ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

2枚組アルバムについて:前編(24枚/25枚)

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 今回は2枚組の音楽アルバムについて取り上げたいと思います。今回は25枚紹介する記事の前編、ということで、分かる人には何の記事の前振りか判るかと思いますが。

 世の中、様々な2枚組の音楽アルバムが存在してきました。筆者はCD文化を長らく送ってきた者なので、特にCDの2枚組というものに多く遭遇してきたんですが、通常のCDケースよりもずっと分厚いケースに収められた2枚組アルバムというのは嵩張って取り回しがやりづらい反面、その分厚さによって「普通のアルバムと違う、なんか特別な存在」みたいなものを感じたりもしていました。時代が進んで、1枚組のアルバムとさして変わらないケースに2枚を収める形式も多く出てきましたが、何となく2枚組アルバムなら分厚いケースがいいな…と思ったりもします。

 そんな思い出はともかく、2枚ある分収録時間が長く、全部聴くのも大変なら全体の感想を抱くのも普通のサイズより一苦労する2枚組アルバムについて、何となく選んだ25枚のうち、24枚を観ていこうと思います。残り1枚はまあアレです。

 

 

はじめに:選盤ルール説明

 ということで、今回見ていく19枚は上の目次を見れば分かる訳ですが、どういう基準で選んだか、むしろ「こういう基準のため、これは今回のリストから外されてます」というのをあらかじめ説明しておきます。

 

①CDで2枚組の形式であること

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 これはつまり、LPでは2枚組だけどCDでは1枚に収録時間が収まったために1枚でリリースされ直したものについては今回リストに入ってません、ということです。これによって船外になってしまう名盤は数多く、Bob Dylanの『Blonde on Blonde』とか、The Rolling Stonesの『Exile on the Main Street』とかThe Clashの『London Calling』とか色々あります。

 これは逆に、CD文化が主流になって以降のアルバムの多くが、LPにすると2枚組になってしまうことが多々あって、そうなると普段1枚ものと認識しているアルバムの多くが2枚組扱いになって、それらも対象になるのか…?という問題があったためです。まあ最近はCDを買うこともめっきり減ってしまったんですが。とはいえ最近2枚組のCDアルバムを購入したりもしましたが何のCDやろなあ。

 逆に、CD文化以降で、収録時間的には1枚で収まるけど、アーティストの意向で2枚組になっている作品なんかは今回のリストに含まれます。たまにありますよねそういう不思議なやつ。制作費跳ね上がりそうなもんだけど。

 

②ボーナスディスクは含めない

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 本編1枚+αみたいな形式の2枚組アルバムは含めません、ということです。初回限定盤とかでおまけ的に別ディスクが付いてくる場合がありますが、そういうのは今回のリストに含めません、ということです。大体こういう場合、おまけディスクには本編楽曲のバージョン違いとかボーカル無しミックスとかリミックスとかが収録されることが多い気がしますが、たまに普通に本編に入らなかったアウトテイクを数曲入れたディスクを付けてくることがあり、そういうのは正直今回のリストに加えたくなるようなのも幾つかありましたけど、でも入れませんでした。一番判断に困ったのはDeerhunterの『Microcastle』で、何で全然違うアルバムをおまけに付けたのか…「2枚で1枚の作品」という“2枚組アルバム”の定義っぽいものから外れると思われたので選外にしました。

 今回挙げてるやつに2枚ほどこれに引っ掛かるんじゃないか?と言われそうなのが混じってますが、あれらは2枚目も本編でしょうから別にいいんです。片方はDisk1単品で売ってる?うーん…。

 

③ベスト盤・ライブ盤・コンピ・サントラ等は含めない

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 既存曲を収集して2枚分の容量にしたベスト盤や、お客さんに長く楽しんでもらうためにたくさん曲を演奏したものを封入したライブ盤、何かしらの意図によって未発表曲等をたくさん集めたコンピレーション、及びアーティスト外の事情により要請されて製作されたサントラの類は、今回求めるところの2枚組アルバムからは外れるかなあ、という裁定です。正直、これこそ本編、って感じもあるNew Orderの『Substance』は入れたかったけど*1

 

④2枚同時リリースは含めない

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 2枚組アルバムと「2枚同時リリースアルバム」の区別は、単体で売るかバラで売るか、という商業的な問題のみで分かれるように思えるけど、決してそれだけではないと思います。たまたま出来てきた大量の楽曲を振り分けていくうちに、どうもこれは同じ作品というよりは別々の作品二つ分だなあ、とアーティストが判断することはきっとあるんだろうな、と思います。よく分からないけど。

 それで、Outkastの2枚組はやや特殊で、確かにリリース作品としては1つだけども、そこに全然違う2枚のソロ作品がたまたま“同居”してるだけ、という感じで、決して2枚で1つの作品、という感じはしない、しないけどリリースとしてはひとかたまり、というカテゴライズしづらいやつなのでここに無理矢理カテゴライズして今回の選盤から除外しました。

 

⑤3枚組以上は含めない

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 2枚組でも聴くのきちぃのに3枚組とかマジでやめてくれませんか…(弱気)。

 昔はCD3枚組なんてサントラとかライブ盤やベスト盤のおまけ付きなんかでたまに見かけるくらいの形式だったのに、特に2010年代以降妙に「3枚組のオリジナルアルバム」が作られる傾向にあって、正直そのバイタリティは凄いんだけども、中々全部を聴き通して感想を得るのが困難すぎる…と思ってしまいます。Bob Dylanに至ってはカバー曲だけで3枚組とか嫌がらせかよ…(本人は本気かもしれんけど)。

 ちなみに英語版Wikipediaには3枚組アルバムのリストなんてのがあったりします。

en.wikipedia.org

同じ要領で2枚組アルバムのリストも存在し、今回幾つか参照したりもしてます。

 あと、LP時代は3枚組だったけどCDになって2枚組になった作品なんかは今回リストに含んでいます。あくまでCD基準です。

 

 

2枚組アルバムとの付き合い方

CD・DVDのイラスト

 2枚組のアルバムを聴くのは1枚で完結したアルバムのそれよりもより大変ですし、内容をちゃんと理解するのはもっと大変です。

 熱心なファンの中には教条的な聴き方を強要してくる向きもあるかもしれません*2。だけど、別に音楽の聴き方は自由で、誰に強要されるものでもないと思うので、2枚組アルバムを好きになれるよう聴いていく際に、こういうことをしてみてもいいかもしれない、ということを幾つかだらだら書いておきます。

 

 

①良さげな曲を抜き出して聴こう

 どんな作品を楽しむにもとっかかりは大事です。いきなり全体を楽しめる、ということはそんなに多くない。まして2枚組という巨大な作品では尚更です。キャッチーなシングル曲とかファンに知られた趣深い“隠れた名曲”とかから聴いていいと思います。普通の1枚ものでも同じ話かもしれないけど、途方もないボリュームのある2枚組ならとっかかりはより大事なものになってくると思います。

 

 

②良さげな曲だけ抜き出して並べて聴こう

 「この沢山の曲の中にいい曲が結構あるのは分かった。でも全部を通して聴くのは時間がかかって面倒くさい」というときは、自分でプレイリストを作ってそれらの曲だけをいい具合に並べて聴いてもいいんです。究極的にそれを咎められる謂れなんてない。カセットテープでリスナー側が「楽曲を選んで編集」できるようになってからは、ホワイトアルバムをはじめ多くのアルバムもそのような試みが盛んになされてきた訳だし。

 

 

③1枚ものアルバム×2として楽しむ

 「2枚で1つの作品だ」なんていうのは極論すればアーティスト側が勝手にそう言ってるに過ぎないことなので、それぞれのディスクを独立した作品として聴くのもアリといえば全然アリでしょう。中には「どう考えてもこっちの側の方が力入ってるでしょ」みたいな作品や、よりキャッチーなのを片側に、よりマニアックなのをもう片方に、といった形式の2枚組もあったりします。

 

 

2枚組アルバムのタイプ

作曲をしている人のイラスト(男性)

 ここでは世の中に様々ある2枚組アルバムを謎にカテゴリ分けしてみます。

 

分類1:2枚組アルバムに至った理由

 あくまで外部からの推察に過ぎませんが…。1つの作品に複数の要因が含まれることは全然あるかと思います。

 

①1人のメンバーの作曲意欲が旺盛になったため

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 ソロアーティスト、又は作曲者が1人のバンドの場合でやたら曲数が多い場合は、まずこの可能性が考えられます。ともかくリリースを複数に分けるのも勿体無いくらい、または面倒臭くなるくらい次々に「いい曲」がとめどなく産まれ続けて、仕方がないから2枚に収めよう、という感じでしょう。

 上の写真の人はその典型。後でもアルバムが出てきますが。

 

 

②多くのメンバーの作曲意欲が旺盛になったため

ビートルズ、『ホワイト・アルバム』50周年記念盤発売を記念して新公式グッズの予約が開始 | NME Japan

 バンド・グループに複数の作曲者がいる場合、又は共作をする場合、複数の個性から楽曲が量産されるため、単純に考えると作曲者が1人の場合よりもたくさん曲が出てくる傾向にあります。場合によってはそのたくさん出てきた曲の中からアルバム1枚分に収めるためにどの曲をボツにするか考える必要が出てきますが、それができないくらい楽曲が粒揃いだった場合や、又はそれが出来ないくらいメンバー間のエゴのぶつかり合いが表面化したりすると、「もう全部収録してしまえ」ということで、2枚組の大作になったりすることとなります。

 上の写真の人達による世界一有名な2枚組アルバムは概ね、そんな成り行きによるものと言えそうです。

 

 

③様々な曲調に挑戦しようとしているため

The Clash overklassen zichzelf met het verbijsterende Sandinista!

 ①の場合にしても②の場合にしても、たくさん曲が出てくるということは、普通であれば様々なタイプの楽曲が出てくることとなり、中には自身のスタンダードな演奏スタイルを超越して、ともかく様々なジャンルに手を伸ばした結果、曲がやたらと沢山できた、といった事態になることがあります。場合によっては、様々なジャンルに触れようとした結果、それを表現する楽曲が沢山でき、結果として2枚組やそれ以上の作品になった、という場合もあるでしょう。楽曲が先かジャンルが先か、というのは製作者やその人の状況等様々なことによりけりでしょう。

 

 

④これまで作ったアウトテイクも世に出したいため

ドキュメンタリー『レッド・ツェッペリン:フィジカル・グラフィティ制作秘話』の上映イベントが開催決定 - amass

 折角作ったけど何らかの理由でまだ世に出せてないストックがあって、それと新曲とを混ぜて新作にしたい、というのは多くのアーティストである話だけど、それが勢い余って2枚組分の楽曲に膨れ上がる、ということもまたあります。コンピレーションじゃなくてちゃんと正規のスタジオアルバムに入れ込むあたりに、その人の根性のあり方が垣間見えるような気もします。録音時期が違うことで違和感が出ることもあったり、もしくはその違和感が作品の多様性にもなったり。

 

⑤壮大な物語を作中に作り出そうとするため

Quadrophenia (四重人格) The Who <邦題> さらば青春の光 | ギズモとおいもの部屋

 一部のアーティストは、自身のアルバムを丸々、まるで小説や映画かのように歌詞世界を展開させてひとつの物語を進めていく場合があります。この場合、楽曲の多様性はある意味「物語の場面転換」のために用意されることとなり、いわば”物語のサントラ”めいた性質の作品となってきます。

 こうなると、個々の楽曲よりも全体の物語の方をちゃんと評価しないとアルバムを理解してる感じになりにくくなって、特に言語が違う作品だと、なかなか入りづらいな…と正直思ってしまうこともあります。あんまり物語のことは気にせずに、普通の2枚組アルバムと同じように楽しんだ方がいいのかもしれません。

 

 

⑥やたら尺の長い曲を複数収録するため

SWANS ──2時間超え・ヴォリューム・リミットなし、スワンズ、来日直前 | ele-king

 何でそんな長い曲が何曲もあるんだ…と思ってしまうようなアルバムが2枚組だった、ということがしばしばありませんか。作る方もどうしてこんな長い曲ばっかり作るんだ、そもそもどうやってこんな長い曲作ってるんだ…と驚いてしまうような。

 プログレみたいに曲展開の多いジャンルで1曲が長くなる傾向になりそうなのは理解できますが、むしろ延々と同じ展開のものがいつの間にかとんでもない展開にクレッシェンドしてる…みたいなものの方が何となく最近の世間的評価は高そうな気がします。

 

 

⑦コンセプトの異なる2つの楽曲群をひとつの作品にするため

細野晴臣が示した「カヴァーの神髄」

 近年、別にCD1枚に収められるサイズにもかかわらず2枚組になっている作品が結構散見されていて、それらになんとなく共通するのは、「1枚で済むといえば済むけど、でも性質の違う二つの曲群を分けた方が作品としてシュッとして収まりが良さそう」ということです。アーティスト側の批評・編集精神から2枚組の必然性が立ち上がってきた、という感じなのか。少なくとも、2枚に分けることで2つの「最初の曲」「最後の曲」が生まれるわけで、それによる聴いた時の印象というのは意外なくらい変わってくるものです。まあ、サブスクだと2枚を連続で再生しちゃうことが多いので、そういったアーティスト側の意図は反映されづらいかもですけど。

 

 

分類2:収録時間

 収録時間によっても、その2枚組作品がどういう性質を持つかは分かれてきます。聴く側の人間も時間が無限にあるわけではないので、印象として分かれざるを得ない、というか。

 

①75分未満(CD1枚に収まる程度)

 たまに、よく見たら2枚合わせてもCD1枚に収まる程度の尺しかない2枚組アルバムがあったりします。そういうのは大抵、製作費が1枚に収めるより高価になるにも関わらずあえて2枚に分けているということで、アーティスト側の2枚に分けることへの拘り・何らかの重要な意図があることを意味するかと思われます。

 なお、LP時代の2枚組アルバムでCD1枚に収まる尺の作品は、おそらくその殆どがCD1枚に収められた形で再リリースされています。これは思うに、2枚組よりも1枚の方が値段を下げることができるからなのかなと思います。反面、LP時代の2枚に分かれていた頃の、これが1枚目の終わりの曲・これが2枚目の始まりの曲、といったものが1枚のCDの中で埋没してしまう、といったデメリットはあります。まあこれはそもそも1枚ものでもLPならA面B面とあったものがCDではなくなってしまうのと同じ理屈ですが。

 

 

②75分〜100分程度(CD1枚に収めるのが無理で2枚になった程度)

 LP時代に2枚組でCDになってからも2枚組の作品は大抵このくらいの尺に収まるものが多いです。LP1枚が大体40分台くらい、1枚50分台収録となると無理が祟って音質劣化しかねない、というLPという媒体の性能を考えると納得できるところ。LP時代から引き続きCD時代でも2枚組として残った組のアルバムは多くがこの範囲に入ります。また一般的な2枚組のサイズ感とも言えるのか、CD時代以降でも「ほどほどなサイズの2枚組作品」として、これより長い作品の存在により相対的にやさしく感じられてくるから不思議。

 

 

③100分〜120分程度(LPなら3枚組になる程度)

 「どうかしてる…」って感じの長さ。LPだと3枚組じゃないと収まらないサイズ感になってきます。

 

 

④120分超え(CDでもそれぞれのディスクの収録時間パツパツ)

 「もううんざり…」というサイズのやつ。1枚のアルバムで60分を超えると「長い…」と思うのが、CDパツパツ全盛の1990年代からの揺り戻しを経た今の平均的な感覚かと思いますが、そんな「長い」アルバムが2枚集まって1つの作品、というのは中々に全部聴き通すのも咀嚼するのもしんどいものがあります。

 しかも、そういう作品に限って曲がやたらキレッキレなクオリティの時があるのが困るところ。アーティスト側だって「聞きやすさ」というものを知らないわけでもないはずですが、それを何らかの理由で完全無視して自信作を大量に注ぎ込むとこんなことになるんだろうな…と思われます。これをさらに超えるCD3枚組とか相当ヤバい。

 

 

本編

 やっていきます。折角なので、総再生時間も書いておきます。時間を見てうんざりしてください。特に前半はベタな作品ばっかりな気もします。あと、今から挙げるやつ本当に全部聴いたのか?ということは聞かないでください…。

 

 

1. The Beatles(White Album)』The Beatles

(1968年・30曲93分33秒)

Amazon Music - ザ・ビートルズのThe Beatles (The White Album) - Amazon.co.jp

 世界で1番有名な2枚組アルバム。そのシンプルさを極めたジャケットに反比例するかのような内容盛り沢山な具合に、様々な皮肉が交差した名作中の名作。同時に、典型的な2枚組の要素を結果的に沢山含むこととなったため、2枚組作品をはじめとした大作のお手本そして基準のように扱われる。曲調が様々なアルバムに「ホワイトアルバム的な」という形容詞が付けられるような、そんな存在。

 曲調が広い、というのはしかしこの作品ではそんなに大事なことのように思わない。個人的にはこの作品は、インド旅行で虚無的なコード感を身につけてそれをオルタナ的ギターサウンドでバーストさせるJohn Lennon作品がひたすらリードしていく作品のように思える。そしてそのJohn曲だけで言えば、ある程度の病的な支離滅裂さはありつつも、しかしジャンルの多様性を目指した、という感じはしない。ジャンルの多様性はどちらかといえばPaul McCartney作品の方に該当するもので、確かに様々な手管を尽しているけども、彼の場合本当にワンマンで録音した楽曲が多くて、一番ソロっぽくなってしまっているのは彼の楽曲だろう。Disk1の方は特に彼の“いい意味で”器用貧乏気味な性質*3が、下手な彼のソロ作品よりも濃厚に味わえる。

 総じて「邪悪にバンドをオーバードライブさせるJohn VS 1人で何でも器用貧乏的にやってみせるPaul」の構図のように思える。ともかく破滅的な中にヒロイックさも垣間見えるJohnの曲が格好良すぎる。『Sexy Sadie』とかすごい無理やりなコード進行なのに、どうしてこんなに退廃的でかつだからこその美しさが生まれるのか。そして、その二人を尻目に名曲を量産していたのにたった4曲しか収録できなかったGeorge Harrisonが、この僅か2年後にこの時期からの楽曲ストックで大爆発する訳だけども。『Anthology3』に収録の彼の『Not Guilty』を聴くと、ここまで完成してしかもいい出来なのにボツになったのは可哀想すぎる。『Revolution 9』の収録のせいで尺がやたら取られてしまったのが痛い。

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2. 『All Things Must Pass』George Harrison

(1970年・21曲103分33秒・LP時代は2枚組+付録EP)

All Things Must Pass -New Century Edition : George Harrison | HMV&BOOKS  online - TOCP-65547/8

 上記の「いい曲沢山書いたのに全然バンドで取り上げて貰えない問題」がバンド解散後に爆発した、バンド解散直後に全18曲+スタジオジャム5曲、2枚組LP+ボーナスEPという脅威のボリュームでソロファーストアルバム*4をリリースするという脅威の展開。ジャム5曲は正直本当にただのおまけだと思うので、以下残り18曲に関する話です。

 大切なのは、沢山曲があるから中には適当な作品もあるだろう、と思ってしまうが、概ね楽曲の質はかなり高く、彼のソロ作では単純な作曲のクオリティなら1位だろう、と思える楽曲ばかりが詰まっていること。楽曲のジャンル的な幅はそんなにあるわけでもないけど、でも彼がハマっていたThe Bandやらスワンプロックやらの雰囲気と、そしてPhil Spectorのウォール・オブ・サウンドを奇跡的に結びつけることに成功したサウンドの感触もまた、この作品でしか味わえないものがある

 よく考えたらこのアルバムは既に他の記事で2回も扱っているので、今回はこの辺で筆を置くけど、おまけ部分も含めればバンド時代の『The Beatles』さえ超える尺、というのには気合を感じれて仕方がない。超えるために”おまけ”を付けたのでは…と邪推しないでもないけど。『Isn't It a Pity』が2回入ってるのもまた。

ystmokzk.hatenablog.jp

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3. 『Quadrophenia』The Who

(1973年・17曲81分33秒)

四重人格/THE WHO/ザ・フー|OLD ROCK|ディスクユニオン・オンラインショップ|diskunion.net

 「音楽で壮大な物語を描き出す」という妄想に取り憑かれたPete Townshendの執念がバンド内で最も巨大な形を成してちゃんとリリースまで漕ぎ着けた作品。『四重人格』の邦題でも知られる。『Tommy』にてロックオペラに成功した彼の“ロックオペラ信仰”は深刻で、その後2つもロックオペラ作品をボツにしながら*5も、より支配力を高めて、全曲自作曲によるこの2枚組作品を完成させた

 ライブではバンド内のエネルギーが張り裂けんばかりに炸裂するのに、スタジオ音源になるとなぜか大人しい録音になってしまう、というこのバンドの抱える難儀な問題に結果的に一番うまく折り合いをつけられた『Who's Next』。あそこで得たブレイクスルーなサウンドを本作でも流用し、つまり不思議にシーケンスするシンセが重要となる場面が何度か出てくる。そこには物語性が添えられ、威勢のいいリードトラック的な『The Real Me』の直後にいきなり舞台の光景を説明するかのような長尺インストのタイトル曲が来る構成は「あっまた物語の妄想でバンドの勢いを削いじゃった」的なところがなきにしもあらず。その後の楽曲の数々が緩急ついてて悪くないだけにちょっと勿体無い。サウンド自体はアメリカンな土っぽさを重視した『Who's Next』的なものが多くを占める。むしろピアノの存在感が本作の特色で、『5:15』のワイルドさと幻想性においてピアノの響きはとても大きい。

 意外とPete Townshend本人の歌が出てくる場面が少ない。彼の歌が出てくると楽曲中のいい緩急になるけども、あまりそうではない。なのでか、『Who's Next』よりも一本調子気味に聞こえなくもない。だけど最後に待ち構える『Love, Reign O'er Me』の執念のような迫力は立派。ここまで辿り着くのが長いけど、それに相応しいだけのエンディング性が確かに備わっている。物語がよく分からなくても、これを聴くとなんかいい話だったような気がして納得してしまうのは、ちょっとずるい。

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4. 『Physical Graffiti』Led Zeppelin

(1975年・15曲82分59秒)

PHYSICAL GRAFFITI/LED ZEPPELIN/レッド・ツェッペリン|HARDROCK &  HEAVYMETAL|ディスクユニオン・オンラインショップ|diskunion.net

 リフとリズムで徹底的にブルーズを解体し尽くした現行バンドのサウンド本流と、全体の半数にのぼる複数のアルバムのアウトテイクを混ぜこぜにした2枚組作品。割と彼らに珍しいポップな内容が多いアウトテイク群と、リフをゴリゴリしすぎて異形のR&Bと化している節さえある当時の新曲群とは結構毛色が違うようにも思えるが、そんなのお構いなしに単曲単位で圧倒的に孤立した存在感のある『Kashmir』があるお陰でそんなこと全然気にならない。『Kashmir』のどこの国の音楽かさえ怪しくなるような、まるでピラミッドのような楽曲構成は間違い無く彼らの一つのピークで、そしてこの曲の他にこの曲っぽい雰囲気の曲はこの2枚組のどこにも見当たらない。

 ひたすらバンド全体をリフのように稼働させる試みの、次作『Presence』に繋がるような楽曲群は「当時の新曲」側で、ハードロック的なルーズな格好良さよりもどこか求道者的な側面が見え隠れしてくる。ドラマーJohn Bonhamの、バスドラがドスドスと鳴り続ける独特な迫力のドラムの魅力が鋭く、特に『The Wanton Song』のストイックな仕上がりはひたすら格好いい。そしてその前が彼らでも1、2を争うポップさ・ファンタジックさの『Night Flight』だということの面白さ。「Robert Plantってこんな普通にポップに歌えるんだ」なんてことを思ってしまったり。曲調もタイトルも何故かNeil Young的な『Down By the Riverside』も面白く、Disk2はもしかしてこのバンドで一番ポップなセクションかもしれない。冒頭の長尺で超越的な『In the Light』が少しジャマだけども。

 新曲だけ抜き出すと結構方向性は一本通った感じだけど、大量のアウトテイクによって結果的に多様性が出ている、という構図は珍しい。何となく思うのは、1回やってみたかったんだろうな2枚組ってやつを、ということ。結果として面白いから全然アリな作品。

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5. 『Songs in the Key of Life』Stevie Wonder

(1976年・21曲105分4秒・LP時代は2枚組+付録EP)

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 早熟の天才だった彼が成人になって自作のイニシアティブを完全に掌握して以降の、1972年の『Talking Book』から続く全盛期の最後を成す、それまでの集大成にして全能感に満ちた、ポップもファンクもゴスペルもスペイシーも思うがままの絶頂の2枚組。元々はLP2枚に更におまけの4曲入りEPが付き、その4曲も本編とクオリティの差は無い。

 いきなり7分越えの壮大で厳粛なゴスペル風味の循環コードR&B『Love's In Need Of Love Today』で始まるあたり大作の感じがよく出ていて、その流麗なメロディの後にブルージーな響きのファンクなトラック『Have A Talk With God』を聴くと、R&Bってやっぱブルーズから派生したジャンルなんだなと思わされる。日本でもTVCMでお馴染みになってしまった純粋に楽しくスウィングするフィーリングに満ちた『Sir Duke』の後に、エレピをファンクのリズム楽器として自在に振るう『I Wish』の強烈なファンクネスが続く辺り、当時の彼の無敵な感覚が漲ってる。1枚目終盤に出てくる素晴らしく涼しげに通り過ぎる『Summer Soft』がボツになるスレスレで収録されたりなど、天才故のジャッジの危うささえ孕みながら、後半も、メカニカルなファンクさと人種の壁を破壊線とするアジテートとが強引に繋がれた『Black Man』や、ジェントルに研ぎ澄まされた『As』から謎にサンバでスペイシーな『Another Star』に繋がる終盤など、そのクオリティは非常に鮮烈で、かつ結構分かり易い。何にしても音がシャキッとしてるので、ムードとかそういうのよりも、直接ポップさや熱情や厳粛さを打ち付けられる感じがあるのが、結果的にカラフルな印象に繋がってる。

 正直、これより後の彼の作品をろくに聴いてないので、あまり調子の良いことを書くのも良くない気がしてるけども、でもこの作品が素晴らしく良いことは十分に理解できる。何より、他のR&Bの巨匠や名作と比べても、圧倒的に分かりやすいのが助かる。

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6. 『Sandinista!』The Clash

(1980年・36曲144分9秒LP時代は3枚組)

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 当時LP2枚組だった『London Calling』における“パンクの拡張”と言えるであろうサウンドの多様化を経て、その本当に1年後くらいに出たLP3枚組、全36曲という狂気のボリュームを有する超大作。普通のアルバムと変わらない45分前後のレコードが3枚揃って1つの作品という、何でそんな無茶なことを…と思えるサイズ。CDに2枚に収める際にはLPの2枚目の表と裏の間で区切るしかなく、それによって人気曲『Lighting Strikes』が埋もれた曲順になってるのはLP時代からのファン的にはどうなんだろう。そしてCD2枚でも両方とも70分越えという恐るべきサイズ。

 アルバムタイトルがニカラグアの左翼的政治運動の名前からの引用だったり、バンド的でない音が沢山入っていたり、特にJoe Strummerボーカルの曲の多くに政治に関係する内容があったり、彼の歌う楽曲の多くがレゲエやスカやダブの影響を受けてたりなど、ある種の拒絶反応を招きやすい内容なのかもしれない。量がそもそも。しかし、そんな話だけで語れてしまえるほどチョロいアルバムであるはずがない。36曲もあるんやぞ…?

 もしかしたらこの作品の主役は“エコー”かもしれない。ダブからの影響によって大いに取り入れられたであろうエコーが、本作のほぼ全ての楽曲でたっぷりと掛けられていて、その音響感は少々レトロではあるが、間違いなく本作の空気感を作り出し、この膨大な36曲が確かに1つの作品だと無理矢理に丸め込んでしまう。あとはそのエコー感を、作曲者がどう使うか*6、という作品とも考えられる。

 Joeの楽曲(と思われるもの)の多くはレゲエとその延長の楽曲に彩られる。まるでそれが彼の楽曲世界のスタンダードになったように。しかしそれだけでなく、ヒップホップ的手法を先駆的に使用した『The Magnificient Seven』『Lighting Strikes』に、ジャンルのごった煮の中に生まれた不思議なファンタジックさの『Rebel Waltz』、ロカビリーをエコーに包み過ぎたような『The Sound of Shinners』など、その曲調は様々で、「パンク以外は」大体色々とやってるんじゃなかろうか。LPでいうF面のダブミックスの嵐とかはやりすぎやろ…と思うくらいディープに突っ切る。

 でも、そんな変幻自在“すぎる”Joeの横で、Mick Jonesのポップセンスが炸裂しまっているところに、そしてそれらも漏れなくエコー塗れになっているところに、本作のもうひとつの大事な素晴らしさがあるように思う。彼独特の、メジャー感の強いコードなのに不思議と独特の哀愁が乗るメロディセンスが要所要所で実につつがなく発揮され、このキャッチーさは本作を聴いていく上で大事なとっかかりになるように思う。特に彼らしい疾走感の漲る『Somebody Got Murdered』や『Up in Heaven』、アルバム終盤の奇妙ゾーン突入手前でサイケなリードギターと剽軽なポップさを交差させる『Charlie Don't Surf』辺りが素晴らしい。他の2人のメンバーも歌う機会があり、特に後のヒット曲『Rock the Casbah』に繋がるダンサブルさがある『Ivan Meets G.I. Joe』は異色の存在ながら、そのチープな効果音が自由に飛び交う狂騒感にはある意味本作で最も先鋭的な雰囲気さえ漂う。

 本作は確かにJoeのイニシアティブは大きいだろうものの、他のメンバーの個性も様々に光った作品だというのは面白いところで、案外そういう部分で、かなりかの“ホワイトアルバム”な度合いが高いアルバムだったりする。

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7. KAMAKURAサザンオールスターズ

(1985年・20曲87分13秒)

サザンオールスターズ - KAMAKURA | サザンオールスターズ Official Site

 ニッポンの大衆音楽をリードし続けてきた存在だった当時のサザンオールスターズも有名な2枚組作品を残している。様々な昭和的な猥雑さと乱痴気さと混沌とをその情熱と気の多さと冗談めいた説教臭さとで体現してきた彼らが、当時の最新鋭のコンピューターサウンドと取っ組み合いながら作り上げた、時代の冷めた熱気の感じを真空パックしたような2枚組と言えそう。もう流石にこういうサウンドを恥ずかしがらずに聴ける時代だろうし。

 機械仕掛けの1980年代式の快楽的なダンサブルさの上に逆に「最近の子供たちはコンピューターゲームばっかりで云々」という説教くさい内容を載せてみせる『Computer Children』からして、このバンドだからこそのヘンテコなチグハグさが這い回る。リズムに関するトライアルはその後も続き、トライバルなリズムがシンセめいたサウンドと絡んでは癖だらけの桑田佳祐のボーカルの何言ってるか分からない具合と奇妙にサッパリした音処理で絡んでいく。冷たい感じの1980年代サウンドと桑田ボーカルの熱唱は、彼の暑苦しさとサウンドの時代感とを相互に上手く打ち消しあって、不思議な透明感を産んでいる。典型的な桑田バラッドな名曲群『愛する女性とのすれ違い』『メロディ』なども、この時代式のエコー漬けなボーカル処理とマシーナリーなサウンドとがどこかエキゾチックな質感を生み出している。ディス的な内容が犇くことで問題作として有名な『吉田拓郎の唄』もサウンドはこんなにブラコン的なキメッキメな感じなんだと最初びっくりした。そこからの原節子サイドの代表曲『鎌倉物語』の曲順は強い。

 2枚目も、スカなリズムでサザン的な猥雑さを駆動させる『顔』から始まり、機械式のファンクな『Please』やパーカッション中心のスウィングするリズムでジャジーに歌ってしまう『Long-Haired Lady』などの挑戦が続く。サザン的な泣き節のシングル『Bye Bye My Love』でもボンゴが乱れ打ち続けて、どうやって自身の作曲を崩さずに作風を拡張していくかの格闘の跡が見れる。最後の短いフォークソング風な『悲しみはメリーゴーランド』もリズムをパーカッションで通してしまう辺り、この不思議なスカスカ感は一貫して意識されてるんだなと思える。

 本作で一旦活動休止した後の作品からは現在に連なるバンドメイン・ドライ気味な感触のサウンドになっているので、プラスチックなサウンドを可能な限り混沌として猥雑に駆動させようとするサザンは本作が最後となる。そう思うと、本作は一つの「出し切った感じ」こそが聴きどころなようにも思えてくる。

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8. Sign o' the Times』Prince

(1987年・16曲80分6秒)

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 設定としてあったはずのバンドさえ放り出し、無限の“宅録”環境の中で才能が本当に無限に溢れ出してくるのを何とか2枚組LPに収めた、尖り切った密室ファンクの数々もヘラヘラしたポップソングも、彼には本来そんなに合わないはずの珠玉のバラードさえも収録した徹底的な傑作。そんな前提の割に意外と80分程度に収まっているのは不思議で、もう数曲ねじ込めた気がするけどなんでこの尺なんだろう*7。最近発表されたこの時期のアウトテイクはあんなに膨大*8なのに、よくこの尺で我慢したなこの人…*9

 そもそもの話としてPrinceのファンクを「ファンクというジャンルの基本サウンド」と思ってしまうと色々と潰しが効かなくなるところがあると思うけど、それでも流石に本作冒頭のタイトル曲を「典型的なファンクサウンド」なんて思う人はいないだろう。ひたすらに研ぎ澄まされた、最小限の音の反響とボーカルのみで構築されたサウンドはファンクというよりも最早実験音楽のようだけど、しかし圧倒的にクールで格好いい。その後もヒップホップ的なダルなミニマルさで畳み掛ける『Housequake』や、やはりスカスカでリズムだけが目立つ中をねっとりと呻きファルセットする『Hot Thing』、やはりスカスカさの中でヘロヘロのシンセサウンドの不思議なメロウさが効く『If I Was Your Girlfriend』などなど、冷静に考えると奇妙な構成だけどソリッドで格好良くイカれた密室的なファンク感が独特の効き目を示していく。特にSly Stone的なねっとりしてダークな密室感をゲームのMOTHER的なふやけ方をしたシンセ*10でやり通して不思議な気味悪いドリーミーさを醸し出す『The Ballad of Dorothy Parker』は素晴らしい怪しさ。

 一方で、膨大なトラック軍の中には案外ポップなものも、又はPrince臭薄めのオーソドックスなR&B的なものも結構あったんだろう。『Starfish and Coffee』みたいな涼しげにポップな曲や、ポップに弾けまくった『I Could Never Take The Place of Your Man』といった形で、もしくはベタにムーディーな3連バラッド『Slow Love』みたいな形で本作にも忍ばせてある。とりわけラストに置かれた『Adore』の、1970年代マナーを純粋に正統派に継承した甘く蕩けるようなバラードっぷりには、Princeという個性にさえ左右されない、ソウルクラシックとしての存在感が強くある。

 非常に多作で、しかも演奏を全部自身で行える器用な彼には、作る楽曲がひとつのタイプに偏ってしまうようなことはおそらくあり得ない。様々な異なるタイプの楽曲を蓄積していく中でどうにかリリースできたこの2枚組は、膨大なアウトテイクが公開された今でも、なんだかんだで中々良好なチョイス&並びなような気がしないでもない。それにしても、本作の幾つかの曲の音が徹底的にドライなのはとても格好いい。

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9. 『Mellon Collie and the Infinite Sadness』The Smashing Pumpkins

(1995年・28曲121分39秒)

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 CDが常識の世の中になって以降の2枚組アルバムの中では最も有名なのはこれかもしれない。いかにも1990年代的な野暮ったい分厚いケースに2枚のCDが入って、そのジャケットがこんななんか謎に白目気味なやつで、訳が分からないけどもでも中身はものすごい集中力と想像力とでもって、これまでのバンドの総決算と様々な挑戦とを壮絶に封入してみせた2枚組

 冒頭がピアノインスト、そして実質1曲目が弦楽隊を抱えた壮大でファンタジックな『Tonight, Tonight』という時点で、USオルタナティブロックバンドの本来的なバンドサウンドをゆうに飛び越えた世界観が展開される。「不可能が可能になるんだ、今夜」と歌われるところに、当時のBilly Corganの全能感と、それを希求する必死な思いが滲み出る。その後は従来的なオルタナティブロックバンドとしての総決算な楽曲も多く収録しつつ、それらにおいても従来以上にキレッキレにブチ切れたテンションをギターでもドラムでもボーカルでも披露したり、かと思えば『1979』に代表されるような透明感に満ちたインディーロックも披露されたりと、バンドサウンドに限ってもその可能性を拡げている。そして幻想的な妄想を行き渡らせた様々なバンド外サウンドを取り入れた楽曲群、特にDisk2の後半に多く見られるそれらは、Billyのいかついイメージに相反するファンシーでノスタルジックな側面を見事に切り取り、それらはここである程度出し切ったのか、この後の作品でここまで集中的に取り上げられることはない。

 2枚組の大ボリュームの中にさえ収録しきれなかった大量のアウトテイクをリカットシングルのカップリングに大量に収録し、そこにはアルバム本編には少ししか収められなかったJames Ihaの曲も多く含まれ、それらも素晴らしいものが大量にあることは以下の記事で触れたとおり。つまり、当時の彼らはやたらと曲が書けて、しかもそれがどこかナチュラルにインディーロックの生存圏を拡げることに直結した感じがあったと思う。

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10. 『Being There』Wilco

(1996年・19曲76分47秒)

Wilco/Being There (Deluxe Edition)

 1個前までずっとベタな2枚組アルバムが続いてたけど、これはまだもう少し地味か。ジャケットの地味さからも、このジャケで2枚組は予想しづらいだろうし。でも、器用な新メンバーを迎えたバンドが自身のオルタナカントリー性を完成させつつ、そのポテンシャルをポップ方面にもエクスペリメント方面にもより外側へ伸ばしていこうとしているのが垣間見える充実の2枚組。どちらかというとポップでキャッチーな曲の詰まったDisk1とよりマニアック気味・サイケ気味・ジャム的なDisk2という分け方になっている。

 当時の新メンバーだったJay Bennettの才気溢れるマルチインストゥルメンタリストっぷりに強く触発されたJeff Tweedyが、それまでのオルタナカントリー曲をさらに超えてThe Band的・スワンプ的な楽曲や、フォーキーな曲を破壊的オルタナティブロックサウンドに変貌させる手法など、自身の新しい扉を次々に開放していった結果、ジャケットの渋そうな感じからは想像つかないくらいに多様なスタイルをバンドはここで身につけた。特にそれぞれのディスク冒頭のノイジーな展開は、次作収録の『Via Chicago』を経て、かの大傑作『Yankee Hotel Foxtrot』に直接つながっていくタイプの楽曲。それ以外もまた、アメリカーナとのちに呼ばれるタイプの音楽が、実に瑞々しくも充実した形で多数収められている。Disk1終盤のやはりノイジーな『Hotel Arizona』から可憐なピアノバラッド『Say You Miss Me』に繋がるところは見事だし、似たメロディをより幻想的に発展させた『The Lonely 1』からフィドル混じりのヤケクソな乱痴気っぷりで進行する『Dreamer in My Dreams』で締めるDisk2も十分素晴らしい。

 以下の記事でも取り上げてるので合わせてご参照あれ。今思うと、この作品が一番、おそらく次の記事で取り上げることになる25作目の、2022年の今年に出たあの某2枚組アルバムに近いかも。

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11. 『本当の世界』渚にて

(1999年・14曲79分2秒)

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 関西アンダーグラウンドからリスナーの足元を覚束なくさせるようなスローで不思議にノスタルジックな音楽を作り続けているユニット・渚にての、中心人物である柴山伸二よりもより踏み込んだ才能である竹田雅子が曲を書き歌うことを始めた、そんなことで世界観がよりオブスキュアに拡散して結果2枚組のボリュームに達した、という趣の作品

 時にノイジーな展開を見せたりしつつのんびりとメロディを紡ぐ柴山さんの曲もいいんだけども、それにしても規格外にプリミティブな竹田雅子のボーカルや曲作りには間違い無く唯一無二のものがあって、その無意識のうちに、曲という概念も無視して直接ノスタルジックな光景や情感そのものを音楽にするかのような、奇跡的にたどたどしく美しい歌やメロディ。作品を重ねることによって非常にゆっくりとだけど演奏なんかが洗練されていくけども、ここでは原液そのもの、といった濃厚さが感じられて、シンプルでメロウなギターのコードカッティングの上で、微かなそよ風のような風情で、ギリギリメロディや展開を紡いでいく様は、無限に広がる景色の中でどこまでも心細くなるような、そしてそれがこの世で何よりも美しいものであるかのような感覚がどこからか流れ着いてくる。柴山曲が長い展開の中でサイケやノイズによって到達するような虚無的な光景に、まるで最初から立っているかのような。

 特にDisk2の終盤4曲連続竹田曲の流れは凄まじい。淡々とたどたどしく紡がれるフォークソングに中盤でギターのフィードバックが乗る『いつまでもそばに』、前曲とあんまり変わらないようなメロディとテンポでフラフラと口笛なんかも入りながら進行する『星空のブルース』、そして、謎に躍動感に満ちて、水面を無限にゆったり疾走していくような大名曲『走る感じ』。誰が『走る感じ』みたいな曲を作って録音できるだろう。そもそも『走る感じ』なんて曲名ありかよ…。のちの彼女たち自身のリメイクよりも、ここで聴けるものの方がおおらかでかつアンコントローラブルな情念に突き動かされている。最後はほぼアカペラに同じ音を拾うエレピ単音が付いただけの短い『波の上』で静かに締める。彼女の曲ではこの不穏さが別に何でもない日常なんだから、果てしない気持ちにもなる。

 そういえば何故かサブスクにない。他の作品はあるので何故…?うち3曲はリメイクを『夢のサウンズ』で聴けるけども。というか全4曲の『夢のサウンズ』のうち3曲が本作からってどういうことなの…?

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12. 『Drukqs』Aphex Twin

(2001年・30曲100分37秒)

Aphex Twin/Drukqs

 テクノ界のモーツァルトことAphex Twinには2枚組アルバムが複数ある。CD収録時間パツパツまでアンビエント曲が大量に収録された1994年の『Selected Ambient Works Volume II』の方が世間的な評価は高いんだろうけど、自分はそういうリスナーじゃないので、より輪郭がはっきりしている分親しみが持ちやすいこっちを選ぶ。

 可憐で寂しげなピアノインストと機械的で攻撃的なトラックとを往復する、しかし全体的にカラフルさは無く意図的にモノトーン気味なサウンドに纏められた楽曲集となっている。本当に不思議なことに、『4』や『Girl/Boy Song』なんかで見せたような高揚感やポップさは見事に抜け落ちていて、ドリルンベースの躍動感も清々しさ無しに、どこか神経質で重苦しいまま駆け抜けていく。一方で、ピアノインスト側の曲は、プリペアドな音色が多用されて、パーカッシブでかつどこか頼りなさげな響きに、どことなくモノトーンの空模様が想起されるような光景が広がる。その不穏な空模様のようなピアノインストっぷりは、どこかスロウコア勢のピアノインストに共通する雰囲気を感じる。ピアノ曲にしてもドリルン曲にしても、全体的に退廃感・黄昏の感じを覚えるのが本作の特徴なのかもしれない

 そう思うと、Disk1の中でひっそりと可憐に咲く人気曲『Avril 14th』の存在感がより際立ってくる。この、神経が終わってしまった後の虚無的な暴走めいたトラック群の中にひっそりあるからこそ、この無加工なピアノの音が寒々しく響く曲はここまで美しく感じれるのかもしれない。まあ単体で聴いても飛び抜けて美しいので、なのでサブスクでも再生回数が圧倒的に1位なんだろうけども。同じ理由で、最後の最後に置かれたピアノインスト『Nanou 2』もまた寂しく、とても澄み渡っている。

www.youtube.comこの動画の音割れ具合、まるでリミックスみたいで、嫌いじゃない。

 

 

13. 『ヘヴンリィ・パンク・アダージョ七尾旅人

(2002年・34曲153分18秒)

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 このブログでは大概頻出のアルバムだけど、今回の記事で最も収録時間が長いのもまたこの作品で、その膨大な、かつ徹底的に研ぎ澄まされ続けた世界観に改めて圧倒される。やはりサブスクに存在しないのが本当に悲しくなるレベルの名作。

 きっと『雨に撃たえば』のような装飾過剰で演劇的な楽曲で2枚組だったらひどく胸焼けしていただろう。だけど本作は、サウンドや描かれる情景こそ多様で遠大だけど、でもそんな世界の遠大さに対して素直に“少年”な精神と素直な歌で対峙し、潜航していく作品なので、尺のことを気にしなければ案外、彼の作品でもとりわけ親しみを持ちやすい世界観が広がっていると思う。まだメジャーレーベル所属時にリリースされた『エンゼルコール』や『夜、光る。』の時点で音像は混沌とした状態からグッと整理され、そこから更に素直にメロウであどけない、いい歌に溢れた楽曲群は、どこを引っ張ってきても隙が無い。水没感と緩いダンスフィールで、まるで水面に浮かぶ月の光みたいな音楽のDisk1に、もっと具体的に世界を冒険し対峙し(『ウィッグビーチ』の素晴らしさ!)、石野卓球参加の『ラストシーン』を挟んで以降の終盤は、Juana Molinaなんかとも共振するようなラテン感覚とエレクトロのファンシーな融合の中、夜空と海の世界にずっとずっと深くサーチンソウルしていくDisk2。

 複数ある弾き語りトラックも含めて、ラフでジャンクな瞬間は全く存在せず、ずっと神経を真剣に尽くし続けていく彼の姿は、どうしてここまで世界にその身を捧げてしまえるんだろう、と本当に不思議に思う。彼独自の文脈によって、世界において透明で優しい存在をひたすら目指し続けた、その途方もなく心細く不安で、だからこそ勇敢で眩しい光景に、悲しくなるほど尊いものをずっとずっと感じてやまない。

 この作品の数年後には、さらに想像力を爆発させた3枚組『911 Fantasia』を生み出す。いよいよ「歌」に留まらなくなった表現力と思い入れの過剰さ、物語の苛烈さには恐ろしいものを感じて、本作よりも遥かに難解で、どう接すればいいか未だに困惑し続けてる。戦争への恐怖は大いに理解できるけども、いささか陰謀論的なんだもの…。

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14. 『Blinking Lights and Other Revelations』Eels

(2005年・33曲93分28秒)

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 誤解を恐れずに言えば、Eelsははじめから、良質SSWな歌心とヒップホップ的トラック感覚を共存させたトラックを器用に量産し、はじめからどこか金太郎飴的にも思える鉄壁な楽曲群を有していたアーティストだった。そんな彼が1998年から2004年にかけて録音し続けてきた楽曲を大量に収録した結果2枚組となった本作は、パーソナルな問題ごとが重大な音楽的テーマに昇華される彼の作品具の中でもとりわけ個人的な内容が重厚に詰め込まれ、尚且つずっと彼特有のリリカルで完成度の高いトラックが連なっていく、お腹いっぱいの名作だ。歌詞がよく判ってない筆者がどこまでちゃんとこの作品を論評できるもんなのか果たしてだけども。

 特にDisk1の方は2分台の割にコンパクトなサイズの楽曲がずらりと並び、その連なり方はまるで細かく場面転換をし続けるようで、歌詞が判ってなくても、物語を色々と展開させていっていることは十分伺える。2分の尺に様々な室内楽的アプローチで洒落た装飾を添え付けていくアレンジ力は彼の手腕の総決算的でもある。どこと無く全体的に他の作品よりもぼんやりした音像なのは、彼の半生振り返りという“悪夢にしかならなそうなもの”を行ってるためか。『Suicide Life』なんてタイトルがサラッと入り「自殺人生にうんざりしてる/そんなのが生きる理由なわけないだろ」という歌詞に、このアルバムが間違いなくEelsのそれだと気付かされる。 それだけに、Disk1よりも重たく静謐な雰囲気のあるDisk2に入って出てくる『Hey Man(Now You're Really Living)』の明るくはしゃいだ曲調と、それに見合った少しだけポジティブになった歌詞に、涼しく暖かい日差しのような良さを感じれる。最終トラック『Things The Grandchildren Should Know』は他のトラックよりも長いけれども、ドラムレスでBob Dylanみたいに歌いリフレインしていく様のフワフワした具合に不思議な感じになりつつ、まるで夢の中で想いが一周したかのような感触で、この思念の連なりにケリをつける。案外にオブスキュアな終わり方だけど、完奏するのがささやかに清々しくて、何だか静かに温かい気持ちになれる。

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15. In RainbowsRadiohead

(2007年・18曲69分28秒)

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 「いやこれのDisk2はおまけディスクだろ?」という噂もあるけど知らない。おまけ扱いするには充実しすぎていると思いませんか?『4 Minute Warning』で静かに穏やかに幕を閉じる流れは美しくないですか?これも本編ってことでいいですね。解決。

 メジャーレーベルを出て一介のインディーバンドとして再出発した彼らが、自由にソリッドなバンドアンサンブルに立ち返って、「Kid A以降」の音楽性をフラットに見つめ直して伸び伸びと作曲を重ねたことによって生まれた2枚組。彼らの作品にありがちな中心テーマはあまり見当たらず、あくまでソングオリエンテッドな雰囲気が、彼らのニューウェーブ由来の直進性もポストパンク的な変則リズムも痙攣的な激情も案外穏やかな部分も結果的に全て吐き出すことに成功した、何気に彼らの作風を最も広く収録した作品。『Kid A』〜『Hail to the Thief』までの楽曲にあったであろう角がいい具合に取れて、先鋭さを失った代わりに自在に「Radioheadな雰囲気」を明るくても暗くても楽観的でも神経質的でも明確に表現してみせる様には、バンドとしての「健全さ」の結実が感じられる。ジャズっぽいギターワークが機械的な5拍子に絡む『15 Step』から、歪み方が剥き出しなギターサウンドに導かれて突進していく『Bodysnatchers』になだれ込んで、そしてジャジーさと哀感を儚げに繋ぎ留めた『Nude』に行き着く流れは実にスムーズで、そこからまた水っぽいアルペジオを中心としたバンドサウンド『Weired Fishes』に向かうところで「バンドっていいなあ」なんて思えてしまう。かと思えば、同じように水っぽい哀愁のアルペジオを軸にリズムをさえすっかり悲しげに響かせる『Reckoner』の響きに、『Amnesiac』から続いてきた何かの「終着」を見ることもできるだろう。Disk2においても、『Kid A』以降の電子音をラフにバンドサウンドと対置させた『Go Slowly』や、ヨーロピアンな退廃のマイナーコードをシンプルにピアノで歌い上げる『Last Flowers』など、やはり曲が単純にいい。Radioheadほど曲の形式が通常と違ってしまったバンドにおいて、その違った世界の中でも「曲が単純にいい」と感じられるのがなんだか不思議な感覚だけど。

 メンバー5人でどうにかやってきた作品群の中では、とりわけ幸福な作品かもしれない。この後もダブステップやらポストクラシカルやらと「何かをしないといけない」問題意識を抱えて作品作りをしていった感じのある彼らが、一番無邪気に書かれた曲にサウンドを充てがうことのできた時期なのかも。

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16. 『Psychedelic Pill』Neil Young & Crazy Horse

(2012年・9曲87分41秒)

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 2010年代に入って突如息を吹き返し、むしろバンドの最盛期だと言わんばかりに充実した演奏と歌を見せ、そして超長尺曲を含むオリジナルの楽曲群を1つの作品にしようとしたら2枚組にするしかねえ、した、って感じの作品。何せ冒頭の『Driftin' Back』からして27分37秒だもの。一発録りなんだろうけど、アホかって思える長さと、しかし歌もギターサウンドもゆるゆると心地よく流れていく。

 1990年代に大枠が形作られた「Neil Youngによるエコー掛かったギターサウンドによるソロとも呼べない不思議な音響感のギターサウンドと歌を繰り返す楽曲群」というこの演奏形式の基本を洗練させ、程よいカントリーロックテイストを含ませつつも、長尺曲ではその演奏による光景の見える感じを極め、大地の果てしなさを思わせ、また短い尺の曲では思いサイケだったり案外キャッチーな曲だったりを悠々と響かせる。長すぎる『Driftin' Back』もひたすら同じコード進行の繰り返しを、ギターソロを演奏の強弱をつけて延々とやっている部分が非常に多いけども、それだけで何かイマジナリーに思わせられるのは“熟練”という他ない。

 とはいえ最初の曲はいくら何でも長すぎる。ので2曲目に行くと、曲全体に強烈なフェイザーが掛かっていたりして、なかなか無茶なことをしていたり。ヘッドホンだと実に気持ち悪く、何してくれてんだこのクソジジイども、という気持ち。でも続く17分弱の『Ramada Inn』は、もしかしたらこの人の最高傑作かもしれないくらい素晴らしい哀愁がずっと棚引いていく。このマイナーコードの感じから穏やかなコーラスに変化していく流れは実におおらかで、彼の音楽の旅の寂しさと豊かさとを思わせる、極上の時間が続いていく。

 それにしても、Disk1で4曲、Disk2で5曲という曲数はおかしい。Disk2の方は8分の曲があってももう「8分か、割と短いな」と錯覚しそうになる。でも、充実した演奏というのは、別にプログレ的な変化が無くても、時間に余裕があれば延々と聴いていれるもんなんだな、と、ラフに一発録音されたであろうギターの反響の様々な事故的なぎこちなさと時折出てくる信じられないほどの格好良さとに、バンドの格好良さってこういうのだなあ、などと思ったりする。とりあえず時間のない人はせめて『Ramada Inn』のための17分間を用意して聴いてほしい。

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17. 『Reflektor』Arcade Fire

(2013年・13曲75分12秒、CDは隠しトラック込み85分14秒)

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 そもそもArcade Fireの音楽は1stの時点でも結構ダンサブルなところはあったと思割れる。裏打ちのビートを多用していたし。だけど1stはそれよりも祝祭感が優っていただろうし、その方面で1stを凌ぐ作品を作るのはいくら彼らであっても困難だっただろう。彼らはギアをチェンジした。DFA/LSD SoundsystemのJames Murphyをプロデューサーに据え、従前からのダンスの感覚を大きくフューチャーし、牧歌的なオーガニックさを大きくバックさせ、代わりに機械仕掛けで大都市の狂騒塗れのプロダクションと、そこに大いに疲弊しつつもじゃあ何に祈ればいいのか、という問題意識とで膨大な楽曲群を編み上げた本作を制作した。

 その気合のほどは、冒頭から本作で2番目に長い尺のタイトル曲を充ててくるところに端的に表現される。「踊らなければならない」という強迫観念さえ感じさせる楽曲展開のどこか神経質な感じは、やっぱりこのバンドは快楽漬けになれない意識のバンドなんだという、その独特な真摯な神経のありようを高らかに宣言する。わざわざゲストにDavid Bowieまで迎える丁寧さ・大仰さ。その後もメカメカしく毒々しいダンスビートが様々な形で鳴らされ、緩やかなカーニヴァル的な雰囲気を目指してバウンドするリズムに乗った『Here Comes the Night Time』でさえ、その優雅なリフレインにのみ全てを任せきれずに、4分半過ぎに激烈に炸裂するサンバセクションを付け加えないと気が済まない。どこまでもハイコンテクストであろうとするかのような作者の悲哀が絶叫しているかのような、見事なリズムチェンジだと思う。

 従来的な壮大なメロディの感覚はどちらかといえばDisk2の方で目立つ。やはりリズムはどこかトライバルなものを維持したまま、しかしキリスト教的な祝福感を思わせるメロディがオーバーラップする『Awful Sound』に、メロディを押し殺そうとしてもその勇敢なコード感から壮大なものが溢れ出てしまう『Afterlife』には従来の彼らに連なるメロディ感覚が宿っている。たとえばVampire Weekendとかならもっとしなやかにやりそうなところを、力一杯に身を引き絞ってやるところが彼らの限界でもあり、また愛らしさでもあるんだと思う。じゃなければ最終曲『Supersymmetry』が11分を超える神聖さを一身に纏ったトラックになったりしない。半分を過ぎてメインが終わったところから小さな音で、次第にサイレンめいたものに支配されていくこの感覚は、彼ららしい生真面目なヒステリックさだ。

 デラックスエディションはここにさらにもう1枚ディスクが追加され、リミックス含む6曲25分程度が追加収録されている。ダンサブルである、というコンセプトから外れた楽曲群、といった感じで、質が低いわけでもないけど本編から外されるのも宜なるかな

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18. 『To Be Kind』Swans

(2014年・10曲121分12秒)

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 悍ましきカルト宗教の荘厳な祭壇のようなアルバム。10分超えの楽曲が全体の半数を占め、うち1曲は34分を超えている。上記のNeil Youngのアルバムが可愛く思えるこの質量感と、メロディの存在する地上世界とは別の地底世界で延々と狂気の祭儀を繰り返し続けるかのような楽曲の連なりは、うんざりを通り越して地獄をこの世に召喚せんとするかのような醒め切った狂乱状態を作り出す。

 1982年から活動休止を挟みつつも続いてきたバンドの伝統と経験の積み重ねの成果、と呼ぶにはいささか禍々しすぎる。元々禍々しい音楽をやっていたバンドとはいえ、2010年にアルバム『My Father Will Guide Me up a Rope to the Sky』で活動再開して以降、ヘヴィロック的なものとはまた別の、様々な単調な響きが幾重にも重なり生まれる混沌こそを寝床とした。そして、この子供の顔を不気味にジャケットの中心に据えた重厚すぎる2枚組作品にて、ひたすら単調な繰り返しを不穏に重ねていって、やがてそれがそのまま酷く邪悪にサバト的にクレッシェンドしていく構図を死ねるほどに繰り返していく。曲展開そのものを否定し、暗黒の霊感のみが演奏を支配しているかのようなその佇まいはしかし圧倒的で、逆に奇妙さを感じられない。この地下世界ではこれが正しく“音楽”なんだ、と言わんばかりの説得力。まだそれでもロック的なものの残滓が確認できなくもない尺も“比較的”短い『A Little God in My Hands』『Oxygen』辺りが聴きやすいトラックのように思え、そして34分に渡る『Bring the Sun/Toussaint L'Ouverture』においてこのトライアルはいよいよ破壊と再生の儀式めいたトランス状態に陥る。いきなり全開で単調に炸裂し続ける展開を2分半も繰り返したかと思うと、宇宙を直接描かんとするドローン的演奏が巡り、やがて大きな狂乱の時に至り、陰鬱で猥雑な静寂を経て、そして破滅的な轟音に到達する。

 この地獄的な轟音の音楽の“次作”として、より“フォーキーな”音に回帰したやはり大作『The Glowing Man』を2016年に残して、活動再開以降のメンバーによる活動は終了した。

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19. 『鬼火』yumbo

(2016年・14曲79分26秒)

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 仙台を拠点に活動を続ける音楽集団であるところのyumboは、かつてテニスコーツ主催のレーベルから作品を出していたりと、所謂“うたもの”界隈に関係してくる存在。端正で周縁的な「うた」の感じを大切にしつつ、2016年に2枚組の大作である『鬼火』をリリースした。ただ、辺境感というよりはもっと日常の世界を俯瞰するようなイメージの歌に感じる。感情が乗らない歌い方+作詞作曲者が別だからか。

 本作はまさにそんな俯瞰の感覚を、アコギ主体のバンドサウンドに潤沢なホーンセクションでしっとりと纏めた、気立てのいい具合の楽曲が沢山詰め込まれた作品となっている。今回のリストでもとりわけ地味目な音楽だとは思うけど、だからこその日常っぽさを感じさせる音像に、そして妙におどろおどろしい歌詞のフレーズがいい具合のミスマッチを起こしている。端正な歌声と演奏から立ち上がってくる悪魔や地獄のイメージはどこか、中二病的な属性が全く脱臭された、資料の向こうに広がる妖怪物語かのようでもあり、そういうものが部屋のカーテンの裏に忍び込んできてるかのようでもあるように響く。そこにはもしかしたら、彼らが東日本大震災に被災したことも幾ばくか関係してくるのかもしれない。  1曲目『悪魔の歌』のイントロのフォーキーなところから一気にスケール感が立ち上る感じに『Yankee Hotel Foxtrot』を感じて気に入って購入したんだったけども、全体的に、アコギとピアノとトランペットの穏やかな絡み方には、近年の岡田拓郎が絡む界隈の音楽に近い印象も抱く。トランペットはMC Sirafu。単音をリズムに合わせて吹くパーカッシブなトランペットなども興味深い。それこそ、折坂悠太とか今年の優河とかと連なる「端正な日本語のカントリー音楽」の系譜に並べておきたくなる類の素朴さだ。その穏やかなメインを横目に、何気にフリーキーにプレイしてるクリーンなエレキギターの動きもちょっとしたアクセントになっている。歌詞と同じくどこか“壊れてしまっている”部分をギターが担う。素晴らしいバランスだと思う。

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20. 『Common as Light and Love Are Red Valleys of Blood』Sun Kil Moon

(2017年・16曲129分48秒)

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 『Benji』におけるストーリーテリングアメリカーナな歌のダークな融合で名声を得て以降、Mark Kozelekは変わってしまった。“歌”はその多くが消え、代わりにトラックの上でひたすらヒップホップか念仏ばりに言葉を吐き出し続けるスタイルに変貌した。そうなってから2作目の本作は、ベースとドラムとトーキングスタイル“だけ”をベースにたまにアクセントで他の楽器が入るだけ、というスッカスカの音世界を圧倒的な量の言葉が埋め尽くす2枚組作品となった。

 メロディとコード感を失った世界で129分という、アーティストの正気を疑うような、嫌がらせにさえ思えるような物量が展開されるけど、でも時折、何かやたらと切実なものが響いたり、そのヒップホップ的スタイルが妙に格好良く聞こえる瞬間があったりということで、何気に新しいスタイルの音楽っぽく感じられる要素は点在している。ひたすらミニマルに繰り返されるベースのフレーズも概ねダークでダビーで鬱屈した雰囲気が充満し、そこに暗い声質で大量の単語を吐きかけ、時折演奏がスッと消えたり、声が妙に重ねられたりと、その変化の付け方は案外相当に意図がありげだ。そこに何らかのキャッチーさを感じられるかどうか。冒頭の『God Bress Ohio』は基本的にアコギの悲しげなアルペジオが入り、本作でも例外的にしっかりと悲しげな雰囲気が伝わる例外的に“キャッチー”な楽曲と言えそう。『Lone Star』でも妙なベースのうねりを抜けると突如演奏がブレイクして代わりにノスタルジックなアコギの演奏に切り替わる様はこれはこれで鮮烈だ。逆に、12分という長い尺を本当にドラムとベースと声だけでやってしまう2枚目冒頭の『Stranger Than Paradise』の緊張感は物凄い。2枚目中盤『I Love Portugal』以降についてはかなりユルい雰囲気になって、少々作る側もダレてたのでは?と思えたりする。でも『I Love Portugal』くらい演奏とコーラスがあれば、このスタイルでも結構ポップソングとして成立できるのが面白い。

 膨大な歌詞は日本盤未発売で対訳が入手できないこと、そして実在の殺人事件等を沢山引用した内容であるらしいことから難解を極めるが、ツアー中の皮肉や愚痴を通り越して、過去と現代の多くの殺人事件に触れ、独特の虚無的な雰囲気が漂う作品のようだった。このブログで途中まで翻訳して、それは放り投げてしまったけど。英語を全然読める人はちょっとどれか読んでみると、興味深い内容だったりするかも。相変わらず死に取り憑かれた詩情をしているとも言えなくもない。

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21. Popcorn Ballads』サニーデイ・サービス

(2017年・CD完全版で100分28秒)

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 狂気による難産か難産による狂気か分からなくなった末に『Dance To You』という大傑作アルバムを上澄み的に作り上げた彼ら、というか曽我部恵一は、制作終盤で取られた「曽我部一人録音+α」のスタイルで一気に曲を書き上げ、サプライズ的な形でサブスク限定で『Popcorn Ballads』をリリースした。この時点でも結構な物量があったのに、その後結構な数のトラックを追加収録して、結局CD2枚組としてのリリースがなされた。膨大な数あるとされる『Dance To You』のアウトテイクの収録はおそらく相当限定され、殆どが『Dance To You』完成後に急造されたと思われる。

 その中身は、よりダンストラック的なスタイルに拘泥し、狂気、というか正気を排除してダークな享楽とサイケな妄想に積極的に身を預けようとするスタイルが様々なファンクネスと融合した、一番「ありし日のサニーデイ・サービス」像から遠いであろう混沌のアルバムで、ひたすら曽我部恵一のテンションの高さとおかしさとに圧倒され続ける作品とも言える。CD版は更に冒頭の曲順がえらく勿体ぶった形に再編され、満を辞して、という具合に本作のリードトラックにしてささくれ立って裏返った作品のテンションを示す『青い戦車』が現れる。CD版はその後追加トラックで、ピアノがソフトでメロウながら、どこか非現実的な世界が描かれる『きみの部屋』が収録され、本作の何故か「戦場めいた」強迫観念に覆われた世界観が補強される。かと思えばジザメリmeetsナイアガラな『花火』からの必殺のメロウファンク『クリスマス』、そして意識のブレ方自体を音楽にしたようなヨレ方をしていく『金星』と連なるDisk1終盤の脈絡のなさはこれもまたドラッギーなところがある。

 Disk2もやはり色々とおかしく、怪しげなラテン感でメロディが舞う『流れ星』に、『Dance To You』セッション初期と思われる牧歌的なボツトラックに無理矢理泉まくらのラップを載せてしまう『はつこい』、そしてファンクはファンクだけど妙にビョンビョンと音やリズムが乱れ飛ぶ『虹の外』など、混沌状態は続いていく。まともに曽我部ポップスしてる『summer baby』が逆に浮いてるような気さえするという異常事態で、そんな混沌を製作者自身が積極的に目指してのめり込んでる感じがひしひしと伝わってくる。その、製作者の中でも抗体ができてインフレしてくテンションの乱し方にリスナーの方もつられてエキサイトしていく、そんな構図の一大絵巻。

 すぐ翌年には、この混沌状態を更に超えることだけを目標にしたかのような混沌と、そして来るべき別れを事前に悼むかのような風情とが混ぜこぜになった『the CITY』をリリースし、『Dance To You』からの混沌と狂気の三部作が完結する。もしかしたら、前後の作品の存在感に挟まれて、本作は少し印象が弱くなってしまったかもしれない。でもそんな不憫な様も、深刻なほどに何も考えずにヘラヘラと没頭していく本作には似合うのかもしれない。

www.youtube.comなんか他のPVと全然脈絡がないけどでも唐突にめっちゃ綺麗なPVだ。

監督:曽我部恵一…?

 

 

22. 『Vu Jà Dé』細野晴臣

(2017年・53分12秒)

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 その長いキャリアの中で2枚組を作ることの無かった、確かにあんまり沢山曲を詰め込むことを良しとしなさそうな職人気質が感じられる細野晴臣が満を辞して(?)リリースした2枚組作品は、2枚足しても50分ちょっとというボリュームで、「趣の全く異なるそれぞれの楽曲群を分けるための2枚組」という方向に振り切った構成で、片方をオールディーズのカバー集、もう片方を様々なリリース形態で出ていた自作曲をコンパイルしたもの、という2枚組だった。音質を気にしなければLP1枚でも収まりそうなボリュームだけど、LPのA面・B面的に分けて聴くよう製作者側からリスナーに指示するための「2枚組」の形式、というのも少し珍しい。

 カバーの方の面は特に言うことは無い。非常に高度に「感じのいいそれっぽい雰囲気」を演奏で引き出していて、これ以前のカバー集『Heavenly Music』にこっそりあったノイジーなアレンジとかは見られない。強いて言うなら、オーガニックなギターサウンドの範疇でレトロなサイケ感があって、その辺はBob Dylanの3枚組カバー集のサウンドとやや共振してるかも。

 自作曲側については、様々な単発リリース等を含めて集めたものなので統一感を図ったりなどはおそらく無い。でも、それによってかつて弊ブログでも記事にしたこの人の多彩に分裂した音楽を「近年の手の届く程度の範囲で」ちょっと再現されたものが収録されているところは注目すべき点で、アルバム収録楽曲のジャンルを職人的に統一しがちな細野作品には珍しく、様々なサウンドが1枚の中で開陳されるのが面白い。冒頭の、低音ボーカルの効かせ方がもはやちょっとギャグめいてさえ聴こえる『洲崎パラダイス』の、熟成されきったトロピカル路線の感じはユーモラスだ。一方で、宅録ボサノバ的な『天気雨にハミングを』、『HoSoNoVa』収録の『君はラッキースター』の男女デュエットバージョンや、1980年代中盤の不思議な作風を感じさせるインスト『Pecora』など、様々な細野晴臣がコンパクトに封入されている。終盤には1989年の『omni Sight Seeing』収録の不思議インスト『Retort』に歌をつけたバージョンまで収録され、そのメロディには、通史で見ると分かりにくく感じる「細野節」的なメロディセンスの端が窺える。Disk2はさりげなく「細野晴臣音楽博物館」の様相を呈しているのが本当に嬉しい。そしてこの人の低音ボーカルはやはりかけがえない。

 それにしても、2017年だけで2枚組アルバムが自分の決して広くない観測範囲でも3つも出ているのは多い。きっと世の中、筆者の認識の外側で2枚組アルバムはもっと沢山存在してるんだろうけども。ちなみにBob Dylanの3枚組も同じ2017年。

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23. 『Græ』Moses Sumney

(2020年・20曲65分44秒)

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 全てのことに白黒つけない「グレー」を目指した結果、ソウルやR&Bの領域をとうに脱して、ジャズでもフォークでもプログレでもアンビエントでも何にでもナチュラルに混ざった、異世界オムニバスな世界を渡り歩く風な不思議な世界観をずっと続けていく作品。様々な音楽性のクロスするオムニバス感は特にサウンドが比較的鮮明なDisk1において強く、リズムレス気味でよりオブスキュアな方面に没入したDisk2とは結構世界観が異なるため、70分に満たない尺でも2つに分かれた意図は十分に感じられる構成。

 聴いてて思うのは、積極的に音楽ジャンル的な迷子になりに行ってる、ということ。声にはおそらく昔から慣れ親しんでいたのであろうソウルのフィーリングが隅々まで染み込んでいながら(特にファルセットの多用)、それが乗るトラックの方は変幻自在というか、何かのジャンルにこだわる素振りがまるで無いというか。ギターも結構多く使用され、分厚いコーラスワークを伴ったメロディラインには、時折ソウル方面から出てくるものとは異なる、もっとロック的なところから出てくるものを感じる。というか特にDisk1のメロディやコーラスやリズムの組み方はDirty Projectorsっぽく感じられる部分が多々あるような。『Virile』とか『Neither / Nor』とかのトライバルさが混じった感じとか。Disk1ラストに置かれたフォーキーさを彼なりに再構築した『Polly』の素朴な音の感触と流麗に構築された「清純な森の中」めいた美しさは素晴らしい。

 Disk2に入るとどうしたことか一気に音も声も形而上学的でスピリチュアルな雰囲気に移行する。曖昧な音のシンセが伴奏の中心となり、リズム楽器が出てくる箇所は相当に限定される。意識の奥の宇宙、みたいな漢字の楽曲ばかりになって、声には基本的に空間的なエフェクトがかかり続ける。アンビエントR&B的な静謐さが、実質最終曲的な存在の『Bless Me』に収束していく。静かにストロークされるエレキギターと、メロディのフックに重なるように現れるヒステリックなエフェクトに、今度はRadioheadじみた雰囲気が強く感じられる。

 都会の喧騒と世界観を異にする荒野や森の中を彷徨うDisk1と、精神の奥の宇宙を漂流するDisk2という取り合わせについて、本人はインタビューで「全曲仕上げて、全部並べて曲順を決めて、納得がいく並びになったところで半分に切っただけ」と話している。前半に物質的冒険、後半に心理的探求という曲順のイメージだったのか。ともかくその冒険や探求に、何かのジャンルを極めるとか深めるとか変異させるとかいった目論見は感じられず、ただともかく「自由に漂う」意思が、2枚とも透徹されているんだと思えた。

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24. 『Rough and Rowdy Ways』Bob Dylan

(2020年・10曲70分33秒)

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 カバーアルバムばかりを出すようになり、ノーベル文学賞を受賞した直後にカバー曲による3枚組『Triplicate』をリリースするなど、もう自分で言葉やメロディを紡いだ新曲を出す気が無いのか…と思われてた、伝説中の伝説的存在であろうSSWの彼が、コロナ禍の時代の中で突如17分に迫る尺の新曲『Murder Most Foul』をリリースし、その衝撃冷めやらぬうちにリリースされたのは、まるで天国の夢を見てるかのように優しくメロウなタッチの楽曲と21世紀ディラン的なラフでロウなブルーズ曲を繰り返し続けるこの傑作2枚組アルバムだった。まあ2枚目は『Murder Most Foul』1曲のみだけど。まさかこの静かに壮絶な1曲を本編じゃなくておまけだなんて言えないよなあ。

 ここでの彼のメロウさ加減は、彼のこれまでのオリジナル曲には存在しなかった類の、まるでノスタルジックな記憶や幻想に言葉が溶けていくような感触のもので、まるでLambchopとか、トーキングスタイルなのにメロディを感じれる具合はSun Kil Moonの『Benji』とか、そんなのに近い雰囲気があります。まさか大御所中の大御所が後進を真似たわけでも無いだろうけど、実はこういった幻想的でメロウな音作りは例の3枚組『Triplicate』において幾度も実践されていたらしく、あの大量のカバー曲群を幾つか拾って聴いてみると、ただの懐古的なカバー*11ではなく、明確に「懐古」の音をイマジナリーな質感に進化させようとする意志に満ちている。その方向性は、そのようなソフトなカバー曲と同じ方向性で彼が甘いコード進行の曲を書き、そしてそこにまさに「現代的なイマジナリーなメロウさのアメリカーナ」を得意とする新進気鋭のBlake Millsが多くの曲の録音に参加することで、より明確に「甘くぼやけた」像を結ぶこととなった。冒頭の『I Countain Multitudes』からして、エレキギターの音量操作から生じていると思わしき、空気ごととろけるように広がる音色の様が可憐で、彼のトーキングスタイルの歌唱も、不思議にメロディアスでメロウな形で響くこととなる。特に、甘く黄昏れきった優しさに満ち溢れたワルツ調の『I've Made Up My Mind to Give Myself to You』の美しさは、過去の彼のどの曲にも無かった類の切なさではないか。続く『Black Rider』のまろやかなマイナーコードの雰囲気もまた不思議に夢見心地だ。

 甘い楽曲ばっかりだとダルダルになっていた恐れもあったけど、ここには21世紀の彼がひたすら鍛え上げてきたダルなブルーズ曲もコンスタントに収録されている。退屈極まりないはずの12小節式の繰り返しの中に、楽器の素朴な響き、ちょっとしたミストーン的なものにすら味わいが感じられてくると、この「風景の音」にいい具合に入り込めてくる。そう、メロウにせよブルーズにせよ、リスナーはひたすら彼の紡ぎ出してくるイメージの中を旅をして、それはDisk1最終曲『Key West』にて、ひたすら平坦に開けた光景を歩いていく感覚に回収され、そしてDisk2である『Murder Most Foul』の、メロウともまた異なる、リズムをなくしたがゆえにイメージの奔流のように感じられる複数のピアノと弦楽器、そして次々に放たれる言葉から立ち上がる、近代アメリカの歴史と彼の記憶とが混濁した光景に沈んでいく。それはいつかの記事で書いたとおりの体験で、一言で言えば「聴いて読んで感じる17分弱のアメリカーナ」そのものだろう。

 『Key West』による第一幕の終わりと『Murder Most Foul』の第二幕のために2枚組になっている、という構成で、やはりサブスクではこれが分かりにくいので、一旦『Key West』で再生を止めて、そこで一旦終わる世界観、というのも堪能しておこうと思った。

ystmokzk.hatenablog.jp

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あとがき(25枚揃ってないのに…)

 以上25枚、この時点での演奏時間トータルタイムは37時間35分45秒だそうです。1日をフルに使ったとしても1日で聴き終われない圧倒的ボリュームに、2枚組アルバムの恐ろしき時間的質量を感じては慄くばかりです。

 世界に沢山ある素晴らしい音楽作品を全て聴くのが現実的に不可能なのと同じように、むしろそれよりももっと、世界に沢山存在する2枚組作品を全て聴き、完全に感じ入ることは困難で不可能なんだろうなと思います。40分程度のアルバムだってちゃんと全て感じ入った、って勘違いできるようになるまでかなりの時間を要するのに、もっとボリュームが多くて複雑な2枚組作品なら、より膨大な時間を掛けないと「完全に理解」なんて到底できないところ。本当に理解し尽くしたくなるような2枚組作品があっても、人間の使える時間というのはどうしても限られてしまうもの。

 それでも、時に2枚組作品に1枚ものの作品では味わえない類の魅力を感じるとすれば、それはアーティスト側からの「ともかく溢れ出ている全てを感じ取って欲しい」という、素朴にして自信に溢れそして傲慢な欲求それ自体が放つ魅力が存在するのかもしれないなと思ったりします。聴き手に対する嫌がらせで大量の収録時間にしているわけではないはずで*12、その純粋に膨れ上がった純情的なものにやられるのも、2枚組の楽しみ方のひとつかもしれません。なかなか繰り返し聴くのは難しいけども、1度聴き通してみると、ドストエフスキーの大作小説を読み終わった後のような、どーんと残る感触が、批評的な感情よりも雄弁だったりすることもあるかもしれません。

 なんかよく分からない結論ですが、そんなに無限に時間があるわけでもない中で、やたら時間を取られてしまう2枚組作品をそれでも聴こうと試みる際に、今回のこの記事が万に一つ役に立つようなことがあったりすれば本当に幸いです。もっとも、この記事自体そんな時間かけずに読み通せるものでもなかった気がしますが…。

 

追記:この記事で25枚選んだうちの25枚目についての記事です。以下の記事の前座としてこの記事を書きましたが、この記事の方がある意味大変だった…。

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 

プレイリスト

 今回取り上げた、合計24枚(?)+1枚のアルバムの中から1曲ずつ選んだプレイリストです。yumboの『鬼火』からはサブスクにないので残念ながら未選出。渚にても代わりの再録音源の方。諸事情で今回はApple Musicのプレイリストです*13

 それではまた。

 

*1:でもこれもdisk1ばっかり聴いてるのが個人的な実情ではある…。

*2:全曲いいんだから理解できない方が愚か、とか、曲順が大事なんだからただの1曲も飛ばして聴くな、とか。

*3:もっとも、この時期の彼の最大の名曲『Hey Jude』が収録から漏れているんだからそこはある程度はしゃーない。

*4:実験的なインストアルバムをこれより前にリリースはしてるけど、世間的にはこれがファーストでしょう。

*5:Lifehouse』と『Long Live Rock – Rock Is Dead』がそれで、前者はアルバム『Who's Next』として再構成され、後者のうち数曲がそのまま本作に活かされた。

*6:一応本作以降のクレジットはThe Clash名義なので誰の作曲家は分からないが、でもボーカルがメイン二人のどっちなのかとか、そもそもMickボーカル曲のMickらしすぎる感じとかで何となく予想はできる。

*7:音質の問題?

*8:本編2枚、ライブ2枚、残りアウトテイク集の8枚組とかいうふざけた物量。本編に収録されてなくて首を捻る素晴らしく作り込まれた曲も沢山ある。

*9:& The Revolution名義で出す予定だった2枚組アルバムがポシャって、更に独力で作り上げた3枚組『Clystal Ball』がレコード会社から難色を示されて、やむを得ずこの80分の尺・全16曲にサイズダウンしてようやくリリースに漕ぎ着けた。

*10:順番が逆か。Princeのこのシンセの感じをMOTHERがオマージュしたのか。

*11:そもそも彼の近年の音楽を懐古的なものと思うのが間違ってる、と言われると自分の見聞のなさを恥じるけども。

*12:Sun Kil MoonとかSwansとかはその長さ自体に悪意がこもってる気がしないでもない…でもその「悪意」もまた音楽的魅力だけども。

*13:コロナデマPodcastの問題の件でNeil YoungSpotify辞めちゃったから…。