儚くも破滅的で痛々しくすらある前曲の雰囲気をまたも爽やかに打ち破って、このアルバムで最もポップなこの曲が始まっていく時のカタルシスが清々しい。11曲中の7曲目、このアルバムも後半戦に突入して、実に軽快に、そしてちょっとセンチメンタルに流れていく歌です。
7. Heavy Metal Drummer
前書き
結果的に「911三部作」みたいになってしまった『War On War』からの流れがこの曲でガラッと切り替わる。それまでの虚無的で、諦観が渦巻いているような雰囲気に比べると、この曲の軽やかさは一気に景色が切り替わるような感じがする。深刻すぎた世界をくぐり抜け、草原か何かに駆け出していくかのような開放感。涼しさの中に、ちょっとしたファニーさと哀愁を漂わせて、アルバムの爽快なポップサイドをサッと差し出すその様は、重た目なこのアルバムにおいて次の曲と合わせて、明確にポップで軽快で少し楽しげで、それはアルバムの聴きやすさに直結している。非常に巧みな配置だと思う。
楽曲精読
前曲の破滅的なノイズの旋回をくぐり抜けてこの曲の涼しげに躍動する、フィルインとも言えないようなドラムのフィルインが聞こえて来た瞬間、前曲の緊張感と途方に暮れる感じは一気にキャンセルされる。いちいち小節の終わりにハイハット開閉のシャって音を入れたがるドラムの乾いたきびきび具合が、まずこのアルバムでは珍しいほど健康的。ややハネた感じに聞こえるのも、実際は割ときっちり8分刻みなはずなのに不思議。他の楽器のリズムがややそうだからなのか。所々で顔を覗かせるマラカス・シェイカーの類といい、シャカシャカと鳴るアコギといい、所々でファニーな遊び心を見せてゴリって音も入れてみたりするベースラインといい、とてもポップに弾けている。前曲の終わり頃に不吉に聞こえたピアノの軽いメロディも、ここではやけに痛快なオブリになっている。
コードは長調、これは前曲だって長調であることは変わりないのに、この曲の晴れやかな太陽の光のような長調っぷりは、このアルバムでは新鮮な感触だったかもしれない*1。ヴァースのちょっととぼけ気味なコードとメロディが、コーラスで澄み切ったリフレインにストンと解決する、この無駄なくポップな感じはまさにインディロックの理想的なソングライティングのひとつだと思う。
この涼しくも楽しげなトラックに配置された楽器も様々。ヴァースにはストリングスがピチカート気味に入る*2かと思えば、例のピアノフレーズがサッと挿入される。コーラスではシャープでキュートなアコギがポップなオブリかくあるべきなラインを歌のラインとやや並走して流れていく。間奏になると、このアルバム的なキラキラのシンセも、そしてこのアルバム的な例の人懐っこい感じのノイズのうねりも、野太いシンセベースっぽい音もせり出してくる。アウトロではクランチなエレキギターが「ジャカジャーン」って鳴らされるような、とても無邪気でシャングリーな瞬間も。
ポイントは、本当に様々な音が入っているけれども、あくまでもトラック総体としてはごちゃつかせず、スカスカな風になるよう整理されていること。特に、歌がなくなった間奏等に変な音を集めることで、この曲がただのポップソングだと思えないような、不思議にねじれたファンタジックさとちょっぴりの不穏さを醸し出しているのがとても上手い。アウトロはこのアルバム的なうねりシンセノイズが溢れてるのに、それがとてもファニーで愛しくて、曲が終わってしまうのが寂しいなって思ってたら、イントロと同じフィルインでサクッと終わってしまう。少しばかりノイズが残るのも含めて、余韻のコントロールまで含めてとても爽やかで、ちょっと寂しげで、ポップソングとして最高な終わり方だ。
歌詞
ああ、あのヘビーメタルバンドたちが懐かしい。
夏が来るとステージを観に行ったりしていた。
あの娘はそのドラマーに恋をした。
あの娘はそのドラマーに恋をした。恋をしていた。
ギラギラしたズボンに脱色したブロンドヘアー。
夏の川辺にツインペダルのドラマー、という取り合わせ。
あの娘はそのドラマーに恋をした。
それから他の、また他の奴と恋をしていた。
ぼくも知ってるあの手の純粋さが愛おしい。
KISSのカバーをしてた。美しくてラリったんだった。
身体を自由にして踊り出したりする。
暖まった水っ気が吹き出しては芝生を揺らす。
面の皮を吹き飛ばすようなクラシカルな音楽が耳にこびりつく。
ああ、あのヘビーメタルバンドたちが懐かしい。
夏が来るとステージを観に行ったりしていた。
あの娘はそのドラマーに恋をした。
あの娘はそのドラマーに恋をした。恋をしていた。
ぼくも知ってるあの手の純粋さが愛おしい。
KISSのカバーをしてた。美しくてラリったんだった。
ぼくも知ってるあの手の純粋さが愛おしいんだ。
KISSのカバーをしてた。美しくてラリったんだった。
KISSのカバーをしてた。美しくてラリったんだった。
KISSのカバーをしてた。美しくてラリったんだった。
前の曲に引き続いてこの曲も「you」が出てこない、つまりこのアルバムで散見される「ぼくのせいで破綻しかけた君との関係性と祈り」の世界観ではない。そしてこの曲には前曲のような重い自虐も批判の精神も見られない。多少歌詞に出てくるヘビメタバンドたちを小馬鹿にしていたかもしれない*3けど、コーラスの歌詞を見れば、そのKISSのカバーが美しかった、なんて歌ってる。KISSのカバーを聴いて出てくる間奏が「美しくってラリった」なのもユーモラスでちょっとセンチメンタルな感じ。歌詞の「she」がどういう立場か分からないけど、この歌詞の主人公のかつての彼女なのか、はたまた例えば姉とか妹とかなのか、クラスメイトか、とかで色々とこの光景の甘酸っぱさが違ってくるのも面白い。
改めて翻訳しても思ったけど、この曲は本当に罪のないことだけを歌にしているなっていうこと。青春の一風景をちょっと可笑しそうな感じに切り取っただけっていうか。ただ、そこにアルバム中でも一番ポップなメロディに乗せて「I miss the innocence I've known〜」というちょっとだけ哀愁めいたセンテンスを差し込む所で、この曲の爽やかさにそっとアクセントの苦味を差し込む。この苦味がしかし、どれほど甘美な感じがすることか。
この曲では、戦争は起こらないし高層ビルは崩壊しないし灰になったアメリカ国旗も出てこない、「君」を傷つけ続ける情けない男も出てこない。やっぱりこの曲は、このアルバムにおける最大の清涼剤なんだなって、歌詞を読んでもやっぱり思う。
楽曲単位総評
時折、完璧でスムーズなポップソングには何も言うべきことがない、こればっかりは聴いてくれないと、としか言いようのない瞬間というのがある。この曲もその中の1曲に自分の中では余裕で入ってしまう。この曲にはアレンジや歌詞の意図について深く耳を傾ける必要は薄いし、それよりもどんだけ、この曲の軽快なリズムと爽やかなメロディに心と身体で感じ入るかの方がよっぽど大事だと思う。ちょうど例のこのアルバムのドキュメンタリー映画で、Jeffが息子と一緒に膝ドラムをしながら口ずさむのがこの曲で、これがあの割とイライラが強調された映画の中でとてもホッとするシーンであるように(YouTubeにちょうどそのシーンがあった↓)、この曲のこのアルバムにおける位地っていうのも、やっぱりそういうものなんだと思う。
www.youtube.com アルバムリリース前後のリードギターいないメンバー編成だと、Jeff自らコーラス部のアルペジオを弾くのか…エレキで弾くとスピッツみたいでまたいいですね。
ライブのセットリストではいつも「HMD」と省略されて記載される、彼らのライブでも定番の曲のひとつか。ライブだと最後のリフレインで声を張り上げるのがかっこいいっすね…!