1stフルアルバム『Requiem for Innocence』で有望新人バンドとして「登場」したアートスクールの、メジャーでは2枚目のシングル。4曲中3曲が後のアルバム『Love/Hate』に収録される訳だけど…。現在廃盤のアートスクール音源の中でもここだけでしか聴けない曲が『WISH』1曲のみという、購入に覚悟が要るシングル。まあその分相場も安めですけど。
EVIL (2003/04/11) ART-SCHOOL 商品詳細を見る |
ジャケット等のイラストは大山純によるもの。淡い青を基調としたジャケ表と柔らかい黄色で塗られた歌詞カード部の対比が眩しい。
裏ジャケはメンバーのセッション写真となっている。ひなっちの学生っぽさ!(多分服と髪型のせい…?)
1. EVIL
「日本初のグランジバンド」なる色々と問題ありそうすぎるフレーズさえ携えてシーンに登場したアートスクールが、そのパブリックイメージを逆にとことん追求した感じの、超ゴリゴリのグランジソング。結構なグランジ回帰が見られた近年のアルバム『BABY ACID BABY』等が出た今となっても、アートでグランジ曲と言えばやっぱこれだよなってくらいに、凄く端的にグランジした曲。
アートに限った話ではないのだけれど、日本に住んで音楽聴いてると、グランジというジャンルは、「シャープで静かなAメロ等からサビで一気に激しくなる」みたいなイメージがある。しかしそういうイメージを持った後に実際のアメリカのグランジバンド(当然リアルタイムな90年代前半辺りのそれ)を聴いてると、その静と動の対比はグダグダだったり、あるけどでもAメロもドロドロしたメロディでそれがサビでさらにドロドロに、みたいなのが多くて、イメージと違う感じがする。そこでじゃああの「静動キビキビとはっきりしたグランジ」のイメージってどこ起源なんだろう、と考えると、やっぱBlur『Song 2』なのかな、と思い至る。つまり、BlurがUSグランジを研究してさっぱりした形に整えた「グランジの作法」が、日本の各バンドのグランジに対するイメージに大きな影響を及ぼしていると、僕は思っている。この曲が日本のグランジに与えた影響、て内容でひとつ記事書けそう…。
この『EVIL』は、まさにその『Song 2』を下敷きにした曲と言える。この曲を評する際に「USグランジの強い影響下に云々」と書かれることは多いが、正確には「USグランジに強く影響を受けた『Song 2』に強い影響を受けた日本のグランジ」の最たるものなのかと思う。曲の出だしが重厚で無表情なドラムから入る構成が同じなら、クランチギターのリフ→激しいディストーションという構図も一致している。
ただ、そのSong 2と比べると気づくのが「より重く作ってある」ことか。それは音についても、歌自体、展開についても。
音について。タムを強調したドラムはこれまでのアートの曲でもとりわけ鈍重さを感じるものになっている。そこに乗っかるクランチのリフはSoundgarden『Room A Thousand Years Wide』のモロ借用であるが、音自体はSong 2的に乾いている。そしてそこに途中から入ってくるベースの太さ!この曲で一番重要なのはこのベースの音だと思う。コードが降下していくサビの轟音の中でもとりわけ存在感の大きいベースの音には、最早リード楽器的な存在感がある。
曲構成。Song 2でサビに当たる部分に、そこから更に別のメロディを加えていて、この部分がまさにこの曲のスポーツ的でない悲壮感を高めている。木下の、のたうち回る様なメロディのリフレインとそこから絞り出されたシャウトの切実さは、『サッドマシーン』で見せたギリギリさを通り越して、アウトな領域、凄絶な自暴自棄感を発している。アートスクール至上最も苛烈な轟音と虚無的で自虐的な詩情とが交差する、このシングルからアルバム『Love/Hate』に至る時期——「Love/Hate期」と呼称したい——の始まりを告げるこの曲の、最も悲惨な叫びが聴ける。
そして間奏の連続ブレイクの緊張感。重過ぎるベースを先頭にバンドが塊となって繰り返すリフの、すり潰す様な重み。バンド自体の軋みも、音圧によって吹き飛ぶ埃の質感さえも感じそうな程。
そして、「助けて」とか言えるレベルを通り越した先の破綻した状態を強く意識させる歌詞。
「見えるかい?/光の中で僕等/信じれるかい?/いつまでも血を流すだけさ」
「売春婦/俺の本能/これは何て/美しい気持ちだ」
特にキリキリするリフレインの箇所。バッサリとした諦観が気持ちいい。
「ねぇ焦がして/そう焦がして/そう焦がして/それだけで
その匂いで/その匂いで/その匂いで/哀しみで
見失って/見失って/見失って/僕等皆
灰になって/灰になって/灰になって/床に降るさ」
個人的な話をすれば、この曲が初めて聴いたアートの曲で、Blankey Jet Cityを既に聴いていたので、なんか声が似てるなって思ったけど、しばらくして、ベンジーよりもずっと歌がこなれてない感じで、そしてより詩情が悲惨に感じられた。その悲惨さこそが、その後『Love/Hate』に嵌り込んでアートスクールをとりわけ愛聴するようになった、その入り口だった。
アートのグランジ曲という範囲でなく、日本のグランジ曲でもしかしたら一番好きかもしれない曲。
2. WISH
前曲のリフのジリジリした余韻から一気に変わって、モジュレーションを効かせたシュワシュワしたギターを契機に高揚するグルーヴを聞かせる、2分ちょっとの疾走シューゲイザー曲。
4度のコード昇降を繰り返すAメロのシンプルさは非常に勢いがありながらもさっぱりと突き抜ける感じがあって、そこからサビでブレイクするという、ある意味今までと逆なパターンを採用している。つんのめり気味に叩き付けてはフィルイン入れるのを繰り返すドラムが特に勢いを作っている。サビのメロディはそのブレイクによる静寂の中でポップでロマンチックなメロディを描いている。シャウトもバッチリ入り、そこからまたドラムを中心に疾走に入る流れがとても気持ちいい。トゥルットゥーのコーラスも大変勢いがあってかつポップ。
いつもなら三回は回すサビが、この曲では2回で済まされている。そのお陰で曲が2分ちょっとという短い尺で収まっている。ちなみにアートスクールとしては『レモン』『雨の日の為に』に次いで短い(しっかり3回サビやって2分切ってる『レモン』はやはり際立ってるけど)。終盤でリードギターが上昇するフレーズに切り替える辺りも含めて、的確にシンプルさを狙った曲構成になっている。
勢いのある曲だが、その詩情は沈み込んでいく様なそれになっている。
「フィルムがゆっくり終わりに近づいて/見つめているだけ/感情がないから/ずっと
静寂/その中で/二人は血を流す/静寂/その中へ/二人は誓って堕ちて行く」
破滅的な映画のラストシーンに対する強い憧れは同時に、やはりLove/Hate期特有の澄んだ虚無感への指向を強く感じさせる。
アルバム『Love/Hate』にこのシングルから収録されなかった唯一の曲。たった2分ちょっとのためにわざわざシングル買うことになるが全然良曲。しかしバンド的にはやや消化不良だったのか、後に似た様なギターの感じ・曲構成で『イディオット』という曲を制作することとなる。
3. モザイク
先に述べてしまえば、アルバム『Love/Hate』の雰囲気を端的に表現した曲。つまり、虚しさが染み込んでくる様な荒涼とした静寂と、内に向かって行く攻撃性に満ちたディストーションパートのはっきりした、実にアートスクール的なグランジ曲。
イントロから入ってくるバックで鳴り続けるシンセの音。これはこの後アートスクールで本当に多用される感じの音。静パートの冷たい荒涼感の演出に役立っている。静パートはディレイがかかって消え入りそうなアルペジオと、一発の響きを重視したややR&Bチックなベース・ドラムの対比が印象的。そこに入る囁く具合の木下ボーカルはファルセットも交えられ、歌詞共々エロティックで退廃した雰囲気を醸し出している。
「終わりを見ているの/二人は立ち尽くしたまま
愛しい人/さぁ舐めて/永遠に君は他人だから」
そこからドラムの強い一音の後に激しくもダーティーな歪みギターによって静寂は打ち破られ、木下の歌も堰を切ったようにシャウトでブッ潰れる。キメも入るがこれはレクイエム期的なカッチリした鮮やかさはなく、重苦しさの中をファズ感丸出しのギターの音が粘っこく響く。
「How does it feel?/何も感じないさ/How does it feel?/そんな眼で見んな」
特に二回目のサビ以降はシャウトの連打が入るが、ここでのシャウトもLove/Hate期特有のかなり悲惨気味なそれで、当時のバンドの絶望的なテンションを感じさせるヒリヒリしたもの。更にそのバックで鳴るギターも、レクイエム期の神経質な音とまた違い、復音で激しくも透明感のあるプレイで、激しさをよりスケールの広い感じに響かせることに大いに貢献している。特に最終盤の淡々としたリフレインから再び絶望的なシャウトに向かう流れの壮絶さが鮮烈。
最後はキリキリしたバンドの緊張感を確かめ合う様なプレイ。これはSuperchunk『Animated Airplane Over Germany』に影響されたものとも言われる。次作『SWAN SONG』収録の『DRY』という曲でも同じ締めが採用されている。
Love/Hate期の音源に共通するところに、虚無的な感覚を表現すべく荒涼とした奥行きの感じられる音作りが為されているというのがあるが、この曲などはその典型で、その中でミドルテンポでバンドの激しさや木下の世界観の絶望的っぷりを上手く表現している。痛々しくも陶酔的で虚無的なグランジ曲はLove/Hate期に度々制作され、登場するたびによりしんどい詩情になっていく。
4. ジェニファー’88
今作、に限らずLove/Hate期の楽曲で一番レクイエム期までのある種楽天的なポップさと疾走感とを持った曲。既に緊張感がびっしりな今作をポップに締めくくる。
イントロがThe Lemonheads『Kitchen』なのかそれともMy Bloody Valentine『Drive It All Over Me』なのかは意見が分かれる。リリースはマイブラの方が先なのでレモンヘッズもパクってたのかそれとも…単なる4度のコード昇降なので偶然被った可能性も…少なくとも木下がどっちも参考にしてないことは考えにくいが。
曲自体は先述の二曲を受け継いだ様な感じ。つまり、仄かなシューゲイザー具合を纏った疾走感、それが気持ちいい。Aメロはドラムのタムを多用したプレイなどもあり、メロディともに地上を高速で這い回るようにも感じられる。そこから木下ソロ『GLORIA』から引っ張られたメロディで高く飛翔する感覚は、後に度々登場する木下流ギターポップの先駆けのようにも感じられる。血走ったシャウトも無いので純粋に気持ちよく楽しめる。アルペジオ混じりで旋回するギターもかなり賑やかで爽やか。
アートスクールにおいて珍しいギターソロが存在することもこの曲の突き抜ける様な痛快さに役立っている。このギターは木下によるものらしく、同じ音を何度も繰り返しながらせり上がって行くノイジーなプレイはイノセントなパワーポップ的で曲の雰囲気に合っている。
歌詞の方も、Love/Hate期的な単語に満ちてはいるが、でもどこかレクイエム期もしくはもっと前、ソロ期にまで掛かりそうな逃避行っぽさが感じられる。明確に女性に呼びかけているからか。
「ねぇジェニファー/はぎ取ってくれないか?/そうジェニファー/君の冬が聴こえるよ
ねぇジェニファー/僕は汚物まみれ/そうジェニファー/悲しくも無いから」
以上4曲。
アルバムに三曲も収録されてしまったせいでLove/Hate期のシングルでは一番印象薄い感じもあるが、この並びで聴くとこれはこれでまた結構強力で、自分がリアルタイムでアルバム『Requiem〜』の後にこのシングルを購入してたらぐっときてただろうなという感じがする。
前作アルバムからの変化が色々見られる。ギターの音はよりエフェクティブになり、曲調や詩情の変化に合わせて効果的な音を添えている。またベースの存在感がより向上し、サウンドの重量化に貢献している。
一番変わったのはソングライティングの部分か。前作アルバムの決壊しそうな雰囲気を通過し、決壊した後の残骸を眺めている様な詩情が一気に増えた。オルタナ・グランジ的な破滅衝動はより極端に抑揚づけられるようになり、そして木下は血を吐く様なシャウトをその細い声を必死に歪ませて発する。
この後ミニアルバムともう一枚シングル、そしてアルバム『Love/Hate』に到着するが、それと同時に崩壊していくバンドの、その出発点の様な雰囲気もある。飛躍と墜落、その両方が覗き始める作品。