年があけたけど2024年の所謂年間ベスト的なものをやります。25枚選んで、順位を一応つけてますが、正直母数はそんな多くないです。
2024年は仕事がともかく忙しかったり体調などを崩しがちだったりで全然上手くいかなかった1年で、世間を見ても良くなさすぎることばかりが起きていてひたすらうんざりするような年でした。2025年もすでに同じような全然良くない見通ししか持てませんが、それでもなるようになる限りで頑張るしかないなと。
しんどいと音楽を聴く気になれないなと、ダラダラゲーム実況とかをYoutubeで見てる時間ばっかりになってしまって*1良くなかったなと反省して、12月の中盤くらいからそういえば今年の新譜何があったっけ、と漁り始めて作った年間ベストに何の価値があるんだろう、とも思うけども、でもこうやって残しておくと、後で見たときにそうかこの年はこれがあったか、となるので、本当に備忘録だなと。他の人やメディアの年間ベストを横目にしつつ、ん、これはよう分からんな…という作品は外しつつ、おっ今年2作出しとるやんというものは2作とも入れて傘増ししつつ作った25枚。自分にとってのメモ的なところもあるから別に「この25枚こそが最高!」とか言いたいわけでもない、ならなんで順位を付けとるんじゃい、ということになるけども説明できないが、まあ見てってください。
去年の年間ベストは以下のとおり。今見返しても、ああそんな年だったか、という備忘録の役目をそれなりに果たしています。そもそも、最初は20枚でやろうとしてたけど、あっ去年25枚選んだのか…と思って5枚増やすくらいには。
25〜21
25. 『Two Stars & The Dream Police』Mk.gee(2月)
アメリカはニュージャージー州の注目の新人、ということで一聴して、なんじゃこりゃ…と正直思った。ギターを手にしたジャケットながら、もはやエレクトロニカやんか…というトラックに、相当程度にエフェクト化したりエレクトロサウンド化寸前までに加工されたギターサウンドが並ぶ、これをSSWと言われると自分みたいなのは一瞬まごつくけども、でも現代でギターを手に先進的なSSWたらんとするとこうなるのか…というサウンドの楽曲がずらり。Princeを引き合いに出すレビューさえあって、曲の漢字とか考えるとちょっと違うんじゃないの…とは思いつつも、まあギター要素を分解してトラックを作り上げるアプローチを指して言ってるならまあ、と思った。
難しい。確実にこれは筆者がギターという楽器に求めてる音楽性ではない。でも、こういう可能性もあの使い古されたと思ってた楽器には、まだあるんだよな、と思い起こすためには、こういうのもたまには聴かないといけないのかもしれない。それにしても、ただジャーンと鳴らしたりチャカチャカいわせたりするだけで楽しいギターという楽器を、ここまでストイックに実験的に扱う覚悟がまずすごい。こうなってくると曲の良し悪しとかもうよく分からないや。
24. 『SUN』SACOYANS(11月)
福岡在住のインディーロックバンドの3年ぶりの3枚目のアルバム。筆者も福岡に住んでるので、福岡のバンドは間近で見たり、メンバーの人と話をしたりすることさえあったので、そういう人達のその年に出た作品をなんかこの辺くらいの順位に入れる悪癖のようなものが弊ブログには前からある。もっと上の順位にしろやと思われてるのかもしれない。別に気にされてないといいな。最近忙しくてしんどくてライブハウス行けてないけども。
相変わらずがっつりとオルタナティブロック。大事なところでファズかディストーションを踏んでブワーって音圧を出す、Dinosaur Jr.とかSmashing Pumpkinsとか由来のああいうやつって、今の若い人たち的にどうなんだろうか。まあそういうのを気にして自分たちの好きな音楽性をやらないというのもアレだし、やっぱこういうのは筆者もまあ好きだし。それで、1曲通してずっと轟音という訳にもなかなかいかないから音を抜いたりする静のパートをこういうバンドは作ることになる訳だけど、本作はその轟音の抜き方に好きな場面が多かったなって思った。キラキラした音とグワーっと重力と圧を感じる轟音の組み合わせの配分と配列、こう書くと簡単なことのようで、実に奥深いアレンジの世界。
23. 『To All Trains』Shellac(5月)
2024年はSteve Albiniという特殊で偉大なエンジニアの死去した年として、悲しくも記憶されてしまった。何か書きたかったけど、あの時期は忙しさのひとつのピークで何もできなくて、ただただ悲しかった。もう今後あの、ドライを通り越してひたすら物理的質量を感じさせるスネアの音が特徴的なAlbiniサウンドの作品が生まれることは無いんだなと、いや他の人のリスペクトな音質の作品はできるかもだけど、本人が作ることはもう無いんだと。
で、その彼の音楽家としての遺作。思いの外いろんな人の年間ベストでこれが出てこなかったのを見ると、まあ、音楽性的にはそれなりによくある古くからあるハードコアな楽曲集だもんな、とか、バンドの音楽性以上にその録音手法を用いた他社の作品の方が特徴出るし多くの人はそれこそを求めてるんだろうな、とか、それにしても薄情な奴らだ、とか、色々思い巡る。まあ、自分もこのような作品を普段聴かないけども。でもそれにしても、改めて聴くと、潔いくらいにバンド以外の音が入ってないし録音後の加工も全然されてない、ゴツゴツに響くように調整された音と曲をただ鳴らして録音しただけだという、まさにSteve Albiniそのものな楽曲集。スリーピースという限りなく最低限な演奏陣によって繰り広げられる、不機嫌な緊張感に満ちた空気の中響く演奏のそれぞれがどれも実にブルータルで、そして、別にそれを目指しているわけでもなく、普通に曲を書いて演奏したらこうなるだろ…と言わんばかりの説得力。時代の徒花なのかもしれないが、それならそれでそういうラベルを貼って時々取り出して聴けるようにはしておきたい。純度1000%の天然ブルータル。敬礼。
22. 『kirin』リーガルリリー(8月)
アニメを全然観なくなったけど、『ダンジョン飯』は別だった。漫画が終わってしまって寂しかったけど、作者の書き下ろしがたくさん収録された『冒険者バイブル』や『デイドリーム・アワー』を買って、何かの渇きを少し潤して、そしてアニメの出来もとても良かった。最後まで是非しっかりやってほしい。途中から、エンディング曲がなんか、Smashing Pampkins『1979』のクランチ感とRadiohead『Creep』の必殺のコード進行*2とを組み合わせた上で女の子が歌う曲になった。その組み合わせはずりいよ…と思いつつも、エンディングの絵ととても合っていて、それもすごく良かった。このバンドの『キラキラの灰』という曲で、段々エンディングを見てて、不意に意味もなく涙ぐみそうになったりした。
その曲を収録したアルバムを聴いた。3人いたはずのメンバーはいつの間にかドラムが抜けて2人になってた*3。独特の可愛らしい声で歌われる世界観はどこか前よりも儚さを増したように感じられて、歌詞の節々にそんな感じもするし、やっぱこの、どこか非現実的に轟音の中で浮かんでくる声質が強いな、と思った。00年台から続く“ソニー系ギターロック”の系譜はとっくの昔にやり尽くされて、実に豊かな袋小路になっていると思ってるけども、その中でこの声の儚さは抜け出してきて、使い古しのギターロックを懸命に機能させようとする楽曲と演奏の中で輝く。メンバーが減って余計そんなセンチメントが増してるのか。学理的な技巧性とか先進性とか何とかで見れば無価値な音楽かもしれないが、そんなこと知るかよと思えるだけのこっちの感情を不安にさせ揺さぶれるものは確かにここにある気がした。まあ『キラキラの灰』はどう考えてもずりいよ。いいに決まってるやろう。TRIGGERは時々エンディングでこういう激エモな楽曲を持ってくる。涙ぐみそうになるんだから激エモに決まってるやろ。
エンディングの尺に合わせたショートバージョン、原曲を聴くと、サビから終盤の間奏に繋ぐタイミングが最高すぎる。あっさり終わるのは原曲もそうなのに少しびっくりした。
21. 『Charm』Clairo(7月)
プレイリストに曲を入れてたはずなのに入ってなかったことにこれを書いてる最中に気付いて、本当はもっと上の順位だった気がしたけど既に作業済みなところも考慮してこの辺になってしまった。このランキングの10位より下は所詮そんなもんです。
この人、もっとこぢんまりとしたインディー音楽だった気がしてたけど、今回のを聴いたらしっかりとトラックが仕立てられて、歯切れのいいドラムの効いた演奏には洗練されたポップスの手管が次々に現れて、徹底的にダブルトラック以上のボーカル処理がされてるのもあり、凄く身も蓋もないことを言えば“2024年最新版のMargo Guryan”だと思った。1968年のソフトロックの名盤『Take a Picture』を、2024年最新の演奏陣と録音環境とそれっぽいボーカルで発展的に再現したらこうなった、みたいな。
もし本当にそれを狙ったんだとしたら、アーティストのエゴとかそういうのはどこに行ったんだよ…という話な気もするけど、そんな心配はよそに、古のインディー名盤を発展的再現するという妙なプロ根性を感じて、その構図をとても興味深く思った。そう思うとジャケットもこれちょっと古臭い感じがして、そこまで計算してやってんのか…と買ってに恐れ慄く。この人まあ前からこんな感じだったような気もしないでも無い。
なんで日本語版クリップとかあるんだ…?
20〜16
20. 『Seed of a Seed』Haley Heynderickx(11月)
12月の中旬より後に始めた選盤の途中に、他の人の年間ベストに入ってるものから選ぶだけじゃさすがに非生産的すぎるだろう…と反省して、少し自分で調べた。といっても、“Indie Rock 2024”で調べると思いの外元気が良くてちょっと自分のモードではないなこれは…という感じがしたので代わりに“Indie Folk 2024”で検索して、それで見つけたものを2枚ほど、20位〜11位に追加した。そのうち1枚がこれ。アメリカでは評価高いっぽいから、結局権威なんだけども…。
アメリカはオレゴン州のSSWの2作目とのこと。ジャケットからも察せられるとおりの、厳しくも清らかでネイチャーなフォーク/カントリー作品。全体的に朗らかでなく、天然成分由来の苦味・ダークさ・厳かさのようなものが作品に充満しているのが良く、尚且つそういうものに対してシャーマン的になりすぎず、乾いた筆致でスケッチするかのように仕上げられた手触りが心地よい。“迷いの森”的なサイケさはなく、代わりに歴史上蓄積されてきた技術への敬意と借用によって丁寧に拓かれ、描かれ、肌寒さに陽の光が少し暖かいような、ジャケットそのままの森の中の質感が丹念に積み重ねられていく。何気に多彩な楽器編成も、“チェンバーポップ”と呼ばれることを丁寧に避けてるかのような慎ましい使用で一貫され、変な飛躍もなく、淡々と厳かに仕上げられる。時には甘いものも辛いものも熱いものも受け付けず、こういう薬草めいた地味なものが効く体調というものも世の中には存在する。まあ、かなりしんどくて余裕がないときは音楽を聴かなくなる、というのが2024年に得た残念な知見なんだけども。
19. 『魔法学校』長谷川白紙(7月)
まさに体調悪い時に聴いたら悪酔いしそうな、徹底的にバグり倒した人工的ブラストビートの短く切られて連打され続ける轟音の中で平然とポップで優雅なメロディを描こうとする、ポップであるということに対して実に前衛的であろうとする作品。このアルバムがBrainfeederからリリースされたというのも納得しかない。ニコニコ動画的な想像力の延長から生まれたグリッチ感も、ひとつの行き着くところにまで行ったのではと思えるほどの圧倒的騒音が1曲目から響き、まあ笑ってしまった。そういう発想にはならんわあ、敗けました、という気持ち。的確に頭のネジが外れてる。なんでこんな音の中でポップソングが成立するって確信してるんだこの人は。
その轟音も、ずっと鳴らしっぱなしではなく、的確に楽曲に合わせて駆動させ、切り裂いて連打してくる超高機動っぷりが流石としか言いようがない。しれっと声も所々でオートチューンで加工し尽くし、ここに天然成分のものなど1%も存在しない、というくらいまで人工的に加工し尽くした実験室の様相。長谷川”博士”とこれを書くとき誤字ったけども、誤字かな…?と思えるほど、実験の余地に全振りしてる。まあ中盤にソフトな曲も何個か入ってバランスを取ってくるけど、バランスをとる対象がなかなかお目にかからない音像なので、これでバランスが取れてるのかは不明。
とはいえ、それらの実験的なトラック群が実験に終わっておらず、時に強引にして前人未到の全て吹き飛ばした先の疾走感の快楽に繋がっていることは書いておかないとフェアじゃないか。もしかしたら数十年後とかにはこういう演奏が普通になったりするんだろうか。AIの進化とアーティストの存在意義の拮抗と敗北、みたいな横道に逸れた変な懸念を覚えつつ、このフューチャー具合に、しかしすぐに追いつける他アーティストもそうおらんて、とは思う。作者本人の言ってることは実に抽象的かつ高度すぎてよく分からんけど、その実践としてこの音楽がなんかすげえことは十分に分かる。分かって良かった。。
18. 『Wall of Eyes』The Smile(1月)
なんか1年に2枚出してたので水増しにちょうど良かったThe Smileの皆さんです。よく考えると似たようなパターンのRadiohead『Kid A』『Amnesiac』の時も同じ年ではなかったことを考えると、中々のインパクト。1年で18曲・約90分リリースは中々。1stが2022年だったのを考えると、この2nd3rdのリリースペースは相当調子出てきた感じなのか。Thom Yorkeソロよりもバンドで来日公演してほしいもんだ。ソロは気づいたらチケット瞬殺して取れなかった。
こちらは2枚あるうちの、曲数が少なくて1曲が長い方。冒頭2曲のモワーっとした作りのせいで少々分かりにくいけど、こちらの作品では3曲目〜5曲目および7曲目において、プログレ的というか、いつの間にか1曲の中で全然違う展開になってる、みたいな要素が含まれている。そりゃ尺も伸びるさ。えらくキモいワイヤーアクションみたいなギターリフのドロドロした展開から終盤ではえらく歯切れのいいギターアンサンブルがSonic Youth的な『Read the Room』、やはり幾何学的なギターリフが刺々しくキモいなと思ってたら中盤で急に無重力な展開になりそこから最後はいよいよアンビエントに突入する『Under Our Pillows』、ベース弾き語り+ピアノで珍しくグッドメロディを歌うかと思ったらテンポが大きく変わって壮大なストリングスに導かれて悶々とする中間部を挟んでくる『Friend of a Friend』、金属的ながら潤いある優雅なアルペジオを軸にソフトに進行するかと思ったら、ストリングスとファルセットの舞う幻想的な中間部を挟んで、何故か最後に本当に久々ではと思える轟音ギターの残響を振り撒き倒すコーダ部に展開する『Bending Hectic』といった具合。最後のは8分超えの尺を使って「ほら、こういうJonny Greenwoodのギターお前ら大好物だったろ。実は俺らも好きなんよ」と言わんばかりの大盤振る舞いっぷりに笑ってしまう。
そういえば『Amnesiac』においても、ミニマルな展開で貫く曲と曲調が途中で大きく変化する曲があったな、と書いてて気づいた。それらを別々のアルバムにまで拡張したような趣が今回の2枚にはもしかしたらあるかもしれない。このリストでの順位の差は、たまたまミニマルな方が筆者は好きだったなあというだけの話。どっちでもワイヤーアクションめいたキモいギターリフが多くあるのはそういうブームだったんかな。そういうのでやり倒しちゃうところを中心に強引に曲想を広げるの好きだな。やっぱどこか観念的になりきれず、肉体的なガッとくる感じを入れたくなる、これぞバンドの妙味では。
17. 『Where We've been, Where We Go from Here』Friko(2月)
アメリカはシカゴ発、Wilcoという世界最強クラスの後見人がいるシーンの中でおそらくは実に溌剌に育ったのであろう2人組の1stアルバムは、インディーロックのありとあらゆる“そういうのいいよね”を一手に集め惜しみなく放出した結果、なんか日本で局地的にヒットし、フジロックにまで出演することとなったという。インタビューでも先人の偉大な名盤の数々を挙げてその魅力を少しでも取り入れようとする姿勢が現れていて、こんなにも屈託なさげに「ぼくのかんがえたさいきょーのいんでぃーろっく」を演ろうとする彼らのことを、筆者もとても眩しく感じた次第。羨ましかったりとかもあって、もうこの眼を潰してくれ…なんて。まあ忙しくてそれどこじゃなかったけども。
アルバムは1曲目のタイトルを含んだ曲で、ゆったりと、しかし次第に壮大に膨張して幕を開ける。同郷の偉大な先人が『I am Trying to Break Your Heart』で行った手法のオマージュだと一発で理解できる。分かるよ、誰だってああいう圧倒的な1曲目でアルバムを幕開けたいものだよね。後半の熱量が少し青臭いところに、今この時の彼らの憧れの熱が素直に現れている。その後も様々な清々しいインディーロックバンドの姿を幻視するような楽曲が続く。ザクザクと小気味よく刻んでは歪むギター、感情を溜めては爆発させるボーカル、ポイントで効果的に入ってくる合唱、途中でピアノの静かな曲も挟み込みアルバムとして展開を作る手法。多分Elliott Smithもめちゃめちゃ好きなんだろうな。終盤『Get Numb to It!』で爆発的に多幸感いっぱいのパレードをした上で最後の曲は渋く決めるのも、彼らが“こういうのしてみたい”と思った美学のひとつだろう。
今後、他者への憧れだけで作品を作り続け活動し続けられるのか、という心配ごとをきっと少なくない彼らのことを好きになった人が思っているだろうけど、筆者も思ったからこう書いてるけども、そんなの気にしないくらい勢いで伸び伸びとぶん回し続けてくれるのを少し期待もしている。あんまりフォーク/カントリーに行きすぎないでくれ、なんて追加で願ってみたり。でもそっちに行ったら行ったで結構良かったりもするのかも。可能性の眩しさ。
16. 『My Favorite Things』柴田聡子(10月)
みんな柴田聡子の『Your Favorite Things』を絶賛する。それまで彼女の作品を聴いたことなかったという人も絶賛する。確かに、非常に整えられた、洗練した作品で、これまで彼女の様々な魅力の一部だったものをざっくりと切り捨て、バンドサウンドと現代のR&Bの感覚と彼女のソングライティングの折り合う一点に向かって全てを集中させ、なぜか曲の尺まで冒頭1曲を除いて綺麗に3分台に整えて。これまでの良くも悪くもユーモラスで間の抜けた中に慈しみのあったムードを脱ぎ去り、実にシックな歌に仕立て上げたその覚悟こそを評価してほしいし、そして本当にそれは、変にモラトリアムのくっついたままの日常めいたあの雰囲気はこんなに脱ぎ捨てて良かったものなのか…と困惑し続けていて、あれをうまく評価できないのが筆者という負け犬だ。大人になりなさい、ということなのか。
それはそれとして、作者がその後しばらくしてリリースしたあの作品の楽曲を改めて弾き語りメインで収録し直したこちらは、なんか好きだった。弾き語りの作品集ということ自体が2nd『いじわる全集』*4以来で懐かしいからということもあるのか。当然楽曲は『Your…』と同じものなので、その内容は当時よりもずっと大人っぽく綴られてる訳だけども、でも、弾き語りの寂しい音数の中だからこそ灯る彼女の輝きについては、当時と今を繋ぐ何かがまだあるような気がしてるのか。一方で、こうやって曲の骨格を取り出してくると、ソングライティングの時点で彼女がしっかりとR&B的な譜割を意識してメロディを書き言葉を紡いでることに気付かされ、その器用さに改めて感嘆する。『Synergy』みたいな複雑な譜割によくあれだけサラッとした言葉を巧みに乗せるもんだ。そして、弾き語りだとブルージーな質感がマシマシの『白い椅子』が思いがけない一番の拾い物だった。この、もどかしくもどこにも行けないいらだちじみた感覚は、懐かしくもありリアルでもある。
それにしても、R&B作品を弾き語りで骨格だけ引き摺り出す方法論は、どこかアンビエントR&Bに接近するところもあるなと思ったりも。やろうと思えばそこまでできただろうけど、そうせずにあっさり風味に仕上げたその贅沢じゃなさが今回はいいと思う。
15〜11
15. 『Tigers Blood』Waxahatchee(3月)
書くことがない。前作『Saint Cloud』でのカントリーロック路線を継承し、4年ぶりのリリースとなった本作について、実に良い塩梅のカントリーロックが連なっていくことは事実として、その事実をこうやって書くこと以外に、書くことがなかなか思いつかない。むしろ前作がアルコール中毒からの復帰の過程で制作されたというドラマがあって、そうなのか知らんかった…と今更ちょっと驚く始末。どうすんだこれ。このちょっとあとで出てくるMJ Lendermanとのコラボについて延々と書くと、それは筆者が特に好きじゃない感じの文章の書き方になってしまう。まあ彼のギターは的確だし、ボーカルで参加した曲もいい感じだ。曲も軒並みいい曲がいい演奏で並んでいって、それを作るのに相応の努力はあったに違いないけども、それを慮ったところで書くことは出てこない。
前作でも思ったことだけど、メジャー調の楽曲を平然と連ねて、それで牧歌的すぎる少々退屈かもな流れができたとして、それをどうにかしようとせずにそのまま流していく大らかなスタイルは彼女のひとつの特徴なのかも。もちろんそれなりに楽曲ごとの緩急も哀愁の備え方もあって、通して聴いてそこまですごく退屈で苦痛みたいに感じることもないので、上手、ということになる。オルタナ成分がいい具合に効いてる。それにしても、本当にメジャー調の楽曲が連なるな。そりゃ始まり方が少し潤んだコードからな『Right Back to It』がキー曲にもなる。なんか悪口みたいになってしまってるけど、でもこの、雨が降ることないんじゃないかとさえ思うひたすらの陽の下の平坦さには、どこまでも開かれて続く大地と空の奥行きが感じられる。よし、書くことあった。
14. 『EXTRA』トリプルファイヤー(7月)
かつてスカートやミツメとともに“東京インディー三銃士”などといって伸び伸びとやっていた頃は遠い昔。ミツメが活動終了を宣言したこの年に、トリプルファイヤーの実に7年ぶりのリリースとなった本作を聴いて、彼らもまた、あの頃とは全然違うんだという認識と、そして凄みを感じた。バンド街の客演や文筆仕事もこなすようになったギターの鳥居真道が全曲書いてアレンジをリードし、キーボードやパーカッションの6人体制を基本とした上で、様々なテイストが盛り込まれ鮮やかになったギターカッティングを軸にした鉄壁のファンク演奏、それも確かに凄い。作り込まれ、かつ享楽的な隙間がきちんとあり、歌詞を聞かないでよければゆったり踊ることもできただろう。
でも、ダメだ。歌詞がもう、本作を笑顔で聴くことを許さないくらいに研ぎ澄まされてしまっている。吉田靖直という圧倒的な個性は、相変わらずヘラヘラとダメ人間の姿態を描き出しているけども、世間の方がもう、それを笑えなくするくらいにはなんかもう、ダメだ。『スピリチュアルボーイ』の「素手でトイレ磨く」*5の辺りで少し予兆を感じ、続く『ユニバーサルカルマ』で綴られる陰謀論とYoutubeの世界観が、もう、2024年が終わる頃には全く笑えないことになってしまった。この致命的な1曲への嫌悪感*6をもって、他の曲のそれまで笑って眺めてられた光景がサッと血の気が引く思いがして、これではいけない、何かがまずい…と真剣になってしまう。ファンクの快楽性などどこかに消えてしまう。おれは、これを、結果的にとてもシリアスになってしまったこれを、どう評価したらいいんだ。
もしかしてこれ、911が起きて聴かれ方がまるで変わってしまった『Yankee Hotel Foxtrot』と同じことが起きてるのか。笑って難しい。この作品をこんなに真顔で聴きたくなんかなかった。日本は、世界はどうなるんだろう。まだ気楽にダメダメな感じがする『相席屋に行きたい』を聴いて、何かに縋ってみる。まさか2分もの長さのイントロをこのバンドで聴くことになろうとは。
13. 『Manning Fireworks』MJ Lenderman(9月)
偉大なアメリカンロックの乾いた詩情の歴史、その後継者の筆頭たらんとして、ノースカロライナ州から頭角を現してきたこの人は、弱冠25歳にしてこの、Bob Dylanや特にNeil Youngの直接の後継者たらんとするこのアルバムを繰り出してきた。早熟、と思ったけども当のNeil Youngも25歳で『After the Gold Rush』出してた。アホみたいに天才すぎる先人だなあ。閑話休題。
冒頭のタイトル曲からして、Neil Young直系の“あの感じ”が絶妙に匂わせられる。ルーズに伸びていく太陽と大地と空、ボロいジーンズを履いて途方に暮れる男、その絶妙な声の掠れ方。真似でやってるんなら大した技巧だし、天然ならそれこそ恐ろしい、Neil Youngの生まれ変わりかよ(まだ生きとるよ!)という威風堂々たる頼りないルーズさ。その後はもう少ししゃんとしたリズムになりつつも、1960年代後半から蓄積され続けてきたそういう音楽の手管とフィーリングを的確に引き寄せ、時にはNeil Youngのフォロワーがやるオルタナ式のジャリジャリしたギターサウンドのアンサンブルも響かせ、フィドルと弾き語りの本格的カントリー曲も挟んで緩急も箔も付け、チープな打ち込みリズムを軸にしたベッドルームカントリーロックまであり、最終曲ではエフェクティブなギター手法も披露して終盤はギターノイズを操るアンビエントみたいなものさえ登場して、本当に隙が見えない。完璧がすぎる。
完璧すぎる故に、本家Neil Youngが持ってたどうしようもない不安な感じまでは流石に備えていないかなと思う*7。あれこそ真似出来てはいけない、真似なんかで再現しちゃいけない魂の部分だから、そういうことを分かって敢えてやってないんだったら、もうこの人に対して何の文句も付けることができない。とはいえ彼のキャリアにおいて人生はまだまだ長いから、いつか何かの苦しい拍子に『On the Beach』みたいな作品さえ出すのかもしれないな。末恐ろしいので10位以内に入れない、これは嫉妬かもしれない。それにしても、日本語完全対応なサイトまで準備されて、えらく高待遇。
12. 『Midwinter Swimmers』The Innocent Mission(12月)
ペンシルヴァニア州のこのトリオについて、過去に何回か曲を引っ張ってきたことがある気がするけど、まさかリアルタイムの新譜について触れることになるとは思ってなかった。ちなみに4年ぶりのアルバムとのこと。
彼女たちこそ、幻想的なエコーの中で繊細なフォークを幾度も紡いできた、良くも悪くも大きな変化もなく確実に活動を続けてきた人たちだけども、相変わらずの幻想的な雰囲気の楽曲群と歌との中に、本作はドラムの存在感が結構あるのがいいなって思った。冒頭『This Thread Is a Green Street』の、最後の最後になって元気よいフィルインを伴って飛び出してくるドラムの、ある種の純真さに満ちた爽やかな躍動。基本的に柔らかで狂気の抜けたCocteau Twinsみたいなところのある滴るようなフォークソングに、気の利いたドラムが所々で入ることで、楽曲が少しだけ幻想から降りてくる感じがする。いちいち本当に雫のように潤んで煌めくアルペジオのいちいちに、土の舞台を用意してくれる。
それにしても、これもまた書くことのない作品ではあるけども、それをこんな結構上の方の順位に持ってきたのは自分でも何でだろう。自分で探して新譜出してたことに気づけた喜びからなのか。それとも寒い12月や1月に合う作品だからか。こういう気温の問題があるから、年間ベストというものは案外フェアに選ぶというのは難しいんじゃないかという個人的な思い。レベルが低いのかもしれないけど、個人が頼まれてもないのに公表する年間ベストなんて、そのくらい気分や気温に左右されても構わんでしょう。それにそれがどうだからって、この作品の密やかなムードの美しさが失われるわけでもない。続けてきてくれてありがとう。
11. 『Only God was Above Us』Vampire Weekend(4月)
このバンド、特に主要人物のEzra Koenigもまた、このご時世で非常に語りづらく、また本人にとっても息苦しい時が続いてることだろう。バンドのアフリカンなリズムの文化盗用かどうかの問題もあるけど、それ以上に彼はユダヤ系移民の子孫でユダヤ教徒で、その神への問いかけの歌も過去に作っている*8。2023年から続くイスラエルによる戦闘行為*9が、彼にどれだけ暗い影を落とし続けているか、想像するのも難しい。
そんな困難もあるだろうに、むしろだからこそなのか、本作は力強く、しかし苛立っていてどこかやけっぱちで、そしてそれを良識をもって“愉しむ”ことで何とか乗り越えようとする意思が見える。こういう評価の仕方は筆者が嫌う類のものだけど、今回ばかりは仕方がない。先行公開された『Gen-X Cops』の、性急なテンポの中で歪な音量バランスで繰り出されるファズギターの尖った響きと、そしてシリアスなコード進行の中をサビのバンド詩情かつてないであろうほどのエモーショナルなメロディで突き抜けていく様は、優雅なアレンジも添えられつつも、只事ではなかった。例外的に、これは歌詞も言及しないといけないだろう。
徴兵は回避した けど 戦争からは逃れられない
不安なまま過ごさないといけない永遠の呪い
カーテンは降りて Xジェネレーションの官憲が集合し
ぼくらの人間性を前にして身震いをする
おかえり 本当に古くからの友人よ
また立ち去っていくよう呪われてるのかい?
貴方のやり口も意味するところも 永久に下劣極まりない
そしていつだって 下劣さと憎悪を探し求めてるときてる
こんな痛切なリリックを自暴自棄気味の疾走感に乗せて歌う、それが彼に出来る限りの誠実さの一形態だったんだろう。
他にも、タイトルどおりのクラシカルなラインをえらくメタリックに歪んだギターで描く『Classical』や、優雅なホールの音楽を憎悪に満ちた歪みで唐突に浸してみせる『Capricorn』など、エッジの効いた展開は各所に見られる。筆者は、このバンドがここまで“叫ぶ”ことをすると思ってもなかったけども、でもそれは、この状況下で彼らが出来る唯一にして最善のことだったのかもしれない。単純に音楽として聴いても、いつになくギターの音やフレーズに好きなものが多い作品集だった。優雅に綴っていくなと思ったら後半でマンチェスター化する『Mary Boone』はちょっと笑った。
順位を決めてから文章を書いてるけど、書いててこの作品に、このバンドに対してかつて向けたことなかったくらいの思い入れが出てきた。折り合いの付け方として、ここまでのものはなかなか出せない。バランスを欠いてる感じが最高だ。欠かないわけないだろうがという。こんなに“戦う”バンドだと知らなくて、悪かったなと。
10〜6
10. 『Wraiths』小雨ちゃん(11月)
遂に出てきたなあもっとヘルな世界観の相対性理論フォロワー的なそうでもないような何かが、と、最初に思った。失礼。冒頭のブチブチノイズまみれの中でドロドロのまま唱えるように歌う少女な姿と、その後の楽曲の音色としてはすっきりしつつも、ひたすら閉塞感に満ちた宅録仕込みの演奏と歌の、かなり危ういバランスで美しさと腐食の気配と呪いとが共存した様子とに、何か自分の趣味に対するひとつの“最適解”を突きつけられたような気がして、最初は不快感さえ覚えた。そりゃいいよ、いいに決まってるよこんなん、人を舐めんなよ、すげえいいよ畜生、という気持ち。お分かりいただけるだろうか。
弊ブログを結構長く眺めて頂いてる方からすれば、ART-SCHOOLやらsyrup16gやらの世界観とやくしまるえつこ的なものとベッドルームポップが結びついたら筆者がどういう反応になるか、分かろうというもの。もっと言えば、ここにはもっと内に内に呪いを溜め込んだ、麓健一のテイストさえ入り込んでいる気がして、そうなればまあ、もうそれはもう。宅録由来と思われるローファイさが、この作品の暗く閉じ切った印象を完璧なものにしている。ギターの絶妙に鈍い煌めき様を的確に出力してるんだとしたら、とても凄い才能だと思うけど、でもこれは結果的にこうなってた方が本作の凄みはます気がする。そんな作者心理の実際のことは別に本作の価値を本質的にはどうもしないだろうけども。
とても儚げなバランスの中で成立している作品のようにも思えるので、これで少々バズったであろう中での次作以降がどうなっていくかは知らない。考えても仕方ないだろう。好きなようにすればいいと思う。書き出すと色々とキリがないから具体的なことを全然書けてないが、間違いなく本作は自分みたいな趣味のものにグサッとくるものがあった。
どうでもいいけど、Youtubeで検索したら小ザメのアニメが出てくるのは、検索の妨害要素として気の毒ながらちょっと笑った。
9. 『What Now』Brittany Howard(2月)
Alabama Shakesが復活するというアナウンスがあったことで、めでたいことによって本作がこのランキングでランクアップした要素が全くないか、と問われると少し苦しいかもしれない。人間なんてそんなもん。リリース当時の2月にはなかった要素でも、選んだのは12月終わりだし。
ということで、Alabama Shakesの中の人のソロ2枚目。サイケデリックでドラッギーなジャケットは「そういう作品だよこれは」と思わせたいのかもだけどシュールでよく分からなくて混沌としていて、前作よりもマッド。して内容は、2曲目くらいまでは確かに、メロウさの効いたサイケなR&Bの感じがなくもないかな、と思うけど、3曲目以降は、この人の感じ全開の、コンプ効かせすぎて正体不明な音になったスネアはじめ変な音と持ち前の苛烈さでひたすら打ちつけまくる、重い嵐のようなトラックがひしめいている。リードトラックの時点でリズムが高機動でドスドスいわす攻撃的なR&B『What Now』だし、その後のサイバーサイケゴスペルみたいな邪教めいた『Red Flags』辺りで本作の苛烈さはこういうことか、という気づきを得る。後半もリズムが効きに効いていて、遂にはディスコめいた『Prove It to You』まで現れる始末。その直後にジャジーなムードの『Samson』が来る曲順は巧みだと思った。その後もパワーダウンなどせず、最初の静かさが嘘のように次第に暴れ倒す爆裂ゴスペル『Power to Undo』が特に気に入った。終盤ずっとファズギターが鋭くなり倒していて、やっぱすげえよこの人。幾何学的なブリッジミュートのリフの反復の奥行きから予想外にダイナミックに疾走するリズムが入ってくる最終曲まで、実に安易な展開予想を裏切ってこっちを張り倒してくる楽曲の連発。サイケかどうかは知らんけど、こりゃ吹き飛ぶや。
8. 『Cutouts』The Smile(10月)
今年2枚出したうちの1曲平均が短くて曲数が多いのにトータルでももう1枚より短い方。こっちの方が個人的に好きだった。冒頭2曲はもう1枚と同様やっぱりぽわーんとした雰囲気の曲だけど、メロディがまたポップな『Instant Psalm』は非西洋的な雄大さが感じられて好き。
しかし、やはりその後のリードトラック『Zero Sum』以降に始まる、ポストパンクを自分たちなりにソリッドかつキモいスタイルでやり通すかに賭けた楽曲群にとても惹かれる。相変わらずワイヤーめいたキモいギターリフをうねらせつつ、理不尽な曲構成でしかし妙な爽快感とやり切った感を出して終わる様がシュールな『Zero Sum』、相変わらず『Kid A』以来の焦燥感を暗くウネウネと燻らすのが得意な『Colours Fly』は終盤の狂ったようなストリングスアレンジがこのバンドの手数の卑怯なまでの多さと巧みさを贅沢に使用し、そしてまたキモいワイヤーリフと今度はジャジーなピアノの組み合わせで行く『Eyes & Mouth』と、畳みかけてくる。その後は激しさは少し後退した楽曲が続くも、『The Slip』からまた不穏&暴走な伝家の宝刀が暴れ倒す。『The Slip』のジャキジャキのコードカッティング+ファズギターの組み合わせもまたとても聴きたかったJonny Greenwoodの姿。イントロのぼんやり加減からは嘘みたいに直線的に疾走していく『No Words』もまたバンドのしてやったり感がいい具合に爽快な仕上がり。最後に異界フォークな『Bodies Laughing』で締めて、バッチリ。
本作にこそ『Amnesiac』や『In Rainbows』でかつて見せたソリッドで小回りの効いたバンドの躍動を見出せて少し懐かしくなるとともに、ああそうだよ、そういうの好きだよ、絶好調だねえこの人たち、と喜んだ。請う来日公演…!
7. 『Song Symbiosis』トクマルシューゴ(7月)
この人も8年ぶりのアルバムリリースだったとのことで、今年はそういうのにいいものが多い気がしてるのはたまたま自分の観測範囲がそうだっただけか。
相変わらず、どこかの架空の国の民謡が絵本のページをめくったら次々に飛び出してくるような、そんな音楽体験を提供してくれる。そんなのが18曲も入っているけども、でも全体の尺としては40分程度。短い尺の曲も幾つか含まれ、それらもまた、環境音だったりテレビから飛び出してきたような音質だったりと、本作の多様で取り留めようのないどんどん溢れ出す世界観の一助となっている。
ともかく、小手調べめいた短い1曲目の後に登場する本作きってのリードトラックであろう『Counting Dog』が凄まじい。アコースティックな楽器だけでなく冒頭から変なエコーを掛けたっぽいギターのアルペジエイターじみた音色が舞い、最初の間奏の途中から急にノイズめいた音を強引に捩じ込んでくる。ジャンクバンドをやってた経歴が生きてきたかと思ったら、急にオーロラに持って行かれたみたいな抽象的な展開になり、そしてそこから終盤でパッと新しいメロディが咲いて、いきなり大団円みたいな祝祭感が満ちていく。同じくらいの尺の中盤の『Canaria』においても、何かベルめいたものの複雑な反響の洞窟を経て、朗らかな空の下から、やがて銀河に導かれていくような変化の付け方が壮大で、ここでもエレキギターが美しくも剽軽なラインを終盤で描く重要な役割を果たす。一回引っ込んでからまた始まるのが実にいい。最後の最後にしれっとグリッチまでねじ込んでくるし。クランチなギターを変な形でカッティングさせ続ける変なテンションながらガッツリとポップな展開を持った『Oh Salvage!』もユーモラスで、というかここまでエレキギターをギュンギュンいわす彼の作品ってこれまであったか。この点をもって最高。チェンバーポップにおけるギターという楽器の有効な利用法の一端をまざまざと見せつけてくる作品集、という、どんな目線だよ…という見方も可能だろう。そしてそれって筆者的にはとっても嬉しいことだ。
6. 『Diamond Jubilee』Cindy Lee(3月?)
いまだSpotifyにはこの作品が解禁されてない模様。アルバムの特徴や書きたいことはすでに以下の記事(30曲のリストの30番目)である程度書いたのでそちらを参照してほしい(手抜き)。
それにしても本当に、こんな凄まじく痛み荒んだ光景をLP3枚分のサイズで繰り広げ続けようと着想したそのきっかけは一体何だったんだろう。2時間越えという尺を甘く爛れたポップソングと幻視的でノイジーなギターサウンドで埋め尽くして*10、このローファイの果ての箱庭で、彼女は一体何をこの世に残したかったんだろう。尋常な覚悟ではなかっただろうな。3月にYoutube、10月にBandcampで公表され、レコードやCDは2025年2月の発送予定という。下手すりゃどこかの2025年の新譜にも潜り込みかねないな。
5〜2
5. 『Five Dice, All Threes』Bright Eyes(9月)
MJ Lendermanの器用で完璧めいた作品を聴いてしばらくののちに、この1990年代からいる、もはやある種ロートルなバンドの新譜が出ていることを知って聴いた時に思ったのは、そうだよ、カントリーロックってこういう“的確”とか“完璧”とかはとりあえず置いといて、ひたすらなんか引き摺ってきたしこれからも引き摺ってくような音楽だよな!っていうこと。あんな完璧そうなアルバムになんか足んねえな…って思ってたものの答えの幾らかが、ここにあるじゃん!というちょっとした驚き。なのでこの順位。文句は言ってもいいけど知らない。ちなみに2020年の再結成作以来の4年ぶり。
また何を勿体ぶってんのか…と思う1分くらいのコラージュの後に現れるリード曲『Bells and Whistles』は、その曲名の意味が開始2秒で分かる実直で愚直に朗らかなカントリーロックで、Conor Oberstの鈍く捻くれたおっさんな声が、強引にかつ楽しげにメロディを綴っていく。この“楽団”してる感じからして、楽しいなってなる。
特に斬新なこととかしてないと思う。アコギはアコギらしくサクサクと響くし、エレキギターは大味にコードをザラザラと鳴らしたり時折カントリーなリックを弾いたりしてる。ピアノに特別音響的な仕掛けなどはない。時にどんくさくシャッフルし、時にありがちなピアノバラッドでカントリー式の優雅さで歌い上げる。リード曲のひとつでもある『All Threes』だけは少し厳かなピアノ等の響きの中を、Cat Powerとのデュエットで、幾らかスピリチュアルな歌を儚げに歌う。そこには“大人びた”という言葉が持つ洗練のイメージも巧みに含まれている。で、そこから、繊細なアコギのイントロが嘘みたいにドッタンバッタンと疾走していく『Rainbow Overpass』の連なりが、最高。この緩急のドッタンバッタンした大味さ、ヤケクソのように頭打ちのリズムをドスドス挿入する演奏の最高さ。演奏が所々でブレイクした時の歌の張り具合は、この瞬間はおれが一番カントリーでロックで最高、という気持ちで漲っている。終盤にⅠ→Ⅴ→Ⅵ→Ⅳなんていうバカみたいに朗らかなコードで疾走していくことといい、この曲最高か。
こんなにBright Eyesに最高を感じたこともこれまでなかったんだけど、もしかしてずっと前からBright Eyesって最高だったんだろうか。だとしても、本作が相当に最高なカントリーロックであることとは矛盾しないはずなので、そのことがここで言えたのなら、まだ幾らか言い足りないことがあるけども、この文章はひとまず成功だろう。もしくは、なんでもいいから下のPV見てよ。
4. 『Songs of a Lost World』The Cure(11月)
一個前の楽天的に突き抜けた地点から一転して、漆黒の世界の果てみたいな作品が来てしまった。その辺の順番は考慮などしてないが、何はともあれ、言うまでもない偉大なバンドのThe Cureの、実に16年ぶりのアルバム。「次が最後の作品になる」「制作は順調で近いうちに出す」をこの間ずっとRobert Smithが繰り返し続けたものだから、本当に出るとなって逆に焦ったのが懐かしい。
コード感としては、そこまで極端に重くて苦しい、という訳でもないかもしれない。このバンドの重苦しさというのは時にむしろ、延々と同じ展開を繰り返していく中に見出すことができる。そのことが冒頭、まるで別世界への転送装置のように幻想的なシンセが舞い続ける『Alone』でまず表現される。メジャー調ながら、延々と終わりなく繰り返される展開、延々と汚く歪んだ音を響かせるギター、時折不安げに下降していくピアノ、重くのたうつドラムなど、ファンタジックと呼ぶには何かが歪んでいる中、3分半近くくらい経ってからようやく現れる歌に、そういえばこの人そういうソングライティングを平気でする奴だった、と、その有無を言わせぬ超越的な曲展開に“横綱相撲”という言葉が浮かぶ。こんな重苦しいドリームポップもないだろうし、そんなジャンル名で呼ぶもんでもない、これが“The Cure”なんだと。
しかし、曲目を眺めて一目瞭然なように、本作の多くの楽曲は「もう終わり」ということをひたすらに歌い続ける。案外優雅な音色が舞う楽曲が多いものの、どの楽曲も彼らの時々の優れたポップシングルみたいな晴れやかなサビ展開は見せず、なんなら分かりやすいブレイクなども設けられず、延々と申し訳程度のブリッジ混じりの円環の中を時に眩しく、時に奇怪に、時に虚無的に歌が漂う。どれもそんなに巧みな仕掛けのないエコー処理とコーラスワークだけども、それはむしろ、巧みな仕掛けなるもので何かの濃度が下がってしまうことを拒絶するような、本作への完璧主義的な趣向が覗く。そりゃ16年もこねくり回してきた素材だ、ちょっと流行に乗ってオートチューン使おう♡なんてならないほどドロドロに煮込み倒したThe Cureなるものの“核”を立て続けに8曲も並べて、特に最後2曲はいよいよ終末的な音世界でのたうち周る。『All I Ever Am』のイントロの、次元の裂け目から虚無へ聴き手を飲み込まんとする正体不明の音*11の執念たるや。見るに耐えない地獄の光景の中に美を見出すThe Cureの長い旅は、17年掛けて煮込んだたったの8曲、それゆえに濃度という意味でかつてないほどのこの作品集をもって、ここに壮絶なる終止符を打つのだった。
…えっ、もう1枚出すの?本当ならとっても嬉しい。ボーナストラック的なものなのか乞うご期待。本当に出すんだよな…。
3. 『Lives Outgrown』Beth Gibbons(5月)
年間ベストの構造的欠陥である「年末(もしくは年始)の寒くなってから選ぶ」という事情によって、今回はこれを3位に持ってくることとなった。いやだって、寒くて寂しい場所でなってる感じのする音楽って、とても素敵でいいじゃないですか。割と本当に、筆者のそれなりの長年音楽レビューとかやってきて思うところの結論のひとつはこんな身も蓋もないことだと思う。
それにしても、Portisheadという文明の薄暗いところにライトを当てたような、廃墟の中の監視カメラみたいな音楽性のユニットで歌ってた人が、年を重ねた末に、こうもどこかの寒い隔絶された地方みたいなところのフォークや奇祭の音楽集みたいな作品をものにするとは思わなかったし、本人だってPortisheadしてた頃には思い浮かんでたかどうか。1曲目のボソボソとしたアコギの音使いからして、寒さ所以の渇いた空気感があって、決して朗らかにならないコード感といい、寂れた村の因習やら何やらが香ってきそうな空気感が生み出されている。ストリングスアレンジも、厳しさを模るとともに、ドローン的になる弦がゾクゾクした感覚をもたらす。2曲目『Floating on a Moment』なんて、歌ってるメロディは割とPortisheadしてる気もするのに、それがアコギはじめとしたアコースティックセットと子供のコーラスとで丁寧に彩ると、ここまでどこかの村に伝わる残酷童話めいた雰囲気になるものなのか。
本作において、ストリングスの働きは大変に重要で、時に神経をかき乱すようなヒステリックな響きを付与し、時にそれよりも残酷に、暗く寂しい雰囲気を素直にかつ優雅にブーストする方向に働く。少しポップな響きがしないこともない『Lost Changes』などは完全に後者で、ここまで壮大な演奏で一体何を祭り上げてるんだろう…という不安さが漂う*12。近くの音をアコギとドラムで回し、背景をストリングスで埋める、当たり前なんだろうけども、本作の雰囲気を作るのに重要な構成。
それにしても、幾つかの曲ではただ暗いだけでなく、妙にエネルギッシュな展開も見せることがさらに意外だった。具体的には『Reaching Out』の激しく反復するパーカッションとホーン隊、そして『Beyond the Sun』のいつの間にか暗黒楽団の行進めいた雰囲気に移行する際の子供コーラス隊と謎楽器群。これらの曲の大胆な躍動感が本作を渋暗いだけのフォーク作品呼ばわりが決してできないようにしてもいるし、また村の密教の奇祭めいた雰囲気もぶち上げられる。
フジロック、良かったんだろうなあ。
2. 『らんど』ZAZEN BOYS(1月)
The Cureは16年ぶりだったけど、こちらは12年ぶり。思えば2024年はこの、向井秀徳本人曰く「2023年中のリリースに間に合わなかった」名作から始まってた感じがある。おそらくちゃんと『永遠少女』を2023年のうちに聴いていれば「なんかすげえぞ…」という予感くらいは掴めてたかもしれないけども。
果たして、ZAZEN BOYSの目下最新作では、新ベーシストの加入もありつつ、おそらくはNumber Girlのどこかのタイミングから始まっていたであろう、Princeからの影響*13を出発点としたファンクネスが「もう今回は本当に真剣にファンクやるんだぞ」という感じで、かつ前作までのシンセ使用を一旦取りやめてのギター2本を軸のバンドサウンドのスタイルにて多くの楽曲に行き渡らせた。しかし一方で「そんなん最早Base Ball Bearじゃないっすかあ」みたいな驚きの爽やかギターロック『チャイコフスキーによろしく』や、コーラス効きまくりのジュクジュクでおセンチなギターサウンドでしっとり仕上げつつも要所でベタにファズ轟音をやっていく『ブッカツ帰りのハイスクールボーイ』などのポップな曲も取り揃え、そしてたった二つのコードを執拗に繰り返すリフを中心に衝動を研ぎ澄ませた形で爆発させる必殺の『永遠少女』まで含んだ、バラエティに富みつつも、向井秀徳の人間臭さもいい具合に効いた、つまり、最高傑作大団円的な作品に仕上がった。このバンドがそんな作品に行き着くなんて。
個人的にはこの作品は、冒頭2曲、終盤2曲と、その間に挟まれた楽曲とで雰囲気が異なってる感じがしてる。冒頭2曲はファンク真剣路線のストイックな仕上がりだけど、その後から妙に人情じみたボーカルの歌い回しが効いてきて、そして『チャイコフスキーによろしく』『ブルーサンダー』の最早爽やかギターロックじゃないっすか、とさえ思える楽曲まで現れて、そういえばこの人はPixiesから始まった人だったなとか思い出したり。一方で、7分近くムーディーな哀愁を燻らせる『公園には誰もいない』や、インストと思わせて向井のシュールかつ妙に哀愁を誘ってくるお芋屋さんの真似や掛け声が秀逸な『YAKIIMO』など、そういう引き出しがこれまでもあったんだろうけどここまでしっかりと出てくるか…というものもある。終盤はぐるぐる展開するリフが往年のZAZEN BOYSな『乱土』とそしてもっと露骨に向井節な『胸焼けうどんの作り方』でパパッと締めて、それはまるで何か、照れ隠しのようにさえ思える。
『永遠少女』の、ギターの響きも歌も歌詞もこれまでにない類の“鋭さ”を備えた様はよく考えると作品の中でも異端の立ち位置かもしれない。それが世界情勢によってより“異端”になってしまったことを本人ははっきりと「つらい」と言っていたけど、そういう作者本人が想定してなかった重みさえも背負って、この曲は演奏され続けるべきだろう。すっかり髪が白くなった向井秀徳が、半ば意図せずともかつてなく“意味”に帰還したことによる凄みと慈しみ。つらいことかもだけども、終盤の彼のシャウトがこんなに重たく響くのも、Number Girlからカウントしても、間違いなく初めてだったな。考え出すと泣きそうだ。
1
1. 『Bright Future』Adrianne Lenker(3月)
Adrianne Lenkerは当代で最高のシンガーでありソングライターであり演奏家なんだと、2022年のBig Thiefの素晴らしい2枚組以来にまざまざと見せつけられた、2024年の世の中に星の数ほどあるであろう作品の中でも至高と言っていい1枚だったと、本作について思う。なんて音楽的な人間なんだろう。
この人が歌って演奏すると、空間が厳かさと哀しさと美しさと霊的な何かに包まれる。そんなことを、ピアノの途切れ途切れの演奏がアンビエント的な中ブランクを多く設けて歌う冒頭『Real House』の時点で深く思った。本作の他の曲にも共通するその感覚を、最低限の音数によってある意味分かりやすく提示するこの曲が入口となって、アルバムの世界観に入っていく。“入っていく”んだ。他の作業しながら聴く感じはしない。44分程度の時間を用立てて、最後まで聴き通したくなる。そんな入口。
『Sadness as a Gift』のカントリー定型に沿ってフィドルとデュエットの入った暖かな仕上がりも、この人が歌うと実に乾いた切なさと儚さが浮かぶ。鋭さと危うさと気品とを含んだ、なんて声だろう。続く『Fool』も静かに凄まじい。これはアコギとエレキのアルペジオが混じっているのか。幾何学的に紡がれるそれらがもはや半ばエレクトロニカと化しつつ、決してスカッと抜けることなく循環に絡め取られるメロディが僅かに飛翔しては沈む、極めて巧みなソングライティングと、その自然と導き出される心細さを美しく気品高く包む声。気が遠くなりそうな奥行き。ファンタジックだったりヤケクソ気味だったり妙に可愛らしかったりするコーラスの動きも曲の雰囲気を壊さない程度にユニークだ。
フォーク/カントリーと呼んで間違いないであろう作品なのに、彼女が曲を書き演奏し歌うと、どうしてここまで何もかも儚く悲しく美しくなるのか。本作でも相対的に無邪気に楽しげに歌われるソロバージョンの『Vampire Empire』の後に、ポストクラシカルめいたピアノの透明感の中で輪郭の明確な歌がどこまでも可憐な『Evol』が来て、その後ちょっとしたフォーク曲が来てホッとするなど、曲順についても素晴らしい。合唱でむしろ心細くなるのが不思議な『Donut Seam』から眩い光のようなドローンとピアノとで丁寧に歌われる『Ruined』で終わる締めも徹底的に美しくそして儚い。最後の曲のタイトルが『Ruined』ってどういうことだ。そうか、こんなに哀しいのは、滅んだ後だからなのか。歪んでしまったピアノの音色が本当に哀しい。
本作は全くドラムは入ってないし、バンドセットな演奏は1曲もない。アンビエントな音作りは前作ソロ『Songs』から踏襲された部分もありつつ、しかしもっと乾いた質感のカントリー曲も織り交ぜることで、必要十分な作品内の多彩さを構成し、バンドセットの演奏がないことを全然思わせない。演奏の構成要素の少なさゆえに相対的により歌に集中することになるのを思うと、これはBig Thiefのどの作品よりももっとずっと彼女の歌から発せられる寂しさと慈しみに満ちた情緒に触れられる作品だと言える。そしてそれらの情緒は本当に何故なのか、彼女だけのものだ。技法とかオマージュとかでどうかなるものでは決してないだろうからこそ、決して替えが効かないだろうからこそ、本作は2024年でランキングを作るなら唯一無二な位置に置くしかないと思った。
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あとがき
以上25枚を弊ブログの2024年の25枚としました。20枚をやっと選盤して書き始めてから、去年は25枚書いてたことに気づいて急遽5枚増やしたので、タイトル等を書きジャケットを貼り*14といった準備をしながら残り5枚を選ぶ作業をしていてカオスでした。
世界や社会の情勢を見ていてうんざりし尽くしてることは、幾つかの作品の注で書いたとおりです。戦争も本当に酷すぎるけども、端的に言えば、アメリカと兵庫県。兵庫県の方はせめてどうにかならんもんか。自分のことについて言えば、仕事もさることながらそれに付随する労働組合活動で大概まいっています。実に自由がない…タスクがひたすらなくならない…。おまけに体調崩したり日帰りとはいえ手術受けたりしたし。2024年は久々に、プライベートではWilco観に大阪行った以外全然遠出をしていない年になってしまいました。車もナビとETCが死んどるし、どうしたものか。
こんな世界や社会の上で、どういう音楽なら“まだ効く”んだろう、ということを思います。別に音楽は薬ではないから“効く”必要などないのかもだけど、それでも、意味を伴って叫ぶことや、ひたすら物悲しい物語を紡ぐこと、あと呪いなんかは、効き目があるのかもなとここまでリストを作ってきて思いました。そういう意味で、Vampire Weekendのアルバムは順位間違えたっていうか、もっと上で良かったのかなと、投稿前にそう思ったなら直しゃいいだけなのに、なんかそう思います。
どうなってしまうのか。世界も自分も。どちらも、現状維持ではまるで良くないので、良くなっていってほしい、良くしていくしかないんだろうとは思います。そのために何ができるのか。まずは自身の余裕と健康とを取り戻さないと、何も考えられないままになってしまいますが。そのためには明日からでも働くしかないが…本当、休みが休みとして機能しないのは困る。
時間見つけて、自分の曲とかもちゃんと作りたいなと思います。スマホのボイスメモに大概曲が溜まってるし。歌詞ができない…暮らしを良くしないと…。
以上雑感も含め、何かと散々だった2024年も、素晴らしげな25枚のアルバムをリストアップできたんでせめて良かったな、ということで、この記事を締めようと思います。最後に今回のリスト作成に使ったSpotifyのプレイリストも載っけとくので、適宜アレしてください。
そしてこの記事をもって筆者個人の2024年のロスタイムも終わり、やっとこれから2025年が遅まきながら始められそうです。あけましておめでとうございます。こんなブログを読んでくれる奇特な方は、これからもどうぞよろしくお願いします。それではまた。
*1:ロマサガ2のリメイクが出たのは結構びっくりして、それも出来が良さそうなのには、こういう世の中でもいいこともあるもんだなとか思ったりしました。これで自分でゲームもするようになったらもっと他のことする時間消し飛ぶだろうなあ。
*2:いわずもがなのサブドミナントマイナー!
*3:羊文学といい、ソニーではドラマーは消耗品なのかな?とか思ってしまうな。たまたまなんだろうけど。
*4:そういやこれまだサブスクにないな…。
*5:知床遊覧船事故やビッグモーターの問題などで関係していたコンサル会社の(株)武蔵野が強く推し進めていた道徳的?手法。こんな注をここに書かないといけない時点で、もはやこの曲を純粋に音楽としてのみで聴くのは無理になってしまうか…。
*6:曲自体や歌詞自体の嫌悪感ではないけども、すっかり難しくなってしまったなこういうの。
*7:本作も歌われている内容は、伝統的なカントリーロックの雰囲気からすると意外なほど情けなかったりするようなんだけど、それらまで調べてたら書くのが長くなりすぎるので今回は見送り。
*8:2013年の『Ya Hey』。あの頃はまだ今よりもずっと“純粋に音楽をする”ことができたよね、と思うのは、それも当時の色々を無視しすぎた目線だろうか。
*9:ハマスからの音楽フェスなどへの攻撃を契機とした、ネタニヤフ政権のイスラエルによるパレスチナ進行はガザ地区での虐殺行為が重度に疑われる状況に至り、それは今日でも続いている。戦闘行為は終わるどころか周辺国まで拡大し、それを西側諸国が支援し続ける構図は途方もなく終わっており、かつてイスラエルを積極支持しバランスの崩壊に一役買ったトランプ大統領の復活も踏まえると、収集する気がしない。
*10:一部そうじゃない曲もあるけど。
*11:まあシンセだろうけど。そういうことを言いたいんじゃないの。
*12:そこに口笛が混じるアレンジは絶妙だと思った。
*13:なんでも向井秀徳の兄は大のPrinceファンで、かつPrinceファン界隈でも有名な人らしい。もしかしたら筆者もどこかで文章を普通に参照しまくってるのかも。
*14:いつもだとこの後Songwhipでリンクを貼ってたけど、これって2024年7月にサービスを終了してたんか…このブログの過去の時間かけて面倒くさい作業して付けてたリンクも全部死んだのか…今回の作業やってて知ったけど何気にとてもショックで、かつこう言う“便利なサービス”の油断ならないところだと再認識。代替サービスは見つけたけど、今回はそこまでする時間がなかった…。