長いキャリアと安定した品質、幅広い作風に奥深い世界観を有した日本屈指のロックバンド*1・GRAPEVINEの、3つくらいの記事の抱き合わせになります。
元々、最近ツイッターでやった各アルバム短評のツイート群を貼り付けてひとつの記事にしようかと思った*2のですが、それだけだとなんだか勿体ない気がしたので、2つくらい別の企画を加えた、以下目次のとおりの3本立てでお送りします。
(2021.6.7更新)
アルバム『新しい果実』のレビューを書いたので、折角なのでこっちの記事も、掲載時期の都合で抜けていた『ALL THE LIGHT』の短評も追加しました。
GRAPEVINEの各アルバム短評
シングルやベスト盤・ライブ盤・コンピレーション、及び今から出るアルバム『All the Light』を除いた、各音源について、それぞれ1ツイートで1枚形式の短評になります。若干の補足を付けます。また、無駄に初期・中期・後期に分けてみましたが、この辺の分け方は議論があるかと思われますので、筆者が単にそう思うだけで深い意味は全くございません。
初期
『覚醒』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月25日
デビュー作で演奏の方向性が完結しすぎてる。音や響きがともかくネチョネチョしてる。近作と較べれば尚のこと。しかしながら最後の『Paces』の気の遠くなるような感覚が、ここからの長いキャリアを思うとこのバンド一番の伸び白の部分だったのかもなあって思う
ともかくデビュー作らしからぬ、手堅く纏まった1枚。リアルタイムでこれ聴いてたらどんな気分になってたかな。初期バインは志向はR&Bやファンクだとしても、出てくる音はリアルタイムのUKロックと共振しているようなブライトさもありました。
◯ベストトラック:Paces
『退屈の花』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月25日
バイン史上最も音や響きがネチョネチョしてる。セブンスコードチックな感じが最も生々しく響いてるんだとか思う。フルレングス1枚目のくせに歌詞の世界観が退廃的すぎて、逆にバンドのひねくれた若さを感じる。『涙と身体』のメロディ辺りに日本一曲が書けるドラマーの潜在能力が出てる
誤字は気にしないで…。前作からの順当な正当進化作でかつ、全体を同じ音やコードの質感しているという意味では、今作でお終い、といった感じ。『愁眠』は歌詞もコード感も含めて、早くもその集大成のような。
◯ベストトラック:愁眠
『Lifetime』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月25日
てんこ盛り感すごい。5分台の曲が多いのが原因のひとつで、その5分台の曲が少ない後半がややパワーダウン気味に感じられる、いやむしろ前半早々に『光について』とかいうこういう方向でのバインの完成しきった大名曲があるせいかも。終盤には『望みの彼方』もありクライマックスに忙しい
今作については、アルバムの山場が全部シングル曲及びカップリング、という部分も含めて、てんこ盛り感がとてもある。つまり『光について』と『望みの彼方』の二枚看板を軸にアルバムが成り立ってる感じを受けてしまう。ちなみにバイン史上最も売れたアルバムでもある。
◯ベストトラック:望みの彼方
『Here』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月25日
前作までの世界観からぐっと視界が開けた感じがする。初期バインの最終作、という位置づけがしっくり来て、それまでのセブンスなコード感も今作ではどこか朗らかでホッとする。『空の向こうから』の西原曲なのにすごく落ち着いたポップさとか。終盤の『羽根』『Here』ときて『南行き』は最高
やはり、これまでにない風通しの良さがアルバムを通してあるんだと思う。冒頭がいつになく優しげで真摯な『想うということ』で、そして大団円のタイトル曲の後に底抜けに明るくぶっきらぼうな『南行き』というところまで含めてスカッとする。ちなみに筆者が最初に買ったバインの作品。
◯ベストトラック:here
中期
『Circulator』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月25日
彼らで一番纏まりを感じられない作品。とりあえずできそうなことに何でも手をつけた感じ?レディへっぽいのあり、コッテコテのアメリカンロックあり、これまでの切ないコードも、優しいバラードも、おサイケもあり。この時期はカップリングも含めて曲調が超多様。今後に活きた部分が大
本当に何でもかんでも出てくるなーと聴き返してて思う。『lamb』みたいな『スロウ』路線の曲も入ってるがら余計に。ベースの病気による離脱を受けて、逆境の中もがいた跡なのか。アルバム全体の尺は彼らのオリジナルアルバムで最長の1時間越え。アルバム終盤に散見されるサイケデリックな作風は初期の『Paces』等からサウンドが発展していっている感じがし、今後のサウンド(というか次作)に特に大きく影響した。
◯ベストトラック:アルカイック
『Another Sky』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月25日
前作と打って変わって、不思議とすごく纏まりを感じる一枚。全編に仄かなサイケデリアが漂っているのがそれなのか。バイン式ゴリゴリロックも挟みつつ、結局はメロウな質感のまま『アナザーワールド』1曲にしっかり収束するアルバム構成は彼らのキャリアでも最も流麗な地味さだと思う
冒頭曲の幽玄な世界観や、最終曲が『Lifetime』以降続いていたお遊び系の曲でなく真面目なこともあってか、全体に淡くもの寂しい雰囲気があり、最も元気な曲が今作で脱退するベーシストの楽曲というのがまた皮肉。個人的には2002年の音楽はぼんやりとしたものが多いと思っていて、これもまたその例のひとつと捉えてる。『アナザーワールド』の虚空を描いたようなサウンドはその極み。
◯ベストトラック:アナザーワールド
(追記)全曲レビューを書きました。以下の記事です。良かったら是非。
『イデアの水槽』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月26日
また実験臭の強い作品集だけども、作中のトーンはややダーク目で統一されてる感じ。冒頭『豚の皿』と中盤『SEA』『Good Bye my World』の流れが大きい。ほぼ今作だけ感のあるミッシェルガンエレファント風味の曲はなんだったんだろう…。ここから演奏陣がずっと安定してるのすごい…
ミッシェル風味の楽曲が多いこともあって、ボーカル田中が叫んでる場面が最も多い作品に違いない。ミッシェル風味なのは『シスター』『ミスフライハイ』『鳩』。他にも怪物曲『豚の皿』やファンクな『Suffer The Child』でもシャウトしてる。新体制の混乱を、勢いとユーモアで防ぎきった感じか。なお今作にて遂に12曲中10曲がドラマー亀井の楽曲となる。あと、筆者がリアルタイムで初めて聴いたバイン作品。
◯ベストトラック:アンチ・ハレルヤ
『Everyman,everywhere』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月26日
久々のミニアルバム。地味では…?いつからか始まったローリングストーンズ歌謡的な路線は『Metamorphose』でかなり鉄板感出てる。透き通った隙間感の2曲目、4曲目と、清絶なストリングスの利いたタイトル曲。サウンドが安定した分ミニアルバムは作品の特徴が出にくい気が
収録楽曲はどことなく「アルバム曲・カップリング曲の隠れた名曲」的な趣があるものがずらり、という感じ。この時期にもなると初期のセブンスコード感な響きは全く残っていない*3。響き的にはむしろ『Another Sky』に近いか。あと今作で既にはっきりとメジャーキーな楽曲は消えてしまっている。初回盤特典DVDが、ライブ演奏を10曲も収めてありともかく豪華だった。
◯ベストトラック:Metamorphose
『deracine』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月26日
また歪なフォルムの曲を幾つか含む作品だけども、今作は10曲というサイズに各曲がぴったり嵌っててとても好き。終盤三曲の曲順、特に最後に『スカイライン』でさらりと終わるのが清々しい。そして西川ニキ渾身のポップソング『放浪フリーク』は大好き。あと全体的に残響感が寂しげでいい
中期で筆者が最も好きな作品だけど、もしかしたら最も地味なのかも…。しかし、割とジャケット的なモノトーン気味の前半から、『放浪フリーク』で一気にアルバムに色が付いていくような感覚は他のどの作品にも無い良さだと思う。圧倒的に突出した曲が無い*4分、各曲のアルバムにおける“機能”や、それらの接続が際立ってる気がする。
◯ベストトラック:少年
『From A Smalltown』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月26日
セッション作曲という「作曲者:バンド名義」が登場しこの辺からバンド名義とそれ以外亀井曲という感じが強くなる。整理された実験色の前作と歌ものとして整然と整理された次作の間でやや過渡期的な感じも。『FLY』の開放感と『インダストリアル』のアダルティーさの両極が重要か
セッションによる作曲は3曲。そのうちアルバムタイトルに関係する『Smalltown,Superhero』は「どうしてこんなメロウな曲がセッションでできるの…?」という、いきなりこのバンドらしいひねくれた謎が横たわってる*5。「This is 亀井メロ!」なメロディアス・ポップな楽曲が終盤に偏ってるのも特徴。特に『棘に毒』は下手なシングルよりもシングルっぽい、バインっぽい心地よいポップさ。
◯ベストトラック:FLY
『Sing』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月26日
「バインのメロウで奇麗な歌もの」をこれでもかと詰め込んだ作品。そういう曲の割合が他と較べてずば抜けてて、その分『女たち』や『フラニーと同意』あたりの変な曲のありがたみが強い。シングルも多く、カップリングからも奇麗な曲を拾っている。漏れた『エレウテリア』さえ人気曲になる程
ともかく歌に集中しまくった作品。楽曲やサウンドの実験は『CORE』『女たち』2曲に集約され、前者はRadioheadみを、後者はお遊び感を極めてる。メジャーキーな楽曲もシングル曲2曲のみで、残りはひたすら亀井流必殺の泣メロがひたすら続き、『スロウ』路線のメロディも所々で帰ってきている*6。2007年という、バンドアーティストにおけるシングル文化が死にかける前の時期とはいえ、3枚もシングルを切り、そこから5曲も収録されている。後述しますが、収録漏れの楽曲も充実している。
◯ベストトラック:Wants
後期
『TWANGS』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月26日
端正な歌ものを極めた前作から一転、一気にそれまでのバインフォーマットを更新した作品。Wilcoをはじめとした海外インディ勢のサウンドに大いに傾倒し、曲構成の先鋭化やサウンドの組み方、そして田中の歌い方も低音が増えた。今作で一番ポップな『Darlin' from hell』からして渋みが絶妙
2曲目から英詩だったり*7、3曲目で長尺でアメリカーナな作品をやったりと、色々と根本的に変化していこうとするバンドの姿が見える作品。Wilcoをはじめとしたそういうものの影響がここから非常に増していく。作中特にポップなのは『Afterwards』『Darlin' from hell』の2曲だけども、どちらも「典型的なバインのシングル曲」みたいな要素は微塵も無い。割と『Sing』の名残を残す『小宇宙』『フラクタル』の2曲がアルバム後半のかなり近い位置に収録されていたりもするのも、新しいバンドサウンドを前半で聴かせたかったためか。
◯ベストトラック:Darlin' from hell
『真昼のストレンジランド』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月26日
より洋楽的に展開し、サウンドスケープはバイン史上最大の雄大さを誇る。乾いた楽曲群はサザンロックありブルースありまんまWilcoやん!な大名曲『真昼の子供たち』ありで幅広くもしかしアルバム通じての異国感に浸れる具合がとても素晴らしい。最高傑作かもしれんと思う
一番Wilcoみが高いのはこのアルバム。勿論Wilcoばっかりでもないのだけど。でも『This Town』『真昼の子供たち』『ピカロ』辺りはWilco的なアメリカンロック感が強い。メジャーキーの曲が比較的多いのも、荒涼とした大地を彷徨ってる感覚にさせる。マイナー調の楽曲でも、ウェットな響きは丁寧に避けられてる印象で、砂っぽいブルージーさやジャジーさに仕立てられている。『おそれ』『夏の逆襲』のキラキラした感じも、『Dry November』のうっとりするようなノスタルジックさも、何もかも素晴らしい。
◯ベストトラック:真昼の子供たち
『MISOGI EP』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月26日
前作の広大さのコンセプトから滑り落ちた要素を拾い上げたようなミニアルバム。タイトル曲はクソダサや思う…。タイトなバンドサウンドに回帰した感じが全体的に漂う。遂にメジャーコード全開のポップな曲が消えてしまった。『ANATA』のしっとり感はやはり『Sing』以前と異なるメロウさ
冒頭のタイトル曲からして、前作の広大な感じとは真逆のタイトさが強調される*8。全曲日本語をローマ字標記にしたタイトルであり、また全曲亀井曲。前2作で一気に増えた使用楽器の数を相当に削ってる。特にリズムのタイトさにバンドの意識が行ってるのだと『ONI』『RAKUEN』などを聴いてて思う。
◯ベストトラック:ANATA
『愚かな者の語ること』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月26日
旧来の王道さやしっとり加減を少し取り戻した上で10曲さくっと、って感じの短編集的なアルバム。おとぼけな曲の自由さとシリアスな曲の静寂感とのギャップが心地よいのは曲順の妙か。痛快なカントリー曲から漠然とした最終曲への流れがとても好き。何気にポニキャ時代最終作
アルバムタイトルや楽曲タイトルの並び具合の格好良さで行けば最高傑作だろうか。ローマ字の全く入らないタイトルの並びやその言葉のチョイスはまさに「短編集の目次を眺めているかのよう」な感覚。冒頭『無心の歌』は少しばかり従来のバインっぽさがメロディや演奏に香る。続く『1977』の乾ききったセンチメンタルさが地味に鮮烈。乾きと潤いのバランス、ユーモアセンスの混入具合も丁度いい。どポップでカントリーな『片側一車線の夢』から作中一番不思議な『虎を放つ』の流れが秀逸。
◯ベストトラック:虎を放つ
『Burning tree』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月27日
前作や前々作の乾き具合から、サウンドに水分なり湿気なりが一気に増した一枚。1曲目から水がジャブジャブだし…。静寂の湿り具合がこれまでにない感じがする。『アルファビル』が特にその辺とWilcoみとのバランスが良い。でも一番好きなのはアルバム未収録の『吹き曝しのシェヴィ』
レーベル移籍後1作目。バンドが従来持ってた『Sing』的なウェットさが、『TWANGS』以降のプロダクションの凝り方で再び表出してる感じがある。たとえば『Weight』辺りは『Sing』に入ってても違和感なさそう。一方で『IPA』はここ数年のバンドサウンドを抑圧的に活用した楽曲で、エモい。最終曲『サクリファイス』の淡々と仕上がっていくサウンドの超然っぷりも神々しい。あと『死番虫』ってタイトルはまた凄いな…。
◯ベストトラック:アルファビル
『BABEL, BABEL』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月27日
遂に作曲者バンド名義のセッション楽曲が作中最多数を占めることになった作品。前作から地味に極端。セッション中心のためか実験色の強さは地味に史上最高級。曲想も『Golden Dawn』等の訳分からなさからどポップな『TOKAKU』まで様々。一方の亀井曲はどれもポップでバランス取れてる
前作のしっとり加減はどこに行ったんだよ!って思わずのけぞりそうなぶっ飛び具合が早速2曲目『Golden Dawn』から始まる。言葉遊びもエレクトロな処理も4つ打ちもギターフレーズも、ともかく遊び倒した、かつてなくユーモアしかない怪曲にして快曲。他のセッション曲もサイケなもの、纏まったもの、カオスなものと多様。インタビューによるとともかく多くの時間セッションをして、その中の良い部分を抜き出して広げていくというとてもゴージャスかつ大変そうな手法。亀井曲は『SPF』の爽やかさや『Scarlet A』のメロディアスさなど、きっちり要点を締める。
◯ベストトラック:Golden Dawn
『ROADSIDE PROPHET』
— おかざきよしとも (@YstmOkzk) 2018年12月27日
20周年とか関係なくまた随分地味なアルバム。激情やら陶酔やらを一掃したような平坦なムードがアルバム全体をじわりと支配する。その中で『Chain』は彼らのWilco的アプローチの曲でも特筆すべき豊かさ。後半はいよいよ穏やかな曲が多数を占め、今作ならではの世界観が見えてくる
変な話、「冒頭3曲が浮いてる」と思う。アニバーサリー感出してきた『Arma』に、しっとりと皮肉の利いた2曲が終わって以降に、今作ならではのぼんやりと乾いた楽曲群がたち現れてくる。『楽園で遅い朝食』からの3曲、特に『世界が変わるにつれて』の長閑さはバイン史上でもかつてないレベル*9*10。あと『Chain』は名曲ですね*11。Wilcoみが今作特有のぼんやり感をしっかり含んだ上で、穏やかにポップに展開してる。
◯ベストトラック:楽園で遅い朝食
(2021.6.7追記)
『ALL THE LIGHT』
プロデューサーにホッピー神山を招いて製作され、録音メンバーもいつもの5人から変化した、ちょっとした異色作*12。プロデューサーから要請を受けて書き下ろされた田中曲が2曲あったりと不思議な感じで、キーボードも普段演奏している人と違う、という具合で、結構不思議なアルバムになってる。かと思うとタイトル曲的な楽曲が往年の歌ものバイン感全開だったりと、なかなかフワフワしてて掴み所が分かりづらい感じもする作品。
○ベストトラック:Era*13
『新しい果実』
セルフプロデュースでいつもの5人組に戻ったのに、バイン史上最も過激でダークなサウンドと歌を持った作品に。田中曲は5曲とかつてない大抜擢になっており、それらがどれも彼らしい”変な曲”であることで、アルバムの雰囲気が大きく決定づけられているかもしれない。R&B的なのを基調にする彼に対し、バンド側も実に実験的なアンサンブルで返していて、ギターサウンドを中心に奇妙な点が多々。その極みな『ねずみ浄土』を冒頭に置くというぶっ飛び方が一周回ってキャッチーで、これまでになく広範な層を引きこみつつあるような感じも。
全曲レビューを以下の記事で書いています。そちらも是非。
○ベストトラック:ぬばたま
GRAPEVINEカップリング曲ベスト10
あくまでも筆者の趣味・主観に沿って、上記「各アルバム」に含まれない、所謂シングルのカップリング曲のうちからベストな10曲を選びました。順番は単に年代順です。
なお、上記条件から、カップリング曲だったけど後にアルバムに収録された曲は除かれます*14。
1. 嘘(収録シングル:『白日』)
初期バイン的なネチャっとした、まあ言えばセクシャルでやや下世話な感じが、この曲は一番出てるのかも。脱退したベーシスト西原氏は特にこういうネチョネチョしいセブンスコード感の強い曲を書いてた。
かなりデッドで無骨な録音がかえって、この曲のひねた雰囲気を強調する。The Beatlesっぽいコーラスワークも所々のピアノワークも、皮肉の利いた仕上がり。小さなライブハウスで聴きたい感じの鄙びた感じ。
2. 窓(収録シングル:『光について』)
上と同じ西原氏の曲だけど、こちらは氏のひねた作風からやや離れて正統派で、穏やかにバラードチックで叙情的な楽曲。特筆すべきは、バインの歌詞のある曲で唯一の非田中作詞曲だということ。歌詞も西原氏が書くことで、彼個人の世界観が色濃く現れている(に違いない)。
サビのメロディも淡々としていながら流麗だけど、当該シングルA面の亀井メロディのドラマチックさと較べると、より疲れ感というか、ブルージーな響きを持たせてある。ギターのフレーズもオルガンも、やはりそういった雰囲気なのを見るに、途中脱退も含めて、彼は期せずしてバインにおけるブライアン・ジョーンズみたいな立ち位置になってしまっている*15。そう思うと、流石に田中と較べるといささか分が悪い、無骨で実直な歌詞が切ない。
夢の様な景色は心の中で
灯りをつけたまま忘れ去られてく
3. その日、三十度以上(収録シングル:『ふれていたい』)
エレキギターの弾き語りから始まり、じりじりと盛り上がっていく不思議な楽曲。ストリングスまで動員されて静かに盛り上がるかと思えば、最終的にディストーションギターがグワーッと入ってくるのがエモい。終わり方の、ギターノイズが後ろに引っ込んで淡々と、リズムだけ残るかと思ったら…なアレンジの仕方も挑戦的。このシングルから始まる「とりあえず『Here』でいい感じに纏まったから、これからは色々手を広げていこう」感が、もしかしたらこのシングルで一番強く出てる楽曲かも。
4. パブロフドッグとハムスター(収録シングル:『Our Song』)
『Circulator』の時期は最もシングルが多く、4枚も出している。なのでカップリング曲コンピレーションアルバム『OUTCAST~B-SIDES+RARITIES』の全17曲中の実に7曲がこの時期の曲。
その中でも一番奇妙で、また一番ライブで演奏されてきたのはこの曲。ソウルでファンクな楽曲で、妖艶な間と、どう聴いても「スガシカオ」と言ってるようにしか聴こえないフレーズを持つ。サビ(?)では奇妙なコーラスも聴かせたりして、中々にストレンジな仕上がり。
ライブではもっとディープでサイケな演奏になる。田中作曲であり、彼は時々こういう変にライブ映えする奇妙な曲を書く。
5. It Was Raining(収録シングル:『会いにいく』)
メンバー脱退後最初の音源に収録されたうちの1曲。『その日、三十度以上』と同じく弾き語り形式で演奏が始まるが段々バンド演奏が入ってくる。長調な『その日〜』と較べるとこちらはマイナー調で、Neil Young的な鄙びた雰囲気があったかと思うとサビではこのバンドらしい、ソウルとブルースの中間のようなフワフワしたコード感とアレンジになる。ちなみに『その日〜』もこの曲も田中作曲。なので対比がはっきりする。
ちなみに当該シングルは、ベース脱退後の残された3人がそれぞれ1曲ずつ書いている。三者三様にいい楽曲で、どれもメロウで寂しげ。
6. エピゴーネン(収録シングル:『FLY』)
ポップで穏やかなメロディを持った快作。冒頭からのフィードバックギターの多様や、ふやけるようなシンセの使用等には『TWANGS』以降に繋がる要素が垣間見え、しかし楽曲自体はこの時期的な、かっちりと作り込まれたメロディ展開を持つ。AメロBメロサビはともかく、Cメロまである。サビのメロディも地味ながらポップに泣きが入っており、どうしてアルバムに入れなかったんだろうってくらい、地味に作り込まれた楽曲。
7. エレウテリア(収録シングル:『超える』)
『Sing』の時期のシングルにままある、美しいメロディを持ったカップリング。ベスト盤に際しての収録曲決めの人気投票で、まさかのA面より高順位を得たため、初回限定盤のカップリング集だけでなく、ベスト盤本編にも出張る*16という快挙を果たした。
確かに、冒頭の頼りないギターのフレーズからして憂いの影が鮮やかで、またサビのメロディは優雅で美しい。アルバムに収録された他の優美な曲と較べると、演奏も激しさを控えたソフトなもので、確かに気品の高さはアルバム収録曲以上のものがある。サミュエル・ベケットの戯曲の題から取られたというタイトルだけのことはある。
というか当該シングルはもう一方のカップリング曲『また始まるために』はアルバム『Sing』に収録され、『超える』も当然収録され、そしてこの曲もベスト盤収録と、中々凄いシングルになった*17。
『超える』に較べると『ジュブナイル』のカップリングはもっとカップリングらしいカップリングの2曲になっていると思う。特にこの曲は8ビートにグイグイくるベースラインが乗り、ロックな勢いが爽快な具合に響く快作で、何故か『真昼のストレンジランド』の頃のツアーで「激押し曲」として頻繁に演奏された。
ともかく自由に勢い良く弾き倒すギターが気持ちいい。また、間奏から急に静かになりすぎる展開もいい。これは間違いなくライブ映えしまくる。歌詞も小説ジャンルとしてのSFの話を軸に実に自由で闊達な言葉の広がり方をしており、何の話や?っていうユーモラスな中に皮肉と前向きな開き直りを絶妙に混入させる、田中の歌詞でも極上のバランス感覚の代物。
9. hiatus(収録シングル:『疾走』)
『Sing』より後になるともう、シングルは各アルバムごとに1枚*18というスタイルになってしまった。ダブルA面だったりすると尚のことアルバムに収録され、アルバム未収録のカップリング曲は現状、この曲と次の曲しかない。
それでこの曲。静かな中にギターの澄み切ったトーンが交錯する、ポストロック風味の強い楽曲になっている。ボーカルもファルセット気味に歌唱しており、聖櫃な雰囲気が漂う。なるほどアルバム『TWANGS』のアメリカーナな具合を思うと、割と真逆な雰囲気を持つこの楽曲が収録から漏れるのは当然だなと。しかしながら楽曲や演奏の組み方、特にギターのテクスチャー的なアレンジ方法は完全に『TWANGS』以降な仕上がりで、非常に豊穣な楽曲に仕上がっている。
10. 吹曝しのシェヴィ(収録シングル:『Empty song』)
レーベル移籍後のバインでは唯一のアルバム未収録曲。上の曲と同じく、同時期のアルバム『Burning tree』のウェットさと真逆の、アメリカンで乾いた空気感を強く有する楽曲。つまり筆者は趣向的にあのアルバムのどの曲よりもこの曲が好き…。
シンプルなコード進行から、この曲がバンドセッションにより作られたことがなんとなく分かる。そう思うと、本人たち曰く「楽器があまり噛み合ってないようなアレンジ」という演奏のトリックの数々が、非常にシンプルな構成とメロディを持つこの曲の奥行きを豊かに盛り立てていることに気付く。本当に、このバンドの音楽的側面におけるギター西川氏の貢献って本当に大きいなあ*19と、つくづく思わされる。
GRAPEVINEの変なタイトルの曲集
GRAPEVINEのスリリングなところのひとつに、言葉選びの面白さがあると思われますが、そのセンスが文学的で胸を打つときもあれば、皮肉めいてたり、時には変なユーモアセンスになって珍妙に表出したりします。今回の記事の締めとして、ここではそういう曲を集めてみました。
1. いけすかない(収録作:アルバム『Lifetime』)
彼らで一番売れたアルバムの冒頭がこの、普段生活ではそんなに使われないと思われるこの単語であることのインパクト。おそらくこの単語自体をこの曲で知った人もそこそこいるはず。ゴージャスにロックな演奏でありながら、決定的なところは確実にひねくれている、シングル等の路線とは異なった意味でとてもバインの王道な楽曲。
2. ナポリを見て死ね(収録作:アルバム『Here』)
薮から棒に何!?って感じのタイトル。重厚なロックに仕立て上げられた楽曲の中で、当該アルバムくらいからより幅を持って広がっていく、皮肉ともユーモアともつかない言語センスが、まずこの曲で一気に羽ばたいていく。タイトルもタイトルなら歌詞も歌詞で「一体何の話…?」って感じで読んでて面白い。当該アルバムの歌詞カードが読みにくいのが勿体ないくらい。
3. きみが嫌い(収録作:シングル『discord』)
この直球具合。某国民的バンドに対する当てつけ!?いいえ当該シングルは2001年リリースで、某『君が好き』は2002年なので、決して当てこすりではありません。楽曲自体は初期Oasisの心地よいグダグダさを思わせる楽曲で、というか時期の割に初期バインっぽさが残ってる曲。冒頭からタイトルの内容が歌われるのでインパクトデカくて笑ってしまう。
4. マダカレークッテナイデショー(収録作:アルバム『Another Sky』)
いよいよ何を言ってるか分からないタイトル。バイン史上でも最も訳の分からないタイトルではないでしょうか。楽曲自体はシャープなギターカッティングが印象的な、無骨にロックでファンクな曲*20。歌詞にはモーパッサンの小説にまつわるフレーズが複数含まれていて非常に自由。「It's funkyモーパッサン!」って叫ぶサビはいよいよ何が何だか分からんよ…。うっすら緊張感のある静寂とサイケデリアが支配する当該アルバムにおいて、思わず「はぁ…?」となるいいアクセントになっている。というかこういうハードにロックな曲は変な曲名が付く確率がそこそこ高いですね…*21!
5. 大脳機能日(収録作:シングル『FLY』)
やはりタイトでハードなロック曲にこのタイトルだよ…*22。というかセッション作曲が売りのこのシングルにあってこの一番自由な曲は逆にセッションじゃないのかよ!と別の驚き*23。久々にワウらしさ全開のギタープレイ、更にはクラビネットと、もういかにも“グルーヴィー”なセッションでしかないサウンドのグイグイ加減が楽しい。というか『TWANGS』以降のバインでは死滅してしまった類のノリだなあ。
6. ニッポンへ行くの巻(収録作:『ユニコーン・トリビュート』)
面白いタイトル縛りだったら外したくなかったので入れた、非バイン曲。あの奥田民生がいたユニコーンの楽曲にして、作詞作曲はあの奥田民生なので、しかもユニコーン時代なので尚更変なタイトルの曲を沢山作ってますが…。それをバインがカバーしてるので、力技気味にこのリストに入れた次第。カバー自体は、原曲の妙ちくりんな異国情緒感を全く排除して、「いつものシングルのバイン節」みたいなものに完全にしてしまったもの。なので非常にひねた歌詞の割に演奏も歌も非常に爽やか。逆に性格悪い。
7. フラニーと同意(収録作:アルバム『Sing』)
可憐な歌もので満ちたアルバムの中で『女たち』に続けてアルバムの貴重なアクセントになっている楽曲。元ネタはサリンジャーの小説だけど、ダジャレにしてもなんか親父ギャグに片足突っ込んでませんか…?ただこの曲はこの曲でやたら刺々しくて勢いあって、そしてその勢いのままに病んでてウケる。筋少現役時代の大槻ケンヂが陥ったような自意識のもつれをネタにしてるけども、歌詞のファンキーさのトび具合と意味の持ち合わせが非常に高度で救い様が無い。
この手のハードにロックな曲の中では特にリフがジャリジャリしてて格好いい。終盤のリフの展開もルーズでズルズルしてて最高。この曲だけで当該アルバムのロック要素稼いでるのではとさえ思うほど。
8. うわばみ(収録作:アルバム『愚かな者の語ること』)
当該アルバムでも、メロウでアダルティな中盤を抜けた後辺りでファニーなポップさを振りまくこの曲。やはり単語のチョイスが文学性とおっさんとの狭間感。所謂“行き遅れてしまった”女性を弄る歌詞なんだろうけれど、嫌みになり過ぎないように考えられた設定が“うわばみ”だったんだなあという。終盤の、野球のエフェクトを入れたいがばっかりに歌詞を急に野球に寄せていくという、変なプロセスを経たことが一番笑える。しかしこの曲のメロディはポップで相当いいよなあ。
9. HESO(収録作:アルバム『BABEL, BABEL』)
当該アルバムは英語タイトルが多かったため、日本語タイトルも全部無理矢理ローマ字にしよう、ということになったらしく、その結果生まれたのがこのタイトル…ってよく考えたら元々から「へそ」なのか…*24。当然今作特有のセッション生まれの変な曲の一角で、打ち込み併用の上で妙な単語を一杯降り注ぎ、ルーズなロックを展開する。
10. これは水です(収録作:アルバム『ROADSIDE PROPHET』)
現状最新作における、バイン史上でも屈指のタイトル初見で「…!?」となった逸品。アルバム的にはこの曲からやっと今作らしいぼんやりしたのんびり加減が始まっていく。タイトルの割に水っぽさよりも中東か何かみたいな異国感がするので、タイトルの割に全然ウェットじゃないという性質を持つ。英語でタイトル連呼するサビの超然とした様はもうなんか、シュールさと意味深さとがスレスレって感じ。
いやあバインはいいですね。最新作が楽しみです。
*1:なんかNHKのドキュメント番組か何かの紹介文みたいになってしまった
*2:元々仕事に行きたくない朝に気分紛らわしで始めたけれども、ツイッターでやってしまうとその性質上、後に残りにくいのが難点だなあ、と思って、前回の記事もそうだけども、纏めようかなと思った
*3:『Metamorphose』は確かに初期と同じ方向性のセブンスの響きが隠されてるはずなんだけども、サウンド的には感じられなくなっている
*4:バンドがその気になれば『GRAVEYARD』辺りそういう曲に出来ただろうなと思うけど、あえてそうしなかった感じすら受ける
*5:おそらく、キーボードの循環コードに合わせて皆で作った、ということなんだろう
*6:『Glare』とか
*7:『Vex』ちなみに現状、唯一の完全英詩曲になっている
*8:にしてもやっぱりダサい。「ミソギセッポーウ!」もアレならその後に入るシンセのベタな音色もダサめなので、この辺はあえてやってるんだと思う
*9:『太陽と銃声』がやや近いかなあ
*10:こんな楽曲でも間奏でネルスでクラインなギターソロが出てきて、それでも長閑さを損なわないから、このバンドのサウンドは不思議だなあと思う
*11:こういうタイプの曲はなかなかシングルにならない…でも先行で配信はされてたっけ?
*12:次のアルバムがもっと異色作で、霞んでしまった感じは否めない。
*13:やっぱこういうWilco風味なカントリー曲が好きなんだよなあ
*14:正確には「カップリングのみの曲だったけど、ファン人気によりベスト盤にのみ収録された1曲」はこのリストに入っています
*15:流石に死んではいないけれども
*16:なので、初回限定盤には、disk2とdisk3の両方にこの曲が収録されている
*17:カップリングが『望みの彼方』という『スロウ』みたいなシングルもあるけども
*18:配信限定を入れればこの限りじゃないけれども、でも配信限定シングルって「アルバムに収録予定の無い」カップリング曲が付くことも滅多に無いですよね。そう思うとどうも、配信シングルは面白くない文化だなあと、後追いで収拾する場合なんか特に思わざるを得ない
*19:氏はこの曲の終盤みたいな同じノートを弾き倒した音の広げ方も、Wilcoチックなフリーキーなソロも、爽やかな楽曲のアルペジオも、豊かなスライドギターも、何でもござれのプレイヤーで、しかもそれらのプレイを的確なサウンドの組み方で異化し、特に近年のマンネリ化しそうでしない作品作りを最も支えている。プロデューサーなしのレコーディングの場合は、音楽的なジャッジも彼が中心に行うとの話。プロデューサー適性があるのでは…。
*20:まあ歌詞でファンキーに云々言ってるし
*21:上記ナポリとか、以下数曲とか、『ポリゴンのクライスト』とか
*22:追記。このタイトルはLed Zeppelinの『Celebration Day』を、LとRを一カ所置き換えて『Cerebration Day』(Cerebrationは「大脳作用」という意味だそうです)としたものを直訳したらしいです。元ネタがあるのはともかくそれはそれでしょうもないw
*23:まあセッション作曲始めたばかりの時期だからねしょうがないね
*24:驚くのが「欧米では悪いことをしたらへそに手を当てるよう言われるから」という意味も含んでいたりするから、ただ単に変なタイトルにしているわけではないことが、かえってタチが悪いかも