ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『MISS WORLD』ART-SCHOOL

 アートスクールのインディー時代唯一のシングル。4曲入り、と見せかけて…。

MISS WORLDMISS WORLD
(2001/09/07)
ART-SCHOOL

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 細かいクレジットの掲載はブックレット中に無いが、ジャケのイラストは大山純、中ジャケは木下理樹でほぼ間違いない。中ジャケの絵の強烈さ…。裏ジャケはメンバーのスーツ着用の写真。特に日向の煙草をくわえた写真はヤンキー感ある。



1. MISS WORLD
 初期アート、特にグランジバンドとしてのアートを代表する典型的グランジソング。ライブでの出動率もかなり高く、ベスト盤にも収録されている。
 ソングライティングの段階から静と動をはっきり意識していたと思われる曲構成。マイナー調なメロディ、押さえたAメロから一気に跳ね上がるBメロへの変化など、NIRVANA風のグランジにするべく作られた楽曲だろう。同じグランジ調でも展開の多さなどでやや中途半端な感があった『FIONA APPLE GIRL』と比べて、よりすっきりとした構成を取っている。
 演奏もグランジをかなり意識した作りになっており、静パートのハーモニクスが特に曲を特徴づけている。特に二回目サビ以降のブレイクと炸裂を繰り返す展開はベタだが、しかしギターのフレーズにしなやかな上昇感があって盛り上がる。
 そんなグランジな楽曲だが、演奏面では、ライブでのそれと比べると、色々と印象が異なる。まず第一に、ライブでは疾走曲という印象だがこのスタジオ音源はテンポが遅い。また第二にディストーションギターの音がまたトレブルを削ったような音になっていて、駆け抜けるというよりは押し潰すような音である。そのため、スタジオ音源の方がライブよりももっと重たい曲な印象。ただボーカルはライブ時の方が切迫感がある気もする。
 歌詞についても、曲調の直球さを意識したフレーズが、特にサビに出現する。
MISS WORLD/硝子の向こうへ君は手を伸ばす/
 MISS WORLD/あの時何て伝えようとしたの?

散乱させた情景描写よりもこういう直接の動作や行動が増していくのが、この時期以降の初期アートの歌詞の傾向。より「君と僕」の関係性自体に焦点を移しつつある。冒頭のこんなフレーズもそれを象徴する。
君が失くしたら/僕は死ぬのさ/君が失くしたら/生きていけるはずがない
この辺り、引用よりもより直接的でダークなキャッチーさを歌詞で求め始めている。しかし一方で村上春樹『蛍』をモチーフにしたと思われる部分もある。
給水塔に立ち/行き場所を失った/蛍が一匹堕ちるのを見つめてた
 この曲は、ある意味最も典型的にART-SCHOOLしている曲だ。逆に言えば、このシンプルな曲によって彼らの音楽は判断されがちで、もっと色々面白いことやってるのになーとファンとして思うけれど、でもそんな分かりやすさを突き詰めた曲のひとつであることも間違いない。

2. 1965
 ここまでのアートの楽曲中でも最も淡々と進行する曲。エモーショナルな要素を排して、ミドルテンポのシンプルな8ビートと軽やかに変化して反復するメロディで聴かせる。いわゆるSmashing Pumpkins『1974』路線の曲。それよりもこの曲はもっと地味だが、その地味で空白感のある感じが魅力。
 本当にシンプルなアルペジオ、始めから終わりまでブリッジミュートされ鳴り続け決して普通に弾かれないギター、ほぼフィルイン無しのドラムなど、本当に平坦な演奏。そのためか、長調単調が曖昧な木下節の、しかし抑揚も最小限で押さえられたメロディが、より印象的に響く。サビ二回目が終わると寂しげなコーラス(木下ソロ『RASPBERRY』からの使い回し)とともに淡々とフェードアウトしていく様ももの寂しい。
 この曲でもうひとつ特徴的なのが、ギターの音にも歌にも、ほとんどリバーブやディレイがかかっていないこと。この曲と同じ系統の曲としては後に『LOVERS』『君は僕の物だった』等があるが、そちらが空間系サウンドで曲の雰囲気に浮遊感を持たせているのに対して、こちらはより無骨な音だけで淡々と進行する。よって、陶酔感の質もより荒涼とした、装飾のないものになっている。
 歌詞も、前曲の直接さはやや後退し、前作のまでような微妙なスタンスが割と前面に出ている。しかし言ってる内容はやはりより願望めいてきている。
1965年/パレードが続いた/美しいあの人に見とれた/
 1965年/ピンボールが壊れた/夕焼けを見ようとして叫んだ

名前を付けて欲しい/残酷な人/白日の下/
 あのパレードの向こうで/そんなに君はパラソルを振る
 名前を付けて欲しい/嘔吐みたいに/微笑みたいに/
 この世界で貴方が/汚れた時は生きていたくは無いのさ

前曲に続いて村上春樹(この曲のタイトルは『1973年のピンボール』のオマージュらしい)要素を忍ばせているのは、より分かりやすい引用を心がけたからか。この曲の淡々としたムードは春樹要素による分もありそう。そんな中で相変わらず中原中也から借用の「そんなに君はパラソルを振る」イメージが特別に鮮やかだ。

3. ウィノナライダーアンドロイド
 再び静と動のはっきりしたグランジ風ナンバー。こっちはメジャー調なのでダークさはあまりなく、グランジ寄りのパワーポップという感じ。
 というかサビ以外の部分のパワーコード進行には元ネタがあり(That Dog『Never Say Never』)、それにスピッツの『タイムトラベラー』や『群青』(後者はそっちのが後だが)でも聴けるようなadd9とsus4絡めたアルペジオを歪ませたものが合わさって出来ている曲。そのリフで押し切るポップなAメロから、上昇するコードに乗ってシャウトするサビに入る構成。歌のバックでシャウトが入る演出はこれが初出か。
 なんとなく、次作以降の『I hate myself』(『シャーロットep』収録)や『欲望の翼』(『Requiem For Innocence』収録)辺りに繋がっていきそうな感じの雰囲気がするのは、曲のポップな荒涼感とミドルテンポでどっしりさ二割増な感じのドラムが共通するからか。
 何気に間奏でギターソロがある。一見普通のことのように思えるが、初期アートはギターソロっぽいソロが異様に少なく(初期じゃなくても少ないとは思うが)、実は初期アートでも一番普通のギターソロ然としてるのがこの曲のプレイではなかろうか。
 歌詞は、タイトルに反して話しかけるのがアレックス(レオス・カラックス映画の初期三部作の主人公の名前)になっている。ウィノナじゃないのか…なんでこのタイトルなんかよく分からん…。「その灯りを」と連呼するサビの次第に切迫感が増していっている感じもアレだが、個人的に好きなのは以下の部分。
レックス/怯えた鳥が千丁の銃を撃つ/
 もう何も見なくて済むのさ/この眼を潰すだけで

元ネタあるのか分からんが、いい世界観。

4. ステート オブ グレース
 前曲の荒涼感を引き継いで静かに、次第に壮大に展開していく、アートのミドルテンポでロマンチック系の名曲のひとつ。音がもうちょっと良ければとは思う。
 遠くの砂嵐のようなSE(こういうバックでSE鳴りっぱなしにするのはアートではこの曲が初出か)からベースの和音弾きリフが入っていく展開のささやかな寂しさとポップさ。それを壊さない程度にテンポよく短いメロディの繰り返しで畳み掛けるAメロ、そして「一回目のサビは押さえて二回目以降でドラマティックに演奏する」の代表格のひとつであるこの曲、そのままのテンションであっさりな一回目サビの後、ベースがルート弾きに変わりギターも入り次第に盛り上がったところで二回目のサビの叩き付けるような展開。この曲の、演奏のペース配分が非常に好きだ。凄くドラマチックで、高揚感と荒涼感が絶妙に交差するサウンドは、バンドのミドルテンポ曲におけるアレンジの幅の広がりと同時に、音のスケールの広がりも感じさせる。木下のボーカルも、それに応えるだけの絶唱をサビで聴かせていて、それがとても美しい。
 個人的には、この曲の大山のギターのフレーズが全面的に好きだ。サビでの旋回するフレーズを繰り返すプレイは、特にこの後の初期アートの多くの楽曲(特にサビ)で登場し、木下の音量大きめパワーコードの重要なカウンターパートとなる。
 テンポよく歌うメロディに乗った歌詞も、今作中最も鮮やかなイメージや対比に富んだもので、大変素晴らしい。個人的に木下の詩作でも最も好きな部類で、全編引用したいが通報されちゃうので、お気に入りを一部だけ。
草原の上/怯えた鳥が/一羽堕ちて砕けて消えた/
 だけど何も恐れないさ/君はとても素敵な人だ

子供たちが宇宙を裂いて/手術台でくちづけをした/
 だけど何も恐れないさ/君はとても素敵な人だ

初期アートのイノセントな部分がもっとも美しく露出した曲だと思う。
 木下自身も気に入ってるところがあるのか、弾き語りソロで歌われたり、ライブでたまにレア曲的扱いで演奏されたりする。個人的にはもっとこういうタイプの曲を演奏して欲しい。

ボーナストラック. 車輪の下
 『ステート オブ グレース』が終わった後無音が続き、5分11秒から突如ベースが鳴り始めて、この曲が始まる。ライブで演奏しないことが殆どないように思われる程の、『ロリータ』や『MISS WORLD』やこの後の『FADE TO BLACK』『サッドマシーン』などと並ぶ定番中の定番曲で、個人的には、この曲こそザ・初期アートスクールな一曲だと思っている。
 シンプルな繰り返しと末尾の拍を取り払って前のめりに進行する曲構成を持つ、アートでも最も加速重視の疾走曲。…ではあるが、その評価はやはり、アルバム『Requiem For Innocence』に再録されたバージョンによる評価だという感じ。ここに収録されたバージョンは、テンポがライブよりずっと遅く、音もあまり良く無く、また歌のフックなども後のスタジオバージョンと異なる。
 どこかで見知った話だと、この曲がポップすぎるからまともに収録するのが躊躇われ、ボーナストラック収録にしてライブで演奏したところ大変人気が出たため、アルバムに再録して収録となったらしい。当時のファンの人たちありがとう
 何よりも、このボートラが後ろにくっついていることによって『ステート オブ グレース』がプレイリストに組み込みにくくなってしまっていることが一番の問題。裏ベスト出すならボートラカット・音質向上の上『ステート オブ グレース』を収録すべき。名曲が埋もれてしまっている。

 以上四曲。
 激しめの二曲と叙情的な二曲(+1)といった収録曲は、それぞれ前作からまた異なった方向のサウンドや世界観を模索しているところが伺える。どちらかと言えば、叙情サイド二曲の方が出来がいいような気がする。激しめ二曲の方向性は次作以降でより掘り下げられるし、またこのタイプの曲はライブの方が格好良いことが多い。
 次作『シャーロットep』で初期アートが完全に完成する(個人的には『EVIL』以降の作品はむしろ「典型的初期アート」を越えていく作品という感じがしてあまり「初期」感を感じない)ことを考えると、割と過渡期的な作品に思える。ジャケットもやや地味でついでにギターの音もどうも地味目(トレブルが弱い?)に聴こえるが、特に『ステート オブ グレース』にこの時期だからこその魅力を感じる。