ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

『COMITIA109』スカート

本当に素晴らしい町田洋氏書き下ろしのジャケット!のこれは今度発売されるスカートの新譜12インチ『シリウス』。
今回は、その下敷きとなったであろう、コミティア109やライブハウス等で販売されたCD-R作品『COMITIA109』(スカートはこういうリリースが多いのも大きな特徴ですよね)をレビュー。収録曲4曲中3曲が『シリウス』にバンド編成にて再録されますが、今回のCD-Rは澤部渡氏のほぼエレキギター弾き語りの宅録作品。しかしそれでも全然香り立つ楽曲の良さ。
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そして今度の『シリウス』ではお預けとなった『ワルツがきこえる』の名曲感。


1. シリウス(仮)
 イントロのコード感やカッティングのリズム感から自然と立ち上がってくる浮遊する感じ、ロマンチックな感じが、曲が展開していくごとに大きくなっていく。スカートのソウルっぽい部分もメロウな部分も独特のコードの爽やかさも併せ持った曲で、バンドサウンドで録音されれば歴代スカートの楽曲でも最も壮大なものになると思われる。
 落ち着いたAメロから情熱的なコードチェンジをしていくBメロを経て、サビ。このサビも2段構成のように思えて、前半の落ち着いたパートと後半の一気にメロディを駆け上がり降りていく箇所、そこを取り繋ぐ歌唱のダイナミズムに、あっさり風味の弾き語りながら澤部渡のボーカルセンスが際立っている。そしてサビ後のコードカッティングの、情熱が宇宙遊泳していくような感じ。この曲のタイトルにも今度発売される『シリウス』のジャケットの絵にも繋がっていくようなスケール感が、透き通っていながら情熱的なスカートの世界を更にリフトアップしていく。息を呑むような静けさと遥か彼方を目指すような勇敢さ。
 『シリウス』発売に寄せた本人のコメント(上記ナタリーのページにも記載されています)で、「自分の中で転機になり得る曲」ということで、「曲が出来上がって「これはなんとかしなければならない!」という衝動に突き動かされたのは2011年発表の“ストーリー”以来のこと」ということで、本人にとってもとても大事な曲であることが伺われる。『ひみつ』のマイナーチェンジ、という感じもあった『サイダーの庭』を経て、スカートがよりビッグなスケールのバンドになりそうな予感を、このデモから十分に感じられます。
見えない続きが知りたくて鍵をさしこめば/君に逢えるような気がするんです
 冷たいその指に触れたら/いくつもの帰り道を照らす道標になるのに

2. どうしてこんなに晴れているのに
 『シリウス』発売に寄せた本人のコメントにおいて「憎めないショートポップ」と紹介された曲。その自己認識に違わず、『花百景』『ラジオのように』などの系統の、スカートお得意の手乗りサイズのキュートなポップス感が弾き語りながら味わえる一曲。
 フォークチックで温もりのあるAメロからカッティングが光るぐっと締まったBメロ、そして切ないメロディの裏でJPOPの良質なドラマチックさを引っ張ってきたようなコード展開を見せるサビへの展開はポップスのお手本のよう。また、Aメロ→Bメロ→サビ→間奏→サビという展開で曲の尺を節約し、Aメロの末尾を変えて切なくも晴れやかに終わる構造も、奥田民生とかにも繋がりそうなドラスティックな曲構成のセンスをナチュラルに聴かせている。歌い方もかなりソフトで、バンドならもっとバリッとした歌に仕上りそうなところを、寝起きに歌うような弾き語りデモチックな仕上がりになっていて、優しい感じがする。
諦めも/さよならも/いつも僕のすぐそばで寂しそうなふりをするんだ
 あと少し/あと少しだけ見つめて

3. タタノアドラ
 イントロの響きを聴いた瞬間に、「えっ、これスカートの曲?」と一瞬たじろぐような、そんなダークさで終始する、スカートとしては異色、と言い切っていいだろうダークポップ。「今までのスカートとはまた違ったシリアスさをのぞかせる」という本人のコメントに嘘はない。完全な新機軸。
 かなり深めのリバーブがかかったギターが奏でるコードが実に不穏。歌メロのサビっぽい部分はそれでも細やかなカッティングなどスカート的なコード感もあるが、メインとなるのは不穏さ。これまで夜っぽい曲はスカートにもあったが、そっちではなくもっと邪悪で虚無的な感じのダークさ。コードカッティングに添えられたもう一本のギターもゆらめきのようなフレーズで不穏さに浮遊感を加味してくる。
 歌い方もコードと同じ方向を向く。普段のソウルフルさや溌剌さは影を潜めて、囁くような、吐き捨てるような歌唱で、いつになく輪郭の曖昧な呪詛のようなメロディを放っている。特に最後のサビ部分後は、比較的溌剌としたサビ部から、一気に途切れ途切れで幽霊のような歌い方になり、危うい情念すら感じさせる。
躊躇う指でブザーを鳴らせば/戻れないなんて/分かっている
 閉じ込めたいのか/満たされたいのか/影が伸びて夜が夜になる
 欠陥があるなら/ゼロのどこかだ/強いライトが俺を刺す

歌詞もかなり鬱屈したものに見える(ちなみに澤部渡氏のブログに今作の歌詞が全て掲載されている)。性的にも取れる数々の表現はこの曲がまるでスカートじゃなくて他のもっと陰鬱さを表立たせたバンドのように感じさせる。
 『シリウス』ではバンドサウンド、それもベーシックの四人にゲストを迎えての演奏ということで、この曲のカオスなムードがどのように表現されるのか、ちょっとドキドキする。

4. ワルツがきこえる
 この曲だけ『シリウス』に再録されないこととなった。しかし上記サウンドクラウドで試聴できる通り、スカートのメロウサイドを極めたような楽曲で、実際にライブでも演奏されているし、遅かれ早かれバンドにて録音がなされ、何かしらの全国流通盤に収録されるものと思われる。
 息を呑むようなメロディを、これまでもスカートは幾つも作ってきた。しかしこの曲のメロディのジェントルさは何だろう。スタンダードナンバーのようなコードの響きの上で、持ち味の甘くてソウルフルな歌唱が奏でるラインはどこまでも可憐で物悲しくも優しい。
 とりわけ美しいのは、この曲で唯一別のメロディへ展開する部分、一気にメロディが持ち上がり、ワルツという単語が醸し出す優雅さそのままのメロディを奏でて、そしてそこから元のメロディに着地しながらも、それがどんどん発展して、歌唱のメロディが元のコード進行に溶けていくところ。声質のあどけなさと歌唱力の大人っぽさのアンバランスな魅力がこの箇所では、歌詞(下記抜き出しの通り)も含めて、本当に息を呑むようなロマンチックさと優しさで発揮されている。デモ音源にこんなことを言うのも本人に失礼かもしれないけど、スカートのベスト歌唱ではないかとさえ思ってしまう。
それでも二人には居場所がないんだ/ああ/花を飾りたい
 手探りでもいいと抱き寄せてみるけど/冬は長くて
 いつか痛みも慣れてしまうのだろうか/懐かしいあのワルツがきこえる

 余談。『シリウス』のジャケットは町田洋の書き下ろしとなったが、その町田洋の代表作『惑星9の休日』(この作品も、SFのガジェットを使用して、ロマンチックで感傷的な幾つもの瞬間を書き出した、素晴らしいマンガだ)の中に「衛星の夜」という短編がある。ネタバレを避けて言えば、この作品の中で“ワルツ”という単語がとても印象的に使われている。翻って、スカートが町田洋ジャケットの作品を作る際に、この『ワルツがきこえる』という曲をその作品に収録してしまうと、ジャケットのイメージが俄にその「衛星の夜」に引っ張られてしまうのではないか…という懸念があって、この曲の『シリウス』への収録が見送られたのではないか、というのが筆者の考えた思い込みのストーリーである。


 以上4曲。
 正直、かつてない意欲作なのではと思ってしまう。新機軸が2曲(スケールの大きさという意味で「シリウス(仮)」、これまでにない曲調ということで「タタノアドラ」)、そして純度があまりに高過ぎる「ワルツがきこえる」。ここには『ひみつ』→『サイダーの庭』の時よりもより大きく“変わっていこう”とする澤部氏の思惑が感じられる。むしろその思惑から来る焦燥が、ミニアルバムやアルバムではなく、4曲収録というシングルサイズの『シリウス』制作という性急さに向かったのではないか、とさえ思う。
 強調したいのは、スカートがいよいよその持ち前のロマンチックさをより大きく羽ばたかせようとしていることだ。元々から、唯の良質インディーポップバンドに留まるはずのない実力も鮮烈さも情念もスカートは持ち合わせていたと思う。それが次作『シリウス』では遂に大爆発するのではないか、これまで以上に甘い夢のようでかつ傷だらけのようなロマンチックさを携えて、澤部渡のリリシズムが殺人的なレベルに変容するのではないか…そんな予感をこの『COMITIA109』に感じて、今回精読ならぬ精聴した(し、普段からとても魅力的な4曲で愛聴してる。っていうか既に十分殺人的だと思います)。『シリウス』予告編として、あまりに強力過ぎるCD-R作品。

 最早半分『シリウス』のレビューを書いているような気持ちでここまで書いたところ。個人的にはターンテーブルを持っていないのでレコードは聴けないけれども、それでも曲は凄く欲しいし、またジャケットの誘惑も強烈。すごく悩める…。