ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

Big Thief Live @大阪(梅田クラブクアトロ)

 正直使ってるスマホが古くてカメラが良くない+写真アプリが低スペック+観てた位置が後ろの方ということなどあって、写真はろくなものが撮れていませんのでそういうのはTwitterを検索するなりそのうちどこかでアップされるであろうもっとオフィシャルな媒体とかを見に行かれた方がいいと思います。

 何はともあれ、Big Thiefの、2020年に予定されていたけれど延期して、その間に2枚組のアルバムが出てしまった後の来日公演を大阪で観ることができました。とても凄かったので、早速ライブレポートを書いてみます。

 

 今年2月に出た2枚組アルバム『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』については以下で前曲レビューを書いております。やたら長いですがよかったらこちらもどうぞ。

 

ystmokzk.hatenablog.jp

 なお、やはりやたら長いこのアルバムタイトルを以下の文章では『DNWMIBY』と略して書きます、書かせてください。略してもなんか長いな。何の暗号だ…?みたいな。

 

 

セットリスト、及び他の日のライブのセットリスト

 今回Big Thiefは結局、追加公演含めて4回、日本でライブをしました。更に、日本に来る数日前には韓国のソウルでもライブをしており、これを加えた5回は「同じ時期のライブ」だと見做せるでしょう。

 さて、世間には以下のようなセットリストを掲載してくれるサイトがあります。

www.setlist.fm

 ここに今回の一連の5公演もセットリストが掲載されています。なので、ここから拝借して、日程の順番にセットリストを見てみましょう。少し曲目だけを見たコメントも付けておきます。Big Thiefはどうやら結構セットリストを毎回いじってくるタイプのバンドのようで、こうなるとファン個人個人で「どこのライブが一番曲目が良い」などと考えてしまうもの。その辺もなるべく邪気のない感じで考えてみましょう。

 

 

・2022年11月12日:ソウル公演@Rolling Hall

 いきなりライブ世界初披露の新曲を聴かされる韓国のファンたち。幸せなような困惑してしまいそうな。曲数は大阪公演と同じ19曲で最多タイ。未発表曲が3曲も含まれたなかなか思い切った選曲に、更にAdrianne Lenkerがソロで歌うところも多かったみたいです。アンコールは全部1人でやったのかこれ…?

 楽曲的には、大阪では観れなかった曲の中でも一番観たかった『Time Escaping』の存在が光ります。あとソロとはいえ1stアルバムの名曲『Paul』は羨ましい。。

 

 

・2022年11月14日:大阪公演@梅田クラブクアトロ

 今から全曲レビュー形式で見ていくセットリスト。演奏曲数はソウルと並んで最多タイの19曲。

 羨むも何も、自分が観たライブがこれなので、これを基準に他の日の曲目を羨む訳ですが。どうやら他の日と比較した感じ、ソロコーナー無しに全編バンドによる演奏だったのはこの公演のみっぽいです。アンコール1曲目は言うて大体Adrianneソロみたいな感じではありましたが。あと2ndの静謐な名曲『Mary』のバンドアレンジ版は多分レアな方で、他は東京公演2日目のみ。というか何気に『LOVE LOVE LOVE』と『Red Moon』はこの5回で大阪公演のみの演奏。つまり『DNWMIBY』から一番多くの曲が演奏された日っぽい。特に『Red Moon』、後述しますがこれは楽しかった。これでライブが終わることで印象が大きく左右される類のものでした。理由は上記の括弧書きの部分で推察付くと思いますが。

 アンコール1曲目の新曲もどうやらライブ初演奏かつ大阪公演のみのようだし、曲数も多いし、あれっもしかして当たりセトリ…?これに『Time Escaping』が付けば文句なしだったけど贅沢言い過ぎ。また日本に来てくださいBig Thief。

 

 

・2022年11月15日:名古屋公演@名古屋クラブクアトロ

 4曲目までは大阪公演と一緒ですがそこからかなり順番も曲目も入れ替わってきています。Adrianneのギターがエレキに変わって以降の『Black Diamond』『Shoulder』と来てからの『Not』の曲順は熱い。『Black Diamond』『Shoulder』は5日間で名古屋のみの選曲。しかしこの日は『U.F.O.F.』からの選曲が無し。と言うか曲順が大阪や名古屋と全然違う。受ける印象も全然違って来るだろうなあ。

 『Time Escaping』が演奏されてるのは羨ましポイントです。他にはAdrianneだけでなく、どうやらギタリストのBuck Meekのソロ曲コーナーもこの日は設けられたようで、しかもそこで彼の新曲も演奏されるという、これはなかなかどんなだったか想像できない、名古屋のみの特権でした。マニアックな良さは5日間で一番かも。

 

 

・2022年11月17日:東京追加公演@The Garden Hall

 追加公演によって2DAYSとなった東京公演の1日目。追加された方。ソウル公演と同じく新曲『Vampire Empire』からスタート。この新曲は5回の公演全部で演奏されています。新曲の中でも推し曲か。Adrianne Lenkerコーナーもあり。

 特徴としては、アンコール2曲でアルバムの冒頭曲と最終曲が並んでいるというのはちょっと気の利いた感じがして面白いです。大阪で1曲目だったものがこんなところで出て来るので、同じ曲でも聴いた感じは大きく違うだろうな。

 

 

・2022年11月18日:東京公演@Spotify O-EAST

 元々からあった方の東京公演。だけど5回のライブのうち演奏曲数は最も少ない15曲でした。とはいえ、もっと前の他のライブの曲目を見ても大体この、15曲〜19曲くらいで演奏しているようでした。

 何気に『Change』をこの日だけ演奏してない。というか冒頭『Dried Roses』もなかなかいぶし銀な始まり方。序盤に『U.F.O.F.』2曲が出てくるのは印象が他と大分違いそう。今思えばあのアルバム今のところ一番イレギュラーな緊張感ある作品ですね。あとどうやらこの5回のライブで『Blue Lightning』を演奏したのは東京の2公演のみのようです。すごくリラックスした良い演奏なんだろうなあ。

 

 

セットリストに関するその他

 このアジアツアーの前にもバンドはヨーロッパ方面のツアーをしていて、そっちの曲目も覗いてみたら、ライブによっては『DNWMIBY』から『Wake Me Up to Drive』も演奏されてるみたいで、かなりスタジオでいじり倒した印象の強いこのトラックがライブ演奏でどう変化するのは興味深いところ。あと、3月のロンドン公演のライブレポでバンドがライブ演奏に苦労してる風な言及のあった『Little Things』はどうも例のセットリストのサイトを見る限り、ロンドン公演より後は演奏されてないっぽい。まああれこそスタジオマジックが強烈に効いた産物な感じはあったし。

 何にしても、聴きたい曲がまだまだ沢山あるし、他の日に演奏されていた知らない新曲も、これからさらに出て来るであろう新曲も楽しみだし、とても素晴らしいライブを観れた後だというのに贅沢な話ながら、ぜひまたライブをしに来て欲しいなって強く思います。

 なんかあとがきみたいな文章になってしまいましたが、今からが本編、大阪公演の全曲レビュー形式によるレポートです。

 

 

本編:大阪公演全19曲、全曲レビュー

 

1. Change(from 5th Album『DNWMIBY』)

 最新アルバムと同じ始まり方でライブ始まった訳だけど、それにしてもえらく静かな始まり方だった。最初はアコギを構えたAdrianne Lenkerのみの演奏と歌で、そこからバンドが入ってきても、かなり静かで丁寧な演奏をしていた印象。2度目のサビでコーラスが入ってきて、じわりと盛り上がる時の、不思議に静謐で親密な感覚、そこからようやく、リードギタリストのようで別にリードギターを弾いてるって感じでもない不思議なギタリストであるBuck Meekによる、カントリーフレーバーを絶妙なトレモロで割った、まるでちょっと風が通り抜けていくかのような間奏のギタープレイが抜けていく(多分ここまで彼はギター弾いてなかったと思う)。

 それにしても、メンバー全員で合唱する光景っていうのはなんか感動的でいいものだなと。まるで2022年の現代にThe BandかNeil Young & Crazy Horseのライブを見れているかのような。Adrianne Lenkerのボーカルがそんな中でもどこか冷たく冴えた質感があるのがまた良い。

 

 

2. 12,000 Lines(from 5th Album『DNWMIBY』)

 このライブ序盤は新作アルバムの中でも最も穏やかな部類の曲を並べてあり、アルバム中では2枚目の中で少々地味なポジションにあるこの曲も、この位置で演奏されるとなると、前曲以上に滋養と思慮のみで構成されたかのようなこの曲のたおやかなメロディラインがとても尊いものに感じられた。ライブの始まり方としては「待っていた客のテンションを冒頭でグッとぶち上げる」みたいな手法を全く無視した曲の並べ方だけども、こうやって静かで穏やかな曲を並べてじっくりと観客との親密さを図っていくのがこのバンドのやり方なんだろう。

 なお、前曲よりも16ビート気味なリズムになるためか、このバンドの不思議なドラマーであるJames Krivcheniaの特性の一端が早速ここで感じられた。少しばかりピッチ高めにチューニングされたスネアの音は、おそらくコンプ等を掛けていないか掛けていても相当薄いか、と思うくらい音のダイナミクスがあり、時折鳴ってるか分からないくらいの繊細さでヒットするかと思えば、時折力強い響きもある。鳴ってないように聞こえる時であっても、よく見るとスネアの皮に対して微妙な振動で鳴らしていたりするようで、何というかドラムという楽器をもっとパーカッション的に活用しようとしてる節が見られた。そして何より、リズムのグリッドから逸脱するような、強引で自由なフィルインを時折挿入する。安定感とは無縁、代わりに曲展開に繊細に反応して積極的にアンサンブル中の響き方をコントロールする、実に作曲家的なドラマーだとこの日を通して思った。まあ実際活発にソロ活動するれっきとした作曲家なんだけども。

 

 

3. Dried Roses(from 5th Album『DNWMIBY』)

 冒頭でこの「静かな曲」3連発は普通なかなかできない。レパートリーが「静かな曲」しかないならともかく、このバンドはラウドナンバーも数多く持っている中で、あえてこのしっとり3連打で、若干キャパが不足しているくらい観客入りしていた会場において、自分たちが「観客を盛り上げること」を至上とするような思想とは全然別の世界で生きていることをじっくりと表現して見せる。

 それにしても、スタジオアルバム中では「フィドルの入ったリズムレスの弾き語りワルツナンバー」だったこの曲も、ライブではしっかりと」バンドサウンドで編曲されなおされていて、その編曲の具合がまた絶妙だったのにグッと来た。スタジオアルバムから大きく姿を変えた楽曲がこのライブでは複数見られたが、その中でも最も控えめな変化でありつつ、しかし実に収まりのいいカントリーロック具合。Buck Meekのギターが程よくいなたい音色のコードカッティングをしているだけで、派手なリードフレーズなどなくてもこのバンドのそのタイム感だけで聴けてしまうのは不思議なものだ。それがグルーヴってことなのか。

 また、このライブの曲順で、この曲のタイミングで割とオーソドックスなエレキギターのコード弾きを聴いて思ったのは、このバンドにとっては別にエレキギターでコードを弾くことは普通なことでは全然ないもんな、ということ。なので、多くのバンドを見てる時にはさして気にしない「エレキギターでコードをガシャガシャ弾くこと」の、そのどこか人工的でメカニカルで、しかし同時にこの曲のようにウォームな質感も出すことのできる演奏方法に関する認識をちょっと相対化させられたような思いがした。

 

 

4. Certainty(from 5th Album『DNWMIBY』)

 ここまでのカントリーフレーバーのトドメのようにこの曲が置かれて、この小気味よすぎるくらいのNeil Young仕草な楽曲で歓声が上がるのは面白い環境だった。まあ自分もそういうのを揚げたけども。前曲よりもよりはっきりとエレキギターのコードストロークがいなたく決まっていき、しかし曲の構造上コード進行は1サイクルの末尾は毎度毎度スッキリと解決しないコードで展開していく、この感じ。

 コードが解決しないということは、延々と幾らでもダラダラ続けられそうな、ループされ続けることができそうなもので、しかしそれが決して退屈ではなく、非常にその拓けた感覚にワクワクさせられ続けるのは、たとえ語彙力が低いと言われようとも、もうバンドのグルーヴによるものと言わざるを得ない。この場合そのグルーヴにはメンバー相互のコーラスワークもその要素の一部として入ってくる。全てがメロディでありリリックでありグルーヴであるような、そんな感覚。

 こういう曲において、行き当たりばったりを形にしたようなドラムのバタバタ感は最高にマッチする。そもそもの世界の成り立ちとして、何もかもがあらかじめ決められたものでループする訳でなく、瞬間瞬間を状況判断していくものなのだから、本来ドラムプレイとはこれくらい自在なものであっても良いのかもしれない。

 

 

5. Masterpiece(from 1st Album『Masterpiece』)

 Adrianne Lenkerがアコギを弾いているかエレキを弾いているかはこのバンドにとって大変重要な要素で、それによって演奏スタイルが大きく変わってくる事になる。そしてこの曲で(確か)アコギからエレキに持ち替えて、ここからしばらくはエレキギター2本スタイルの4ピースロックバンドとしてのBig Thiefが展開していく。

 まずはこの、バンドがまだ「割と典型的にオルタナ系インディーロックバンドしていた頃」の代表曲のひとつであろうこの、最初のアルバムのタイトルトラックで始まったことはなかなかに印象的だった。最新アルバム以外からの選曲はこの5回のライブで色々入れ替わることがあったけど、この曲と『Not』だけは5回全部で演奏されたことからも、バンドがこの曲をどれだけ大切にしているかが伝わってくる。

 そして、この後Adrianne Lenkerがエレキギターをフリーキーに弾き倒す数々の楽曲と比べても、ここでは非常に正統派な、威風堂々としたギターロックが演奏される。普通にグッと来るようなコード進行とメロディ、そしてコーラスワーク。これだけでも幾らでも最高なフィーリングを奏でられるバンドだと、この曲はそれを如実に示していた。

 

 

6. Simulation Swarm(from 5th Album『DNWMIBY』)

 それにしても、この曲が始まってフロアがそれに気づいた瞬間こそ、この日でも随一の曲開始前の歓声が上がったか。前曲とは打って変わって、Big Thief流のフリークさ、緊張感に満ちた得体の知れなさがコンパクトにかつポップに纏まったこの楽曲は、もうすっかり新作アルバムの中で1番の代表曲然とした存在感を放っている。

 そもそもの変則チューニングの気味の悪い響きのアルペジオによってこの曲は成り立っている。怪しげなアルペジオはAdrianne自身によって弾かれ、それを弾きながら彼女は持ち前のその鋭く冷たい歌唱を、はじめ荒涼とした言葉のテンポで、次第に言葉が溢れ出して加速していくようなテンポで放ちまくる。その圧倒的なクールさは、まるでどこかの秘境のフォークミュージックをサイボーグ化したみたいな威容を有していたけども、このライブ演奏ではそこに、曲が展開して言葉数が増えるところからどんどんテンポが速く前のめりな演奏になっていく、という感情的なブーストがかかっていたのが印象的だった。まるで拘束具を纏ったままで急速に膨張していくような、いつかひどく破裂してしまうんじゃなかろうかとさえ思わせるようなその危うさは、不思議なヒステリックさが感じられる。音楽は時に、新しいヒステリックさを生み出すことが価値となることがあって、このバンドはスタジオ版では冷徹な形でそれを成し、ライブでは気を違えたような加速でそのロストコントロールさを激しく駆動させる。

 しかし、広く知られているとおり、この曲のそういう危ういヒステリックさは、一転してビックリするくらいポップでキュートでジャンクな、しかしとんでもなくテクニカルなAdrianneによる間奏のギターソロプレイに帰結する。この曲より後でもっとはっきりと理解されることだけど、この人、自分で歌もリードギターも全部やってしまいすぎる、そして無茶苦茶ギターが上手い。この曲の事故みたいなギターソロをこんなにピースフルな空気感でしかし正確に再現していくのは、もうサーカスか何かの領域に入っていると思う。そもそも何であんな何弾いても不穏になりそうなチューニングからこんなキュートなフレーズが浮かんでくるのか。

 しかし、この曲のそんなすげえソロでさえ、この後から続くより激しい爆発的演奏の前触れでしかなかったんだよなあ。

 

 

7. Flower of Blood(from 5th Album『DNWMIBY』)

 新作アルバム中でもタイトル曲と並んで化け方が半端なかった楽曲がこれ。元々からThe Cure的なフィーリングを宿した楽曲ではあったけど、ライブではギターのノイジーでエアリーな感じが強烈に増幅され、シューゲイザー的というか、ノイズまみれになったThe CureNeil Youngが加入したThe Cureみたいな、なんかもう無茶苦茶な世界観が炸裂していた。そして、その中でノイジーでフリーキーで破滅的なギタープレイを担当するのは、やっぱりAdrianne Lenkerその人なのだ。何なんこの人…すごすぎる…。

 同じメロディを繰り返してはメロディの収縮をブリッジで行い、という流れを繰り返していく構成の楽曲だけど、スタジオ版では程よい開放感のある冷たい諦観みたいなのが支配していたのに対し、このライブ演奏ではそれを内から強引に打ち破るような、破裂させ破綻させるような強靭で凶刃なギターノイズが渦巻き続けていた。間奏における、激しい感情だけでギターを炸裂させているかのようなギタープレイには、これが数曲前の心地よいいなたさを発揮していたのと同じエレキギターから鳴る音なのか、と、この楽器自体の振れ幅の巨大さをまず思い知らされ、そして、狂った想像力がそのまま楽曲のスケールの膨張に結びつく、それを可能にするツールとしての偉大さに感嘆する。

 というかこの人、終盤では凄いギャリギャリととんでもないノイズギターを弾きながら歌い始めて、いよいよ、1人の人間から何というエネルギー量が放出されているんだよと、ひたすら圧倒された。割と本質的にNeil Young & Crazy Horse的なバンドなのかもしれない。どっちが「狂い馬」だよ、っていう点で。

 

 

8. Dragon New Warm Mountain I Believe in You(from 5th Album『DNWMIBY』)

 そして当然の権利のように、「君スタジオアルバムでの姿と違いすぎない?」って感じの新作アルバムタイトル曲に雪崩れ込む。海外サイトで“Loud Version”と書かれるのも当然なそのハードエッジなエレキギターのリフによって進行する凶暴な姿には、スタジオ版の繊細さを極めてCocteau Twinsになっちゃったみたいな美しい幻想性は一切見当たらず、その真逆の、何か致命的な醜さを抉り出すかのような気迫に満ち溢れていた。どうしてそう極端なんだよ!

 前曲の炸裂の仕方が宇宙的に拡散していくものだとすれば、この曲のそれはむしろ延々と激しい内出血を繰り返し続けるような性質のものだ。そしてその痛々しい質感はもう殆ど、グランジに両足踏み込んだようなスタイルだ。しかしそれで歌メロディが叫びに変わったり、スタジオ版に無い叫びが追加されたりするわけでもないので、よってこの曲は「Cocteau Twinsが内出血的なグランジをしてるみたいな曲」ということになってしまう。なんだその奇妙極まりない劇物は。しかしそう言わざるを得ない。

 そんなこの曲のこのバージョンならではの内向的な刺々しさが、拡散的な前曲との対比で強烈に印象付けられたひとときだった。こんな痛々しいのがあのピースフルなこのライブ冒頭4曲と同じバンドから出る音なのか。本当に振り幅がおかしい。でもその振り幅の内にある全てがBig Thiefというバンドなんだよな。

 

 

9. Sparrow(from 5th Album『DNWMIBY』)

 確かこの曲の前にそれなりの量のmcがあった後に、Adrianneの手持ちはエレキギターのままこの曲に入って行った気がする。前2曲で破滅的なオルタナティブロックバンドとしての外向的・内向的両面の炸裂を見せた後に、何かしらのモードチェンジのためのクールダウンを挟み込むとして、この静かにノイジーで宗教的でゴスな闇を感じさせる曲を置く流れは考えてみるととても丁度良い気がする。

 この曲もチェンバロの使用とかノイズの渦巻き具合とかスタジオでの様々な試みが見られる曲だったけど、ライブでこうやってストレートにエレキギター2本で演奏されると、やはりNeil Young的な、延々と安定したコードに収束しないまま繰り返されていくスタイルの、それも『Certainty』よりもずっと不穏で退廃したムードを抱えたまま進行していく楽曲なんだなということがダイレクトに伝わってくる。ボーカルがオクターブ上のラインに声を張り上げる時の、まるで何かが致命的に崩れ落ちてしまったかのような緊張感の具合は、カントリーロック的でありながらグランジ的なヒステリックさも持ち合わせるこのバンドの魅力的な歪さが静かに匂わされる。

 

 

10. Vampire Empire(New Song)

 ここで新曲として、各ライブ会場で演奏されたこの新曲が披露された。披露された…けども最初は「これ、テキトーに楽しげなジャムをしてそれを新曲と言い張ってるんじゃなかろうな…」と思うくらい延々と、Ⅰ→Ⅳのコードを朗らかに反復させ続け、カントリーフィーリングの効いたジャムが長い間展開された。アコギに持ち替えたAdrianneが寝そべってギターを弾いたり、複数メンバーが座り込んだり、AdrianneとベースのMax Oleartchikが座り込んだまま背中合わせに楽しげに演奏したり、楽しげなのは良いけれど、我々は一体何を見せられているんだ…と正直困惑気味に見てた。

 背中合わせの状態から立ち上がって、Adrianneがマイクに近づいても、もうそのまま曲終わっちゃって次の曲行くんじゃなかろうか、と思ったけど、意外にもそこから歌が始まって、おそらく楽曲の本体部分が始まった。同じ朗らかでのんびりしたコード反復のはずなのに、そこで吐き出されたボーカルがまさかのダークなスポークン・ワード式で驚かされる。そしてサビらしき箇所はもう、同じコード反復の中を言葉のリズムと奇妙で特徴的なファルセットの使用だけでフックを付けてしまう。おいおい、これはもしかして『Little Things』以来のすげえ強引な構造の楽曲じゃないか

 しかし、そのファルセットのフックの部分だけで、一度聴いてしばらく時間が経って記憶が薄らいできてしまっている残念な自分でも、そのフックの感じを思い出すことができるくらいには、しっかりとフックとして成立している。この記事の上の方でどうも『Little Things』のライブでの扱いにバンドは失敗した感じと書いたけど、同じくらい強引な曲構造をしたこの曲はしかし、このようにライブで延々とジャムした後に湧き出てくるとおり、しっかりとライブから生み出された楽曲となっている。バンドのカントリーロック的要素とヒステリックで4ADCocteau Twinsな要素とが強引に、しかしその強引さが笑ってしまうくらい強力に噛み合っている。そのうちスタジオ版がリリースされたりするんだろうか。

 

 

11. Love Love Love(from 5th Album『DNWMIBY』)

 「ステージで展開されるロックバンドのグダグダなショウ」を再現したかのようなグダグダさを、この曲はスタジオ版と同様にライブでもその質感で延々とグダついてみせた。同じメロディをずっと繰り返す構造の曲はこのバンドに多いが、それらの中でもこの曲のメロディの“全然冴えてないグダグダっぷり”は独特なものがあって、何でこんな曲作ったんだろう…とも思ったりもしてたけど、よく分かった。ライブだとBuck Meekのギタープレイの独壇場になるんだなあこの曲は

 彼の弾くカントリースタイルのギターもまた、引っかかってるんだかトチってるんだかわからないようなフレーズの鈍臭さがいちいち味わい深く、おそらく彼は的確にそういう引っ掻くようなプレイをしている。カントリーギターってのはこういうのを言うんだろうか。いやでも本場アメリカのカントリーはもっとバカテクなのの方がメジャーな気もして、この酔いどれたまま旅するようなギタープレイはじゃあどう言う位置にあるんだろう、って考える。まあ、出てくるのは案の定Bob Dylanその人なんだけども。

 

 

12. Spud Infinity(from 5th Album『DNWMIBY』)

 2枚組20曲もあった最新アルバムに大量に投入されたカントリーロックな楽曲群の中でも一番野暮ったく、そしてバカっぽいが故にひたすら爽やかで楽しげな楽曲がこの曲だった。この日も、程よくテンションが温まったAdrianneによるこの曲のメインテーマのちょっと哀愁風味を効かせたアカペラの煽りが、フロアみんなを一瞬でこの曲のカントリーパーティーな雰囲気に塗り替えていく。

 スタジオ版と違ってフィドルは無いけど、その分より勢い任せにブン回されるこの曲はもう痛快の極みで、まあ歌詞のことまで考えてるとそうもいかないんだろうけど、英語だからよく分からないというのも手伝って、このライブでも1、2を争う「何も考えなくてもひたすら楽しいばっかりの時間」を作り上げていた。フロアがあんなにぎゅうぎゅうじゃなければ、ひょっとしたらその場で踊り出す人も出ていたかもしれない。ああこれ、めっちゃフェスとか合うだろうなあ。

 

 

13. Forgotten Eyes(from 4th Album『Two Hands』)

 この大阪のセットリストは最新アルバム以外のアルバムからの曲の並べ方がなかなかぶっきらぼうで、ここから『Two Hands』から2曲、『UFOF』から2曲、『Capacity』から1曲、という順に演奏していって本編が終わる。シンプルで分かりやすくていいぜ。そういえばこのライブは2枚のアルバムを引っ提げての2020年ツアーがコロナで中止になってから、ようやく開催できたやつでもあった訳だし。

 というわけで、2年越しでようやくこの曲の、開放感に溢れたイントロが聞けたことはちょっとばかり感動的だった。これを、これこそを待っていたような気もした。瑞々しさとワイルドさが程よく絡まった鮮やかなギターフレーズはやはりAdrianneが演奏していた気がする。Neil YoungPavementがヘラヘラと握手しているかのような、この曲の伸び伸びとしたグルーヴ感とヘラッヘラがゆえに自由に飛翔して見せるボーカルラインは「カントリーロック的なオルタナティブロックが一番大地を広く見渡せる感じがする」っていう自分のさっき作った持論を最高に体現する。それにしてもしなやかで、何でこんなしなやかに自由できるんだろうな、羨ましいなって少し思った。

 

 

14. Not(from 4th Album『Two Hands』)

 そしてこの、2020年に日本がコロナによって聴き逃してしまった楽曲でも最強かもしれない必殺のマイナー調ラウドナンバーが非常に無骨に始まる。イントロからして無骨すぎるこの曲が美麗なイントロの前曲の直後に演奏されることでまたドスの効き方も変わってくる訳で。「やっと聴けて感動」となるより前に、正直ちょっとびびってしまったかもしれない。

 この曲のライブ演奏時の気迫についてはもう、何度も様々な動画で観ていて、どれも格好良すぎて最高だったので、ようやく観れたはずのこの曲も、実は案外“見慣れた”感覚を受けてしまった。それでもサビの短い単語を連呼するのは、崩壊寸前のテンションを生で叩きつけられるような感じがしてゾクゾクするし、最後のAメロのブチ壊れたテンションのボーカルの表現力は感じ入るものが多いにある。吐き捨てるように歌うのにもセンスと技法が要るのだもの。そして、延々と痛々しさを引き伸ばしていくような具合の、2019年ベストNeil Youngなギターソロが幕を開けていく。

 開けていくけれども、それがまた内出血的な、どこか完全に発散し切らないような素振りのまま一度収束して、少しばかり「あれっこんなもんか…?」などと思った。けれど演奏は終わらず、Adrianneはソロフレーズの代わりに単調で奇妙なアルペジオを延々と演奏し始めた。それは次第にエフェクトを強めていって、空関係エフェクトによってどんどん押し拡げられ、バンドアンサンブルもそこに重なって、遂には『Flower of Blood』で見せたのと同等な、宇宙的なノイズサウンドが生まれていたのには驚かされた。Neil Youngだと思っていたものが実はSpiritualisedだった、みたいな意外性をもってこの曲はこちらの想像を超えてきた。流石に沢山演奏してきて趣向を変えてきた、とも思えるけど、その変え方が実に強烈で、これはこの日でもとりわけ嬉しい誤算だった。

 

 

15. Contact(from 3rd Album『U.F.O.F.』)

 野放図な質感の『Two Hands』楽曲から一気に張り詰めたテンションの『U.F.O.F.』収録曲のモードに変わっていく。アルバム冒頭に鎮座するこの楽曲はまるで森の奥の朽ち果てた神殿の入り口みたいな威容を放っている。そしてその緊張感がここでも再現された。『U.F.O.F.』収録曲に顕著な変則チューニングによる不穏な雰囲気*1は、このバンドの作品でもダントツで4ADっぽいムードを作り上げるキー的存在だ。

 そしてスタジオ版と同じく、楽曲の終盤にはまるでその神殿が無惨にも崩壊し、燃え落ちていくかのような、グランジサウンドにしても『Not』等の血液が沸騰する感覚とはまた異なる、もっと運命論的なグランジ具合がのたうち回る。それにしても、このバンドの作品でもとりわけ非人間的な質感がする『U.F.O.F.』というアルバムは案外バンドの作品中でも異端な存在なのかもしれない。だからこその独特のエッジがある訳だけども。

 

 

16. Cattails(from 3rd Album『U.F.O.F.』)

 この、芋虫が這い回るかのような構造の楽曲の何がいいのかを上手に語れる言葉を自分は持てていないのが残念でならない。間違いなく、『U.F.O.F.』の中でも最もみすぼらしく、しかしだからこそどこまでも哀れな視界が果てしなく広がっていくような、不思議な逆説の中に成立した大名曲だ。郷愁の完璧な捏造というのか。

 スタジオ版では様々な楽器のダビングがより人知れず朽ち果てつつある寒村みたいなムードを盛り立てていたけど、そういうのをはぎ取ったライブ演奏だと、この延々と繰り返すが故に果てが見えない曲構成自体の催眠術めいた効能に身を曝される。聴いてて本当に何も激烈なものも楽しげなものもなく、何がいいのかうまく理解できないのに、でもこれがずっと続いてくれればいいのに、と思わされるような、そんな果てしなくイマジナリーなものを、やはりこの曲は確実に宿している。

 

 

17. Mary(from 2nd Album『Capacity』)

 本編最後となった楽曲だけど、実はライブで聴いてたその時はなんの曲だか分からなかった。ウォームな演奏で丁寧に仕立てられたバラードで、それにしてはサビの箇所の言葉数の多さでメロディをグズグズにしてしまう様が実にBig Thief的な退廃美を思わせて、そこの部分はどこかで聴いたことがあった気がしてたけど、ライブ終了後にセットリスト見て、ライブでこの曲がこうなるって知らなかった自分は少し驚いた。静謐でゴスめいてドリーミーなピアノバラッドだったこの楽曲は、ライブだとこんなことになっているのか。

 スタジオ版のひたすら夢の中的な響きはカントリーロックの土っぽさを有した抑制された演奏に取って代わり、まるでカントリーロックで演奏する讃美歌のようにフロアに楽曲が降り立つ。それはまさに、実際にアメリカに行ったことも住んだこともない自分みたいなのが勝手に思い描く「アメリカのどっかの鄙びた田舎の“アメイジング・グレイス”」みたいなイメージをどこまでも地で行く、不思議な神聖さと切なさの配合物だった。“美しさ”の方向にこのバンドが思いっきりハンドルを回すとこうなるんだ、という気分。こんな曲でライブを終わらせようという素振りだけ見せるバンドは少々意地悪な感じに思える。

 

 

En1. 3 Treaures(?)(New Song)

 そんなに長く待つこともなくアンコールに帰ってきてくれた。ここで、どうも世界初ライブ演奏らしいこの曲が演奏された。タイトルはセットリストのサイトに載ってたママ。

 この曲は『Vampire Empire』に比べるとまだバンドとして手探りの段階なのか、実際はAdrianneの弾き語り+簡素なドラムやささやかなパーカッションによって演奏された。はっきりとメロディタイプの楽曲で、彼女のメロディメイカーとしてのリリカルな魅力が、おそらく完成した暁にはよく発揮されるのではないか、と思った。この時点ではまあ、正直よく分かんなかった。アンコール前最後に演奏した『Mary』と方向性が若干被ってたよなあ、とか思ったりもした。でもそういうメロディアス方面にも新曲が用意されているという証でもあるので、完成を楽しみに待ちましょう。

 

 

En2. Red Moon(from 5th Album『DNWMIBY』)

 『Spud Infinity』と同じくらいコッテコテのバカカントリーをしているこの曲でこの大阪公演は幕を引いた。『Spud Infinity』よりもずっと野暮ったいコード進行で行われるカントリーパーティーは、より野蛮な乱痴気騒ぎっぽさが強調されて、爽やかさよりももっと狂騒感が強調され、「もう終わってしまうのか悲しい」などと思わせず、無駄に余韻を残すような感動もさせず、聴く人の頭をきっちり空っぽにして感傷ゼロでステージを降りる気満々なその態度が潔い。

 セットリストに(long jam ver.)とあったとおり、ここでのこの曲はもう最後だからと、実にコッテコテなメンバー各自ソロタイムを設けて、ひたすら楽しいショウにし尽くしていった。各人また微妙にとぼけたようなプレイばっかソロで披露するため、野暮ったいような何か妙なようなでも楽しいような、そんな可愛らしい混沌が楽しげに転がり回っていた。もしかしたら、ロックンロールってこんなのがいいのかもしれない。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

あとがき

 以上全19曲、どうやら1時間40分程度のステージでした。

 いやあ大阪まで観に行った甲斐がとてもとてもありました。なるほどなあ。素晴らしいなあ。「せっかくならあれも観たかった聴きたかった」とは思いつつも、しかしあんないい雰囲気の演奏&激烈で戦慄するほどの演奏を見せつけられたら、まずは満足が圧倒的に先立つものでした。

 ああ、また観たい。なかなか海外まで観に行くのも大変なので、日本のフェスとかに出てくれないもんかなあ。海外旅行はしたことないけど、あれだったらソウルくらいまでなら観に行こうかなあ。そう思うくらいには素晴らしかったし、自分のテキトーな理解のままのアメリカーナ趣味についても、このライブを観ることで色々と現実的に合点がいくものがあって、そういう意味でもとても良かった。

 ぜひまた来てくれるよう、なんか祈りましょう。

 なお、この日のセットリストを再現可能な範囲で再現したプレイリストがSpotifyにあがってたのでリンクを貼っておきます。

 

Big Thief setlist Osaka ‘22 - playlist by sanetti#14 | Spotify

 

 それではまた。

*1:ちなみにこの曲のチューニングはTab付サイトによると6弦から順に「DFDDDE」。なんだそれは…。