アートスクールのインディー2枚目のミニアルバムのレビュー。
MEAN STREET (2001/04/06) ART-SCHOOL 商品詳細を見る |
ブックレット中のイラストは恐らく殆どを大山が担当?クレジットには木下の名前も挙がっているが…もしかして『ガラスの墓標』のページの背景の街っぽいギザギザ?
今作はおそらく、木下史上でも最も他作品からのパクリ引用・オマージュにまみれた作品ではなかろうか。全ての曲で言葉なりフレーズなりリズムなり何らかの形で拝借している。それはもうもはや、欠点というよりむしろ魅力である。「あえてやってる」風なものも見られるため、もしかしたら『ヘッド博士の世界塔』的な趣向だったのかもしれない。
あと、他の音源では普通にアルファベットで書きそうなタイトルが本作では何故か全てカタカナで記載されている。当時なんか拘りがあったのか…?その割に作品のタイトル自体は『MEAN STREET』と英語ではあるが。
(『MISS WORLD』や『DIVA』など他の作品でもアルファベット英語とカタカナ英語が混在しているので、カタカナタイトル自体が今作以外皆無という訳ではないが)
1. ガラスの墓標
前作からの進化(ちゃんとトレブルの死んでない音とか)を如実に告げるミドルテンポの曲(ライブだと疾走って言えるくらいテンポ上がるけど)、にして冒頭から他作品からの引用の塊みたいな曲でもある。
曲全体のイメージを決定する、延々と弾かれるギターフレーズの無骨さが印象的。これはFolk Implosion『(Blank Paper) 』のフレーズをマッシュアップ的にがっつり引用。冒頭から飛ばしている。
曲調的には、長調短調が曖昧な木下節が既に確立された感のある、緊張感とロマンチックさの生きたメロディを、前半は抑え目、後半はドライブ感の効いた演奏で、5分弱という意外と短くない尺を一気に聴かせる。ただのルート弾きなのにやたら存在感の出てきたベースが特に演奏を引っ張っている。
また、「一回目のサビは押さえて二回目以降でドラマティックに演奏する」タイプの曲であり、そのドラマチックさがよく出てるギターのエモーショナルなフレーズや、ドラムのどっしり感、そして鮮烈なブレイクなど、シンプルながら演出に一貫性があり、最後のピアノの余韻まで一気に盛り上がる。
歌詞については、サウンド以上に引用のフレーズが多く、その不思議なコラージュ感覚が楽しい。
「今朝 僕は体を傷つけた」という冒頭からNine Inch Nails『Hurt』を思わせ、その後も中原中也にレオス・カラックス、ボリス・ヴィアンにフィリップ・K・ディックなど、様々なフレーズをちりばめる。そんな中で歌われるのは、甘美ながら次第にひんやりとした質感を増してきた逃避の世界。
「その涙 乾いたら/脱け出そうと言ったのさ/アラスカの街角で/君は笑った」
初期アートの歌詞は文学や映画のカットアップ+虚無的な冒険世界みたいなので出来ている。そういった側面が特に強いこのミニアルバムの中でもこの曲はとりわけその色が濃い。意外とこういうの未だに替えが効かない気がする。
2. ロリータ キルズ ミー
恐らくアートの曲の中で最も演奏回数が多いのではないかという、ライブでこれをしないことがあるのかというレベルの、初期の代表曲のひとつ。ベスト盤収録も当然。
楽曲としては、全体的にWeezer『Surf Wax America』をアレンジし直したような構成になっている。アルペジオはじまり、演奏の盛り上がり方、リズムの変化の仕方や歌メロの伸び方まで一致してて、初めて聴き比べた時は「おおぅ…」と思った。さらにサビのメロディはSuzannne Vega『No Cheap Thrill』に酷似している。
けどそんなこともうどうでもいい。「こうきたら盛り上がるしかない」的な展開、テンションの高い演奏(この音源だとライブでは再現されないピアノが一番テンション高いが…)、そして木下の所々不思議なところで区切りを付けながらテンポよく印象的な単語を連ねるうっすら血走った風の歌唱が、楽しくて仕方が無い。2分30秒ちょっとの短めの尺の中(終盤的なブレイクの箇所でまだ1分27秒!)を無駄無く駆け上がり下がりし、終いにはまたWeezer『You Gave Your Love To Me Softly』のメロディでスキャットしだすところまで含めて、ひたすらポップに徹したソングライティングが冴え渡る。
そして歌詞、こんな最高なパワーポップに、こんな歌詞がテンポよく乗ってしまう。
「夕日 ポプラ テニスコート/私に砂をかませないで/
憂い 射精 ハツカネズミ/こんな残酷な日は」
「I MISS YOU 白昼夢/カナビスが揺れた瞬間に/
散弾銃 真空管/美しく生きたいって誓ったんです」
野暮なことを言えば、「夕日、ポプラ、テニスコート」は太宰治『HUMAN LOST』の引用だし、「私に砂を〜」も太宰の『斜陽』だし、やはり他人のふんどし感は拭えない。でも、こういう言葉をこういうリズムで歌ってしまうのは紛れも無く木下理樹の功績だということは、少なくとも間違いないと思う。
この時期の木下が、こういう曲にこういう歌詞をつけれたというのは、なんか奇跡的なことのように思えてならない。こんな歌詞で、ライブで合唱が起こるようなバンド、他に日本にいるのか(現存してる中で)?単純に口に出して気持ちのいいしかも思慮っぽさも十分な単語の羅列、そこから浮かび上がる甘美で切ない世界観、変態紳士たちの心を撃つようなタイトル等々…。
この曲はもしかしたらアートスクールというバンドを越えているかもしれない…。個人的に日本のパワーポップ10曲選ぼうとしたら(『車輪の下』と迷いはするが)間違いなく入る大名曲。
3. ニーナの為に
一曲目で加速し、二曲目で高められたテンションが、この曲で静かに大爆発する。インディー期アートの名バラードのひとつ(あんまりバラード感しない曲だが)。
どっしりした演奏の中、冒頭やAメロ、ブレイクポイントでのディレイギターが印象的。ドラムの感じ、特に小節の最後でシンバル連打するとことかはPavement『Summer Babe』のオマージュか。ギターのコードやサウンド感はWeezer『The World Has Turned And Left Me Here』にも近い。
といってもこの曲のようなコード進行はありふれたもので、ギターのパワーポップ的盛りつけもそれほど特別ではない。それではどうしてこの曲がファンの間で名曲扱いされてるかというと、やはり木下のソングライティングによる土台が大きい。細かく単語を集めて文を切ってやや平坦にリズミカルに連ねるメロディは、自然でゆったりしたメロディみたいなのとは無縁のむりやり感・詰め込み感がある。特にそれは余裕のあるBメロを越えてサビになると特に顕著になり、Aメロと同じメロディなのに、とてもぎゅうぎゅうな感じになる。(ブックレットには書かれてないが)「I love you, I love you, I love you, my sweet Nina」の箇所の無理矢理感・むしろ歌えてない感、特にsweetの言えてなさ。そしてそこを越えて「笑って」と伸ばして歌うラインに到達するところ、ここに感動のポイントがある。演奏の録音のグチャグチャ感(本作でこの曲だけ特にぐちゃっとしてる感があるので故意か)も相まって、このサビの混沌具合は、不思議な浮遊感を生んでいる。
木下本人は歌詞はカットアップの手法で書くことがままあると主張するが、特にこの曲ではその感じがよく現れている。
「小指 性器 青いシュークリーム 注射 白夜 地下鉄の夢/
君はとても可愛い人で/何故か俺は泣きそうになる」
混濁したイメージを並べ連ねて、「君」の「笑顔」で突き抜ける詩作は木下理樹のキャリアを通じての傾向。特に「混濁したイメージの羅列」の方に木下独特の要素が出やすいが、この曲もそんな一例か。
4. エイジ オブ イノセンス
タイトルの引用元はスコセッシ映画の方かスマパンの方か。もしかしてスマパンが映画のを引用してるのか、その辺は知らない。
再び疾走系のナンバー。で、なおかつ「一回目のサビは押さえて二回目以降でドラマティックに演奏する」タイプの曲でもある。疾走系の曲でこのパターンなのは『ガラスの墓標』とこれの他は『アイリス』(『Requiem For Innocence』収録)だけか?そのセーブした箇所の繊細なアルペジオパターンと、動パートのギターのドライブ感(それこそWeezerっぽい)のギャップが演奏の主軸。
この曲はソングライティング自体に大胆な引用が仕込んであり、それがBメロ的箇所(「THE FIRST PICTURE OF YOU」等の箇所)。これはそのままThe Lotus Eaters『The First Picture Of You』のサビと完全に(歌詞まで!)一致しており、これはもはや隠す気はないと思われる。こういう引用があるため、ぼくは木下も渋谷系の人々(そう言えばこの曲にはそれこそFlipper's Guitarからの引用っぽい「陰画の様な」というフレーズもある)と同じ、趣味公開的なサンプリングを嬉々として行うタイプの音楽家だと認識している。好意的過ぎだろうか。
歌詞としてはそのBメロ的な箇所の他、サビがやはり耳につきやすい。
「リグレット 疾走 永遠に/陰画の様な真実へ/
リグレット 君は笑ったんだ/十一月の路地裏で」
ライブでは疾走は執政と歌われている。そうとしか聴こえない…。
5. ミーン ストリート
なぜかタイトルが二曲連続スコセッシ映画の引用でしかし、これまでのパワーポップ感とは雰囲気を異にする、初期アートの中でも浮いた存在感の曲。
これまでの直線的な演奏と全然違う、しなやかで機械的なリズム、ダークでダビーなラインを描くベースとファンク気味なギターカッティング、不穏なピアノ…この後のアートでもこの並びではあまり聴けないこれらの要素は、日向のヒップホップ趣向をアレンジに活かしたためらしい。後にZAZEN BOYSでヒップホップ的(とも微妙に違うような気がするけど…)要素に接近し、またさらに後には木下とKilling Boyを結成する日向だが、この曲はそれらに連なる要素があるような、無いような…。
この後ファンク要素は木下楽曲では第2期アートの『クロエ』までほぼ封印され、またこの曲のようなダビーな雰囲気の曲はさらにKilling Boyまで待たなければならないと思うと、この曲の異質さ・時期的な浮き具合が分かる。それにしても、この曲ほどダビーなムードの曲は2014年1月現在の木下の他楽曲にも無いような気がする。程よいテンションの低さがクールな印象。本作中の良いアクセントになっている。ライブではまず聴けない曲だが…。
歌詞。面白いフレーズなど抜き出し。
「逃げないと変われはしないの?作り笑い上手に浮かべて」
この辺りの卑屈な言い回しは特に『LOVE/HATE』の時期によく見られる(そういえばこの曲のサビメロはまさにその時期の『MEMENTO MORI』(『SWAN SONG disk2』収録)に使い回されている)。また、なにかとすぐ逃避行しちゃう木下歌詞に対する自己批評チックなのも面白い。
「心なら/閉ざしたままで/見た空は青く澄んでた」
この辺の虚無感が分かる人たちにいつかいいことがあればいいなといつも思います。
6. ダウナー
ミニアルバムの締めは、彼らのキャリアでも随一のローファイナンバー。録音のジャンクさ、歌やメロディのけだるさ等々、前作『SONIC DEAD KIDS』の音的なローファイさとは違う、本気で狙いに行ったようなローファイさがかなり魅力的。
冒頭から、Pavement『Shady Lane』のアルペジオパターンをそのまんま歪ませて演奏。もはや引用宣言めいてる。その後木下ソロ『NORTH MARIN DRIVE』のアルペジオパターンも交えつつの演奏だが、そっちもベチョベチョに歪んでおり徹底している(笑)
演奏としては特にドラムのヘヴィさが『ニーナの為に』と並んで良く出ており、パワードラマーとしての櫻井氏の個性がよく出てる。フロアタムの音とか重くていい。二回目Aメロのフィードバックしっぱなしギターのテキトーなアレンジもいい。
ぶっきらぼうなメロディをだらだらに歌うソングライティングと歌も全力でローファイに寄ってる。特にサビのだらしなさ溢れるポップなメロディと、超投げやりな「girl」の下がりメロディが最高。ダウナーを連呼するところも言葉の意味考えるとすごく適当で素敵な感じがする。
歌詞では、映画『アンダルシアの犬』や中原中也の詩などが引用されている。
「海辺のカフェ 花嫁の義手 アンダルシアの犬の涙/
彼女は笑った/真夏に咲く花は腐った」
「千の天使 バスケットボール 悲しい酔い 俺は孤独だった/
彼女は笑った/白昼夢の中 狂った」
やっぱり好きな世界観。ちなみに中原中也からの引用な「千の天使」は後に『LOVE/HATE』の曲中で羽根を焼かれたりする。天使も大変な…。
以上六曲。
色々書いたけれど、名盤である。日本のオルタナティブ系作品でここまで引用まみれ、特にもはやコラージュみたいな状態になってるのもないんじゃないか?とさえ思う。若き日の怖いもの知らずな彼らだからこそできた、その自由なアイディアは、しかし木下理樹のソングライティングという邦楽界きっての制約により的確にコントロールされている。そして雰囲気のいい、キメるところもしっかりしたメロディと演奏。引用のオシャレさと分かりやすく憂鬱でちょっとファンタジックで空虚な歌詞。インディーロックを制作する上で作ってて楽しそうな「雰囲気」が、この作品には充満してる。
楽曲的には、既に前作でほぼアートスクールの曲構成は完成しかけていたが、今作でひとつの完成を迎えたと言って間違いない。今作のパターンに、ダーク疾走系(『MISS WORLD』とか)とダーク陶酔形(『シャーロット』とか)が加われば、それで大体初期アートは賄えてしまうのではないかと思う(その上で『LOVE/HATE』以降のアレンジの変化を楽しんでいる)。特に前半三曲は未だにライブで演奏されることが多く(『ロリータ』とか皆勤なのでは…)、これからの各名曲に連なっていく「名曲」という感じがする(その点『斜陽』なんかは同じ名曲の括りでもどこか浮いてるように感じる)。
またこの作品は歌詞も面白い。引用語句と暗くてややシュールな世界観の楽しげなマッチ具合。これは他の鬱系バンド、例えばsyrup16gやBurgar Nudsなどにはあまりない要素で、初期ART-SCHOOLは特に鬱は鬱でもどこか世界を冒険しながらすぐに死んだり君が笑って救われたりなんかしたりといった要素が大きく、実は鬱バンドじゃないんじゃ…とさえ思う。その不思議な憂鬱さとわくわく感とプリティさのバランスがとりわけ良い感じなのが今作だと個人的には思う。
個人的にも、インディー時代のアートで一番好きな作品。それにしても、クレジットの、前作に引き続き有名人が並ぶスペシャルサンクスの欄…リヴァース・クオモとスティーブ・マルクマスと太宰治は追加しといた方がいいんじゃないですかね…。