ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『空の飛び方』スピッツ(リリース:1994年9月)

空の飛び方

空の飛び方

 

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 今回はスピッツが『ロビンソン』で大ヒットする直前のアルバムにして、実質タイトルトラックの『空も飛べるはず』のリバイバルヒットによって多くのリスナーに聴かれるようにもなった、通算5枚目のフルアルバム『空の飛び方』の全曲レビューです。

 前作『Crispy!』がはじめてプロデューサーを迎え、売れるための気合を入れて製作したにも関わらずチャートに入らなかった、しかしながら収録曲のひとつである『君が思い出になる前に』をシングルとしてリカットしたところようやく初のヒットとなり、それを受けて今後どうなるか、という状況でした。そこからシングル『空も飛べるはず』『青い車』がスマッシュヒットし、そしてこのアルバムに至ります。ブレイクとまではいかなくても発売当初チャートで14位まで上昇したと言うことで、お茶の間ブレイク直前まで来ていたとも思えます。

 それで、そんな作品の内容はどんな感じか。詳しくはこの後の各曲レビューやあとがきに書きますけど、大まかには「大ヒット以降の典型的なスピッツの感じ」がこの時点で相当完成してると言えそう。その上で、まだ初期スピッツと連続しているように感じられる部分が残ってたり、むしろそういう性質が大ヒット以降っぽい質感の下で妖しく蠢いていたりと、そういった部分が今作の魅力なのかなと思います。個人的には『フェイクファー』までと思っている“中期スピッツ”という概念における、ひとつの達成でありつつも過渡期というか。

 なお、今作からジャケット写真を女性にするのがスピッツのアルバムの定番になっていきます。これは『ハヤブサ』『小さな生き物』といった例外がありつつも、今年の『見っけ』に到るまで続いています。

 では本編に。

  

1. たまご(3:28)

 スピッツをメジャーデビューから順番に聴いていくと遂にここで「君と僕の小さくて可愛い恋」的な典型的スピッツ世界が姿を現す。少し少女趣味的なサラッとしたポップさで、派手過ぎず壮大過ぎないキュートな世界観とサウンドで駆け抜けていく。

 曲はドラムのフィルからいきなりサビで始まる。強力な縦ノリで展開されるポップなサビはオールディーズにも連なるようなポップさを持ちながらも、ダブルトラック気味に加工されたボーカルは生々しい質感を隠してて、サラッとしてフラットな雰囲気に歌を響かせている。そんな歌の後ろで密かにがっつり歪んだハードロック調のリフを響かせるギターがかえって可愛らしく聞こえるのはまさにスピッツ的なマジック。

 サビ以外のセクションも、曲全体が平坦にならないような微妙な気の利かせ方が行き渡っていて、Aメロ等の『Born To Be Wild』的なギターリフが鳴ってるのにどこか少しマヌケな感じに響くリズム感から、スピッツ的な煌めくアルペジオを施したBメロに繋ぎ、そしてサビでまた縦ノリに入っていく曲構成は丁寧さを感じる。

 そんな可愛らしく気の利いた楽曲に乗っかる歌詞が、「可愛らしくも実はエロい」みたいな要素に満ちていて、実にこの時期のスピッツ的。

からめた小指で 誰も知らない約束

たまごの中には いつか生まれ出すヒヨコ

君と僕のおかしな秘密

キュートな声と歌い方で紡がれるこのラインから漂う、「思春期の背伸び」を少し超えてしまったくらいの感じの妖しさ。ファンシーさに包まれながらもその向こうに二人の情事が覗くような歌詞の書き方は、とりわけ今作と次作『ハチミツ』に特徴的な性質。

さかずきのテキーラ 願いをこめて 死にかけのマシンで はじき出された

君はこの場所で ボロぎれみたいな僕を抱きよせた Oh yeah

意味が具体的な像を結ばないようはぐらかされた言葉の並びの中で、それでも浮かんでくる「ダメな僕とそれを救ってくれる君」という構図がまたとてもスピッツ的。そしてその二人の出会いはファンタジックな飛躍をサビの最後で遂げる。

はじめて感じた宇宙・タマシイの事実

たまごの中には いつか生まれ出すヒヨコ

君と僕のよくある…

突然に「宇宙・タマシイの事実」を感じてしまう「僕」。ここにはすでに「誰も触れない二人だけの国」で「宇宙の風になる」ような二人が存在している。つまり、大ヒット曲『ロビンソン』と地続きのような世界観はすでにこの辺りから始まってるんだなあと、改めて思ったりした。最後に言葉を少し隠すことで意味深な余韻と次曲への繋ぎとしている。

 

2. スパイダー(3:47)

www.youtube.com  すでにブレイク後と陸続きな雰囲気とポップさが十分に感じられる、アルバムリリース後にリカットされたシングル曲。というか今作のシングル曲3つはブレイク後のシングル曲と並べても違和感無いくらいに完成されてると思う。

 フォーキーなアコギのイントロに強烈なスピッツっぽさのようなものを感じたり。Aメロで溜め、Bメロで羽を広げ、サビで少しハネて駆けていくドラムの軽快なシフト具合もスピッツ的な爽やかさ。Bメロのアルペジオのキラキラ具合には、当時スピッツ自身が何を自分の売りとして推し出すかをきっちりと理解していた感じがする。2回めサビ後のコーラスワークとアルペジオで繋ぐ展開から下降するキメで最後のサビに入るのも鮮やかであざとい処理だし、最後のサビの繰り返しの何箇所かを小節を省略する手口も実に効果的に切なげな疾走感を加速させている。サビのややぶ厚めのシンセのみ前作『Crispy!』のオーバープロデュース感を覚える。

 Aメロ・Bメロではポップで明るいメジャー調なのが、サビではさらりとマイナー調になっている。しかしサビの歌メロの快活な感じのせいかマイナー調の歌に聞こえなくなっていて、彼らは後に『チェリー』で同じようなことをより大々的にやる。少し悪戯っぽいAメロの歌い方からサビでの謎の凛々しさを見せるボーカルへの移り変わりは鮮やか。

 キュートに駆けていく楽曲に反して、歌詞の方は「かわいいイタズラ」じゃ済まないような妄想が展開されている。それは有名であろうサビのフレーズで明瞭だろう。

だからもっと遠くまで 君を奪って逃げる

ラララ 千の夜を飛び越えて走り続ける

こんなにポップに「誘拐して逃げ去っていく」ことを歌うのか…「千の夜」とかちょっとロマンチックな雰囲気でアレしてるけどやってることは誘拐。しかも逃避行。ただ、「君が鳥になって僕を連れて行ってくれ」と歌う時期からすれば、むしろ「僕」が「君」を運ぼうとするその積極性は、初期スピッツ的なそれから大きく様変わりしてる。

 この曲のサビを「相思相愛な二人の愛の逃避行」のように解釈する向きもあるだろうけど、そのためにはクリアしないといけない歌詞が、冒頭からのこれ。

可愛い君が好きなもの ちょっと老いぼれてるピアノ

さびしい僕は地下室の すみっこでうずくまるスパイダー

洗いたてのブラウスが今 筋書き通りに汚されて行く

少し洒落た「君」と「ダメな僕」の対比からのBメロの歌詞はよく読むとそこそこ強烈で、今作のスピッツの露悪的な性描写が見られる。他の箇所でも「可愛い君をつかまえた とっておきの嘘ふりまいて」などと、誘拐犯的な部分が見受けられて「ウッ」ってなる。それでも曲がとても可愛らしいので、「なんだかんだで君と僕の幸せな逃避行」であってほしいと心のどこかで願ってる自分もいたりして。

 

3. 空も飛べるはず(Album Version)(4:31)

www.youtube.com 言わずと知れた超有名曲。自分が子供の時ですでに小中学校の音楽の授業で習った記憶が。ブレイク後にドラマ『白線流し』主題歌に選ばれて、再出荷でスピッツ最初のオリコン1位シングル曲となったけど、リアルタイムでも28位までは上がっていた。

 『ロビンソン』のイントロとどっちが有名かレベルの、イントロのフォーキーで牧歌的なサウンドはそれこそ今更何を語れば…という感じがするけど、『スパイダー』からこの曲のアコースティックな感じに繋がることで、スピッツのフォーキーな側面を強調する流れになっている。

 楽曲としての特徴を改めて考えるなら、曲調の変化とかがそこまでなく、マイナー調なBメロ等を挟んでも全体的に安定して牧歌的なトーンが貫かれていることが特徴。なので小学校等でも教えられる朗らかな雰囲気が出来上がっている。サビはカノン進行の典型的な例として知られているだろうし。草野ボーカルの柔らかな質感や要所要所でのアルペジオやコーラスワークなど、全体的に暖かな雰囲気があって、平温のピースフルさがあるというか、そういうところが世に広く受け入れられた所以か。リリース当時ではスピッツ全楽曲でもとりわけそんな雰囲気の曲だったのでは。

 しかしながら、やはり歌詞には単純にピースフルで終わらせられない要素がかなり点在していて、というかむしろ少々毒々しいテーマが盛り込まれていて、小学校で習った時から少しばかり不思議さを覚えていたりした。多くの日本人がそらで歌えるであろう歌い出しからして、意外と不穏だもの。

幼い微熱を下げられないまま 神様の影を恐れて

隠したナイフが似合わない僕を おどけた歌でなぐさめた

色褪せながら ひび割れながら 輝くすべを求めて

「神様の影を恐れ」るのは何らかの不徳を自覚してのことだろうし、そもそも「隠したナイフ」というのは比喩表現だろうけど、比喩じゃなければ結構危うい感じがする。そしてBメロについては、現実的でエントロピー的なやるせなさが漂ってる。

 2番のサビにも、多くの幼少の生徒たちが首をかしげるフレーズが盛り込まれる。

ゴミできらめく世界が 僕たちを拒んでも

ずっとそばで笑っていてほしい

初期スピッツにおいては「僕らが隣り合うこの世界はいつも けむたくて中には入れない」(『タンポポ』)など、自分たちが世界から排除されているような前提があったけど、この時期になってもまだその可能性があると思い込んでいる状態にある。それにしても「ゴミできらめく世界」というのは何気にかなり辛辣な言葉だと思う。

 この曲の歌詞については、2006年に発売された「公式」ベスト盤『CYCLE HIT 1991-1997』に収録されたこの曲のプロトタイプ『めざめ』の存在がまた騒動となった。ほぼ完成形と同じ歌詞をした中で、かの有名なサビのフレーズが以下のようになっていた。

君と出会えた痛みがこの胸にあふれてる

きっと今は自由に空も飛べるはず

完成版では「奇跡」となっていた箇所が「痛み」となっている。この違いだけで相当にこの曲のイメージが変わるというか、「痛み」だとグッと初期スピッツ的なイメージに近づくのがとても強烈。果たして「痛み」のままだったらこの曲は今と同じくらい世間に受け入れられたか…といったことを多くのファンが思っている*1

 リリース時の草野マサムネ曰く、そもそも「空を飛ぶ」ということ自体も「ドラッグをキメて曼荼羅の世界にトリップしていく感じ」もあるような話らしく、そう思うと結構物騒な曲でもあるけれども、それは横に置かれてこの曲は広く世間に受け入れられている。もしこの曲のそんな歪な部分に気付いた純真な子が、そこからスピッツのドロドロ世界に足を踏み入れていくことがあるとしたら、なかなか背徳的な感じだなあ。

 

4. 迷子の兵隊(4:31)

 木の葉のように舞うアルペジオの下でベースがサイケに反復しまくる、UK的なサイケ感を感じさせる曲。大ヒット曲が終わった後にいきなりこの曲のサビの歌から始まるので最初は少しびっくりする。

 曲としては上記のサイケにグルーヴする、タイトルコールも含まれるサビの箇所と、それ以外の平坦なセクションとの往復で出来ている。平坦なセクションはAメロ・Bメロとあるけれどテンションに差は無く、少し拍足らずで終わるBメロからサビに突入する箇所にサイケ由来のソングライティングを感じる。ギターもサビ以外では意外とヘヴィな音でリフを弾いていて、どこか70年代ロック的。サビのサイケ感が60年代チックなのと対比になってる。間奏では逆再生ギターも効かせててより60年代チック。ボーカルは終始ダブルトラックで録音されていて、輪郭をぼかした無機質な感じが、特にサイケなアルペジオの中で機械的に反復していく。

  曲のタイトルは当時のスピッツの状況を反映した意味合いもあるらしく、そう思うと以下の歌詞なんかは興味深い。

撃ち落とせる雲に同情しては 当たりのないクジを引き続け

しがみつく鳥を探している 終わりなき旅

 1行目の絶妙にシュールさ混じりのガッカリ感もさることながら、2段目では最初期スピッツの『鳥になって』の「君が鳥になって僕を連れてって」な雰囲気を丁寧に引きずってて、まだ受け身なスタンスが垣間見える。ラストのサビ前でも繰り返されるので、この「しがみつく鳥」のモチーフはまだ彼らにとって大事なんだなと思う。

 

5. 恋は夕暮れ(5:01)

 今作的な春ののんびりした雰囲気みたいなのを強く感じさせる淡々としてポップなミドルテンポの曲。冒頭から鳴らされるホーンセクション が印象的。

 淡々としたAメロと、Bメロっぽいサビとあとはミドルエイトで構成された楽曲は、シングル曲的なAメロBメロサビの展開にはない緩やかさが感じられて、シングル的な頑張り方をしないフラットな草野マサムネのソングライティングという感じ。それでバンドサウンドだけだと地味になりすぎると判断してホーンセクションを入れたのかも。サビのメロディの曖昧な終止の仕方が「スピッツのアルバム曲」っぽい淡さがある。

 「恋は〜」でどんどん言葉をつなげていく歌詞の作り方は、草野マサムネの作詞ではかなり珍しいスタイル。「恋は届かない 悲しきテレパシー」の箇所のダメな感じが女性ファンに受けそうな感じがする。「蝶々になる 君のいたずらで」のくだりもファンシーな色が出てる。また「夕暮れ」という日本人の情緒に訴えかけやすい単語のチョイスを「恋」に繋げるあたり、『Crispy!』よりもJ-POP的な歌詞の書き方がよりナチュラルになっている。

 

6. 不死身のヴィーナス(3:24)

 今作のハードロック枠。当時のライブでの盛り上げ曲だったらしい。

 ハードロック枠ではあるけど、今作的な朗らかで中庸で可愛らしい感じはこの曲でも維持されている。ワウを効かせたリードギターの鳴りが実に90年代初頭的。この後のアルバムの同じ枠の楽曲と比べるとまだ垢抜けた感じがしないというか。この手のギターサウンドは『ハヤブサ』辺りでオルタナティブロック的な音が完成するまでは、色々と試行錯誤が続いていたような気がする。ちなみにこのアルバム制作時には「サウンドLed Zeppelin寄りにする」というテーマがあったらしいけど、一番ギターの音がハードなこの曲含めて、ツェペリンな感じは正直全然しない気が。

 歌詞も、「君と僕のファニーで可愛らしい恋」路線。サビメロの落ち着きっぷりといい、攻撃的な要素はこの曲にはそんなには現れない。ただ、ちょっとエッチな感じはこの曲にも用意してある。

疲れた目と目でいっぱい混ぜあって 矢印通りに 本気で抱き合って

さよなら飲みほそう 生ぬるい缶ビールを

あくびが終わる勢いでドアを蹴飛ばす

気だるさと性の感じを、しかしながら本作的な可愛らしさにさらっと落とし込んでいる。特に最後のドアのくだりは可愛らしいパンキッシュさを演出している。

 あと、若干の不穏なフレーズも忘れてない。

最低の君を忘れない 悲しい噂は信じない 不死身のビーナス ネズミの街

そもそも「忘れない」なので、これは別れの歌なのか…?

 

7. ラズベリー(4:42)

 華やかなストリングス・ブラス・ティンパニ等オーケストラ一式が添えられた、今作でもとりわけポップに徹した1曲だけど、今作で一番、むしろスピッツ全楽曲でも一番に露悪的エロ路線を突っ走った曲でもある。

 いきなりの縦ノリなビートからしてどポップに始まるこの曲は、歌メロが始まると一気に今作的な春の日差しの感じ的なポップなメロディがパーッと広がっていく。Bメロで少し哀愁を見せて、サビではひたすら明るくキュートでポップにメロディを展開していく。その曲展開に合わせてストリングスはコードを流したりアタックを効かせたりするしサビや間奏ではホーンも鳴り響く。はっきり言ってアレンジは今作でも一番オーバープロデュース気味だけど、この曲の場合それはむしろ悪ノリの感じすらするのでかえって清々しく、合間にカッティング中心に色々なプレイを見せるギター共々、この曲ならではのバカ騒ぎな感じをひたすら楽しみたい。ベースもビートルズの『Taxman』的なうねりをここぞとばかりに発揮しまくってて愉快。

 他の曲よりもややハリのある感じに歌い上げる草野マサムネの書いた歌詞は、トラックの華やかさが増せば増すほどバカさも深みが増す仕様。

泥まみれの 汗まみれの 短いスカートが 未開の地まで僕を戻す?

あきらめてた歓びがもう目の前 急いでよ 駆け出したピンクは魔女の印?

歌いはじめからこれだもの。頼むからその歓びは諦めてください変態野郎

おかしいよと言われてもいい

ただ君のヌードをちゃんと見るまでは僕は死ねない

しょい込んでる間違いなら うすうす気づいてる

でこぼこのゲームが今はじまる

間違いだと気づいてるならお願いだから開き直らずに帰ってよ…

 真面目に話せば、この曲のエロに関する表現は初期スピッツの『惑星のかけら』の歌詞を思わせるところがある。「ベチャベチャのケーキの海で 平和な午後の悪ふざけ」とかの感じはこの曲のスカートの感じとそのねっとり具合が似てるし、また『惑星の〜』には「君から盗んだスカート 鏡の前で苦笑い」なんてフレーズもある。ラズベリー』側の主人公はスカート盗んでも苦笑いなんかしないで歓喜するかもだけど

 この曲の歌詞のエロネタのトドメはは2回目のサビ。

チュチュ 君の前で 僕はこぼれそうさ ずっとワクの外へ すぐにも?

もっと覗きこんで もっと潜りこんで ねじれた味のラズベリー

汚いものこぼしてんじゃないよ、条例違反で逮捕されろよもう。何気に、中期スピッツの大名曲『フェイクファー』の歌詞にも連なりそうな「ワクの外へ」みたいなフレーズが入ってるのがまたいやらしい。

 この曲、スピッツ屈指のセックスソングと言われることがあるけど、この歌の主人公は別に一方的に変態なだけでセックスは成立してなくね?と思ったりする。むしろストーカー的にも読めたりして、そう思うと不穏さすら漂う。楽しげな歌の中のことなので、この歌詞でゲラゲラ笑っても構わないよね…と不安に思ったりもするけども。でもともかくアホで楽しい。こんな歌詞の曲に何をアルバム曲でもとりわけ全力注いでるんだよ、と思うと可笑しくて可笑しくて堪らない。今作のアルバム曲では一番好き。

 

8. ヘチマの花(3:06)

 狂騒的な前の曲から打って変わって、静かな3連のリズムを歌謡曲的なメロディで、しかも女性ボーカルとデュエットする曲。スピッツ史においても相当珍しいタイプの曲。急にどうしたん…という類の。

 ムーディーに揺れるトレモロギターとエレピ、あとなぜか打ち込み臭いリズムで構成されたトラックは実にスピッツらしくなさが充満してて、「?」という感じ。特にエレピのアダルティーな鳴り方には本当に唐突さを感じる。草野ボーカルの歌うメロディラインもしっとりしてて純歌謡曲的。女性コーラスはハモリをつけている。

 歌詞についても、このアルバムの基本となる「ダメな僕が君に救われる可愛い恋」みたいなのからズレた位置になっていて、本当になんで急にこれが出てくるのかよく分からない。

やましい呟きの最後にも やがてあたたかな愛の花

深くミルク色に煙る街を裸足で歩いている いつの時も二人で

「やましい呟き」とか「ミルク色に煙る」といった表現はいくらかスピッツ的。だけど「いつの時も二人で」はこの時期のスピッツっぽくない感じ。“永遠の愛”というテーマについて非常に慎重に取り扱うのが時期を問わずスピッツの特徴かと思うので、ここでのこのフレーズはいささか唐突さが目立ってる気がする。

 

9. ベイビーフェイス(Album Version)(4:12)

 シングル『空も飛べるはず』のカップリング曲として先行リリース済みだった楽曲。ただ、アルバム用にいちから録音し直してあるらしく、シングルバージョンについては後のB面集コンピアルバム『花鳥風月』にも収録されていない。筆者もシングル版は恥ずかしながら未聴。

 短いイントロの後にいきなりメンバー全員のコーラスが重なったサビから始まる。楽曲としては60年代〜70年代ロックのいなたい感じできっちり構成されたポップソングといった感じ、つまりスピッツのアベレージ的な楽曲。曲調もメジャー調で中庸な具合で、今作的な平穏さがある。アルペジオよりもブルージーなギタープレイの方が目立つのが特徴か。ギターソロ直後のブレイクしたBメロは歌詞も相まって少し切ないけど、そこから草野の「ヘーイ!」という掛け声でまたサビに行く。かえってこの「ヘーイ!」のおかげで力が抜ける感じがするのがスピッツ的。

 歌詞については、ちょっとした励ましのようなノリの中にひっそりと死の感じが入り込んでいるのが、カラッと明るい曲調に反してて不思議。

華やかなパレードが遠くなる日には ありのままの世界に包まれるだろう

こわがらないで 歩き出せそっと 星になったあいつも空から見てる

「星になったあいつ」がこの平和な曲調で急に出てきて驚く。実は恋人が死んだ友人を励ましてる歌とかそういうのなんだろうか。何気に1行目のナチュラルに冷めた視点が実にスピッツ的な捉え方だと思った。

隠し事のすべてに声を与えたら ざらついた優しさに気づくはずだよ

この箇所も、ぼんやりしつつも何気にいいことを言ってるような気がする。

 

10. 青い車(Album Version)(4:41)

 アルバムの先行シングルにして、スピッツ史有数の大名曲にして、正直邦楽で見てもこれは歴史的な名曲と言って差し支えないほどの大名曲。個人的にもスピッツで5本の指に入るほどに大大大好きな曲。後進のバンド等への影響力でもこの曲の存在が大きいだろうなあと思うと、実は『ロビンソン』とか以上にスピッツの音楽性・精神性を象徴する楽曲と言えそう。歌詞的には初期スピッツの「セックスと死」の世界観の行き着いた最果て、とも取れる。

 今までのアルバムの楽曲が春の感じに溢れてたのが、ここでは急にはっきりと舞台が夏になってて、雰囲気的にはややこの曲が浮いてしまっているかもだけど、それでも全然アルバムの山場を作っている。アルバムバージョンはシングルバージョンを加工したもので、アウトロが半分の長さになっている。これは正直シングルバージョンの長さの方が、穏やかに途方もない感じがぐっと来る。とは言えこの大名曲の鮮やかで切ない幕切れを経て、アルバムは最終局面に。

 なお、この曲については非常に長くなるので、別途改めて記事を書きます。何もかもが完璧な楽曲なので、語るべきところが多すぎる。

 

追記:『青い車』の単独記事です。

ystmokzk.hatenablog.jp

 

11. サンシャイン(5:25)

 エヴァーグリーンな夏の切ない輝きに満ちた前曲が潰えるのを受けて始まるこの曲は、今作的な春の暖かくて穏やかなムードから大きく趣を変えた、冬の都会を舞台とした荒涼とした雰囲気の中で凛と佇むような楽曲。アルバムをただ平穏なままに終わらせず、最後に寒々しくも力強い印象を残す役割を持つ。

 今作の楽曲はメジャー調の中庸で弛緩気味な明るい楽曲が多いけど、この曲だけは明確にマイナー調のキリキリ緊張した雰囲気が漂っていて、そしてサビでは4度コードからの伸びやかで切なげなメロディーが飛び出す。この曲だけアルバム中で明確に16ビートなのも作中で存在感が目立つ一因で、伴奏にはシティポップ的なカッティングをするギターも見られる。その辺もこの曲が牧歌的でなく、都市の緊張感とかそういうのを感じさせる原因になってるかも。

 何気に長いイントロは、楽曲に冬のヒリヒリした空気を吸い込ませているみたいに感じられる。Bメロではディレイを効かせたギターのフレーズもどこか冷たさを補強するような感じ。サビの裏で鳴るエレピの音も実に寒々しくて寂しげ。この曲のアレンジは今作のアルバム曲でもとりわけ高度に纏まっていると思う。最後のタイトルのリフレインがフェードアウトしていく様は実に切実な感じがして、どポップだったアルバムの始まりからすると意外なほどにシリアスで感傷的にアルバムは終わる。

 歌詞も、「ダメな僕と君との可愛いちょっとエロい恋」的な世界観とは隔絶され、突飛な比喩もユーモアも排除され、ひたすらこの時期の草野マサムネが取れる最もシリアスな姿勢で貫かれている。それが最も伺えるのは以下のフレーズか。

すりガラスの窓を あけた時に

よみがえる埃の粒たちを 動かずに見ていたい

この、ひたすらに静謐で真摯で詩的な視線がこの曲を象徴している。

サンシャイン 白い道はどこまでも続くよ

サンシャイン 寒い都会に降りても 変わらず夏の花のままでいて

スピッツにおける「夏」という季節が象徴する意味を『青い車』から引き続き思わせるこのフレーズは、同時に初期スピッツの頃から『プール』等で表現してきた類の美意識とやるせなさとを継承していて、スピッツにおける「祈り」が凝縮されている。日本人が「夏」という概念に感じるある種の切なさとか尊さとかの「創設」にスピッツも一枚噛んだのかなと思ったりするけど、この曲はそういう価値を「冬の側」から照射している。「白い道」もこの曲においてはエロ的なことは連想できない。荒涼とはしてるけど確かに繋がっている道の上で、違う空の下の「君」を想うこの胸が苦しくなるような気持ちを、つまりは現実的な世界の上を半ば目覚めた状態で歩いていくことを、スピッツはここでついに直接的に歌にし始めている。そこにもはや妄想はない。

 

・・・・・・・・・・

総評

 以上、11曲で約47分。

 アルバムとしてはやはり先行シングルのひとつであった『空も飛べるはず』のムードを継承した「春の暖かな日差しポップ」とでも言えそうな楽曲が多く並んでいる。この「春の暖かな日差しポップ」はともすれば多くの日本人がスピッツに感じている・求めている要素のひとつでもあろうし、今後のスピッツのひとつのフラットな地点でもあると思うと、今作にてそれが構築されたことのスピッツ史上の意義は大きい。前作『Crispy!』のどこかはしゃぎすぎてて地に足の付かない地点からすると、今作でようやく自分たちのポップセンスを地に足つけることとなったのかな、という印象。それは、前作のオーバープロデュース気味な作風を反省した製作陣の功もあるし、それを引き起こしたのがやはり『空も飛べるはず』のリリース当時のオリコン上のそこそこの好アクションだったのかもしれない。草野マサムネ本人も今作を作って「初めてCDウォークマンで聴ける作品ができた」と語っていたという。

 一方で、今作の「春の暖かな日差しポップ」がずらりと並んだゆるふわな作風は、この後のそれぞれテーマが定まった中期スピッツのアルバム群*2と並べてしまうと、いささか緊張感が少なくて平板で退屈に感じられてしまう気もする。アルバムでこの弛緩した空気が破られるのが*3終盤の『青い車』『サンシャイン』であるのも、流れとしてちょっと遅いかなと思った*4。今作から、洋楽からの同時代的な影響をサウンドに出さなくなったのも、少々寂しい*5

 ただ、歌詞を見ていくと印象はちょっと変わる。前の記事でも取り上げた「すごく単純に、俺が歌を作るときのテーマって、“セックスと死”なんだと思うんですよ」と草野マサムネが語ったインタビューが、まさにこのアルバムのリリースに際してのことである点には注意をしておきたい。その視点で見た場合の『空も飛べるはず』が、弛緩どころか非常にドラッギーな様相の曲に変質することは、このアルバムに潜む毒の要素を感じさせる。他の曲でもしれっとエロに関する一節が挿入される部分は多く、少女趣味的なロックサウンドの中で色々な毒を仕込もうとするバンドのバランス感覚に、時には可笑しく思ったり、時にはちょっと怖くなったりする。『ラズベリー』というエロ方面に突き抜けた怪作にして快作も生まれている。

 しかし、歌詞の面でもやはり『青い車』『サンシャイン』の2曲が突出している感じがする。前者は初期スピッツからの流れの終着点として完璧な永遠性があるし、後者の現実的な儚さの中で力強さや祈りを見出そうとする真摯な視点は、今後のスピッツの世界観の広がりにおいてとても重要な出発点のように思える。

 そんな訳で、筆者の今作における感想を一言に纏めるならば「スピッツ印の春の日差しポップを発明しながらも所々に毒を含ませた、少し弛緩気味な過渡期のアルバム。ただし終盤2曲を除く」といったところ。スピッツ史を見返せば、この弛緩の感じがどれだけ重要だったかは明らかではあるんだけど、その分作品としてのスリリングさは仕方がないところかなあと思う。この時期のアルバム未収録の楽曲が『猫になりたい』であることからも、この時期はそういうまったりさを追求していたんだろうか、と思った。

 そういえば、今作に収録されたシングル3曲(『空も飛べるはず』『青い車』『スパイダー』)がどれも「移動」をテーマにしていることはちょっと不思議な符合だと思った。変化したかった気持ちの表れなのかなあ。これでアルバム曲にも「移動」をテーマにした曲が多ければ「Radiohead『OK Computer』より先に「移動」をテーマにしたコンセプトアルバムが!」って言えたんだけども。。

 何度も言いますが、青い車』は別格も別格。なので近日中に必ず個別で記事をアップします。むしろこの曲こそ、関連する作品を列挙できるポテンシャルを持ってる曲だもの。

 

 最後に恒例の、いつも参考にさせてもらってますブログ記事を紹介します。

blueprint.hatenadiary.com

 あと、こちらのスピッツの通史的なレビューも参考にしました。恥ずかしながら、これを読んでちゃんと聴きかえしてはじめて『サンシャイン』の良さに気づきました…。青い車』を単独記事にしようと思ったのもこれを読んだからです。

slapsticker.blog.fc2.com

追記:次のアルバム『ハチミツ』のレビューです。

ystmokzk.hatenablog.jp

*1:でもこの場合、「痛み」がマイナスイメージだから、というよりむしろ「奇跡」という言葉の「プラスイメージ」の方が大事なのかなと思った。日本人はこういうフレーズ好きだもんな、とシニカルに思ったけど、でもむしろJ-POPに「奇跡」という人気概念を誕生させたのがこの曲なのか…と思うとやや複雑な気持ちにもなる

*2:ギターポップのブライトさとスタイリッシュさに特化した『ハチミツ』、ローファイで気の遠くなるような風景に満ちた『インディゴ地平線』、やはり春の日差しポップ中心ながらバンドの熟達を思わせる『フェイクファー』等

*3:ある意味『ラズベリー』の謎のハイテンションでぶち破ってはいるけれども

*4:その辺の緩急のつけ方が熟達したのが『フェイクファー』なのかなと思った

*5:なので今までやってた関連するアルバム紹介が今作からはできない