お前らのことだよRadiohead

*2:筆者が中二病なだけかもしれない