ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

moonriders LIVE 2022 日比谷野外音楽堂

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 「撮影禁止」となっていたので、開演前の写真しか撮ってないです。本当です。

 

 福岡からはるばる東京まで向かい*1観てきました。凄いものを観た…と思ったのでライブレポートを書きます。

 以前書いたムーンライダーズの歴史まとめみたいなやつはこちら。

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 

 曲目は以下の目次参照。それぞれスタジオ音源での初出も併せて記載します。年代を見ただけで、このバンド結成より前から現在までを全て含んだ、他の日本のアーティストでも、世界のアーティストでもここまで年代の幅の広すぎるセットリストはなかなか組めないだろうと思えるラインナップで、かつ、彼らのことをずっと見てきたファンであればあるほど唖然とするようなレア曲ばかりの“突き放した”セットリストだろうな、と思われます。彼らのライブをナマで観るのは初でしたが、最初がこれって凄い。

 

 

本編

 

1. いとこ同士(1978年 『NOUVELLES VAGUES』)

 メンバー同士が縦に連なって前の人の肩を持って、まるで「電車ごっこ」の要領でステージにやって来る。開演前の放送といい、あくまで大御所感無しに惚けて見せようとするのはシャイネスなのか。

 少し重めのマイナーコードのギターカッティング。そしてすぐに、70歳を超えた演奏人だという事実がすぐにどっか行ってしまう、あくまで「バンド音楽」でしかないズッシリとしてガチャガチャした音楽が聞こえてくる。スタジオ音源ではボーカル以外はシンセの打ち込みと細野晴臣演奏のスティールパンのみの音楽なのに、特に2000年代以降のライブでは欧州めいたマイナー調とサビ部のメジャー調への転換の淡い鮮やかさの曲構成を活かしたタイトなコンボ演奏に変貌する。

 キーボードでスティールパンの音は所々入るものの、ギターを中心としたファットなバンドサウンドに変貌するこの曲のライブバージョンは、スタジオ版のスカスカさゆえに先鋭的な部分はオミットされてしまう。でも、それがどうした、と思えるくらいの王道感がかわりにしっかり備わってるもんなんだなと、ライブ動画は見たことあったけど生でも確認できてよかった。

 というか、この曲は彼らのライブで頻出なので、この後のセットリストがこんなにレアな曲ばかりになるなんて露ほども思わなかった。

 

 

2. We are Funkees(2001年 『Dire Morons TRIBUNE』)

 ムーンライダーズは如何様にもイントロや曲調を原曲から変化させることができるバンドで、だからこそ演奏の始まりでは何の曲が始まるのか分からないことが結構多い*2。でも、その変幻自在のサウンドの中核となるマルチインスティルメンタリストの武川さんのバイオリンの、シャープなモンドさにどこか聞き覚えがあって、で、ギターのカッティングが始まっていよいよ、えっこの曲が…?って思えた。

 2001年のヒステリックなアルバム『Dire Morons TRIBUNE』の実質1曲目的なポジションとなるこの曲は、割とポップでマイルドな楽曲を作る傾向にある白井良明作曲にも関わらず、あのアルバム的なヒステリックさをコンパクトに内包した楽曲。しかし、この曲がアルバムツアー以外でライブ演奏されたことなんてあるんだろうか。アルバム自体バンドの歴史の中でどこかマイナーなポジションに置かれてしまってるきらいがあるけれど、独特の尖り方が大変素晴らしいアルバムだ。

 そしてその「尖り方」をしっかりとライブで再現して見せるバンドの演奏能力の高さと、そして勢いの見せ方。この曲の“良さ”を演奏能力の高さだけで再現なんてできる訳なく、「洗練とか完成度とかよりも、ともかく混沌への炸裂を!」と言わんばかりのテンションが無ければ、何やってるか分からない程度に収束してしまうだろう。彼ら、「70歳を超えるメンツにも関わらず」的な書き方はこの記事ではもうこれで最後にしよう。どの曲にもこう書かないといけなくなってしょうもないから。年齢は関係ない。こんなに前のめりに「ヤケクソな勢いに酔う」演奏ができるバンドが、どれほどいるか。

 終盤はそんな勢いづいた演奏のキーがどんどん上がっていき、そしてその度に演奏が加速していく。そして、その終着点のブレイクがそのまま、次の曲のイントロに繋がる構成となっていて、「いきなり小粋さのアピールがすごい」と思った。この混沌とした曲からエレガントな次曲に繋ぐというのもまたすごい。

 

 

3. モダーン・ラヴァーズ(1979年 『MODERN MUSIC』)

 前曲の混沌とした終幕からスッとこの曲のイントロのギターの断続的なカッティングに繋がる様に、クラウン時代のキザな華麗さの香りが立ち上る。ニューウェーブ感のあるゴツゴツとしたカッティングなのに歌の質感はそれまでのエレガント路線を継いでいたこの曲はリリース当初からバンドの変化の過渡期そのものを見せられているような楽曲で、その不思議に違和感のない歪さがしっかりとライブでも再現されていた。特に、ファルセットのコーラスで合唱するという他にそんなに観ることなさそうなこの曲の特徴はライブでもしっかりと表現されていて、合唱に定評のあるバンドなんだなあやっぱり、と思わされた。

 

 

4. I hate you and I love you(2009年 『Tokyo7』)

 3曲目で急にムーディーになったのをまた打ち壊してくるような曲順で、この小気味好い突破感自体が痛快だった。ここまでの1970年代と2000年代とを反復する曲順の不思議な取り回し。バンドでもとりわけまとまりのあるバンドサウンドが聴けるアルバム『Tokyo7』の地味なリードトラックでもあったこの曲をさらりとロールさせていく。思うのは、こういう1960年代風味のあるロックンロールにもメインリフの一角としてバイオリンが付いてくるこのバンドならではの豪華さ。武川雅寛という、普通ロックバンドにはいないであろう人物がいることの強みはライブで本当に遺憾なく発揮される。バイオリンを弾きながらコーラスワークに参加するのはやっぱりおかしい。こんなことを当たり前のようにバイオリニストに求められたらその人泣いちゃうんじゃないか。

 

 

5. ゆうがたフレンド(2006年 シングル)

 この日の曲目は演奏する時間帯を想定しての選曲が幾つか見られた。そのひとつであるこの曲の、フォーキーでかつ王道なスケール感。特に、バンドサウンドが入ってからの王道な雰囲気には、普通に当代を生きるロックバンドとしてのあり方を急に手に入れた2000年代半ばのバンドのスタイルがナチュラルに息づいている。ここからホーンセクションのゲストプレーヤー3人も入り、サウンドにより厚みと華やかさが増す。

 しかし、それよりも間奏部分の「金は無い」コールで進行するジャムセッション的な部分の、コロナ禍での声出し禁止という状況でも何とかコールアンドレスポンスを強引に取っていく時間が印象的だった。むしろこっちが本編と思えるくらいかなり長い時間をこの部分に費やし、「金が無い人〜」「金がある人〜」と挙手させて、無い人が圧倒的に多い状況にはこのバンドらしい笑いが溢れる。でも、そこで白井さんが一言プーチンが嫌いな人〜」と言い放ったのにはギョッとした。この、どこか和やかな空気を現実がエグく引き裂く様は、もっと後にもっと真剣なスタイルで表現されていく。彼らの、このライブを現実から離れた、予定調和でユートピアな空間にしきってしまうことに対する嫌悪がこのライブで最初に垣間見えた瞬間だった。

 

 

6. 檸檬の季節(1982年 『マニア・マニエラ』)

 延々とニューウェーブ化したファンク的なギターカッティングが続き、特に白井さんはギターの弦をスティックか何かでバシバシ叩きながら演奏し、一体何が始まるのか誰も見当つかなかったであろう中からこの曲が立ち上ってきた時の驚き。それにしてもやっぱり選曲がレアい。ただでさえライブでそんなに見ない曲を、原曲とまるで様変わりしたアレンジでやり通す、そんな場面がこのライブでは何度もあり、昔からのファンでもまるで新曲のように響くのでは、と思った。そういったスタイルがまずはこの曲でお披露目された。

 原曲にあった「近未来の秘密結社」感は薄れて、もっと現実的なダルさにやられた秘密結社感に移行していた印象。やっぱアルバム『マニア・マニエラ』の複数の楽曲で聴ける合唱のスタイルは不思議に「秘密結社」な感じがとてもする。それはここまでアレンジを変えても変わらない。逆に言うと、まさにこの「秘密結社」コーラスが核で、そこを変えなければどんなにアレンジを変えてもこの曲になるんだな、という、バンド側の自己分析の巧みさが垣間見える。あと、ムーンライダーズのライブ演奏面での要は武川・白井の両名だと思ってたけど、ことライブになるとリズム面をリードするベースの存在、つまり鈴木博文さんが意外と前に出てくる場面があるなと、この曲のアレンジの変貌の中でその重要性に気づくなどした。

 

 

7. BLDG(1984年 『AMATEUR ACADEMY』)

 このライブの最初のハイライトじゃなかろうか。演奏開始前から鈴木慶一のギターにえらくディレイが掛かっていて、何の演奏を始めるつもりなんだろうか、と思ったけど、呟くようにこの曲の歌い出しが始まった時の「これをライブでやるのか…!」という静かな衝撃に息を呑んだ。

 果たして、実験の限りを尽くした感じのある『AMATEUR ACADEMY』のスタジオ音源の要素要素をしっかりバンドサウンドに移し替えて、キーボードとギターサウンド、更にホーンによって幻惑的な世界を構築し、そこに原曲を完全に再現した高度でかつ正統派にThe Beach Boysしたコーラスワークを伴い、いつの間にか陽の落ちた日比谷公園の、ビルに囲まれた雰囲気に、この曲ならではの退廃的な神聖さが響いていく。飛び降り自殺をテーマとした歌詞を神聖なコーラスで包むというスタジオ音源の倒錯具合をその雰囲気を過度なバンドサウンドが壊さないよう注意を払いつつ、丁寧に再現する。そしてそこに、生のドラムがしっかりと響くことによって、ここで聴いたこの演奏はまるでこの曲の“完全版”のようにさえ聞こえた。霊感と肉感の合一。

 特にこの曲のコーダ部「チョークで描かれたジャックはビルを見つめて待ってる」のフレーズは、音源と共通するゾクっとする感覚を進化させたような、不思議な厳かさとカタルシスとがあり、思わず歌詞に合わせてビルを見てしまう。その様子には、聴衆を「チョークで描かれたジャック」=「飛び降り自殺の跡」と同一化してしまうブラックなジョークが効いてくる。

 

 

8. S.A.D(2022年 『it's the moooonriders』)

 本来であればこのライブに間に合わせるはずがメンバーの体調不良等により録音が後ろ倒しになったことで間に合わなくなった新作アルバム『It's the moooonriders』から続けて2曲が演奏される。ちなみにこの曲の始まる前にかなり長い尺で武川さんのMCがあり、この人演奏にMCにライブだと本当にマルチに前に出てくるな…と思った。

 この曲は武川さんに加え、サポートメンバーの夏秋文尚氏や佐藤優介氏(カメラ=万年筆)と共作で作曲された楽曲。武川色を感じられるモンドで自然の感じ・流浪の感覚がある曲調を、ポエトリー調とメロディのあるフックとを繰り返して情熱的に駆け抜けていく様はとても鷹揚としていて、この人の楽曲はやっぱこういう感じだよな、闇と病みの部分は他メンバーに任せりゃいいもんな、と、持ち味の発揮され方の良さを感じた。楽しげにかつ微妙にテクニカルにラインを紡ぐギターや、このバンドじゃなきゃ採用しないようなストレンジだけど楽しげなコーラスワークも面白かった。

 

 

9. Smile(2022年 『it's the moooonriders』)

 やはり予定されている新作からの楽曲で、こちらは作詞・作曲とも鈴木博文さん。ワルツ調でどっしりと展開する楽曲で、ボーカルも彼が取る箇所が多く、やはり彼はバンド内SSW的なポジションが合う。そして、武川曲とはまた異なる方向性のアーシーさが、どっしりしたリズムの中で深まっていくのを感じた。モンド的ではなく、もっとBob DylanとかNeil Youngとか、そういう方向のしんどさ・苦汁めいた土臭さが出てくるのが彼の特色。どこか破調めいたコード感覚といい、この人も自信の持ち味をどうバンドに持ち込めばいいか確信を持ち続けてる感じがする。

 それにしても、新譜からの楽曲はあともう1曲演奏されたけど、新譜には鈴木慶一作詞作曲の楽曲が3つも収録されるにも関わらず、このライブでは1曲も演奏されなかった。何だかんだでバンド内で突出した存在でありつつも、決して突出しようとせずバンド内の協調をひたすら調整し続ける彼の「らしさ」が、新曲の演奏1曲もなし、という部分に少し感じられた。

 ここの新曲2曲はどうやら、2021年末の彼らのライブの告知動画で先行で一部が聴けるようになっていたっぽい。

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10. イスタンブール・マンボ(1977年 『Istanbul mambo』)

 ここから更にバンドはいかがわしさといい意味での“下賤さ”とを纏い、何処の彼方の町の楽器隊だろうか…と思えるような、妖しく、かつ特定不能なエキゾチックなジャム要素を加速させていく。シタールにタブラにと舞いつつも、しかし明確にインドでは決してないような、こんな“胡散臭さ”自体に絶大な説得力を待たせられる演奏ができるのも、彼らの混沌としたキャリアのなせる技か。

 いつの間にか楽曲の入り口めいたものに辿り着き、そしてこの演奏がこのカバー曲の前奏だったと判明する。非西洋圏の音楽を志向したこの曲の、戦後〜バブル前までの混沌を煮詰めた雰囲気のメロディーは、鈴木慶一かしぶち哲郎両名による原曲の歌詞をかなり無視した「いかにもな」歌詞によって増幅される。にわかに現れる、エネルギッシュな混沌に満ちた“昭和”の情景。「異国情緒」という言葉さえ飲み込んでしまうこの概念は何なんだろうな。

 ムーンライダーズによるこの曲のカバーのいかがわしさは、同じ曲をカバーした大瀧詠一の割と最近世に出たカバーと聴き比べると格段に分かりやすい。大瀧詠一も何でまたこの曲をカバーしていたのか。こっちはこっちでえらい流麗でなかなか素敵。

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11. ディスコ・ボーイ(1979年 『MODERN MUSIC』)

 この辺で「珍しい曲ばっかり演ってるでしょ?」と鈴木慶一が喋ったんだったか。本人がそう言うんだから間違いなくここまでのセトリは珍しいんだなやっぱり、と思ったし、続けて演奏されるのがこの曲だとアナウンスされて、「また微妙なラインの曲を拾ってくる」と思った。同じアルバムに収録され冒頭に置かれた『ヴィデオ・ボーイ』のインパクトに食われてる感じのある同系統タイトルのこの曲は、白井良明のこのバンドでの最初のソングライティング。

 前の曲までの異国情緒はどこへやらの急なニューウェーブサウンドへの展開。クリーン寄りのギターが刺々しくハイを鳴らす様に、さっきまでのドロドロさはまるでない。リアルタイムでこの変貌の流れを追ってた人の困惑か興奮かは凄かっただろうな、とこの曲順に追体験する思いがあった。それにしても流石にこの曲の時点ではこの後に『トンピクレンっ子』くらいから出てくる作家性はあんまり出てこないな、とも思ったり。それでも、数をカウントする歌詞の箇所の勢いはライブ感が良くあって、その前のアンニュイな展開とのギャップが面白く、この取り合わせをライブならではの執拗な繰り返しで展開するのもなかなか面白い。

 

 

12. 駄々こね桜、覚醒。(2022年 『it's the moooonriders』)

 同じく白井良明曲で、一気に時代が飛んで新作『it's the moooonriders』からの新曲が披露される。タイトルを告げられただけでおそらくある程度のファンなら一発で白井曲だって判るタイトル。最初に手拍子の練習があったりと、ある種のベタさをやり切るところに彼の強いキャラクター性がある。そんなコテコテ気味なキャラの彼がメンバー内でプロデュース業で一番成功してる、というのは不思議で、しかし絶妙なところ。

 披露された楽曲は、彼のポップセンスを正面から活かした快活なギターロックナンバー。『Sweet Bitter Candy』等に代表される彼のストレートなポップさは他のメンバーの楽曲からは得難いところがあり、おそらくこのライブで最も何の憂いも衒いも無しにカラッとしていたのはこの曲の時のことだろう。新曲だというのに。

 

 

13. 月夜のドライブ(1973年 『センチメンタル通り』はちみつぱい

 夕方の始まり頃から始まったライブもすっかり夜になって、鈴木慶一がオーディエンスに「今日は月が出ている?」と尋ねて、みんな空を見上げて月を探す。そして始まったこの曲は、ムーンライダーズの前身であるバンド・はちみつぱいの頃の楽曲。おそらく曲名とバンド名の関係もあり、ムーンライダーズ以降でも度々歌われてきたナンバーをこの時も演奏した。

 はちみつぱいはっぴいえんどの兄弟分バンドとして扱われるけど、はっぴいえんどよりスローテンポな楽曲が多く、かなりThe Bandやウエストコーストロックの影響が濃厚な穏やかなグルーヴを有していた。そのせいか地味で、はっぴいえんどほどには伝説化していないところではあるけど、でもその奥深いクルーヴ感は十分に完成していて、特にその後ムーンライダーズに歌い継がれたこの曲は、強力で幽玄なサイケデリアを発生させる楽曲として今日まで生き残っている。この日も、ギターサウンドにキーボードにコーラスワークにと様々な手立てによって形成される、タイトルから連想されるような宇宙的な音の広がり方が、ロマンチックな空気感を形成していた。ムーンライダーズ的な混沌ではなく、どこか素直に透き通ったような風情があるのはこの曲ならではだったかもしれない。

 

 

14. G.o.a.P(1984年 『AMATEUR ACADEMY』)

 少しだけ出して焦らすかのように、ファンに「聞き覚えがあるよね」と言わんばかりにギターリフを投げかけてしばらく経ったのちに始まる、名作アルバム『AMATEUR ACADEMY』の中でも『BLDG』辺りと並んで業の深い存在感をした名曲が始まる。とはいえその演奏は原曲の室内ファンクを神経質に演奏したような雰囲気とは異なり、ダブ的な手法によってもう少し屋外に空気が行き渡るようなアレンジ。これはどうやら、1995年にリリースしたミニアルバム『Le Café de la Plage』での再録バージョンに近い演奏らしい。このミニアルバムまだ聴いたことなかった…。

 「僕が19で君が生まれて/君が19のとき 僕に出逢って」のラインに代表される歳の差カップルのインモラルな雰囲気の歌が、少しラウンジ調にも感じられる開かれた空気感で演奏されることの妙味があって、ライブで聴く分にはこのアレンジもなかなか。いかがわしくて息の詰まるような歌が妙に開放感あるのは可笑しくて面白い。

 

 

15. Flags(2001年 『Dire Morons TRIBUNE』)

 前の曲が終わった後、鈴木博文一人延々とベースを弾き始めて、高音弦も用いたプレイは妙に中近東を感じられるものがあって、一体何が始まるんだろう…って思った。次第に他の演奏も追随して行って、それでも何の曲なのか検討がつかない。付くはずもない。このライブで個人的に最大のサプライズはこの曲が聴けたこと。

 やがてブラス隊がこの曲のイントロを吹き始めてようやく、楽曲の正体を感じた。ブラス3人にヴァイオリンも伴い演奏されるこの曲の壮大なスケール感は、Beirut(バンド)もきっとこんな感じなんだろうな、と思わせる。いや待って、Beirutのデビューは2006年で、この曲のリリースは2001年だ。個人的にこの曲にはWilcoの『Yankee Hotel Foxtrot』的なものを感じていたけど、この曲はBeirutよりも先にBeirutな音楽をしていた曲でもあったんだな、と気付かされる。

 歌が始まって以降はもう、ひたすらに圧倒される。この曲の超然としたメロディ展開に、そして戦争において象徴的にはためくものである「旗」についての歌をこうしてこの今の時期に演奏することの意味に。原曲よりもよりゆったりとしたテンポで演奏され歌われるこの曲の神々しさについて、ここで十分に書き記すことなんてできない。ただただ、「自分が死ぬまでにライブで聴けたらな」と願ってた曲が最初のライブであっさり聴けてしまったこの衝撃にやられてしまって、その荘厳な演奏の前にずっと打ちひしがれてた。

 ライブで『Dire Morons TRIBUNE』という残念ながらマイナー気味に扱われるアルバムの曲から2曲も取り上げられたのは、もしかしてこのアルバムの大ファンだと公言しているサポートメンバーの佐藤優介氏(from カメラ=万年筆)のおかげだろうか。だとしたらもうひたすら感謝しかない。早くサブスクにも解禁されて、このアルバムの持つ独特のヒステリックで超然とした世界観が広まってくれないか。

 

 

16. スカーレットの誓い(1982年 『マニア・マニエラ』)

 どこかのタイミングのMCで武川さんが「舞台監督から、声をあげなければ、その場で立って手を振ったり踊ったりするのはいいみたいです」と話していて、それは多分、この曲を演奏することを念頭に置いてたのかな、と思った。イントロクイズ的な部分で早々に多くの人が気付き、その場で立ち上がり、そしてバンドとの合唱を封じられつつも、代わりに懸命に手を振る。この曲のコーラスに合わせて、必死に声を上げるのを我慢して手を振り続けるファンの姿は、不思議に感動的な光景だったと思う。

 ファンの間では言わずと知れた代表曲にしてライブ定番曲で、この曲はファンとの合唱によって生まれる暴動的な雰囲気によって完成する曲のように個人的に思ってた。だからこそ、“無言の合唱”とでも言うべきあの場の雰囲気に胸打たれたんだと思う。と同時に、終演後、結局このライブでかしぶち哲郎さんの曲がこれだけだったことに、仕方がないけれども寂しさを感じたりもした。またいつかのライブで『Frou Frou』とかを聴けるのを楽しみにしておこう。

 

 

17. シリコン・ボーイ(1992年 『A.O.R.』)

 前の曲の興奮冷めやらぬうちにこの曲のシーケンサーが鳴り始め、自分は勝手にそれを『ヴィデオ・ボーイ』のものと勘違いして「すげえ曲順だ!」って盛り上がってたらこっちだったのでちょっと格好悪くなった。ギターリフが聞こえたところで気づいてバツが悪くなったりした。いや、この曲もポップで演奏の見せ場もあって全然いいのだけども。

 1990年代のバンドのポップサイドに開けようとするスタンスを程よくロックサウンドと纏め上げた楽曲で、この曲とかの『ダイナマイトとクールガイ』が同じシングルに収録されていた。どうしてこれで売れなかったのか…。でも売れてたら色々と歴史が変わっていたかもなので、案外これで良かったのかもだろう。

 

 

18. ヤッホーヤッホーナンマイダー(2005年 『P.W Babies Paperback』)

 何となく、ロシアの戦争のことを思って、開演前には『P.W Babies Paperback』収録の、ソ連が人類の宇宙進出をアメリカと競って行ってた時代について歌った『スペースエイジのバラッド』を演奏するんじゃないかな、したりしないかな、と期待してたけど、そういえば同アルバムにはもっと直接的に戦争反対について歌うこの曲があった。割とライブで時折歌われる方の楽曲ではあるけど、この時においては彼らの意思を示す重要な曲だった。

 白井良明作曲の素っ頓狂なタイプながら、歌詞をトランペッターの坂田明氏が書き、そして大半を鈴木慶一が歌うという不思議な組み合わせの楽曲で、タイトルそのままのサビの掛け声もあり、コロナの状況、そして戦争下の状況でなければこれも事前練習付きで合唱コーナーができていたであろう楽曲。この時は割とスッと始まり、ストレンジなギターリフが鳴り響き、映像等で見る往時のコミカルなパフォーマンスの影は微塵も感じられない。そりゃ、こんな歌詞のある曲をこの時期に演奏すればそうもなる。

 

謎々だよ どうして戦争 止めない

人は皆 人間だ 然るにも ケダモノだ!!

 

 この日のライブではこの曲が一番重たかったウクライナ情勢を思うに、ヤッホーなんて言ってる場合じゃないんだ。そんなのメンバー皆分かってる。それであえてこの曲を演奏する、その意思表示の明確さ、そして楽曲本編終了後そのまま続いていく、重いギターリフを伴った鈍重なマーチのようなセッション部で、ひたすらバンドが連呼する。

 

戦争やめろ

アホダラが

 

バンドの、戦争を引き起こした者に対する剥き出しの怒りが、ひたすら繰り返されていくこのセクションについては、様々なアレンジや演出で観客を魅了するバンドの姿はなく、代わりに破滅的な感情の迸りを直接音にぶつけてしまう、そんなバンドの内なる機巧が直接、何度も何度も打ち込まれ続けた。これは、観客側が声を出せない状況だからこそ、主張としての純度が保たれたような、不思議な深刻さがあった。そしてその怒りが疲れ果てて果てていくかのような終幕の後、ひどく重たい空気を昇華するかのように本編最終局が始まる。

 

 

19. 黒いシェパード(1995年 『夜のムーンライダーズ』)

 破壊と混沌に満ちた1995年の日本の末尾に生まれた作品『夜のムーンライダーズ』において、そのひたすら重苦しい内容を、悲惨な魂のありようを根底から救済せんとするこの大名曲が、前曲の剥き出しの怒りによる荒廃した空気感を慈しむことで、このライブ本編は終了した。それにしても、本当に素晴らしいメロディ・素晴らしい歌詞。原曲で女性ボーカルで歌い上げていた土着の歌のようなパートは、サポートメンバーの澤部渡(from スカート)が担当し、「あんたがそれやるんかい」と思わせつつも、素晴らしい絶唱を聴かせてくれた。鈴木慶一のボーカルは、前曲での荒れ狂った調子からずっと優しくなり、相当にマッドな領域まで行った人だからこそのラインを訥々と歌い上げる。

 

みちづれよ 答えろよ 悲しみや 重い荷を

はずしては 人の子は 生きて ゆけるだろうか

悲しみよ よう聞けよ 一行の詩 残せたら

山が燃え 沈んでも 生きた事に なるだろう

 

 この曲の美しいメインセクションのリフレインをバックに、メンバー紹介が始まる。特に2021年初頭より骨折等による体調不良を抱えていて、この日も入場時から歩くのが大変そうだった岡田徹氏の「もっと元気になれるようリハビリ頑張ります」の言葉に多くの拍手が寄せられた。

 

 

アンコール

en1. ジャブ・アップ・ファミリー(1978年 『NOUVELLES VAGUES』)

 鳴り止まない拍手と手拍子の後に、メンバーが戻ってくる。そこで演奏されたのがまた中々にマイナーなこの曲で、今日はとってもそういう日なんだな、と思わされた。しかし、原曲にはそんなになかったであろうジャグバンドな風味が徹底的に追加されて、本編の『イスタンブール・マンボ』と並ぶくらいに急にどこの国の音楽かよく分からない混沌とした空間が生まれ出すのは凄まじい。ホーン隊も的確に調子はずれのフレーズを連発していて、その調子のハズレっぷりが実に楽しげな狂騒感を盛り立てていた。

 またもやメンバー紹介。感動的な前曲では中々やれなかったであろう、名前を呼ばれてからソロを披露するやつをメンバー各自が次々に行っていく。この曲ってそういうポジションになれる曲だったんだ、という失礼な発見が妙に可笑しくて、楽しかった。

 

 

en2. くれない埠頭(1982年 『青空百景』)

 ホーン隊3人が先に退場して、残ったメンバー(+サポート2人)で何をするんだろう、と思ってたら、白井さんがセンチメンタルなギターフレーズをループさせ始める。そして、そのまま鈴木博文さんが歌い始める。はっきり言って歌のコード感とフレーズがそんなに合ってる訳じゃなくて、ズレとたまに美しい調和を見せたりを繰り返しつつ演奏されていくそれは、最後の最後に示されたムチャでカオスな光景だった。最早このバンドで一番唱歌めいた存在となっているこの曲は、おそらく相当長い間、様々にアレンジを変え続けて歌われてきたけど、ここでのアレンジも実に無理矢理で、それをこの曲が元来から有する「いい歌」であることだけで強引にねじ伏せようとする、その変なアグレッシブさに頭が下がる。

 絶対、もっと合うループフレーズがあるし思いつくだろうはずなのに、あえてこんな歌と距離感あるフレーズを選んでるのも挑戦的だし、そのリフに引っ張られずに淡々と歌えるのも凄いし、それにきっちりと演奏を合わせる他メンバーも凄い。演奏が重なることで、ズレてたはずのリフが妙に演奏にハマってくる瞬間も増えて、最早バンド全体が「音楽的なアクシデントをどう乗りこなすか」みたいな意識で動いているようにさえ思えた。

 

 

総評

 いいもん観ました。特に選曲がレアなのばっかりなのが、いやでもムーンライダーズのライブ初めて観る人としては定番曲も観たくなるやないですか…っていうことで、次にライブがある際にもぜひ行きたいな…と思わされました。

 セットリストを見返して思うのは、人気アルバムであろう『カメラ=万年筆』やら『ANIMAL INDEX』やら『DON'T TRUST OVER THIRTY』やらからの選曲が今回1曲も無かったということ。それでかつ定番曲も数曲くらいしか入れないでもこんだけのセットリストが余裕で組めるあたりは、尋常なキャリアじゃないものな、と思ってしまいます。

 何よりも、編曲能力のずば抜けた高さと自由さが、このバンドを唯一無二の存在にしてるんだなと身をもって知りました。ホーンやストリングスを入れたバンドはそれでも世に幾らかあるんだろうけど、でもこのバンドの場合中心にいるのがクレイジー鈴木慶一だもんな、という素晴らしさがあって、それはライブ本編終盤2曲でとてもよく分かった気がします。

 またすぐライブをやるようなMCもしていたので、ぜひ行きたいな、と思います。本当にもう「こんな年齢なのにも関わらず」みたいなのは全然必要ないって分かった。純粋にまた「ものすげえもの」を観たさにライブに行きたいと思いました。

 

 以上です。それではまた。

*1:まだまん防も明けてなかったのに…と非難されることもあるかと思い迷いましたが、そこはともかく書いておきたかった。

*2:というか、このライブがただでさえライブ演奏がレアな曲を多数やってる上で、更にイントロのインプロが凝ってるために、途中からいちいち「次のこれは…何の曲だ?」みたいなことが連続した。