ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『Yankee Hotel Foxtrot』Wilco(9/12 Pot Kettle Black)

 アルバム11曲のうちの9曲目。アルバム中でも割とゆるくポップな2曲を経て、アルバムの最終局面に向かって密やかに加速していくような、そんな曲です。このアルバムでも爽やか系な楽曲なのに、『War on War』並に毒気を持ってる感じがします。

 ちなみにこの曲のタイトルはおそらく、英語の慣用表現「pot calling the kettle black」(意味:自分のことを棚に上げて他者を批判する。所謂「目糞鼻糞を笑う」*1。)から来ている模様。この時点で既に割と軽快な曲調の割に平穏じゃないなあ…。

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Yankee Hotel Foxtrot

Yankee Hotel Foxtrot

Yankee Hotel Foxtrot

Yankee Hotel Foxtrot

 

9. Pot Kettle Black

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楽曲精読

 前曲までで牧歌的で楽しげなやつは終わりだ!とでも言わんばかりのフィードバックノイズからこの曲は始まる。フィードバックノイズはこの曲では他の箇所でも所々顔を覗かせ、本来爽やかなはずのこの曲の背景で不穏さを密かに振りまいている。

 楽曲のタイプとしては、『Kamera』『War on War』『Heavy Metal Drummer』と同タイプの、メジャー調で軽やかなビートでサラサラと駆け抜けていく曲。しかしながらこの曲は、冒頭のフィードバックの段階でも察せられるけれども、『War on War』と並ぶくらいに色々と、楽曲自体のサラサラ感に反してこのアルバム的なアレンジが施されている。もっとも、ボーカルもややボソボソした感じで歌われ、声も重ねられて録音されているので、爽やかな曲調に反して肉感っぽさが失せていてクールな作りになっている。

 ビート的には、ハイハットを4分で、しかもややオープン気味に大雑把に刻んでいることもあって、少しばかりスイングを感じるビートになっている。これとアコギ等のシンプルな伴奏で演奏すれば、この曲は少しばかり野暮ったくて田舎チックで、芝生の香りなんかが感じられるような、爽やかで罪のない感じのギターポップになっていたと思う。しかしこのアルバムはそんなこの楽曲に徹底的に手を入れる。

 歌い出しは地味な感じがする。それこそボソボソと何か始まったように感じられるだろう。最初はフィードバックノイズ以外はただの地味でフォーキーな曲くらいにしか思わないような作りになっている。最初の間奏で3連のオブリが入り、2回目のヴァースで妙なシンセが入り、展開する箇所でオブスキュアーなエレキギターが入って、次第に楽器が増えていく。コーラス部(「I'm tied in a knot」から始まる箇所)においては、厚めのパッド的なシンセも使われていて、これはどことなく前作『Summerteeth』を思わせる。

 この曲が盛り上がっていくのは2分前くらいから。歌はまたヴァースに戻るも、次第にナチュラルなバンド演奏の部分がブレイクしていき、エレピとフィードバックノイズと妙にメロディアスなパーカッションのみ残される。この箇所は非常にこのアルバム的な音色が集まっている。2回目のコーラスに行く流れは1回目よりもスネアがマーチング感を出してきて、そこからさらっとバンド演奏が入ってから、歌の最後のフレーズをリフレインする流れでパットシンセ等が入ってくるところで、この曲の光景が一気に開けていく感じがする。

 しかし、その上でさらに溜めるのがこの曲。本当の盛り上がりは最後の30秒ほどで、最後の「I'm tied a knot」の声から入っていくこの流れは、スライドギターもパッドシンセも、フィードバックも、さらにはストリングスまで入ってきて、本当に僅かな時間ながら、この曲で出てくる楽器がほとんど出てきたかのような盛り上がり方を見せる。クールに徹していたボーカルもここでは少しだけワイルドな節回しを見せる。パッドシンセが目立つからか、この箇所は特に『Summerteeth』の楽曲が発展したような感じに聞こえたりする。

 そしてその短い盛り上がりがフェードアウトして、次の曲の意味深なイントロのSEに繋がっていく、という流れになっている。最後の部分はもっとフェードアウトせずに聴かせてほしい、とか思うけども、この短くてもどかしい感じが、この曲の印象をどこか切ないものにしているのかもしれない。

 

歌詞翻訳

wilcoworld.net

 なぜかこの曲の歌詞がサイトによって単語自体が全然違う部分があって、今まで貼ってたGeneusがどうも間違っている*2ことに気づいたので、別のものを貼ります。

 

狂ってる奴はロケットに乗る。
魔法の杖を振って、きみのポケットは空っぽに、
言葉は曲に乗っからないまま散らばる。
本当の敵は自分自身だって気付いてるし、
ぼくに健康が戻ってくるといいんだけど。

眠そうな目を向けて、
ベイビー、自分の指を咥えてろよ。
ぼくのペンダントにきみを閉じ込めようか。
紐は決して揺らさない。
そんなのははっきり明らかになるよ。
きみは自分自身のことよく分かってないね。

ネクタイに結ばれて、でもぼくは絡め取られる気は無い。
みんなもうお互い様のことだろう。
どんな曲も終わってもまた流れたりするし、
どんな瞬間もちょっとの間に過去になっていく。

気だるげな機関車。
きみがどんな風に振る舞ったところで、
モチベーションも、帰るところも無いんだろ。
そんなのははっきり明らかになるよ。
きみは自分自身をよく分かってないね。

ネクタイに結ばれて、でもぼくは絡め取られる気は無い。
みんなもうお互い様のことだろう。
どんな曲も終わってもまた流れたりするし、
どんな瞬間もちょっとの間に過去になっていく。

どんな瞬間もちょっとの間に過去になっていく。
どんな瞬間もちょっとの間に過去になっていく。
どんな瞬間もちょっとの間に過去になっていくんだね。

ネクタイに結ばれて、でもぼくは絡め取られる気は無い。
みんなもうお互い様のことだろう。
ぼくは絡め取られる気は無い。
みんなお互い様のことだろうに、あーあー。
 「爽やかな曲なのに毒気がある」というこの曲の印象には、歌詞の内容も大いにあるなと、翻訳してすぐに分かった。ボソボソ言ってる中でこんなこと歌ってるとは。というかこの曲は文章として成立していなさそうな、断片的な感じの行が多くって訳しにくかったです…これで合ってんのかなホントに…。
 1行目から「Crazy Rides Rockets」だもの。その後もどこか、他者に対する攻撃と、どことなく虚無感とかも感じられる。この歌詞の「you」もまた、前曲での本当に愛しい相手としてというよりもむしろ、皮肉を言う対象になっている。でもそうだとすると「胸のロケットにきみを入れよう」のところの意味はよく分からないけども。親身な人に対する嫌味を歌った曲なのか…?繰り返される「calling a pot kettle black」のフレーズもどことなく投げやりな敵意を感じる。
 特に、最後の盛り上がり直前で繰り返される「Every monemt's a little bit later」の部分に、人生の何ともどうしようもない無常観が少しばかり出てきてる気がする。それを少しとぼけたような溜めのメロディでリフレインするところに、この曲のさらりと意味深な、ニヒルな面白みが色濃く出てる。
 
楽曲単位総評

 賑やかな前曲からさらっと始まることや、次の曲がまさにアルバムコンセプトを体現した重要曲であることなどから、この曲はやや地味なポジションにある気もするけど、しかしながら終盤の盛り上がり方といい、ジワジワと妙な高揚感・無常観を得られて、単体で聴いても非常に面白い曲だと思う。かつ、終盤の盛り上がりからのフェードアウトで次の曲を全力で引き立てる役割もする。

 さりげない立ち位置ながら、これもまたなかなかの名曲なんだなと思うとともに、それをアルバムの中でしっかり位置づけさせて機能させる、この時期のバンドのトータルプロデュース力の秀逸さにヒリヒリしてくる。

www.youtube.com ライブ演奏ではアコギのバッキングをエレキで演奏することが多いようで、こうなるとこの曲の印象も結構変わってきて、気の利きまくったギターロックみたいな爽快感がある。とともに、結構厚めなシンセのバックに、この曲が『Summerteeth』から陸続きな楽曲なんだなあ、ってことも改めて思ったり。ブレイク箇所のリードギターのファニーなリフレインが印象的。スタジオ録音だとフェードアウトな曲の終わらせ方も、ユニークな終わらせ方笑。この曲はこうやってライブで単独で聴いた方が、次の曲のためのフェードアウトとかが無い分、こうやって曲構成による魅力を最大限に発揮できるのかも。

*1:ストーブの上に置かれたポットとケトルはどっちも黒く煤けるのに、ポットがケトルのことを真っ黒野郎と呼ぶ、という光景からこう言われるそうです

*2:そもそもこのアルバム、ブックレットに歌詞書いてあるし、そこと単語が違ってるのは如何なものか…。