ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

The Roosters(z)の全スタジオアルバム(10枚)

 

祝・The Roosters(z)全スタジオアルバム(+α)サブスク解禁!

 

 ということで今回は、そんな解禁されたオリジナルスタジオ“アルバム”全10作品を順番に見ていく記事です。タイミング!

 

 ちなみに、今回のサブスク解禁は相当に悲願な出来事で、その辺の様々に困難だった事情を以下の記事で少しばかり書いていました。もう過去のことになってしまいましたが参考までに。

 

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 あと、割と今回の記事に近い書き方をしたことのあった、ムーンライダーズの記事はこちら。というかムーンライダーズの記事の時の書き方に準じて今回書きました。

 

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 

 

はじめに

 身も蓋もないことを初めに書くならば、こんな記事読むよりずっと詳しい内容が以下のサイトに書いてあります。

 

kzkoala.web.fc2.com

 

 

The Roosters?こんな古いロックの何がいいの?

 いかに伝説的な存在とはいえ、1980年代という、もう40年も前の頃に活躍したバンドであることは間違いなく、なのでもしかしてこの記事が初見でこのバンドを知る人がいるかもしれないということを鑑み、はじめに若干の説明を試みておきます。

 なお、筆者は大江慎也時代のThe Roosters(z)が特に好きなので、そっちに偏った話になってしまうことをお詫びします。花田裕之時代の方が断然いい、という方はご容赦ください。

 …本当に経緯を知らない人のために、少し時系列を書いておきます。

 

1980年〜1984年(アルバムでは1st〜6th)

大江慎也がメインソングライター兼ボーカル(6thは少し怪しいが)

 

1985年〜1988年(アルバムでは7th〜10th)

・それまでギタリストだった花田裕之がメインボーカル

 

 

①R&Rに始まり、ニューウェーブに転化していくサウンド

 そもそもThe Roostersをどういう時に知るのか。おそらく一番多いいのは「偉大なるロックンロールバンドの先人として」でしょう。

 ところで、ロックンロールって何でしょう?ことに、この日本におけるロックンロールって何なんでしょう?どこまで辿れるものでしょうか。RCサクセション村八分?ちょっと1970年代のThe Rolling Stones色が強くありませんか?“ロック”って感じじゃないですか?はっぴいえんど?ロックな部分もあるけどロックンロールではないだろうしフォークでしょう。キャロル?矢沢永吉かあ。まあ、うん。内田裕也?Flower Travellin' Bandのことならあれはサイケかプログレでしょう。GS?歌謡曲に絡め取られすぎてるでしょう。

 …思うに、1950年代に生まれ、1960年代前半くらいまで栄華を誇ってた感のある、所謂“Rock and Roll”なるスタイルの音楽は、日本でロックが芽吹き始める1970年頃には海外の主流ではなくなってしまって、なので日本のバンド音楽の歴史は、ロックンロールをすっ飛ばしてロックから取り入れちゃったところがあるんじゃないかと。ロックンロールはシンプルで、シャープで、シュッとしてないといけません。1970年代ではなく1960年代のThe Rolling Stonesみたいでないと、って感じがしませんか。

 えっそういうバンドで日本にいなかったの?となって、何故か少し焦りながら昔から順番に辿っていく*1と、いるじゃありませんか、The Roostersが!そう、もしかしたら、日本のロック史に出てくる有名バンドの中で、「ロックンロール!!」って感じがする音楽を沢山やっているバンドは、実は彼らより前はあんまり見当たらないのでは、という構造的なところがあります。必然的に、彼らは「日本のロックンロールの偉大な先人」になります。ある程度日本のロックの歴史を辿っていれば、あのヤクザ四人って感じのジャケットを見かけたこともあるでしょう。聴けば、いかにもロックンロールな音楽を連発しています。1980年、海外と比べて遅すぎたかもしれませんが、まずここにようやく、日本でも一際ロックンロールらしい曲を連発する著名なロックバンドの作品が登場するわけです。

 …歴史的価値しかないのか?ということについては、当該アルバムのところで触れましょう。実は彼らがロックンロールであることは、この記事的にはそこまで重要じゃないんです。

 1983年リリースの同じバンドの『DIS.』を聴いてみましょう。なんだこれは、ロックンロールはいったい何処に行ったんだ!?となるんじゃないでしょうか。この時の彼らの音楽性は完全にニューウェーブと化していて、まるで別バンドのようです。でも、ボーカルはロックンロールの頃と同じく大江慎也、メインソングライターも変わらず彼です。彼らはたった数年のうちに変貌を遂げます。そして、同年代の海外の他のニューウェーブを聴き、日本のニューウェーブも色々聴くと分かるのが、彼らほどしっかりと海外のニューウェーブと共振していた日本のバンドも珍しいんだなと分かります。なんならちょくちょくThe CureっぽいことをThe Cureより先取りしてる場面もあります。

 もしかして、The Roosters(z)ってニューウェーブバンドとしての方が物凄いんじゃないか…?というところが出てきます。いや、それが本当かはともかく、ロックンロールとニューウェーブとを両方とも真に迫るほどにやり遂げた存在が他に、日本のみならず世界にどれだけいるんでしょうか???この点において、彼らは非常に珍しい存在だと言えます。

 つまり、音楽的にスリリングな変遷をしているということ。しかしそれは、同時にバンドの寿命、とりわけ中心人物だった大江慎也の精神を凄いスピードですり減らしていくことと並行していました。

 

 

大江慎也が綴り歌うドライで実直な世界観

 1984年までメインソングライターであった彼が書く歌詞は、昭和歌謡的な惚れた腫れたみたいな湿った色彩はかなり薄く、また同様に乾いた質感でも、もっと日常に根ざした落ち着いた感覚のあるニューミュージック勢とも明確に一線が画されています。彼の詩情を一番よく表しているかもしれない一節を引用します。

 

夜が来るたび思うことは

落ち着くところもなく さまよう心

 

   I'm Swayin' in the Air / The Roostersより引用

 

テンションがロックンロールのハイであってもニューウェーブのローであっても、この点についてはあまり変わらない気がします。どっしり構えたり、大人の余裕みたいなのを見せたり、何か方程式じみた定番パターンみたいなものに自分の歌を委ねたり、といったことがまるでない、とくに途中からはまるで予想もできないような歌詞を歌うようになりました。ロックンロール時代は実直でカラッとした口調で歌い、次第に精神を病んで以降は、不安や破滅の予感と裏表のロマンチックなファンタジーを夢見る歌い手として、活躍を続けました。

 花田時代の歌詞はそもそも書き手が違うのでパス。というか花田時代はメンバー以外の人に外注しすぎ。

 

 

③狂気の出力の仕方を備えてしまったバンド

 なんか段組みを上述のムーンライダーズのものを流用したせいで、項目まで使い回ししてしまってる気がするなあ。しかもこれもまた、本人の不幸と関係する項目で、これを魅力と無邪気に書いてしまうのは、いささか現代のコンプライアンス的にも、当時の倫理に照らし合わせたって、問題がある。でも、この点の魅力を存在していないと否定することもできない項目です。

 この辺の事情は、大江慎也が元々持っていた素養だったのか、それとも環境でこうなったのか判別がつかないところがあります。普通、ロックンロール“だけ”を演奏するっていうのは当時にしたってかなり硬派なことで、普通そこからニューウェーブに簡単に移行したりしないんです。しかも、その移行のタイミングに大江慎也精神疾患が現れて来るとなると、彼らの急激な音楽的変遷は、確実に彼の精神衛生状況の悪化が絡んでくるところです。

 むしろ、その精神衛生状態の悪化を音楽に見事に反映させることができてしまったことが、このバンドの評価を広げもしたし、前人未到の表現を成し遂げることに繋がったところもあり、しかしそれによって自らをより追い詰めたことであろうところは、まさにそのような中期The Roosters(z)をとりわけ好む者として、どのような倫理の整理をすればいいのか、ずっと迷われるところではあります。

 そして、この変遷を辿る時にどうしても目に入ってしまうのが、柏木省三というプロデューサーの名前です。1970年代頃から福岡のバンド・サンハウスと関わりを持ち、東京に進出して九州出身のバンドのサポートやゴダイゴのプロデュースなどもしていたこの人物は、このバンドのプロデューサーとして1st〜7thアルバムまで関わり、ロックンロールからニューウェーブへの変遷過程全てに関わっています。彼の音楽的業績としては間違いなくこのバンドになるでしょう。

 しかし彼は大江がダウンして花田時代に移った後は、興味の関心がバンドよりも脱退した大江のソロ活動に移り、ここから彼の悪名高い大江ソロプロデュース業が始まります。1987年から1990年までの間に実に7枚ものソロアルバムをリリースし*2、それらの少なくない部分はボロボロの状態の大江を無理矢理働かせて作ったような状態で、並行して進められたThe Roostersのレア音源のメンバー無許可リリースなどもあり、このプロデューサーの名声は地に落ちていきます。が、それが巡り巡ってThe Roosters時代も、様々なことがこのプロデューサーによって歪められてきたのでは…」という疑念が立ち上ります。大江時代のバンドの異様なリリースペースのこともあり、この辺についての痛ましい想像をすると、本当に彼らの音源を無邪気に楽しんでいいんだろうか…といささか不安になります。その狂気の見事な表現方法も、彼が邪悪に手回しをした結果なのか…?と。

 しかしながら、たとえそれがメンバー本人たちから出た者であろうとプロデューサーの仕掛けだろうと、出てきた作品が素晴らしいことには間違いはありません。特に3rd〜2枚の12インチ〜6thに至るまでの作品は、確実に当時の日本のロックの未到領域を開拓し、後の日本のオルタナティブロックの重要な参照点となったはずです。その素晴らしさについては、特に今回のサブスク解禁で世に解き放たれてほしい部分だと思っています。

 

 

バンド来歴・メンバー紹介

 そもそもなんでバンド名がThe Roosters(z)と記載してるかも含めて書いておきます。ちなみにカタカナ表記にすればこの表記ズレはおきないところ。

 

福岡(北九州)出身のロックバンド

 “めんたいロック”などという改めて思えば雑な括られ方をしていたせいで勘違いされそうな部分もありますが、このバンドは福岡県出身ではありますが福岡市(いわゆる“博多”とかもこっち)出身ではなく、もうひとつの政令指定都市北九州市の出身です。当の本人たちも「“めんたいロック”って言われてもウチら北九州市やぞ…」といった愚痴をこぼしたことがあるくらいには違う地域で、大体60kmくらい離れています。東京都区部と八王子、大阪と京都と神戸くらいには別の街です。

 

同じ縮尺で比較。ちなみに筆者は高校まで北九州市そば住み、今は福岡市住みです。

 

 それにしても面白いのは、オリジナルメンバー4人が北九州出身なのはともかく、その後何度かメンバーチェンジがありつつも、追加メンバーのうち2人くらいはやっぱり北九州出身だったりするところ。同郷意識なんすかね*3

 前身バンドである人間クラブからの流れで北九州にて結成され、メジャーデビューを期に上京、1980年のファーストから始まり、1988年に(実質)解散するまでに*4合計10枚のオリジナルアルバムを発表しています。今回扱う10枚ですね。逆に言うと、この10枚以外は今回見ていきません。この度サブスク解禁されたのはこの10枚の他にもう少しありますが、それは最重要作品なので、別の機会に取り上げます。

 北九州出身を強調しましたが、全く福岡市に関係ないかというとそうでもなく、福岡市を拠点としたバンド・サンハウス(1978年に解散)については楽曲をカバーしたり、ギターだった鮎川誠から北九州時代のメンバーがギターの手解きを受けてたり*5、ボーカルの柴山俊之から結構頻繁に歌詞の提供を受けたり*6しています。あと、上述の柏木省三もまた、サンハウスの頃から音楽活動があった事実を考えると、福岡周辺の出身と考えられます。

 

バンドメンバー紹介

 8年間というそんなに長くもない歴史の中でメンバーチェンジも色々とあり、全員取り上げると結構な人数になりますが、ここではオリジナルメンバー+1人に留めます。

 

大江慎也(Vo, Gu)

 日本のロックンロールの最重要な源流のひとつであり、かつ次第に日本のIan Curtisみたいなことにもなり、その歌い手としてもソングライターとしても中心に居続けた人物。彼が曲を書く場合は殆ど歌詞も自分で書くため、彼個人の世界観が如実に曲に現れてきて、そしてそれらが時期によって大きく様変わりしていくのがこのバンドの大きな魅力だと思います。

 ロックンロール時代にはギターソロなども自ら弾くことが多く、鋭く攻撃的な音色をスタジオ音源でも響かせているようです。12インチシングル録音時の1982年より精神状態が悪化し入退院を繰り返すようになり、1985年に脱退。その後上述の悪名高い“ソロ活動”を経て完全にボロボロになり、1990年から10年間、長い療養期間に突入します。その後は“真の”ソロ活動や時折のThe Roosters再結成などもあり現在まで活動中。

 

花田裕之(Gu, Vo)

 結成当初から1988年の解散までずっと在籍し続けた唯一のメンバーにして、大変な男前。ルックスが、非常に良いです。1990年代以降はもっとさすらい人っぽいロングヘアーになり現在に至っているけども、1980年代の彼は本当にスラッとしたイケメンで、日本のロックの歴史でも有数のルックスだとする人もいます。バンド在籍時からモデルの仕事が舞い込むくらい。北九州市出身の有名人では本当に一番ルックスの良い人かもしれません。

 大江脱退後の苦しい状況にも対応しきってバンドの寿命を伸ばした功労者。元々のロックンロールだけでなくニューウェーブに対応した楽曲も書くようになるなど、対応力に優れています。だけども自己主張はそんなに強い方ではなく、自分の作曲した楽曲では歌詞を柴山俊之に提供してもらうことが多かったり、後述の下山淳が加入して以降はリードギターを彼に任せがちだったり。その割に思いつきでパリにレコーディングに行きバンドの寿命を縮めたりすることも。

 解散後の活動で特に重要なのはROCK'N'ROLL GYPSIESを結成し、元The Roostersのメンバーが集まる場を作ったことか。これが2004年の再結成解散ライブ、及びその後の散発的な再結成に繋がっていきます。

 

井上富雄(Ba, Co)

 The Roosters時代はかなりツッパリ感の強い見た目だったけども、1983年の脱退以降はBlue Tonicという渋谷系の先駆け的なバンドを結成しお洒落な音楽を始めるなど、なんか元The JamPaul Wellerみたいな経歴をしてる人スタジオミュージシャンとしても様々なアーティストと共演しています。
 バンドがロックンロールしていた頃からかなり動き回るベースを演奏していて、その特徴がそのまま持ち越されたバンド在籍時最後のアルバム『DIS.』ではニューウェーブな楽曲の中でベースの動き方が特徴的でした。

 

池畑潤二(Dr)

 いついかなる時でもヒゲがトレードマークの、異常な手数の多さで繰り出すジャングルビートによってひとりで爆音を発生させることの出来る超強烈なドラマー。このバンドがいた頃の北九州市は人材の宝庫なのか。日本のロック史でも有数の強烈さだったことが2004年のフジロックでのバンド再結成以降様々に再発見され、また彼が脱退して以降の後任のドラマー(灘友正幸)のプレイを相対的に物足りないものと感じさせてしまいます。いやこれは前任が凄すぎるんだと思われます。

 バンド脱退後は普通の仕事をしようとしていたようですがそうもならず、音楽活動を再開し、ユニットをやったり、様々なアーティストと共演したり(その中には浅井健一JUDEも含まれます)、半ばスタッフみたいにフジロックに関わったり。

 

下山淳(Gu, Vo, Ba, Syn等色々)

 なんか途中からバンドにいるやたら髪の長い人にして、その実は中期以降のバンドを支え続けてきた苦労人にして功労者山形県出身。コーラスにしろディレイにしろともかくそのようなニューウェーブ的なエフェクトを駆使したギターサウンドを得意とし、加入以降はずっとサウンドの要として活躍し続けました。このバンドがニューウェーブバンドとして素晴らしいとすれば、そのサウンド面は彼の貢献によるところ大でしょう。また、状況によってベースを弾いたりシンセを弾いたり、元々歌うつもりはなかったのに歌も歌わせられたり、そして曲を書いたり。最初にバンドに提供した歌もの曲は大江時代を締め括る名曲となりました。最終作では曲数が花田を上回る現象さえ起き、最終アルバム『FOUR PIECES』が花田時代でもとりわけ名作となっているのは、リズム隊を新たに連れてきたことも含めて彼の執念のなせる技だったんだと思います。

 解散後は自身のソロプロジェクトもしつつ、やたら他の九州勢のアーティストのプロデュース等のお世話もしていたりなど、東北出身者としては普通ありえないくらい九州人脈に組み込まれた感じさえあります。面倒見のいい人なんだろうなと思います。

 

(z)って何?

 1984年以降、なんか名前がThe Rooster“s”からThe Rooster“z”に変わりました。理由…?知らんよそんなの…。

 この改名は微妙に面倒くさくて、一応メンバーが変わった(井上富雄が脱退し後任のベースが入った)タイミングでの変名で、心機一転的な意味があったんだろうなというのは分かります*7。しかし、それからしばらく後、遥かに重要なメンバー交代、すなわち大江慎也脱退があるので、そこの前と後で名前が変わるなら、本当に心機一転という感じがしてわかりやすいんですが、現実はそうではない…。

 しかもどうやら、今回のサブスク化に当たってスタッフが頑張ったのか、なぜか(s)時代と(z)時代とで別々にアーティストページが作られてたりして、正直使いづらい気がします…。まあこの辺の不器用さもまた、The Roostersらしいところ…なのか…?

 

 

何から聴けばいいの?

 サブスク解禁されたんだし自由に聴き散らせばええやん…とも思いますが、アルバム単位だととりあえずこうなるかと。

 

●ロックンロールが聴きたい

3rd『INSANE』

 多分1stが定番だと思いますが、今聴くと音質面が弱いかなと。3rdになると幾らか改善され、パワーポップ的側面も強いですが、冒頭4曲でThe Roosters流ロックンロールはこういうもんか、というのが味わえると思います。

 

ニューウェーブが聴きたい

4th『DIS.』

 5thは寄せ集め、6thは大江曲が少ないので、消去法的にも4枚目が一番丁度いいし楽曲の幅もあって良いと思います。まあでもこっち方面から入る人はそもそもyoutubeとかで『GOOD DREAMS』とかを聴いて入って来るんじゃねえの…?

 

●ともかくなんかすげえの聴きたい!

→『ニュールンベルグでささやいて』『C.M.C.

 (今回未紹介の2枚の12インチ)

 ともかくすげえです。この2枚を1枚のアルバムとして発表できてたら日本のロックの歴史はあるいは…とかなんとかそんな思いがあるので、この2枚は別の記事として書きます。幸い今回のサブスク解禁のリストにこの2枚は入ったので、聴こうと思えばすぐ聴けます!ぜひ!

 

 

本編:全アルバムレビュー

 ここから各アルバムレビューです。それにしても8年で10枚は多い。今回は曲目も記載して、好きな曲は太字にします。

 目次で見てもらうと判りやすいですが、1982年だけアルバムのリリースがなく、この年なんなのか…と思うかもしれませんが、しかしこの年こそこのバンドのある種のピークが刻まれた重要な年なので…必ず別の記事でこの辺、今回アルバム以外にサブスク解禁された2作については触れます。

 

 

1. THE ROOSTERS』(1980年11月リリース)

songwhip.com

 

1. Tequila(曲 : Chuck Rio)

2. 恋をしようよ(詞/曲 : 大江慎也)

3. C'mon Everybody(詞/曲 : Eddie Cochran, Jerry Capehart)

4. Mona (I Need You Baby) (詞/曲 : Ellas Mcdaniel)

5. Fool For You(詞/曲 : 大江慎也)

6. Hurry Up(詞/曲 : 大江慎也)

7. In And Out(曲 : The Roosters)

8. Do The Boogie(詞 : 柴山俊之 曲:鮎川誠)

9. 新型セドリック(詞/曲 : 大江慎也)

10. どうしようもない恋の唄 (詞 : 南浩二 曲:大江慎也)

11. 気をつけろ(詞/曲 : 大江慎也)

12. Rosie (詞/曲 : 大江慎也)

 

 日本のロックンロールの名盤のひとつとして歴史に名を残し、ロックンロールの象徴のように扱われるヤクザなジャケットが有名な1作目。40曲のレパートリーから厳選された12曲は、バンドが当初志した1960年代前半のThe Rolling Stonesのようなシャープさを宿したロックンロールを連発しつつも、後半所々に後々のダークな作風に繋がるワードや要素も垣間見える作品

 一応彼らはパンクも通過しているはずだけども、音楽的にはパンク的なストレートさよりももっと古いロックンロールに直接アプローチしている感じが強い。大江慎也ぶっきらぼうな歌い方以外にパンクを感じさせる要素は薄いと思う。

 それにしても思うけども、thee michelle gun elephant等を通じてこのバンド及びこの作品の存在を知った人が聴くと、あまりに「音が古すぎ」て、それこそ1960年代の作品のように感じてしまうかも。3rdくらいから格段に改善されるけども、『High Times』『ギヤ・ブルーズ』とかを経てこの作品に辿り着くところを思うと、出力不足を懸念してしまう。そういう人は案外3rdから聴き始めた方がいいかも。それにしても、これでもメンバー的にはまだ満足している方らしくて、その前にレコーディングしてメンバー直々にクソと言及されたビクターでの録音はどんなに酷かったんだ…。

 『Do The Boogie』は一応カバーだけど、大体の人が実質The Roostersのオリジナル曲のようなものと認識してそう。案外その通りな部分があって、なんでもこれはサンハウスの未発表曲のカバーだそうで。しかし、実にムードあるリズムを冷徹に刻み、歌が終わると同時に鋭いトーンのギターを開放するその緊張感は完全に彼らのものだろう。

 『どうしようもない恋の唄』は人間クラブ時代からの曲で、なので作詞者がその頃のボーカルとなっている。しかし実に素晴らしく野暮ったいポップセンスで、多くのフォロワーがこのぶっきらぼうながら絶妙なメロディ感に憧れていることだろう。

 そして最後に置かれた『Rosie』の異質さが光る。スカを取り入れつつ、しかし冷たくダークなマイナーコードで進行するこの曲は、ギターの残響具合も実にひんやりしていて、また歌詞の病んだ狂乱の光景も退廃的で、後のダークな作風を特に予感させる1曲ともなっている。ぶっきらぼうなまま何の感情もこもってないかのように歌う大江の凄み、これこそがこのバンドを「ただのひとつの素晴らしいロックンロールバンド」で決して終わらせなかったその原動力なんだということを、この1曲だけで感じさせる。ここでのバージョンは元の北九州時代から演奏していたものよりもテンポが速くなっており、だからこその殺伐さが感じられる。数年後、元のテンポでよりダブじみた形で再録される。

 

ロックンロールに酔いまくり すべてに激しくやりたがる

いらいらばかりが お前を包み クスリに酔いしれる

 

カラッポ頭にレゲエ・ソング 明るい日差しをあびたがり

うつろに空を見つめて ただただ体ゆらす

 

           Rosie / The Roostersより引用

 

www.youtube.com

 

 

2.THE ROOSTERS a-GOGO』(1981年6月リリース)

songwhip.com

 

1. RADIO上海~WIPE OUT(曲: J.Fuller,B.Berryhill,R.Wilson.P.Connolly)

2. LIPSTIC ON YOUR COLLAR(詞: Edna Lewis 曲: George Goehring)

3. ONE MORE KISS (詞:大江慎也, M.Alexander 曲:大江慎也)

4. SITTING ON THE FENCE (詞/曲:大江慎也)

5. GIRL FRIEND (詞/曲:大江慎也)

6. DISSATISFACTION (詞/曲:大江慎也)

7. FADE AWAY (詞/曲:大江慎也)

8. BACILLUS CAPSULE (詞:柴山俊之 曲:鮎川誠)

9. FLY (詞:大江慎也 曲:THE ROOSTERS)

10. I'M A MAN (詞/曲:E.McDaniel)

11. Telstar (曲:Joe Meek)

 

 The Roosters売出し中!」ってな具合にポップで甘い側面を特にアルバム前半で振り撒き、後半は前作並のロックンロールを展開するアルバム。1stのヤクザでロックンロールなイメージと3rdの完成度の高さとの間で割を食ってるイメージもあるかも。というか前作フルアルバムから半年ちょっとのインターバルでまたアルバムという無茶なスケジュール感*8

 1曲目のインストからしてラジオのチャンネルを弄って楽曲が飛び出す演出が為され、定番曲『Wipe Out』に施されたダブ的なエコー処理といい、これより後にどんどん様々に凝っていくサウンドの予兆がすでに現れている。同時にこういうところにプロデューサー柏木省三の存在感も覚えてしまうわけだけども。最後が宇宙的なサウンドを目指した1960年代の名インスト『Telstar』のカバーなのもこのバンドから自然に出てくるものと思いづらく、やはりプロデューサーチョイスかなあと思わされる。

 『One More Kiss』のポップセンスはまさに『どうしようもない恋の唄』から続くもので、こういうぶっきらぼうにポップな“俺ら(おいら)”口調の大江慎也のセンスが好きな人は、意外と他に同タイプの楽曲がないのでこの辺の曲ばかりを聴く羽目になるかも。続く『SITTING ON THE FENCE』はポップサイドにありながら快適にドライブしていく彼らのロックンロールの名曲のひとつで、The Rolling Stones『Get off my Cloud』のコード進行をしっかりと拝借しながらも自身のポップセンスと、そして不思議な世界観とぼんやりした視点が物凄く魅力的な歌詞とそしてギターソロの格好良さで素晴らしく仕上げられている。ベースもやたらと動き回る、楽しくも奥深い曲だ。

 後半のロックンロールサイドは、それでも前作よりも少し曲も音もブライトになっているのは前半と雰囲気を合わせんとしたのか。ミュートギターの多用もまた、1960年代よりももっと後の時代を思わせる。『FADE AWAY』のすり潰すようなミュートギターの効き方は次作『Let's Rock』の予兆として魅力十分だ。本当に3つのコードだけで魅力的なパワーポップ気味のロックンロールをやってみせる、『C.M.C.』まで続く楽曲の系譜のはじまりと言える。

 

フェンスに腰かけ 明るい空の下

考えているところ これから何をやろうかな

 

フェンスに腰かけ 遠くを眺めて

待っているところ イカす悪魔の訪れ

 

フェンスに腰かけ ミルク飲みながら

感じているところ 俺らのすてきな狂気を

 

ずいぶん長いこと こうしているみたい

 

    SITTING ON THE FENCE / The Roostersより引用

 

 それにしてもこの曲の歌詞本当いいな。ぼんやりと静かな狂気を垣間見るような世界観でありつつ、破滅と隣り合わせの冒険の感じが漂う。後の大江慎也の歌詞の予感を匂わせつつ、しかしどこまでもクリアで自由な視界だ。

 

www.youtube.com

 

 

3. 『INSANE』(1981年11月リリース)

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1. Let's Rock (Dan Dan) (詞/曲 : 大江慎也)

2. We Wanna Get Everything (詞/曲 : 大江慎也)

3. Baby Sitter (詞/曲 : 井上富雄)

4. All Night Long (詞/曲 : 大江慎也)

5. Flash Back (曲 : The Roosters)

6. Case Of Insanity (詞/曲 : 大江慎也)

7. In Deep Grief (詞:大江慎也, M.Alexander 曲:大江慎也)

 

 前半に従来からのロックンロールの“完成形”と“発展形”を配置し、そして後半には遂に変革の時とばかりに、ニューウェーブ色の強いポップな楽曲と、露骨に毒々しくダークに病んだポストパンクの世界観を長尺で紡いでいく最終曲という、過去と未来を極度に集約させたかのような密度の濃ゆい1枚。はっきり言って全部太字にしてもいいかもしれない。何気に大江以外のメンバーの作曲が作品に含まれるのも初。

 『Let's Rock(Dan Dan)』の、有無を言わせぬロックさからして強力で、よりハードな歪み方となったギターのガシガシとした感覚と、直線的でタイトなビートによる進行、キャッチーな掛け声、ロックンロールパーティーな掛け合いが楽しすぎるミドルエイトなど、この曲のロックンロールとしてのキャッチーさは凄い。英語詞も何のその。ちなみにシングル版は日本語で歌っているけども、なかなかにひどいこと歌ってたんだなってよく分かる。しかし、本作より後にさらにひどい歌詞でそして最高にぶっ壊れた爽快感を持つロックンロールナンバーが1曲控えている訳だけども。

 『We Wanna Get Everything』もまた強烈で、伝統的なロックンロールを脱してより破滅的な光景と構造をしているこれはパンクを通り越してむしろハードコア的か。音がやや曲に追いついてないのが残念だけど、それでもドラムが何だか物凄いことになっていることは聴けば分かるだろう。圧倒的な手数と機動力、そして表現力。ジャングルビートをより破滅的なものに進化させた、ドラマー池畑潤二の真骨頂。まあこれも、より徹底的に強烈な混沌をドラムで生み出し続ける『ニュールンベルグでささやいて』が本作の後に控えているけども。

 井上作曲の『Baby Sitter』もバンドのパワフルさが自然に抑えきれず湧き出すかのような勢いを感じさせる。一転、ロックンロールながらより落ち着いた、ムーディーなポップさを感じさせる『All Night Long』は、その完成度の高さからは意外なことになんと1stのアウトテイク。終盤の加速していく時のガチャガチャした勢いは確かに1stの頃の空気感かも。逆になんでこんないい曲をあえて一旦ボツに…?

 終盤2曲はそれまでと全く異なる曲調で、このバンドの作品を順番に聴いているとまず最初に衝撃または困惑を覚えるポイント。『Case of Insanity』はこれまでこのバンドで主役だったことなどなかったアコギとシンセが前に出た、どこか牧歌的なニューウェーブの雰囲気が漂うポップな歌もので、曲調の割にかなり暗い影が入ってきている歌詞共々、次のアルバム『DIS.』の作風に直接繋がる感覚がここに封じ込められている。『In Deep Grief』はかつての古典的ロックンロールバンドの姿が嘘のような漆黒のポストパンクを延々と9分以上展開していく楽曲で、冷たいギターの音の反響や、ダビーな動き方をするベース、取り憑かれたように言葉を紡ぐ大江の呪詛的なボーカルなど、全キャリアで見ても相当に独特に壮絶なところのある楽曲。展開部のギターの広がり方は実に怪しく不気味で、Pop Groupなどからの影響にしても相当に完成度が高い。

 これだけの物凄い楽曲ばかりの作品が前作からわずか5ヶ月でリリースされている。本人たちの疲弊は相当なものだったろうけども、本作をもって遂にロックンロールだけに収まりようのなかった大江慎也およびバンドのポテンシャルの栓が完全に外れてしまった印象がある。この後、オリジナルメンバーの絶頂にして臨界点となった2枚の12インチ作品を残して、大変に強烈なドラマーだった池畑潤二が脱退してしまう。

 

HEY JERRY どうしたんだい

髪の毛はすっかりはげ落ちて 新しいスーツはボロボロだ

こわれた目玉でギョロギョロ ああ ああ 退屈だぜ

 

     Let's Rock(Dan Dan) / The Roostersより引用

 

www.youtube.com

 

 

(2023年12月3日追記)

 タイミングとしては3rdと4thの間のここに、オリジナルメンバーの演奏能力の絶頂と表現力の臨界点としての2枚の12インチシングル『ニュールンベルグでささやいて』『C.M.C.』が入ります。もし1枚のアルバムに出来ていたらバンドを代表する超名盤になっていたかもですが諸事情でそうならず。その辺りのことも含んだ形でレビューを別枠で書きました。

 

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 

4. 『DIS.』(1983年10月リリース)

songwhip.com

 

1. She Broke My Heart's Edge (詞:大江慎也 曲:花田裕之)

2. I'm Swayin' In The Air (詞/曲:大江慎也)

3. She Made Me Cry (詞:大江慎也,M.Alexander 曲:大江慎也)

4. Desire (詞/曲:大江慎也)

5. Sad Song (詞/曲:大江慎也)

6. 風の中に消えた (詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

7. 夜に濡れたい (詞:柴山俊之 曲:井上富雄)

8. Je Suis Le Vent (詞:ヒロ・スグル,M.Alexander 曲:花田裕之,下山淳)

 

 2枚のバンドの絶頂を記録した12インチを最後に池畑潤二という当代最強格のドラマーを失い、代わりに北九州出身の昔なじみでより大人しく淡々とした叩き方をするドラマー灘友正幸が加入し、さらに元々バンドの裏方だった安藤広一(この人も北九州出身)がキーボードを担当するようになり、少し前より加入していたギタリストの下山淳共々一気にラインナップが変わったバンドは、音楽性を一気にチェンジ。ロックンロール要素は僅かにとどめ、ニューウェーブやネオサイケデリアといった当時のイギリスの音楽シーンとより共振するような音楽性に大きく舵を切り、その中で攻撃性を大きく失い代わりにボロボロで切なげな詩情を得た歌が(特に大江作詞曲で)広がっていく、変革の結果が大きく出た名作となっている。

 この大きな変化には様々な要因があるとは思うけども、本作の前の12インチ2枚の制作段階から大江慎也においては神経衰弱により入退院を繰り返していて、そこがバンドのメインソングライターとしての彼の性質を大きく変貌させてしまったことはあると思わざるを得ない。又は、そのようにして弱った彼に対して、プロデューサーの柏木省三の影響力がより増してきてこういう方向に流れたのか。その辺は当人たちのみぞ知るところだろうけども、大江曲だけでは足りず*9他メンバー、特に花田裕之が奮起して曲を量産し始めたりなどして、どうにか出来上がった作品は、少なくとも当時の日本のシーンでも珍しい、不安定が故のロマンチックさ漂うニューウェーブの名盤となっている。

 1曲目からしてポストパンク的なギターの鋭さと神経質な大江のボーカルで直線的に突き進む『She Broke My Heart's Edge』で、それこそまるでWireとかJoy Divisionとか初期Echo & The Bunnymenとかそんなヒリヒリとした攻撃性を、大江ではなく花田が作曲したという事実がとても不思議。花田曲は数あれどここまでポストパンクな攻撃性を持った曲はこれが唯一では…?緊張感ある始まり方だけど、これより後はアルバムは一気にカラフルな歌ものの世界に移っていく。

 『I'm Swayin' in the Air』は『Case of Insanity』をよりポップな浮遊感で味付けしたような楽曲で、中期The Roosters(z)の基調を成すポップセンスとシンセのドリーミーさがいきなり溢れ出す名曲。少し前の作品まで戦争にインスパイアされた歌を書いていた大江が、今度は急に夢みがちなファンタジーを書くようになって、その不安定さ自体にはどこか居た堪れないところもあるけども、しかしこうも見事にポップソングに転化されると見事としか言いようがない。ブリッジの部分のメロディが急に暗くなるところに当時の彼の不安定さがよく滲んでいる。続く『She made me cry』も実にキラキラしたネオアコ/ギターポップの名曲で、海外のネオアコ勢を横目で見ながら作ったにしても、この完成度と徹底した牧歌性ははっきり言って意味が分からないし説明がつかない*10。本作は本当に日本発の“本格的に英国風な”ニューウェーブ作品として完全にオーパーツ的な存在感があり、そりゃあ熱狂的なファンが出るよ…というのをこの辺の曲を聴いてると思わされる。アルバム中最も軽快な『Desire』は作中で最も初期のテイストが感じられる例外的に気楽な曲。

 とどめとなるのがシングルにもなった『Sad Song』で、The Cureの『Night Like This』などを引き合いに出しても全く劣ってないどころか『Night Like This』はそもそも1986年なんですが…という、マイナー調の鬱屈したメロディがサビで少しばかり輝きに満ちたメジャー調に切り替わる様が実に切実な雰囲気を伴う名曲で、歌詞の残酷さと透明な祈りとが交差する様なんてもう大体ART-SCHOOLとかその辺の世界観で、こんな時代にそれをやっているこの曲の孤高にも程があるスタイルには圧倒される。

 

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その体にふれたとたんたじろいで 身をかたくする

永遠に凍りついた 白い肉体がさめた火をともす

真夜中にたたきおこされ 目の前がまぶしく光る

ベッドのまわりは すき間なく とりまいた冷酷な顔が

 

Sad song あの娘の声がひびきわたる

Sad song あの娘の唄がきこえてくる

やさしい風がふきぬけて 閉ざした心をひらいてゆく

 

          Sad Song / The Roostersより引用

 

 その後も花田曲、井上曲ともにしっとりとした楽曲が続き、最後の映画のサントラめいたインスト曲では早速下山淳が作曲に名を連ねている。

 本作の存在は本作の前の2枚の12インチと並び、のちの日本のオルタナティブロック形成の流れにおいてひとつのルーツとして扱われる存在となっていく。特にdipはトリビュート盤で本作から2曲もカバーしているくらいにはこの作品がバンドの音楽性の重大なルーツのひとつとしてあり、中心人物のヤマジカズヒデは近年の大江慎也の活動に大いに関わっている。

 

 

5. 『GOOD DREAMS』(1984年4月リリース)

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1. ゴミ (詞/曲:大江慎也)

2. Good Dreams (詞/曲:大江慎也)

3. C.M.C. (Health-Mix) (詞:大江慎也 曲:The Roosters)

4. Hard Rain (詞:大江慎也 曲:大江慎也,安藤広一)

5. Drive All Night (Club -Mix) (詞/曲:Elliot Murphy)

6. ニュールンベルグ でささやいて(Health-Mix) (詞:大江慎也 曲:The Roosters)

7. カレドニア (Re-Mix) (詞:大江慎也 曲:The Roosters)

8. All Alone (詞:柴山俊之 曲:鮎川誠)

 

 この作品からバンド名表記が“The Roosterz”に変わります。だからなんだというんだよ…って気もします。

 バンド名が微妙に変わって心機一転、とはならないのがこのバンドの非常にややこしいところで、なんなら本作は楽曲の半数がオリジナルメンバー最後の時期の12インチ2枚からのリミックスということで、当時のメンバーが録音した作品ですらない*11。リミックス自体も奇妙さを上げる方向で処理がなされ、これらの楽曲を素直に楽しむなら原曲を聴いた方がいい。新曲4曲も過去のアウトテイクやそれをやり直したもので、純粋な本作のための新曲はゼロ、という、アウトテイクやリミックスによって急造されたツギハギのアルバムの中で、前作以降のバンドの音楽性の僅かばかりの進捗を楽しむ作品となってしまっている。そもそもこんな短いスパンでアルバムを出す必要があったのか…?例のプロデューサーの策略か…?ちなみに本作リリースより前にオリジナルメンバーだった井上富雄が脱退。

 しかし、本作がなければもしかしたら『GOOD DREAMS』や『All Alone』が歴史の闇に埋もれてたかも、という事実は無視できない。特に『GOOD DREAMS』は中期のこのバンド1番の人気曲で、『I'm Swayin' in the Air』をより発展させたようなキラキラした音響とポップセンスは非常に眩いものがある。純然たる大江慎也楽曲では一番行くところまで行った、この路線の極北の楽曲だろう。 The Cure『Just Like Heaven』などに負けていないどころかやはり何年か先を行っている。前作時点で一旦完成していたらしいが、それこそ『I'm Swayin' in the Air』と被るから収録が見送られたのか*12

 

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悪名高い『PARANOIAC LIVE』の映像より。本格的に壊れた大江の動きが痛々しいが、楽曲の輝きは本当に素晴らしい。

 

夜のベールに抱かれて 君のことに想いをはせる

不思議な魔法にかかったみたい 僕の胸は高なりざわめく

この世界が朽ち果てるまで 心が僕を動かし

めくるめく波と光のように 時間の刻みにそって

 

君はこの夜を 素敵に色どらないかい

 

I'm searching searching for good dreams

Happy time fantastic world

 

ちなみに、男の子的なオルタナティブロック化した1998年以降のthe pillowsにとってこの曲はコード進行もメロディも上記のような歌詞もまさにthe pillowsの楽曲そのものだったようで、トリビュート盤で彼らが演奏したこの曲はまさに「ただのthe pillowsの名曲のひとつ」となってしまっていて素晴らしい。Ⅰ→Ⅴ→Ⅵmというコード進行は1990年代パワーポップ感が強いコードなこともあり、それもこの曲の人気を押し上げた原因か。やはり早すぎる。

 

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 本作オリジナルの収録曲としては他に、オリジナルメンバーの臨界点レコーディングだった1982年録音のアウトテイク『ゴミ』のニューウェーブ的に振り切れた奇妙なファンクネスや、『Hard Rain』のぼんやりした憂鬱感、そしてサンハウスのカバー『All Alone』のまるで宇宙をやるせなく漂うような詩情とサウンドなどが無視できない存在感を放っている。これら4曲入り12インチじゃダメだったんかなあとも思いつつ、リミックスも全く面白くないということも無いので、通しで聴いても悪くは無い。でも、少なくとも筆者が「こうだったら良かったのに」と思う12インチ2枚を1枚のアルバムに、というのはこの盤みたいな感じではない。

 

 

6. 『Φ (PHY)』(1984年12月リリース)

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1. Vénus (詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

2. Come On (詞:大江慎也,M.Alexander 曲:大江慎也)

3. Down Down (詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

4. Heavy Wavy (詞:大江慎也 曲:下山淳)

5. Broken Heart (詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

6. Femme Fatale (詞/作曲:Lou Reed)

7. Street In The Darkness (詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

8. Message From…Come On,Love My Girl(詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

9. Last Soul (詞:大江慎也 曲:下山淳)

10. Music From Original Motion Picture "Punishment"(曲:花田裕之,下山淳)

 

 大江慎也在籍時最後の作品にして、前作までの大江曲の意識を継承した他メンバーが全力を賭して更なるファンタジックでメロウなサイケデリアの追求に邁進してなんとか製作された、中期The Roosterz最後の結晶といった趣の作品。これが1980年代当時最もセールス的に成功したバンドの作品だというのは不思議だけども、自作曲を書くこともままならない相当な状況の大江をバンドがなんとか支え切った、と言うべきか、又は本来働ける状態ではなかった人間を周りのバックアップで無理やり働かせた結果、と見るべきか迷われて、例のプロデューサーの影も嫌というほどちらついて、屈託に満ちてしまうのが中期The Roosterzの業の深さか。それがそのまま魅力にもなるから、とても危うさに満ちているけども。

 冒頭の『Vénus』からして、花田が『Case of Insanity』以降の大江の作風をしっかり吸収し、まるで大江の代筆をしたかのような「その先」感がある素晴らしい名曲で、コーラスとエコーですっかり幻想色に染まった長いインスト部から展開される歌の朗らかに伸びやかにメロディが導かれる様は、このバンドのネオサイケ路線の終着点としての本作の始まりに相応しい。トリビュート盤でbloodthirsty butchersがカバーしていて、その野暮ったくも真っ直ぐな歌い方は確かに共通するものがあったのかとも気付かされた。

 花田はその他にも彼の作曲でもとりわけメロディアスで繊細な楽曲を本作に提供していて、『Broken Heart』はニューウェーブ調の歌謡曲じみた面白さがあるし、また『Message From…』ではリゾートめいたシティポップ的な軽やかなメロディを披露していて、後のロックなイメージからは意外なくらいのしなやかさを見せる。自身で歌う楽曲もVelvet Undergroundのカバー含めて2曲あり、次作以降のバンドの中心人物となる姿を予感させる。

 一方、次作以降もう一人のバンドの中心人物となる下山淳もまた、随所での幻想的なギター演奏だけに留まらず、ここに来て自作曲を2曲提供、どちらも大江慎也が歌詞を書き、それぞれ本作の混沌サイドとメロウサイドとを象徴する楽曲になっている。『Heavy Wavy』はイントロの時点で混沌が渦巻く気味悪いサイケさ全開で、変なパターンのリズム、奇妙に引っ込んだ大江のボーカル、奇妙にねじ曲がり続ける曲展開、「僕と君とユニコーン FUN FUN FUN…」に象徴される完全にどうかしてる歌詞など、アルバムの毒々しさ・変態加減を一身に背負っている。そして実質ラスト曲な『Last Soul』の、こちらも大江のソングライティングを代筆したかのようなロマンティシズムと堂々としたメロディの寂しさには、Echo & the Bunnymen『The Killing Moon』やJoy Divisionの『Atmosphere』を思わせる存在感がある*13。E-Bowで伸ばしたギターのトーンもまた、宇宙の遠くを漂う魂みたいなのを思わせる。

 

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Everything that you made  Anything that you've told

すてきな夜も 君のたましいも 僕のカベの中へ押しこんだまま

どこへ浮かび去るのか つくり果てた夜の終わりに

 

君はこれ以上 僕の心を すてきにまどわせるかい

悲しみの中へ消えた 僕は闇の中

 

Last soul I'll give you  Last soul I'll give you

2番目の月が閉じるまで 明けた雲のように

 

           Last Soul / The Roosterzより引用

 

 

7. NEON BOY』(1985年9月リリース)

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1. Neon Boy (詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

2. Stranger In Town (詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

3. Une Petite Histoire (詞/曲:花田裕之)

4. Harlem Nocturne (曲:Sid Robbin,Earle Hagen)

5. Out Land (詞/曲:下山淳)

6. あの娘はミステリー (詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

7. Don't You Cry (詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

8. Lブ・Sイート・Dリーム (詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

9. My Funny Face (詞:柴山俊之 曲:下山淳)

10. 白日夢 -スリープウォーカー- (詞:柴山俊之 曲:下山淳)

 

 大江慎也の体調不良が悪化し脱退扱いとなった*14*15後、花田中心の体制になってから初のフルアルバム。正確にはその前に3曲入りシングル『SOS』が大江脱退後の体制で製作された最初の作品となる。ここから先の歴史はさながらJoy DivisionNew Orderの関係性みたいなところがある。Ian Curtisと違って大江は死んでないけども。

 『Φ』の作風をそのまま受け継ぎつつよりダウナーな作風となった『SOS』と比べると、本作はより積極的に“バンドの再生”を図ろうとしたロックな作風と、従来的なサイケな作風とが入り混じった、過渡期的な作品となった。いやまあ、大江在籍を前提とした予定でレコーディングスケジュール押さえてたんならそれもやむなしやろ…という感じもする。そして、本作をもって柏木省三がThe Roosterzを離れる*16こととなる*17。次作以降が真に花田体制のThe Roosterzとも言えるかも。

 それでも、冒頭の『NEON BOY』ではそれまでこのバンドになかったグラムロックの要素を大胆に採用し、ギターリフも粘っこく、よりロックなものを志向しようとする精神性が覗いている。ただ、アルバム大勢としてはやはり前作と陸続きのサウンドが強いところ。『Stranger In Town』はメロディも歌詞も花田的なハードボイルドさが垣間見えつつ、下山の付点8分のディレイ*18の効いたカッティング中心の前作的なサウンドと程よく合わさった、不思議な世界観が広がっていく良曲。レコーディング最後にギリギリで完成したらしい『Lブ・Sイート・Dリーム』もいい具合に気の抜けたコードカッティングを繰り返してヘロい歌を乗せていく様がリラックスしていて面白い。

 新体制では下山淳もボーカルを取ることを求められ、幾つかの自作曲で歌っている。か細い声だけど、『My Funny Face』での多重コーラスなど工夫をしている。

 

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 それにしてもここから先のThe Roosterzは本当に歌詞を外注しすぎじゃないか。

 

 正直言って、本作よりその前の『SOS』3曲の方が好き。この3曲はどれも本作には収録されていない。『SOS』のタイトル曲以外の2曲は花田曲でも珍しいくらい落ち着いたダウナーさがあり、特に『OASIS』は隠れた名曲然としたところがある。けども今回のサブスク解禁の対象外。

 

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8. 『KAMINARI』(1986年11月リリース)

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1. OH! MY GOD (詞/曲:花田裕之)

2. CRIMINAL ROCK (詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

3. CRAZY ROMANCE (詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

4. PRECIOUS (詞/曲:下山淳)

5. WARM JETTY (詞/曲:下山淳)

6. BLUE NIGHT (詞/曲:花田裕之)

7. GIRL (詞:下山淳,柴山俊之 曲:下山淳)

8. NO NO NO (詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

9. SEARCHIN' (詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

10. DARK CRISTAL (詞:柴山俊之 曲:下山淳)

 

 ようやく柏木省三と離れセルフプロデュースできる状態となり、それまでのニューウェーブ色をフレーバー程度にまでかなり削ぎ落として、代わりに骨太な1970年代式のハードロック要素、つまりゴリゴリと歪んだギターリフを導入した、バンド史で最も大文字な“ロック”テイストを強めた作品。人によってはこのギターを“グランジの先取り”とまで呼んだりするけど、それはどうだろう…。

 ゴリゴリとしたロック志向は特に花田曲に顕著に現れている。ゴリゴリのロックに霜山と思われるニューウェーブ仕草のアルペジオが取り憑く『OH! MY GOD』はまだしも、よりゴリゴリのギターリフで埋め尽くされた『CRIMINAL ROCK』まで来ると完全に筆者の趣味の範囲から外れてしまう。ただ、本作では例外的にメロディアスな花田節が聴ける『BLUE NIGHT』の、素朴なアコギ主体の楽曲を下山のスケール感のあるギターが広げていく構成は良い。また終盤の疾走曲連発の中でも『SEARCHIN'』のヒロイックな突進感はいい具合に泥臭さがあってドラマチックだ。

 対して、下山の楽曲はそこまで本作のモードに殉じようとしている訳でもないところがアルバムのバランス感覚になっている。『WARM JETTY』のフワフワ感と歌のヘロヘロっぷりは不思議なアクセント。とはいえ『GIRL』では後半の疾走モードの一角として実に生き生きとしたギターカッティングからの広がりのあるギターオーケストラを構築し、どこか少年的な爽やかさを感じさせる。最終曲『DARK CRISTAL』での重厚にして神経質な構成とサウンドも面白い。

 それにしても、特定の店舗で初回盤予約特典として配布された『Transmission』はフニャフニャしたシンセと重厚なギターのミスマッチがユーモラスな花田作の良曲で、いや普通に本編に入れようよ…と思うくらいの作りをしている。軽やかなのがいい。

 

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9. 『PASSENGER』(1987年9月リリース)

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1. PASSENGER (詞/曲:花田裕之)

2. Hurt By Love (詞/曲:花田裕之)

3. Burning Blue (詞: 柴山俊之 曲:花田裕之)

4. Good Night,Good Morning (詞:柴山俊之 曲:下山淳)

5. Watch Your Step (詞:柴山俊之 曲:花田裕之)

6. The Wing (詞:柴山俊之 曲:下山淳)

7. A-RE (詞:花田裕之 曲:下山淳)

8. Seiren (詞/曲:下山淳)

9. Strange Life (詞/曲:花田裕之)

10. Wreck My Car (詞/曲:Julian Cope)

 

 なんかパリで録音しました、以上、って感じの、つるっとした音のアルバム。ジャケットの短髪の花田がえらい男前なことはいいとしても、このアルバムは楽曲的な「本作はこれ」という特徴が見出しづらく*19、かと言って詳しく情報を調べていくとネガティブなことばかりが分かってしまう難儀な作品。

 なんでも、パリで録音したのはさしたる理由もない花田の思いつきだったとか、それで現地に行ったら現地のプロデューサーからリズム隊に激しいダメ出しをされ、ベースをほとんど現地のスタジオミュージシャンの演奏と差し替えられたとか、ドラムもフィルを入れることを禁止されてしまったとか。結局本作のしばらく後にリズム隊の二人は脱退することになる。花田も、レコーディングの光景をインタビューで「旅の記憶」などと海外旅行の思い出の一つみたいな言い方をしてしまったり、The Roosterzでやりたいことをもうやり尽くしたと感じて、パリで観たNeil Youngのライブに憧れて違うことをしたくなってバンドの解散を考え始めたり、と、ロクな話がない。振り回され続けた下山が色々とキレていたらしく、それも仕方がない。ひたすら気の毒でしかない。

 “Passenger”とはこの場合“傍観者”の意味で、花田から見た自分たちのバンドへの印象が含意されているとかいうからいよいよ謎に剣呑でびっくりする。前作での突撃していくような一体感は何だったのか。流石にタイトルトラックなのでそこそこキャッチーだが…。本作の花田曲はそんな具合に、そこそこキャッチーだけども、悪くはないけども、本作ならではのフックを見出しづらい。

 よくない状況の中で奮闘しているのは下山だ。『The Wing』ではそれこそ“U2”的な付点8分ディレイがイントロから壮大にかまされ、広がりのある音像と開放感のあるムードを作り出そうとしている。歌詞は外注だけど、その中にサビで「Run away」と歌われてるのがまたなんとも…。また、それこそしばらく後のNeil Youngが弾きそうなトーンのギターで始まるどっしりした雄大さと幻想的なイメージの歌詞の『Seiren』も彼の幻想的なセンスがオルタナティブロックのスタイルに形成され直しはじめていて、次作での大活躍を予感させる佳曲となっている。元々花田が歌う予定だったのをプロデューサーにやっぱお前歌えと言われて、だからなのかややヤケクソにも聞こえるボーカルもいい味出している。1988年のラストライブでも歌われていて、ちょっとした「隠れた名曲」的存在のようにも感じれる。

 

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10. 『FOUR PIECES』(1988年5月リリース)

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1. GUN CONTROL(詞/曲:花田裕之)

2. 再現出来ないジグソウ・パズル(詞:柴山俊之 曲:下山淳)

3. 鉄橋の下で(詞:PANTA 曲:下山淳)

4. LAND OF FEAR (詞/曲:Julian Cope)

5. (Standing at)THE CROSS ROAD(詞/曲:花田裕之)

6. EVERYBODY'S SIN(詞/曲: 下山淳)

7. NAKED HEAVY MOON(詞:柴山俊之 曲: 下山淳)

8. 曼陀羅(詞:PANTA 曲:下山淳)

9. LADY COOL(詞/曲:花田裕之)

10. 予言者(詞/曲:下山淳)

 

 メンバーが2人も抜け、花田も「まあ解散してもいっかな〜」みたいになってたところをなんとか下山が留まらせ、アルバム1枚だけの新しいリズム隊も招集し、なんとか漕ぎ着けたラストアルバムは、結果として「シンプルにロックしたい花田vsサイケなオーケストレーションでロックを実現したい下山」の構図がいい具合に合わさった、力作がひしめく充実作となった。間違いなく花田体制になって以降の作品で一番いい。やはり主に頑張っているのは下山では…?という気もしなくもないが、そこに他メンバーもしっかり追随していっている。といっても10曲中6曲が下山曲なのでどう考えても彼が一番頑張ってるのは明らかだけども。

 花田印のロックだなあって感じの1曲目にしてもギターのエフェクトから鬼気迫る気合を感じさせる。そして2曲目にしてファン人気の高い『再現出来ないジグソウ・パズル』の、下山の執念を感じさせるイントロの込み入り具合からの花田印のロックにしっかりと寄り添いつつもシリアスに切り詰めたメロディが、歌詞とともにバンドの終末感と緊張感とを見事に表現している。サビの、歌とバックの叩きつけるようなギターフレーズ、どっちがメインだよって具合がまさに、後期の中心を担ってきた二人が並び立つ感じがして格好いい。柴山歌詞もこの時ばかりは気迫が違う感じがある。

 

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失われたコードを探し求めて

夢幻の音の帯を 記憶の壁につりさげる

溜息の中 恍惚の文字をシフォンの指先で

破りすてられたハートの鍵をつなぎあわせても

 

再現出来ないジグソウ・パズル

 

  再現出来ないジグソウ・パズル / The Roosterzより引用

 

 今回は下山曲2曲に元頭脳警察PANTAも歌詞提供している。片方の『鉄橋の下で』は前曲から一転フォークタッチのフワッとしたサウンドで、花田ボーカルながら彼のソフトでセンチメントな側面をしっかり掬い取る。もう一方の『曼荼羅』は下山式サイケのこのバンドにおける総決算な感じの、不思議に混線したようなフレーズがずっと舞い続けつつも曲展開はシャキシャキと切り替わっていく、爽快感あるスリリングなサイケデリックさを表現。アコギソロの複雑さにはこのバンドの新境地さえある。最終曲でも奇妙なミックスのサウンドにユーモラスな多重コーラスを重ねたりと、ともかく本当に本作での彼は手を尽くして頑張っている。

 そんな下山の必死な様を知ってか知らずか、終盤の花田曲『LADY COOL』は、これより後の“放浪者・花田裕之”のイメージを地で行くNeil Youngアメリカンロックなスタイルの開放感ある楽曲で、やはりこちらもThe Roosterz(s)の殻を脱いでもっと自分のしたいことをしようと歩み出している感じがある。自由になりたかったんだなあって感じがする。

 

 

 そして、最後の実質解散ライブで大江・井上・池畑とのリユニオンが1曲だけ行われた*20のも含んだライブ盤をもって、8年間のこのバンドの歴史は一旦幕を閉じます。ここまでサブスク解禁済み。

 

 

●今回サブスク解禁されなかった音源

 ここからは、読んで字のごとく、今回はオリジナルアルバム(+2枚の12インチ)のみの解禁だったので、当然それでは漏れてしまうアルバム未収録曲等を追っていきます。この辺も大瀧詠一の時みたいな雑かつ超効率的な方法で「お前らあとこれが欲しいんやろくれたるわ」式に解禁されるといいなって思います。

 

1. 1st時のレコーディングの大量のアウトテイク

 ほとんどはロックンロールのスタンダードなどのカバーですが、幾つかアルバム未収録のオリジナル曲もあります。中には花田作曲のものもあります。またシングルのカップリングに転用された『Hey Girl』といったものも。『The Basement Tapes~Sunny Day Unreleased Studio Session』などでそのおおよそを聴くことができます。

 

2. Leather Boots(2ndのアウトテイク)

 どことなくロックンロールスタンダード然とした曲調だけども、歴とした大江オリジナル楽曲。そのささくれだった楽曲と歌いっぷりには後年のthee michelle gun elephantなどへの影響大といった感じですが、なぜかアルバムから外されることに。のちのシングル集などで回収されます。

 

3. Let's RockやWe wanna get everythingの日本語バージョン

 シングル版は日本語です。一部ベスト盤などで聴けます。

 

4. Go Fuck(およびその他幾らか)

 様々な場所に散らされてしまったバンド絶頂期の1982年録音のうち、歌詞の露骨な性的描写(別にこのくらいあるくないか…?)と何よりタイトルのせいで完全にボツってしまった、公式リリースには20年後のボックスセットまで待たないといけなかったけどもそれ自体ちょっとした事件として受け止められた、そのような経緯も含めて神格化も不可避な名バラッド。詳細は今回取り上げていない12インチ2枚の記事の際に併せて。

 ついでに同じ年のうちに録音されたという花田ボーカルのカバー『Astral Plane』や『Sad Song』初期バージョンの『Sad Romance』も…。『Sad Romance』を入れるならついでに『GOOD DREAMS』初期バージョンも…こういうのはやたらありそうなんでこの辺で。

 

5. シングル『SOS』

 上でも少し触れましたが、それにしてもなんで『ニュールンベルクでささやいて』『C.M.C.』は解禁されたのに『SOS』は解禁されてないのか不思議です。バンドの歴史でももっともナイーヴな花田の歌が2曲聴けるいい作品だと思います。

 

6. Transmission

 上でも少し触れたとおり、なぜアルバムに入れずおまけ扱いにしたのか謎な佳曲。

 

 他にも色々とレアトラックとかあるかもしれませんが、ひとまずこれくらい解禁されるとサブスク上でも大体のプレイリストは組めるようになるんじゃないでしょうか。ご検討ください日本コロムビア様。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

終わりに

 以上アルバム10枚分のレビュー+αでした。

 筆者は特に大江時代に思い入れが強いので、大江時代は歌詞まで載せて、その後の花田時代は歌詞も載せない感じになって、なんか露骨だなあ…と自分で書いてて思いました。歌詞の外注が多すぎるのと柴山歌詞が基本そんなにはまらないのでこの辺判断が難しいところ。下山曲とかもっと聴き込んだら好きな歌詞ありそうなもんだけども。

 とはいえ、駆け足で見てきたこれらのレビューのうちの何かが誰かに引っかかって、誰かの何かの参考になれば幸いです。

 …もっとも、このバンドのディスコグラフィーで一番大事な2枚の12インチ作品についてまだ全然触れられていません。次の記事はこの、オルタナティブ世代の『風町ろまん』になり損ねたと言って過言ではないであろう1982年に録音された作品たちについてになります。乞うご期待。

 あと、サブスク解禁されてなるべくすぐに、大江時代のみですが20曲分のプレイリストをSpotifyで作成しましたので、こちらもぜひ聴いてみてください。曲順考えるの難しいけど楽しかった。。

 それではまた。

 

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(以下、令和5年19月日追記)

補稿:“ルースターズ史観”について

 大事なことを書き忘れていたので追加。元々The Roostersがサブスク解禁されない〜の記事の中で書いてたことだけれども、この機会に整理し直して記述しておきたい。次に書く『ニュールンベルグでささやいて』『C.M.C.』といった1982年録音作品の記事へのつなぎとしても。

 

前提:“はっぴいえんど史観”のオルタナティブの必要性

 ご承知の向きもそこそこあるかとは思うけども、日本の音楽シーン、というかそれを色々と眺めて体系づけみたいなのをしたがる人の中では、はっぴいえんどこそ後の日本の様々な音楽に結果的に影響を与える根源と見なすことができ、なのではっぴいえんどを起源に歌詞にしろ音にしろ物事を考えるととても通りがいい、と気付いた人やそれに賛同する人たちが結構いる。筆者もこれを全否定するものではないと思うし、確かにこの体系づけで考えると色々便利に見える部分もある。

 しかし、それではどうしても足りない世界観が、音楽性が間違いなくある。筆者はこの補稿で決してはっぴいえんど史観を否定し、そんなもの必要ない、下らない、とか言いたいわけではなく、日本のロックの音楽史を見ていく上で、はっぴいえんど史観を補完しうる便利そうな“偏見”として、“The Roosters史観”なる胡乱なものを提示しようというのである。

 

そもそも“はっぴいえんど史観”とは

 このような体系づけが成立するのは色々と原因がある。はっぴいえんど自体はリアルタイムで大ヒットを飛ばしたとかはないけども、その後メンバーだった大瀧詠一細野晴臣(YMO)の大ヒットや歌謡曲への関与、そして正直はっぴいえんどの頃のものからしたら“変節”とさえ言いたくなるくらいに、歌謡曲界隈の歌詞を書くようになった松本隆などの活躍などによって日本の音楽界に直接的に影響した“上からの影響力”がひとつ。そして細野ソロや大瀧詠一作品に顕著なインディー音楽と親和性のあるマニアック成分や、特に1990年代以降にサニーデイ・サービスやらくるりやら中村一義やらがはっぴいえんどのいなたい魅力を“再発見”したことなどによる“下からの影響力”がいまひとつ。

 こうして考えると、はっぴいえんど史観にははっぴいえんど解散後の大滝ソロや細野ソロやYMO松本隆の作詞家キャリアなどが評価に入ってきて、あれっ、はっぴいえんど単体の話って感じでもないぞ…?と思わされたりもするけど、しかしそれでも、その3者の音楽性やら作家性やらの原型やら萌芽やらが幾らか見られるはっぴいえんどの2枚目にして代表作『風街ろまん』はひとつの象徴として取り上げられ、まあ分からなくもないところがある。

 

 

はっぴいえんど史観”の欠点

 何かと便利なはっぴいえんど史観も完全無欠とは思えない。どういうところか。

 

 ひとつは「中庸的な世界観」になってしまうこと。言い換えれば「個人が発する大きな感情の動き」についての影響力はさほどないこと

 いやこれは、正確にははっぴいえんどの頃の松本隆の歌詞は実はなかなか前衛的で、その後の歌謡曲の作詞家の頃と比べるとずっと尖っていてドロドロした要素もあるにはある。そこのところこそもっと評価されてもいい気はしてる。

 しかし、世間が、特に松本隆自身がプッシュする「風街ろまん」な世界観というのは『風をあつめて』や『夏なんです』に代表されるような、平穏な都市の光景を平熱で眺めてるような視点だサニーデイ・サービス出世作となった『東京』をはじめ、世界観の面ではっぴいえんどフォロワーになる人たちも基本的にこのような世界観に向かうことになる*21

 そこには「ちょっと街中を散歩して、ふとしたことに気づく」みたいな繊細さはあるけども、しかし、個人の視点や意思から発されるぶっきらぼうな攻撃性や、ドラマチックな願望、どうしようもない絶望、といった強い心の動きは、はっぴいえんどの音楽からは見出しづらい。ちなみに大滝ソロや細野ソロもそこまで激しい感情の動きを歌うことは少なく、また松本隆も作詞家となって以降はもっと“世の中に合った歌詞”を歌謡曲に提供していくので、センチメンタルな歌詞があったとしても、それは「作詞家が用意した」センチメントで、歌い手そのものから発された感覚は薄い*22

 そもそも、はっぴいえんど史観に出てくる歌の主人公の視点は、どこかリッチな感じがある。高等遊民的というか。ドラッグとか精神疾患とかはなかなか出づらい世界観だろう*23

 

 いまひとつは、日本語でのロックンロール、あるいはロック的なダイナミズム

 1990年代に再発見されるまで、どうもはっぴいえんどは“フォーク”と理解されてた節がある。実際にフォークかどうかは置いておくとしても、『風街ろまん』の基本的に穏やかな音楽性は後のニューミュージックに直接的に繋がり、それは転じて1980年代のシティポップにもニューミュージックを介して接続しうるものだろうとは思う。しかし、『風をあつめて』や『夏なんです』がオルタナティブロックと直接繋げられる、という気は流石にしない。1990年代に再発見されたはっぴいえんどのロックな側面も、それはBuffalo Springfield等を参照した、どことなくアメリカーナ的な土臭い部分であり、そこにロックンロールは見出しづらい。

 まあ、活動期間が数年しかないはっぴいえんどに幅広い音楽的影響を見出そうとするのはそれ自体、酷なことのようにも思うけども。

 大滝ソロ・細野ソロでのロックの追求もロックンロールというよりももっとサザンロックとかニューオーリンズ・ファンクとかそういったところ。またニューウェーブについてはむしろYMOは渦中の人で影響力の発信元だとは思う。けどもYMOにはなんというか、Joy Divisionに代表されるような神経質さ・暗さのようなものは見出しにくいだろう。

 

ルースターズ史観”なるものの存在しうる余地

 ここまで書けば、何が言いたいか分かるだろう。

 はっぴいえんど史観で日本の音楽を見ていくときにどうしても欠けてしまう要素を割と早い時代に端的に併せ持っていて、インタビューやトリビュート盤などからそれらの要素による後進への影響力もかなり確認できる、そしてはっぴいえんど史観に取り込まれようのない存在*24として浮上してくるのが、この記事の主役であるところのThe Roostersだということを、ここまでの文章は言いたかっただけのことである。

 

ルースターズ史観”の射程範囲

 この胡乱な定規がどのように強引な体系づけに役立つかについて。

 

1. ”殺伐とした”不良のロックンロール

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 この面を代表するフォロワーはBlankey Jet Citythee michelle gun elephantが手っ取り早いだろう。特にthee michelle gun elephantはトリビュートアルバムにも参加していてわかりやすい。

 ここでいう不良はしかし、学校の中でたむろってる的な漫画のような不良のイメージとはまたちょっと違うのかなとも思える。社会性を持てない、美意識のみで不良になってしまったような、そんな頼りなさと裏表の殺伐とした格好良さの不良、これはひょっとして創作上にしか存在しない種族じゃないかとも思えるけども、そういうイメージのネタ元のひとつに、もしかしたらThe roostersの1stはなってるんじゃなかろうか。

 Blankey Jet Cityはしかし、この不良の面だけでなく後述する3つ目の項目にも合ってる気はするな。

 

2. 夢みがちでヒロイックなパワーポップとして

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 これは要するに『DIS.』〜『φ』の頃のドリーミーな頃に対してのトリビュート感覚になってくる。代表的なのはトリビュート盤であまりにも自分たちの曲にしきっていたthe pillowsbloodthirsty butchersで、特に後者は歌い方が全然自分たちらしいのに元ネタとすごく近しいものがあって、まさか歌い方のルーツがルースターズだったのかと驚いた記憶。

 大江慎也の歌い方は、決して歌が技術的に上手いとかそういう類のものではないと思うけども、しかしそうしたものをすっ飛ばしたところで響いてくる部分がある。ときに技術や演技をすっ飛ばした声の出力の仕方がグッと響くことがある。そういう意味ではdipもそうだろうし、直接リスペクトしてるかは知らないけども、ART-SCHOOLとかだって全然この系譜だろう。

 

3. ヒステリカルでエキセントリックな、病的なロックとして

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 この項目が、もしかしたらとても重要で、しかしかなりフィーリングな部分であり、説明が難しい気がしている。何か情念とも衝動ともつかないものが演奏の内側からせり出してきて、演奏全体が、世界観自体が、制御不能の混沌としたものに塗りつぶされていく感覚。ロックバンドが歌と演奏の中でグチャグチャになった末に謎に出力されることのある、強烈に引き裂かれながら炸裂する、ヒリヒリとするあの感じ。

 この感覚について、日本で相当早い時期に表現していたバンドのひとつにルースターズを挙げることができる。それは不幸の結果かもしれないが、その不幸さえこのような概念は糧にして、より強烈で蠱惑的な衝撃をもたらす。だからこそ、音楽性とかを超えてもっと何か根っこ的なところで“ルースターズ史観”なる胡乱なものをぶち上げる気にもなるんだって話。

 この点についてどうしようもなく表現している作品こそが、1982年に録音され、一枚のアルバムとしてリリースされずに複数枚の12インチシングル等で世に出ることになった『ニュールンベルグでささやいて』『C.M.C.』収録の楽曲群ということになる。

 

 

 …ということで、次回はその2枚や関連する楽曲についてのレビューを書くので、その導線としてはこんなところだろうというところで筆を置きます。

 それではまた。

 

(2023年12月3日追記)

 既に上で追記しましたが、その”日本語オルタナ界の『風街ろまん』”になり得たかもしれない楽曲群についてのレビューを書き終わりました。こちらもぜひ!

 

ystmokzk.hatenablog.jp

*1:ロックンロール“も”レパートリーにしてた人ならそこそこいると思うけども、それだけ、となると。また、アンダーグラウンドなところでは結構いたんじゃないかと思うけど、アンダーグラウンドなのでこっちから見えないところでもある。。

*2:大江本人的にはこれらからかなり間の空いた2006年リリースのソロアルバムを初のソロ作品としているため、これら7枚は自身のソロ作品と認めていない模様。

*3:逆に、この九州人ばっかりの中に入っていった山形県出身の下山淳はなんか凄いかも。

*4:実際にオフィシャルに“解散”したのは2004年のフジロックにて。しかもその後の不定期に再結成してライブしている。

*5:鮎川誠は結婚してから北九州市の若松に住んでたとのこと。

*6:特にボーカル交代以降の後期。後期全楽曲の半分くらいは歌詞提供を受けてる。

*7:とはいえ、当の大江慎也本人が後のインタビューで「大した意味はなかった」とか言ってる始末。

*8:それこそ1960年代前半ごろのThe BeatlesとかThe Rolling StonesとかThe Beach Boysとかのリリースペースに近い。

*9:とはいえ本作のレコーディングですでに完成していた大江作の他2曲が次作に回されたりなどしていて、大江在籍時最終作では大江作曲は1曲しか無いことを思うと、本作のレコーディングがこのバンドにおける彼の作曲力の最後の輝きということになる。

*10:参考までに、Aztec Camera『High Land, Hard Rain』が1983年4月、Pale Fauntains『Pacific Street』が1984年2月、C86コンピが1986年、Primal Screamの1stが1987年。

*11:リミックスのための幾らかのオーバーダブは関わっている。主に下山淳だけども。

*12:そこから本作で収録されるまでに歌詞も歌のキーも変わっている。変更前のより破滅的な歌詞も暗いトーンの歌い方も捨てがたく、変更前バージョンもネットで聴ける今日においては、どちらがより素晴らしいかは時折議論されるところ。

*13:このようなタイトルの曲がある割に、別にバンド的には本作が大江最終作になるつもりはなく、普通に大江も在籍し続けるつもりでその後のレコーディング予定も組まれていたというのが不思議なところ。

*14:大江本人の入院等もありバンド側と折り合いが付かず、スケジュール等の都合もあって苦渋の決断をしたバンド側から一方的に“脱退”の事実を突きつけられた形となったらしく、大江本人的には自身の脱退を報道で知って大いにショックを受けたとのこと。

*15:ちなみにこれより前に安藤広一も脱退している。

*16:正確にはこの後のリミックスシングルが最後の関わり。

*17:といっても、ここからいよいよ本当に悪名高い「大江ソロで徹底的に支配する柏木プロデューサー」の時代が始まるけども、それはまた別の話。

*18:これを“U2風”と言うと「自分の方が先にしていた」と主張することが下山淳にはよくある。

*19:音が前作の歪んだものからもっとクリーン寄りに戻っているのも、進化と呼べるものかは疑問。

*20:その曲目が『C.M.C.』だというのがまた。

*21:というか、あえてそのくらい露骨に“風街ろまん”風にしないと逆に「自分たちははっぴいえんどをリスペクトしてます」感が出しづらいのではないか。

*22:例外的に、大瀧詠一『EACH TIME』における松本隆の歌詞は時折、作詞家的な客観性から転げ落ちたような、不安定な、だからこそのリリシズムが見え隠れする気がする。

*23:この点、サニーデイ・サービスの歴史は段々とそういう危うげな要素が滲み出し、そしてそれが突如として噴出した『DANCE TO YOU』が、まるで裏キャリアハイ的な作品となったことは何か象徴的なものもある気がしていて、ずっとその辺のことを書こうとしているけどもなかなかまとまった形にならない…。

*24:これは結構くせもので、ちょっとはっぴいえんど人脈の人間と関係してたりするとすぐにはっぴいえんど史観に組み込まれかねないような雰囲気が少しばかりある気がしてる。まあこの理屈で行くならシーナ&ロケッツはっぴいえんど史観に連なる存在になるけども。