ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

ソフトロック(a.k.a. Sunshine Pop)諸々:アルバム10枚

f:id:ystmokzk:20211123092237j:plain

 サンシャイン・ポップ、日本ではソフトロックと呼ばれるような音楽の代表作品のひとつに数えられる名作アルバム『Take a Picture』の作者であるMargo Guryanというアメリカの女性アーティストが亡くなったニュースを受けて、自分も彼女の音楽が好きだったので、後年発表されたデモ集も含めてプレイリストを急いで作ったら、思いのほか多くの人が反応をくれました。

 

 

 なのでもう少し、彼女も含む当時の、後に日本において”ソフトロック”と称されることになる色々について、ちゃんと色々と思うところを書いておこうと思います。海外では”Sunshine Pop”と呼ばれていたり、でもその範囲は微妙にソフトロックの範囲と被ってない部分もあるように思えたり、微妙なところです。

 とりあえず”ソフトロック”という語の範囲を示すひとつの指標としては、この本がある程度の権威となるでしょう。

 

 

 なので、以下の文章はあくまで今これを書いている筆者の個人的見解、ということでお願いしておきます。”ソフトロック”というものに関するああでもないこうでもないの文章と、10枚のアルバムレビュー、そしてその10枚から3曲ずつ選んだプレイリストまでを含む記事です。

 

 

ソフトロックの定義や特徴(個人的なもの)

はじめに(一言で言うなら)

 ソフトロックとは、1968年を中心としたその前後の時期の、多彩なコーラスワークとサイケデリックロック以降の多彩な楽器編成をソフトでキュートなポップスに落とし込んだ音楽グループ等の総称だと個人的に捉えています。

 1966〜1967年頃にアメリカ・イギリス両国のトップグループ達がこぞってサイケデリックロックに傾倒し、それまでロックンロールをやっていたバンドが急にフォーク方面やポップス方面への楽曲展開を始めていきます。時系列を辿れば、サイケデリックブームの萌芽となったThe Beatles『Rubber Soul』が1965年12月、その返答として制作され今回取り扱うアーティストにも多大な影響を与えた歴史的名盤The Beach Boys『Pet Sounds』が1966年5月。

 そんな中で、従来のポップスの陸続きのようなそうでもないような、どちらかというとアメリカ西海岸のカリフォルニア辺りの方で、いかにも太陽の光の中子供っぽく戯れるように夢を見るような可愛らしい音楽が多く作られて、そういうやつやそれに似たノリのある音楽が”ソフトロック”と呼ばれるのかなあ、と思います。”ロック”の部分はあまり気にしない方が良さそう。

 具体的に聴いた方がどういうものかすぐ分かるとは思いますが、以下色々と特徴を挙げていきます。

 

細い声とコーラスワーク

www.youtube.com

 そもそもの話、どういうことか1960年代のバンドやグループは大体がコーラスワークがみんなできるようになっていて、様々なバンドが様々なハーモニーだったりをキメていた訳ですが、ソフトロックはそのコーラスワークの行き着いた果てのような音楽、と呼ぶこともできるかもしれません。

 オブリガードもさることながら、ソフトロックの場合は主旋律のメロディもハーモニーが重なったり、もしくは声に大量のリヴァーブが掛けられたり、その両方だったりで、声質よりも、柔らかな声の塊で勝負しに行っているようなところがあります。

 そう、声質が圧倒的な存在、歌の存在感が圧倒的な歌手というのは、ソフトロックではあまり見かけない属性で、むしろ声にクセがなく、そして曲の柔らかさを邪魔しない細く中性的なボーカルが多いのもソフトロックの特徴でしょう。そこに「声ひとつで世界を変えるような天才ではない、けれど、細く弱い声を重ねて美しいハーモニーを描こうとする」そのスタンスの、少しシニカルな感じもする立ち位置自体が、どこか独特な質感を有しているように思えます。

 

『Pet Sounds』の存在

www.youtube.com

 1960年代で最もコーラスワークの上手いグループ、だと様々な議論もあるだろうけれど、コーラスワークを最も上手に、複雑に、多様に駆使していたのがThe Beach Boysだという意見はそれなりにそうかもしれない気がします。メロディラインのハーモニーにしても、オブリガードの付け方にしても、彼らほどコーラスで様々なことを試したグループも珍しいでしょう。

 そんな彼らの金字塔としても、歴史的名盤『Pet Sounds』は屹立しています。いかに天才Brian Wilsonが総指揮を取ってスタジオミュージシャンに演奏させて素晴らしいトラックを作っても、そこに他メンバー含めたファンタジックなコーラスワークが備わらなければ、あそこまで美しく眩しい作品にはなっていないでしょう。その繊細な楽器の響かせ方共々、そのスタイルは大いにソフトロックのひとつの理想形にして目標到達点であり、また様々な”素材”の埋め込まれた鉱脈でもあったでしょう。また、ライブの再現よりも録音芸術を追求した感覚も、ソフトロックに受け継がれていると言えるかもしれません。

 音楽面以外で『Pet Sounds』がもたらしたもうひとつの大事なものがあります。それは、街を堂々と歩いて女の子と遊ぶ男らしい男っぽさではない、もっと内向的で消極的で、ナイーヴで弱々しくも「君」を信じて恋をする、そんなタイプの”歌の主人公像”がここで生まれました。このイメージは間接的に、ソフトロックの「弱々しくも美しく楽しく過ごそうとする」感覚を存在可能にした、と言えるかもしれません。

 

A&Mとワーナー、プロフェッショナルなアレンジ陣

www.youtube.com

 ソフトロックの作品のうちの多くは、A&Mレコードやワーナー・ブラザーズといった大手レコード会社からリリースされています。一般的にソフトロックとされる作品はその大半がリリース当時は全然売れなかったとされる作品で、そんなレコードを大企業が作ってたのはちょっと不思議な感じもしますが、それについては、会社の中に優秀なアレンジャーを多数抱えていたことが関係してくるようです。

 両巨大レーベルの資本の元でたとえば、ソフトロックの素地を作った者の一人とされるBurt Bacharachをはじめ、Nick DecaroやらJack NitzscheやらLeon RussellやらBones HoweやらTommy LiPumaやらといった名アレンジャー達が手腕を奮って、ストリングスだったり管楽器隊だったりといったハンドメイドではどうしようもない装飾を、可愛らしいポップソングに適度に落とし込んでいきました。この辺は、まさに同じことを行って繊細な名作を作り上げた『Pet Sounds』の手法の、様々な角度からの再現のようでもあるかもしれません。

 

やたら短命・そもそも存在が曖昧なユニットたち

www.youtube.com

 ソフトロック作品においては、そのアルバムがそのグループ唯一の作品、みたいなことが頻出します。これがソフトロックというジャンルのなんとなく儚い感じを醸し出している部分もある気がします。

 これは、バンドやユニットが元々あって音楽活動をして作品を作る、というよりむしろ、プレーヤー・プロデューサー側の人物が少人数でササッと作品を作った後に、とりあえず活動するためにメンバーを集めた、とか、グループ名で出した方が売れると思ったから、とかそういう理由でグループをでっち上げてしまうことが多々行われたため、というのが理由として一番大きいかと思われます。中にはそういう事情でもないけど素で作品が少ないアーティストもいますが。

 これは全員に当てはまる訳ではなく、長期間タフに活動し続けるグループもありますし、または昔から活動していてたまたまソフトロックの作品も作った、という事例だってあります。原点でもあるThe Beach Boysなんて物凄く長期間存在してますし*1

 

ブリティッシュ

www.youtube.com

 基本的に"Sunshine Pop"と称されるソフトロック作品は上記のようにカリフォルニアの音楽産業から出てきた作品です。でも、海の向こうのブリテンの国においても、似たような音楽性のアーティストが現れます。『Sgt. Pepper's〜』を産んだ国なので、サイケデリックロックの延長として、それらの音楽は存在している感じもありますが。

 当然イギリスで生まれる音楽なので、これまでに触れたような特徴からちょっと外れてきます。1990年代の超有名バンドの存在によって存在感を物凄く掻き消されたポップユニットのNirvana(UK)もこの一群の中のひと組です。中には、ロックバンド然として始まったはずの人たちが何故か結果としてソフトロック的な作品を作ってたりとか。

 

1970年以降のソフトロック

www.youtube.com

 ソフトロックの名盤とされる作品は何故か1968年に集中します。それらは大概が当時は全然売れてなかったけど、後年になって日本の渋谷系ブームをはじめとした様々なことの中で再評価されたものになります。

 そういった”典型的に儚い”ソフトロック作品は1968年を頂点として次第に減少していきます。それでも1970年代前半くらいまではソフトロック作品は生まれ続けますが、なんとなく、1970年代のソフトロック作品はしっかりとした歌があって、大いに売れたりしがちな感じで、”典型的に儚い”感じが希薄になってしまうように思います。もっと大人になっていくというか、AOR的なものになっていくというか。1968年前後に活躍していたプレーヤー達も、様々な形で成功したり失敗したりします。自身のアルバムは全然売れなかったけれどThe Carpentersにヒット曲を提供するRoger Nichols然り、Harpers Bizarreで売れないロックをやってたけど一転プロデューサーとしてソフトロックとあまり関係ないフィールドで大ヒットを連発するTed Templeman然り、低迷するThe Beach Boysから離れてソロでグラミー賞を取ってしまうBruce Johnston然り。もしくは、パッとしないソロアルバム1枚を残してその後表立った活動が見えなくなってしまうCurt Boettcherだったり。

 この、あまり長期的に活動していく感じのしない、時代の徒花のように忘れられて、忘れられきった後に再評価され始めたような、そんな儚さがまた、ソフトロックだなあって感じもします。

 

アルバム10選

 数あるソフトロックの名作等の中から、自分の好きな10枚を見ていきます。年代順に並べて、各アルバム特に好きな曲を3曲取り出して、最後にそれらを適宜並べたプレイリストも貼っています。何かの参考になればかなり幸いです。

 

1. 『For Certain Because』The Hollies(1966年12月)

f:id:ystmokzk:20211123140553j:plain

 1966年という年は『Pet Sounds』が出て、The Beatlesは『Revolver』とその後シングルで『Strawberry Fields Forever / Penny Lane』を出した頃で、サイケデリックロックがいよいよ様々なグループにおいて花開く1967年の直前、という時期。その時期にこのアルバムで、サイケデリックを通り越して様々なポップに振り切れたアプローチを施した作品を出してきたThe Holliesは、単純になかなか”早い”と言えそう。

 ”マージービートのThe Beatles”の後進バンドとして始まったThe Holliesは、それまではロックンロールのカバー等も含めたアルバムを出していたけど、ここで全曲自作曲で、尚且つロックンロールに限らない広範な影響を”割とそのまま”気味に消化した楽曲群を一気に放出している。この前の作品と聴き比べると、かなり思い切りがいい、というか、飛躍的に変化した印象さえ受ける。

 この時点では、フォークロックもサイケデリックバロック・ポップもともかく何でもやってやれ、という感じで、トータル感はそんなに無いけど、でもそのごちゃついた感じがひたすらポップに作られた楽曲共々、アルバムの”おもちゃ箱”っぽさを演出する方面に働いている。より本格的にサイケに入っていくこの後の2作よりも、子供っぽい感覚は今作の方が上だと感じる。そしてそこに、ソフトロックの隠れた着火点が見える思いがする。後に脱退してCSNに合流するGraham Nashは、どっちかというとここではシュールさ担当な楽曲を書いてる。この人は脱退後の方がソフトロック感あるかもしれない。

 サイケデリックロックによくある異なるテンポを強引に繋げる構成を実にポップなアレンジでやり切る『Pay You Back With Interest』には、このバンドが様々ごった煮なサウンドを”ポップさ”でやり切ろうとする意思の、いい意味での軽薄さと頑強さが垣間見える。ユーモラスなコーラスワークがポップなバンドサウンドの上を飛び交っていく『Peculiar Situation』や、オーケストラサウンドに呑まれすぎな感じも何のそので疾走していく『What When Wrong』も良い。ともかく、ポップのためなら何でもやってやるぜ、って感じのスタンスが、結果的にソフトロック的に響く。それはある意味、バンドに破壊的な感覚やダークなパワーが備わっていないせいでもあるけども、そこがまた可愛らしい。

www.youtube.com

 

2. 『Insight Out』The Association(1967年6月)

f:id:ystmokzk:20211123140829j:plain

 The Associationは不思議なバンドで、演奏能力も流麗なコーラスワークも作曲能力も十分に備わっているにも関わらず、メンバー中に強いイニシアティブを持つ人物がいないために、外部プロデューサーの影響を大きく受けることが多い。最初のアルバムでは、幾つかのソフトロックバンドの初期に現れてコーラスワークを授けていくコーラスワークマイスターのCurt Boettcherがプロデュースしている。

 珍しくセルフでやり切った2ndアルバムがパッとしなかった後に、Bones Howeをプロデュースに招き、外部作家やスタジオミュージシャンも動員した結果、『Windy』の全米No.1ヒットをはじめとした幾つかのヒットを記録。モンターレ・ポップ・フェスティバルでトップバッターで出演するなど、彼らはソフトロック勢には珍しく大々的にヒットしている。

 このアルバムはその流れの中で制作されていて、プロデューサー主導のポップに徹した感じとバンド側の作品とがいい具合に混じっている。冒頭のパブロック風な調子が意外なところだけど、すぐにロマンチックでジェントルな感触で貫かれたソフトなバラード『On a Quiet Night』が始まり、一気に目眩くポップな雰囲気が現れる。その後もそういった調子の楽曲ともう少しビートの効いた楽曲とが並び、アルバムは結構に多様さを含みながらも小気味良く進行していく。今作もうひとつの大ヒット曲である『Never My Love』は、ゆったりしたテンポにメロディ、トレモロギターとエレピやオルガン、そしてコーラスワークが実にしっとりと収束した美しい楽曲。イマジナリーに湧き出しまくるコーラスワークの充実度はThe Beach Boysに引けを取らない。また、不思議なところでは、シタールの響きが時代を感じさせる『Wantin' Ain't Gettin'』は、素でヒップホップくさい感じのドラムのリズムに乗って、まさにヒップホップ的なメロディをハーモニーでやってのける。ハーモニーでライムを刻む様は今日から見てかなり変態的な気がして、今日の地点から見るからこそ面白い珍曲に仕上がっている。いやこれ、ソフトロックとは全然関係ないところで、何気にすげえことをやってるのでは。

www.youtube.com

 

3. 『S.T.』The Yellow Balloon(1967年6月)

f:id:ystmokzk:20211123140733j:plain

 「The beach Boysエピゴーネン?そうです!褒めてくれてありがとう!」って真顔で帰ってきそうなジャケットの背景とメンバーのルックスからも伺えるBrian WilsonフリークスなGary Zekleyが、半ば勢いででっち上げたグループがThe Yellow Balloon。サーフロックデュオのJan & Deanと高校からの友人だった彼は、困難な状況にあったJ&Dのアルバム『Save for a Rainy Day』*2に「半ば強引に提供させられた」自作曲の出来に憤慨して、自身で録音をし直し、その楽曲のうちのひとつ『The Yellow Balloon』をそのままグループ名にしてメンバーを急募してでっち上げた、という、なかなかソフトロックらしからぬ勢いに満ちたエピソードを持っている。

 そんな勢いで製作されたこのグループ唯一のアルバムは、しかしBrianフリークとしての彼の才能が全体に行き渡っていて、いい意味で”ポップの金太郎飴”といった風情がある。『Pet Sounds』冒頭の『Wouldn't it be Nice』に魂持っていかれました、とでも言わんばかりのオルガンのシャッフルビートでコーラスワークでサンシャインな楽曲の連打は単純に強力で、明るい日差しの中で聴けば急にヘナヘナな夏めいてきてちょっとだけ楽しくなるし、そうでもない時に聴けば、ユーモラスでシュールでちょっとだけノスタルジックなその”箱庭”の世界に、それをほぼひとりで勢いで作ってしまった男の不思議な情熱のあり方に、何とも言えず胸が打たれる。

 基本的にシャッフルリズムで弾ける楽曲が強く、特に『Yellow Balloon』はそのままグループ名にしただけあって強力で、“『Wouldn't it be Nice』みたいな曲をもっと聴きたい欲”を直接的に迎え撃てるだけの強さがある。『Good Feelin' Time』も軽快にシャッフルで駆け抜けていきながらも、しかしこっちはアレンジのささやかさが日常っぽさを醸し出し、そこからブレイクでロマンチックに展開するセクションとの往復がファンタジックで面白い。一方で、しっとりバロックポップ的に幕を開ける『Stained Glass Window』において、そういったしっとりアレンジを抑えながらもきっちりと「パパパ〜」ってコーラスを入れ込んで来る様は、この人の頭の中のお花畑の尋常じゃなさを思わせる。やっぱ「パパパ〜」ってコーラスを聴くとソフトロックだなあ、って深く腑に落ちる。

Yellow Balloon - YouTube

 

4. 『Finders Keepers』Salt Water Taffy(1968年1月)

f:id:ystmokzk:20211123140930j:plain

 ソフトロックはバブルガム・ポップと境界を接するジャンルで、どの辺で線引きがあるかは聴く人によるんだろうと思う。バブルガム・ポップにおいてはブッダ・レコードというレコード会社が重要で様々な代表的なレコードをリリースしているけど、隣接的なジャンルということもあり、中にはこのアルバムのような「ソフトロックとバブルガム・ポップ両方の性質を持つ♣︎」作品も混じっている。

 このグループもかなり”でっち上げ”の要素の強い人達で、エンジニアとして何気にすごいキャリアを持つ*3Rod Macbrienが、もう一人のメンバーと一緒にアルバムタイトル曲を最初に勢いで作って、そのシングルが好評だったため急遽メンバーを集めてアルバムを制作した、という経緯を持つ。なのでなのか、やはりアルバムはこの作品のみで、あとは数枚のシングルのみで活動終了している。このタイプのソフトロックバンドは本当に儚い。女性メンバー二人を含む彼らが作り出すポップスは、手を替え品を替え、可愛らしくも時にちょっとシックさも兼ね備えたポップさを振りまいていて、華やかで楽しい。アルバム後半は意外としっとりとアンニュイ気味な楽曲も放り込んできて、確かな編曲能力を伺わせる。1枚で2度美味しいとも言うし、人によっては「後半が地味」ともなるだろう。

 アルバム先頭に置かれた『Finders Keepers』*4はひたすら、バブルガム寸前でちょっと洒落た調子を絶妙に混ぜたような勢いが楽しい。何気にしれっとグルーヴィーにうねりまくるリズムと疾走するリズムには遠い未来のPizzicato Fiveサウンドの雛形のようにも思えなくもない。『I'm Always be True to You』も、冒頭のトランペットを絞ったファンファーレから軽快にシャッフルビートで駆け出していく、優雅でポップな曲。何気に間奏のギターの音が妙な余韻の響かせ方になっているのはJimi Hendrix的。アルバム後半ではブラスの哀愁の感じから一気にモータウンビートでポップなメロディを駆け上がっていく『Love Don't Keep Me Waiting』がとてもいい。

 どうでもいいけど、サブスクだと曲順が全然違う。なんで?

www.youtube.com

 

5. 『Love is Blue』Claudine Longet(1968年4月)

f:id:ystmokzk:20211123141009j:plain

 フレンチ・ポップもまたソフトロックの元ネタであり、隣接ジャンルでもある。後の渋谷系フレンチ・ポップサウンドが散見されたり、Clémentineが日本で大活躍したりといったことがあった。渋谷系からすれば、じゃあ「ソフトロックとフレンチ・ポップ両方の性質を併せ持つ❤︎」ポップスが強いじゃん、ということになるけど、それがもう当時からいるんだっていうのは出来すぎてる。

 Claudine Longetはフランス出身の、アメリカで活動した女性シンガー・女優で、当時のA&Mのスタッフが周到に準備した美麗なトラックもさることながら、何よりもそのウィスパーボイスが非常にキャッチー。ブレスを強調した録音をされたウィスパーボーカルによって、少しフランス語訛りな英語で歌われ、時折フランス映画的に台詞を挿入したりするその楽曲はあざとさの塊。

 そんな”少女っぽさ”の割に彼女自身は、夫の伝手で芸能界を駆け上がったり、その夫と別居・離婚したり、1976年に自身の所有する銃で同居人が亡くなった事件によって芸能界・音楽活動を引退したりと、意外とダーティーな要素が付き纏う。だけど、完璧にカワイく作られた作品は、そんな事実に関係なくいつまでも”あとげなさと優しさの広がる箱庭”を見せてくれる。むしろそんな事実があるからこそ箱庭の輝きも増すまであるかもしれない。

 このアルバムは彼女の代表作とされる。フレンチポップそのものを狙った表題曲もいいけども、ソフトロック的にはそれ以外の朗らかな楽曲が面白い。『Happy Talkはまさに、1968年の段階で既にフレンチな色付けのソフトロックが完全に出来上がっていたことが知らされる。軽快なシャッフルのビート、優雅なアレンジの中でイノセントな可愛らしさを付加するピチカート音の挿入、子供たちのコーラスの挿入など、あざとさの塊で出来ているような、完璧なソフトロック。本作はしっとり目の楽曲も多く入っていて、特に終盤の『Snow』はピアノのリフレインと舌足らず気味なボーカルで始まる冒頭からフラジャイルな雰囲気が詰め込まれた、ドリーミーな質感に満ちた美しく儚いバラードに仕上がっている。あと『Small Talkは、シャッフルビートながら楽しさよりも幻想的な美しさの方へ大きく舵を取った楽曲で、3連フレーズを活かした透明感のある仕上がりにはソフトロックならではの美麗さがある。 

www.youtube.com

 

 

6. 『Odessey & Oracle』The Zombies(1968年4月)

f:id:ystmokzk:20211123141106j:plain

 今回取り上げる作品の中では最も有名かもしれない。ビートの効いたロックバンドとして出てきたはずが、解散までにリリースが間に合わなかったこの作品によってソフトロックの最重要バンドになってしまうのは歴史の不思議な作用。ジャケットはサイケ感が強いデザインだけど、楽曲の方はもっとエヴァーグリーンなメロディやアレンジの楽曲が色々と詰まっている。

 ロックバンドでも有数の”声の細いボーカル”なColin Blunstoneの存在は、その細すぎる声質がかえって独特の情緒・強みがあって、バンド解散後にリリースされた彼の最初のソロアルバム『One Year』もソフトロックの名盤とされ、あの小西康陽氏がライナーを書いている。そんな彼が前編ボーカルを取る、訳ではないのがこの作品の一筋縄でいかないところで、早速2曲目で別のボーカルが出てくる。このメインボーカルが定かじゃない感じもかえってソフトロック的な曖昧さに貢献しているように感じる。キーボーディストが中心人物なバンドのサウンドは、しかし適度にフォーキーなギター等も交えながら進行し、そしてそれをカラフルに切り替わる楽曲展開やそれによって飛び出してくる鮮やかなコーラスワークがキュートにドライブさせていく。

 サイケなジャケットにもあるようにサイケ方面のアレンジは結構本格的に不安になるような音像もあったりする。けれどそういったものと、飛び出してくるようなポップさに満ちた楽曲とが交差する様が今作の魅力でもある。前半はサイケ感が強いところがあるけど、丁度ポップさとサイケさの中間を行くような『Hung Up on a Dream』は今作ならではのスリリングさとポップさがいい具合に1曲に共存していると言える。アルバム後半はより明確にポップな楽曲が増え、頭打ちのリズムでグイグイとお花畑なポップさを振り撒き続ける『Friends of Mine』はその極北。エコーの掛かったコーラスはソフトロックでありソフトサイケでもあるって感じ。そして、ここ日本でもゼクシィのCMに使われたことで一気に有名になったであろう、明朗にポップで逞しくドリーミーな『This Will be Our Year』の、どこまでも澄み渡るような勇敢なポップさ。この曲のこの、不安なんだけど頼もしいような感じは、Colin Blunstoneのボーカルの真骨頂って感じがする。

www.youtube.com

 

 

7. 『S.T.』Roger Nichols & The Small Circle of Friends(1968年6月)

f:id:ystmokzk:20211123140637j:plain

 言わずと知れたロジャニコ。リリース当時の売り上げ不振が嘘のように、渋谷系以降の日本において「ソフトロックはまずこれから始めよ」と言わんばかりにブームになった、数奇な運命を辿ったアルバム。『Don't Take Your Time』と『Love So Fine』は渋谷系アーティストにとってフリー素材みたいに利用され、幾つかの「Don't Take Your Time歌謡」*5や「Love So Fine歌謡」*6を産んだ。

 グループ名からも分かるとおり、Roger Nicholsというソングライター・シンガーありきの作品であり、その高く優しいボーカルは女性と聞き紛うほど。何枚かシングルを出したのちにこのアルバムを発表し、その後何枚かシングルを出した後は裏方として活動するようになり、Carpenters『We've Only Just Begun』等のヒット曲を生み出した。

 語り尽くされているであろう本作について筆者が付け加えられるようなことなんて何も無い。カバー曲と自作曲が半々な中で、The Beatlesの楽曲もアレンジではソフトロックになってしまう*7ことを証明したり、それでもやっぱ有名2曲が飛び抜けて良かったり。『Don't Take Your Time』は冒頭から演奏や歌の入るタイミングが慌ただしくて、コード感が曖昧になるスタッカート気味のストリングス主体のアレンジなど、そのせかせかした感じがメロディの展開で一気にひらけたようになるところに他に代え難いカタルシスがある。特に間奏部分でリズムが8ビートで安定する様はソフト“ロック”って感じもしてくる。小西康陽等によって永遠のソフトロックの象徴に仕上げられたイントロを有する『Love So Fine』の鮮やかに飛び出していくような勢いとドリーミーな旅情のような感覚もまた、多くの人々が憧れ続ける良さに満ちている。そして、後にシングルとしてリリースされたためオリジナルには収録されてはいない『The Drifter』の、落ち着いたポップソングとしての当時の彼の最高到達点の、楽曲の展開によって儚さが溢れ出す感覚は、ひたすら眩くて美しい。後にCarpentersで名曲をものにするだけの説得力がこの曲には溢れている。

www.youtube.com

 

8. 『Begin』The Millennium(1968年7月)

f:id:ystmokzk:20211123141154j:plain

 既に上で名前が出てきていたCurt Boettcherの代表作であり、そして本人のイニシアティブの下まともにリリースすることのできた唯一の作品でもある。コーラスワークに長けたアレンジャーとして1960年代中頃から活躍していた彼だが、完璧主義者ゆえの面倒臭さで多くの場合アレンジされるアーティストとの関係が短期で潰えて、自身の作品についてもBallroom名義での制作楽曲をグループごとボツにしてしまうなど、色々と難儀さに溢れた活動をしている。彼のボツトラックをGary Usherが回収して様々な編集と幾つかの新曲とで作り上げたでっち上げユニットSagitariusの『Present Tense』もまたソフトロック名盤となっていることから、確実に素晴らしい楽曲を作ってはいたわけだけども。

 The Millenniumでの彼の活動は、その完璧主義は楽曲を書くことにはさほど向かないのか、彼以外のソングライターも交えた作品集としてこのアルバムに結実した。当時最新設備だった8トラックレコーダーの性能をフルに突き詰めようとして制作費も制作期間も膨れ上がった話は有名。結果として「これは“始まり”に過ぎません、過ぎませんけど、素晴らしくてもう何も言う事ないですね」とアルバム中で自賛するほどの作品が出来上がった。そしてこれがこのグループの最後の作品にもなった。

 アルバムは、「単にコーラスと曲がいいだけのレコードに留まりたくない」というCurtの意思を色々と感じさせる、後に中村一義が思いっきりサンプリングする楽曲で始まり、どこかユーモラスさと気だるさのある楽曲が連なっていく。彼的には元気で子供っぽいポップスは興味なくて、もっと意識が静かに拡張されるような音楽を目指していたんだろう。フラジャイルな雰囲気をSEやドローン的な持続音がファンタジックに彩る『The Island』は、彼自身のペンで描かれサウンドもその方針であろうことから、彼の目指したかった方向性が垣間見える。アルバムでとりわけ人気の可愛らしいボサノバな『5 a.m.』はそれに比べたら“正しく”ソフトロックしているように思える。アルバムは後半はサイケデリックで奇妙な世界観に移っていき、サイケデリック2曲を超えた先には、霧の向こうでCurt Boettcherが神々しく自画自賛しまくる『There is Nothing More to Say』が始まる。歌詞の面倒臭い自画自賛に反して、この曲の現実が薄まっていくような美しさとそして全能感は、このアルバムの真骨頂だと思う。きっとこの時点では彼も、彼の周りの協力者たちも、これよりもっとすごいものがこれからできるんだと思っていただろうな。

www.youtube.com

 

 

9. 『Take a Picture』Margo Guryan(1968年10月)

f:id:ystmokzk:20211112223556j:plain

 元々はこの人の記事を書こうとして始めたこの記事だけど、年代順に並べると期せずしてこういう位置になるのは驚いた。ソフトロックの狂い咲いた1968年を締め括るに相応しいこのアルバムは、彼女がまともにリリースした唯一のアルバムになった。全曲自作曲で、アレンジ等も達者で多様、程よく可愛らしさと儚さを併せ持つウィスパーボイスも擁する彼女の作品がこれだけしかない、というのは、理解できない以上に飢餓感が湧き起こるものであり、後に「なんでこんだけ高品質のデモを残してるの全然リリースしなかったの…」となる未発表曲集がリリースされたのは本当に幸いだった*8

 彼女自身は元々1950年代終わり頃から既にプレーヤーとしてメジャーレーベルと契約を結んでいて、ジャズにも傾倒して、音楽理論にもコード感覚にも非凡なものを早くから有していた。しかし自作曲を作ろうと思ったのは『Pet Sounds』に衝撃を受けたからで、その衝撃でもって自分で曲を書いて自分で歌う形式で、彼女はこの傑作『Take a Picture』を作り上げた。それはソフトロックでありつつ、この後に本格的にやってくるシンガーソングライターのブームを結果的に先取りした形でもあった。ソフトロックで楽曲を全部自作してる女性シンガーは彼女くらいしか知らない。

 アルバムは、本当に充実している。彼女の声質は、可愛らしくもあり、しかしどこか乾いた風に響く部分もあり、アルバムにはそんな、可愛らしく振る舞う感じと、切なさを漂わせる感じとは別に、同時代的なサイケ感覚なども盛り込まれ、キッチュさばかりのアルバムになっていないことは重要に思える。冒頭のSunday Morningからして、ヨーロピアンな情緒を硬質なリズムに冷たく絡ませて、リスナーの意表を突く緊張感を有している。この曲はSpanky and Our Gangに提供され、彼女の楽曲で最もヒットした曲となった。その後は、所々サイケさやジャズ要素も交えながら、およそジャケットから予想されるようなドリーミーでファンシーな世界が広がっていく。様々な意欲的なアイディアが楽曲には見られ、ジャジーに崩されてバタバタしたワルツ調で進行していく『Someone I Know』では、途中から伴奏としてJ. S. Bach『主よ、人の望みの喜びよ』の旋律が奏でられ、文字どおり”バロック・ポップ”してみせる。ここでの旋律の取り入れ方はサンプリング的でもあり、彼女は渋谷系的な手法を既に実践していたとも言える。そして、『Pet Sounds』に打たれた霊感によって導かれるままに作ったとされ、それも納得できる『Think of Rain』の、場所も時間も超越したかのようなファンタジックな音世界の、心細いようにも幸せなようにも感じられる感覚。天国と現実の光景が重なって見えるようなこの曲は、彼女が作り上げた『God Only Knows』といったところだろう。

www.youtube.com

 

 

10. 『4』Harpers Bizarre(1969年)

f:id:ystmokzk:20211123141256j:plain

 この10枚でこのアルバムを最後に持ってきたのは、冒頭の楽曲のダウン・トゥ・アースな感覚がソフトロックの終焉を象徴してるとか、そんな取手付けたような話をしたいからではない。元々彼らはソフトロックであると同時に、アメリカの伝統音楽を収集し、掘り起こし、自分たちなりに再構築することをやってきたバンドだ。そう思うと、別にこの冒頭曲に違和感は全然ない。

 Harpers Bizarreはワーナーという巨大レーベルの中に生まれた、経営者の不思議な方向へのエゴを体現した存在だ。当時社内でA&Rマンとして敏腕を奮っていた、後に重役になるLenny Waronkerの采配によって彼らは生まれ、活動していた。同時期に同じように売り上げに関係なく抜擢されていたVan Dyke Parks共々、彼らはソフトロックと呼ばれうるソフトで曖昧な感じにポップな楽曲を演奏しながら、その向こうでアメリカの伝統音楽を捜索し創作することをやってきた。彼らもまた、アメリカーナの歴史の偉大な一部と言えるだろう。

 タイトルどおり4枚目のアルバムとなる本作では、上からのポップス要求にある程度抵抗することができたらしく、後に自分も敏腕プロデューサーとなって大ヒットを色々作り上げるバンドの中心人物、Ted Templemanらの選曲・演奏が大幅に認められた。その結果としての全体的なアーシーさなのかもしれない。このアルバムは、ソフトロック的な夢見心地のドリーミーさも保ったまま、いい具合にアメリカの大地色に染まり切った、ソフトなままに絶妙にいなたい、変な取り合わせの作品だ。なので、この作品の独自性は案外特別なものになっているようにも思える。この作品で一度解散して、その後中心人物Ted Templeman抜きで再結成アルバムを出したりする。

 ”ファンタジーに出てくるような”アメリカの田舎村の朴訥さみたいなのが出ている楽曲が散見される。『When the Band Begins to Play』はまさにそんな感じの楽曲で、マーチングバンド風な管楽器隊と、ドリーミーなブレイク部と、終盤の合唱の掛け合いとがひたすらピースフルな光景を描いていく。また、フォークミュージック風の演奏に彼ららしい分厚いハーモニーが被さる『Cotton Candy Sandman』は、フォークから一気にミュージカルみたいに展開していく様が不思議に感動的で、ノスタルジックで、その具合がなぜだか悲しくなってくるような、とても素敵な楽曲だ。彼らがやってきた演劇性の、その可憐にしてさりげなく美しい発露。そして、最早何とその素晴らしさを語ればいいのか検討のつかない大名曲『Witchi Tai To』が今作には収録されている。延々と同じ呪文のようなメロディを展開させながら次第に広がっていくサウンドは、まるで日常の何でもない道路を歩いていたらいつの間にか巨大で眩しい”歴史”と”物語”が通り過ぎていくかのような、そんな謎めいたスケールの大きさを感じさせる。

ystmokzk.hatenablog.jp

 完全に余談。町田洋のマンガ『惑星9の休日』の最後の方に収録された『午後二時、横断歩道の上で』という作品での「その時、この瞬間は永遠なんだなって思った」的なセリフを言う箇所では、自分は『Witchi Tai To』の果てしない感じが浮かんだ。通り過ぎていく様々な瞬間は、実は永遠だったりするんだな、って、だらしなく立ち尽くしながらずっと思っていたくなる。

www.youtube.com

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

終わりに(プレイリストも)

 以上です。

 ソフトロック、その吹けば飛んでって消えてしまいそうな佇まいが魅力的で、長く安定して作品をリリースし続けるのが似合わない属性、というのは、リスナーの身勝手さを凝縮したかのようなエグい構図が感じられなくもないですが、でもそんな駄目な僕なんかを永遠に甘やかしてくれるような、でもそんな甘く感じている間も永遠であるところの瞬間瞬間は通り過ぎていく訳だから…などと考えてたら段々よく分からなくなってなんだか死にたいくらい切なくなってきます。

 バブルガム・ポップスには感じなくてソフトロックに感じてしまうものはやっぱり、この手の切なさだったり、儚さだったりするのかな、と思いました。そんな、静かに脳の奥を焼かれるようなポップさをずっと吸引し続ける行為は、案外これはこれでドラッギーな行為なのかもしれないな、とも思いました。楽しいとしても、過ぎ去ること前提の楽しさ、みたいな。

 でも、そんな「過ぎること前提の楽しさ」を、半永久的に残るレコード盤に残す、という行為は、なんだか矛盾しているようでいて、でも何か運命的なものに精一杯反抗しているようでもあり、そう思うとソフトロックって結構「勇敢な音楽」なのかなあ、とも思えてきます。もしかしたらその”勇敢さ”にこそ、胸を打たれるのかもしれません。

 

 それでは最後に、上で取り上げた10枚のそれぞれの3曲、つまり30曲で構成したプレイリストを貼ってこの記事を終えます。ありがとうございました。それではまた。

 

*1:時代によってはMike Love主導のなんとも言えない懐メロバンドになってしまうけども。

*2:メンバーの片割れで音楽的中心のJan Berryが交通事故によりリタイアした状況で製作された。音質をはじめ様々な残念な点はありつつも、件の提供曲の良さなども手伝って、この作品もソフトロックの名盤のひとつに数えられている。

*3:Jimi HedrixやThe Holliesなんかも手がけていたらしい。

*4:ことわざで「拾ったものは自分のもの」という意味。子供がよく言うワードらしく、そこも子供っぽさを狙ってのことなんだろう。

*5:Cournelius『Love Parade』やPizzicato Five『大都会交響楽』(シングルバージョン)が代表的。

*6:Pizzicato Fiveはこの曲のイントロで『そして今でも』『華麗なる招待』と2曲も作ってしまった。

*7:面白いのは、ここで彼がカバーしたうちの片方『With a Little Help from My Friends』は、近い時期にThe Beach Boysもカバーしてたりする。何かソフトロック作家を刺激するものがあの曲にあるんだろうな。

*8:この未発表曲集では、彼女のソフトなソングライティングの楽曲に混じって、当時の他のアーティストを横目に見ながら自分もやってみた、という風なちょっと趣の違う楽曲も収録されている。ディスコ調の『Hold me Dancin'』、そしてNeil Young式の血走ったロックチューン(!)『California Shake』がそれ。特に後者の格好良さはソフトロックだけに留まらない彼女のポテンシャルが垣間見えて、この路線でもし1枚アルバムを作ってたら…という、もう絶対叶わない望みを抱いてしまう。2007年にリリースしたポリティカルな『16 Words』もそういう楽曲だったし、もしアルバム出せてたら確実に名作になっただろうな。