一個前の記事は、この2枚組アルバムのレビューのための前振りでした*1。これが25組中25組目のアルバム。多くの人がそう思ってるだろうけど、本当に素晴らしいアルバム!何が素晴らしいのか、全曲レビューという形で、できる限り言葉にしておこうと思います。どうやら日本ではライブをまだ全然観れそうにないので、ライブ映像なんかも多く交えて見ていければと思います。
一個前の記事はこちら。
例によって本編となる全曲レビューに行き着くまでそこそこ長いので、適宜必要に応じて飛ばしたり読まなかったり読むのをやめたりタブごと消したりしてください。なにせ、今回取り扱う作品の大切なテーマのひとつは間違いなく「自由」ですから。
(改めて)簡単なバンド紹介と来歴
ニューヨークはブルックリン出身の4人組バンド。“実験的なフォークロックバンド”等の形容を受けています。メンバー全員がバークリー音楽大学校出身。2015年に結成され、2016年に最初のアルバム『Masterpiece』を、2017年に2枚目『Capacity』をリリース。2019年にレーベルを4ADに移し、『U.F.O.F.』『Two Hands』という2枚の傑作アルバムを同じ年のうちにリリースし、一気に重要インディーロックバンドになりました。
メンバー
●Adrianne Lenker(ボーカル, ギター)
13歳の頃に初のソロアルバムを発表し、SSWとしてのキャリアが実はバンド以上に長かったりする、バンドのフロントマン的存在。共作も込みで、このバンドの楽曲は全て彼女によって書かれています。
SSWとバンド両方の活動を継続しているためかなり多作で、Big Thiefが2枚のアルバムで一気に頭角を表した次の年にはコロナ禍で活動を制限されつつも、休養で滞在した森の中から歌もの+インストの2枚組『songs& instrumentals』をリリースしています。
2005年から活動歴があるので幾らか変遷はありつつも、基本的にはフォークを軸とした作曲・作風で知られています。ただ、牧歌的なフォーク・カントリーに留まらず、彼女ならではのまるで“森の魔女”めいた呪術めいた雰囲気や、時にはNeil Youngばりにマイナーコードで絶叫してみせたりなど、その作家性には独特の尖り方があります。あと、同じ展開を執拗に繰り返す作曲技法がかなり特徴的で、今回の2枚組でも何度もこのタイプの曲が現れますが、その展開でも飽きさせず、むしろ必然性を感じさせるところが彼女の曲の大きな特徴のひとつだと思います。独特のひんやりしたコード感を持ってるのも大きな強み。演奏能力も高く、不穏なアルペジオを爪弾きながら歌をこなしたり、強烈なギターソロを自ら取ったりします*2。
一方で、幼少期をアメリカ中西部のキリスト教分離主義のコミュニティで過ごすことになったり、後述のBuck Meekと結婚・離婚してたり、その後フォークミュージシャンのIndigo Sparkeと同性愛の関係になったりと、不思議な人生も有していて、少なからずそのような経験が彼女の詩作に影響しています。
●Buck Meek(ギター, バックボーカル)
Big Thiefがオルタナティブロック的にも成立するようエフェクティブなプレイを様々な場面で展開する立役者。Adrianneとはボストン在住時に出会い、その後ニューヨークで再開したことがBig Thief結成に繋がっています。上述のとおり彼女と一度結婚し、その後離婚はしていても同じバンドで活動を続けているのは不思議で、“深い友人関係”だとしています。実際、何曲かは彼と彼女の共作としてクレジットされています。
バンドでの活動の他にも、WilcoのJeff Tweedy*3のソロツアーに参加したり、Bob Dylanの2021年のプロジェクトShadow Kingdomにも参加する*4など、その実力は相当に評価されており、伝統的なフォーク・カントリーの手法からインディーロック的なノイジーでイマジナリーなプレイまでを包括する彼のギタープレイがこのバンドの、楽曲だけならどっちかと言えばオーセンティックなマナーを現代的にリフティングしている部分は多々あるかと思われます。2021年には彼のカントリーロックの引き出しを開帳するかのようなソロ作『Two Saviors』をリリースしています。
●Max Oleartchik(ベース)
クセを感じさせない、安定したベーシスト。とはいえ、伝統的なフォークソングの枠から逸脱した“ダークな童謡の中のフォークソング”じみたこのバンドのどこか奇形じみた楽曲構造の中でどのようにベースラインを描けばいいのか、不思議なアルペジオの流れにどのようなベースを添えればいいかを熟知している感じがあります。コロナ禍での活動停滞中にはジャズ・アルバムの制作をしていたとのことで、元々そっちの素養の厚い人なのか。
●James Krivchenia(ドラム, プロデュース)
ドラマーでありつつも、エンジニア上がりでもある彼は録音においては楽曲アレンジを先導する役割も果たすタイプの技巧派。彼自身が同時にアンビエント音楽の作曲家で、2020年にはソロ作『A New Found Relaxation』をリリースしています*5。
ドラマーがバンド全体のプロデュースを兼ねるのは、SpoonにおけるJim Enoなどと同じパターン。特に音響面においての意識が高いのもSpoonと似てる気がします。ライブでも全編前に出る感じというよりかは、演奏全体を見てアンサンブルの熱をコントロールするかのような役割を感じさせます。曲の展開に応じてアマチュア的な大きすぎる身振りで身体をくねらせながらドラムを叩く彼のプレイスタイルは、積極的に楽曲に没入してる感じがあって、ライブならではの熱の回り具合を感じられます。あと、ライブのセットリストを「その日の気分によって」決めているのも彼だとか。
本作の特色
2枚組20曲80分13秒
この記事はそういえば2枚組アルバムを25枚見ていく記事の25枚目なんですが、そういう視点で見れば、20曲80分で2枚組*6というのは標準的な長さの2枚組で、1枚に収められないこともない領域には留まっていない量です。2018年から2019年に掛けても、2枚のアルバムになる量の楽曲*7を作っていますが、こちらの2枚はそれぞれ別の場所で録音した楽曲を収録しているらしいところ、今回取り上げるこの2枚組のアルバムは、アメリカの、それぞれかなり離れた4箇所でレコーディングされ、その膨大な録音物の中から20曲に絞られたものとなっています。4箇所で録ったものの混ぜ合わせだから、2枚のアルバムに分ける、とかではなく、そのまま2枚組の作品にしたのかな、と思いました。
2枚組のアルバムが出る、とアナウンスされたのは2021年の11月。それよりも前に本作と同じジャケットで新曲が順番に発表されていて、その次々出てくる新曲の流れからのダブルアルバムのリリースは、なんとなく納得のいく流れでした。しかし、2021年8月のシングル『Little Things』からずっと見続けてきたこのジャケットがそのままアルバムのジャケットになるとは。
アルバム前には8曲も先行リリースされました。順に『Little Things』『Sparrow』『Certainty』『Change』『Time Escaping』『No Reason』『Spud Infinity』そして『Simulation Swarm』。アルバムは10曲入りDisk×2枚で構成されますが、先行曲のうち6曲がDisk1に収録されているので、リアルタイムに追ってた身としてはDisk1はやや新鮮味は薄かった感じ、Disk2は逆にやや地味な感じ*8を受けたけど、アルバムリリースからだいぶん経った今となっては別にどうでもいい感じ。
ちなみにLPではやはり2枚組ですが、それぞれの盤のA面・B面は、どちらも曲数が10曲ずつなので、CDと同じ曲順の上でどちらもそれぞれ5曲ずつ、となっているようです。
4箇所でのレコーディングとそれによる作風の広がり
このアルバムの20曲は、ニューヨーク州、カリフォルニア州、コロラド州、アリゾナ州という4箇所(+α)でレコーディングされた45曲の中から厳選された20曲となっています。2019年の2作を提げてのツアーがコロナ禍でキャンセルされた後、メンバーそれぞれはソロ活動をしたものの、再び集まった際にはぎこちなさがあったらしく、そこで段階を踏んでレコーディングを進めていくこととなった*9ようです。それにしても豪華だ…。
本作の面白いところは、この4箇所でのレコーディングがそのまま本作の作風の広さに直結しているところ。その辺については、以下のインタビュー記事が補足資料として一番分かりやすかったように思います。一通り聴き終わってから読むと、色々と腑に落ちる内容になっています。
どうやら、はじめ50曲もあった楽曲をどのように“調理”すればいいかを考えていく上で、複数のスタジオで試す、という手段が取られた部分もあったようです。実際に、複数のスタジオで録音されたために複数の完成テイクが存在する楽曲もあるようで、そこからアルバムに収録された1つのテイクを選ぶ作業は難航したようです*10。アルバムに入らなかった楽曲もゆくゆくはリリースしたいと語られてますが果たして。
以下、スタジオごとに収録曲を並べてみますが、そのスタジオの特徴がそのまま素直に楽曲に出ているところがあり、それがそのまま本作の作風の広さに直結しています。あるスタジオでは実験的だったり、あるスタジオではオールドスクールだったり。しかし、時折そういった基本を逸脱するような楽曲が混じるのもまた、バンドの挑戦的な姿勢が垣間見える気がします。
①Flying Cloud Recordings(ニューヨーク州北部)
4. Certainty
6. Sparrow
8. Heavy Bend
16. 12,000 Lines
20. Blue Lightning
最初のニューヨーク州北部のスタジオでは勘を取り戻すべく、彼らのサウンドの基本形的なオーソドックス気味な楽曲を録音した、とされています。しかし、同時に延々と繰り返す中でノイジーなギターやコーラスワークで覚醒感を表現する『Sparrow』や、本作におけるAdrianneの音楽的に神経質な側面を鋭く捉えた『Heavy Bend』もこのスタジオで録音されていたりします。
しかしなんと言っても、アルバム最後を締めるリラックスした『Blue Lightning』が本作におけるこのスタジオのカラーの象徴でしょう。
②Five Star Studios(カリフォルニア州)
2. Time Escaping
7. Little Things
10. Blurred View
17. Simulation Swarm
本作の実験的で尖った部分を象徴する楽曲が並ぶのがこのスタジオでの録音。The KillersやAlabana Shakesの録音でも知られるエンジニア・Shawn Everettが活躍したと思われるこのレコーディングからは最小タイの4曲のみ収録ですが、うち3つが先行リリースされている、ということに注意。おそらく、ここの録音物を沢山入れちゃうと、そういう実験的な作風に偏りすぎちゃうんだろうな、と思わされます。
特に上3つはスタジオワークによるアグレッシブな味付けが魅力。『Little Things』なんてこんなの曲なのか?こんなのどうやってライブで演奏するんだよ?と思わせられるくらいスタジオ録音の魔法が効いていて、実際バンドもステージでの演奏に苦労している節があります。4人で演奏できる曲かこれ…?
③Music Gardens(コロラド州)
1. Change
5. Dragon New Warm Mountain I Believe in You
9. Flower of Blood
13. No Reason
18. Love Love Love
19. The Only Place
ロッキー山脈のとある山のてっぺんにあるスタジオで、ここでの録音が結局アルバム中で最も多く収録されています。山奥の神聖で清らかな空気感を感じさせる楽曲として幾つか、『Change』とかアルバムタイトル曲とか『No Reason』なんかにそんな空気感を覚えます。
一方で、どこか冷え冷えとしてメカメカしい『Flower of Blood』や、まるでライブテイクをそのまま録音したかのようなガチャガチャ感の『Love Love Love』もここでの成果物で、少し意外な感じがしたりします。
④Press On Studio(アリゾナ州)
3. Spud Infinity
11. Red Moon
12. Dried Roses
14. Wake Me Up To Drive
Dr.DogというバンドのScott McMickenのホームスタジオであるアリゾナ州のスタジオでのレコーディング。ここでの特徴はやはり、フィドル奏者を交えた、カントリーフレーバーをコッテリ効かせた楽曲群でしょう。ある意味では、これらの楽曲とShawn Everett関係楽曲との間の距離こそが本作の音楽的振れ幅、と言えるかもしれません。奏者であるMat Davidsonはフィドル以外にもコーラスやアコーディオン等で多数の楽曲に参加し、本作の郷愁的な側面に確実に貢献しています。
そんな上3曲は理解できるものの、ここでもやはり、そんな趣旨からどう考えても逸脱してる、どっちかというとShawn Everettとやってそうな『Wake Me Up to Drive』がこっちだったりと、一筋縄では行きません。更には日本盤ボーナストラックで収録されたタイトル曲の別テイクは非常に音響的で実験的な作りだけど、それもこのスタジオ録音だったりします。
+α(マサチューセッツ州のホテル)
15. Promise Is A Pendulum
Adrianne Lenkerの弾き語りをスマホのボイスメモで録音したもの。
2枚組+多様なレコーディングから来る多様な振り幅
上記の事情があって、本作は様々なタイプの楽曲が収録された、2枚組アルバムらしい側面がありますが、少し興味深いのが、これまでの作品には無かった新基軸が幾筋か導入されつつ、以前からの作風の幾らか、特に激情オルタナ路線などは排されていることです。つまり、前作のキラートラックであった『Not』みたいな楽曲が、今作には見つけられません。というか、エレキギターが全開で鳴り響く局面自体が相当限定されているような。
ここに、バンドが「これまでやったことの繰り返しは別にいいから、他にもっと別のまだやってないことをしたい」と自然に動いた結果なんだと思います。というか、冒頭4曲の時点で『U.F.O.F.』や『Two Hands』には無いタイプの、どこか堂々とした、神経質でない、様々に威風堂々と開けた感覚になるところに、このバンドにおける新鮮な開放感を覚えます*11。
そんな冒頭4曲の流れもあって、また比較的キャッチーな既発曲が続くこともあってか、Disk1前半〜中盤の流れはかなりポップに聞こえます。それが変わるのが8曲目に当たる『Heavy Bend』からの3曲で、ここでは『U.F.O.F.』で見せていた魔女的な神経質さが、もっと冷たい質感、それこそ打ち込みめいたサウンドで展開されていきます。ここの流れにとりわけ新規軸が感じられ、特に恐怖映画のサンプリング的な『Blurred View』で締められるのは、冒頭の威風堂々感からすると意外な結末のように思えます。
で、Disk2はそんな不穏な雰囲気が嘘のように、コッテコテのフィドルが入ったカントリーロック感全開な『Red Moon』で泥臭くもぶっきらぼうに始まります。こっちサイドの方がアコギメインな楽曲が多く、既発曲も少ないせいか、良くも悪くも地味な印象を受けます。そんな中で、本作でもとりわけポップソングとして明確なフォルムを持って美しい『No Reason』や、続く『Wake Me Up to Drive』の打ち込みを導入しつつもソフトでポップな感覚は地味に新規軸かも。そして、このアルバムでやや不在気味だった『U.F.O.F.』的な緊張感を濃縮したような『Simulation Swarm』の登場で、雰囲気が急に引き締まります。あとは、ライブ録音みたいな曲、弾き語り、そして本作で最もリラックスしていてかつハートウォーミングな合奏の『Blue Lightning』で幕を閉じます。
全体的に、アコギを使用した楽曲が大半を占め、またコードも平易で、シンプルな繰り返しを続けていく楽曲がたくさん入っています。幅がある、と言いつつ、特にDisk2の楽曲の傾向による印象によって、オーセンティックなカントリーロックのカラーが案外強い作品ではあります。おそらく、バンドがボツにした曲の中には、ここに収録された20曲よりも思い切った・実験的なトラックなんかもあったりして、それが入ってればもしかしたらもっと幅が広がったりもしたのかもしれませんが、それでも、ここに収められた20曲は、4ADより前の時期のもっとインディーバンド然とした音楽性とも、前2枚の感じとも異なる、何かバンドにとって新しいことをちゃんと成し遂げた充実感に溢れています。何よりも、そのどこかリラックスしたまま新鮮であれている感じに、案外惹かれるのかもしれません。そうであるからこそ、自由な空気感にあふれた2枚組になったのかもしれません。
あと、何気ないことだけど、インストが1曲も無いのは大きくて、2枚組20曲の最初から最後まで“歌”が詰まってるのが嬉しいです。
「完璧で破綻のない35分くらいの経験」にさよならする
Buckのインタビュー記事が本作の背景の見取図だとすれば、上記のインタビューでJames Krivcheniaが話しているのはバンド運営における、手管をそれなりにしっかりと分かった上での、さらなるサムシングを求めていくロマンをいちいち的確に表現した、その豊かなバンド運営に憧れちゃうような内容です。それで、その中で彼は以下のようなことも述べています。
僕は個人的にぜひ、自分たちの音楽に備わった異なるスタイル、それらがすべて等しく共存したものをひとつの作品として聴いてみたいと思っていた。(中略)そうやって楽曲をぶつかり合わせ、コントラストを生むことである種の深みを作りたい、と。それによってある意味……んー、いわゆる古典的な、「アルバム」に必要とされるひとつの一貫したソニック体験というか──「完璧で破綻のない35分くらいの経験」みたいなもの、それにさよならする、という。それよりもっとこう、とにかくごっそり曲を録ってみようよ、と。結果、もしかしたら3枚組になるかもしれないし、1枚きりのアルバムになるのかもしれない。ただ、作っている間はどんな形態になるかを考えずに、僕たちはやっていった。それよりもとにかく、たくさんプレイし、たくさんレコーディングしようじゃないか、その心意気だった。その上で、あとで編集すればいいさ、と。4ヶ月の間、あれだけ努力すれば、そりゃきっと何かが起きるに違いない(苦笑)、そう願っていたし、その正体が何かはあまりくよくよ気にせずとにかく進めていった。何であれ、自分たちがベストだと思う組み合わせを信じよう、そこには僕たちを代弁するものが生まれるはずだから、と。
これがもしかしたら、このアルバムから感じられる「自由さ」の、何か象徴めいた答えのようなものなのかもしれません。「完成度」に向かってバンドで神経を尖らせるのではなく、もっと自然にバンドから出てくるものに自由に身を任せて、その湧き出てくるままのものを互いのコミュニケーションで最良の形で収めようとする、そういった手法の雰囲気自体が、本作の無限に風通しがいいような感触の、もしかしたら正体なのかもしれません。「アメリカーナに寄せる」とか「音楽が多様化した現代におけるバンドサウンドの在り方を追求する」とかいった肩肘張ったテーマなどどこ吹く風でやってきた感じのある、バンドという共同体のひとつの理想像を、彼女たちは本作で体現していたんだなと、このインタビューを読むと思います。
本編:全曲レビュー
なんかもうすでにレビューの結論めいたことを上で言ってしまったような気もしますが、ここからが一応本編の、20曲総て、全曲レビューに入っていきます。
各楽曲名後ろの番号は、上述の録音スタジオの場所を示しています。あと、なんとなく、ちょっとだけ歌詞翻訳も付けてみます。Adrianne Lenkerという人のパーソナリティが少しでも浮かび上がってくるように見えてくれれば幸いです。
Disk1
1. Change(4:55)…③
「変わっていってしまう」ということを延々と変わらないコード進行の繰り返しで悠然と歌っていく、静かな哀愁に満ちたカントリーソング。こんな落ち着いてリラックスした曲でこの大作が始まるのは少し意外だけど、でも、はしゃぐでもなく緊張するでもなく、なすがままに楽器を鳴らしてゆったり歌うこの大きい感じが本作に合ってるようにも思えてきた。
レコーディング中の合図の声から始まり、最初はドラムとアコギだけで演奏が始まる。ドラムは最近のこの手の音楽で多い、シンバルを使わずにキックとスネアだけで大きく開けたタイム感を出すタイプ。シンバルの代わりにシェイカーが鳴るところにまた人力味がある。3コードで延々と続いていくギターの渇いたテイストはモロに1970年代のNeil Youngの雰囲気がする。寂しすぎるコミューン幻想の音というか。
歌の途中から、言われないと気付かないくらいさりげなくベースが入って、サビ的な箇所にコーラスワークが増えて、その後に入ってくる、極力クリーンな上に程よくメロウにトレモロが効いたエレキギター(と思われるもの)が地味にとても鮮やか。シンプルな割に5分近くある曲だけど、間奏部分のこのギターの働きの、シンプルなことしかしてないけど、まるで日差しが心地よく揺らぐかのように美しい感じだけで全然聴かせてしまう。コーラスワークといい、いつになく落ち着いたウォームさに満ち満ちてる。
ウォームな演奏に乗せて、諸行無常めいた感覚の言葉を、恋人との離別の痛みも背景に滲ませながら、訥々と歌っていく。
変わっていく 空みたいに 葉っぱみたいに 蝶々みたいに
死は扉のよう 未だ見果てないとこへとつづく
ずーっと死なずに生きてくつもり?
取り巻く総てが通り過ぎてしまうのに
ずーっと泣きもせず笑ってるつもり?
知ってるもの総て消えてしまうのに
そこそこよくあるテーマでも、こうして延々と同じ3つだけのコードを繰り返していく曲で寂しげに歌われるとまた、味わいが不思議に深まる。まして、やたらと時間と記憶について歌われ続ける本作の1曲目がこれなんだから…。
最後のサビ前、「Death, ...」と歌う場面でちょっとだけリズムが強くなるところが、地味にとても感情の籠った感じがして好き。ずっと繰り返しの曲だからこそ、こういうちょっとのことが強く響くことがある。
2. Time Escaping(3:49)…②
感傷的な前曲の感傷をいい意味で振り切って、もう少しサウンド的に享楽めいたものが現れる。Shawn Everettのサウンドの魔法が一番分かりやすく痛快に効いた、不思議なパーカッションの乱れ打ちの中を超然的にロールしていく、インディーロックならではの人力なダンサブルさが快楽的でキャッチーなナンバー。これを2曲目というのはまさに最適解って感じ。
1曲目と同じく録音中の声なんかも初めに入ってるけど、それと同時に、謎のパーカッションの音が、それも2通りの流れが聞こえてきて、本格的に演奏が始まっても、空気感を支配するのはこのパーカッションめいたものの乱れ打つ音。これの正体は上のインタビューにもあるとおり、ブリッジそばの弦に名刺を挿して強制的にミュートしたアコギの音*12。だから微妙に音階もあって、パーカッションの音が旋律めいて流れていくこととなる。今回のShawn Everettの実験的サウンドの中でも最も分かりやすく、そしてカラフルでポップで楽しげな仕掛け。この名刺を挟んだ話は、本作では『No Reason』のフルートと並んで、レコーディングの中でもとりわけキャッチーなエピソードか。
このトライバルなようなしかし妙にグラマラスでもあるようなリズムを軸として歌われる歌も、前曲の感傷的な様から打って変わって、もっと言葉がやたらとリズミカルに溢れ出してくるような、そんな中でメロディというより音階的なキメが入るような歌い方で、Bob Dylan的な崩し方はしないものの、逆にどこかニューウェーブじみたところもある。その上で、この曲にはきっちりと、タイトルコールを変なテンションで変な風に高音に抜けていく展開が用意されていて、これがまた妙にキャッチー。あまりこのバンドに似合わない要素だけど、ダンスミュージック的なトランシーさ・ドラッギーさが確かに備わってるんだと思う。
歌詞も一気に現代的でテクノロジー的で電波的な内容に。というか最初の単語からして「Electric Wave」つまり電波なんだよな。
冬の木枯らしばっかりが生き残る
熱波襲来で草木が茂って 森林火災が高まり消えた後は
凍てついて苦い
不毛の大地はとても冷たく澄んで
雑誌みたく撒き散らし ゴシップみたくクソを見出す
雑草たちは何て?彼ら曰く
「全部、全部、全部ダメになっちゃうよ
どの次元も二つに割れちゃうよ
両手を叩くように 両翼が羽ばたくみたいに
全部、全部、全部がタダなんだよ
結局 総てが塵に、花びらに、溶けた岩に、牧草地に
なっちゃうんだからね」
時ー逃げてくわー 時、逃げていきますわー
でも案外、押韻しまくりの饒舌の中に浮かび上がるのは、前曲と同じく、どこか諦観めいた「All Things Must Pass」な思考。
それにしても、Shawn Everett関与曲は大体レコーディングマジックが炸裂しすぎていてライブで再現不可能そう。流石にライブで名刺挟んだアコギでパーカッションは演奏事故しか起こらなさそう…と思ったら、結構それなりに再現してるからすごい。
www.youtube.comメロディ・コード担当楽器が無いせいで晩年のゆらゆら帝国みたいになってる。
3. Spud Infinity(5:35)…④
打って変わって、シンプルで邪気のないいい具合にバタバタしたコード感と歌い回しで、フィドルを伴いながらコテッコテのカントリーを演奏してみせる楽曲(その1)。イントロからいきなりアコギとフィドルが愉快に舞う様には、折角のフィドル付きセッションをみんなで楽しむぜ!と言わんばかりの空気が漂い、『U.F.O.F.』みたいな緊張感ある作風ではあり得ないような、今作的な軽快さ・自由さ・こだわりの無さが存分に感じられる。
サビ的な部分からいきなり歌がはじまり、フレーズをどこまで伸ばすか、ということだけでざっくりと形作られるその単純明快なサビの野暮ったい抜け具合がまたいい意味で雑で楽しくなる。どこかのインタビューだとこの曲自体を作者が「捨て曲」と見做してたことがサラッと明かされているかと思えば、4、5年前からずっと演奏され続けてきていた曲だともされていて、様々なアレンジの変遷を経て、スタジオ音源としてはこの、まるで先祖返りしたかのようなコテコテカントリー&ウェスタンなナンバーに昇華された模様。
アコギのサラサラした掻き鳴らしとフィドルの程よく鈍臭い流麗さだけで十分完成してそうな曲なのに、こんな曲でもエフェクティブな音色で密かに反響音を放つリードギターが隠し味。あと、最後のサビに入る前の張り切った感じのブレイクの様がとてもピースフルで楽しい。最後のサビ〜終盤のドラムのバタバタした無茶気味なフィルインも愉快。ベースもコーダ部ではここぞとばかりに動き倒してくる。
韻踏みのために後半ニューヨークご当地メニューまで出てくる歌詞にも、何やら楽しげでどこか開き直ったような明るさが差す。サビで散々繰り返す「天体」という語の解説まで始まって、ともかく色々言葉が湧き出る様さえ楽しげだ。
ずっと上から見るとちっぽけで
この場所から見てもちっぽけ
ひとつの特異な生命体 わたしらみんなそうじゃん
みんな蟻を踏んづけるし 植物を食べるし
指一本だけでもダンスの仕方が分かっちゃう
ちょっと違った目線でいけば
過去は歴史書じゃなくて ただ伸びてく認識でしかない
灰から問いへ 塵芥から夕闇へ
ありふれものだね わたしらみんな
でも10セント1ダースでガーリックブレットの皮なら買えるね
www.youtube.com2019年頃の演奏のひとつ。この頃はまだ哀愁の感じがちょっとあって、スタジオ版はそういうのをカットしてカラッとした仕上がりにしたんだと理解できる。
4. Certainty(3:07)…①
1曲目よりもさらにNeil Youngっぽい、『After the Gold Rush』に入っててもおかしくないような、延々と解決しないコード進行でまったりと繰り返し続けていく形式のカントリーロック。リアルタイムで新曲として出てきた時はこの曲の次に『Change』が出てきて、似たタイプの楽曲が続けて出てきて「……?」と思ったりした。
メロディの立ち上がり方、中途半端に解決しないまま展開し続けるコード、サビ的な箇所で強引にメロディをまとめ上げては元の中途半端に解決しない進行にメロディの末尾を溶かしていく感じの頼りない雰囲気などなど、その悉くが本当に、『Only Love Can Break Your Heart』とかみたいな、心地よく引きずっていく感じの解決しなさを有している。なぜ逆にここまでニッチな感覚を的確に持ち出してくることができるのか。
なお、この曲はAdrianneとBuckの共作となっている。アレンジも実にシンプルすぎるくらいのもので、ギターもアコギ2本で殆どコードしか弾いてないし、歌のない間奏の箇所も歌の部分と同じ展開をソロも無しに楽器のいなたい響きだけで乗り切ってしまう。その間奏部分以外はほぼ歌が入る構成といい、途中からずっとコーラスワークが入ってくること含め、本当にシンプルな仕掛けだけで3分ちょっとを突っ切る。最後の中途半端なコード感でそのまま終わるのが妙に寂しげでいい。
その簡素な演奏の中で自由に揺らぎバタバタとフィルを打つドラムの動きが地味にとても映えている。シンプルな演奏だからこそ、曲展開とそれを完全に理解して響きを追加するドラムのプレイが光る。ライブ映像だとその辺がより強調される。
歌詞の中の、恋人との関係性の屈折した感じが独特。騙している相手に依存しているような。
最後のリクエストで名前が呼ばれて
少し休もうと車を止める 「愛してる」って漏らす
横になりたいような ここを離れたいような
偽ってるおかげで生きてる ええ 貴方のお陰
明け方のカラスが啄むみたいにねじれて
芝生の砂地に草の影が伸びる
どうして貴方を嘘で繋いでる?
この確信は激しく揺れてる
貴方には私は子供だって信じてる
平たい場所で貴方がそばで眠るんだ いつの日か
ちなみに、ここまでの4曲で本作の録音の舞台となった4つのスタジオの楽曲を1曲ずつ披露した形となる。4曲ともそれぞれのスタジオの傾向がよく出た楽曲で、そういったメタなキャッチーさがある曲順とも言えるのかも。
5. Dragon New Warm Mountain I Believe in You(4:44)…③
これまでのバンドの楽曲の一部に内在していた「森の奥深くの静謐で清純な雰囲気」のみを抜き出して結晶化したかのような、繊細に紡がれる美しいフォークタッチの曲。そういえばこのバンドは今かつてのCocteau Twinsと同じレーベルにいたんだった、と思わされる類いの、別世界の耽美のルールを備えたかのような世界観を有する。アルバムタイトル曲でもあり、タイトル自体は「お前何言ってんだ…?」って感じだけど。長えし、ドラゴンにワーム…?*13
何気に歌が始まるまでが長く、ジャンクなアコギの鳴りの遠くから何かふわっとした音が湧き出してきて、そして本作でもとりわけ繊細なアコギのフレーズが重なっていく。よく聴くとドラムもブラシでスネアを擦る音が入っている。50秒くらいまで引っ張った後に入ってくる歌は、エフェクトこそ掛かってないものの、その旋律の感覚や歌い回しのシュールな流れ方には、かなりCocteau Twins的な要素が感じられる。特に、曲を展開させる部分のメロディの奇妙な捩れ方に、その影響の強さを思わせる。普通のポップソング的なメロディ感覚からは出てきそうにない類の奇妙なメルヘン風情には、『U.F.O.F.』の感覚を更に静謐な方向に研ぎ澄ましたかのような風情がある。途中から様々なエフェクトやパーカッションが静かに乱れ打つ様は、どこか森の奥の村の奇祭を眺めてるかのような気持ちになる。演奏やコーラスにはなぜか別スタジオの録音でフィドル奏者だったMat Davidsonが参加し、ピアノにスティールギターにコーラスにと八面六臂の活躍をしている。
歌詞もタイトルに関連したメルヘンじみたガジェットが色々出てきつつ、しかし軸になるのはどこか自身の限界と焦燥を理解し切った、苦しく冷めた愛情感覚だ。
電話回線にドラゴンがいて 激烈な炎を吐き出す
銀色の舌で 私のかつての名前を呼びながら
彼女は言う
「こんにちは、私のことも覚えてくれてるのかな」
私たちはぐるぐると巻きついていた
それはちょっとした魔法 魔法 ちょっとばかりの
ちなみに、インタビューによるとこの曲は本作の4つのスタジオ全てで録音が試された楽曲でもあるらしく、これはコロラド州バージョンだけど、日本盤ボーナストラックにはこの曲のアリゾナ州バージョンが収録されていて、こちらはより長尺で、全体的にリヴァーブ感の効いた、音響的でポストロック風味の効いた、実験的でシュールなアレンジになっている。またインタビューでBuckはこの曲のカリフォルニア州バージョンへの愛着を語っている*14。
そして、そんな様々を超越して、リリース後に行われているライブで披露された「ラウドなバンドサウンド」のアレンジが非常にキレッキレで格好いい。本作スタジオ音源の本作一繊細な姿からそうはならんやろ…。
www.youtube.comこの手のラウドナンバーが本作には不足してるので、何ならこのアレンジで収録して欲しかったまである…。Cocteau Twins風味のメロディをグランジ風味のサウンドで展開する取り合わせ自体珍しくて映えるし。ついでに言えばAdrianneが髪を剃ってることもあって、スマパンかよ、みたいにも思える。
6. Sparrow(5:12)…①
最初にシングルとしてリリースされた2曲が1枚目後半の冒頭を飾る。『Certainty』と似て、循環コード中ではっきりした解決が見えない三連譜のサイクルを延々と繰り返し、メロディもひたすら同じものを繰り返し、しかしそこにピアノとエフェクト的なギターと怪しいコーラスを重ねて生み出すフックと神話めいた歌詞を混ぜこぜにした、神聖さの中に不穏な禍々しさが棲み着いたような楽曲。次曲共々、延々と同じ繰り返しで5分以上を聴かせてしまうところに、このバンドの雰囲気創造能力の高まりを感じれる。
その淡々とミニマルに展開しつつも演奏自体はウォームなところはやはりNeil Young的で、はじめはアコギとドラムの演奏だけどすぐにピアノの特徴的な響きが聞こえてくる。エコーによってチェレスタめいた響きになっているところは彼の1994年のアルバム『Sleeps with Angels』を思わせる。どこか宗教的に感じさせる響き。歌の始まる前にエフェクトめいたギターの音も顔を覗かせる。
歌が始まって以降も、彼女の歌の調子は不思議に抑制され、そこには沸々と不穏な瘴気めいたものが感じられる。ひたすら同じメロディを繰り返していくのもまた、呪詛めいた雰囲気を作り上げる。そして、間奏もろくになく延々繰り返した後に突如、オクターブ上を歌うラインを中心とした多重コーラスが、その宗教的な禍々しさの正体を覗かせる。このコーラスは、初めは歌詞二行程度の登場の後すぐ元に戻るが、歌詞の進行に伴い一度演奏共々ブレイクした後は、同じ歌詞を繰り返していく中で印象的に音階が跳ね上がり、背後で蠢くギターエフェクトとともに、この曲の炸裂の仕方の象徴となっている。その後、歌が終わってからしばらく演奏が続く箇所にはまるでどこか、廃墟めいた雰囲気が漂う。演奏が止まる時の、まるで機械が壊れて動きを止めてしまうかのような物悲しい感じからだろうか。
聖書のアダムとイヴの物語から着想されたと思しき歌詞は、歌の展開どおりセンテンス分けも無しに延々と書き連ねられて、作者のどこか毒々しい恋愛観を寓話に溶かしている。林檎・蛇という世界観に、「毒」が持ち込まれ、終盤は特に連呼されることが、この曲のヒステリックな雰囲気に特に貢献している。
ママ、鷲が叫んでるの 針穴に私の心を通す
林檎に血を流して その果汁を吸い
その種子を食べ 林檎の木を産み出す
彼女は内なる毒を有し 蛇と話し導かれる
それにしても、次曲の方がもっとそうだけど、こんな同じ展開を延々と繰り返して、演奏するとき曲展開をどうやって把握してるんだ…?
www.youtube.comこの曲も2019年くらいから既に演奏されてるみたい。そのシンプルでスロウな展開と高まり方から、どこかスロウコアめいたものに特にライブ演奏だと感じられる。
7. Little Things(5:45)…②
本作に連なるシングルとして最初に出された、衝撃的な楽曲。楽曲なのかこれは…?ワンコードのように延々と電気的に響き渡り続けるアコギに沿って延々と一本調子で演奏が連なり、短い歌と時折の奇声と浮かんでは消えるギターエフェクトとが絡まりながらも5分をゆうに超える尺を突き抜けていく、まるでアコギによるシューゲイザーの実践かのような、曲なのかすら怪しいがともかく勢いに満ち溢れた演奏の総体。あまりに思い切りの良すぎる実験的楽曲で、しかしその音響感覚のみでスリリングに進行していく様にはShawn Everettのエンジニアリングの魔法が効きまくっている。
二発のスネアの後に、この曲の背骨でありリズムであり響きであるアコギの音が、明らかに生の音ではない、謎に加工されまくったプラスティックな質感で鳴り響き始める。コード譜のサイトを見るとこの曲にもコード進行が一応あるらしいけど、おそらく高音弦を開放したままの演奏により、同じ響きとリズムが終始鳴り続けることとなる。おそらく複数本重ねられている。
そこに乗るバタバタとしたドラム、浮遊感を重視したベース、ノイジーに加工されて出たり入ったり強調されたりを繰り返すギター、そしてもはやメロディでさえない短いフレーズを何パターンか衝動的に放ち続けるボーカル、それらの組み合わせのみで、本当に5分45秒を過ごしてしまう。本当に曲展開の把握を、今自分たちが曲のどこを演奏してるか把握するのを、どうやって行っているんだろう。その衝動的な演奏を引き伸ばしたかのような総体を、Shawn Everettの音響感覚が絶妙にミックスする。本作で最もポストロック的な編集感覚に満ち溢れ、延々と同じ展開なのに緊張感があるとすれば、それは彼の編集感覚とあとはAdrianneの時折発する奇声の数々に負うところが非常に大きい。様々に登場するちょっとしたパーカッション類の鳴りもまた楽しく、不思議に祝祭的なトランス感覚さえ帯びてくる。この躍動感自体で聴かせてきてるんだと思う。
特に4分弱に歌のラインが短く可愛らしいシャウトで終わり、そこから延々とフリーフォームな編集まみれで進行していく長いコーダはひたすら冒険的で、5分過ぎにドラムが消えて演奏が終わるかと思ったら、またドラムが戻って再開していく*15。最後の最後アコギだけ残される箇所の「もうこれ以上演奏のネタ無いよ…」と言わんばかりの出し切った感が清々しい。
これだけフリーフォームな楽曲なのでなのか、言葉の方は特別に比喩や物語を描くわけでもなく、こちらもどこか衝動的に、恋の感じをテンポよく吐き出しまくってる。
貴方を好きなちょっとしたことたち
その話し方 話す時 やることなすこと
貴方がちょっと輝かしい気持ちの時 ブルーな時
貴方がちょっと疲れ倒してる気持ちの時
私たちが話す全て ニューヨークは窮屈なところ
まだ他人の顔なんてみんな見えないまま
一歩後ろで貴方についていく
私は貴方の内にいた
貴方は今どこにいる? 今どこに?
あ゛ッ!
本当に延々と同じ展開を平板に繰り返していくので、どうやって演奏のタイミングとかを把握してるんだろう。特に歌い手以外は楽曲の今どの辺かを確認する手段は歌詞しかないような気がするけど、Adrianne以外のメンバーは歌詞で曲展開を把握してたりするんだろうか。
流石にこの曲の突き抜けた音響感覚は編集によるものが大きくて、ライブ演奏で音源のスリリングさを再現するのは難しい模様。というか音源の音響は4人で演奏して再現できるものではない気がする。エレキギターのノイジーさを大音量にするとアコギのサクサク感が薄まるだろうし、難しそうな塩梅。そのうち熟成されて化けそうだけど。
8. Heavy Bend(1:37)…①
アルバムはここから急に不穏な雰囲気が広がっていく。まるでニューウェーブのような冷たさが空気感を支配し、Adrianneのボーカルもこれより前の情感溢れた感じとは異なる、醒めて無感情的な質感になる。Disk1はそんな雰囲気のまま終わる。この曲は『U.F.O.F.』の一部曲にあった魔女的な神経質さ「だけ」を取り出してよりシャープで冷たいリフレインによって短い尺で纏めた、強迫観念的な楽曲。
マイナーコードで可憐にリフレインするアルペジオと、抑制されて時折のアクセントが静かに強烈に響くドラムの動きが特徴的で、メロディも陰鬱な循環コードの中で抑制と少々の高揚とそして道後反復による停滞とをコンパクトに繰り返す。どことなく感じられるThom Yorke風味というかそういう感覚。おそらくは基本的に生演奏のはずなのに、どの要素も冷たい質感で纏められて、まるで打ち込みのように響く。声の存在感もどことなく儚げで、帯域の操作によるものだろうか。
どこか象徴的な表現の、恋人が横になっている情景描写と、屈折した心理描写とを歌詞で書き出す。曖昧なまま思い詰めるような感じは曲調にも合っている。
貴方の上に雲がかかる直感
荒野が層を広げていき カラスが舞う
寝返りを打つと貴方の額は熱くなっていく
正しくありたくない 惨めでいたくない
争いたくない 守りたくもない
混沌とした秘密 ひどい屈折
虚しい高さからの天井のハエたち
貴方を強く抱きたい 繕いたくない
混沌とした秘密 ひどい屈折 ひどい屈折
それにしても歌詞の中で「貴方」はやたらと寝てるし、光景は荒涼としてくる。何か象徴的。
9. Flower of Blood(4:25)…③
本作の冷たさ三部作の2曲目。それこそThe CureかMogwaiか、みたいな冷却のフィルターが演奏全体に掛かったかのような音質で、強迫観念も混じってるけど氷のように美しいファンタジックな音響を巡らせる、北欧的なスケール感でゆったり進行する楽曲。アコギがともかくよく出てくる本作では珍しく、エレキギターが演奏の中心となる楽曲で、ノイジーなギタープレイも聞かせるが、前作までのラウドナンバーとはかなり質感が異なる。このバンドの新機軸な感じ。
演奏の中心となるのはそれこそThe Cureみたいに邪悪に旋回するギターの冷たい質感のアルペジオで、リズムも16ビートのどっしりして引き摺るようなスタイルで、全体的にもエコー掛かった音響のせいで、やはり生演奏のはずなのにどこか機械的な質感を呈している。これまでの楽曲と「荒涼」の感じが相当変わってくるような感覚で、こんな冷涼な世界観はこのバンドの楽曲では非常に珍しく、今のところこの曲くらいのものだろう。土や砂の感じのしないサウンドに「らしくない」感じもあるけど、きっと一度やってみたかったんだろう。
Adrianneのボーカルもこの冷たさの中で氷の魔女めいた、ややウィスパー気味でファルセットも交えた歌唱と旋回を見せる。『Changes』と同じ人が歌ってると思えないけども、こういう耽美さも全然板についている。また、この凍りつきそうな世界において、ギターは本作でも最も激しい、ノイジーなバーストをしていく。エコーを取ればもっと前作までのオルタナサウンド的に感じれたかもしれないけども、ここでのそういった激しいプレイもまたこの曲特有の冷却フィルターによって相対化され、不思議に清潔な毒々しさを有している。「血の花」とはよく言ったもの。
歌い出しの歌詞から、歌の主人公が「貴方」への混沌とした想いでせめて生に縋っている感覚が窺われる。この人の情念はどうにも壮絶だ。息が云々の描写は性行為の光景のようだし。
空に映る鏡で 私はまた惨めに泣き散らす
シーツを畳むと 急に冷却される
まるでナイフに肌を抉られてるみたい
貴方が私に触れると 貴方が触れるとね
貴方の時に柔らかく時に重い吐息を聞いて
貴方の準備が整うまで私は自分の息を殺して
その舌には血の花が咲くよ ねえ
貴方が私に触れると 貴方が触れるとね
www.youtube.comこういう曲をグラスゴーとかの寒い地域で演奏してると先祖返りっぽくある。ライブだと暴発的なノイジーさも増して格好良い。
10. Blurred View(4:07)…②
Disk1の最後を飾るのは、前2曲の強迫観念の流れを突き詰め切った、Portisheadか何かみたいに強迫観念そのもののような恐怖映画的サウンドでおどろおどろしい感情を淡々と壊れたラジオみたく歌う、最早バンド演奏でさえないように思える怪曲。ギターが出てきてるかさえ怪しいこの曲は、流石に検索してもライブ映像は出てこなかった。
前曲の余韻を機械的に打ち消してこの曲の、まるで恐怖のビデオの再生が急に始まったかのようなイントロが上書きされる。全体的にくぐもった音質で、何の楽器から出ているか不明なエフェクトめいた音はテープが壊れて空回り続けるかのように短くループし続け、リズムも打ち込みっぽく神経質に敷き詰められる。そして楽曲としての構造・メロディもまた、『Heavy Bend』をもっと悪化させたかのようなミニマルで執拗な繰り返しによって構成され、Adrianneのボーカルはおそらく低域をごっそり削られ、テープにかろうじてこびり付いているかのようなその存在感は、非常に危うい切迫感を持たせられている。3分過ぎに一度音が引いてから戻ってくる際も、壊れた機械のような音色の吐き出し方をして、この辺の徹底的な編集感覚はJames KrivcheniaによるものかエンジニアのShawn Everettに由来するのか判然としない。ともかく、バンドサウンドというものを一旦無視して、徹底的にコンセプトを追求したトラックとして、そういうことも出来る、というバンドの音楽性の一端の担保として、このトラックは不気味にDisk1末尾に鎮座する。
やたらと自身を何かに直喩して、「貴方」への執着をキリキリと締め上げていく詩情もまた、どこかPortisheadめいているような。別にAdrianne Lenkerの歌詞の基本形のような気もしないでもないけども*16。
私は新種の病気 新種の病気 心地よい微風
白い木々の隙間から黄色く輝く星々
貴方に焦がれる 貴方に焦がれる
貴方に輝きかける 貴方に焦がれる
もう一歩近づけば 私は現実になる
貴方が感じる総てを教えて
そしたら貴方のために歌うから
歌うから 歌うから 歌うから 歌うから
たおやかなカントリーロックの『Change』で始まった本作Disk1が、その真逆の神経症的なこの曲で終わるのは不思議だけど、それが即ち本作の音楽的な「幅の広さ」になっている。Shawn Everettの影響が濃厚な楽曲もDisk1にて全て収録され、残る彼との楽曲は前作までのバンドのカラーを突き詰めたような『Simulation Swarm』のみとなる。Disk2の方がカントリー色が強く感じられるのは、カントリー色が薄くモダンでエフェクティブな仕上がりのShawn Everett参加曲がdisk2にない、という事情もある気がする。
あと、サブスクなんかだとこの恐怖音楽のアウトロがフェードアウトした後に、何もしないとDisk2冒頭のとってもカントリーなイントロが始まってしまって雰囲気がガラッと変わってしまう。Disk1がこの曲で後味悪く終わる、という余韻を十全に味わうためにはちょっとした準備が必要となることには注意したい。
Disk2
1. Red Moon(4:20)…④
Disk1の『Spud Infinity』共々、アリゾナ州録音の環境を濃厚に示した、泥臭いカントリー風味満点のフィドルが入った、単調なメロディの繰り返しを延々と野暮ったく演奏する、西部の酒場のパーティーめいた雰囲気の楽曲でDisk2は幕を開ける。
それにしても本当に、コード進行が一種類だけで、メロディもずっと変わらない。進行もD→C→Gのスリーコードで、Dをキーに全音下のCに繋ぐ感覚の荒っぽさが実にゴツゴツしたカントリーテイストを出していて、すげえ泥臭い。Disk1の末尾から続けて聴いてしまうとその雰囲気の変わりすぎる感じに、逆にDiskを分けた意味を強く感じられる。結果的にカントリーテイストに落ち着いた『Spud Infinity』と異なり、この曲は初めっからこういう雰囲気を意図して曲が書かれたのではないかと思ってる。Adrianneのボーカルもカントリー式のコブシの効いたケレン味に満ちたそれで、所々には掛け声のようなボーカルも入って、パーティーじみたセッションの雰囲気がより伝わってくる。延々と付いてくるフィドル奏者と同じ人物のコーラスも声質・歌い方共々カントリーフレーバーに満ちてる。
歌詞にもどこか、思い詰めて息苦しい都会の喧騒の中で暮らすのを脱していく願望に素直に塗れている雰囲気がある。アメリカンな伝統に甘えるのもまた楽しそうだ。
キッチンの隅からラジオが歌いかける
オーブンに火を掛け
玉ねぎを手に取り 涙が出ないよう願う
シンクに皿が一杯 空気乾燥させよう 空気の許可を待とう
沢山の映画で私は震え上がり 内気になっちゃった
灯りを消して フクロウの眼をギラギラ光らせる
紫色の空の下の稲妻みたくチラリと光り
ダイヤみたいに煌めく 赤い月が昇るのを見てる おおう
www.youtube.com20曲もあるのに全然PVが作られてない中、何故かこの曲だけPVがある。どうしてこの曲なの…?
2. Dired Roses(2:36)…④
前曲に引き続き同じ場所のレコーディングの曲で、ハートウォーミングな弾き語りにちょっと幻想的なフィドルが連れ添う形の楽曲。Disk2のカントリー色が強くなっているのはこの冒頭2曲の影響が大きい。
ワルツ調のリズムで、素直にロマンチックでメロディアスに展開していくメロディを、しかしやっぱり延々と繰り返す。Adrianneの作曲技法は元よりVerse-Chorusの構成を全然気にしないスタイルが多いけど、Disk2冒頭2曲とも同じメロディを延々繰り返す形式で、いよいよその素朴さに磨きがかかってくる。途中からタイトルコールの箇所などにコーラスが入り、ロウソクの火が揺れるみたいに厳かなフィドルの音色も優しい。やっぱりカントリーパーティーの静かな一幕、みたいな素直に伝統的で、だからこその胸の打ち方をする。最後、あっさりキメを2回繰り返して、何の衒いもなくあっけなく終わるのがまた潔い。
歌詞もまた、何ともない日常とちょっとしたファンタジーとが穏やかに交差する。でも「乾いた薔薇」のタイトルどおり、その情緒は少しばかり乾いている。
午後 真夜中 あの娘が好きな朝
箒で空を飛んで 月を見る 乾いた薔薇
私は来て そこにいる フライパンの上に一人ぼっち
また静寂が訪れる 乾いた薔薇
半分死んで 半分起きて パイを作りケーキを焼く
貴方はどっちの道に? 乾いた薔薇
あの娘に幸せを 私に幸せを 永劫の幸せを
貴方を出て 貴方の中へ 乾いた薔薇
www.youtube.comライブではバンド演奏のバージョンも披露されている。スタンダードナンバーのカバーと言われても気付かなさそうな予めのヴィンテージ感がある。あと最後突如出てくる犬。
3. No Reason(3:47)…③
コロラド州セッションの、タイトル曲と並ぶもうひとつの象徴と言えそうな、元より澄み切ったメロディを持つ上に、偶然参加することになったフルート演奏がより天国的な美しさの純度を高めることに大いに貢献した、本作でもとりわけ澄み切った空気が流れ続けるポップな楽曲。割と地味めな曲が多いDisk2の中でも『Simulation Swarm』と同じくシングルに切られたのが何となく判るキャッチーさがある。けど極めて穏やかなのでやっぱ地味か?
この曲、次曲と並んで本作では例外的に、はっきりとVerse-Chorusの区別がなされている、という大きな特徴がある。間奏でそれまでと異なるコード進行が現れたりもして、何故かこの曲だけやたらと丁寧な作曲になっている。20曲もあるしうち1曲はこういう普通のも良いかも、とバンドが思ったのか。
イントロから広げられるエレキギターのアルペジオもクリーンで澄み切ったもの。この曲は徹底して透明感が求められている。本作でもとりわけ落ち着いたキーの高さで優しく歌い上げるAdrianneと、そこに追随するコーラスワークもまた、この曲のそよ風のような雰囲気を高めるべく配置され加工される。
そして、そこにトドメのように混じるのが、フルート奏者Richard Hardyの参加だろう。Carol Kingの作品に参加したこともあるこのレジェンドな奏者とは、バンドがスタジオに向かうべく延々と山の奥へ車を運転し、ようやく着いた時に塔から聞こえるフルートの音色を頼りに塔を登ってみたら、塔の最上階でフルートを吹く彼と出会い、その流れでバンドの録音への参加に繋がったという。ドラマチック過ぎて、流石にウソじゃない…?と思わなくもないけど、彼のフルートはこの曲に決定的な印象を添えている。特に最後の歌が終わって以降の3分弱くらいからの展開はもう、この美しいフルートのソロのために捧げられたかのような形になっている。完全に主役はこのフルート、と言わんばかりの活躍に、レジェンドの実力というものを見せつけられる。
風通しが素晴らしいこの曲なのでなのか、歌詞さえも他の曲よりも前向きな、爽やかな祈りと願いが込められている。
骨塩と鐘楼の都市 あられと野花の田舎
葬儀用の花輪を摘んで
信じる理由なんてない 全然ないよ
ちょっと一緒に行こう 見て回ろう そしてお別れしよう
ふとした感覚みたいに ふとしたひらめきみたいに
未来と過去で編んだ
貴方のセーターに落ちたまつ毛みたいに
検索した感じ、この曲もライブで演奏されたものが上がっていない。フルートが決定的な存在すぎてそれ無しの演奏がしづらいんだろうか。
4. Wake Me up to Drive(3:44)…④
Disk1の終盤3曲と同じく、通常のバンドサウンドを離れた打ち込みチックなスタイルだけど、冷たい感じではなくもっとファンタジックでポップで可愛らしい感じに仕上げられた、少し郷愁も香るようなトラックに仕上がっている。色々手が込んでるサウンドなのでShawn Everett録音かと思ったけど違うという、そこに一番意外性を感じた曲。
冒頭で鳴るアコーディオンはMat Davidsonによるもので、どんなカントリーナンバーが始まるのか、と思ったところを打ち込み式の16連スネアロールが現れて、まさかの打ち込みナンバーだと判る仕掛け。その後はかなり濃くフィルターの掛かったギターのアルペジオと規則的だけどどこかユーモラスなリズムとが先導し、Adrianneのボーカルにも幻想的な揺らぎのエフェクトが少しばかり掛けられ、全体的にどこか夢見心地なファンタジックさに彩られている。この曲も珍しくVerse-Chorusの構成がはっきりしていて、そのサビで同じフレーズを連呼するところやヴァースのメロディの置き方、低いトーンの歌い方にはどこか、Joy Divisionがメジャー調のポップな曲を書いたなら、みたいな感覚が滲んでるように思える。コーラスワークもどこか呪文じみていてほんのりとサイケデリック。終盤で現れる、やはりスカスカなスネア連打でサビの入りを繋ぐ箇所はとても可愛らしい。そんなどこか子供らしい演奏が段々と鳴り止んでいく終わり方はいい具合にちょっともの寂しい。
歌詞の方もなんか、前曲にも増して暗いところのない、ぼんやり見る夢のような光景に思えてならない。
空室 ないね みんな同じ考えなんだ
先のことなんて考えない 代わりに一か八かをする
そしてもしまた断られたら
次の町で暖かい寝床を探しましょ
走れるよう起こしてよ 駆け出すよう目覚めさせてよ
疲れてたって乗り遅れたくないもの
走れるよう起こしてよ 駆け出すよう目覚めさせてよ
疲れてたって乗り遅れたくないでしょ
この曲もまたライブ動画が見つからない。ライブで演奏したら全然音源と変わってしまうタイプの曲ではあるもんな。
5. Promise Is A Pendulum(4:13)…+α
本作に唯一収められた、完全にAdrianne Lunkerのプライベート録音な、どことなくそういう神秘性を有した弾き語りの曲。
本作にはもう1曲、純粋に彼女の弾き語りで完結した楽曲が収録されているけど、そちらと比べてもどことなく、こちらの方がよりプライベートな感じがする。曲ができた直後にホテルの床に仰向けになって、ギターを抱えて、胸にスマホを置いてそのボイスメモで録音したとのことで、その時の何か純粋な空気感しか詰まっていない。バンドで合わせてみてもその空気感を越えられなかったとのこと。
ここに綴られたメロディの、どこかぼんやりとして取り止めのない感じ、特にその、歌ともため息ともつかないような声のあり方はまさにパーソナルさの表れで、本作の楽曲はどれも2020年の彼女のソロ作品と全然異なる雰囲気だけども、この曲だけはややソロ作に近い空気感があるかもしれない。
「約束は振り子」という不思議な題には、やはり彼女のパーソナルな繊細さや、後悔やもどかしさ、無力感を表す言葉が綴られている。
私には作れないよ 虹も どんな種類の花も
私には作れないよ スズメも 流れ星のシャワーも
ミミズも作れないし 地球を回すこともできない
小径を下ってくキツネの笑い声に耳傾けてきた
コケがカタツムリに耳傾けてたのも胸に留めてた
風が大きなくしゃみをしてブナの葉が揺れる
もう話せないよ 前に時々私が何言ってたかなんて
だって約束は振り子だよ ドアで揺れてるだけの
でも 嫉妬してないとか怖くないとか言ってるでもない
私がただ言いたいのは…
それにしても、LPだと2枚目A面となるここまで5曲の流れはとても素朴で繊細な方に寄ってて、まあ地味にも感じなくもない。
6. 12,000 Lines(3:00)…①
ここまでのDisk2の地味な流れをさらに引き継いだ、アコースティックなバンドセットによるしみじみと進行していく、飛び道具一切なしの穏やかなカントリーナンバー。
Buckのコーラスがずっと追随していくところとかどことなくDisk1の『Certainty』と共通する空気感がありつつ、あちらよりももっと大人しく、しみじみとしている。アコギは柔らかなアルペジオとして優美に鳴らされる。ブラシを使用したドラムもまたしみじみとしていて、メロディも大きな飛躍無くヴァースとブリッジを繰り返す。ブリッジの終盤で少し不穏なコードになる箇所にやはりNeil Young等に連なるような巧妙な「頼りの無さ」を挿入させる手際が見られる。
しかし、いい加減書くことがあまり思いつかないのも事実…。でも、このシンプルなカントリーソングが本作のレコーディングが最初難航していた時に突破口になったとも上記のJames Krivcheniaのインタビューで語られている。
そういうある意味本作で一番しみじみと現実的な質感を地で行く曲だからか、歌詞の方もイメージの飛躍の少ない、現実的に乾いた詩情で括られている。
12,000行にも渡って貴方の顔を探したけど
かけらも見つけられなかった
貴方の口の記憶も過ぎ去っていこうとする
小さな灯りは球体になって
青い山がバックミラーに映る
息が苦しくなる夜もあって
あの娘からの電話を待ち侘びてる
恋人が「he」ではなく「she」になるのは作詞者の遍歴ゆえ。
ライブ映像を検索すると、弾き語り動画のみ出てきた。それにしても、単品で聴くととても美しい曲だとも思える。ファンタジーに回収されない類の哀愁を思わせる。
7. Simulation Swarm(4:13)…②
ここまでずっと概して朗らかで素朴で地味目だったDisk2の雰囲気を一気に引き締める楽曲、即ち、神経質で毒々しくもキャッチーな楽曲がここでようやく現れる。前2作に時折現れてた類の緊張感やアバンギャルドさを継承し発展させた、このバンドの刺々しいアコースティックさ・フォーキーさを代表する、しかも茶目っ気と無茶さに溢れたキャッチーなギターソロも備えた名曲。先行リリースで最後に発表されたのは、前2作と比較的連続性のある作風をすぐに出すことを嫌ったためか。
前曲までの穏やかな雰囲気を断ち切る、小さなドラムフィルの後の緊張感に満ちたアルペジオの不穏さ。静かなイントロにも関わらず『U.F.O.F.』ファンが期待していたであろう世界観に一気に切り替わってしまうところに、この曲の強さが既に現れている。変則チューニング*17の上、更に指を大きく開かないと抑えられないテクニカルなアルペジオをいとも簡単そうに弾きながら歌う彼女の演奏能力の高さに、まず手元のアコギで再現しようと頑張ってみて感嘆した。フレージングをゆっくりなぞって、どうしてこういう押さえ方の発想が出てくるのか心底不思議に思えた。そして、『U.F.O.F.』にあって*18本作にあまりなかった*19緊張感の正体が、こういった変則チューニングだったことに気付く。
それにしても、この変則チューニングから出てくるアルペジオのループの鄙びた質感は支配的な存在感があり、ベースもルート感を作り出す訳でもない不思議な反復をし続けて、その中で淡々と紡がれていくボーカルもやたらとテンポ鋭く次々に言葉が吐き出されていく。この辺の冷徹極まりない具合はまさに『U.F.O.F.』の進化系に相応しく、そこから段々とコードが躍動していくところでの、段々とボーカルが平静から崩れていって、生々しい激しさを爆発しきらない程度に絞り出していく様は実にこのバンドならではの生々しさだって思える。
そしてそんなこの曲の、実に分かり易くキャッチーなピークは間奏やアウトロのギターソロに他ならない。アルペジオの延長でハンマリングやベンド、そしてハーモニクスを織り交ぜたそのギターソロのプレイスタイルは正直、地味に超絶プレイで、しかもここでそれまで薄暗かったコード感がかなりメジャー調寄りに補正される様が見事で、彼らの楽曲でも間違いなく唯一無二の、この曲だけの魅力になっている。このソロはおそらく、この曲のエンジニアのShawn Everettによって音の一個一個を丁寧に強調していると思われるけども、しかしライブ映像を観てると、案外バンドでもソロでも普通にこの超難しそうなソロを平気で弾きこなしている。特にハーモニクスを確実に決められるのが凄い。どれだけ練習してるんだろ…。
最後、このギターソロが終わって呆気なく終わってしまう様まで含めて、ちょっと本当に完璧な一曲で、このバンドの最高傑作のひとつかもしれないと本当に思う。ギターソロで明るい調になるのがとてもやばい。
そして、呪いじみたコード感に合致した、呪詛めいた歌詞の言葉たち。どこまでも冷静なようでいて、元来シンプルであったであろう欲求を突き詰め過ぎて側から見たらおかしくなってしまってるようにしか見えないこの感じがまた、Adrianne Lenkerの真骨頂だ。
見せかけが群れる31階から 蛍光色のドローン共々
揺らめく火 熱病 入力フォームに記載する
温かな噴出物 ええ 触ってみたい
私たちがかつてできなかったみたいに
明日貴方へ向けて飛ぼう 戦争したいわけじゃない
武器は捨てて 貴方の手を取って 海辺まで歩きたい
明日貴方へ向けて飛ぼう 戦争したいわけじゃない
武器は捨てて 貴方の手を取りたい
おそらく本作でも上位の人気を誇る楽曲で、再生数でも上位に来るし、ライブでも演奏され続けてる。ソロの場面ではドラムとギターだけになって、他メンバーは手を叩くのがお決まりになってるらしい。何だこの突然のピースフルな雰囲気。
www.youtube.com名物TV番組「The Late Show」で披露されたのもこの曲。この映像だと割とソロミスってるな…緊張してたのかも。でもミスっても様になる雰囲気はある。
www.youtube.comアコギでこんな難解なソロを弾いてしまう変態。最後上手くいかなくてパッパッと終わらせるのは可愛い。
www.youtube.comライブ映像。歪ませてこのソロを弾くとミストーンさえ格好良くなるし、もはやどうあっても格好よさと楽しさしかない感じがする。
8. Love Love Love(4:14)…③
凄い唐突に歌と演奏がカットインしてきて何事…!?と思うけど、今作では珍しい分かり易くゴツゴツしたNeil Young的バンドサウンドによるジャムの延長みたいな感じの楽曲を、何故かライブ演奏を録音したみたいな形で収録されたトラック。その演出に「えっなんで…?」と思わされるけど、本作では貴重なラウドナンバー寄りの楽曲のひとつ。これまでの作品のラウドナンバーに比べると淡々とグダグダしてて劇的なところが無いけど、あえてそういう曲にされてる感じが強くする。
エレキギターとアコギがガチャガチャとぶつかり合う、そして少しだけハネた感じのもっさりしたリズムで進行する。特にエレキギターがゴツゴツしたカッティングの度に細かいミュートをディレイで響かせる様はまさにNeil young & Crazy Horseのそれ。間奏でムチャクチャに弾いた感じでエコーの情景を描こうと試みる様は実にNeil Youngのギターソロスタイル。それにしても、延々と繰り返すメロディがえらくグダグダすぎて、凄く野暮ったさを狙ってる感じがする。終盤は同じメロディをシャウトして、そのままフェードアウトしていく。やはりとあるステージ上のジャムセッションをたまたま録音したもの、みたいな演出にしたい感じなのか。
タイトルからして中々凄いけど、相変わらず愛を前に複雑に悶絶し続ける言葉たちは本作をずっと観てきた人たちにはお馴染みのAdrianne Lenker節。
私は既に死んでて あっち側から歌ってるよ
愛の名において 回避 そしてプライド
貴方の顔を見て横になる 愛されたいって言いたい
貴方は私の手中の煙草 貴方を拒絶するなんて無理
貴方の愛を吸わずにはいられない
一人で死ぬのが怖くなって 貴方に電話をかける
貴方の愛が必要だって告げる
ああー愛、愛
アイ、あい、愛、AI、愛、ai、あい
www.youtube.com元からスタジオライブじみた曲なので、ライブでもやはり同様のグダグダなサウンドが展開できる。より行き当たりばったり感あるギターに特にライブ感が出てくる。
9. The Only Place(3:14)…③
ラスト前に出てくるAdrianne Lenker弾き語り、ちょっとElliott Smithを思わせるような、流麗で小洒落た仕上がりの弾き語り曲。いよいよ語るところが難しい…。
それにしてもElliott Smithっぽさの再現度がとても高い。コード感も、その中で弦をハンマリングする感覚も、そこに虚しげに通り過ぎるメロディも、サビ的な箇所でちょっと明るくなってみせるところも、見事にそれっぽい。間奏で少しばかり弦の鳴りが暗く淀んでから元のテーマに戻るところなんて、何か元ネタがありそうな気さえした。ちょっとコーラスやリズム音を加えるところも実にそれらしい。声の出し方もささやかで爽やかで、毒々しいコブシやぼんやり加減は抜いてある。
全ての物質が粉々になって灰の山になっても
貴方の隣という場所が残るかだけが問題だ
10. Blue Lightning(3:52)…①
この大作の最後の最後は、本作でも最もリラックスしてとぼけた風の、シャッフルビートのバンドサウンドに乗せて、メンバーへのメッセージのようなものも載せて楽しくスウィングする楽曲で締められる。全体的にリラックスした感じのDisk2に相応しい、なんだか聴いててはにかむような雰囲気だ。
ドラムのカウントから最初に聞こえるのは、マヌケな感じにトレモロを効かせたギターの音。そこから実にゆるーい感じでバンドサウンドが広がっていく。伝統的なカントリーロックの感じを出しつつ、淡々とでもなく緊張してでもなく、風来坊的な気楽さでファルセットも交えたはっきりした声で彼女は歌う。不思議に小節が足りない形でしかし何事もなかったかのように進行し、ブリッジの飄々とした展開に抜けていく。間奏のどこまでが計算通りでどこからがミスタッチなのかまるで分からないけどそんなことどうでもいいって雰囲気が実に気楽な感じで、そして終盤の同じフレーズを延々と繰り返していくところで鳴るブラスを模したシンセのショボさもまた、とても気楽な気持ちにさせてくれる。
この楽曲は、バンドがコロナによるツアー中止で長期間活動休止をやむなくされた後に再結集し肩慣らしをしていくセッションの中で録音されたもののひとつで、その中でこれだけ気楽で親密な空気感を演奏できたことは、バンドにとって大きかっただろう。歌詞の中でも、時間についてのやや悲観的な認識を示しつつも、そんな中で一緒に演奏できているメンバーたちへの感謝を示す一節も混じっている。
青い稲妻がサインだよ 空に書いちゃうという
聞きたかった質問に あの娘は一言だけ「なんで?」
アンジェリアは写真を撮った 瞬間は死にゆく定めで*20
一年後なんて墓碑銘 それを読んでは泣いちゃうよ
今朝 水浴びに行ったら水が枯れてた
はっきりした警告がやっと出されて
いよいよサヨナラを告げる時?
愛し合える? すぐに抱き合える? 試してみたいよ
二つ眼の嘘 それは争い?飛躍?
貴方が結ぶ靴紐になりたいよ
最後まで友達でいてくれる?
貴方の眼のシワになりたいよ
ええ 気体になって貴方をハイにしたいよ
「変わっていくこと」を題にした凛々しいカントリーロックの『Change』で始まり、同じ認識を持ちつつも、「貴方が結ぶ靴紐になりたい」「最後まで友達でいてくれる?」「貴方の眼のシワになりたい」と謳われる気楽なカントリーロックのこの曲で終わるという流れの決着の付け方は、シンプルに、理にかなってると思った。ちょっとした大団円なのかもしれない。
www.youtube.comこの曲もまた、グダグダになることがむしろ魅力を増すことになるタイプの曲か。
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終わりに
以上20曲、80分13秒でした。日本版のボーナストラックは扱いません。
大体の分析要素のある総評めいたことは前書きで既に書いてるし、特にここに書くことが残ってる訳じゃありませんが、やっぱすげえいい作品だなあ、と思います。確かに、20曲もある割に「もっとこういう曲があれば」なんてことを過去作からの流れで考えてしまうことなんかも正直あります。けど、それでもやっぱり、単純にいい雰囲気をいくつも引き出して録音に収めることに成功しているこの作品は、幾らでも素晴らしいと言える作品だと思います。逆に本作で新たに出てきた要素を「もっと他の曲として聴きたい!」と思える部分も沢山あります。『Time Escaping』や『Little Things』の挑戦的な音響感覚の楽曲や、Disk1終盤の以前のバンドとも異なる神経質音楽には、このバンドの可能性がまだまだ詰まっているように感じられます。まあでも『Simulation Swarm』系統の楽曲も続けてほしいし。
ともかく、本作が様々ないい雰囲気に満ち溢れた名作であることは、ここでこんなに文字を費やさなくても、多くの人たちの眼にも明らかだっただろうけど、あえて可能な限り思いついたことを字にしてきました。これは本当に、本作の空気感自体に大きな憧れを抱いてしまうからで、なんだか、バンドって本当にいいな…みたいなことを思ってしまいます*21。
あとは、いつかこの国にライブをしにきてくれて、本作やそれ以前の作品などの素晴らしい楽曲をライブで生々しく聴けたら、ステージでコミュニケーションを取って演奏を繰り広げていく4人の姿が観ることができれば、と、多くの人が思うのと同じように願っています。
(2022.11.25追記)ライブ観れました!物凄く素晴らしかったのでレポート書きました。
それではまた。2枚組の全曲レビューは大変すぎるな…。
*1:前振りの方が遥かに準備にも書くにも時間掛かってる…。
*2:ライブ映像を見てると本当に結構な場面で自ら様々に破滅的なギターソロを取っていて、楽曲を書いた人がその曲の欲してる破壊的なギターソロを一番熟知している、と言わんばかりのそのプレイには、そんなところもNeil Young的なんだなあ、と思わされる。
*3:彼がBig Thiefの大ファンだというのは、なにかとても色々と分かりやすい感じがする。2019年にWilcoもBig Thiefも傑作アルバムを出したのは偶然でもないのかもなと。
*4:というかBlake Millsといい、意外にも若手を起用してくるBob Dylanサイドの慧眼が何気にすごい。
*5:ドラムでアンビエントとかエレクトロを並行してやる人って時折いますね。ラルクのyukihiroとかみたいな。
*6:日本盤だと2曲のボーナストラックが付いて22曲89分33秒。
*7:『U.F.O.F.』と『Two Hands』を2枚組のアルバムとすると、22曲で82分51秒。
*8:Disk1には1曲も入っていない弾き語り曲が3曲も入ってるのも大きい。
*9:提案したのはJames Krivchenia。本作のプロデューサーも彼が務めています。
*10:その一端が垣間見える日本盤ボーナストラックのタイトル曲別テイクは貴重。
*11:もっとも、前2作はその独特の“解放感の抑制され方”が魅力だったようにも思うので、これはどっちがいいかはっきり決められるものではない。
*12:アコギを持ってる人は是非実際に試してみて、音源の音に近づけるには色々加工が必要だろうけどでも確かにこの曲のこれっぽいパーカッシブな音が鳴るのをしばし楽しみましょう。
*13:『ダンジョン飯』か何か…?ってタイトル見た時思った。
*14:様々な動物の鳴き声エフェクトを試したユニークな出来栄えらしい。
*15:この展開、もしかして普通に終了箇所をドラムがミスったのをそのまま活かした展開なのでは…?
*16:たとえばBig Thief初期の名曲『Paul』なんかでも、自身をやたらと比喩しまくる歌詞のスタイルを取っている。
*17:6弦から順にC#, G#, C#, F, A#, C#
*18:『Contact』『UFOF』『Cattails』の冒頭3連発からして変則チューニングだった。どうりで。
*19:アルペジオ弾かないからわかりにくいけど『Little Things』辺りもどうやら変則チューニングっぽい。
*20:どことなくThe Kinks『People Take Pictures of Each Other』を思い起こさせるフレーズ。あの曲もアルバムの最後の曲だ。
*21:こんななんか感動しちゃう感じの作品を、まだどうにか屈託少なめで接することができた、2022年2月24日、ロシアのウクライナ侵略戦争が始まるより前に聴けたのは幸運だった。妙な話だけども。