ライブ前に完結させたいとの思いでにわかに再開したART-SCHOOL関係全作全曲レビュー、今回は2016年の、通算8枚目になるフルアルバムである本作になります。メジャーレーベルを離れて自主レーベル“Warszawa”からリリースされた本作、ジャケットを見るとなんかファンタジックな感じですが、実際作品もそんな感じです。どんな感じにファンタジックなのか見ていきます。
前作のレビューは以下のとおり。
アルバム概要
自主レーベル設立、Soundcloudでの曲発表など
結局ソニーとはセールス的な部分で折り合いがつかないまま、最終作として集大成的な前作『YOU』がリリースされ、それが結構売れるという皮肉な結果を残してメジャーレーベルを去りました。その後、他のメジャーレーベルに入るのではなく、自主レーベルを立ち上げることをバンドの中心人物である木下理樹は選択し、2015年初めの方に活動休止ライブ*1を行ってからは、2015年は基本レーベルの立ち上げに奔走するという、案外器用なことをして、Warszawaレーベルを立ち上げます*2。本作はそこからリリースされた最初の音楽作品になります*3。
本作に絡む他のトピックとして、活動休止の時期によく聴いていたものとしてクラシック(特にシューベルト)や、そしてThe Beach Boys『Pet Sounds』を挙げていて、インタビューを読んで驚いたりしました。そして、Soundcloudに木下理樹名義のアカウントを作り、そこで宅録*4で製作したデモトラックをアップしたりしていて、中にはそこからアルバム収録曲に発展したものが色々とあり、レーベル設立準備をしつつも制作を並行していたことなどが挙げられます。逆にメジャーを離れて資金の都合から長い時間スタジオを抑えられなかった都合もあるのかもしれませんが…でも本作はそれによって、バンドに囚われていないサウンドになっているところはあるのかもしれません。
ヴァイオリンもエレクトロも活用したファンタジックな作風
はじめに、はっきり言って名作だと思います。
はっきりとしたメジャー調が少なかった前作からの反動なのか、今作は割とくっきりとメジャー調になっている場面が多いんですが、そこも込みで「秋冬なムードで、行き詰まったような切なげな雰囲気で歌う王道ART-SCHOOL」みたいなところをいい意味であまり気にせず、グランジ的なことをする場面もそこそこに、理想のファンタジー世界みたいなのを構築しようとしたのが功を奏したのかなと思いました。
アレンジ面ではヴァイオリンと電子音や打ち込みの多用・併用がとりわけ本作を本作たらしめていて、2008年〜2010年のエレクトロ路線や前作でのその路線の復活などがまずここにきて実を結び、またヴァイオリンについてはこれまでこのバンドで採用したこと果たしてあったかなレベルながら、半数近くの曲で投入され、国内や海外のポストロック勢の影響もよく消化した上で、上手く活用されています。特にリードトラックでの楽曲の推進力的に使用するところは、まだこんな引き出しがあるのか、と純粋に驚かされました。ソニー時代以降の非常に豪華なメンバーのバンド演奏を一旦横に置いて打ち込みトラック等を多用した作り*5は、ある意味とても贅沢だけども、個々の演奏よりも楽曲が素晴らしい形になることを重視する上では、バンドという人間的なものと打ち込み等の非人間的な要素が本作でうまく噛み合ってるのは幸福なことだと思います。
歌詞においても、王道ART-SCHOOL的な「行き止まりで僅かに愛に縋る二人」みたいなのが薄まり、過去の回想なりも増えつつも、どこかの誰かを思いやるような言葉が増えたのも印象的で、これは年齢を重ねた上で、レーベルの経営もすることになって、混乱の当事者としての歌だけでなく、何か護ってあげる立場としての責任感みたいなのも垣間見えます。「若い人たちのシェルターになるような音楽をしたい」という作者の言葉もこの辺からいよいよ大きくなってくるというか。これは人によって良し悪しあるとは思いますが。メジャー調の曲が多いことと相まって、どこか可愛らしい雰囲気の曲が一気に増えたのは個人的に嬉しかったところです。
少なくとも、ソフトな方に突き抜けた作品、という感じがあって、本人は本作のインタビューで『Pet Sounds』を挙げてますが、個人的にはギターロック版『Odessey and Oracle』みたいなカラフルさを感じています。特に前半の割とダークな曲が続くエリアを抜けた後の、様々な形で煌めきを最後まで放出し続ける曲順には特にファンタスティックなものを感じさせます。なんというか、『SWAN SONG』とか『1995』とか『それは愛じゃない』とか『エミール』とかそういったこれまでのそういうタイプの楽曲の蓄積が一気に開陳されたような感覚です。
本編:全曲レビュー
本作も曲タイトルが全部英語だけど、大文字と小文字の使い分けの基準がわからん…。
1. android and i(4:06)
本作的な打ち込みのテイストをいきなり見せつつも、始まり方の静かさからは意外なくらいに次第に結構な轟音と結構派手に舞い上がるサビを展開してみせるマイナー調の楽曲。おいインタビューで「轟音はもういい」的なの言っときながらのっけから結構轟音してんじゃん、と思わなくもないけど、それ以上にその轟音に付随するロマンチックなフレーズの旋回が本作的ではある。
いきなり細いギターの規則的なアルペジオと打ち込みのリズムの始まりで、本作のバンド感に捕らわれすぎない作風を示す。このアルペジオは実はどうもGarage Bandのプリセット音のフレーズをそのまま使用しているらしい*6ことが有志の解析で指摘されている。もし本当にプリセットをそのまま利用していたとすると、このアルバムの始まりは本当にバンドの音が一切ない、いよいよ木下の宅録作品じみた始まり方となり、それはアルバム最終曲が木下ソロ曲のリメイクであることとなんか関連している感じがにわかに出てくる。偶然な気もするけども。この曲の中だけでも、この後しっかりバンドの音出てくるし。
同じコード進行でAメロ→Bメロ*7と繰り返して、打ち込みベースのまま1分を過ぎ、少しの間を置いてからようやくバンドサウンドが入ってくる。思いの外轟音で、4つ打ちのリズムを伴って演奏されると、さっきまでと同じメロディでも全然聴こえ方が違う。このようにギアチェンジしてからの、声を張り上げての実にサビらしいメロディの勢いには、イントロの静かさからは予想もしないような勇敢さがあって、「フルアルバムの始まりにしてはえらい地味やのう…」と思わせてたことの意味が解ける感じがある。
最初のサビのその後はまた打ち込みモードに差し変わり、そして二度目にして最後のサビに。普段ならブレイクで処理するところを打ち込みのトラックに戻る選択肢があるのは本作的で、そこからのノイジーなサビのギャップ、そしてサビ後の今作でも最もノイジーなギターフレーズを響かせた上で、ギターのディレイを残して案外サクッと終わってしまう。
歌詞は本作の中では、従来的な「どこにも行けない」ことを歌いつつ、それでもどんなことがあっても恐れない旨を歌っている。ちゃんと勇敢なサビメロに合った内容になっている。
愛されたいと 祈る君の声は
風のノイズで かき消されたんだ
多分これから どんな未来が
待っていたとして 何も恐れないから
それにしてもこの、主語が僕なのか君なのかよく分からないのでどうとでも考えられる感じ、実に日本語だなあ。
2. broken eyes(3:19)
ART-SCHOOL的な幻想性がヴァイオリンを伴って、ギターの轟音や煌めきの感じとヴァイオリンのせめぎ合いの中にスリリングさや感動的な高揚感・輝かしさが花開いた、本作のコンセプトを最も端的にかつ強力に表現しきった、木下流チェンバーポップの名曲。インタビューで『Pet Sounds』がどうのと言い出した時は急に何を…と思ったけど、この曲をリードトラックで聴いた時の、これが『Pet Sounds』かはまあともかくとして最高やん!って思ったことが懐かしい。こんなものがART-SCHOOLから出てくるとは。
普通のエイトビートと異なるドラムの音とエフェクト、そして早速出てくる映画のセリフのコラージュめいた挿入の段階から耳を引き、どこか浮遊感と停滞感のあるコードの雰囲気の中煌びやかなギターのアルペジオが、まるで物語に手招きするかのように広がる。続くボーカルも、余韻たっぷりに低音から高音に極端に切り替わるボーカルは、彼がこれまで書いてきた楽曲でも独特の感覚があり、エモーショナルさとはまた違った、どこか神々しい雰囲気さえ出している。それでいてコード感もメロディも焦点は絶妙にぼかされる。
その焦点が、サビでバチっと合うところが実に素晴らしい。サウンドもメロディも言葉も、ここまで溜めてきた幻想を一気に炸裂させるように突き進むこのサビは、このバンドがこれまで書いてきた様々なサビの中でもとりわけその輝きが眩いもののひとつだと思う。木下節の効いた割と聴き覚えのあるメロディだけど、それまでからの展開の仕方・ヴァイオリンの入ったエモーショナルな演奏の密度・サブドミナントマイナーの必殺の響きなどなどが重なって、輝かしさと儚さが轟音として共存したままに際立っている。
しかし、この曲はそんなサビですら、最後の長い後奏の全段でしかないようにさえ思える。1回目のサビ後の間奏ではギターのディレイ等を効かせた光線を放つようなプレイでAメロの曖昧さに着陸していくが、2回目のサビ後の、実にこのバンド的な光の粒が零れ落ちるようなアルペジオと、そして尊厳そのもののように優雅にかつ感情を燃焼させるようなヴァイオリンの音色が並んで疾走していく様は、最早これはART-SCHOOLなのか…?とさえ思うような完成度を誇りつつも、いやでももしかしたらこれが『フリージア』とかの楽曲のさらに先にあった光景なのかもしれない、と勝手に唸ったりもする。フェードアウトさせずに余韻を残して演奏は終了するけども、永遠に続いていて欲しい、あと1分くらい繰り返してもらっても構わないと思ってしまうほどの演奏。
歌詞についても、日常的な倦怠感とか過去の思い出とかそういう現実的なところから軽く遊離して、まさに不思議の世界、どこかの本からこぼれ落ちてきたような、残酷そうではあるけどファンタジーと意志が自由に羽ばたく世界観が広がっていく。
君は 鉄の肺を持つ少女 僕は 飛ぶことを止めた鳥
遠ざかる 輝いてた夏の日々 broken eyes いっそこの眼を
僕等はきっと 偶然きっと この暗闇に産まれ落ちた
光のほうへ ただ伸ばすんだ 繋いだ手だけ 離さぬ様に
僕等はきっと 偶然きっと この砂漠に産まれ落ちた
傷つけあって また 舐め合って ただ それだけが真実だから
本当に素晴らしい曲だと思うけど、その性質上ライブで完全再現が困難という性質をどうしても持っている。同機でヴァイオリン流すのもなんかエモくない感じあるし、こういうチェンバーポップ的なのをロックバンドがする際どうしても降りかかってくる類の困難ではある。まあヴァイオリンなし・ボーカルエコーなしでライブで演奏されてもなかなか良くて、やっぱ曲がいいんやな…と思った覚えがあるけど。
3. Ghost Town Music(3:15)
前曲での興奮から程よく寂しい奥行きのサウンドと歌でチルアウトする具合に配置された、軽快ながら淡いメロウさを纏った曲。ちょっとばかりDeath Cab For Cutieとかの静か目の曲とかそういうのと共通したテイストを感じさせる。特段の盛り上がりポイントを作らずに、そんなに前でもない過去曲のメロディを歌詞ごとリサイクルしながらシックに流していく。
このバンドでエフェクト以外がフェードインしてくるイントロは珍しい。オクターブで重ねられたサーチライトのようなアルペジオが静かに入ってきて、しなやかに躍動するリズムとシンセと合わさり、どこか仄暗い、寂しい見晴らしを作っていく。このムードが、タイトルにも現れているこの曲の「ゴーストタウン」な雰囲気の基調だ。はっきりとマイナー調というわけでもなく、なんとなくぼんやりと暗い。歌の調子もどこか独り言のような頼りない調子。それは最初のAメロの繰り返しが普通4回のところ、3回という少し不安定な回数でサビに展開することも関係してるかもしれない。
サビ、というか別のメロディに展開していくわけだけど、これが何故か2作前のミニアルバム収録の『The night is young』のそれとメロディも歌詞も全く一緒、というのが少しばかり面食らうところ。しかし、疾走感の中で女性コーラスを伴って怪しく鋭く上昇する感覚のあるあちらに対して、こちらは自身の影みたいなコーラスを伴って、どこか暗く力なくやるせない具合に歌われているため、同じメロディ・フレーズにも関わらず、意外と受ける感触は異なる。コード進行が元のAメロのものに戻る際に多少声を張り上げるものの、これもエモーショナルというには程遠い程度の力の入らなさで、それこそがこの曲のぼんやりと憂鬱な具合を表しているのかも。その感じは曲の最後、リズムが消えてアルペジオの反復だけが寂しく残るところまで貫徹している。
歌詞では、ここでいう「ゴーストタウン」というのが実際の廃墟というよりも心の荒廃の比喩として扱われていることが分かる。恋人を失って抜け殻になってしまった心情を、さしたるドラマチックな展開もなしに描いた形か。
君が光を失って どれ位経ったのだろう
話題は過去に流されて 虚な日々をやり過ごす
ゴーストタウンみたいに 時計の針は止まってる
僕は未だに覚えてる 君の瞳は輝いて
4. Melt(4:43)
グランジにヴァイオリンを充てがう、歪みとヒステリックさの相乗効果のようなものを狙った本作でも重たい暗さがある楽曲。この曲と次の曲でにわかにアルバムは陰鬱なムードになっていく。次の次の曲からのファンタジー全開キラキラ感を強調するための重りのような役割でもあるかも。
イントロ冒頭のファンタジックなエフェクトが早々に途切れて、いかにもグランジの静のパート的なゴツゴツと無愛想な演奏が始まる。というかこれSmashing Pumpkinsの『Bullet With Butterfly Wings』かなりそのままでは…ドラムのタムを多用した「抑制されてます」感といい。上に乗るメロディは流石に別物だけども。というか、歌が始まる前の時点からヴァイオリンが入ってくるので、元のコンセプトからして「スマパン形式のグランジ*8にそのままヴァイオリンを乗せる」こと自体がこの曲のコンセプトなのかもしれない。グランジとクラシックの融合!というよりも、まず融合し得ない二つの要素の間の緊張関係こそを求めている節がある。歌のメロディは元ネタの吹っ切れた風と比べるともっとベトッとした湿度を感じさせる。それはサビのメロディの性質が全然違うこともあるだろう。
いかにもグランジ的なディストーションギターを纏いながらも、サビのメロディのどこか淡々と耐え忍び、メロディの最後にようやく少しだけ感情が発露するかのような構成はAメロの元ネタからするとかなり意外で、むしろその塞ぎ込んだような様子が何か深刻気味なようでもあるし、ヴァイオリンの上品な響きはこの鬱屈としたグランジがもっと汚く暴れ倒すのを抑制するようでもあって、どこか皮肉っぽくも感じられるかもしれない。
2回目のサビ後にギターソロが現れるも、これももっと暴れ倒すこともできるだろうに、ワウで音をうねらせる程度の変化で、一定以上の感情の爆発をあえて抑えている節がある気がする。そして最後のサビ後の頭打ちのリズムに切り替わって終わるまでの展開においても、意外にもギターソロではなく結構煌めきの強調されたアルペジオで彩っているところに、この曲のシンプルじゃなさがある。やや地味でもあるけども。
歌い出しの歌詞で、そういえば秋冬を得意とするバンドだったなと思い出される。
冬の朝 吐く息は白く 降り注ぐ 雨はなおも止まず
真っ白な 宇宙のなか 絡まった 足に見とれていた
マイナー調の色濃い曲は本作に特徴的なメジャー調のファンタジックさ・ノスタルジックさよりもむしろ従来的な現実的に行き止まりな感覚のART-SCHOOLっぽさが出てる気がする。次の曲も然り。
5. Julien(3:15)
ダークなエレクトロ的処理をされたAメロから暗黒がせり上がってくるようなサビに繋がり、かつ歌詞ではある意味これまででもとりわけ身も蓋もなく情けない、みっともない言葉を吐いてしまう、本作で最も重たい楽曲。えっ急にどしたん…?ってなるくらい暗い。
いきなり不穏なコードのやさくれたギタートーンによるアルペジオと壊れた機械のような打ち込みのリズムで幕を開け、まあ間違いなく明るい曲じゃないなと思えるし、暗いにしたってドラマチックなものとも違う、もっと破滅の予感を感じさせるムードが展開される。いつものマイナー調とは趣を結構異にしているというか、Radioheadとかそっち方面のコード感のような。果たして、木下のボーカルもまるで遺言の収められたカセットテープから聞こえてくるみたいに加工されて流れてくる。執拗な言葉の繰り返しなどもあり、呪いめいたオブセッションが浮かんでいる。
短いブリッジを経て、一気にグランジ的なバンドサウンドに切り替わるが、これもまたNirvana形式のシャープなそれではなく、もっと地獄から業が迫り上がるようなドロドロしたテンポとディストーションと声で、どこにも行けないような重力が重々しく具だを巻いている。深くエグいコーラスの効いたギターもまた神経質。
その後のAメロはバンドサウンドが入ったまま、さらにヴァイオリンまで入ってくるが、歌詞の極まった情けなさと共に、ここは本作で最もみっともないセクションとなっている。ヴァイオリン自体は優雅なラインを描いているのに、下界の演奏の醜悪さによって何か実に皮肉な存在になっている。
この曲の歌詞のとりわけ情けないところは2回目のAメロだろう。実際に母親を亡くしている人*9の歌詞とはいえ、実にみっともなく、いったいなんで急にこんな歌詞を歌おうと思ったんだろう…と思わされる。曲の行き詰まりすぎたムードにはよく合っているが。
お母さん 僕はそう 自分が恥ずかしい
お母さん 僕はもう 鏡を見たくない
それこそ『シャーロット e.p.』収録『I hate myself』と歌っている内容はそんなに変わらない気もするのに、身も蓋もない言葉で綴ることでここまで情けなくなるのか。
このアルバムの「底」をこの曲で担い、これより後はキラキラしたりぶち上がったりといった割とポジティブなトーンが展開されていく。
6. Paint a Rainbow(3:36)
暗い曲の流れを一気に転換する、エレクトロ要素が本作でもとりわけ発揮された、木下流の高速ドリームポップ、といった趣の、煌めきに満ち溢れた楽曲。これまたこんな引き出しがあったのか、と驚くところで、このバンドはライブ時の入場SEにずっとAphex Twin『Girl/Boy Song』を使ってたけど、それに一番近づいた曲かもしれない。あとこの曲で使用された後は最終曲までヴァイオリンは出てこない。
それこそエレクトロニカ的な電子音でファンタジックなラインが描かれ、次に現れるベースラインがいかにもART-SCHOOLなⅢ→Ⅳ→Ⅴと順番にルート音を上げていくのを聴くと、この曲は“いつものART-SCHOOLなコード感をどこまでエレクトロな曲に変換できるか”的なコンセプトなのかなと思える。いかにもエレポップなサイバーなシンセの反復などからもそのコンセプトが伺える。一方で、変則的な機動ながら疾走感を失わないドラムや「あくまでこの曲はART-SCHOOL」と主張するかのようなアルペジオの煌めきなども存在感があり、電子音とバンドの音がうまく調和している。『プール』以来に“サンディ”なる女性名を連呼するエコーの効いたボーカルも細切れのメロディをよく繋ぎ、この曲のテンポをさらに加速させる。
それまでのキラキラとした音を一旦引っ込めた上で、改めてサビが展開されていく。いかにもなメロディながら、この高速テンポと、そしていつの間にか現れるヴァイオリンの響きをバックに歌われるとまた特殊な趣が生じてくる。間奏ではヴァイオリンがより前に出て、この人力エレクトロニカみたいなものにさらに属性を追加する。ヴァイオリンの優美さはさらに2回目にして最後のサビ以降さらに加速し、ファルセットのコーラスも相まって、独特のドリーミーな轟音を形成しながら、次第にフェードアウトしていく。
7. R.I.P.(2:44)
マイナー調をベースにしつつ、4つうちのリズムと勢いと安定感の程よく合わさったサビが心地よい、そしてミドルテンポなのになぜか3分を切るサイズに纏まった楽曲。この曲からアルバム後半というイメージがあるのは、ここでキビキビと展開する尺短めのこの曲がいい具合に働いてるからだろうか。マイナー調4つ打ちはこのバンドもここまで結構やってきたけども、ここまでヒロイックさだけ残してサクッとしたサイズでやることはなかなかない。
まるで幻想のように現れて通り過ぎていった前曲から目を覚まさせるかのように決断的なスネア一発からすぐにバンドサウンド全体が立ち上がる。4通知を基調とした安定したリズムの上、サビ前提の抑制されたAメロの中で、割とノンエフェクトで歌うボーカルはくっきりとした状態でうだつの上がらない調子に言葉を繋ぎ、その下で思いのほかベースが自由にうねってはフィルを叩き込んでいる。間奏や2回目のAメロでの変則的なリズムの中でのベースの自由な動き方といい、歌バックでのギターカッティングといい、短い曲の割には、この曲はバンドサウンドの自由度が高く、魅せプレイが多い。
尺の短い曲だからテンポ良くサビに入っていくけども、サビでは「イエーッ」なコーラスをバックに、コテコテに勇敢なマイナー調のコード進行にハット効かせた下手な四つ打ちビートで、実にキャッチーなメロディを高らかに歌い上げていく。かつての王道ART-SCHOOLなメロディをこの1曲に濃縮したようなところがあるかもしれない。早くも1分12秒くらいで最後のサビに入るのはテンポが良すぎる。
最後のサビの繰り返しが終わった後もサビのコード感を受け継ぎつつ、間奏のスリリングなリズムが帰ってきつつ、サビのリフレインを効果的にかつロマンチックに繰り返していく様は優雅で、そこからイントロに戻って自由なリズム隊の暴れ回る様をしばらく収めた上でサクッと終わって2分44秒。その収録時間の短さには、このソングライターの短く収める才能が久々に全開に発揮された感じがある。
歌詞についても、一般論的なところを自身の情けない例によって反論し、その上で実に木下的な極論なロマンチックさに落ちていく。実にART-SCHOOL的なブレイクスルーの歌だ。
大人になりさえすれば この穴は埋まるなんて
そんな言葉 嘘でした 俺は盲目になった
いつか正気を失くして 狂ってしまったその時は
何も変わらずその手で あなたは抱いてくれるかな?
隣のベッドで眠り 名前を呼んでくれるかな?
月の灯りに照らされ 名前を呼んでくれるかな?
8. TIMELESS TIME(3:55)
まさしく脳内花畑といった感じのエヴァーグリーンな雰囲気のギターポップに乗せて、もうどうにもならない過去の眩しい思い出をもうどうにもならないなって歌う曲。いつ頃からか始まったこのバンドのギターポップ路線の、そのひとつの完成形と言っていいかもしれない。実にジャングリーで罪のない感じのギターの音色を聴かせる、ピースフルとさえ言えるかもしれない楽曲。
逆再生シンバルからのスネアのドン、という音を合図に、ギターという楽器を程よく歪ませてかき鳴らすことによって得られるキラキラした質感がこれでもかと溢れ出してくる。Primal Screamの1stだとかThe Stone Rosesだとか、ともかく、UKのギターバンドが時折出すような、牧歌的なキラキラ感だけを信じているかのような、そんな透き通った音色。マンチェスターな具合にバウンドするリズム・ベースラインと共に、ここでの木下は何の衒いもなく自分のルーツのひとつを素直に曝け出し、どこまでも野暮ったく輝けるよう手を尽くしている。add9を交えた王道中の王道な、このバンドでも何度も繰り返され続けてきたアルペジオも、ここまでストレートに放たれるのは実に心地よい。途切れ途切れな野暮ったいメロディもまた、まるでこの曲自体から発されるフォーキーさを極力歌で薄めないよう配慮しているかのようでさえある。
この曲はBメロなどでも不穏なコードにならず、どこかふんわりとしたブリッジを経て、やはりキーのコードから始まる実に落ち着いたサビに着地する。サビでも、高いメロディに行かずにまるで囁くように優しく歌う様に、この、思い出の中にしか存在しない類の輝きの様を最大限に尊重したい意志を感じさせる。ずっとメジャーキーなコード進行の中、可愛らしくもどこかほんのり寂しい、最小限ながらいいメロディだと思う。
間奏等で聴かせる晴れやかなファルセットやら、2回目のAメロのディレイを用いたサイケな伴奏やら、最後のサビでのまさかのベタな転調やら、それらの要素もともかくこの曲の輝きをより尊く切ないもののように感じさせる。最後のサビが終わった後の繰り返しも多く、この平和な輝きの時間がずっと続けば…というギターポップ好きの願いをよく理解している。
歌詞は、『フローズン ガール』『YOU』と続く、かつての恋人との思い返せば眩しい光景がフラッシュバックしていく形式の、まあ男の情けない感覚を歌ったもの。この曲はそれら二つよりもよりはっきりと諦めの感じが出ていて、サビのしょうもない駄洒落スレスレの言葉遊びも込みで、それを踏まえて曲のキラキラ具合を思うと甘い苦味がする。
水のしぶきを 跳ね上げながら 君の町まで
でもそう もう気付いてた 他人になってる事に
でも 妄想 夢の中 この瞬間は永遠に
9. Luka(3:21)
マイナー調のアルペジオで直線的に進行するニューウェーブ的なギターロック、と思わせておきながらサビで思いのほか可愛らしいメロディに展開して「えっ?」ってなる、総合的に見るとかなり可愛らしい曲。フェイントに引っかかった結果和むという、なかなか珍しい現象が起きている。この曲のサビ本作で一番可愛らしすぎるだろ。いいのかこんなにユルくて。全然いい。
イントロこそかつての隠れ名曲『LITTLE HELL IN BOY』を思い起こさせるスネアリム打ちの抑制されたドラムの入りとニューウェーブ的なマイナー調のギターフレーズで、あのような鋭さの楽曲を想起させる。実際Aメロはそのとおりに進行し、木下のボーカルフレーズは涼しげな緊張感を伴っていて、それらに対してシンセの思いのほか柔らかい音色は、本作後半のファンタジックな質感の連続性のために添えられているのかと最初は思ってた。
ハイ、そしてサビで実に軽々と、メジャー調に一気に切り替わります。これはおそらくギターの刻み方のテイストが似てることといい、どことなくThe Police『Message in a Bottle』を意識してるんじゃないかと。Aメロのコード進行も似てるし。それにしても、この朗らかなコード進行の中、実に可愛らしさ全開のメロディは、さっきまでの張り詰めてた空気はなんだったんだよ…ぶち壊しじゃないか…と思いつつもそのチャーミングなメロディにニヤける類のもの。元ネタであろうThe Policeでもここまで可愛らしくねえぞ。途中から入ってくるドラムも実にシンプルで可愛らしい。
一応最初と2回目のサビ終わり後は元のマイナー調に戻り、しかもそのコード感のまま少しばかりシューゲイザー的な轟音を展開してみせる。細かく幾何学的なギターソロなんかもニューウェーブ的な神経質さを有している。しかし、間奏がブレイクして以降はもう、この曲の可愛らしいメジャー調の感覚が空気感を完全に支配してしまう。メロトロンみたいなシンセのチープなドリーミーさに始まり、サビのメロディを繰り返していくけども、リズム隊が戻ってきて以降のギターの、コーラスの鋭い質感を解除して、とても柔らかな音色で天国めいたラインを爪弾く様は、この曲がもっともソフトな表情を見せるところ。この中では、ドラムが頭打ちのビートを刻みながら木下がタイトルコールをしても、もう何もかもファンシーな感じに収まってしまう。その様子が、イントロの割とあった緊張感からのギャップで、可笑しくて仕方がない。いや、ほんと好きだなあこのソフトな終わらせ方。
I can't touch you Luka 何の記憶もない
I can't taste you Luka 何の味もしない
I still love you Luka 今夜跪く
I still love you Luka どうか飲み干してくれ
こんなあまりにART-SCHOOLな歌詞をこんな可愛らしいメロディで歌うそのギャップもまた面白い。木下理樹という人のチャーミングさがある意味前曲以上によく出ていると思う。
10. Supernova(3:53)
割と静かにソフトに展開するAメロからシューゲイザー的サウンドをバックに高揚するサビに打ち上がる、本作でも特にポジティブな熱っぽさを感じさせる楽曲。ベクトルはかなり違うけれども、『しとやかな獣』とかそういう感覚の曲なんだと思う。アルバム内の位置的にも。
この曲はかなり静かなところから始まる。おもちゃみたいなチープな打ち込みのリズムに柔らかなメジャー調のアルペジオ、ドラムレスの穏やかな状態でイントロ、Aメロが始まり、メロディもまた穏やかで優しいものだ。
この曲は、そのような穏やかをサビでどう打ち破って、まるで重力に逆らうかのように高揚してみせるか、というところに懸けた楽曲だ。とても静かなところから、それこそタイトルのように宇宙に一気に打ち上がるようなイメージだろうか。木下のボーカルもメロディもかなり畳み掛け方に無理をしてボロボロの感じがあるが、叩きつけるような変速リズムも合わさった急激なシューゲイザー的轟音の中で、ボロボロになってでももがくようなこの必死さこそが、この曲の魅力だ。
そして最初のサビはそこからまた元の静けさに戻る。この静と動の感覚は実にこのバンドらしいところだけど、Aメロは短く、すぐに再度轟音のサビに突入していく。そして2回目のサビの後、この曲で最も伸び伸びとメロディが広がっていくミドルエイトが始まる。実にこのバンド的な後悔の言葉とは裏腹に演奏は白熱していき、ここの飛び上がるために疾走するかのようなメロディからファズなギターソロの突破力にバトンタッチする様はこの曲の勇敢さの象徴だろう。意外と曲の終わり方があっさりしているので、もっと演奏を引っ張っても良かった気がする。
歌詞では、特にサビの、よく読んだらポジティブなのか微妙によく分からんけどまあ多分そうなんだろうって具合がいかにもこの木下節。
心配ないよ 僕と君は 繭のなか 今夜生まれ変わって
愛される度 苦しくなった それでもまだ この心臓が
脈をうち 僕を焦がすんだ スーパーノヴァ
許されるなら 賭けてみたいんだ 今でもまだ この心臓が
脈をうち 君を焦がすなら スーパーノヴァ
11. NORTH MARINE DRIVE(5:29)
本作最後を締めるのは、木下理樹ソロアルバム『TEENAGE LUST』の最終曲にして名曲だった楽曲の、現行メンバーによるゆったりとして威風堂々としたアレンジによるリメイク。ソロにおける、心細いサウンドだからこその切なさや甘酸っぱさみたいなのはバンドの安定感によって薄まった感じはあるものの、逆にまさにその“安定感”こそが、このファンタジックな感覚の濃いアルバムのエンドロールのような役割を果たしている。
ソロ版のこの曲のレビューは以下のとおり。
どこかの海辺のカフェにでもいるような風景が、このバンド版からは感じられる気がする。イントロのカラカラと鳴る何かのSEのせいなのか、豊かに心地よく歪んだクランチギターのコードカッティングが波打つように響くからなのか。ソロの、心細くなるほどスカスカな音響の中だからこその素朴な優しさと違って、この曲はもっと音空間がリッチに詰まっている感じがして、だからこそ、ソロの際のエモーショナルさみたいなのは失われ、代わりに、様々な景色を現実に見てきた大人としての、切なげな優しさと優雅さが封入されているんだと思う。
演奏はソロ版を沿う部分もあればより補強された部分も多く、最初のサビからドラムがしっかり入り、ヴァイオリンまで入って世界観が雄大に広がっているのは、良くも悪くも視野が広がってしまった大人の感覚が滲んでいる気がする。ソロ版のような2回目のサビ以降に一気にエモーショナルになるような演奏の組み方はなく、もっと各セクションでの起伏が平坦で、これはもっと緩急をつける事だって全然可能だったろうけど、この曲を映画のエンディングみたいに仕立てるべく、あえて平坦にやってるんだろうなと考える。間奏のギターソロも、謎にノイジーさを大変有効利用していたソロ版のエモーショナルさと比べると、こちらのソロはこちらも十分にオルタナなプレイだけども、広がった風景をさらに無理なく広げるような働きに徹している気がする。
最後のサビが終わって、イントロに戻って、そして最初のどこかの風景の録音のようなSEに戻って、実に穏やかにこのアルバムは閉じられる。ファンタジックなアルバムの、優しくもロマンチックな終点。
ブックレット上でこの曲だけ歌詞が縦書きしてあるのが、密かにエモい。
・・・・・・・・・・・・・・・
あとがき
以上11曲、全41分35秒のアルバムでした。
宅録で作った素材をそのまま流用した場面も多いと聞くため、もしかしたら本作が最も木下ソロ的要素の高い作品なのかもしれません。それでバンドサウンドや演奏の掛け合いを練る工程が幾らか蔑ろになったのはのちの本人たちの反省に幾らかなっていたかもしれませんが、代わりに本作はその宅録要素の多い分だけ、木下理樹の頭の中のファンタジックな要素をそのまま、本人の思ったとおりに出力できた作品とも言えるのではと思えるし、やはり絶対に1回作っておくべき作品だったように思います。
それにしても本当にポップな作品で、キャッチーな場面も非常に多くあり、もしこれをメジャーレーベルからキャッチーな作品を求められてた『YOU』の時期に出せてたらどうなってたんだろうなあ、とも思ったり。まあ、メジャーレーベルを出たことによるある程度の開放感からこのような作風が生まれ出た可能性の方が大きいので、考えても意味ないことかもしれません。でも『Flora』あたりと同等かそれ以上にポップで開けてるよなあ本作。
それにしても、本作でヴァイオリンをゲストに打ち込みも多用して色々とやったことで、結構本当に何でもできてしまうバンドとしての属性を得た気がします。この後、その「何でもできる」を過度に広げていかず、(休業を挟みつつも)作品を重ねるたびにバンド演奏重視にシフトしていくのは興味深い流れ。
以上です。
で、本作の次の作品が2019年の9枚目のフルアルバム『In Colors』。弊ブログでのレビューは以下のとおり。
そこから木下理樹の体調不良によって何年かの休止を挟み、復活作として、特に歌を丁寧に録るために9ヶ月を費やしたりして完成した4曲入りシングルが『Just Kids .ep』。弊ブログでのレビューは以下のとおり。
そして、2023年現在の最新作が、次にレビューする予定の今年6月リリースのフルアルバム『luminous』。乞うご期待。
最後に、本作の『TIMELESS TIME』のように、ART-SCHOOLのキラキラしたメジャー調の楽曲を集めたプレイリストを作ったので以下に貼ってこの記事は終わりになります。それではまた。
*1:観に行って、ラストの『しとやかな獣』はじめとても良かった。DVDになってます。
*2:なんで名前“Warszawa”なんだろう。Joy Division…?
*3:最初の作品は件の活動休止前ライブのDVD。
*4:Garage Bandを使用していた。
*5:これ自体はしかし木下本人的にやりすぎの感もあったらしく、この後の作品においてはやや反省気味なニュアンスで本作が言及されることが時折出てくる。まあそれだけ宅録色強めな作品を作って一定の成果を納めたということだけども。
*6:それにしてもとてもART-SCHOOLな感じのするプリセットフレーズだ。本人これ見つけて笑っちゃったのでは。
*7:実はこのBメロ的なものがここの一度しか出てこず他のセクションでは省略されるのも、構成としてちょっと面白い。
*8:もっとも『Bullet With Butterfly Wings』はむしろスマパンのグランジ曲の中でも例外的にNirvana形式なグランジではあるけども。