しばらく前の「昭和の10曲」の記事で聴き始めてからというもの、本当にムーンライダーズばっかり聴いてる。本当に聴き始めるのが遅すぎたなあと人生ぐるみの反省をしつつも、それ以上に今更こんなに巨大な関心が向く音楽が、しかもこんなまとまった量あることに、最近の自分の中でも結構珍しくエキサイティングな日々でした。
しかしながら、こうやって嵌まり込むまで、何故だかムーンライダーズに妙な苦手意識があったことも確か。その理由は、どうしても1976年というその長大なキャリアゆえの、いわゆる古くからの「名曲」にはじめはなかなか馴染めないとか、他にも色々な要因は考えられます(勝手にそんなの考えて失礼な話だ)。
それで、じゃあどんな曲をもっと早くに聴いてたら、今くらいにムーンライダーズに熱中してたか。今回はそんなことを考えたりしながら、10曲を選んでみました。10曲の順番は時代とかタイトル順とかでもなく任意に、恣意的にバラバラになっています。
なお、ムーンライダーズは「6人組ロックバンド」ということになりますが、その6人ともが作曲をする、そしてそれぞれの楽曲に作曲者の個性や傾向が滲み出てくるという、慣れるとそういう楽しみ方も出来てくるバンドですが、今回は何らかの筆者の個人的なキャッチーさにこだわって選曲したため、全メンバーから1曲ずつみたいには出来ませんでした。そういう意味で、本当に好きな人が読むと半端なリストかもですがご容赦ください。
あと、ムーンライダーズはその長大なキャリアの中でいくつものレーベルに所属しては移籍を繰り返してたからか、音源の配信やサブスクでの揃いがかなり厳しい…。特に90年代中盤〜後半がかなり絶望的なので、どうにかなりませんかファ◯ハウス様…。
各アルバムのレビューは、OTOTOYでこんな形で行われているようです。こっちを読んだ方がよっぽど早いのかも。
(2019.6.30追記)もう10曲分書きました。メンバー全員の楽曲に触れてます。
2022年1月8日追記:全オリジナルアルバム(22枚でカウント)に触れる記事を書きました。少々長いです。
- ◯はじめに:ムーンライダーズとは何だ?
- 本編
- 1. 9月の海はクラゲの海(アルバム『DON'T TRUST OVER THIRTY』(1986)収録)
- 2. ヴィデオ・ボーイ(アルバム『MODERN MUSIC』(1979)収録)
- 3. 工場と微笑(アルバム『マニア・マニエラ』(1982)収録)
- 4. Cool Dynamo, Right on(アルバム『MOON OVER the ROSEBUD』(2006)収録)
- 5. ダイナマイトとクールガイ(アルバム『A.O.R.』(1992)収録)
- 6. スイマー(アルバム『NOUVELLES VAGUES』(1978)収録)
- 7. 無防備都市(アルバム『カメラ=万年筆』(1980)収録)
- 8. Flags(アルバム『Dire Morons TRIBUNE』(2001)収録)
- 9. 本当におしまいの話(アルバム『Tokyo7』(2009)収録)
- 10. B.B.L.B.(アルバム『AMATEUR ACADEMY』(1984)収録)
- あとがき
◯はじめに:ムーンライダーズとは何だ?
ムーンライダーズについて本当に正確に説明するのは困難な気がしますので、以下のとおりかなりざっくりまとめます。この紹介文で興味持つ人はまあいないとは思いますが…。
ムーンライダーズは1976年に、鈴木慶一がソロアルバム『火の玉ボーイ』制作中に、事故的にジャケットにアーティスト名が「鈴木慶一とムーンライダース」として掲載され世に出たところから歴史が始まったバンド。その後本格的にムーンライダーズとしてバンド活動を始め、作曲者・プロデューサー等を兼ねる6人がメンバーという他に類を見ないメンバー構成*1により、多彩なアイディア・作曲センスが持ち寄られ、非常に説明し難いディスコグラフィーが形成された。メンバーにキーボードはもとより、トランペット兼バイオリン兼マンドリン兼コーラスというチートな人物も含まれている*2。
そんなバンドの音楽性を一言で言い表すことは全く不可能だが、その不可能さ、およびバンドが途中から一貫して持つようになった、時に文学的で時に病的・自虐的*3な要素も含むビターに開かれた世界観などから、後天的に「日本最初のオルタナティブ・ロックバンド」のひとつとなってしまったバンドである。
結局バンド自体は大きく売れることなく2011年に無期限活動休止*4に入ったが、ゲーム『MOTHER』の音楽で著名な鈴木慶一を中心に、メンバーがバンド以外のプロデュース活動等でむしろバンド以上のヒットを飛ばしていたりするなどといった特徴がある。
本編
1. 9月の海はクラゲの海(アルバム『DON'T TRUST OVER THIRTY』(1986)収録)
www.youtube.com まずはこの、筆者の「昭和の10曲」でトップになったこの曲。80年代のムーンライダーズを現代で聴くことは、スリリングな部分と、正直ちょっと古くなってるな…な部分とがせめぎ合うことがあるけど、この曲だけは、そのどちらにも当てはまらない。ひたすらにエヴァーグリーンで、80年代ライクなアレンジもかえってこの曲の永遠具合に包括されてとても愛しい冷ややかさを感じさせる。
同曲収録アルバムは、リリース後91年までの活動休止となることもあり、長いムーンライダーズの歴史の中でも最重要なピリオドのひとつ。ひたすらに時代の先端を暗中模索で向かっていって、時代の先端の袋小路で疲弊しきったバンドはしかし、こんなひたすら広大でからっぽな美しさにたどり着いた。当人たちにとっては過酷だったろうけど、ひたすらにロマンチックだ。
あとはもう「昭和の10曲」の記事でひとまず語り尽くした。他にも妄想を広げていくらでも書けるけど、まだリストの1曲目だから、この程度で。
2. ヴィデオ・ボーイ(アルバム『MODERN MUSIC』(1979)収録)
ムーンライダーズのインテリめいた雰囲気やらあと売れなかった歴史やらがそう思わせるのか、彼らには「頭でっかち」「線が細い」「器用貧乏」みたいなイメージが先入観として付きがちじゃなかろうか。
そこでこの曲。スタジオ音源では、当時の時代のニューウェーブサウンドをいち早く取り入れた、とか、サビがボコーダー、といった歴史的価値の前に曲の魅力がいくらか霞んでしまう気がするけども、しかしながら現代ムーンライダーズのライブサウンドに落とし込むとこのようになる。
www.youtube.com 個人的にはジャッキジャキなギターサウンドだけで嬉しくなるけれど、タイトで意外とマッシブなリズムに、鈴木慶一の「いい歌」とかを超越したフリーキーなボーカル、そしてそのサウンドがタイトルコールの合唱で一気に回収される様の強靭さ。ムーンライダーズのサウンド面での武器のひとつ・男性メンバーたちによる分厚い合唱の威力が、この曲では特に最大限に発揮される*5。
そう、彼らは超多彩なスタジオミュージシャンであると同時に、そんな複雑な楽曲の数々をライブでほぼほぼ再現できてしまう、そして古い曲もやすやすと現代式にアップデートしてみせる、屈強なライブバンドでもあった。これは特に2000年代以降、どんどんバンドサウンドが強化されていってたようである*6。
それにしても現代的な肉感を得たこの曲は本当に強い。「ヴィデオ」という2019年現代では完全に過去の遺物でしかない概念に対して、何らかのもっと汎用的な意味を感じてしまうのはきっと、この勢いに騙された妄想だったりなんだろうけど。
www.youtube.com 余談だけど、ムーンライダーズはカーネーションや豊田道倫と並んで、所謂東京インディー勢等のインディーバンド群からの再評価を受けたバンドで、そこから当時の若手バンドを中心としたトリビュートアルバムが制作される運びとなった。その中で京都のバンド・本日休演がカバーしたこの曲はなぜかPVも作成されていて、非常にヴェイパーウェーブな仕上がりになっているのでこちらもぜひ。
3. 工場と微笑(アルバム『マニア・マニエラ』(1982)収録)
- アーティスト: ムーンライダーズ,橿淵哲郎,糸井重里,佐藤奈々子,佐伯健三,鈴木博文,鈴木慶一,太田螢一
- 出版社/メーカー: Sony Music Direct
- 発売日: 2006/10/25
- メディア: CD
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www.youtube.com イントロの、ギターとも何ともつかない音の圧倒的な存在感。いろんな実験を繰り返したであろう末の「センス一発」感。まさにあの『MOTHER』『MOTHER2』の不思議なサウンドをつくり出した人たちに直接繋がるサウンドだと思った*7。「ムーンライダーズからのサウンドの しょうたいが つかめない!」
この曲はまさにこのフレーズを軸に構成された楽曲で、むしろこのフレーズこそ本体とさえ思ってしまう(笑)けれども、楽曲としてもタイトでシンプルな構成に、直線的な8ビートを少し回避した妙な疾走感、工業的なコンセプトに相反しそうで存外にマッチした原始的なコーラスワークなど、色々とセンス一発!な要素がシンプルに、かつそのシンプルささえ重要なパーツとなって構築された、「This is ムーンライダーズ!」と言いたくなるような1曲。彼らのニューウェーブ路線のひとつの達成がアルバム『マニア・マニエラ』だと思うけども、その中でもこの曲のインダストリアルで、しかし妙に人間的なドンくささも感じれるサウンドは、このアルバムのコンセプトを象徴するに相応しい存在感を放つとともに、「音の魔術師」としてのバンドの存在感を、1982年という遥か過去の地点から、未だ替えの効かない不思議な魔力を放ち続けている。
www.youtube.com 30周年ライブでの映像。 完全にイントロの轟音フレーズを何回でも楽しみましょうコーナー、及び思い思いのノイズ掛け流しコーナーになってて笑う。改めてこの曲の主役が何なのか分かってしまう(笑)それにしてもこんな直線的な楽曲での、こういうインダストリアルなジャムセッションというのもなんか珍しいのでは。演奏しててすごく楽しそう。
4. Cool Dynamo, Right on(アルバム『MOON OVER the ROSEBUD』(2006)収録)
- アーティスト: MOONRIDERS,鈴木博文,鈴木慶一,糸井重里,白井良明,かしぶち哲郎,井上奈緒,ムーンライダーズ
- 出版社/メーカー: SPACE SHOWER MUSIC
- 発売日: 2006/10/25
- メディア: CD
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www.youtube.com ここまで80年代までのムーンライダーズの楽曲を見てきたけれど、上記でも触れたとおり彼らは日本屈指の長寿バンドだった訳で、それも無期限活動休止の年までアルバムを出し続けたバンドだった。そのアルバム群が時代遅れな代物だったかというとそんなこともない訳で*8、特に2000年代に入って以降はコンボでコンテンポラリーなバンド演奏を軸としながら、矜持とも言えるウィット等をサウンドに滑り込ませる方式で制作活動を続けていた。
そんな彼らの2000年代の、文句なしの代表曲がこの曲。ダークで寒々しいイントロの掛け合いから、一気にウォームでビートルズ的なポップさが飛び出すこの曲もまた「ああ、これは確かに何となくムーンライダーズっぽい!」となる1曲。むしろこの曲こそムーンライダーズのはじめの1曲として最適なのかもしれない。
Aメロの必殺の泣きのメロディ、サビの合唱パート、そして淡く溶けていくようなミドルエイトの配置など、この曲は最後のリフレインに至るまで、計算され尽くした構成をしている。作曲は鈴木慶一とそして岡田徹。岡田氏は『9月の海はクラゲの海』でも作曲者であり、というかバンドの長大なキャリアを通じても常にキャッチーな曲を書き続けている、職人気質のメンバー。『ドコモダケのうた』の作曲者等でも有名*9。
2000年代ムーンライダーズのアルバムでも特にフラットで、充実作とされるアルバムの、その先頭に収録されている。1曲目からこんな切ない感じにしてどうなの、という思いと、再生を始めたら確実にいきなり最高になるな、との思いがあります。鈴木慶一による歌詞も素晴らしい。過去の楽曲のキーワードを散りばめつつも、最後の落とし所がとても美しい。
僕らには虹が見えた 燃え尽きそうな虹が見えた
僕らには虹が見えた 燃え尽きそうなこのメロディ
祝祭的なサウンドの作り手としてのムーンライダーズ/鈴木慶一の魅力をスマートに収めた名曲です。ライブでも定番曲と化していた模様。サビの繰り返しが少々クドいかな。。
5. ダイナマイトとクールガイ(アルバム『A.O.R.』(1992)収録)
90年代ムーンライダーズは難しい。単純にアルバムがなんか揃えにくい。筆者も結局これを書いてる時点で『ムーンライダーズの夜』と『Bizarre Music For You』をまともに聴けていない。この時期は彼らのキャリアでも特にレコード会社の移籍が相次ぎ、版権が色んな会社に飛び散ってしまっている。楽曲的にも、80年代中盤(活動休止直前)までの実験的で袋小路的な神経質さ・暗さは無くなったものの、その後の骨太な方針があまり見当たらなかった感じもして、意外と彼らの歴史でも一番混沌としているかも。
それでも、名曲は沢山ある。90年代で最良のアルバムだったら活動休止からの復帰第1作『最後の晩餐』になってしまうだろうけど、最もキャッチーな名曲、ということならこれだろう。作曲は岡田徹。やっぱあんたか。
実に90年代チックな、横揺れでややスカ要素も入った16ビート*10。しっとりとしたメロディは彼らの中でも90年代にしか見られない類の質感があり、その最良のひとつがこの曲でしょう。サビの強いメロディはビターな歌詞とともに、歌ものムーンライダーズでも最もキャッチーな類い。
ちなみに前の曲とタイトルがやや被ってるのは、『Cool Dynamo, Right on』がこの曲の続編として作られているから。終盤にAメロを延々と繰り返す構成も似てる。活動休止直前ライブでも続けて演奏されている。鈴木慶一は日本の有名どころでも有数の不安定なボーカリストだけど、でもこの曲ではしっかりと歌うんだよなあ。
6. スイマー(アルバム『NOUVELLES VAGUES』(1978)収録)
www.youtube.com また時代を遡って、この曲は1978年。このリストでは最も古い。この曲が収録されたアルバム『NOUVELLES VAGUES』は70年代ムーンライダーズの中でも一番「ムーンライダーズっぽさ」があった上で聴きやすいので、これまた取っ掛かりにいいです。『マイネームイズジャック』のカバーとか現代的で相当聴きやすいかと。逆に名曲とされる『いとこ同士』なんかは歴史的価値が曲の良さに勝ってる感じも*11。アルバムタイトル的にニューウェーブ全開かな、と不安に思ってましたが、流石にこの時代でUKニューウェーブ取り入れてたら早すぎるか*12。
そんなアルバムの冒頭がこの曲。引っ掻き合うようなギターとピアノの応酬が緊張感を醸し出し、そこにストリングスが殴り込みをかける*13イントロから、やや歌謡曲気味ながらそれから飛躍したメロディ展開の緊張感まで、1曲を通じて薄らとヒリヒリしたテンションで貫き通していく、特に終盤メロディをグダグダにして終わらせるまでを「スイマー」というタイトルで纏めてしまうその豪腕さが好き。
作曲は鈴木慶一。この曲のサウンドの緊張感はあまり古くなっていない感じがするし*14。むしろ以下の90年代のライブの方が時代っぽさを感じるかも。
7. 無防備都市(アルバム『カメラ=万年筆』(1980)収録)
www.youtube.com 『カメラ=万年筆』から聴いてしまったことが、筆者がムーンライダーズを「苦手」と誤認してしまった最大の原因だったと振り返って思います。このタイトルを引用したユニットが東京インディーシーンで活躍してたり、それもあってなのか2000年代に彼らの作品で最も再評価を受けてスペシャルエディションで再発されたりしますが、この作品聴きづらいです。80年代までのムーンライダーズでなら間違いなく最も聴きづらい。この作品と比べたら『マニア・マニエラ』なんてめっちゃポップでしょ。しかも上記の再評価があったからか、ツタヤとかではこれだけレンタルがあったりして、それがまた罠っぽい。
このアルバムの聴きづらさは、フレンチさと歌謡曲を行き来するメロディ×ニューウェーブサウンドの組み合わせが何とも胡散臭くも異形だからか。そういう意味では、彼らで一番替えの効かない作品なのかもだけど、正直なんかダサい。。冒頭のLovin'連呼もなかなか苦手で、『アルファビル』とか『水の中のナイフ』とかは未だに慣れない。マイナー調ばっかりのメロディを鈴木慶一がとりわけフリーキーに歌うのもなかなか特殊な世界。というかこのアルバムの楽曲のメロディセンスはほぼ今作だけだもの。そういう意味でもこの作品から聴き始めて「うわっムーンライダーズってこんな何だ…」ってなるの、やっぱ罠だよ。。
でもこの曲は非常に聴きやすい*15。この曲はまさにポストパンクなギターサウンドのイントロを軸に展開していき、メロディの展開部以外は終盤まで割と本当にこれで貫き通すところがザ・ニューウェーブな潔い単調さがあって良い。そもそもが『火の玉ボーイ』みたいなジャジーでコンシャスな演奏をしてたメンバーなので、そんな人たちが心の底からニューウェーブサウンドに鞍替えするのは土台無理というものだけど、それでもこの曲での「擬態」は一番それっぽくなっている。ぶっきらぼうで妙に野暮ったいベースラインなんか実にそれっぽい。ギターの音はキース・レヴィンのような鋭さを見せていて、ライブで白井良明氏がレスポールでこのフレーズを弾くたび「レスポールでもこんな音するんだ。。」って思ったりする。
もしムーンライダーズを聴き始めようとして、近所のツタヤに行ったらこのアルバムしかなく、やむなくこのアルバムから聴き始める時は、まずはこの曲を軸に聴き始めるといいかもしれない*16。ちなみに同作のスペシャルエディションでは数多くのアーティストが同作の楽曲を「リミックス」したものとなっています*17が、この曲は相対性理論の永井聖一氏によるリミックス。ギターはじめサウンド全て相対性理論っぽいギターに差し変わってて笑えますが、かえって「なるほどな」とも思ったりする、好きなテイクです。
www.youtube.com ライブでもシンプルにコンボなバンドサウンドを聴かせるこの曲はよく取り上げられていた模様。この曲があることでセットリストが引き締まりそうな感じがします*18。
8. Flags(アルバム『Dire Morons TRIBUNE』(2001)収録)
- アーティスト: ムーンライダーズ,Hirohumi Suzuki,Ryomei Shirai,Masahiro Takekawa,Keiichi Suzuki,Tetsuroh Kashibuchi
- 出版社/メーカー: DREAM MACHINE
- 発売日: 2001/12/12
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この曲と次の曲はおそらくムーンライダーズの中でも多分結構マイナーな曲なので、YouTubeに動画がありませんでした。でもまあ、バンドの説明をしていくにあたって、ちょっと触れておきたい2曲なのでリストに入れました。聴きたい人はどっかで試聴とかできると思うんで聴いといてください。
このアルバムから2000年代ムーンライダーズになっていくけど、2000年代前半の2枚もまた、ムーンライダーズ最難関としてファンに思われてる節のあるアルバム。そのうちのひとつ『Dire Morons TRIBUNE』は、上記のジャケットからも何となく重苦しそうな雰囲気があるが、本編はいよいよ暗い。発売日は2001年末頃だけど、レコーディング時期が911の頃と被ってしまっていて、そしてそれが楽曲に反映されていることをアーティスト側が公言している。つまり、ポスト911のアルバムのひとつであることが、この作品最大の特徴であるし、そしてこの作品の聴きづらさの最大の要因となっている*19。
奇特にもこのブログをよく読んでくれる人なら、このアルバムをここで取り上げた意図がもう分かってしまってるのかもですが、このアルバムはWilcoの『Yankee Hotel Foxtrot』に比較することのできる数少ないアルバムのひとつだと思うんです*20。それは、911という現実に起こってしまった「現代文明の論理破綻と混迷、そして物質的破滅」の影を思わせる作品世界、という意味で。この『Dire Morons TRIBUNE』もまた、Wilcoとアプローチの仕方は違うけれども、時代の荒廃と混沌とを的確かつダークに音像・作品に反映させた、という意味では、これらは比較すべき作品だと思うんです。特に電子音・ノイズの取り入れ方は、軽くシンクロニシティーが起こってるレベルで近似した部分がある。911以降の空中に電波や戦火が飛び交うかのような世界の雰囲気に何か受信したのか、鈴木慶一のキ◯ガイ楽曲も多数含まれている。だから聴きづらいんだよ…好き。
そしてこの曲。この曲名。もう言いたいことはシンプルである。この曲がムーンライダーズにとっての『Ashes of American Flags』であるということ。歌詞を読んでもらえば分かるとおり、発想のコンセプトも割と遠くないものだろう。凄いのが、曲調の宙を舞うようなオブスキュア具合も似てること。ノイズが飛び交うようなギターサウンド、無機的で単調なリズムの上を延々と超然的に進行していくメロディ、そして所々に挿入されるファンファーレの虚無的な響き。ファンファーレを演奏できるメンバーがいたことの幸福か業か。特に終盤のマーチング的な雰囲気は、ある意味このアルバムで最も美しくも痛々しく思える箇所だ。
このアルバム、『YHF』との比較という方向で再評価する余地が物凄くあると思っている。変な話、『YHF』のあの雰囲気の好きな人はこのアルバムも手にとってみてほしい。それにしてもこのアルバムでの鈴木博文曲は、兄のぶっ壊れ具合とは別の意味で時代の荒廃した雰囲気の表現の仕方が鮮やかで素晴らしい。
9. 本当におしまいの話(アルバム『Tokyo7』(2009)収録)
- アーティスト: moonriders
- 出版社/メーカー: SPACE SHOWER MUSIC
- 発売日: 2009/09/16
- メディア: CD
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上のアルバムとは逆に、『Tokyo7』はほぼ全編をカラッとしたバンドサウンドで貫かれ、曲も凝りすぎずに程よいサイズ感で作られており、2000年代ムーンライダーズでも随一の聴きやすさがあります。ジャケットはすっかり初老な感じではありますが、このアルバムからムーンライダーズに入るのもかなりアリかと。
しかしながらこの曲。アルバム終盤にしれっと置いてある、そんなに長いわけでも存在感あるわけでもないこの曲ですが、しかしこの曲にはバンドの、特に80年代ごろから通底されていく「鈴木慶一の狂気」に触れた楽曲であることから、取り上げてみました。一番は『Dire Morons TRIBUNE』収録の『Lovers Chronicles』だと思うんですけども*21それはともかく。
この曲、ゆったりとしたビート、まったりとウォームなコード感に、ねっとり具合と乾燥の程度とが程よい鈴木慶一メロディが乗る、ただただ聴く分には後期ビートルズ的な良さが滲む佳曲、って感じの曲だけども、曲タイトルや歌詞、そして終盤の仕掛けが、静かにしかし重たく「鈴木慶一の狂気枠」としての主張をしている。
こんな酷い話はないね 川のそばにただ座ってたんだ
重り降ろして夏の中で 涼しい風待っていただけ
夕暮れが「そこをどけ」って縋って 寂しいってこんなことだろう
化石の小舟が剥がれてく 「自分は作られた」って呟く
おしまいを運ぶ この世ってやつは
この悲観的な哀愁の感じは何だろう。『夢が観れる機械がほしい』(『ANIMAL INDEX』収録)以降のアルバムはほぼ必ず1曲もしくは数曲、鈴木慶一作詞作曲の暗くこんがらがった作品が収録されるようになっていくけど、その中でも一番穏やかでポップなこの曲で、この有様だもの。そしてこの後、ほんの少しの時間だけど、脳みそが裏返ったかのような展開が待っている。
「鈴木慶一の狂気」このテーマだけでかなり長いブログ記事が書けるだろうし、むしろ最初はこっちで書こうとしていたけども、しかしながらまだにわかファン気味な自分なので、そっちはもう少し時間と経験を積んでから書くことにします。「本当は暗いムーンライダーズ」みたいな。ファンには周知のことかそんなの。
10. B.B.L.B.(アルバム『AMATEUR ACADEMY』(1984)収録)
www.youtube.com この特集の最後はこの、80年代の名盤群のアルバムのひとつから、その最終曲であるこれを取り上げます。このアルバムの楽曲は全て略称で統一されていて、この曲は「ベイビー・ボーイ、レイディー・ボーイ」の略。
ちなみにアルバム自体は、ムーンライダーズの長い歴史でも唯一外部プロデューサーが迎えられた作品らしく、しかしそもそもメンバー全員がプロデューサー体質であるバンドとは激しく衝突し、バンドは疲弊したそう。それでも収録された楽曲は素晴らしいもで占められ、むしろこの作品から『ドントラ』までこそムーンライダーズの最盛期と、少なくない人が思っているかと。作品的には、彼らがあまり強調しないR&B的・肉体的な要素が今作ではフューチャーされていて大きな特徴になっている。昔からのファンの最高傑作によく挙がる1枚でもある。
「ファンファーレが鳴り響く、祝祭的な楽曲を量産するソングライター」としての鈴木慶一のキャリアの始まりはこの曲のサビなのかもしれない。そんな80年代ムーンライダーズでもとりわけ晴れやかなサビをしかし途中からうっちゃって、急に変調してソウルなコーラスグループのまがい物みたいなヘンテコな雰囲気になるのもこの時期のムーンライダーズの自由さ。しかし、そこで歌われるメッセージがとても重要。
ハピネスは辞書にも書いてるとおりで
幸せなんて人それぞれ
この曲自体、女性の仕草や服が好きすぎて自身の性が分からなくてなってしまった男性の歌であり、早すぎるLGBTの歌だと言うと流石に乱暴だろうか。少なくとも、数々の性的なテーマを扱ってきたこのアルバムの最後に、このような一番振り切れた主題を持ってくる彼らの、思想的に真に奔放で、かつ真摯である様。信頼しかない。「声を変えていつまでも女でいたい」というフレーズが本当にボイスチェンジャーで声を変えて歌われていく様は、何らかの「祈り」が歌の中で叶うような、音楽という虚構だけが持つことのできる類の何か尊いものが、垣間見えるような気がした。
あとがき
以上、10曲紹介しました。うち2曲はYouTubeですぐ聴けるものでもないし、実質8曲では…とか思いますけど。
当然、ムーンライダーズの魅力がこの10曲だけにある訳でもなく、むしろその他の広範な魅力に次々に触れていくことこそ、ムーンライダーズを楽しむ上での可笑しさだったり面白さだったりスリリングさだったりします。しかしながら、このリストがもし万が一、誰かがムーンライダーズを聴き始めるきっかけになるのであれば、非常に光栄です。
最後に「じゃあ結局、最初の1枚はどれを聴くべきだと思いますか?」と聞かれたら、自分なら、まあ2000年代の作品でソフトに入るのもいいけど、結局は80年代ムーンライダーズに行き着くことが一番大事だと思うので、まあサブスクにもあるようだし、『DON'T TRUST OVER THIRTY』かな、と思います。
どうやらサブスクにはSpotifyもApple Musicにも80年代で最重要なドントラとあと『ANIMAL INDEX』はあるみたい。ちなみに筆者はiTunes Storeで『AMATEUR ACADEMY』〜ドントラまで集めました。
*1:これはむしろバンド活動途中から結果的にそうなってた、という方が正確だろうけど。
*2:武川雅寛氏。特にライブ動画で彼がバイオリン弾きながら普通にコーラスをしてる様をはじめて見たときは「は…?」って思った。何当たり前みたいにとんでもないことしてるの…。
*3:この辺はかなり鈴木慶一のせい。堂々たる超大御所とは思えない病みっぷり。。
*4:2016年にバンド40周年記念として「活動休止の休止」を行なった。屁理屈かよ。
*5:この「合唱」のことや、比較的大人数バンドであることなどからか、鈴木慶一本人が自分たちをアーケイド・ファイアと比較するようなインタビュー記事もあったりする。
*6:90年代は特に前半で打ち込みとか多かったりするし、また90年代の日本の音楽シーン自体がバンドのタイトでコンボな魅力よりも、もっとガヤガヤした感じだとかを好む風潮があった点は考慮されうるけども。
*7:まあMOTHER関係は鈴木慶一で、この曲の作曲者は弟の鈴木博文だけども。
*8:むしろ何でもありになっていった2000年代インディーロックの流れの中でどうすれば逆に「時代遅れ」になるのかという問題。
*9:こうやって「ムーンライダーズ関連のもの」と思って聴くと、これも実にムーンライダーズだなあ。ボコーダーとか実に岡田徹。
*10:っていうか順に上昇していくベースラインも含めて「まんまブギーバックやん…!」と初めて聴いた時思った。むしろこの曲が92年でブギーバックが94年なので、小沢健二やりやがったな…ということを今更知ったり。それとも別の共通する元ネタがあるのか。少し調べたけどこの曲とブギーバックで関連付けた記事全然出てこないのでおれがやはり間違ってるのか…こんなに似てるのに。。
*11:なんでもYMO等で知られる松武秀樹氏の打ち込みと細野晴臣のスティールパン以外の演奏は(メンバーの歌を除けば)入っていないとのことで、当時としてはすごく先進的な楽曲だった。今となってはむしろ歌詞とメロディで聴かれてる印象ですが。
*12:そう思うとでも『MODERN MUSIC』はやっぱ早えなーって感嘆するんですけども。
*13:このストリングスの入り、よく聴くとスカートが『回想』で取り入れたストリングスの入りがまさにこんな感じだった。スカートの方のストリングアレンジはカメラ=万年筆の佐藤優介氏。やっぱ意識してたのかな…。
*14:ちょっと大げさなストリングスがいいアクセントになってると思う。
*15:あと、アルバム終盤も落ち着いた曲があったりで幾らか聴きやすい。
*16:想定が細かすぎるし、そもそもまずこのブログ記事からムーンライダーズを本当に聴き始める人がどれだけいるのかという問題。
*17:『アルファビル』とか作曲者本人がリミックスしてたり、最後に鈴木慶一自身で謎にカットアップした一番尺の長いトラックがあったりで、ホント自由だ…。
*18:筆者は2019年4月からの超後追いなので、当然ライブ見たことなんてないのだけど。
*19:一方で、もう一つの2000年代聴きづらい作品である『P.W Babies Paperback』の聴き辛さの原因は…何だろう。。よくわからん。「自分たちのルーツである昭和時代への振り返り」というコンセプトが楽曲を晴れ晴れとしないものにしてるんだろうか。。どっちももう慣れたから好きな曲沢山あるけども。
*20:あっちは911より前に制作が終わってるので前提条件は異なってるんですけども。
*21:この曲、サウンドはともかくとしても、歌唱が完全に破綻してて、サイテーすぎて本当に最高。鈴木慶一のひとつの極北でしょう。