ブンゲイブ・ケイオンガクブ

本を読まない文芸部員と楽器を練習しない軽音楽部員のような感じのブログ。適当な創作・レビュー等々。

トレモロ(ギターエフェクト)について(50曲)

 「トレモロ(Tremolo)」という語はおそらく「コーラス」と並び立つくらいに、音楽用語としての存在のあり方だけの中で複数の意味を持ってしまって混乱が起きがちな概念じゃなかろうかと思います。元となるイタリア語としては「振動、ゆらぎ」の意味だとのことですが。

 演奏技法としての元々の「トレモロ」は「単一の高さの音を連続して小刻みに演奏する技法、ならびに複数の高さの音を交互に小刻みに演奏する技法」とされています。そこから派生してなのかしてないのか何なのか、ギターの音程をギターに取り付けたバーを揺らすことで可変させるものは「トレモロ・アーム」などと呼ばれるし、更には音を変化させる機構のひとつ、音量を一定の周期で変化させて、まるで音が波打つようなもの等に変化させてしまう効果のことを指すようにもなってしまった訳です。

 今回は、この3つ目の意味、俗に「トレモロ・エフェクト」と呼ばれるものについて、特にエレキギターに掛けるエフェクトとしてのこの効果について色々と見ていきたい感じの記事になります。このシンプルにして魅惑的な効果について、50曲のプレイリストを用意した上で臨んでいきます。

 また、最後の方にはおまけとして、印象的なトレモロギターが沢山聴けるアルバムのリストも載せています。

 

 

(2022.5.28追記)Wilcoの今年の新譜があまりにトレモロ的名作だったので追記しました。

 

(2022.7.4追記)10曲追加して50曲のリストになりました。アルバムの方も1枚追加して全9枚にしました。

 

 

もう1度整理:3種類の「トレモロ

 どうして異なる3つの音楽的効果がどれも「トレモロ」と呼ばれるようになってしまったのか…と思いつつも、今一度もう少しちゃんとこの、もしかしたら混同しやすいかもしれない「3つの」トレモロについて、それぞれどういうものなのかをそれなりにちゃんと確認・区別しておきます。

 

①演奏技法としての「トレモロ

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 クラシックの時代から奏法として存在する由緒正しい「トレモロ」はまさにこの意味になります。同じ音を小刻みに何度も弾くことで、短い音の連なっていく感じがまるで絹のように響くようなこの感覚を、元々はトレモロと呼んでいたようです。その構造上ピアノなどの鍵盤楽器やトランペット等の管楽器ではこの手法はやりづらく、ヴァイオリンや、特にクラシックギターなどで用いられていたようです。

 しかしながら、そんな優雅な感じだった「トレモロ」奏法も、エレキギターがギャン鳴りするロック以降の時代においては、かなり趣の異なった使われ方をするようになります。すなわち、歪ませたエレキギターの弦を小刻みに高速に演奏することで、非常に攻撃的で破壊的な音を炸裂させるようになります。「トレモロピッキング」とも呼ばれたりします。

 

www.youtube.com低音弦で演奏すればメタルな重低音リフに。

 

www.youtube.comギターソロでオクターブ奏法と組み合わせてエモーショナルな演奏をする場合にも使われます。

 

 この奏法1つ取った記事も書けそうですが、それはまた別の話。

 

 

②「音程を揺らす行為」としての「トレモロ

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 単音の音程を揺らす行為は「ヴィブラート」と呼ばれ、これも昔からずっと学期を問わずに様々に演奏されてきた技法ですが、エレキギターの歴史的名機であるストラトキャスターを作った際に、ヴィブラートさせる機構を勘違いで「トレモロ・ユニット」と呼んでしまったがために、この「エレキギターにアームを取り付けて音程を上下させること」も「トレモロ」と呼ばれるようになってしまいました。これは勘違いしてこう名付けてしまった製作者レオ・フェンダーが悪い*1

 非フェンダー系のギターではこのように音程を昇降させるアーム周りの機構を「ヴィブラート・ユニット」と呼ぶことも多く見かけますが、しかし業界最大手のフェンダーがその伝統からずっと「トレモロ・ユニット」と呼びつづけているお陰で、「誤用」から生まれたこの用法についても当分消えることはないでしょう。

 

www.youtube.comトレモロアームの使い手としては何を置いてもやっぱJimi Hendrix。感情とギターと宇宙が一体化したような極端なアームの使い方が魅力。

 

www.youtube.comシューゲイザーというジャンルの金字塔『Loveless』における轟音の揺らぎもまたトレモロアームを操作しっぱなしで演奏することによって出しているらしい。

 

 

③「音量を揺らす行為」としての「トレモロ

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 ようやくこの記事の本命どころの意味の「トレモロ」です。言うなれば、レオ・フェンダーが「音程を」揺らしたのに対し、こちらは「音量を」揺らす、とでも言うべき効果になります。

 音量の下げ方、下げ具合の深さ、上げ下げの周期、大体はこの3つのパラメーターを操作することで、音が時に波打つように増減し、時に綻ぶように増減し、時にマシンガン的に明滅するようになります。この変化は機械的に行われ、そのことが音に様々な不思議で特殊なニュアンスを与えます。

 以下の記事によると、トレモロというエフェクトの歴史は実に古いそうです。「その起源は9世紀のビザンツ帝国や16世紀のヨーロッパに求められます」とあり、マジか…と訝しくもなりますが、でも音量を上げ下げする「だけ」の効果というのは、他に使用されるエフェクト、歪みだとかコーラスだとかリヴァーブだとかディレイだとかよりも遥かにシンプルなものらしいです。

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 1930〜40年代頃までには、主にオルガン等の楽器用として、トレモロの機構が生み出されました。そんな中で所謂「レズリー・スピーカー」が生まれ、これは音程も音量も両方とも揺らしてしまう機器でしたが、これが「電気的に出力された音を“変化”させる」ことのひとつの突破口となりました。今でいう「エフェクター」の起源とも言えそうな存在ですが、その真価は1960年代以降のサイケデリックのブームの中で一段と発揮された感じがあります。

 1950年代にはギターアンプトレモロ機能が付いたものがどんどん普及していきますが、エレクトリックギターでトレモロ効果を使用した初期の例としてはもっと早くの1942年に、Roosevelt Sykesの録音が残されているようです。

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 1960年代頃からアンプから独立したエフェクターとしてもトレモロが登場し始め、様々な形でこれより後活躍していくこととなります。

 なお、先に元々鍵盤のために開発されたこともあり、オルガンや、特にエレピにおいてもトレモロはよく使用されます。特にエレピについてはエレキギターと並ぶトレモロの大活躍するジャンルで、フェンダーローズはジャンルによってはトレモロが効いてるのが普通なくらいに思われます。トレモロエレピの名演を集めた記事なんかも書くことができるジャンルだろうと思われます。鍵盤系は詳しくないので筆者は書けないが…。

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人はなぜトレモロエフェクトを使うのか

 「そんなん作った人の感性やろ」と言われてしまえばおしまいですが、少なくともみんなこの、シンプルだけども結構奇妙な効果を、何の目論見もなしに使用している訳はなくて、何かしらの目的を目指してこの不思議な音の変化を利用している訳です。

 本編に入る前に弊ブログいつもの要領で、どういう効果を目指してこういう音の変化を取り入れるのかを少し考えてみようと思います。

 

 

①不思議でユーモラスな音にしようと目論んで

 無邪気さ・ユニークさが先立つ発想でこの音変化を取り入れる場合があります。割と極端に設定すれば機械的にバラバラと音がちぎれていく様は、どこかヘリコプターの音のような、蜂の羽音のような、そんな感覚を覚えさせます。その、ギターから出る音としては不自然な感覚を楽しげに、もしくはちょっと雄大さを付け足す感じに使用する向きがあります。

 

 

②儚さ・揺らぎ・感傷的なレトロさを表現しようとして

 「トレモロ」という語の「ゆらぎ」の意味にリリカルなものを感じる向きは、この音色をセンチメンタルな感覚の表現として用います。エレピのトレモロなんてのはまさにこの「都市的で大人っぽい憂いの感覚」みたいなものの表現の典型に思えます。

 ギターだと、よく見られるのは3連バラッドの伴奏として奏でられるアルペジオトレモロが掛けられるパターン。これによって何故か、昔の映画のフォリムを回しているかのような雰囲気が生まれます。音量が定期的に「抜け落ちる」のをフィルムの劣化みたいなものに感じてしまうからでしょうか。もしくは夢の中でノスタルジックな光景を見るかのような。そこにはどこか、極端に辛いわけでも悲しいわけでもない、でも何かほんのりと胸を駆け抜けるような、少しばかり感傷的なレトロさが湧き出します。

 中には数々の演奏の中にひっそりとトレモロの効いた音が混じって、隠し味のような寂しさのトーンを付け加える働きをすることも。

 

 

③「ぼんやりした気怠さ」の表現として

 上述のとおり、ブルーズの時代から使用されてきたエフェクトとしての伝統を鑑みると、案外この用法が王道なのかもしれません。

 ブルーズの12小節の鬱々とした繰り返しは、どこか果てしない感覚を覚えさせます。そこにさらにトレモロの効果が上手く乗ると、余計に視界がぼやけて、より果てしなさが染みるように機能してしまいます。あまりにもぼんやりとダルくなって、何もする気が起きなくなって寝てしまうかもしれません。

 だって視界が歪んでしまうんだもの。疲れてるんだろうから今日は寝ておいたほうがいい。——そういう日々が続いてしまうと、人生を無為なものにしてる感じが高まっていきます。

 

 

④「リラックス感」の表現として

 しかし、「気怠さ」というのは裏返せば「気を張っている状態の逆」な訳で、その他所行き的でない、どこかラフな面持ちには、リラックスした感覚も浮かびます。

 おそらくこの用法は、カントリーミュージックにおいてトレモロが使われていく中で養われてきた感覚だろうかと思われます。ペダルスティールをはじめ望洋とした感覚の音が雄大な大地を思わせるカントリー音楽の中で、トレモロのぼんやりした効き方もまた、情景をより淡くするように響きます。

 また、この用法の場合トレモロは浅め・レート緩めに掛けるようにされることが多いです。これによって、程よく歪んだギターの音はより不思議な温もりめいた「いなたさ」を手にすることとなります。

 

 

⑤ソフトでスウィートな音の質感を狙って

 これもトレモロを浅めに掛ける場合が多いものですが、甘いフレーズやオブリガードをよりソフトで感傷的に響かせるためにトレモロを利用することがあります。特にジャズやソウル方面に多い使用方法かと思われます。どこか都会的な響き方はエレピと似たところがあります。

 エレピと同じように、ふわっとした感覚の音の響き方が楽曲中に隙間を作り出し、そこにボーカルの熱情と対比される豊かな「無音」の感覚を作り出す。それは継続的にギターが鳴りっぱなしになるよりも、曖昧に音量が途切れる方がより効果的に働くのかもしれません。ソウルではギターはワウの方がよく使用されますが、静かなバラッドなんかを聴くとたまに、トレモロの効いたスカスカな音色のギターが漂っていることがあります。

 

 

機械的・パーカッシブな効果を狙って

 上のリラックス的・ソフト的な用法と異なり、もっと深め・レートも細かく掛けることによってギターの音は細かくちぎれ、まるでマシンガンのような機械的で金属的でシーケンサー的な響き方をするようになります。

 このような機械・シーケンサー的な駆動感をむしろ目指してトレモロを利用する向きがあります。この場合トレモロの音は曲中終始ループし続けて楽曲の軸になることも多いように思います。いよいよシーケンサー的。なお、この効果についてはトレモロ以外でもスウィッチング奏法*2グリッチ*3やディレイなんかでも似た効果を出すことができる場合があります。

 

 

⑦不安げな感覚・不穏さの表現として

 トレモロによって「音がボロボロになる」という効果を狙って演奏されることがあります。このように使用される場合、そのトレモロの効いたギターの響き方はまるで廃墟を思わせるような、どこか退廃的で厭な感覚が巡ります。

 「リリカル」とか言える段階を超えて、もっと致命的に「滅んで」しまっていたり「危うく」なってしまっていたりするような感覚を表現するタイプのトレモロで、この用法はあまり機械的には響かないのに、でも無情感みたいなのは機械的用法よりもかえって強く感じられます。

 

 

⑧迷い込む感覚を呼び起こすために

 サイケデリックな方面の用法。音量が揺れることで光景がぼやけることこそを使用目的としたものであって、時に感傷的なトーンで、時に溶けるように甘いトーンで、まるで幻覚作用のように響きます。トレモロギター単体で大いに景色ごと揺らしてくるものもあれば、他のオブスキュアーな演奏と渾然一体となって森の奥に迷い込むように展開されるものあったりで様々です。

 この点においては、むしろひんやりとした覚醒感をもたらすために用いられる傾向にあるコーラスエフェクトとトレモロは、同じモジュレーション系でありながらどこか真逆な立ち位置にあるようにも思えます。また、より幻覚的に響き渡るように、ディレイやリヴァーブを併用する例も多く見られます。音を曖昧にする・惑わすという意味で方向性が一致します。なんなら一時期のUSインディー勢なんかはみんな音を揺らしてなんぼの世界観で、こういったエフェクトの評価がまた変わったようにも思います。

 

 

本編

 ようやく。たった40曲なので幾つもの良事例の見落としがあるかと思われます。

 上で分類を試みた類型をそれぞれの楽曲に無理やり当てはめるならどれになるかもついでに記載しています。

 

〜1960年代

1. Bo Diddley / Bo Diddley(1955年)…①

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 所謂「ジャングル・ビート」の生みの親として、ロックンロール黎明期においても独特の存在感を発揮するこの人は、しかしそれ以上にギターサウンドにおいて圧倒的な作家性があって、その「常時トレモロ+リヴァーブ濃いめ」なギターサウンドが彼の1番のトレードマークだろう。

 そんな彼のデビュー曲からして、トレモロが深くかかったギターをリズミカルに響かせ、そして早速のジャングルビート+シェイカーの類も並行して使用、と、リズムに特化したそのサウンドはよく考えるとかなり先進的。だけどあまりそう感じさせないのは、彼がそんな不思議なサウンドでも楽しげなロックンロールを演奏しているからだろうか。「よく考えようとしたくない」と思わせる不思議な作用が彼のキャラクターにはある気がする。そもそもセルフタイトルの楽曲でデビューして、しかもいきなり奇怪なサウンド全振りで、そして大ヒットしてるというのがもう色々とおかしい。

 

 

2. In My Room / The Beach Boys(1963年)…②

 初期のこのバンドの作品は「パーティーのような軽快なロックミュージック」と「夜の海を恋人と眺めるようなロマンチックなバラード」の2本柱だけど、その後者寄りの楽曲ながら、より繊細で、歌詞に恋人の姿が無く、部屋の中でフラストレーションの放出と安らぎを見出そうとするこの歌は独特な位置を占める。

 その後に本当に引きこもってしまう天才Brian Wilsonのそっち方面の資質が早くも出たと思われる名曲だけど、でもそのスタンスからしてどこか危うさが感じられるこの曲は、音楽的にはトレモロの効いたアルペジオの存在が効いている。甘いレトロ感、というよりもむしろ「何か欠けてしまっている」かのような情緒をこれに見出してしまうのは作曲者の人生から影響を受けすぎた目線だろうか。

 

 

3. Bang Bang(My Baby Shot Me Down) / Nancy Sinatra(1966年)…⑧

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 英国歌謡曲って感じの臭み全開の原曲と同じ年のうちに、Frank Sinatraの娘で歌手として成功していた彼女もこの曲をカバー、全編トレモロの効いたギターのアルペジオのみの伴奏の中マイナーコードまっしぐらな歌を陰鬱に歌うその佇まいは何気にとても独特で、どうしてこんな思い切ったことを…と思わずにはいられないけど、それと同時にまるでその「感傷を永遠に迷子にさせる」かのようなアレンジの決断力の強さを思う。

 この「予めセピア色になり切ってしまっているオールディーズポップス」的な楽曲はリアルタイムでは注目されていなかったらしいけど、映画『キル・ビル』においてその冒頭で流されたことで急激に価値を見出された。タランティーノ監督ってそういう「いい具合にレトロなもの」に対する感覚が鋭敏。

 そして、このバージョンを下敷きにしつつもどこかで激しくNeil Youngが混じってしまったカバーバージョンをThe Raconteursが披露している。ブチ切れシャウトしてみせるJack Whiteがえらいことになっているけどもこれはまた別の話。

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4. Didn't Want to Have to Do It / The Lovin' Spoonful(1966年)…⑤

 このバンドの立ち位置の不明瞭さは逆に芸術的。フォークロックとも言い切るのは難しく、カントリーロックとしてもソフトロックとしても中途半端で、何に対しても可能性があって、そのまま活動終了まで行ってしまったような感じか。だから名盤とか何とかには浮かべにくいけど、こうやって楽曲単位で意外な発見があったりする。

 アルバム通じて比較的カントリーロック的かな…と流してると突如現れる、ジャズ的な可憐さを湛えたコード感とリズムで潤んだ情緒を静かに撒き散らすこの曲において、トレモロの効いたままにゆらゆらと水のように自在に舞うギターはこの曲のトレードマークだ。ソフトな響き方でありながら存在感抜群で、もはやもうひとつの“歌”であるかのように華麗に饒舌に振る舞うそのラインの端正さにとっては、ロックがサイケ漬けになっていく1966年という時代は遅すぎたのかもしれない。あまりにも真っ当な感傷のあり方にどこか徒花めいたものすら感じられてくる。

 

 

5. Beechwood Park / The Zombies(1968年)…③

 1960年代のサイケデリックとソフトロック両方の面から名盤となる『Odessey & Oracle』は、様々なサイケ感ある音がポップな歌に結びついて極彩色のポップソングに花開いていく作品だけど、そのポップさは幾つかの気怠げで陰鬱気味な楽曲をその重しとして*4浮かび上がっている。

 この曲もその“湿潤な重し”として気だるく躍動する楽曲で、イントロから気重そうに可憐なラインを形成するトレモロサウンドがこの曲のぐったりした気品を何か象徴しているように思う。楽曲が進展していくとメジャー調のメロディで割と晴れやかにコーラスワークが炸裂するけども、それも結局気怠げなマイナーコードに回収されていくあたりに、この曲のフラフラ気味具合がよく現れている。そこで何気なく鳴らされるトレモロのしょうもなさげな具合は実に滅入るような響きで、こういうのがあるからこそ、アルバム中の他の楽曲での脳内お花畑みたいな世界観がより輝くんだと本当に思う。やるせなさの分だけ輝けるんだと、そういうこともあるんだろうなと思う。

 

 

6. Gimme Shelter / The Rolling Stones(1969年)…⑦

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 Keith Richardsとかいう、泥臭いブルーズを志向しつつも、実はギターエフェクトも含んだギター音響構築に非常に長けた演奏者・作曲者の、その最高傑作としてこの曲は君臨する。冒頭から延々と繰り返される、荒涼とした風景そのものを演奏するかのようなトレモロギターの響きは、果てしなく平坦に続いていく虚無を思わせる。その虚無の中を何か壮絶さを過ぎた後の強力な自我で歩んでいこうとするかのようなボーカルとの対比の素晴らしさに、「こっちの方が邦題『無情の世界』は合うんじゃないの?」と思ってしまったりする。

 アルバム『Let It Bleed』自体、Keithが全体的にリードして制作され、Brian Jonesの脱退と死、地獄のようになっていくベトナム戦争などを横目に、その業を見事に音楽に昇華した作品だけど、その冒頭に置かれたこの曲の、このボロボロなトレモロギターが循環していくことに象徴されるその存在感は格別のものがある。このトレモロギターの浮遊感がナパームであり、それが焼き尽くした後の焼け野原であり、病気や瘴気であり、翻って途方もなく続いていくであろう何らかのどうしようもない“愚かさ”そのものだと。そういうレトリック的などうでもいいことを抜きにしても、ここでのギターサウンドは本当に、何か情景を喚起させてやまない。荒涼感の表現として、この曲のサウンドはひとつの基準だと思ってる

 

 

1970年代

7. Hold on / John Lennon(1970年)…④

 稀代のロックスターの最初のソロアルバムは、まるでダビングの嵐で何でもありになっていった中期以降のThe Beatlesからの反動かのように、シンプルさを極めた3ピースバンド体制によるソリッドな録音でほぼ占められた。冒頭『Mother』の次第に惨めに張り裂けていく彼の存在感が曲ごとフェードアウトして、その後にその衝撃と痛ましさを和らげるかのように始まるこの2分足らずの楽曲は、一転して落ち着いたフィーリングの楽曲をさらにまろやかにすべくか、唯一のうわもの楽器であるギターにはずっとトレモロが掛かり、艶かしくもリラックスした響きをささやかに効かせている

 元々彼はThe Beatles時代ではメンバー中最も極端なエフェクトを好み、大胆で時にやけっぱちなエフェクトの掛け方は何度も時代を切り拓いた。そんな彼が、ここでは実にストイックに、さらりと流麗なギターワークを見せていて、そしてそこにさらりとトレモロエフェクトを差し込んでみせる。その、何もかもがささやかでさりげないところにこの曲の良さがある。あのアルバムは気の利いた小曲の宝庫だ。

 

 

8. Distant Lover / Marvin Gaye(1973年)…⑤

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 この人の曲で最もスウィートに感じれるのは個人的にこの曲で、ライブ盤ではそのボーカルとしての突出した力量を爆発させてひたすらエモーショナルに炸裂するのに対し、スタジオ音源の方は程よく透明感があってかつ程々に淫靡な雰囲気が漂っていて、うっとりと聴くにはこっちの方がいい。全体的に淫靡なアルバム『Let's Get It on』においてはワウギターが割とよく目立つけど、ワウが無いこの曲の静寂具合のほうがかえってよりだらしなく甘い感じがする。

 そんな中で、ギターがさりげなくトレモロで濡れた演奏になっていたのは今回の発見だった。もっとワウでねっちゃりと淫靡にするアレンジも出来ただろうに、そこをトレモロで少しリリカルな仕上がりにしているところが、この必殺の3連バラッドの必殺の「音の抜き具合」を密かに決定づけているのかもしれない、と少しばかり思った。それにしてもこうして聴くとトレモロっていうのもなかなかにエロい使い方があるんだなあって思う。

 

 

9. Down by the Seaside / Led Zeppelin(1975年)…④

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 ストイックなリフの積み上げて前人未到の境地に至らんとしていた当時の彼らも、しかしながら一方ではある程度は普通に人の子、密かに抱いていたカントリーロックへの憧憬*5を唐突に詰め込んだこの曲はバンドの歴史の中で思いっきり浮いてしまっている。けどこの曲の、イギリス人だからこその微妙にカントリーソングとしてのリアリティの欠けた、しかしだからこそのカントリーフィーリングのデフォルメ感がとてもまったりしてて愛らしい1曲で、とても好きだ。こういう風にも歌えるんだ、って普通に思ってしまう。

 そんなこの曲の決め手は、冒頭はリリカルにそよぎ、歌が始まってからはリラックスしつつも少しコミカルに響き、短い間奏ではもっとユーモラスにうねるトレモロの効いたギターだろう。こういう風にもギター弾けるんだ、って思ってしまうと同時に、こんなにいいカントリーなギター弾けるなら、もっとこういうタイプの曲を残してて欲しかったような気もする。このバンドに他にこういう曲がないからこそこの曲が輝いてるような気もしなくもないけど。特に間奏のギターのいい具合にうだつの上がらないまったりさ極まった感じからキメのメロディに向かうところのダルなピースフルさがいい。番外編としては最高の充実具合だとほんと思う。

 

 

10. Blue Monday People / Curtis Mayfield(1975年)…⑤

 イントロだけを聴くとえらい緊張感があるけど、歌本編が始まるとちょっとホッとするような曲調に変わるのが程よくポップな名曲*6。と同時に、そのファルセットを多重に敷き詰めたコーラスワークの処理の仕方のドライさは現代的な感じにも思える気がする。D'Angeloっぽさがあるからってだけでもの書いてるなこの辺。

 冒頭からワウったエレピか何かが響きそれがメインのようだけども、左チャンネル側に展開されるトレモロギターの儚さが隠し味のように効いている。というか、この曲ではどうやら左側にトレモロギター、右側にワウギターと、特殊なギターサウンドが平然と共存する、ちょっとギター的に興味深いアレンジになっている。どっちも隠し味的な活用のされ方だけど、そういったものが積み重なって、さらにキレッキレにドライなコーラスワークも伴ってこの曲の奥行きが出来ていると思うと、これはなかなかに興味深い。

 

 

11. No Dancing / Elvis Costello(1977年)…①

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 「1977年に現れた新人」というもののイメージを教科書的に捉えてるとどうしてもパンク的なものに偏りがちになってしまって、どこかパンク的なイメージも有している木が最初はしてくるこの人の作品を聴いて、最初は「なんでこんな時代錯誤な1960年代式のロックンロールをやってるんだ」って感じになった。でも、そんな1960年代的な音楽性をこの、むしろもっと前の1950年代っぽさのあるジャケットのアルバムは、もういきなり極め切っていて、その技巧も再現よりも応用の域にいきなり達していて、何だろうこの当時新人は…って感じになる。

 この曲も、どことなくPhil Spector式のポップスを軸にしつつも、その装いはどことなくThe Beatles的ギターサウンドという楽曲で、そこで掻きむしるのではなしに響き渡らせるエレキギターサウンドにはきっちりと“予めレトロな感じのする”トレモロエフェクトが漏れなく付いてくる。この、様々なものをナチュラルに混ぜこぜて、一見昔の録音打つと変わらないようなものとして出力してしまう辺り、その的確な分析力・再構成の技術と、その中にそっと自身のソングライティングと歌いっぷりを咲かせる手管は、最後の6thのコードでの終わり方含め、いきなり徹底しすぎていて、よく考え出すとちょっと怖いまである。

 

 

12. French Film Blurred / Wire(1978年)…①

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 ニューウェーブの時代になると、どちらかと言うといなたさに親和性のあるトレモロよりも、もっと冷たいサウンドに機能するコーラスやディレイのエフェクトの方が多く見られる感じがある。そういう意味では、まだポストパンク的混沌の中にあるこのバンドのこの時期の楽曲群の中にトレモロの曲が混じっているのは、過渡期的な雰囲気を感じて面白い。

 この曲の、「ひとまずトレモロエフェクトで何か変なことやってやろう、ついでにエコーも効かせとこう」的なギターのトライアルの様は、不穏な曲調の割にどこか素直で楽しげに響く。サビ的な箇所のメロディが案外ポップで、その中でよりコッテコテにトレモロギターを響かせてるのが、そこは衒わずに直球で行くのか、っていう意外性があって面白い。まあその後はより混沌としたトレモロギターの重ねられ方をするんだけども。

 

 

13. I'm Not Down / The Clash(1979年)…①

 パンクとニューウェーブの狭間で様々なギターサウンドを試そうとするのはWireだけではなく、パンクの代表選手のひとつだったはずのThe Clashがまさに楽しくも果敢に挑戦している。コーラスやディレイが様々に飛び交うアルバムの中で、トレモロもちょっと試してみた、って感じのこの曲が、そんな彼らの変革を大いに反映した大作『London Calling』の中に存在してた。

 飛び出すようにポップで快活なMick Jones主体のこのロックンロールナンバーにおけるトレモロギターの役割は、小気味良いギターリフの数々をレート短めのトレモロで異化させてくぐもらせて特徴付けること。正直別に必然性があってトレモロを掛けてる感じではない気がするけども、でもこの、別に無意味かどうか関係なしにとりあえずやってみて、案外様になったのでこのまま出しちゃお、って感じの雰囲気にバンドの当時の勢いが感じられる。というかMick Jonesの曲は本当にポップなのばかりだなあ。

 

 

1980年代

14. How Soon is Now / The Smiths(1984年)…⑥

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 トレモロエフェクトといえばこの曲」くらいの定番中の定番となってしまった、機械的トレモロ使用法の典型にして絶大な存在感のあるギターリフを有する楽曲。むしろこの曲がやたら目立つせいで、トレモロというエフェクトが「機械的サウンドを出すために使うもの」と誤解されてるきらいまであるんじゃないかと邪推。The Smithsの方もこんな機械的サウンドは例外的で、普段はもっとソリッドでそれなりに人力感あるバンドサウンドがメインなのに。突出した知名度の楽曲がそのアーティストのオーソドックスから外れてるパターン。

 その特徴的な反復するギターラインには、ニューウェーブ時代の『Gimme Shelter』とでも言うべき、冷徹な退廃感が漂っている。『Gimme Shelter』のような生命力の漲りは無く、もっとニューウェーブ的な諦観と霊感に満ちた冷徹さが透徹される。このバンドはメンバーがギター1本でも平然とスタジオ音源では複数ギターをダビングするけど、この曲はそれが徹底されている。なのでライブで再現どうするんだろう、と思ってたけどどうやら普通にサイドギター入れて演奏してるな。

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15. Bring on the Dancing Horses / Echo & The Bunnymen(1985年)…①

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 冒頭からシーケンサーっぽい、トレモロなのかグリッチなのかよく分からないけど反復するそれっぽい音が延々と鳴り続ける、タイトルからしてもダンスチューンに寄せた感じの楽曲。1985年の彼ら唯一の新作シングル。このブツブツ音はギターなのか…?と思ってたらちゃんと途中からこのブツブツに合わせたレートでトレモロのギターコードカッティングも入ってきて煌めきに色を添える

 全体的に1980年代のトレモロの使い方は「カチッとしたリズムの上でシーケンサー的に使用する」というパターンが多い印象がある。シーケンサー併用で使用してる感のあるこの曲は尚のことそういう趣向が強い。『Porcupine』とかの頃の躍動感とは全く別種のこのベタっとした感じは彼らの新境地だったが、同種の曲(ベタっとしたリズム+トレモロギター)がこれより後のセルフタイトルアルバムに複数含まれている。

 

 

16. Feelin' Bad Blues / Ry Cooder(1986年)…③

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 1986年に公開された映画『Crossroad』の音楽を彼が担当した。十字路で悪魔に魂を捧げて代わりにブルーズを手にした、という所謂「クロスロード伝説」を題材にした映画で、ブルーズについての映画だけども、スライドギターの名手である彼は映画に提供したこの曲にて、ナチュラルに乾き切ってボロボロになったようなギターサウンドをそのスライドギターとトレモロエフェクトとを駆使して、まるで陽の光で肌がジリジリするような質感まで含めて見事に表現している

 インストだけども、ここには「多くの人が想像する、乾き切った情緒の技術としての“ブルーズ”」が非常に端的に描かれている。時代が時代なのでリアルタイムの時期よりもずっとクリアな録音で、だけどもその佇まいには「当時でも録音方法がもっと良かったならこんな感じだったのかもしれない」と聴く人を騙くらかすに十分すぎるほどの味わいが備わっている。こうやって、昔のものの印象というのは、何らかの部分が後世にデフォルメされて残っていくもんだなあ、とも思いはする。でも、騙りだとしても、この曲の見事さに変わりはないけど。

 

 

17. Naked as the Day You Were Born / The Weather Prophets(1987年)…⑥

 クリエイションレコーズ初期の至宝にしてでもあまりヒットしなかった非業のギターポップバンドの、しかしベタなギターポップからするとちょっと変わった感じのする楽曲。どことなくVelvet Undergroundの3rdな感じのある穏やかにメロディアスな楽曲展開の背景で、延々とループし続けるトレモロギターサウンドが最大の特徴となっている

 はっきりと飛び道具として使用されるトレモロは冒頭の1音から登場。それが故か、楽曲が3分を過ぎて歌のセクションが終わって以降も演奏はずっと続き、5分半過ぎまで続いていく。牧歌的なコード感のギターポップ的な煌びやかさだけど、そこにこのトレモロの背景が差し込まれるだけで、そこに不思議に幻惑的な奥行きが生まれているのが絶妙で、長くそんなに劇的でもない後奏も、心地よい果てしなさが感じられて良い。

 

 

1990年代

18. Sight of You / Pale Saints(1990年)…⑥

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 ギターの残響を幻惑的なリズムに変えてしまうトレモロは、シューゲイザーにおいても度々使用された。音の揺らぎで幻惑的に聴かせることこそをサウンドの大きな目的に置くこのジャンルからすれば、音量を揺らすことはまさにそれに叶う手段だろう。たとえばこのバンドの代表曲であろうこの曲には、歌のセクションでギターが抑制された場面においては、煌びやかなフレーズの代わりに無機質なトレモロの断続的でリズム感を惑わせる響きで埋められ、煌びやかなインスト部との良い対比関係を作り出している

 これがグランジの曲だったら、歌の箇所の伴奏はベースだけになっていたかもしれない。だけどこのバンドはシューゲイザーで、なのでここでのトレモロの使用は実に意味がある。時代が時代なためドラムの響きまでエコーの効いたサウンドの中で、妙にノイズめいた形で駆動するトレモロギターの音響がこの曲にどこかドライな果てしなさを醸し出していることは注目すべきで、煌びやかなギターサウンドとの対比はとても良い。そして終盤、トレモロのリズムを無視してリズムがどんどん加速していくところはエモい。

 

 

19. Here She Comes / Slowdive(1993年)…⑧

 シューゲイザー勢からもう1曲。Slowdiveシューゲイザー勢の中でも静寂寄りの音響を得意としていたが、この2分ちょっとの小曲は、彼らがどれだけ巧みにエコーとモジュレーションを駆使していたかをささやかな楽曲とプレイで示した良いサンプル。やはりVelvet Underground的な小さなポップさの中を、基本トレモロで不安げに揺らぎ続けるアルペジオを中心に紡ぎ続けて、小さな恍惚の世界が形作られていく

 割と速めのレートで細かく揺らぐギターの煌めきはあまりに儚く、楽曲中に仕掛けられた絶妙にノスタルジックな奥行きを生むマイナーコードへの展開と相まって、ささやかな幻想の空間を作り上げていく。それはもっとシューゲイザー然とした轟音の楽曲と比べても、もっとどこか現実的な情緒や視界を有した、勇敢さとか狂気とかそういうのを取っ払った後の、どこにも行きようのない純粋な感傷の感覚に満ちている。ささやかな幻想の中では、かえって覚醒してしまう感覚があると思う。Yo la Tengoの静寂な曲の一部なんかもそう。

 

 

20. Planet Telex / Radiohead(1995年)…⑦

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 ギターロックバンドとして通っていた初期のRadioheadトレモロの使用がかなり多くて、かの『Creep』だってアルペジオのギターはずっとトレモロが掛かり、病んだ美しさを表現していた。けど、彼らでトレモロなら2ndの『The Bends』だろう。なにしろ、冒頭のこの曲からして、1990年代的な荒涼感を、ゆったりとした16ビートとその上にフェイザーも効いたケバケバしたうねりとして強烈にかつスカスカに被さるトレモロギターで見事に表現した、オルタナ世代の『Gimme Shelter』とでも言いたくなるサウンドで幕を開けるんだから

 色に彼ら的な鬱屈した感覚を、サビで荒涼としながらもだからこそ広大な世界に自由に解き放つかのような曲展開が心地よいこの曲は、特にスタジオ音源バージョンだとトレモロによって時に淡く、時に雑に切り裂かれる轟音が心地よい。彼らが使用したことによってDEMETER社のトレモロエフェクターのネームバリューが向上したことは間違いない。ちなみにライブ音源だとトレモロは使われつつももう少し普通にジャリジャリなギターサウンドがメインになる。でもライブならこっちの方がアガるかも。

www.youtube.comトレモロに合わせて明滅する照明がエモいけど眼に悪そう。

 

 

21. From a Motel 6 / Yo La Tengo(1995年)…①

 初期のRadioheadと並んでトレモロマイスターなのがYo La Tengo。彼らの出世作である『Painful』は彼らがいきなりオルタナティブロックなVelvet Undergroundを極めたかのようなアルバムだけど、その随所でトレモロによる幻惑的な仕掛けが見て取れる。それはこのような幻惑ではなくもっと明朗にドライブ感で突き進むタイプの曲でも小技のように入ってきて、ディストーションギターの残響をユニークにそして少しリリカルに彩っている

 この、メインフレーズの終わり際に掛けられるトレモロについては、段々とフレーズがちぎれていく感覚を出すために、レートを変化させながら演奏しているのだろうか。目立つ使用法ではなく、メインフレーズを際出せる小技として、こういう手間をかけているところに渋さが光る。それは、ギターロックの爽快感を殺さずに、どうやってトレモロを「ギターのかっこいい残響」として響かせるかについての偉大な成果のひとつだろう。

 

 

22. Fight This Generation / Pavement(1995年)…⑦

 冒頭から聞こえてくるグズグズにトレモロを効かせたギターのアルペジオに、この曲に込めた作者のドロッドロの悪意の程が伝わってくる、救いようのない退廃感をギターの音としてさりげなく吐き捨てる名プレイ。「気楽さ」としての“ローファイ”を極めた3rdアルアム『Wowee Zowee』に1滴垂らされた、この何かへの敵意の塊のような楽曲を象徴する、呪いじみたサウンドだ。

 冒頭からギターの音を徹底的にグダグダにしつつも、ストリングスと合わせることで妙に退廃美みたいに仕立て上げてしまうところに、バンドのアレンジセンスの密かな高さがまろび出ている。この曲は前半と後半で全然別の曲みたいに変化するけど、前半をこのトレモロのグダグダ感に支配させ、その分後半の8ビートで延々と現実的にフラストレーションを毒々しく溜め込んでいく展開との対比が効く仕組みとなっている。S・Mの的確なソングライティングとアレンジ能力はとっくに、全くもって“ローファイ”ではない。

 

 

23. I Could Be Dreaming / Belle and Sebastian(1996年)…②

 ひとつの典型的なベルセバシグネイチャーサウンドといえば、BPM140〜150くらいのテンポで、なのに全然フレッシュじゃなしに、どこか寂しげに駆け出していく「枯れた疾走感」なんだろうやっぱ。ギターポップの爽やかさの部分を削って、代わりに皮肉じみてさえいる哀愁を詰め込んだようなそれは、彼ら独特の“落ち着いた疾走感”のようなものを大いに含んでいる。それは案外、彼らならではのもので、こういうのを感じるとベルセバを聴いてるって気分になる。

 この曲もそういう類の疾走感の範疇の曲で、勢いのいいイントロのギターからしてまだ割と元気のいい・威勢のいい方ではあるけど、歌が入るとすっかり枯れ模様になるのは逆に強い。そして、そんな威勢の良さみたいなギターにもきっちりトレモロによって枯れデチューンが効いているのが面白い。歌メロのメロウな具合のコード進行の移り変わりを的確にそのレトロなザラザラ具合で補完するトレモロギターの活躍は大きく、曲終盤の方でやけっぱち気味に出てくる頭打ちのリズムの際にもそのやけっぱちさがトレモロによって相対化されるような、そんな不思議な作用を示している。

 頭打ちのリズムについては以下の記事も参照。以下の記事を書いた後にこの記事の増補版の楽曲を探してるうち、この曲も頭打ちリズムだなあ、と気づいてドキッとした。しかも使い方がかなり捻くれてる。

ystmokzk.hatenablog.jp

 

 

24. ナイトクルージング / Fishmans(1996年)…⑧

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 素晴らしくパラノイアックな世界観にこのバンドが落ちていくその入り口たる名曲。その特徴的なループフレーズの陰で、延々と宇宙に迷い込んだかのように不明瞭なトレモロの効いたギターカッティングが鳴り続けて、この曲のゾッとするような心細さ・不穏さを支えている

 それはまるで、曲中ずっとノイズが鳴っているかのような存在感だ。ライブ盤によってはこのカッティングがトレモロなしの場合があって、そうなると結構印象が異なるから、この不健康に曇り切ったまま夢を見てるかのような感覚はこのノイズめいた、聴きすぎたトレモロのせいでコードの輪郭すらすっかり曖昧になってしまったこのカッティングによるものの作用が小さくないんだと思わされる。この、夜空と宇宙がどこか地獄の入り口にも繋がってしまったかのような感覚は、様々に混入されたノイズとともに、このトレモロがになっているところが結構あるんだと思う。

www.youtube.comトレモロなし『ナイトクルージング』。どっちがいい悪いではなく、趣が結構変わってくることが感じられる。

 

 

25. WITH LOVE / Luna Sea(1996年)…⑦

 「甘いメロディと嵐のようにノイジーなギターの安らかな調和」というのはシューゲイザーが達成したサウンドの様相だけど、それをおそらくは横目で眺めつつ、ここでのこのバンドはもっと古典的で胸焼けしそうなほど甘いバラッドに非常にエフェクティブで破滅的な演奏をぶつけ合う形でその様相を再現した。このくらいじっくりとしたテンポで、ここまでメロディと演奏の乖離が見事で、かつ調和してる例はそんなに知らない。これより後の河村隆一ソロに片足突っ込んでるボーカルもここでは怪しさ・退廃感に上手く繋がっている。

 それで、この破滅的なギターオーケストレーションは様々なモジュレーションエフェクトを駆使して形作られて、その中でもトレモロは非常に大きな位置を占め、冒頭のレコードノイズと同じく、風化して千切れてしまうかのような感覚を醸し出す。特にスタジオ録音物だからこその、エコー成分をカットしたトレモロの効き方が強力で、他の強めにかかったフランジャーなどと共に、ディストーション等とは全然別の意味で歪み切ったギターサウンドが渦巻いている。そこからロマンチックなエコートレモロに移行するブリッジへの流れも可憐で、このシンプルな極端さはアルバム冒頭において実に印象的な炸裂の仕方だと思う。

 

 

26. Come Together / Spiritualized(1997年)…⑥

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 邦題『宇宙遊泳』として有名なアルバムの、その全体的にスペイシーな雰囲気からすれば意外なくらいに、この曲の雰囲気はどこか暴動じみた、ゴダゴダした喧騒感によって構成されている。同じコード進行とフレーズを延々と繰り返し、メロディよりも勢いを示す歌メロと間奏のリフとの行き来が楽曲のフックとなる構成は、次第に膨張するかのようにも聞こえて、荒々しいなりの浮遊感があり、ブルーハーブが響き渡ることもあって、宇宙ブルーズめいてもいる。

 そんな中で、オルガンとともにサイケさを静かさの側から導く要素として、さざめきめいてザラザラと鳴り続けるトレモロギターサウンドが機能する。まるでその混沌の膨張を煽るかのように、このトレモロは効く。まるでシーケンサー的に旋回するそれは、確実にこの曲のグチャグチャした音像を作り上げるレイヤーのひとつとして、しきりに旋回し続ける。

 

 

27. 2 Kool 2 Be 4-Gotten / Lucinda Williams(1998年)…④

 “カントリーシンガーとして”は大成しなかったけど、1990年代以降次第にオルタナカントリーのSSWとして注目され、1998年のアルバム『Car Wheels on a Gravel Road』にてブレイクした彼女の、そのアルバムに納められたこの曲は、穏やかなカントリーロックの楽曲を薄くトレモロ掛かったソフトで優しげなギターで渋く上品に彩った、風通しがとても爽やかな楽曲

 もちろん曲がいいのは間違いないけど、その落ち着いた盛り上がり方をしみじみと響かせるのにこの、静かに視界が揺れるかのようなトレモロサウンドは絶妙の演出になっている。まるでそういう風景を歌ってるんだから音が揺れるのが当たり前、とでも言われそうな自然で美しいトレモロの掛かり具合が、他の途中から入ってくるアコーディオン等ともよく合って、荒涼とした情景をささやかな煌めきとノスタルジーとで渡っていくような心地がある。爽やかなカントリーロックのトレモロの使い方として、まるでお手本のような「足し引の絶妙さ」だと思う。

 

 

28. Center of the Universe / Built to Spill(1999年)…①

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 あのElliott Smithをして「万華鏡のようなギターサウンド」と言わしめたUSインディーギターロックの大本命アルバム『Keep It Like a Secret』。どこか悪戯っぽいポップさと青臭さを持った爽やかな楽曲を、様々なギターサウンドがキラキラと彩っていく名盤だけど、その2曲目のこの曲は捻くれたギターのメインテーマを軸としたもっとどっしりと進行する、まさにUSインディーって感じの曲。このメインリフの処理に絶妙にトレモロのトーンを差し込む様には、ふざけたリフっぽくありつつも、緻密にその展開を構築した跡が窺える

 歌が始まると腕白な感覚がテンポ良くコミカルに浮かび上がってくるけど、その間に差し込むこの印象的なギターリフの展開に、このちょっとのトレモロの仕掛けを仕込むことで、なんだか“煌めきに満ちた夏”みたいな感じの切なさがちょっと増したように思えないだろうか。密かにメロディの展開部でも僅かにトレモロのザラザラを響かせ、こういった、ちょっとギタートーンを濁らせるかのような仕掛けが、かえって全体の煌びやかさを増すように働く、そういう仕組みなんだと思う。

 

 

29. Tripoli / Pinback(1999年)…②

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 同じUSインディーでも、こちらはスロウコアを経由した物寂しい情緒を淡々と紡いでいく、アメリカ西海岸の2人組Pinbackの1stアルバムの冒頭に置かれた、アルバムの寂しさを静かに雄弁に物語る名曲。コードを殆ど掻きむしらず、少ない音だけを選んで的確に冷たくセンチメンタルに鳴らす中で、歌のメロディと並行して鳴らされるトレモロの効いたギターの存在は、そのノスタルジックさに何か致命的なものを与えている

 音数の少なさ・細さが寒々しいノスタルジアを描いていく中で、この歌メロと張り付いていくトレモロの感触は、ほんのちょっとの登場だけど、その「トーンを劣化させること」をおそらく目的とした使用法は、まるで人生の不可逆さと忘却についての哲学を音として仕込む、そのダメ押しみたいに聞こえる。トレモロの音の“欠け方”って、忘却という概念ととても相性がいいんじゃないか、と、この曲の仕掛けなんかを思うと、そう考えてしまう。

 

 

2000年代

30. Wouldn't Mama Be Proud / Elliott Simth(2000年)…②

 Elliott Smithのキャリアでも最も爽やかなポップさを有したもののひとつであろうこの曲のしなやかな進行の中にも、歌メロを追いかける形式でトレモロギターが密かに配置され、それは次第に、彼の楽曲では結局逃れられることのない「憂いに満ちたノスタルジア」めいた情緒を密かに補強していき、特にコーダ部で歌がなくなった後の寂しさを代弁して見せる

 上記のBuilt to Spillへのコメントにもあるように、Elliott Smithエレキギターサウンドにも相当の拘りを持っていて、『Either/Or』以降、アルバムを重ねるごとにエレキギターの存在感が大きくなる。生前未発表だったアルバムにはヘヴィなものからエフェクティブなプレイまで様々なギターサウンドが聴ける。そうでなくても、このような小技を『XO』以降のElliott Smithなアンサンブルの中に密かに潜り込ませ、微妙な情緒のコントロールを試みている。かつての宅録然とした作品からは嘘みたいに、どんどんアレンジに凝りまくるようになったのは彼にとって幸せだったかは知らんけど、おかげでこのように今でも様々な発見がある。

 

 

31. Summer Turns to High / R. E. M.(2001年)…⑧

 アルバム『Up』で一気に内省的で無機質なサウンドアプローチを獲得して、続くアルバム『Reveal』でもその方向性をもってバンドサウンドを更新することに努めた彼らはある意味ではきっちりと「2000年前後のサウンド」を獲得したと言える。シンセの使用やサウンドエフェクト的なギターの、インディロック的な使用法について、彼らは挑んで、それなりの成果を得た。その姿は時にどこか、かつて幻のアルバム『Smile』が頓挫した後に、不思議に寂しくも美しい黄昏具合を有したソフトロックを作っていた頃のThe Beach Boys*7を思わせるものがる。

 そんなセンチメンタルなソフトロック路線の、最も繊細で美しい類であるこの曲において、まさにぼやけていく感傷そのもののように、甘いトレモロの掛かったギターの旋律はイメージを喚起させる。それはまるで、幻想のように純粋で甘い美しさに満ちた“夏”という概念への憧憬そのもののように、澄み切ったメロディやサウンドの、その要として響き渡る。トレモロのように音を濁らせることが、かえってイメージの透明感に役立つことがある。音楽の作用はさまざまな実感を生む。この曲のトレモロはもしかしたらこのリストでも最も繊細なトレモロの使用例かもしれない。

 

 

32. Red Wind America / GREAT3(2002年)…⑧

 TortoiseThe Sea and Cakeなどのポストロックバンドでの活動で知られるJohn McEntireがプロデュースするようになって以降の「表面的なドロドロを捨て去った」「こざっぱりした」GREAT3の、何かを確実に切り捨てた分、含みのある透明感の追求を徹底して行っていったそのソリッドな姿勢は格好良い。この曲はそんなポストロック的透明感で軽快に疾走していく曲だけど、はじめから曖昧に舞い続け、ブレイクの箇所でギョッとするくらい一気に前に出てくるトレモロの、感覚ごと宙に浮かせられて迷子になる質感は印象的だ

 この曲においては、ボーカルさえロータリースピーカー的な効果で曖昧さに掛けられて、その上で曲展開によって静かに熱を帯びていく演奏が格好いいけど、そこからグッと演奏が消えて声とトレモロのみになった時の前後不覚の感じは実に鮮やかだ。平熱のまま疾走する感覚の中で、生活の倦怠の中で集中できる時間が限られてきて、その時間以外はやけにぼんやりしてしまう感覚、みたいなのをこの曲のトレモロに感じてしまうのは考えすぎか。

 

 

33. Ode to L.A. / The Ravoenettes(2005年)…②

 ジザメリ宅録で演奏することでニューゲイザー勢の先駆けとなったこのユニットも2005年のアルバム『Pretty in Black』の時期にはすっかりシューゲイザー成分が抜けてきて、もっと根っこのポップスマニア成分というか、グループ名に混ぜる形で掲げていたThe Ronettesに代表されるような甘いポップスの芯を当代のインディロック手法で再構築する姿勢に移行していた。その姿勢は常に“レトロさ”が入り混じるもので、確実に1950年代や1960年代に似た音の曲なんか無いのに、まるでその時代を思わせる“予め”に溢れている。

 この曲はその決定打で、明らかにThe Ronettesを意識したメロディ運びやリズム展開の上で、更には本家のRopnnie Spectorまで招集して歌ってもらう徹底っぷり。だけど、そのどこか吹けば飛びそうな感じの“レトロな幸福感”といった趣は、特に冒頭から聞こえてくるトレモロギターのアルペジオによって強烈に形作られる。“予めレトロ”であるその感覚は、ポップスの幸福感も“すでに過ぎ去ったもの”として映してしまう。この曲ではそれがトレモロギターの質感と年老いたRonnieのボーカルで否応なしに感じさせられる。この辺は後追いだからこそのポップス感覚で、興味深い。

 

 

34. あえて抵抗しない / ゆらゆら帝国(2007年)…⑦

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 『しびれ』『めまい』の2枚以降暗く深刻な実験にのめり込んでいったこのバンドが辿り着いた「行き止まり」こそが「空洞」だった、というのは妙に出来すぎた話だけども、それが事実にそういないことはアルバム『空洞です』の完成度にも、その後バンドが解散してしまったことにも現れている。そして、その「空洞」の表現方法の最たるものが、ギターのトーンがボロボロになるまでトレモロを掛けてミニマルなリフを弾くことだということ、そしてその恐ろしくなるほどの思い切りの良さがこの曲に特に現れてきてる

 トレモロの設定ミスによって起こる気色悪いスカスカ感そのものを曲の軸にしてしまう、という、逆転の発想と言えばそうだけど、あまりに正攻法から外れすぎたこの立ち位置を、彼らは自分たちの当たり前の地点にしてしまった。楽曲自体もミニマルな展開で、その終わりの力無くトレモロギターのリフが同じ調子で旋回していくワンコード部分の無為さにこそ曲のピークが来る、という倒錯具合は、しかしそこが確かにどう聴いてもこの曲の最高な部分なことも含めて、実に嫌な形で最果てってる。

 それにしても、そんな大切なはずのトレモロギターを、ライブでは更に外して、マラカスの方を重視するアレンジにまで行き着いてしまったのは、本当に末期も末期、という恐ろしさを感じる。その気概自体に圧倒されるけど。

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35. Neither of zUs, Uncertainly  / Deerhunter(2008年)…⑧

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 2000年代末頃のUSインディー勢はトレモロ使いが割と多い。というか、ディレイやリヴァーブを多用したドリームポップ的サウンドが多く見られる中で、トレモロもまるで空間系エフェクトのように捉えている節さえあるような気がする。空間自体をオブスキュアーに塗り込めるのに適した、ひとつのガジェットとして。そうした耳で改めて聴くと、Deerhunterの2008年の出世作トレモロがよく使われている。特にこの曲の、3連符の楽曲中を延々と基本的なレイヤーとして曖昧さを撒き散らし続けるトレモロの響き方は、オーソドックスにして鮮烈だ

 かなりトレモロしまくりなアルバムの中でも、この曲は楽曲のメイン部分では常にトレモロが相当に効いた幻覚的なコードカッティングを延々と続けていくのが特徴的で、その曖昧な曲展開のさせ方共々、独特の浮遊感をアルバム終盤にもたらしている。そして、最終曲への繋ぎとして始まる1分半程度の不思議なインスト部分に連なっていく。このアンビエントな箇所においても、よく聞くと微かにトレモロを効かせたラインがあったりして、この曲のトレモロの盛り方は実に充実している。次の最終曲もまたトレモロ塗れで、トレモロギターロック(?)好きには極上の展開と思われる。

 

 

36. Pushed Too Far / Son Volt(2009年)…③

 典型的な3拍子の、太陽に焼けた土の匂いのしそうなカントリーソングに、ちょっとした視界の揺らぎを模したかのようなトレモロの曖昧な響きは間違いなく合うんだな、ということを堅実に確認できる1曲。特に衒ったことをしてる訳でもなく彼らの信じるカントリーロックを真正面からしながらも、ちょっとした工夫で音響的な味わいが深いところに彼らの2009年作『American Central Dust』の良さがある。

 このようなディレイの使用方法については、本当に素晴らしいのに、本当に特に言うことが思いつかない。飛び道具的でなく、実に当たり前のように用いられるいトレモロ。強いて言うなら、自然の中で普通のギターの音みたいに自然に減衰するものなんて存在しない、光にしても熱にしても空気にしても、もっと増減を繰り返していくものだろう、と考えられて、せめて少しでもギターでその感覚を表現しようとすれば、自ずとトレモロを用いることにもなるだろう…とまでは言わないにせよ、そのような感覚が共通するような気がする。アメリカーナ的なトレモロの用法というか。日本なら岡田拓郎なんかも。

 

 

37. Two Weeks / Grizzly Bear(2009年)…⑧

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 「インディーロック方面からのアメリカーナ」として重要な一角である彼らの、その音響具合の気の使い方・構築の仕方は緻密で、楽器の響かせ方・強調の仕方、そこにどうコーラスワークを重ねるかなど、どこかパズルめいた作り込みを見せる。少なくない場面でその楽器的な軸はディレイ等で変質したギターだったりするけど、要所要所でトレモロも効かせて変化を付けるやり方は、まるで楽曲中の展開の変化をトレモロで際立たせているような使い方だ。

 この代表曲においても、その爆発的で印象的なサビのコーラスワークの裏でトレモロギターによる刻まれた煌びやかさをリズミカルに挿入し、まるで光のカーテンのような存在感を楽曲に据え付ける。ギターの音というよりもそういうSEじみた形のその鳴らし方は、まさにパズルの部品のようなギターの重ね方で、ギターが中心ではないけど重要なパーツである彼ららしい用法に思える。どうやらライブではこのトレモロギターは演奏されないっぽいが…。

 

 

2010年代

38. Terrible Love / The National(2010年)…⑥

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 アルバム『High Violet』でこのバンドが示すことができたのは「思慮深く成熟したロックバンド」的な振る舞いとして、どのようにU2的なスケール感をインディバンドが背負うか、という問題についての的確かつ堅実的なヴィジョンだろうか。飛び道具的なものを使わず、享楽的な躍動感やドラマティックなメロディに頼らず、どれだけ堅実に現実的な光景を想起させる演奏を積み上げて、真摯な気概を示せるか。2010年代の彼らの作品はこの点について、あまり脇目も振らず、淡々と積み上げていった。

 そんな彼らの2010年代の始まりを象徴するに相応しいこの曲の、静寂から段々と熱が迫り上がっていく、その彼ら的な威風堂々さが開花する。そこではシーケンス的に躍動しつつも、まるで世界の曖昧さ・複雑さを匂わせるガジェット化のように、歪み気味のトレモロギターがまるでライターの炎のように揺らぎ続けていく。それはしかし次第に強烈な炸裂を楽曲が見せる中でドライブしていき、その切迫感の中でトレモロの曖昧さはバックに消え、そして局長が元に戻るとともにまた元の穏やかな揺らぎを取り戻していく。そこでは、曖昧にして複雑にして途方もない「世界」と、真摯さで押し通そうとする「自己」との対峙のようなものを曲調で示していそうな、そんな偉大なるクソ真面目さが輝いている。

 

 

39. new you / My Bloody Valentine(2013年)…⑥

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 「シューゲイザーにはトレモロ」という印象を植え付けた側*8であるところのこのバンドが、「実は案外ポップなんですよ自分ら」と言わんばかりにノイジーなギターを剥ぎ取り、シンプルなシーケンサーのリズムに乗って飄々とポップセンスを聴かせるこの曲において、申し訳程度の轟音措置として延々と反復し続けるこの曲のトレモロサウンドはどこか可愛らしい

 マイブラの曲の音がこんなにシンプルでいいのか、と思いつつも、このシンプルな循環の様が、キッチリとした音の揺らぎ具合が、この曲は独特なものにしている。そもそもこのトレモロの音はギターなんだろうか、シンセか何かにトレモロを掛けてるだけなんじゃないか。こんなにきっちりとシーケンス的にギターが鳴るものかな、とは思うけども、でもこの端正なループ感のトレモロサウンドをギターで鳴らしてるんだ、という認識を持つことで増える楽しみが何かある。ライブでは間違いなくギターだからいいんだ。

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40. Till It's Done(Tutu) / D'angelo(2014年)…③

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 ソウルにおいてギターは主役となる楽器ではないことが多いけど、珍しくギターが主体となったD'Angeloのこのアルバムにおいては、まるでブルーズに先祖返りしたようなギターフレーズを多く配置し、そういえばR&Bもブルーズから派生した音楽だもんな、ということを思い知らされる。そして、そんなブルーズの歴史と共にあったトレモロというエフェクトについても、どことなく常時薄くナチュラルに掛かってるんじゃないかとも思えるけど、この曲ではより明確に、イントロの曖昧なテクスチャーとしても、メインリフのスモークされた気怠い響きを示すためにも積極的に活用される

 いかにも彼らしい、煙舞うような暗黒に飲み込まれかけた形で人間的に揺らぎ続けるグルーヴ感に、ここではトレモロがさらに風味を加える。D'Angelo式のくぐもった音響の中で、妙に生々しいその震え方はトレモロ本来の機械的なそっけなさを失って、かえって妙に温かみのあるように聞こえてくる。その不思議な暗黒への溶け方には、まるで甘味のような趣さえ出てくる。いなたい楽器しか鳴っていない中で、その程よい非人間的作用がちょっとしたアクセントになるんだろうか。

 

 

41. Shoegaze / Alabama Shakes(2015年)…④

 別にシューゲイザーバンドではないこのバンドの、別にシューゲイザーでもないむしろユルいカントリーロックって感じのこの曲にも、しかしながらユルくて愛らしいトレモロの効いたギターが軽やかに舞っている。やっぱシューゲイザーだからトレモロなのか、別に関係ないのか、その辺はよく分からない。そ

 れにしても、冒頭から開放感に満ちた揺らぎっぷりを見せてくれて、やっぱカントリーサイドのトレモロはフリーダムさの何か象徴じみてるな、って不思議に思う。トレモロという装置自体、深さとレートをきっちり決めないと変な作動をしてしまう、むしろ自由さを縛る類の装置なはずなのに、どうしてこうも開放感に満ち溢れているのか。アルバム中で最も呑気でまったりした楽曲の流れに程よいピリッとしたキレをもたらして、その軽快でダルいユーモアに満ちたドライブをそのまま体現したような音色の様に、「徹底的にモダンな録音によってアメリカンなダレ方を再現する」というアルバムコンセプトの気概の片鱗を感じ取れる。何よりも、ユルッユルなその響き方がアルバム中でもとりわけ癒しめいて響く。

 

 

42. Love on the Brain / Rihanna(2016年)…②

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 おそらくはFrank Ocean『Blonde』をひとつの象徴とする「傑作R&Bアルバム大当たりの年」2016年の“傑作”の1枚である彼女のアルバム『Anti』は、アルバム冒頭から中盤くらいまでずっとスカスカの音数の中をどこかインダストリアルめいたサウンドが行き交う、「ポップスターの音楽」の領域を大いに逸脱した不思議な神経質さが駆け巡っていく作品。だけど『Never Ending』からの終盤4曲では一転して急にオーガニックなサウンドに回帰し、この曲は三連符の古典的なR&Bバラッドの様相を呈している。そしてそこに、まさにコテコテにメロウなトレモロギターのアルペジオが添えられている

 思うに、この曲のコンセプトはおそらく「オールディーズ“っぽさ”を掻き集めること」だったのではないか。メロディの展開のさせ方も、リズムの組み方も、ボーカルの処理も、このトレモロギターの鳴り方さえも、1950年代や1960年代の何かとはあまり関係のない音をしている。だけどそれらが集まった全体像として「かつてこういう音楽があったような気がする」という雰囲気が不思議と浮かんでくる。それは、その対象の時代に生きている訳でも生きていた訳でもないから何かを本当に再現できる訳でもない我々が、せめてその時代にリスペクトを捧げようとして生まれる「心を尽くした偽物」の姿であって、だからこそのメロウさというジャンルが、こういう音楽に付き纏ってるのかもしれない。

 

 

43. みなと/ スピッツ(2016年)…②

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 かなりどっぷりシューゲイザーだった初期ではなく、2016年という年のスピッツに突如現れた、トレモロギターのコードカッティングにおけるベタなサイケ感を全く厭わずに、堂々とそのメロウさを聴かせるシングル曲。曲自体はそれなりにシングル向けのメロディと丁寧な歌を備えつつも、J-POP式にショーアップされたアレンジから離れて、素朴で好奇心味のあるインディーロックサウンドにその身を預けようとするバンドの姿勢がよく現れたアルバム『醒めない』の、その素朴さをまさに体現したシンプルさが魅力。

 ただアコギとエレキでコードを弾いてるだけ。そのシンプルなアレンジと歌だけで進行していく冒頭に、彼らがそのシンプルさに抱いた“確信”めいたものが滲む。というか意外とこういうのまだやってなかった…!というバンド自身の驚きなのか。初期のようにサイケ・シューゲするでもなく、『渚』みたいに凝るでもなく、実にシンプルなところにコペルニクス的転回を見出してしまう当時の彼らの清々しさ。曲中トーンが大きく変わるでもなく、Bメロ・サビがいい意味で判然としない曲展開とも相まって、どこか小さくて、だからこそなメロウさが確実にここには息づいている。

 

 

44. 世界が変わるにつれて / Grapevine(2017年)…⑧

 ぼんやりした、果ての見えない荒野か何かをのんびりと旅するかのような感覚を、アルバム『TWANGS』から『ROADSIDE PROPHET』までの彼らは追及していた。Wilcoを重要な参照点としながら、特に楽曲とリードギターサウンドにおいて、彼らは元より有していた自身のサイケ感覚を、この時期の旅情感に結実させた、と言い切ってしまえるかもしれない。特に、アニバーサリーの時期のアルバムにも関わらず『ROADSIDE PROPHET』のその地味さ極まる探究っぷりはこの方面で注目されうるもの。

 その中でも最も地味で平和で平坦で、どこまでも果てしない“乾いた晴れ間”の感覚が香るこの楽曲の印象を決定づけるのが、まさにそのもののように、まるで日差しに細かく刻まれたように響き渡るトレモロリードギター。歌のカウンターパートもギターソロパートも同じ音色・あまり変わらなさそうな定位とボリュームで演奏されるこれは本当に、退屈だとか虚無だとかそういう人間の感情を遥かに超えた地点の平坦さを、それこそそういう殺風景な光景自体を絵に描く代わりにギターで鳴らすかのようだ。

 

 

45. Poor Sucker / Low(2018年)…⑦

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 「不可逆のサウンド」というのがある。今回の記事中ならFishmansとかゆらゆら帝国なんかもその類だっただろうけど、Lowの2018年のアルバム『Doublu Negative』もまたそのような壮絶さを持った作品だ。その不可逆具合とそれによる寂しさが大きければ大きいほど、そうやって得た“新しいサウンド”の破滅的な輝きは増す。この曲においても、意味不明なくらいにあやふやに加工されたボーカルと、それに追随するように左右で曖昧に断続的に響くトレモロギターと思われる音とが、超然としてかつどこにも安心が見当たらないような世界観を作り上げていく

 これらの曖昧で、かつとても不穏なまま通り過ぎていく音の集まりは、「歌と伴奏」の世界から大きく離れて、ノイズ的な鳴り方をしている。しかし、歌詞を伴った人の声は完全にノイズになることはなく、インスト音楽とは異なる「意志のある“うた”を伴った何かの恐ろしい音像」としてこの曲を捉えざるを得なくなる。トレモロをここまで決断的に、重く冷たく使うことができるものなのか、という「ギターサウンドをノイズに変えてしまう」用法は興味深いが、あくまでそれは「“うた”の意思」に添えられるために鳴らされているように感じられる。そういう意味で、どこまでも“うた”に尽くしたトレモロの使い方だとも思える。

 

 

46. The Greatest / Lana Del Rey(2019年)…②

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 「軽快なポップソング」的なものを全く歌わないこのSSWが、セールスと批評を最も高度に両立したアーティストになったのは不思議だ。そしてその評価が特に跳ね上がったとされる名作『Norman Fucking Rockwell!』をちゃんとリアルタイムに聴いてなかったのは個人的に手痛いことだ。この辺から本格的に始まる、音楽的コスプレを遥かに通り過ぎた“予めレトロ”なジャンルである“アメリカーナ”を結果的により深淵で深刻なものにしていこうとするスタンスは、個人的にこれより前の作品よりもずっと分かりやすく親しみやすいとこがある。

 そんな作品でもとりわけ名曲とされるこの曲。筆者も同意見だけど、この徹底して“予めレトロ”をやり通すことで生まれてくる不思議に現代的な重みはなんだろう。冒頭からふんわりと膨らむトレモロギターのサウンドに宿るレトロさは、それ自体に大いに批評的な目線も入り混じった、だからこそのファンタジックさが立ち上るトレモロの感じは次第に他のピアノやパッドにかき消される感じがあるけれども、しかし所々でこの絶妙に散り散りになるギターのコードトーンが聞こえてきて、このように感傷的にレトロさを振るうことによって、現在は“古き良き頃”でないことを強調することで生まれる、そんな類の重さも気だるさもやるせなさもあるんだろうなって思う。

 ちなみにPVで繋がっている前半の『Fuck it I love you』もまたトレモロが飛び交う楽曲で、こちらは曲展開が進むと煙のように現れる様が実に渋い。

 

 

47. Bright Leaves / Wilco(2019年)…⑧

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 上記のLowと同じくらいキャリアのあるバンドの、2019年のアルバム『Ode to Joy』はしかし、安心の見当たらない『Double Negative』と好対象を描くかのように、どこかしみじみとした生活や時間や空間や概念から、本当にささやかな、祈りにも似たような具合で“安心”を掬い取ろうとする音楽のように思える。アルバム冒頭に置かれたこの曲の、そっけない音に始まって次第に様々な繊細な音に溢れていく曲展開は、そんななけなしのファンタジーを感じさせ、そして終盤で明確にメロウな滴りとして響くトレモロギターの甘いフレーズが、その印象にとどめをさす

 真面目に世界を捉えれば捉えようとするほど、幸せにはなれないのではないか、喜びを得てしまってはいけないんではないか、という思いが募る。だけども幸せも喜びもある程度は必要なものだ。Wilcoがこの曲などでやっていることはまるで、そういったものを空気から精製しようとする試みのようにも感じられる。打楽器や柔らかなアコギや歌、そしてトレモロを通じて空気を揺らすことで、何かそういったものの元素を自然とアレさせて、本当に純粋に音楽によって幸せや喜びを蒸留させようとする、そんな祈りの所作のように思える。最近発表された新曲もまさに、そんな雰囲気の続きのように感じられる。

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 …っていうか、今月中に出るWilcoの新譜も2枚組アルバムなのか。なんという偶然なんだろうな。

ystmokzk.hatenablog.jp

 

(2022.5.28追記)予想してたとおり、この新譜はトレモロ大作でした。アルバム編でもう少し触れます。

 

 

2020年代

48. Black Rider / Bob Dylan(2020年)…⑧

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 「トレモロは時にメロウでノスタルジックなもの」ということが、この記事のここまでの文章を読んだことでも理解されたところだろうけども、それをもし、1960年代から延々と、どこか不毛さを思わせるくらいに延々と活動してきた人物が本気で駆動させたらどうなるか。中々凄いものになるんだなあと、その凄さはどこかささやかではあるけど、どこか憂鬱げなコード感と歌の中、隅の方で記憶の埃を少し舞い上がらせるように響くトレモロの効き方のメロウさ・ノスタルジックさの苦味を思う

 トレモロとはギターの音量を周期的に上げ下げするだけの機構で、そう聞くと、ワウとかコーラスとかみたいにギターの音自体を変えてしまうものではないように思える。でもやっぱり、トレモロもギターの音をすっかり変えてしまう。ここでの絶妙に淡く掛けられたトレモロのせいで、ギターの音はまるで亡霊のようにこだまする。どこにも行きつかないからこその亡霊であって、それは“No Direction Home”という語に象徴される彼の音楽の、そのどこにも行きつかないからこその果てしなさを体現しているようにも思えるけどちょっと牽強付会すぎる書き方かなこれは。

 

 

49. 灯火 / 優河(2022年)…④

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 最後はなるべく最新の作品を、というのがこういった記事の定番。日本が誇るアメリカーナ研究者・実践者、であるよりも前に、何よりもトレモロギター大好きっ子としてこの記事の冒頭に写真を使わせてもらった岡田拓郎*9がバックバンドに参加したしたことでなのか、シンガーソングライター優河の話題作『言葉のない夜に』はトレモロギターだらけの作品だ。折角なのでリードトラックを選ばせてもらった。

 果たして、テレビドラマの主題歌になるのも頷ける壮大でポップなメロディを持った和的なバラードにして、あらゆるところでまろやかなトレモロギターが、降りてきた夜の帷を優しく揺らしていく。エレピにしてもスライドギターにしてもサビのホーンにしても、ともかく出てくる音全てが優しくまろやかで曖昧で、そこに芯の強い声が乗ることで一気に楽曲として纏まる構成は見事で、かつこの曲について言えばテレビドラマ主題歌に見合うだけの堂々としたメロディと歌詞もある。コンビニで聞こえてきたこの曲でも、しっかりとトレモロギターを聞き取ることが出来るあたりに、東京インディーの一角として世に出てからずっと研鑽を重ねてきた人物が、遂にお茶の間レベルで自身のうっとりするようなトレモロギターを響かせることが出来たことに、なんだか不思議な感慨が湧いてくる。

 

 

50. 物語のように / 坂本慎太郎(2022年)…②

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 この記事を一度書き終えてしばらくしてから聴いて「またこの記事の末尾に相応しすぎる楽曲が出てきた」って慄いてしまった。すでにリストにゆらゆら帝国が入ってるから、「同じアーティストは1曲のみ」という弊ブログのこういう記事の暗黙の了解的なものに抵触する気もしたけど、そういうの気にするよりもこの曲をリストのラストに据える方が何か価値がある感じがした。

 かつて『空洞です』であんなにディストピアそのものなトレモロの使い方をしていた人が、こんなに穏やかに爽やかに、淡々と流れていくような感覚の、薄らとレトロなトレモロをサラッと披露するとは思ってもなかった。まるで付き物が落ちたかのようなこのあっさり感には逆に呆気に取られそうになるけど、でもトレモロを「奇妙なもの」としてでもなく「邪悪なもの」としてでもなく、こんなに爽やかで剽軽な感傷のためにこの人が用いて見せるのには、とても意外な感じがした。インタビューで「暗くなる時勢とは逆のベクトルの作品、昔のロックやポップスの“核”を取り出した作品にしたかった」的なことを言っていたけど、なるほどこれ以上何か言葉を付け足す気にもならない。坂本慎太郎は歌が書ける、この別にわかっていないわけでなかった事実が、こうもありありと示されたことに、なんだか不思議な居心地の良さを感じてる。

 

 

おまけ:トレモロが沢山聴けるアルバム

 おまけとして、特にトレモロサウンドがよく聴けるアルバムを7枚8枚挙げます。7枚8枚とも今まで見てきた40曲のうち7曲それぞれが収録されたアルバムです。これもきっと筆者の観測範囲外にもっとトレモロまみれの作品があったりもするんでしょうが、その辺はご容赦ください。

 

 

1. 『The Bends』Radiohead(1995年)

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 ギターエフェクター販売業界においてRadioheadの存在はいまだに小さくないものと思われるけど、おそらくそのエフェクターの売り上げに最も直結しているのはこのアルバムだろう。ディストーション(Shred Master)にフェイザー(Small Stone)にと、このアルバムで使われたエフェクターの大体に“Radiohead伝説”が取り憑く訳だけど、トレモロについても上述のとおり。

 そして、ギター大好きっ子がトレモロに目覚める上で最も目立つ作品もこれだろう。上で取り上げた冒頭『Planet Telex』の存在感の大きさに加えて、ダルな感じにレートを変化させたトレモロを響かせる『Bones』や、延々と重要なサウンドテクスチャーとしてトレモロエフェクトが鳴り続ける『Sulk』のもたらしたものは大きい。意外とトレモロがはっきり目立つのはこの3曲くらいだけど、それでもこれらがトレモロの人気の結構な割合を占めるかもと思うと、やはり重要なアルバムに違いない。

 

 

2. 『Painful』Yo La Tengo(1995年)

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 本当に急に、夜の帷に魅入られたかのように音楽性が急に“Yo La Tengo”になったこのアルバム。シューゲイザー的なギターロック+Velvet Underground的なスウィートでサイケなポップ、という彼らの方程式が完成した作品。

 そして、そこかしこにトレモロサウンドが潜んでいる作品でもある。彼らのサウンドの奥行きの秘密のひとつとして、トレモロの使い方の巧みさがあることは間違いない。上述したギターサウンドのアクセントとしての使い方は実は序の口で、短い尺をトレモロでグズグズなギターサウンドでメロウに通り過ぎる『Superstar-Watcher』、オルガンにガッツリとレート短めでまろやかなケバケバしさが軸な『Sudden Organ』、まったりしてたかと思うと段々トレモロの効いた歪みギターがラウドに響き渡り始める『I Was the Fool Beside You for too Long』、そしてトドメのように、やや不快なくらいガッツリトレモロでブツブツにしたディストーションギターで進行する『Big Day Coming』の別バージョンまで収録されている。もしかしたら、もっとトレモロが露骨じゃない曲でもスウィートなギタートーンの隠し味的に使われている可能性も。さあ、Yo La Tengoみたいな音楽をしたい諸君はトレモロ買おう。

 

 

3. 『Pretty in Black』The Ravoenettes(2005年)

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 上でも書いたとおり、脱シューゲの後に向かった“予めレトロ”なポップソングたちが詰まったアルバム。それについては、シンプルな装飾ながらレトロに感じさせる仕組みのひとつとして大いにトレモロのエフェクトが活用されている。トレモロギターでシンプルに甘いコード進行をアルペジオで弾くだけで、甘く寂しい情緒が沸き立つ、そのことをここでの彼らは幾度も活用してくる。2曲目からして、三連符のポップソングにトレモロという1960年代以来の手法を打ち込みリズム上で行う『Seductress of Bums』の揺らぎ方は思い切りが良い。『Sleepwalking』の冒頭のトレモロの揺らぎも、その後のチャチなサーフポップ具合を程よく夢見心地に彩る。

 リストにどちらを追加するか『Ode to L.A.』と迷ったのが『Here Comes Mary』という曲で、こちらの方がThe Velvet Underground以来の虚無的なサイケ感はより強いけれども、そのサウンドの中心はやはりトレモロギターの甘く崩れ出す記憶みたいな音色だ。ポップスマナーに則りながらもどこか寂しい方へ向かっていくその作曲センスは、特に楽曲終盤の展開の、より寂しいインスト部で完成する。まるで子供の頃の夏休みの記憶の中に見つけた、どうしようもなくぽっかり空いた虚無の穴粒みたいだ。

 

 

4. 『空洞です』ゆらゆら帝国(2007年)

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 王道から外れまくったトレモロ使用法大集合!といった趣もあるこの彼岸の大傑作。生半可な気持ちで真似できる使用法ではない楽曲ばかりだけど、飛び道具的なアレンジを試みたい向きにあっては宝の山だろうな。そうじゃない人はもっとまろやかな楽曲とアレンジで仕上げてある坂本慎太郎ソロを参照しましょう。

 ある意味ソロに一番近い楽曲かもしれないがそれでもトレモロ塗れのサウンドがカオスな冒頭の『おはようまだやろう』からして全開。そして、奇怪なミニマルトレモロリフが跋扈する『できない』『あえて抵抗しない』の連発で完全に「そういうアルバム」と思わされる。まだ比較的具体性あるバンドサウンドの『まだ生きている』でも密かに怪しくトレモロし、『美しい』『学校へ行ってきます』でまたクソ怪しいトレモロを聴かせてくる。気味の悪いトレモロ用法は案外他で聴くことの少ないものでもあるから、これらの気持ち悪さがスッと効いてしまった人は他を探すのが大変そう。OGRE YOU ASSHOLEの一部の曲とかまだ近い感じだろうか。

 

 

5. 『Microcastle』Deerhunter(2008年)

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 エフェクターキッズの大いなる憧れその2。USインディー勢の中でも、鍵盤をそんなに多用しないし、強烈なギターサウンド一発で持っていこうとするそのいい具合に大味な姿勢(実際はそんな大味でもないんだろうが)が大いに真似したくなる感じになる。彼らの場合、彼らによって一番売れたのはもしかしたらピッチシフターかもしれないが。まさかDeerhunterはEventideのステマバンドだった…?

 それにしても、改めてこのアルバムを聴くとかなりトレモロに溢れている。冒頭の強烈な『Cover Me』でもよく聴くとトレモロの効いたラインが鳴っているし、その後の有名2曲では目立たないが、その直後の『Little Kids』は冒頭からモロにトレモロが聴こえてくる。本作での彼らのトレモロは奇を衒った使い方でこそないが、しかし逆に「僕らの世界観、トレモロで揺れてるのが基本ですけど」的な恐ろしさがある。タイトル曲もトレモロで未覚醒な世界を漂うし、そして上述のラスト前から最終曲『Twilight at Carbon Lake』に至る流れはトレモロギターロック大勝利!を確信するに十分すぎる堂々としたトレモロの躍動っぷりが味わえる。特に『Twilight〜』終盤の、トレモロが掛かったまま轟音と化してグチャグチャに暴れ回るギターの悲惨な格好良さたるや。声までトレモロ掛かってくるので、あんたたちどんだけだよ…ってとこまでやり倒すのが実に格好いい。

 

 

6. 『American Central Dust』Son Volt(2009年)

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 近年とりわけ注目が集まっている「新しいアメリカーナサウンド」を考えていく上で、何気に重要度が高いのではと個人的に思っているのがこのアルバム。当時の新人的なUSインディーバンドではなく、当時でも十分に長いキャリアを過ごしてきたバンドが自分たちのオルタナカントリーの本文から無理に離れることなく、自然に手にしたその音響感覚の不思議さは、彼らがオルタナカントリーの王道中の王道であるからこそ、参考となる部分が大いにあるはずだ。それはトレモロにも言える。

 彼らのナチュラルなトレモロの使い方。ある種のフェンダーアンプにトレモロは標準装備だもんな、と納得してしまうくらいのナチュラルさで、おそらく大体のエレキギターに多かれ少なかれ掛かっているのでは。楽曲自体がどこか変則的なグルーヴで躍動する分ギターの音響も活きる『Down to the Wire』ではサビ等でガンガンにトレモロコードカッティングがワイルドに鳴り響く。ソフトなトレモロとしては『Roll on』における、音をくぐもらせるため、的な使用法が光る。かと思えば、ヘヴィなブルーズ気味な雰囲気の『When the Wheels Don't Move』では滞留する熱気そのもののようにトレモロエフェクトがうんざりする感じで聴こえてくる。本当に、このアルバムを聴いてると「カントリーロックではトレモロが掛かってるのが普通なんじゃないか…?」という錯覚さえ抱きそうになる。錯覚なのか…?

 

 

7. 『Veckatimest』Grizzly Bear(2009年)

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 楽曲の一部分を構成する“部品”としてのトレモロエフェクトの使い方が三件されるのがこのアルバムの特徴。1曲通じてトレモロコードカッティングする、などではなく、本当にピンポイントを狙ってトレモロエフェクトを配置してくる様には職人技めいたものを感じずにはいられない。彼らにとってトレモロとは「場面転換のための道具のひとつ」なんだろうなと思う。Deerhunterと大きく違うのはその「大味でなさ」か。

 冒頭『Southern Point』の真ん中くらいのブレイクの箇所でトレモロエフェクトが湧き出してくるのがとても特徴的。上記の『Two Weeks』といい次の『All We Ask』終盤といい、ここぞというタイミングで披露するトレモロの独特の煌びやかさには、まるでグランジバンドがサビでディストーションを踏むのと似たような用法にも感じられる。『Fine for Now』は珍しく全編薄らトレモロが効いてるような。彼らのこういう場合、ディレイなのかトレモロなのか判然としないことも。両方?『While You Wait for the Others』は両方かな。ラスト前『I Live with You』では楽曲がエモくなる箇所で、トレモロエフェクトが外側に拡散していくのが聴ける。やはり本作におけるトレモロは、何らかの発散的な行為のように感じられる。

 

 

8. 『言葉のない夜に』優河(2022年)

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 あまりこの作品を“岡田拓郎のアルバム”じみた形で扱うのも良くないんだろうけども、でも彼の関わった作品でも最も大きなスケール感を持ち、かつヒットポテンシャルもある作品であることはまあそうだろうし、そしてエレキギターが鳴ってる大体の楽曲で、彼が水を得た魚のようにトレモロギターを自在にロマンチックに揺らしている様が確認できる。あくまで歌が主役の作品だからこそ、伴奏としてのトレモロの優雅さやサイケデリアが表現できている、とも言えるかもしれない。

 冒頭『やわらかな夜』からしトレモロが縦横無尽に湧き出てくる。次第に右からも左からも聞こえるようになるのは、トレモロに注目して聴いてると少し笑えてきそうにもなるレベル。それにしても美しい。アンビエントな伴奏として、タイトルの感じを表現する意味でも重要な『WATER』に、冒頭からアンビエント・ブルーズみたいな風にトレモロが効かされた『loose』、このタイトルでトレモロが出てこなかったら流石に嘘だぜ、って具合でやはりロマンチックな煌びやかさを静かに提供する『ゆらぎ』、静謐なギター+歌のみの編成でどっぷりトレモロの効いた『sumire』、ラスト『28』での壮大なサビのバックで静かに拡散するトレモロエフェクト等々。あまりに彼のトレモロギターが大活躍しているばっかりに、パッと聴きそこまでトレモロを感じないカントリーテイストの『fifteen』でもこれ薄く掛かってるんじゃないのか…?とさえ思ったり。ともかく、今年の作品でトレモロが凄い作品は間違いなくこれでしょう。

 

 

9. 『Cruel Country』Wilco(2022年)(2022.5.28追記)

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 近作や先行曲から多少予想はしてたけど、それ以上にWilcoの今年の新譜はトレモロギター大作でした。もはや、出てくるエレキギターの大体にはトレモロが掛かってるんじゃなかろうか、むしろトレモロを掛けることがエレキギターを弾く際の常識なのではないか…?とさえ思えてくるくらい、ありとあらゆる箇所でトレモロの効いたギターを聴くことができます。

 2枚組なのもあって楽曲それぞれを拾っていくとキリがないのですが、本作の基本的な筋としては「今の充実したバンドメンバーで『Being There』的なカントリーロックをもう一度やってみた」的なところも感じられる作品で、楽曲は徹底して地味で、“ドラマチックな名曲”を書く気などさらさら無い感じはしますが、その分、あまりに日常的な退屈ささえ帯びた楽曲が、近年のWilco的な、ナチュラルなのにどこか同時に宇宙の暗黒さえ側に感じさせるような音響で彩られると、少し不思議な様相を見せるのが中々に興味深いところ。その中で、ちょっとしたクリスタルなアルペジオやコードの響きをエレキギターが演奏に加える際に、かなりの確率でそれはトレモロによって、まるで空気に溶かされるように処理されていて、その響きの自然な空白具合に、案外、自然な空気感を忠実に描写することが最も「落ち着いた空虚感」を表現する方法なのかもしれないな、という知見を得たりしました。

 カントリー的な温もりのトレモロだけでない、どこか穏やかな暮らしの中に潜む退廃感をさえ匂わせるような音響の、その入り口として、本作のトレモロは鳴っているような気さえして、それはちょっと言い過ぎかもしれないのですが。まさに「トレモロは使えば使うほど良い」を体現した名作。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

終わりに

 以上、40曲で合計2時間37分のプレイリストに沿って見てきました。

 ここまで読んで、もし万が一共感いただけたのであれば、おそらくはこういった想いを胸にしたのではないでしょうか。

 

トレモロは使えば使うほど良い

 

 そう、用法をしっかりマスターした上で使えば、トレモロは使えば使う程よいエフェクトなのです。それはもう、本当にトレモロ塗れでしかも悉く素晴らしい優河の作品で完全に証明されてしまった訳で。こんなの作られたら、拙くてもこういう記事でも書かなければ、と思わされます。本当に岡田拓郎さんのトレモロの探究は頭が下がります。

 トレモロは最も古くからあるタイプのエフェクターとも言われ、どこかレトロなもの、昔の人たちが使っていた、現代的でないもの、のように思われていた時代もなかった訳ではないような気がします。でも、上で書いたトレモロが印象的なアルバムは7枚とも1990年代以降の作品で、案外に現代でも使われまくっているし、むしろ何ならどんどんその使い方の研究が重ねられ、レトロさにしても、マシンっぽさにしても、温もりや滴りの表現としても、様々な属性がその時にブツブツと途切れる、時にフワフワと途切れるギターサウンドに帰されている訳です。

 音量が揺れる、ただそれだけのために、どうしてこんなに感覚が多様に揺さぶられるのか。でも良く考えたら、音量ってまあ凄い大事なことだし、本来安定して響くべきそれが揺れ揺れになってしまうっていうのは、実は大変な事態なのかもしれません。その人為的に表現された不安定さに、様々なロマンが見出されてしまうのでしょうか。

 きっとこの記事で寡聞にして書けなかった類のロマンチックなトレモロの用法もあるだろうし、今後もきっと、新しいトレモロの使い方、新鮮なトレモロの使い方が生まれてくるんでしょう。人間、ずっと確かに存在しているというよりも、案外常にずっと揺らいで存在せざるを得ない存在だと思っているのですが、そんな人間の根本的なメロウさに、トレモロはひょっとしたらよく馴染むガジェットなのかもしれません。

 全体的に何言ってるんだ、って感じの後書きでしたが、ここまで万に一つ、楽しんで読んでいただけたのであれば非常に幸いです。貴方の人生の揺らぎ方に幸あれ。

 

 

プレイリスト

 今回見てきた50曲をまとめたプレイリストです。追記した10曲も含めています。

 Spotifyでリストを作ってしまったので、今回のテーマで正直外すべきではないNeil Youngを入れられなかった…。

 

 以上です。それではまた。

*1:しかしどうやら、19世紀末に初めて機械的に音程を消耗させる機構を開発した人は、その特許を取る際に「ヴィブラート」ではなく「トレモロ」という語を使ってしまっていたらしく、案外「トレモロ」と「ヴィブラート」の混同の歴史は根が深いようです。

*2:一部のギターにおいてはピックアップ選択のスイッチ操作で一瞬音が途切れるので、これを利用して音を連続的に途切れさせる奏法。この効果を得るためにキルスイッチ(音を一瞬ゼロにする装置)をギターに取り付けたりエフェクターに加えたりする向きもあります。

*3:音を切り刻んで断続的に響かせることに特化したエフェクター

*4:問題はその“重し”サイドの1曲でもある『Time of the Season』がずば抜けてヒットしたことだけども。

*5:というか、Neil Youngへの憧憬かもしれない。タイトルやメロディの感じもそうだし、トレモロギターの哀愁の感じもどことなくNeil Young的。

*6:歌詞はアルバムのテーマのこともあり何とも苦いけども。

*7:大体アルバム『Smiley Smile』〜『Holland』の時期。

*8:何せ『Tremolo EP』なるものまでリリースしているくらい。

*9:その大好きっぷりはバンド・森は生きているの頃からずっとであり、特に彼のソロ1stなんか、登場するエレキギター全てにトレモロ掛かってるんじゃないか、という具合(ちなみにこのアルバムの最終曲に優河が参加している)。USインディー等への憧れ(それこそGrizzly Bearとか)なんかもありつつも、純粋にトレモロが大好きなんだろうなって思う。